トリトンとジオリス。
居合い抜きのポーズをとりながら、二人は、じっとタイミングを計る。
そしてー
先に動いたのは、ジオリスだった。
剣を頭上に振りかざしながら、トリトンに突進する。
しかし、ジオリスの瞳は大きく見開いた。
前にいたトリトンが消えた。
いや、ジオリスの背後に回ったのだ。
ジオリスは、すかさず身を返した。
横に薙ごうとしたトリトンの剣を、すんでのところで受け止める。
思わず、トリトンは舌打ちした。
ー反応が速い!ー
さらに剣先を回して、別の角度からジオリスを攻めたが、それも余裕で返された。
気合いとともに、お互いに数度、剣をあわせる。
その後、トリトンは大きくジャンプした。
ジオリスの頭上から、体で剣を振り下ろす。
それに対し、ジオリスは、剣をバーのように真横に差し上げ防御した。
ジオリスの両腕に、ズシリとした重圧がかかる。
歯をくいしばりながら、逆に、トリトンを投げ飛ばした。
反動で、トリトンの体は、前に押しやられる。
だが、トリトンも、体を回転させて態勢を保つと、美しい身のこなしでステージの上に着地した。
「思った以上に腕が立つ。見直したぞ。」
剣を構えなおしながら、ジオリスは、静かに口を開いた。
貴公子然とした優雅な立ち振る舞いは、どこまでも、ジオリスを美しく引き立てる。
トリトンは、逆に、ジオリスに対し怒りを募らせた。
ジオリスは目を細めた。冷笑した。
「しかし、まだ荒削りだ。目先のものにとらわれすぎている。それでは、いずれ自滅を招く。」
「勝手なことを…!」
トリトンはいきり立った。
感情を爆発させて、トリトンは、ジオリスに猛然と斬りかかる。
が、ジオリスの方が速い。
トリトンは愕然とした。
一気に死角に飛び込まれて、トリトンは剣を振るえない。
その間に、ジオリスの剣は、トリトンの胸元を斬りつけた。
トリトンは低く呻く。
わざと、ジオリスは、かすり傷をつけただけにとどめた。
それでも、刺すような疼きと屈辱が、トリトンの精神を痛めつける。
「お前には、この私を仕留める力はない。」
トリトンから離れ、間合いを置いたジオリスは昂然といった。
「こんな程度で、勝った気になるな!」
トリトンは叫びながらダッシュする。
最初と同じだ。
ジオリスは、トリトンの姿を一瞬、見失った。
と、同時に、ジオリスの左足首に熱さと激痛が走る。
ジオリスの足元から、鮮血が流れた。
トリトンは、ジオリスの後ろで、前転をしながら離れる。
低い姿勢から一気に駆け抜けて、トリトンはジオリスの足元を狙った。
その反応速度はさらに増した。
悟ったジオリスは、皮肉な笑みをもらす。
トリトンは、身構えながら叫ぶ。
「手加減なんかしてやるか!」
「お互い様か…。ならば、命つきるまでだ…。」
ジオリスは大きくジャンプする。
ふいをつかれたトリトンは、慌てて、頭上に剣を振り上げた。
ジオリスの一撃を受け止める。
二人の闘いは、誰も止めようがない。
むき出しの闘志を燃やす、ボクサーのように。
何度も激しくぶつかりあう。
さらに、二人の体は、互いの攻撃で傷ついた。
が、いくら血が流れても、戦う気力はまったく失くならない。
並の人間では、激突するスピード、増す威力、ともに追いつけない。
しかし。
急に流れが変わった。
ジオリスの放ったオーラで、トリトンの体は弾き飛ばされた。
そのまま、アキの真下に叩きつけられる。
それで、わずかな間、激しい動きが止まった。
アキがかばおうとしても、トリトンは「構うな!」と怒鳴った。
アキは、手をだすことを躊躇った。
剣を杖変わりにして、トリトンは、ゆっくりと立ち上がる。
肩で息をしながら、再度、身構えた。
ジオリスはトリトンを見据えて、スッと切れ長の目を細めた。
トリトンは、態勢を立て直すと、ジオリスに向けて突進する。
その時、手にしていたオリハルコンの力が急に弱まった。
「こんな時に…!」
ショックを受けるトリトンの前で、ジオリスは、フッと皮肉な笑いを浮かべた。
すかさず、ジオリスは、オーラのエネルギーをぶつける。
ー思念の剣。
それは、オーラの矢だ。
光が肉を裂き、相手を切り刻む。
