3. 召 還 3

 船の上空に、四機のヘリが旋回していた。
 ヘリの両脇には、二十ミリ機銃が装備してある。
 個々のヘリは、船に向けて、ランダムに攻撃をしかけてきた。
 一方、船員達も機銃掃射をしかけて、ヘリを牽制しようとした。
 しかし、まったく歯がたたない。
 船員達は、焦りだした。
 通常の軍用ヘリではない。
 その装甲と、機銃の威力の大きさに、誰もが疑問を抱いた。
 船体の、いたるところから黒煙を吐き出し、あっという間に、船は、右に大きく傾きはじめる。
 それは、どこかの戦争シーンを連想させる無残な光景だ。
 甲板では、避難を始めた船員達が、あふれて混乱した。
 アキは、そんなところに飛び出してきた。
 ヘリの攻撃を見た瞬間、アキは息を飲んだ。
 それは、東京にいたときに襲いかかってきた、同型のヘリだ。
 何度も起こる爆発にあおられながら、船の手すりに取りついたアキは、キッと表情を引き締めた。
 そして、ためらうことなく、その場所から海にダイブした。
 後に続いていたトリトンは、飛び込むアキの姿を目撃すると、アキに叫んだ。
 そうしながら、船員達をかき分けるようにして前に進む。
 が、ランチには向かわず、船の船腹に続いているタラップを駆け下りた。
 それから、タラップの踊り場にくくりつけてあるジェットスキーに触った。
 レーザー剣のグリップを握って、自然に親指にかかるスイッチを押す。
 すると、その先端から高周波プラズマで加工された、赤いブレードがスーッと伸びる。
 トリトンは、ブレードを横に薙ぐ。
 ジェットスキーを固定していたロープを切断した。
 ジェットスキーを海に落とすと、トリトンは、素早く飛び乗ってエンジンをかけた。
 激しいジェット噴射をあげながら、ジェットスキーは、一気に船体から離れていく。
 トリトンは、スロットルを直進させると、沖を目指してジェットスキーを駆った。
 さらに遅れて、鉄郎が、船の後部を目指して甲板を疾走する。
 すると、その後で、大きな爆発が起きた。
 ヘリの弾着が甲板をえぐった。
「うわっ!」
 叫びながら、鉄郎は、頭を抱えて甲板に突っ伏した。
「鉄郎!」
 血相を変えたジョウが叫ぶ。
 だが、鉄郎は身を起こした。
 そのまま、甲板を駆け抜けて、自分の部屋に飛び込んだ。
「行ったか?」
 島村ジョーが無事を確認すると、倉川ジョウは、なんとか頷いた。
 部屋に入った鉄郎は、ベッドの下から、アタッシュケースを引っ張り出した。
 ケースの蓋を開けると、黒い光を放つ、重々しい銃が姿を現した。
 その銃身の後部にある、小さなレバーを引いて、ケインから拝借したエネルギーチューブを、手早く込めていった。
 この銃は特殊だ。
 本来なら、地球人が持つべきものではない。
 オウルト製の技術が生み出した、最高水準のレイガンだ。
 しかし、もとは、鉄郎が持っていた普通のマグナム銃だった。
 それを、向こうの世界に行ったときに、事情が重なって、改造するはめになったのだ。
 エネルギーも底をつき、使い道のなくなった銃は、四年もの間、ずっと眠り続けていた。
 それがたった今、息を吹き返した。
 同じ水準の銃は、試作を含めて五丁まで作られた。
 が、そのうちの一丁が実用化されただけで、後の残りは、欠陥が発見されて廃棄された。
 唯一、実用化された銃のナンバーは「2」。
 その銃は、仲間内で「シリアルナンバー2」と命名された。
 銃を手にした鉄郎が再びデッキに出てくると、まともに、ヘリが飛んでくるところだった。
「あいつ!」
 怒りにかられた鉄郎は、銃の出力を最大にまで引き上げた。
 その威力は、通常のマグナムの数倍だ。
 まともに撃てば、腕がバラバラに砕け散る。
 それでも、鉄郎は、後のことをまったく考えていない。
 ヘリは、ゆっくりと旋回しおえると、高度を下げて船に迫った。
 銃身が向けられ、攻撃態勢に入った。
 鉄郎は、そのヘリを照準点でしっかりと捉える。
 引き金を絞り、銃を撃つ。
 すると、鉄郎の体は反動で後に吹っ飛び、船体の壁に叩きつけられた。
 銃から放たれたエネルギー光条は、ヘリの動力部を直撃した。
 ヘリは、コースをはずすと、一気に失速して海に墜落する。
「今だ!」
 状況を見守っていたジョウが、他の仲間達を誘導する。
