大通りへ出るのにニ、三分かかった。
       路地から突然に飛び出してきた三人は、ますます異様になってくる景観に驚くと、その場に立ち尽くした。
       派手でケバケバしい塗装と照明で飾られたホステスバーが軒を連ね、妖しいストリップ劇場がずらりと続いている。
       通りのそこかしこに、激しい露出の服をまとった女達がはびこり、相手が男であろうが女であろうが、お構いなしに声をかけまくっている。
       そうかと思えば、頬紅をつけた美しい少年達や半裸の女達が、ガラス張りの店のステージで悩ましい踊りを披露し、一方では、ムチを持った女と男によって、グロテスクなショーが演じられていた。
      「ここが、市場なのか?」
       呆れて叫ぶトリトンに、レイラが激しくかぶりを振った。
      「違う! ここは肉市場よ! 表通りよりも三ブロックほど奥にある裏の街なの! さっきの男に騙されたんだわ。」
      「甘かったわね。」
       アキは溜息をついた。
      「戻りましょう。」
      そこに、グループを組んだ娼婦の女達が、何気ない足取りでやってきた。
「どう? あたしらとパーティーしない?」
       女の一人が軽い口調で誘いをかけてくると、レイラはサッと身を引いた。
       アキは彼女達を睨みつけた。
「女には不自由していないわ。向こうへいきなさい。」
       すると、女達は急に逆切れしだした。
      「アニさ、かわいくない女!」
      「お高く止まって、何様のつもり〜?」
       しかしアキは、娼婦達の言葉に、一切耳をかそうとしない。
       そばについているトリトンの方が、諍いを止められずにオロオロしていた。
       アキは“鉄の女性”だ。
       それも、一切の汚れをはねのけようとする高潔な性格の持ち主。
       女達の態度が目にあまるようであれば、容赦なく、制裁を加えるだろう。
       それで気の毒なのは、むしろ、この女達のほうだ。
       トリトンは願っていた。
       アキの怒りが爆発しない前に、姿を消してくれはしないだろうかと。
       すると、口論に混じっていない、一番若い娼婦の娘が、トリトンの腕を取った。
      「ねえ、坊や。こんな融通のきかない女なんかといないで、あたし達と一緒に来ない? 
      おもしろいことをやったげるわ。」
「え…、うん…。」
       なぜか、トリトンには拒否できなかった。
       さすがに、男を相手にしているプロの女だ。
       その気にならなくても、つい、その魅力に引きつけられそうになる。
       品は感じられないが、男に媚びる美はどの娘も絶品だった。
      ーたまにはこういう娘とやっても、それなりにいいんだろうなぁ…。ー
       頭の中では、先走った想像までしてしまう。
       トリトンが戸惑っていると、アキが、トリトンの腕を掴んでいる娘の手をピシリと払いのけた。
「彼の面倒はあたし達が見ているの。近づくと容赦しないわ。」
      「やる気かい?」
       女達はカッとなる。
       だが、彼女達よりも、アキの気迫の方が激しい。
       切れ長の目がさらに細くなり、鋭い視線を投げかけると、彼女達を射すくめた。
       女達はウッとたじろいで、そのままスゴスゴと立ち去った。
       アッとなるトリトンを見返すと、アキは冷ややかな声でいった。
      「行くわよ。ここは、ただの歓楽街じゃないんだから。」
「そ、そうだね。」
       トリトンは苦笑いを浮かべると、アキの後に続いた。
       歩きながらも、トリトンは、ちらりと後ろを気にして振り返った。
       レイラが意地悪い声でいった。
「気になるみたいね。肉市場が。」
「びっくりだよ。あんな場所があったなんて。」
       トリトンは愛想よく笑いながらも、惜しそうにぽつりといった。
「残念だな…。」
「残念って何が?」
       レイラはトリトンを睨みつける。
       それから、スタスタと先を歩き始めた。
       トリトンは話しかけながら、レイラに追いすがった。
      「あっ、だって。ほら…。市場ってあんな所じゃなくって、もっと、活気がある場所だって思っていたから…。」
       二人の先を行くアキは、トリトンの様子にクスリと笑みを浮かべた。
       それほど戻らないうちに、アキは、ふと立ち止まった。
       アキの様子がおかしいと感じたトリトンとレイラは、すぐにアキの後ろにやってきた。
「どうしたんだ?」
       トリトンがアキの顔を窺うと、アキは訴えた。