数本の矢が、一度に、トリトンに襲いかかる。
トリトンは、反射的にその矢を剣で弾き返す。
だが、最後の一本をよけきれなかった。
脇腹をかすられて、傷つき、呻く。
それでも、トリトンの突進は止まらない。
勢いを持続したまま、飛び上がる。
そして、対応が遅れたジオリスの右肩口をスッパリと裂いた。
呻きながら、ジオリスは飛びのく。
右肩口を押さえ、ジオリスは、鋭い視線をトリトンに投げた。
容赦がない戦いは、なおも続行する。
だが、このままでは双方が自滅する。
それは、火を見るよりも明らかだ。
なのに、人々は息を飲み、息苦しくなるような緊迫感に身をすくませた。
熾烈な戦いを目の当たりにして。
へたに手を出せば、その人間の命が、間違いなく奪われてしまう。
見守る側は、容易に想像できる事態を痛感して、恐怖するだけだ。
そんな中で。
たまりかねたレイラが走り出そうとした。
裕子が、レイラの腕を取って引き戻した。
「やめなさい!」
「でも、このままじゃ…!」
「わかってるわ、そんなこと!」
ケインが語気強く返した。
「素人が口を挟まないで。」
続けて、ユーリィが低く言葉を発した。
その手には、小さな金属片を握っている。
「で、投げられそう?」
ケインが聞くと、ユーリィは冷静な口調で答えた。
「もう少し。そのうちに疲れてくる。それを待っているわ。」
「結構。」
ケインは大きく頷いた。
レイラは呆気にとられた。
しかし、横にいたロバートが溜息をついた。
「気の長い話だ。」
「何ですって?」
ケインがキッと睨みつけたが、ロバートは肩をすくめてかわした。
と、同時に、鉄郎の肩に手を置いた。
鉄郎はギクリとした。
それまで、強張った表情で、ステージの戦いを見据えていた。
静かに。何もせず。
ただ、戦いの成り行きを無表情のまま見守る。
ロバートは、事務的な口調でさらりと鉄郎に告げた。
「お前に任す。あの馬鹿げた茶番をやめさせろ。」
「俺は…。」
「反論するな。俺は、お前に柔な教え方はしていない。お前ならやれる。」
ロバートは、もう一度、鉄郎の肩を軽く叩いて手を離した。
鉄郎は、視線をはずすと銃を取り出した。
島村ジョーは、鉄郎の顔をのぞきこんだ。
「できるのか?」
「あのバカ…。」
鉄郎は、ぼやくようにいった。
「乗せられてるだけなのに、まだ、気がつかないのか…!」
ジョーは言葉をなくした。
ロバートが悠然と返した。
「わかっているのなら、早くしてやれ。」
鉄郎は憮然としながら、ゆっくりと銃を構えた。
が、ロバートの激した一喝が飛ぶ。
「動きに気をとられるな! 銃を握った時の感情は無用だ!」
鉄郎は身を震わせた。
一変して、態度が敏捷になった。
その変化に、ジョーと倉川ジョウが目を見張る。
鉄郎は、ロバートの指示通りに銃を連射した。
銃光が突き抜けるように、人々の頭をかすめて貫通する。
真っ直ぐにステージの方向へー。
トリトンとジオリスは、遅れてその“気”を察知した。
まさかと思った。
銃のエネルギーが、二人の方へ飛んでくる。
よけなければ、ともに、撃ち抜かれる。
トリトンは、ジオリスとの一騎打ちを、この瞬間に断念した。
すかさず、銃攻撃の方に反応した。
ジオリスの剣と自分の剣とを、わざと交錯させる。
そして、トリトンは、後方に自分の体を弾き返した。
対するジオリスも、反動で後ろに押された。
鉄郎の銃光は、離れた二人の間を、零・何秒かの差ですり抜けていった。
さらに、追いうちをかけて、銃光が襲いかかる。
トリトンは、体を横転させてかわし続けた。
しかし、ステージの端まで逃げきったところで、傷の痛みのせいで動けなくなった。
「トリトン!」
アキが駆け寄ると、トリトンをかばった。
「何者だ?」
ジオリスは、ステージの上から、踊り場に集められた若者達をジッと窺い見た。
と、今度は、ジオリスの方に銃弾が飛んでくる。
先の攻撃の相手ではない。
今度の弾は鉛だ。
しかも、今度は気配が感じられない。
弾が、ジオリスの脇腹をかすった。
呻きながら、ジオリスは慌てて後退する。
その間に、ステージの真下に、一人の男が現れた。
