「アキ…!」
立ち上がったトリトンは、驚いて目を見張った。
四年前に別れてしまい、記憶の彼方に封じ込めた赤い髪の女性。
この突然の出会いにトリトンの心が揺れた。
「なぜ、あなたがこの星へ…。あたし達を襲ったあれは鉛の弾じゃなかった…。あれは、レーザーの光…。」
アキは声を震わせる。
ハッとしたトリトンは緊張した声でいった。
「そうだ…。狙われている。俺も…。そして、君も…。」
「誰が、何のために…。」
「後で話す…。今は逃げる方が先だ。」
トリトンはいいながら、ジャケットの内側から銃を取り出した。
トリトンの服装は、ジーンズにTシャツ、ジャケット姿で、地球人の格好をしている。
焦ったアキが言い返した。
「あなたは、どうするの?」
「俺のことは構うな。二人には関係ない。行くんだ、早く!」
トリトンが促すと、苛立ったレイコが口をはさんだ。
「こんな所で、銃なんか撃てないわ! あなたも一緒にいらっしゃい!」
「俺のことは、放っておいてくれ!」
トリトンは言い捨てたが、レイコは引き下がらなかった。
「あなたをこのままにしておくと、相棒がうるさいの! ついでにこれも半分持って! これを持っていたら、嫌でも離れられなくなっちゃうから!」
「何だよ、これっ!」
トリトンは呆れて目を丸くした。山のような紙袋を手渡された。
レイコは明るく答えた。
「そこの通りで買い物したの。逃げろっていわれても、こんな荷物を持ってちゃ走れないわ!」
「女の買い物って、どうしてこうなるんだよ…;;」
文句をいうトリトンにレイコはニコリと笑う。
「へえ…。君も女の子の買い物につきあったりするんだ…。」
「そりゃ、たまには…。」
「彼女かなぁ?」
レイコが突っ込みを入れると、トリトンは焦りだした。
「…知らないよ!」
「図星♪」
「レイコ!」
アキが睨んだ。ふざけあっている場合ではない。
そういう意味のきつい言い方だ。
すると、レイコがアキにしゃあしゃあといった。
「安心しなさいよ。この子は素直で好きよ。でも、この子に手をつけようなんて思ったりしないから。」
「レイコ!」
遠慮がないレイコをたしなめると、アキはトリトンに向き直った。
「気を悪くしたら謝るわ。」
「いいさ。」
トリトンは笑った。
「二人とも変わってない。懐かしくて嬉しいよ!」
そこへ、またレーザーが飛んで来る。
レイコをかばいながら、アキとトリトンはすかさず奥に避けた。
「どこから、飛んで来るの?」
アキがそういうと、
「トレーサーだ。くそっ、どこまでも追いかけてきやがる!」
トリトンは、舌打ちをして叫ぶ。
すると、レイコが促した。
「こっち! 奥へ!」
「でも、レイコ、トリトンの立場を考えてあげて。あたし達と一緒じゃいけないって…。」
「素直じゃないわね。このままこの子と離れたくないんでしょ! さあ、こっち!」
レイコは強引にアキの手を引いて走り出す。
その後についたトリトンがレイコに聞いた。
「いったいどこへ行くつもりだ?」
「ここはあたしらの街よ。逃げ道くらい、いくらでも知ってるわ。安心して!」
トリトンは肩をすくめた。
いつのまにかレイコが二人をリードしている。
こうなったら、とことんレイコにつき合うしかない。
レイコは巧みに道を選んだ。
ビルとビルの間。そこから通じている地下道を通って次の道筋へ出る。さらに横道へ逸れると民家の裏通りに出た。
そのまま路地をまっすぐに進むと空き地に行きついた。
その壁の穴を抜けて空き地を駆け抜ける。
最後にフェンスを飛び越えて繁みの中を突き進んだ。
十分以上、そんな経路をたどっていくと、行き着いた場所は私営の駐車場だった。
「ふざけてる場合じゃないのよ!」
アキが腹を立てると、レイコは得意げに答えた。
「近道したかったの。ここにお父さんの車があるわ。スペアキーは私が持ってるし…。トリトン、あなた、車の運転できるわね? 頼んだわ!」
突然の指名に、トリトンの方が慌てた。
「待ってよ。俺、地球で車の運転なんかできないよ! 身分証だって持ってないのに!」
「免許証のこと? あたしも今日は持ってないの! 他にわからないことは?」