      「このまま引き返して。兵士がこっちに来る…!」
「引き返すって肉市場へ?」
       レイラが驚くと、アキは早口でいった。
「方法がないわ。」
「こっちだ。やり過ごそう! 」
       トリトンの反応の方が早かった。
       レイラを先に押しやると、アキの手を引いて、再び、肉市場へ向かって走りだした。
       しばらくして、甲冑音を響かせながらやってくる兵士達の気配を、三人は感じ取った。
       三人はさっき、娼婦達に絡まれた場所までもどってきた。
       そこで、レイラが、サッとトリトンとアキから離れて、建物の陰に立った。
       落ちついた表情で、街の様子をながめる娼婦のまねをした。
       一方のトリトンとアキは、反対側の建物の影に身を寄せ合い、抱き合う妖しいカップルのまねをした。
       そこの周囲では、何組かのカップルが抱き合い、それらしい雰囲気をかもし出している。
       パッと見ただけでは、三人が中に混じっているのは、非常にわかりにくい。
       兵士達は十数名ほどいた。
       だが、誰も気づかずに、三人がいた横を素通りしていった。
「うまくいったわ。」
       やり過ごしてから、埋めていた顔をあげたトリトンとアキは、兵士達が走っていった方向を確認した。
       ほっとしたのもつかの間、その時、レイラの悲鳴が聞こえた。
「私は違う! 離して!」
      「レイラ!」
       息を飲んだトリトンとアキは、通りに向かって走りだした。
       通りを行く人の波を見渡すと、その間から、嫌がるレイラを無理に連れて行こうとする男の姿がチラリと見えた。
「待て!」
       トリトンが慌てて後を追いかけ、アキも続いた。
       人をかき分けて行くと、男が、ひとつの店の中に、レイラを引っ張り込むところだった。
       迷わずその店の中に飛び込んだトリトンとアキは、店内の光景を目撃して、あっとなって立ちすくんだ。
       そこはソープ系の店だ。
       狭い通路をはさんで薄い壁に囲まれた小部屋が両側にあり、そこで、サービスが行われているらしい。
       その店の規模は狭い入り口とは違い、奥行きもあってかなり広かった。
       店内のあちこちから、聞きたくもない、いろいろな呻き声が響いてくる。
       たじろいで逃げ出そうとするアキの肩を抱いて、トリトンは小声でいった。
      「だめだ。レイラを助ける。それに、ここで立ち止まっていたら、俺達まで怪しまれる。一緒に来るんだ。」
「でも…。」
「さあ!」
       トリトンは、強引にアキの肩に手を回して、店の中に入れさせた。
       そして、そのまま客を装って、ゆっくりと中に進んでいった。
       一方、レイラは、強引に店の女達と同じソファに座らされて慌てた。
      「私は、この店の人間じゃない!」
       しかし、従業員はレイラを娼婦と取り違えているらしく、レイラの訴えは、聞き入れてもらえない。
       店の女達を物色していた客の男達は、全員、レイラを指名した。
「うそ!」
       レイラは飛び上がった。
       と、そこに、アキを連れたトリトンが飛び込んできた。
       男達をかき分けて前列に飛び出すと、
「俺がその子を買います!」
       いうやいなや、レイラの手をとって、出口の方に逃げ出した。
       男達は何が起こったのか、すぐに理解できなかった。
       が、遅れて飛び込んできた少年が、せっかく選んだ女の子を持ち逃げしてしまったのに気がついて、逆上した。
「坊や、そいつはないだろ!」
      「その娘は俺のだ。返せ!」
「この俺が先だ!」
       男達が、わめきながら追いかけはじめる。
       レイラは叫んだ。
      「どうして、こうなっちゃうの?」
「トリトン、どうしよう!」
       アキが焦りだすと、トリトンは言葉を吐き捨てた。
      「知るか! 逃げるしかないだろ!」
       と、三人の行く手に、身長二メートルを優に超える、筋肉隆々の男が立ちはだかった。
       手にこん棒を持ち、下卑た薄ら笑いを漏らして、三人をジッと上から見下ろしている。
       トリトンでさえたじろいでしまうような、激しい気迫が男からみなぎっている。
       レイラとアキは身をすくめあった。
       この男に狙われていると、二人は思った。
       トリトンは剣に手をかけると、いつでも、抜き合える体制で身構えた。
       男が迫ってきた。
       レイラとアキに向かって…。
       いや、トリトンの方に向かって!
