“JOJO”は、必死にモーターボートから逃げた。
“JOJO”を追うボートは、その距離を、一気に縮めてくる。
ボートの男達は、機関銃のほかに、魚を捕るためのエアーガンとスピアーガンも装備していた。
それを浴びせながら、アキと“JOJO”を、残忍に追いつめる。
「潜りなさい!」
アキが叫ぶと、“JOJO”は素直に従った。
しかし、体力が消耗していたことも重なって、波の抵抗を受けたために、潜る瞬間、わずかに、“JOJO”の動きが鈍った。
それまで、ボートの攻撃をかわし続けていた“JOJO”も、その間に、スピアーガンで腹部を撃たれた。
「“JOJO”!」
アキが、悲痛な声をあげる。
“JOJO”は、急に力をなくした。
スピードが低下し、アキを乗せたまま、沈むように海の中に姿を消した。
“JOJO”のそばにつきながら、アキは、海上を見上げた。
停船するボートの船底が見える。
やがて、ボートからエントリーしたダイバー達が、アキと、“JOJO”に迫ってきた。
アキは、静かな怒りにかられた。
命まで奪うことはできないと感じながらも、彼らを、許すことができなかった。
アキは念じた。
彼らは、自然そのものを軽んじている。
その自然の怖さを痛感させることが、彼らにふさわしい戒めだ。
念を凝らし続けて、アキは、誰もが恐れる生き物を呼び寄せた。
サメ。それはサメの大群だ。
何十頭というサメの群れが、ダイバー達の周囲に群れを作り、間を割って、悠然と泳ぎはじめた。
ダイバー達は狼狽した。
表情は、ゴーグルで隠れて確認できない。
しかし、どのダイバーも、我を忘れておびえきっている。
中には半狂乱のまま、サメに、スピアーガンで狙いをつける者もいた。
「やめなさい!」
うろたえるダイバー達を睨みつけて、アキは、鋭い声で通告した。
「むやみにサメを攻撃すれば、サメの方が怒り出すわ。ここは、あなた方の来るところではありません! 早く、立ち去りなさい!」
ダイバー達は、動くことができない。
その間に、アキは、ダイバー達を振り切った。
傷ついた“JOJO”をかばって、その海域から逃げだした。
一方、サメの大群は、トリトンと戦っている、ダイバー達の周囲にも群れだした。
どちらも、先にサメを退治しなくては、お互いがやられてしまう。
そう両者が判断した時、傷ついた“JOJO”を伴ったアキが姿を現した。
「アキ!」
気がついたトリトンが、そう呼びかけると、
「トリトン、早く離れて!」
アキが合図した。
トリトンは後退した。
そして、アキと“JOJO”に泳ぎよると、驚いた声で言い返した。
「どうしたんだ? “JOJO”がなぜ…。」
「ごめん…。守ってあげられなくて…。」
アキは声を震わせた。
「このサメの大群は、君のせいか?」
「ここのサメは、グルメで滅多に人を襲うことはないわ。でも、思い知らせてやりたかった…!」
「俺よりきついや…!」
しみじみと、怒りを打ち明けるアキに、トリトンは肝をつぶした。
と、いつの間にか、逃げおおせた一人のダイバーが、ヨタヨタと浮上していく。
「運がいいのもいるらしいな。待ってな。あいつ、とっ捕まえてくる!」
トリトンは、アキにそういい残すと、ダイバーを追って飛び出した。
トリトンの接近に、気がついたダイバーは、よけいに慌てふためいた。
急いで、海上にあったボートに乗り込もうとした。
トリトンは、その反対側からボートに乗り込むと、腰を抜かしたダイバーを取り押さえた。
その間に、アキが同じ側のボートの縁から顔を出すと、“JOJO”とともに、ボートに乗り込んできた。
トリトンが、捕まえたダイバーのゴーグルとエアマスクを剥ぎ取り、素顔を暴いた。
すると、マスクの下からは、鉄郎のメールで送られてきた、資料の中にあった男の顔が現れた。
「ベルモンド・イオス…!」
トリトンは目を見張る。
ベルモンドは、トリトンとアキを見てすっかり怯え、声も出ないくらいだ。
「なぜ、あたし達を襲ったの?」
アキが鋭く問いかけると、ベルモンドは泣き叫んだ。
