3. 召 還 5

「一応、救援は呼んである。ただし、距離がありすぎて、一日以上を費やすそうだ。ここを離れられるのは、早くて明日の昼だ。」
 ロバートがいった。さらに、別の船員がいった。
「食料と水はランチで運び出しました。なんとか持ちますよ。」
「そういう問題じゃないわ。どうして、船を爆破させちゃうの!」
「そうよねぇ。後のことを考えたら、絶対にありえないわ。」
 ケインとユーリィが睨みつけると、ロバートは肩をすくめた。
「仕方ないだろ。他にヘリを叩く方法がなかったんだ。なんたって、おたくらの世界に属する、頑丈な作りの代物だったようだしな。」
「寝る場所もなければ、着替えもないのよ。心細いじゃない。こんなの!」
 裕子が口をとがらせた。
 ロバートは、投げやりな口調でいった。
「不満があるのなら、先に、ボートでここを出て行ってもいいぞ。女達だけで、そうするか?」
「でも、あたし達は、行動をともにしなくちゃいけないのでしょう?」
 アキがそういうと、誰も反論できなかった。
「ごりっぱだわ。鉄郎の教官さん!」
 レイコに嫌味をいわれて、鉄郎は顔をしかめた。
「俺にいわれても…。」
 トリトンは、しきりに周囲を見回している。
 それから、一同に軽い口調でいった。
「なんとかなりそうだな。女性達をランチで休ませて、野郎は、そのあたりで草でも引いて休めば、文句もないだろ?」
「何をやる気になってんだ?」
 ジョーが驚いて口走ると、トリトンは平然と応じた。
「こういうのは、日常茶飯事で経験してるから。たった、一晩くらいで大げさだよ。」
「その順応性を、どこで身につけたんだ?」
 ジョーは、ますます呆れ返った。
 ケイが突っ込んだ。
「この子は、未開人生活に慣れ親しんでるもの。あたしらとは違うわ。へたしたら、海の中でも、生活できる子なんだから。」
「嫌味か!」
 トリトンがかみついた。
 鉄郎が、雰囲気を変えようと口を開いた。
「ケンカしてる暇はないだろ? すぐに日が落ちちゃうよ。トリトン、何をすればいい?」
 トリトンは表情を緩めると、すぐに、口を開いた。
「椰子の木を切って、日よけを作る。後は、石を集めてかまどを作って、茂みに穴を掘って、トイレを確保するんだ。テントを利用すればいい。それと、何人かが漁に出れば、完璧だろ?」
「やるか。」
 ロバートが船員達を動かした。
「まさか、私もでしょうか?」
 ベルモンドがおどおどと尋ねた。
 倉川ジョウが睨みつけた。
「当たり前だろ!  そっちが襲ってこなきゃ、俺達は、こんな目に合わなかったんだ!」
「やってもらうことは、いっぱいある。」
 鉄郎が冷たくいった。
「あんたも一緒に漂着したんだ。立場は同じだ。」
「そういうこった。」
 ロバートがだめだしに口走ると、ベルモンドはへたった。
「そんな…。」
「落ちこむ前に、動いてくれないかな?」
 トリトンはベルモンドを睨んだ。
 しかし、ふと、遠くの海の方にも、視線が向いた。
 トリトンは、そのまま立ちつくした。
「どうした?」
 呆然となるトリトンを見て、ジョウが顔をしかめた。
 トリトンは、ぽつりとつぶやいた。
「救援って、まだ来ないだろ? それも潜水艦なんかで…。あの、沖の海の盛り上がり、いったい何だと思う?」
「何?」
 全員が、トリトンの言葉に反応して、思わず海に目をやった。
 深いエメラルドグリーンから、ブルーに変化する海の色に、白波が良く映える。
 が、その外海にも、白波が立ち始めていた。
 その白波の規模はあまりに小さい。
 高波や津波の余波ではない。
 それは、あまりにも不自然な現象だった。
 一同は目を凝らした。
 じっと、不審な白波の様子を窺っている。
 やがて、何秒か遅れて、不気味な振動が伝わった。