ジオリスは男に視線を向けた。
男はロバートだ。
冷徹な表情のまま、銃を向けている。
「そこから動くな。俺には、お前を殺す義務はない。しかし、仕事でな、あの坊や達を守る義務がある。」
すると、なぜかジオリスはフッと笑い出した。
意外な反応は、ロバートすら躊躇わせる。
ジオリスは呟くように口を開いた。
「貴様ではない…。私の真の相手…。そう、最初に邪魔をした者…。」
ジオリスの視線は、トリトンとアキの方に向けられる。
二人のそばに、もう一人、銃を持った小柄な青年が近寄っていった。
鉄郎だ。
トリトンは、鉄郎を睨み上げた。
「なぜ、邪魔をした?」
憤るトリトンを、鉄郎は一瞥した。
しかし、すぐに視線をもどすと、その前をスッと通り過ぎた。
トリトンは、奥歯を噛みしめながら、鉄郎を睨み続ける。
鉄郎は、トリトンについているアキを見つめた。
群青の瞳が強く光る。
鉄郎の静かな怒りをアキは肌で感じた。
「鉄郎、これは…。」
「どうして、ここにいることを知らせようとしなかった? みんな、心配してここまで来たんだぞ…。」
「ごめんなさい…。でも…。」
「言い訳なんかするな。」
鉄郎は、アキの言葉を遮った。
「その姿でいたいっていうのなら、それでもいいけどな…。」
鉄郎の冷めた言葉で、アキはハッとした。
半裸の姿でいることを思い出し、赤面する。
あわてて、ステージの幕の下に落ちていた、マントを着込んだ。
一方のトリトンは、遅れてやってきたレイラにマントをもらうと、傷ついた体をかばった。
「よけいなことをするわね。この召使い女!」
ケインが思わせぶりに言った言葉に、トリトンが過剰に反応した。
「どういう意味だ?」
すると、ケインは、ぷいとそっぽを向く。
その時、鉄郎の凛とした声が飛んだ。
「帰ろう。これ以上、ここに留まる必要はない。」
「勝手に決めんな! そんなの!」
トリトンが身を乗り出そうとする。
それをジョーが制した。
「落ちつけ。その傷で何ができる。」
「いっとくが、お前が、あの男に勝てる見込みはほとんどないぜ。」
わずかに、離れた位置にいる、倉川ジョウもそういった。
「クッ…。」
トリトンは舌打ちしながら、意味ありげな笑みを浮かべるジオリスを睨む。
「待て…。」
ジオリスは、一行に静かに声をかけた。
それとともに、手に作り出した小さなエネルギーを投げつけた。
「鉄郎!」
殺気を感じたアキが、叫んだ時にはもう遅い。
鉄郎は、ジオリスのエネルギー弾の直撃をくらっていた。
右肩口に感じた激痛に呻きながら、鉄郎は、上体を折り曲げた。
しかし、倒れることなく、どうにか踏ん張った。
「アイツ…!」
感情を高ぶらせたトリトンが、ジョーの手を振り払い、飛び出そうとする。
そして、仲間達がサッと銃を取り出し、ジオリスに向けて銃口を突きつけた。
鉄郎が、語気強くトリトンを制した。
「やめろ! お前が、わざわざ出て行く必要はない! みんなも手を出すな!」
「力のないあんたに、あの男が倒せると思うのか?」
トリトンは、鉄郎に猛然と反発する。
だが、鉄郎は昂然と主張した。
「それがどうした? 力があっても、本質が見えてないんじゃ話にならない。」
「こんな時に、ケンカ売る気か?」
なおも、トリトンがいさ巻くと、鉄郎はさらりと返した。
「お前が勝手にそう思い込んでるだけだ。あの男は俺を呼んでいる。どうやら、話がしたいらしい。」
鉄郎は躊躇うことなく、ジオリスに近づこうとした。
「ちょっと、短絡すぎるわ。やめなさい!」
焦ったユーリィが、鉄郎を止めようとした。
それを鉄郎は振り払った。
「俺のことより、トリとアキを頼む。」
鉄郎は、そのまま一同の元から離れた。
「おい、よせ!」
「戻りなさい!」
仲間達の呼びかけは、鉄郎に通じない。
「知らないぜ、どうなったって…!」
トリトンは言葉を吐き捨てた。
「アキ、あんたが止めなきゃ!」
裕子がアキを見返した。
しかし、アキは悲痛な表情を浮かべたまま、ずっと沈黙している。
横にいたレイコが肩をすくめた。
「一番よく解ってるわ。鉄郎ちゃんを、あんな風にしちゃったのはアキだからね。」