「道路標識の意味なんかわからないよ!」
「君しかいないの!」
レイコは断言した。
「あなたは未成年なんだから。あたしらよりも罪が軽くなるわ。ナビゲーターはこっちでやったげる! それで、問題解決でしょ!」
「解決してない!」
アキとトリトンが合唱した。
だが、レイコには通じない。
そこへ、また光条が飛んでくる。
三人は、反射的に車の影に身を隠した。
光条は連続的に襲いかかる。
そのせいで、手前に止めてあった車が爆発して炎上した。
爆風にあおられて、レイコとアキは悲鳴をあげる。
「くそっ!」
トリトンは舌打ちした。立ちあがると、車のボンネットを飛び越えて運転席側のドアを開けた。
先に車に乗り込むと、レイコとアキを促した。
「急いで!」
レイコは助手席へ、アキは後部席へ、転げるように乗り込む。
「どうなっても知らないからな!」
トリトンは、言い捨てて車をスタートさせた。
白のクラウンがはねるように車庫から飛び出した。
炎上する車の黒煙を突き抜けて、路上に踊り出る。
瞬間、後方に続いていた車が急停車した。
さらに、そのあおりで十数台の車が玉突き衝突を起こす。
アキが悲鳴をあげた。
「トリトン、スピードを落として!」
「分かっているから黙ってろ!」
「前からバス!」
レイコが叫んだ。
車は反対車線に突っ込みかけている。
「わっ!」
トリトンは慌ててハンドルを切った。
どうにか車道にもどした。
だが、スピードは落ちない。
ちんたらと走っている周囲の車を、次々と追い越していく。
周囲の車からは、激しくクラクションが鳴り響き、怒鳴り声が耐えない。
「お願い、安全運転して…!」
アキが嘆きだす。
一方で、レイコは大はしゃぎだ。
「あなた、いい腕してるわぁ! しびれる、サイコー!」
「一番、恐いの、俺なんだからな…!」
トリトンは顔をひきつらせた。
また光条が襲いかかる。
周囲の車が弾き飛ばされていく。
「まだ、追いかけてくる!」
レイコが首をめぐらすと、アキが叫んだ。
「ヘリよ、ヘリが追いかけてきてる!」
レイコは目を見張った。
サイドミラーで上空を確かめると、黒いボディーを光らせた不審なヘリがクラウンを上空から捕らえ、追跡している。
「あいつなの? 今まで撃ってきていたのは…!」
信じられない顔でレイコが叫ぶと、トリトンは投げやりな口調でいった。
「そうだ。でも、あれはただのヘリじゃない。地球製のヘリに似せてある変形型の高速艇だ。」
「スペースシップ…! あれが…? だめよ、逃げきれない…!」
アキが悲痛な声で訴えると、トリトンは決然といった。
「逃げきってやる! レイコさん、車の渋滞、まだ終わらないの?」
「ここを抜けたら、大丈夫よ。」
「あの横切ろうとしているバスが邪魔だわ。」
アキが指摘すると、
「だったら、こうしてやる!」
トリトンは、さらに加速させた。アクセルとブレーキを同時に蹴り込む。
反動で、車体がジャンプし、宙を舞う。
バスの頭上を飛び越え、その向こう側に連なっていた普通車も超えようとした。
驚いた運転手が、車から出てきて何かを騒いでいる。
が、距離はのびない。最後についていた車の屋根にクラウンが落下した。
下敷きにされた車をあっさりとスクラップに変えて、ようやくクラウンは路面に降りた。
スリップを起こして、クラウンは路面を斜めに滑走する。
しかし、何度か尻を振った後、体勢をもどしてさらに加速した。
ヘリはしつこく追跡する。そんなクラウンを。
連続してレーザー光条が放たれる。
それを、巧みなハンドリングでトリトンはかわしていく。
やがて、クラウンの後方に何台かパトカーがついてきた。
「やだ、警察に捕まっちゃう!」
レイコがわめいた。
「助けてほしいのは、こっちの方なのに!」 トリトンまでぼやきだす。
その時、アキが身を乗り出した。
「房総半島を回ったら、もうじき海が見えるわ。」
「海?」
トリトンが聞き返す。
「警察の目をごまかすためには、それしかないわ。巻き添えにしてしまう。」
「わかった。けど、ヘリは…。」
「人目がなくなればいくらでも…。やってくれない?」