「助けてくれ…!」
「そいつの保障はできないな。残念ながら。」
トリトンが冷たく言い返すと、ベルモンドは、顔をひきつらせながらも虚勢を張った。
「ば…化け物連中が偉そうに…!私は知っているぞ。お前達が、普通の人間じゃないってことくらいな…!」
トリトンはキッとなった。
聞き逃せない言葉だ。
眉を吊り上げると、本気で怒り出した。
「あんたみたいなクズ野郎は、この場で消し炭にしてやるくらい、わけないんだぜ!」
トリトンは、殺気をみなぎらせて、レーザー剣を構える。
「死にたくなければ、言うとおりにしなさい。」
アキが念を押すと、ベルモンドは萎縮した。
喘ぎ声をあげただけで、後は声にならなかった。
「おりこうさんだ。」
トリトンは、レーザー剣を元にもどすと、ボートの操舵席についた。
「安全運転でお願いするわ。」
「なるべくそうするよ。」
アキの言葉を聞き流すと、トリトンは、ボートをスタートさせた。
アキは“JOJO”を支えた。
ベルモンドはひっくり返った。
結局、トリトンは、おとなしく運転する気などなかった。
舵を握りながら、トリトンは、“JOJO”を気にして尋ねた。
「“JOJO”の様子は? ちゃんと、体を濡らしてやっている?」
アキは、ダイバー達の備品である濡らしたタオルを、“JOJO”の体に、かけてやっている。
そうしながら答えた。
「やってるわ。この子、あなたのことが心配で、もどってきたのよ。とても、優しい子だわ。」
「感謝してるよ。島に急ぐ。」
トリトンは、ボートのスピードを上げた。
そのボートに近づいてくる、別のボートの一団があった。
トリトンとアキは、首をめぐらす。
まだ、生き残っていたボートが追ってきたのだ。
「トリトン!」
不安げに、アキが声をかけると、トリトンは舌打ちした。
「くそっ…。」
ベルモンドが立ち上がって、手を振ろうとしたが、トリトンは一喝した。
「じっとしてろ!」
このまま、攻防に突入するしかないのか。
トリトンは覚悟した。
が、その前に、追ってくるボートが、次々と大破していく。
呆然とするトリトンとアキの前に、ジェットスキーを操るロバートが姿を現した。
ロバートは、トリトンが操舵するボートに並ぶと、無線で会話をよこした。
「坊や。紛らわしいボートなんか乗り回していたら、俺が撃っていたかもしれない。気をつけろ!」
「その銃は、鉄郎のー」
アキが叫ぶ前に、ロバートが先に返答した。
「鉄郎から銃を拝借した。」
「みんなは?」
トリトンが応じると、ロバートの朗らかな返答がきた。
「全員、無事に島に行ったよ。」
その言葉を聞いたアキは、わずかに安堵した。
「見直したよ。あなたをね。」
トリトンは笑顔をこぼす。
人体に、負担をかけるといわれた「シリアルナンバー2」を楽々と使いこなす、ロバートの腕前に感心した。
気を許したトリトンは、明るくロバートに返した。
「ね、それより見てよ。俺の獲物!」
いわれて、ロバートは、ボートの後ろを見た。
怯えるベルモンドを見つけると、とたんに笑い出した。
「こいつを、海で拾ってくるとはな。確かに上物だ。先に行ってる。島にあがれ!」
「了解!」
トリトンは、そういって無線を切った。
ロバートのジェットスキーが、トリトンのボートを先導する形で島に向かった。
島では、先にランチで上陸していた、船の船員達と仲間達が出迎えた。
ボートに近寄った船員達の手で、ベルモンドは引きずり降ろされた。
トリトンも、ボートから飛び降りる。
その時、アキが悲鳴をあげた。
全員が、思わず振り返る。
すると、息絶えた“JOJO”の頭を抱きかかえたアキが、突っ伏した状態でいるのを見つけた。
「ごめんね…。“JOJO”…。」
ぽつりと呟いたアキは、肩を震わせて泣いた。
一同は、固唾を呑んでアキを見守った。
誰も、何もいえずに、項垂れるしかなかった。
ケインが、ふと、呆れたように呟いた。
「あたしらまで、乗せられちゃってしんみりしちゃうけど…。たかが、イルカでしょ。ついていけないわ…。」