裕子は憮然とした。
ジオリスは、興味深げに鉄郎を凝視している。
右肩を抑えながらも、しっかりとした足取りで、ジオリスの前まで、鉄郎はやってきた。
「貴様が、アルテイアのー。」
ジオリスが言いかけた瞬間、鉄郎は持っていた銃をステージの床に放り出した。
予想を超えた鉄郎の行動を誰もが疑った。
ジオリスでさえ、言葉をなくした。
鉄郎は平然といった。
「俺は丸腰だ。あなたとやり合うつもりはない。だけど、あなたが俺を殺したければ好きにしろ。俺は、いつでも命を捨てる覚悟ができている。」
「芝居のつもりか?」
ジオリスは、スッと瞳を凝らした。
深いグリーンのオーラが、ジオリスの体から放出される。
怒りが増徴された。
しかし、鉄郎の態度に変化はない。
「本気だ。俺は一族を根絶やしにした。その報復はいつ返されたっておかしくない。そのことを自覚しながら、いつも生きている。」
ジオリスは鉄郎を見据えた。
鉄郎の意図を測りかねているのか、表情がわずかに曇った。
鉄郎は構わずに続けた。
「あなたと俺はどこか似ている。あなたを見ていると、そんな気がしてくる。不思議だけど…。」
「笑わすな…。」
ジオリスは鼻をならす。
「お前とこの私が? 貴様は“ただの人間”だ。力もなく、非力で弱小な存在…。そのお前がアルテイアと、いや、“我々”の中に入りすぎたのだ。神聖な血を汚す行為は、やがて、お前の身に最悪の災いをもたらすだろう。愚かな行為だと思い知るがいい…。」
鉄郎は、呟くジオリスの横顔をじっと見つめていた。
群青の澄んだまなざしで。
一点の陰りもなく、真っ直ぐな視線で。
そして、口を開いた。
「だったら、逆に問い返す。お前は“人間”じゃないのか? 力があるのは、個人の能力のうちだろ? お前にも感情や思考がある。もちろん、トリトンやアキにも。俺にそんなものは関係ない。もし、それで災いを被るというのなら、俺は進んで、その災いとやらに立ち向かってみせる。お互いに理解ができる、感情のこもった相手同士だ。特別視する理由がどこにある?」
ジオリスは、鉄郎をひたすら見据えた。
鉄郎の真っ直ぐな表情は、少しも変わらない。
ジオリスはスッと瞳を細めた。
鉄郎は口調を緩めると、ジオリスに告げた。
「あなたが見ているものは、この先にあるものだ。あの二人じゃない。それが何なのか、俺にはわからない。だけど、今、ここでやりあうのは、お互いにとって得策ではないはずだ。ここは、このまま手を引いてくれないか? いずれ、この先のどこかで、あなたとはまた巡り会うだろう。あなたは、すでに、そのことを自覚した上で行動している。」
ジオリスの顔に、悲しい笑みが浮かんだ。
自嘲的な諦めともとれる意味深な笑い顔。
鉄郎は、目を見張った。
ジオリスはぽつりといった。
「すべて見切っているといいたげだな…。面白いヤツがいたものだ…。」
その瞬間。
ジオリスの全身を包み込んでいたオーラが爆発した。
と、同時に。
まばゆい光が、一気にステージ上から会場内へと広がり、渦巻く。
鉄郎の体は、吹き飛ばされてステージの上に叩きつけられた。
光の圧力が人間達を押し流した。
悲鳴があがった。
パニックになった。
何が起こっているのか、誰も検討がつけられない。
やがて、光の洪水は、サッと潮が引いたように終息する。
その時、白い光で覆われて、何も見えなかった世界がようやく見えてきた。
そこには、ジオリスの姿も、若者達を取り囲んでいたはずの兵士の姿もない。
そのかわり、若者達は無事だった。
地球人、オウルト人のメンバーにも怪我はない。
鉄郎は上体を起こすと、ジオリスが消えた場所を呆然と見つめた。
「去ったのか…? 何もなくなった…。」
鉄郎は銃を拾うと、仲間達のもとにもどった。
周囲がざわめき始めた。
助かったという安心感からなのか、緊張が一気にほぐれた。
「ひやひやさせやがって…。」
ジョーは苦笑する。
ケインは肩をすくめた。
「あなたが見事なのか、相手がへたばりすぎていたのか、微妙なところね…。」
一方で、トリトンの憎悪に満ちたまなざしは、いっそう強くなった。