 鉄郎は、なんとか起き上がると、出てきた一同に、叫んで指示を出した。
「離れてろ! まだ撃つぞ!」
 鉄郎は、もう一機、海上を目指すヘリを、目で追っていた。
 ヘリの真下には、トリトンが操るジェットスキーがある。
 ヘリが、ジェットスキーを襲おうと構えているのは明らかだ。
 鉄郎は、再度、銃を撃つ。
 射程ぎりぎりの範囲で、銃の光条が、ヘリにダメージを与えた。
 だが、二度も撃った鉄郎の方も、かなりの痛手を受けた。
 体に激痛が走り、腕がしびれて、力がまったく入らなかった。
「その銃、だから廃棄になっちゃったんでしょ。早く、あたしらに返しなさい!」
 様子を見ていたケインがわめく。
 でも、鉄郎は、苦笑いを浮かべるだけで、何もいわなかった。
 すぐさま、駆けつけてきたロバートが、鉄郎の体を起こして立たせた。
「呆れたやつだ。お前には、この銃を撃つ資格はない。連射もできねぇんじゃ、話にならん。」
「そういうなよ。この銃、とても、気に入ってるんだから。」
 鉄郎が照れたようにいうと、ロバートは鼻をならした。
「何を言ってる。ま、よくやったと、一応は褒めておいてやる。」
「急げ、ロバート。君もだ。時間がない。」
 ロバートについていた船員が、声をかけた。
「走れるか?」
 ロバートが聞くと、鉄郎は頷いた。
 その間に、きしむような船の悲鳴があがった。
「沈んじゃう!」
 レイコが叫ぶと、
「間に合うよ。」
 ジョーが促した。
 全員が、ランチに移乗した時、ロバートが、鉄郎から銃をとりあげた。
「この銃は…。」
「いっただろ?  気に入ってるって…。」
 鉄郎がそういうと、ロバートは、かぶりを振った。
「こんな風にしちまって…。でも、懐かしいな。俺の手にも、しっくりと馴染みやがる。」
「その銃のこと、あなたも知ってるの?」
 ユーリィが意外そうに聞くと、ロバートは、曖昧な口調で応じた。
「まあな。悪い、鉄郎。ちょっと借りていく。お前には、これを代わりに渡しておこう。」
 そういって、鉄郎には、ロバートが持っていた銃を手渡した。
「あっ! ロバート!」
 鉄郎が叫んだとき、ロバートは、ランチからまた船に飛び乗っていた。
「ロバート!」
 船員が叫んだが、ロバートは軽く手を振った。
「そいつらを、島にあげてやってくれ。」
 ロバートは、タラップにくくりつけてあったジェットスキーを操ると、沖へ遠ざかっていった。
 それからほどなくして、船は、船首部分から浸水しだした。
 残りのヘリが急接近したとき、ヘリを巻き込んで、船は爆発した。



 ヘリと、仲間達との攻防の一部始終を、トリトンは、海上から目撃した。
 追走してきたヘリを、撃墜してくれた鉄郎に感謝しつつ、トリトンは、ジェットスキーを操縦し続けた。
 トリトンが操るジェットスキーに併走して、海面を黒い影が移動した。
 トリトンは、その影につき従うように、ジェットスキーのスピ−ドを調節した。
 やがて、影の主が海面に浮上した。
 アキを背に乗せて、飛ぶように海面を泳ぐ、“JOJO”だ。
ートリトン、だめ。沖へ逃がしてあげたいけど、ボートが来てる!ー
 アキは思惟を飛ばした。
 直接会話をしなくても、思惟は、お互いの意志を、確実に伝えあうことができる。
 トリトンも、心の中で言葉を念じた。
ーそいつらは、俺が食い止める。島の方が安全だ。そっちに引き返せ!ー
ー船のみんなは?ー
ーみんな無事だ。島に向かった。いいね?ー
ーあなた一人で危険よ!ー
 アキの訴えを聞かずに、トリトンは、ジェットスキーのスピードを上げた。
 その先には、七隻のボートがいる。
 トリトンは、猛然とボートに迫っていく。
「どうしたらいいの?」
 アキは迷った。
 “JOJO”には、島に行くように命じて、アキは、トリトンの加勢に行くことを考えた。
 しかし、“JOJO”は、しきりに鳴いた。
 島に向かわずに、反対に、トリトンと同じ方向に泳ぎだした。
「だめよ!」
 アキの声は、“JOJO”に届かない。
 逆に、訴えてくるホイッスル音で、アキは、“JOJO”の考えを読み取った。
「トリトンを守りたいの? 何隻かを引きつけるって…。危険よ!」
 アキの声を、“JOJO”は無視した。
 もう、アキには、“JOJO”を守ってやる立場を貫くことしかできなかった…。



 ボートの一団と、ジェットスキー。