 誰もが息を飲み、立ちつくしたまま動けない。
 そのうち、海の波を割けるように、一体の巨人が姿を現した。
「な、何だ?」
 ロバートはたじろいだ。
 ベルモンドは悲鳴をあげて後ずさった。
 ケイン、ユーリィをはじめ、四年前の「ジリアス事件」に関わった仲間達は、その巨人のことを知っている。
 「ジリアス事件」の最中、海賊達が捕獲したもの。
 そして、惑星ジリアスの海から浮上してきた、アトラス文明の街の中にいたもの。
 間違いはない。
 動力もなく動き回っていた、あの時の巨人だ。
「あいつってば…!」
「ケイン、こんなの…!」
 嘆くように叫んだユーリィは、ケインを見返した。
 ケインは、トリトンに強い口調で質問した。
「トリトン、これ、どういうこと?」
「俺だって知るか! わけが解らないのは俺も同じだ。」
「トリトンで解らなかったら、どうするの?」
 裕子が目を丸くした。
「トリトン、だったら、あいつと交信できるのか?」
 ジョウが聞いた。
 一瞬、トリトンは言葉につまった。
「…それは、わからない…。第一、俺にはオリハルコンがない…。」
「トリトン。」
 鉄郎が呼びかけた。
「タロスは、君のために出てきたのかもしれない。君のいうことなら、わかるかもしれないよ。」
「鉄郎、教えてほしい。地球には、今もどこかに、アトランティスが存在しているってことなのか?」
「もし、そうなら、こっちが聞いてみたいよ。」
 鉄郎は焦りだした。
「おかしいわ…。」
 アキがいった。
「太平洋にあったといわれているのは、ムー大陸のはずなのに…。」
「ムー大陸?」
 ケインとユーリィ、トリトンが一斉にアキを見返した。
「幻の大陸の伝説は、アトランティスだけじゃない。他にも、地球上にはいくつもある。アトランティスは、そのうちの一つにしかすぎないの。」
「ややっこしいわね!」
「結論は一つだ、ケイン。」
 トリトンが口を開いた。
「タロスが出現するのが、異常なんだ!」
 一度は下ろしたマシンガンを構えなおして、トリトンは、意を決して海の方に歩き出した。
「だめよ、行っちゃ!」
「トリトン、やめろ!」
 ケイン、ユーリィ、仲間達が止めようとしたが、トリトンはそれを無視した。
 タロスは、ゆっくりと島の方に近づいてきた。
 そして、沖合い百メートルの手前で歩みを止めた。
「タロス、何だ、そいつは?」
 ロバートが口を開くと、鉄郎が説明した。
「ギリシャ神話に登場する、青銅の巨人に似てるから、そう呼んでるんだ。」
「神話の巨人?  あいつが?」
 ロバートは、まじまじと巨人を見つめた。
 全長は数メートル。
 しかも、形は人間そのものの造りだ。
 その姿は、まさしく、古代ギリシャ人の出で立ちだ。
 胸のあたりに、不可思議なデザインが施してある。
 ロバートは息を飲む。
 この巨人の正体が何であれ、“神話の巨人”といわれたら、疑う余地はなさそうだ。
 トリトンは、腰のあたりまで海につかると、その場所で立ち止まった。
 タロスは、立ち止った場所から、ゆっくりとトリトンを見下ろした。
 そして、タロスはトリトンに話しかけてきた。
「ディウル・ド・アトラス・レム・フォナーズ・デ・ライ・スウォム・レム・オウル・トゥエル…。」
「お前、言葉を…!」
 その意外性に、トリトンは驚いた。
 ジリアスの巨人は、けっして、言葉は喋らなかった。
 が、地球に出現した巨人の声は、重厚な区切るような響きがある。
 レイコが驚いた。
「あれ、何語? わけがわかんない!」
「訳してみるわ…。『王よ、時がきた。我らとともに来られたし…。』」
「わかるのか、アキ?」
 鉄郎が首をめぐらせると、
「アトランティスの言葉よ。トリトンから教えてもらったわ。トリトンは、あの言葉が解るのよ。」