「ウソだ!」
       トリトンの方が慌てた。
       誤算だ。
       最初から狙われていたのは、トリトンの方だったのだ。
       トリトンは剣を抜こうとした。
       だが、対応が少し遅れた。
       男は、おもむろに手に持っていたこん棒を投げつける。
       トリトンは、横に身を投げ出してよけた。
       が、すぐに、男の手が反対側からのびてくる。
       それは、かわすにかわせない。
       男の平手が、トリトンの腰に下がっていた剣を弾き飛ばした。
      「剣が!」
       そう気をとられた隙に、男に腰を捕まれた。
       アッと思ったときには持ち上げられて、男の肩に担ぎあげられた。
「離せ!」
       トリトンは抵抗したが、ガッシリとした男の腕は、どうやっても払いのけられない。
       男は高笑いしながら、周囲の人間に得意げに宣言した。
      「こいつは、この俺が買った!」
       トリトンだけではない。
       レイラとアキの表情も変わる。
       この男は同性愛者だ。
       男の宣言とともに、周囲の人間の歓声がワーンとあがった。
       レイラをかばったアキが、男に語気強く命じた。
「彼を降ろしなさい!」
       男は耳障りな声で、アキをせせら笑った。
      「そうはいかねぇ。これだけの上物の坊やは、そうそうこの肉市場じゃ手に入らねぇ。だいたい、 この坊やだけじゃない。あんた達も、最新の入荷商品のはずだろ。今はお呼びじゃねぇよ!」
      「何ですって?」
       アキは言葉をなくした。
「俺達まで一緒にするな! 俺達は関係ない!」
       トリトンがわめいた。
       しかし、いきなり現れた小太りの初老の男が、口をはさんできた。
      「違うな、坊や。いや、そういう言い方はまずい。トリトン王子と呼ばねば無礼ですな。」
       この男がレイラを引っ張り込んだ。
       男は“デトナ・ショップ”の支配人、ハンジスと名乗った。
       ハンジスの説明が続いた。
      「いいかな? 君達は人買いによって、ここに連れ込まれたのだ。デトナは、この市場最大のマーケットプレイスだ。君達は、最高の高値で売れるように手配しよう。」
「勝手なことをいいやがって!」
       トリトンは怒りをあらわにする。
       一方で、担ぎあげた男がハンジスに詰め寄った。
      「そんな能書きなど、どうでもいい! こいつが売れるのか売れないのか、どっちだ?」
       すると、ハンジスはトリトンの剣を取り上げて、店中の人間に見せつけた。
      「お客さん、この坊やの持ち物で、王家の紋章が入った剣です。かなりの値打ちものですが、買っていただけますかな? 値が張りますよ。たった今から、解禁にします。」
「金はある。心配すんな。」
       男はニヤリとした。
      「ちょっと、いやだ!」
       トリトンは半狂乱になった。
      「その剣は俺のだ! このデカブツ! 降ろしやがれ! 離せっていってるだろっ!」
       トリトンは、もがいて男から逃げようとしたが、力で完全に負けている。
       男はなおも、トリトンの体を締めつけて自由を奪った。
      「じっとしてねぇか。動かれると、感じちまうんだよ!」
       男のわめき声に、トリトンは驚いて身を硬くした。
「アキ、剣を、早く!」
       悲痛な声で、トリトンはアキに訴えた。
       男が、トリトンをどこかに連れ去ろうとしている。
       剣は、他の群集の取り巻きの中に投げられて、奪い合いのケンカに発展した。
「待って!」
       アキは、トリトンを捕まえた男を追いかけようとした。
       すると、アキの後ろにいたレイラの悲鳴があがった。
       レイラもさっきの男達に捕まり、トリトンとは逆の方向に連れ去られようとしている。
「レイラ!」
       アキは顔を引きつらせた。