「ただのイルカと見るか、一つの命と見るかだ…。命の重さは変わらない…。」
ジョーが口を開いた。
鉄郎がアキに近づいた。後に立つと、声をかけた。
「もういい、アキ…。」
「オーラで治してあげられると思っていた…。でも、それでも…。」
苦しい声で訴えるアキに、鉄郎は小さく頷いた。
「それでいいんだ。君は完璧じゃない。人間だからね…。」
アキは息を飲んだ。鉄郎はいった。
「誰のせいでもないんだ。君が責任を感じたって、“JOJO”は戻らないよ…。」
アキは、ようやく“JOJO”から離れてボートから降りた。
鉄郎の言葉で、アキは、少し気を持ち直した。
トリトンが、同時に移動した。
目をつけたのは、倉川ジョウが持っていたマシンガンだ。
「いいの持ってるね。貸してくれると、ありがたいんだけど。」
「何に使う気だ? お前が撃つと、照準がずれるかもしれん。俺に合わせてあるからな。」
「そんなに、遠くのものは狙わないよ。」
トリトンは、マシンガンを持つと、ベルモンドの前に走っていった。
「だめよ!」
裕子が叫んで、トリトンを止めようとした。
トリトンが、本気でベルモンドを撃つのではないかという、不安がよぎった。
そんな裕子を、ジョウが制した。
目の前に、立ち止まったトリトンを見上げると、ベルモンドは、必死の形相で食い下がった。
「待て! たかだかイルカ一頭じゃないか…。そんなに、殺気立たなくても…。」
トリトンは、容赦なくマシンガンをベルモンドに。
いや、ベルモンドの足元を狙って乱射した。
悲鳴をあげたベルモンドは、頭を抱えてひっくり返った。
弾着が砂をえぐり、反動で、トリトンの髪が大きくなびいた。
トリトンがマシンガンを撃ち終えると、髪がゆっくりと落ち着いた。
それと同時に、鋭い声を発した。
「俺達の何を知っている? 知ってることをすべて話せ。」
「何をだ? 何を喋るんだ?」
ベルモンドは半べそをかく。
トリトンは声を荒げた。
「とぼけるな! あんたの親父さんの所に、こっちの尋ね人が行ったはずだ。あんたは、その親父さんに命じられて、いや、その尋ね人にそそのかされて、俺達に襲いかかってきた。そうだろ?」
「待ってくれ。私は何も知らんのだ!」
「無駄よ。証拠は、いっぱいあるんだから。」
銃を握ったユーリィとケインが近づくと、トリトンと並んで詰め寄った。
「いいたいことがあったら、今のうちよ! 三秒だけ待ってあげるわ!」
「よせ…!」
ベルモンドは大声で叫んだ。
目が血走り、汗が全身から噴き出した。
ベルモンドは恐怖の一歩手前だ。
思わず、ロバートや鉄郎に視線を向けると、悲痛な声をあげた。
「お前達、こんなことを許すのか? こいつらは宇宙人なんだぞ! そんな連中に、私がやられるのを黙って見ているつもりか? この女どもは、卑劣な女どもなんだ!」
「卑劣な女って、どういう意味よ!」
怒りにかられたケインが、銃床で、ベルモンドの頬を殴りつけた。
口と鼻から血を吐いて、ベルモンドは崩れる。
「ケイン!」
トリトンが制したが、ケインは反抗した。
「トリトン、止めて欲しくないわね。よけいなことは喋るけど、肝心なことは、何一つ喋ろうとしないじゃない。その言葉は、あたしらの世界じゃ、“差別用語”としてチェックされるのよ!」
「“禁止用語”は、俺も山ほど聞いたよ。でも、警察じゃないんだ。暴力は違法だ。」
「そうね。」
ユーリィが同調して頷いた。
それから、ベルモンドを見返した。
「あなたは、あたし達の事情を、全てわかってるわけね? だったら、あたし達を連れて行って。あなたの父親って人のところへ。」
「何をする気だ?」
「ビクつくなよ。」
トリトンがいった。
「あんたらを、どうこうしようとしてるわけじゃない。ただ、会わせてくれるだけでいいんだ。尋ね人にな。」
「いっておくけど、その連中、あんた達の立場なんか考えてくれないわよ。その連中についていったら、生かしてもらえるなんて、甘い考えは捨てた方がいいわ。」
