4. 異世界の迷い人 2

 子供達は、微妙な輝きを放つ程度に光を弱めた。
 そして、一同をじっと見据えた。
 最初に、トリトンによく似た少年が口を開いた。
「失礼いたしました。この者達の無礼、この私に変わって許してやってください。…ニトル。」
「はっ。」
「この方達は、私のために来ていただいた客人の皆さんです。刺客などではありません。解ったら、お下がりなさい。」
「承知いたしました。」
 ニトルは深く頭を下げると、すみやかに対岸に戻っていった。
 少年は、再び一同に視線を向けた。
「あの者達は、一見、荒くれ者ののように見えますが、本当は村の農民達です。ラムセスの弾圧から逃れるために、この森で身を隠しているのです。あなた方のことを、ラムセス兵だと勘違いして襲いかかろうとしたのも、彼らにとっては、必死の抵抗なのです。」
「あのね、坊や?」
 急に、ケインが呼びかけた。
「その言葉使い、なんとかなんないの? 『俺だ。』とか、『ふざけるな!』とか。もっと、思いっきり啖呵をきってくれなくっちゃ! こっちの調子が狂うじゃない!」
「何がですか?」
 少年は、キョトンと首を傾ける。
 ユーリィがケインの背中を突っついた。
「かあいそうでしょ! 混乱させたげちゃ!」
「混乱しているのはこっちよ! どうして、あの二人が若返っちゃうの!」
 ケインがかみつくと、ユーリィはにこやかにいった。
「あら、かぁいいじゃない♪」
「大たわけ!」
 ケインはユーリィを睨みつける。
 一方で、倉川ジョウは目を細めた。
「どうやら、あの子供達は、俺達が知っているトリトンとアキじゃなさそうだな。」
「それじゃ、別人なの?」
 レイコがそういうと、アキに似た少女がいった。
「その通りです。私達は、あなた方が知っているトリトンとアキではありません。」
「じゃ、君達は誰なんだ?」
 島村ジョーが聞くと、少女が答えた。
「私は、アルティア・ディウル・ド・アトラス。」
「同じく、トリトン・ディウル・ド・アトラス。我々は、アトランティス第二十王朝、最後の王です。そして、ポセイドニア一族の生き残りです。」
 少年が、美しく透明な声でいった。
 鉄郎が目を見張った。
「アルティア? トリトン? 君達は、アキとどういう関係があるんだ? 二人のことを知ってるんだろ? 教えてくれないか?」
 すると、アトラス王トリトンが即答した。
「二人は、ラムセス王に囚われています。まもなく、オリハルコンの生贄に捧げられるでしょう。」
「生贄?」
 鉄郎はいぶかしむ。
「はっきりおいい! 二人とも、殺されるっていうの?」
「ここはアトラリア。かつてのアトランティスの首都に当たる都市です。」
 王トリトンは、鉄郎とケインの答えを無視して話しはじめた。
「数千年前、アトランティスが地上世界から消える直前に、生き残ったアトランティスの民を救うため、私とアルテイアが、オリハルコンの力を利用して作り出した異世界です。地上の人々に知られることもなく、アトラリアは、地上と同じ時間の流れの中にあり、繁栄するはずでした。」
「坊や、んなことを聞いちゃいないわ!」
 ケインはキッと睨む。
 トリトン王は鋭い声を発した。
「これは、トリトン・ウイリアムとアキに関する重要なことです。」
 ケイは言葉をなくした。
 トリトン王の話は続いた。
「オリハルコンは、生命を作り出す源です。その力で、何も存在しない場所でも、緑を育て、あらゆる生き物を育める環境を作り出せるのです。正しく使用すれば、オリハルコンは、自然界の物理的条件を覆すような、とてつもない力を発揮します。ですが、ラムセスという男が、オリハルコンを一人で支配してしまいました。そのために、貴重なオリハルコンが減少しだしたのです。オリハルコンは、アトランティスの血を引く者でなければ、その力を発揮しない性質があります。」
「読めてきたわ。自分が使えないかわりに、トリトンとアキを使って、オリハルコンを活性化しようとしてるのね?」
 ユーリィが厳しい表情でいった。
 ジョウが聞いた。
「ラムセスって野郎は何者だ?」
「わかりません。彼自身は、エジプト王朝のファラオの血を引く者だといってました。しかし、一度、バランスが崩れてしまったオリハルコンは、際限なく生体エネルギーを吸収する化け物に変化します。しかも、オリハルコンが好んで吸収するのは、純血のアトランティス人の生命です。今までに、すべてのアトランティス人が、ラムセスが操るオリハルコンの犠牲になりました。しかも、ラムセス自身はその恵みを受けて、不老不死のまま、今も生き続ける悪魔になってしまったのです。」
「なんて奴だ…。」
 島村ジョーが呆れた。
「そいつ、どこにいるんだ?」 
 鉄郎が身を乗り出した。
 しかし、王トリトンはかぶりを振った。
「いえません。」
「なぜだ?」
「教えると、あなた方は必ず行くというでしょう。でも、あなた方の力で、かなう相手ではありません。」