冷たい言葉を鉄郎に浴びせた。
「なぜ、あの男を逃がした? あいつを生かしておいたら、後々、厄介になるんだぞ!」
鉄郎はトリトンを見返すと、溜息をもらした。
「まだ、わからないのか? あの男には、最初から俺達を殺す意志なんかなかった。だったら、俺もとっくにやられていた。あの男は、お前の力を試していたにすぎない。それに、まんまとお前は乗せられていたんだ。まったく、無駄な手傷を負ったな…。」
「何?」
トリトンの顔がひきつった。
鉄郎がいった。
「お前は、トリトン・アトラスに出会って諭されたはずだ。“すべてを見ろ”とな。」
「どうして、それを…。」
「あたし達も見たわ。」
ユーリィが、鉄郎の言葉を補った。
「前世のあなたと名乗る、幼いあなたとお姫さまそっくりの子ども達の姿をね。」
トリトンとアキは、呆気にとられて言葉をなくす。
鉄郎は続けた。
「あの男は、この世界の一部でしかない。あの男にこだわったところで、この世界の全体は見えてこない。そして、あの男も知っている。オリハルコンを復活させることができるのは、トリトン、お前だけだってな
…。目を覚ませ。肝心なのは、この世界の仕組み全体を知ることだ。」
トリトンは歯を食いしばる。
言葉はない。
しかし、剣を握り締めた右腕が、ブルブルと震えた。
「鉄郎、確かに心配をかけたのは、いけないことだと思っています。」
アキが声を絞り出した。
「だけど、それができなかった…。こっちの事情も察してください。今のあなたは何かが違うわ…。」
「だったら、どこかですれ違いが起こってるんだ…。俺も残念に思う…。」
鉄郎は先にステージを降りた。
アキは、悲しい目をしながら、鉄郎を見送るしかない。
「待て!」
トリトンが身を乗り出した。
が、ジョーがトリトンの体を押しのけ、先に前に出ようとした。
その時、トリトンは悲鳴をあげた。
ジョーはわざとらしく声をかけた。
「わりぃな。傷に触ったか?」
「わざとだろ?」
恨めしそうに睨むトリトンに対し、ジョーは明るくいった。
「見た目が元気そうなので、すっかり忘れていたよ。一応、重病人だったな…。」
それからジョーは愚痴りながら、先に、会場に降りた鉄郎の後を追った。
「やれやれ。今夜は、相棒の自棄酒に付き合うことになりそうだ…。」
「さてと…。」
倉川ジョウもゆっくりと腰をあげた。
「後始末の方がやっかいだぜ。トリ。お前、前世のガキから、他の指示を聞いてないのか?」
「えっ…。」
不意に呼ばれて、トリトンは戸惑った。
しかし、いわれるままに答えた。
「エネシスに会えって…。そう、いってたけど…。」
「エネシスね…。何者だ? そりゃ…。ロバート、そうらしいぜ!」
「まったく…。ガキのゲームのヒントじゃねぇか…!」
そういいながら、ロバートが一同の元に近づいてきた。
そして、トリトンの前で唐突に背中を向けた。
「おぶってやる。来いよ。」
すると、トリトンが激しく嫌悪した。
「いいって。自分で歩けるから。」
「テグノスの森は、ここから、一時間以上も歩くのよ。」
ユーリィが口を挟んだ。
「今のあなたの体力じゃ、とうてい無理ね。」
「そんな…。」
トリトンは半べそをかいた。
そのやりとりの一方で、ケイン、ジョウ、裕子は会場内に取り残された若者達や店の従業員達の誘導に動き回っている。
ぼんやりと、人の動きを見つめていたアキに、レイコがいった。
「後は、あんたと鉄郎ちゃんの問題だから、あたしらは何もいえないけど。でも、鉄郎ちゃんにはちゃんと謝まりなさい。鉄郎ちゃん、あんたのことで真剣に頭にきてるからね…。」
「うん…。」
アキは小さく頷くと、後は黙り込んだ。
まただとアキは思う。
鉄郎と、こんな言い合いを、何度やりあってきただろう。
そんな時は、いつも時の解決に身をまかせた。
時間が経てば、お互いに、話しあえる時間がいつもめぐってくる。
そうアキは思いこんで、自分を無理に納得させた。
これは、小さな歪みなのだと…。
だが、これがほんのきっかけにしかすぎないことを、アキは、まだ気がついていなかった…。
ー第二部終了ー