       両方一度には助けられない。
       そのうち、アキにも別の男が忍び寄ってきて、後ろから、アキを抱きかかえてもちあげた。
      「お前は、俺の相手をしろ!」
       しかし、アキに男の欲望など通じない。
       怒りのオーラを浴びせて、捕まえている男に衝撃を与えた。
       さらに、アキは、襲いかかってきた男どもと乱闘した。
       そうしながら、アキの苛立ちは頂点に達した。
       瞬間、アキの全身から、まばゆい閃光が放たれる。
       空間に白い光りが充満した。
       光の圧力がすべてを吹き飛ばす。
       視力を奪われた人間達が次々と倒れ、空間を仕切っていた壁が一気に崩壊した。
       アキの力のパワーは、天井を伝っている配水管をも叩き壊す。
       配水管は、災害時にスプリンクラーの役目を果たすものだった。
       ホールのディスプレイとして置かれてある噴水の池にも通じていた。
       大量の水は、店内のそこかしこに流れ、小川を作っていた。
       人工的に水を引き上げている設備には、相当な水圧がかかっている。
       それらが、ドッとあふれた。
       集中豪雨にも似た、文字通り、バケツをひっくり返したような激しい水が、天井から降ってくる。
       その水量が床にたまると、池や小川を増水させて、洪水のような荒れ様だ。
       人間達は押し流された。
       逃げ惑い、パニックを起こした。
「ちょっとやりすぎたか…。」
       呟いたアキだったが、罪悪感は微塵も感じていない。
       アキはレイラを探し回った。
       すると、奥の一角で男達の下で埋もれて、意識をなくしているレイラを発見した。
       男達は、大量の水を飲み込んで、苦しそうに喘いでいる。
       彼らを容赦なく蹴散らすと、ようやく、レイラを抱き起こして救出した。
       ズタズタにされたレイラは、意識をなくしている。
       そして、トリトンの方も…。
       暴れてわめきちらすトリトンを、平然と抱きかかえたまま、男は専用の個室に連れ込んだ。
       そこで、遠慮なくトリトンを押し倒した。
       トリトンは、男に手首を押さえつけられて、身動きすらできない状態だ。
       気をよくした大男は、あっさりとトリトンのマントの飾りボタンを引きちぎり、さらに、服を裂いて引き脱がそうとした。
「いやだ!」
       さすがに、背筋に冷たいものを感じたトリトンは、めずらしく取り乱した。
      ーな、なんだって、こんなヤツに、俺が、レイプされなくちゃいけないんだよ!ー
       あまりの不条理な現実に、これは、夢ではないかと疑いたくもなってくる。
      「初めてだろうが。王子さん! しっかりと教育してやるから、おもいっきり感じな!」
「冗談はよせ! 」
       トリトンはもがいた。
       もがいて、どうにか手をきかそうとあせった。
       と、その時、男の頭上から、まともに水がひっかぶってきた。
       大量の水が降りかかってきて、男は苦しみもだえた。
       男の力が一瞬、それで弱くなった。
ーしめた!ー
       トリトンは、夢中で男の手を払いのけると、剣のある方向に手をのばした。
       念じていると、奪われた剣が人々の手を離れて、トリトンのもとに飛び込んできた。
       男はギョッとした。
       気がついたときには、キッとなったトリトンが、赤く輝いた剣を手にして鋭く睨みつけている。
「くらえっ!」
       トリトンは、男の胸に剣を突き立てた。
       男は悲鳴すらあげられない。
       一瞬で、体を焼き尽くされた。
       起き上がっトリトンは、壁を崩して外に飛び出した。
       剣をちらつかせると、周囲の人間を脅しにかかった。
      「いっておくが、俺の値段はこの店の最高級品だ! 命一個分、しっかりと支払ってもらうからな!」