トリトンは頷いた。
「何のこと?」
レイコが会話に割り込むと、トリトンは笑顔を向けた。
「心配しないで。」
そのうち、海と道路が隣接するところまで来た。前方が緩やかにカーブしている。
「あそこで勝負だ!」
トリトンは、そのまま車を直進させた。
「落ちちゃう!」
レイコが顔をひきつらせて叫ぶ。
そんなレイコの手をトリトンが強引に引っ張った。
「飛び降りて!」
レイコの悲鳴が尾を引く。車体がガードレールを突き破って崖に落下しだす。
自由落下の中で、レイコの手を引いたトリトンとアキが車から飛び出した。
車は水しぶきをあげて海に沈んだ。
だが、三人の人間の体は身軽だ。
ゆっくりとしたスピード。宙を舞っているかのようだ。かえってこの方が快適だ。
そのまま海にはまった。
しかも、海の中なのに空気がちゃんと存在している。
それが、アキの力のせいだとようやく後になって気がついた。
「助けてもらって文句はいえないけど…。二人がやることなんてメチャメチャよ! 車はしゃあないけど、買ったものがみんなパーじゃない〜;;」
「命の方が大事よ。悪く思わないで。」
「偉大な力を持った親友に感謝するわ。」
レイコは溜息をつく。
「だけど、これからどうすればいいの?」
「もう少し我慢してよ。助けを呼んだから。」
トリトンがそういうと、アキが目を見張った。
「他に誰かいるの?」
「二人ともよく知っているよ。宇宙一の美女だ。」
それを聞いたレイコが失望したように声を張り上げた。
「あの二人! ロストペアーズ! ケインとユーリィ〜ッ!?」
「地球は壊さないように、きつくいっておいた。」
トリトンは、沖に向かって泳ぎだす。
その後にレイコを連れたアキが続いた。
アキが思いつめた表情で口を開いた。
「トリトン、不思議だわ…。なぜ、今になってこの力が蘇ったのかしら…。あたし、あなたに出会うまで力をなくしていたのに…。」
「俺もだ。君に出会えたとたんに力がもどってきた…。」
「あなたまで力をなくしていたの?」
レイコが会話に割り込むと、トリトンは頷いた。
「ああ…。ずっと普通の男の子していたよ…。海で溺れたこともある。信じるかい?」
「絶対、信じないわ!」
と、後から衝撃波が伝わった。
激しい抵抗に、三人の体がはじきとばされた。
体勢を立て直して振り返ると、先ほどから追跡していたヘリが海中に突っ込んできた。
いや、今度はヘリではない。しだいに変形して潜水艇に形を変えていく。
「な、何なの、あれ!」
レイコが怯える。
「逃げるんだ!」
トリトンは身をよじると叫んだ。
とたんにトリトンのスピードがあがる。
時速数十キロに達した。イルカの回遊速度とほぼ同じだ。
それに、アキも続く。
レイコは、身を震わせる。
「やっぱりこの二人、人間じゃないわ〜;;」
だが、このくらいのスピードでは、潜水艇は振りきれない。
レーザー光条の容赦がない攻撃が続く。
「トリトン、振りきれない! 先に行って!」
「君は?」
「シールドを解くわ。レイコをかばっていられない!」
アキはそう宣言すると、潜水艇に向き直った。
トリトンは素直にアキに従った。
呆気にとられるレイコの手を強引にとると、海上を目指した。
その間、アキは精神集中する。
すると、アキ自身が「シールド」と呼んだ光が、さらに激しく輝きだした。
周囲の海域を、まばゆい光で埋め尽くす。
それが、アキだけがトリトン同様に持つ秘力。オーラだ。
アキの全身がオーラに包まれていく。
さらに、微妙に海中にゆらめき、透明な光の帯を作りだす。
美しくのびた赤い髪が大きくなびくと、さらにオーラのパワーが増した。
そんなオーラが、ことごとくレーザー光条をはじき返す。
「やめてっ!」
アキが叫ぶと、矢のごとくオーラが逆に潜水艇に降りそそいだ。
アキの怒りが爆発する。
その強力なエネルギーが潜水艇を葬った。
潜水艇は解けるようにすうっとオーラの輝きの中に消えていく。
同時にアキの意識も遠のいた。
急速に現実から引き離されていく。
その時、アキは遠くで誰かに呼ばれているのを感じとった…。