 両者の距離が、三百メートルに狭まった時。
 ボートに乗った男達は、海面を叩いて急接近してくる、ジェットスキーに気がついた。
 スタンディングポーズをとる、緑の髪の青年の姿を確認するとー。
 操舵者をのぞいた男達が、次々と、ライフル銃を構えた。
 その人数は、総勢四十人。
「物々しいこった!」
 対抗するように、トリトンも、レイガンを握った。
 先に、攻撃を仕掛けてきたのは、男達の方だ。
 海面を疾駆する、ジェットスキーに向かって、銃を乱射する。
 トリトンは、スラロームさせながら巧みに銃弾をよける。
 トリトンは冷静だ。
 わざと、スロットルを落として、スピードを緩める。
 すると、ボートの群れの中から、一隻のボートが、スッと、前に抜け出した。
 それが、ジェットスキーを捕捉しようと、距離を詰めてくる。
 トリトンは、狙いを定めると、そのボートめがけて、レイガンのエネルギーをぶち込んだ。
 標的が大きいので、狙いは確実だ。
 鉛の銃と違い、レーザー光条の破壊力と威力は大きい。
 たった一発で、動力をオーバーヒートさせ、ボートを爆破させてしまう。
 ボートの男達は、一斉に、海に投げ出された。
 ただし、全員ライフジャケットを着用しているので、溺れる心配はない。
 トリトンは、それを確認すると、投げ出された男達の安否は無視した。
 それから、ジェットスキーを左に大きく転進させて、再び、スロットルのスピードをあげた。
 それは、ボートを背にして逃げる体勢だ。
 向きを変えて、ボートの一団は、ジェットスキーを追い始める。
「よし、乗ってきた!」
 それは、トリトンの思惑どおりだ。
 トリトンは逃げながら、さらに、彼らの先の動きを予測した。
 おそらく、半分は大きく迂回して前に回りこみ、ジェットスキーを挟みうちにしようとするだろう。
 トリトンなら、そう考える。
 後は、そんな彼らを、どこまで翻弄できるかだ。
 トリトンが読んだとおり、六隻のボートのうち、二隻が、猛然と直線コースをはずれて、右側にそれていく。
 トリトンは、それを確認しながら、ジェットスキーを操り続けた。
 が、背後の四隻のうち、さらに一隻が別れると、転進して、元のコースをもどりはじめた。
 意外な動きに、トリトンは呆然とした。
 が、その理由はすぐに判明した。
 離れた一隻は、アキを乗せた“JOJO”を発見したのだ。
「どうして戻ってきたんだ…!」
 トリトンに焦りの色が浮かぶ。
 しかし、トリトンは、今のまま、ジェットスキーを駆るしかない。
 トリトンの気が、わずかに散漫になった。操縦にも、その甘さが出た。
 ボート側の機関銃の銃弾が、ジェットスキーの後部のフロートを粉々にした。
「あっ!」
 左右のバランスを失って、トリトンは悲鳴をあげる。
 しかし、どうにかスロットルを調整して、バランスを保った。
 左側のジェット噴謝口がやられた。
 ジェットスキーのスピードが、一気に衰えていく。
 トリトンは舌打ちした。
 ボートとの距離を詰められたら、それで終わりだ。
 トリトンは、スロットルを転進させた。
 大きくUの字にカーブすると、ボートと向き合うようにした。
 そして、そのまま直進させる。
 ボートに突っ込む勢いだ。
 思わぬ行動にでたジェットスキーに、男達は息を飲む。
 突っ込んでくるジェットスキーを封じようと、銃弾を浴びせる。
 激しい攻撃に耐えながら、それでも、トリトンは直進をやめなかった。
 確実な射程距離に突入すると、ジェットスキーはボロボロになった。
 前のフロートが破壊されて、エンジンに火がついた。
 トリトンは、瞬間、海に飛び込む。
 火だるまと化したジェットスキーは、直進してきたボートの目前で爆発した。
 操舵者の方が、それより早く舵をきったために、直撃は避けられた。
 二隻のボートは、その場所で停船した。
 男達は、いっせいにダイビングスーツを着込み、ボンベを装着すると、海に飛びこむ。
 トリトンを追うためだ。
 が、海の中で、トリトンはレーザー剣を手にしながら、男達を待ち構える。
 海中においての戦闘なら、断然、トリトンの方が有利だ。
 トリトンは、それをうまく利用した。
 潜ってくる連中は、格好の獲物だ。
 トリトンは、剣を構えなおすと、ダイバー達に突進した。
 応戦状態に突入した。