ケインがベルモンドを脅すと、ベルモンドは言葉をなくした。
「そのくらいでいいだろう。そいつ、やっと、話がわかるようになってきたんだ。」
ジョウが声をかけると、ケインとユーリィは、銃をホルスターに戻した。
「おもしろくないけど、しゃあないわね。」
「俺達は良くても…。鉄郎は、そう思ってないようだけどね…。」
トリトンは、鉄郎に視線を向ける。
鉄郎が、ベルモンドの前に出ると、ベルモンドの顔が強張った。
「織野鉄郎…。生きていたとは驚きだ…。」
「あの船の爆破。やっぱり、僕を狙ったものだったのか?」
鉄郎は、冷たい口調で問いかけた。
だが、ベルモンドは声を震わせながら答えた。
「あ…、あれは事故だ。私の方でも、多大な損傷を被ったのだ。それ以上は調査中なので、今は答えることができない…。」
「そうですか…。」
鉄郎は抑揚のない声でかすかに頷いた。
「僕は運がよかったんだ。 乗船する前に、ここにいる仲間が引きとめてくれたから。でなかったら、間違いなく、僕は、あの船に乗りこんでいた。」
「そ…、そうかね…。」
「事故と言い張るのなら、それでも構わない。でも、調べたら、それが、嘘の供述かどうかくらいすぐにわかる。」
「何をいってるんだ?」
「ただ、異星人の力を借りたにしろ、最初から、僕だけを狙えばよかった。関係ない人間を巻き込む必要は、どこにもなかったんだ。」
鉄郎は、しみじみと怒りの言葉を浴びせた。
「俺が、外でどう噂をされているか、よく知っているよ。『一度、牙をむいた人間は、いつ、どこで、牙をむきだすかわからない』って。ご希望なら、あなたの企業を、根絶やしにしてもいいんだぜ。」
「そんなことが、簡単にできると思うのか?」
ベルモンドは焦りだす。
しかし、鉄郎は、事務的に言葉を続けた。
「企業を買収するくらい、いくらでもね。法的手段をとれば、年内中に達成できる。」
「鉄郎、お前が、そこまで熱くなることねぇだろ?」
倉川ジョウが呆れた。
「お前、会長職を、今年度限りで、引退するつもりじゃなかったのか? 織野の企業とは、きっぱりと、縁を切るつもりなんだろ?」
島村ジョーも、軽い口調で声をかける。
鉄郎は肩をすくめた。
「そうしたいけど、今のままだと、幹部クラスが許してくれそうにないからな。経営者交代の口実として、新規の事業に手をまわしておかないと、周囲を、説得できそうにないんだ。」
「自分の進退問題の駆け引きに、企業をまるまる潰そうとするなんて。普通じゃ、考えられないわ。」
裕子が呆れた。
「記事にしたかったら、ご自由にどうぞ。」
鉄郎がそういうと、ジョウが鼻をならした。
「なるか、そんなもの!」
「やっぱり、鉄郎が、一番怖い存在だったりして…。」
見守っていたトリトンは、小さく笑った。
ケインは肩をすくめた。
「そういったことは、あたしらの管轄外だもの。知ったことじゃないわ。」
「鉄郎、お前の会社の話は、日本にもどってから好きにやればいい。」
ロバートが口を開いた。
「お前らのおかげで、重要参考人が、思わぬタイミングで転がり込んできた。そっちに感謝する。が、その前に、重要なことをいっておく。今夜は、この島で全員が野宿だ。そのつもりでな。」
ロバートの安直な言葉に、全員がぶっ飛んだ。
簡単に言って欲しくない。
この場所は、何もない無人島だ。
「野宿って何だ? このまま、大陸にもどるんじゃないのか?」
ジョウが耳を疑った。
レイコがムキになる。
「そうよ! ランチがあるじゃない。あれで、戻れるんじゃなかったの?」
「申しわけない。ランチの燃料が足らないんだ。それに、あのランチは非常用です。あれでは、とうてい外海に乗り出していけない。」
船員の一人が説明した。
「…ってことは、唯一の足は、トリトンがぶん取ってきたボートだけか?」
島村ジョーが頭を抱えた。
そのボートだと、乗れるのは、せいぜい六人くらいだ。
島にいるのは、総勢、五十名あまりの人間だ。
「嘘でしょー!」
ケインとユーリィが、悲鳴をあげた。
あまりの現実に、一同は呆然とした。