「何ぃ?」
 カッとなった鉄郎は思わず飛び出した。
「やめろ!」
 一同の制止も聞かずに、鉄郎は、トリトンに向けて腕を突き出した。
 とたんに鉄郎はギョッとした。
 殴ろうとした鉄郎の腕は、力なく、トリトンの顔をすり抜けた。
 王トリトンはゆっくりと顔を上げた。
 大きなブラウンの瞳で、鉄郎をしっかりと見据えた。
「私達に触れることはできません。私もアルテイアも、数千年前にラムセスに命を絶たれました。」
「まさか…幽霊…?」
 身を引いた鉄郎は、肌を栗立たせた。
「オリハルコンがそうさせています。」
 アルテイアが静かな口調で語りはじめた。
「私もトリトンも、生前は“最強のオリハルコンの使い手”とまで、いわれてきました。オリハルコンは、誰にでも扱えるわけではありません。王族の血を引く者の中でも、その人数は限られています。その人間は天性のもので、何人かは、自分の精神力を高める修行を行い、やっと、扱えるほどなのです。」
「なるほど。だから、オリハルコンを扱える人間が最高権力者になるわけだ。オリハルコンをコントロールできる人間は、世界を支配できる能力がある。」
「…てことは、この子達、死んでも魂だけで生きられるのって、ものすごいことなのね?」
 ジョウの言葉に裕子が同調した。
 ユーリィが焦りだした。
「暢気にしてられないわ! そのすごい子達がやられちゃったのよ。ラムセスっていう奴は、それだけ手強いってことじゃない。」
「二人を助けだすのは、私達の義務です。」
 トリトンは断言した。
 ロバートが皮肉をいった。
「自信ありげだな。」
「力があるとはいえ、ラムセスもただの人間です。人間としての弱みをつくことができます。」
「弱み?」
 ロバートは表情を変えた。
「ラムセスには息子がいます。いずれは、トリトン・ウイリアムとその息子ジオリスによって、支配闘争がもたらされるでしょう。」
 王トリトンの言葉に、鉄郎は疑問を持った。
「なぜ? アキにはオリハルコンを扱う力はない。どうして、アキまで狙われるんだ?」
 トリトンが答えた。
「オリハルコンの、もっとも早い活性化の方法につながるからです。原理そのものはわかりません。でも、男と女が関係を持つことで、オリハルコンは、必要なエネルギーを増加させていきます。」
「なんだって…!」
 鉄郎は言葉をなくした。
「そうなる前に、二人を助けださなくてはならないでしょう。でなければ、二人を死に至らしめてしまいます。」
「君達を見ていると、現実のトリトンとアキに思えてくる…。」
 鉄郎が声を震わせた。
 王トリトンは、一同を見つめるだけで何も語らなくなった。
 代わりに、アルテイアがいった。
「後のことは、ニトルに任せてあります。あなた方は、このままニトルの村に行ってください。」
「そこで、何をしろというんだ?」
 ジョーが聞くと、王トリトンが口を開いた。
「そこにすべてがあります。行けばわかります。待っていてください。」
「待つって何を?」
 レイコが口をはさんだ。
 しかし、アルテイアはニコリと微笑みかけた。
「心配しないでください。」
 それが、最後のコンタクトの会話だった。
 いきなり、トリトンとアキの姿が消えた。
 また、小さな光にもどった。
 二つの光点は、サッと逃げるように上空に飛び去った。
「何、いったい、あれ?」
 ケインが聞いたが、誰も答えられない。
 ニトルが一同に声をかけた。
「失礼いたしました。我々の村へご案内いたします。どうぞ。こちらへ…。」
「呆れたわ。態度がまるで違うじゃない!」
 ユーリィが肩をすくめる。
「何をみせようっていうんだ。俺達に。」
 鉄郎がそういうと、二トルは首をひねった。
「そう言われましても…。王の教えは、我らの、ありのままの暮らしを見てもらえということですので…。」
「ありのままの暮らし?」
 ジョーが呟くと、二トルは頷いた。
「はい…。王は日頃からこうおっしゃっておられます。我らの暮らしこそが、古来から伝えられきたアトランティスの姿だと…。ラムセスなどに従う必要はない。我らに与えられた恵みは、我らのためにある。ともに分かち合えと…。」
「…………」
 鉄郎はジッとニトルの言葉に耳を傾けていた。
 が、やがて意を決して口を開いた。
「わかったよ。おたくらの、ありのままの暮らしってやつを見せてもらおうか。」
「鉄郎!」
 全員が驚いた。
 ジョーが詰め寄った。
「こいつらのことを信用するのか?」
「他にどうしようがある? やっと、手がかりが得られるかもしれないんだ。」
 鉄郎は、まっすぐな視線でジョーを見返す。
「そういうこった!」
 ロバートが決断を促がした。
「ここで、のたれ死ぬよりましだろう。」
 一同は言葉を失くした。
 ロバートは、二トルを見返した。
「さて、どういう暮らしぶりだ?」
「こちらです。」
 二トルは向こう岸を指し示した。