「たまらない子ね。未知の言葉が理解できるなんて…!」
 アキの説明にユーリィが呆れる。
「姫さん、訳してくれないか?」
 ジョウが頼むと、アキは頷いて、英語で一同に訳して聞かせた。
 その間も、トリトンとタロスの会話は続いた。
 タロスは、ゆっくりとした動作で、トリトンに手をさしのべた。
「さあ、我らとともに…。」
「よせ!」
 トリトンは反射的に身を引くと、訴えるように叫んだ。
「なぜ、今になって俺の前に姿を現す? ここは、お前がやってくる世界じゃない。今すぐ、ここから立ち去れ!」
「それは、できません。」
 タロスは首を横に振った。
 その動きもぎくしゃくしている。
「時が、示している。王、我らの世界へ戻り、我らの上へ君臨し、やがて、神となる。」
「俺を王に仕立てようなんて、とんだ、おかど違いだ!」
 トリトンは呆れて叫んだ。
「俺は、王にも神にもなる気はない。お前達の神様を勝手に崇めていろ!」
「王、戻らねば、我らの世界、永遠に光、差し込まぬ。王、戻りて、光、ようやくのぞく。」
「とっくに滅んじまった国に、光も闇もあるか!  俺はこの世界でやらなきゃならないことがある。わかったら諦めろ!」
「王、行かせられない。なんとしても、連れて行く。」
 タロスは、攻撃的にトリトンに手をのばした。
 殺気を感じたトリトンは、体をよじってのびてきた手をかわすと、銃を向けた。
「やめろ! でなきゃ、お前を破壊する!」
 ロバートをはじめ船員達、ケインとユーリィ、仲間達は、反射的に行動をとった。
 海に入ってきて、銃を向ける。
「ムダ、です!」
 タロスは丁寧な口調で告げた。
 次の瞬間、タロスの全身が、オーラで包まれた。
 神話のタロスは高熱を発した。
 しかし、目の前のタロスは、不快な雑音を周囲に撒き散らした。
 一同は急激な頭痛にみまわれた。
 頭の中を、ガラス棒で引っかき回すような雑音が駆け巡り、ガンガンと叩かれるような衝撃を味あわされる。
 誰もが悲鳴をあげ、悶絶し、頭を抑え、喘ぎ、苦しんだ。
 体を痙攣させながら、背中を大きく反らせる。
 苦痛は肉体ではなく、精神を直撃した。
 意識を引き裂く。そんな感じだ。
 船員達、レイコ、裕子、さらにジョー、アキと、次々に体が沈んでいく。
 失神だ。
 タロスの攻撃は、強すぎて持ちこたえられない。
 いくら強い気力を持っていても、そう感じる。
 どうやっても、音は消せない。
 頭の中に響き、はびこる。
 目がかすみ、意識も薄れていく。
 その後も、失神者が秒刻みで続出した。
 ユーリィにケイン、トリトン、鉄郎、ジョウ、そしてロバートー。
 全員が意識をなくして倒れたことを、認めたタロスは攻撃をやめた。
 もとの青銅色の体にもどったタロスは、次に白い光を放ちはじめた。
 さっきのオーラの光よりも、強烈に強い。
 すべてが白く包まれた。
 人も、島も、海も、空もー。
 白い光に溶けて、すべてが、白一色で満たされた。
 それは一瞬だ。
 やがて、すぐに色彩がもどってきた。
 島の緑。砂浜の白。海と空の青。
 だが、そこには、CIA所属の船員の一団だけが気絶したまま取り残された。
 後の人間達は、タロスとともに、その場所から姿を消してしまった…。


 ※  ※  ※


 それは、タロスの意のまま行為だった。
 消えた人間達は、無意識のまま時空を飛んでいた。
 タロスを操り、彼らの力を必要とする人物が、別世界に存在したのだ。
 十一名の人間達は、その人物のもとに送り込まれようとしている。
 地球世界とも銀河世界とも違う異質世界ー。
 そこで、何がはじまろうとしているのか、今は、誰もわからない。
 その別世界は、“アトラリア”と呼ばれている…。


 ー第一部終了ー