       周囲の人間達はたじろぐ。
       そこへ、レイラを抱き上げたアキが合流した。
「レイラ?」
       呼びかけるトリトンに、アキが、鋭い声で助言した。
      「トリトン、無事でよかったわ。ここにいる連中、このままにしておけない! いい? この店にいる人間を、誰一人として水から上がらせてはだめよ! 台になるものはすべて壊すの。言うとおりにして!」
「う、うん…!」
       アキの迫力に押されながら、トリトンは、言われたとおりに剣を振りかざした。
       そこから発するレーザーのような輝きで、ベッドや椅子、机、段差になっている床など、すべてを破壊していった。
       アキも同じように破壊しながら、さらに、入り口と出口をオーラでふさぐと、人間達を中に閉じ込めた。
「トリトン、こっちへ!」
       アキは促がすと、後ろにあったベッドの上に飛び乗った。
「トリトン、剣を貸して!」
       アキは、トリトンから剣をもらうと、剣先を水の中に浸した。
「少し、頭を冷やしなさい!」
       アキは、呪いの言葉を吐きながらオーラを放出した。
       オーラのエネルギーは、アキの手首から、剣先から水浸しの床へと伝わった。
       すると、電流のように広がっていって、人間達を感電させた。
       あちこちで人間達が絶叫し、飛び上がって悶絶しだす。
       トリトンは言葉をなくして、見とれるだけだ。
       アキはトリトンを見返した。
「レイラをお願い。大通りに行きましょう!」
「だけど、ここ、このままにしておくの?」
      「もちろんよ。」
       アキは冷ややかにいった。
      「当分はしびれたままね。これで、少しは狂ったやつらもまともになるでしょう。」
      「俺だったら、絶対に更生する…!」
       トリトンはぽつりといった。
       アキには聞こえていない。
       オーラで後ろの壁を崩すと、抜け穴を作った。
「早く!」
       レイラを抱いたトリトンを先にくぐらせて、アキもその後に続いた。
       二人は立ち止まることなく、大通りを目指した。
       今度は、怪しい人物に出会うことはなかった。
       すると、トリトンにも余裕が見えてきて、アキに声をかけた。
      「負けたよ、君だけが無傷だなんて。その鉄のガードに、俺もあやかりたかったな。」
「あなたの方こそ、そんなにもろい人だなんて思わなかったわ。」
       アキは笑い出した。
「ところで、お好みの男性はいたの?」
      「俺は、そんなんじゃない。」
       トリトンはムッとしかけたが、思い直すと、ふざけて返した。
      「いっておきます! 大型類人猿のようなやつは却下! 相手が俺につりあうような美形さんだったら、少しは考慮してやったけど。」
      「じゃ、今度は、ちゃんと現れるように祈ってあげるわ。」
       アキは苦笑した。
       トリトンが疲れたようにいった。
「それより少し休もう。前は大通りだ。レイラが重たい…。」
「わかったわ。だけど、今のをレイラが聞いたら怒るわよ。」
       アキは、ようやく走るのをやめた。
       身軽なアキとは違い、レイラを抱いたまま走っているトリトンの方は、体力の消耗も激しかった。
       トリトンの言うとおり、前には、大通りの賑わいが見えている。
       安心して休んでも危険はないだろう。
       二人は、そろって壁の一角に身を預けて息を整えた。
       けれども、何気なくもたれたその壁こそ、あの“ディノプス”への入り口に通じる隠し扉だった。
       やれやれと思ったその時、背後の壁の支えがなくなった。
       トリトンとアキは悲鳴をあげて、ぽっかりと開いた暗い空間に吸い込まれていった。
       やがて、壁は何事もなく閉じて、もとにもどった。
       トリトンとアキ、レイラの三人は暗闇の傾斜を滑り落ちていく。
       三人は、こうして、“ディノプス”に誘われていった…。