数時間後、トリトンは一通りの作業を終えると、仲間達を、コンピュータールームに呼び寄せた。
「悪い。寝過ごした!」
最後に、Tシャツと短パンに着替えた鉄郎が、慌てて駆け込んでくると、ジョーが声をかけた。
「まだ、寝てても良かったんだぞ。」
「そうはいかないよ。どうなった?」
鉄郎が覗き込むと、トリトンは、プリントアウトした用紙を手渡した。
「はい。鉄郎のパソコンそのものは、まだ完全に直してないんだけど、一応、メールは受けとった。分割されたファイルは、保存した後で、ちゃんとまとめて解凍しました。ついでに、日本語に訳しておいたけど、そっちの方がいいでしょ、鉄郎には。」
「助かる。」
鉄郎は感謝した。いたれりつくせりのフォローに、文句のつけ様がない。
トリトンがいった。
「まだ、誰にもこの内容は見せていない。人のメールを無断でチェックするのは、エチケットに反するからね。でも、すごい情報みたいだね。」
鉄郎は、データーの内容をチェックしだした。用紙をめくりながら、思わず声をあげた。
「逆行催眠のデーターだ。会見の記憶を引き出したって。」
「どういうことだ?」
ロバートが聞くと、鉄郎は声を変えた。
「待って。もう少し、詳しく見てみる。」
鉄郎が、データーのすべてを目を通すのに、十分近くかかった。
その間、緊張した面持ちで、一同は鉄郎を見守った。
読み終えた鉄郎は、ゆっくりと説明をはじめた。
「ちょうど、二週間前だ。イオスの会長、ケビンと謎の男が会見している。ただ、その時の記憶が、イオスの社員全員はおろか、ケビン本人の記憶もなくなっていて、会見があったことを否定しているんだ。でも、同じ日に、別のアイオリック社の社長とケビンが、会食をする予定だったんだけど、そっちは、ケビン本人がキャンセルの連絡を入れたらしい。ケビン自身には、その連絡を入れたという記憶もなかったようだけど、ケビンの秘書に近づいて、その証言が得られたそうだ。」
「マジか? その話!」
ジョウが唸ると、鉄郎は小さく頷いた。
「彼らの記憶の空白時間は、昼間の十二時半から二時までの間。イオスの秘書に逆行催眠をかけたら、秘書は、会見の事実を認めたらしい。そして、その相手の人物像を分析していくと、ケインとユーリィが持ち込んだ人物の特徴と一致した。」
「驚いたわ。二週間前っていったら、あたし達が、行動を起こすその前じゃない。」
ケインがあきれ返るようにいうと、ユーリィが硬い顔をしつつ、口を開いた。
「その前からってことも考えられるわ。下調べはずっと以前から行われていたのよ。そして、あたし達が、この星に来るタイミングを見計って、計画を実行しようとした。そう考える方が自然ではなくて?」
「いずれにしても、シャクな連中だわ。」
ケインは顎に手を押し当てる。
「船の爆発の件は?」
ロバートが聞くと、鉄郎は曖昧な口調でいった。
「それに関しては特に何も…。でも、命令されたって秘書は証言したらしい…。」
「命令?」
ロバートがいぶかしむ。
「それって、こっちの尋ね人のことじゃない?」
ケインが低い声でいった。
「でも、何のために…。」
裕子が聞くと、トリトンが考えながら口を開いた。
「あくまで想像だけど…。連中は、俺達、全員を狙ったって考えられないか? その船に、鉄郎とジョーが、乗船することを知った。だったら、俺達が、その船の中で接触する可能性が高いと、予測していたとしたら…。」
「じゃ、イギリスのサーキット場の火事も?」
レイコが不安げに聞くと、トリトンが答えた。
「乱暴な定義だけど、そう考えていくと、自然につじつまがあってくる。アキが襲われた時、俺がアキを助けたのは、まったくの偶然だ。出会うなんて思わなかった。俺は、自分が囮になるつもりで、試しに街をうろついていたにすぎない。」
アキの表情がわずかに変わった。
「なるほど。すると、問題はイオスの方か。宇宙人の連中が、イオスを盾にしている可能性がある。」
ロパートは考えながらいった。
「イオスの拠点はニューヨークだ。イオスの会長を締め上げたら、芋ヅル式でバックもくっついてくるぜ。」
ジョウがそういうと、ケインが身を乗り出した。
「だったら、今すぐニューヨークに乗り込みましょう。迷ってたら、取り逃がしちゃうわ。」
「待てよ。」 鉄郎が身を乗り出した。「イオスを盾にしてるってことは、囮の可能性がある。俺達をおびき寄せておいて、同時に、爆破事故でも起こされたりしたらやっかいだ。」
「そうよねぇ。逆に、あたし達が、テロの犯人の濡れ衣を着せられるかもしれないわ。そういえば、あたし達がアメリカにいた時に何も起きなかったのは、そいつらも、テロの犯人にされるのを恐れていたっていう、解釈だってできるじゃない。その頃から、地球人類の動向を探っていたのよ、きっと。」
裕子がいった。
「しかも、このデータは二週間も前のものだろ? 今、ニューヨークのイオスを、俺達が訪れたとしても、連中が必ずいるという保証はない。」
ジョーがいった。
「となると、こっちに誘いこんだ方が有利か。一応、その線も狙ってこっちの居場所をばらしてはいる。」
ロバートがそういうと、鉄郎が応じた。
「それに乗ってくるかどうかだな。相手が。」
「この男は?」
ケインが、プリントアウトされた資料の中に、痩せた男の写真があったのを見つけて手に取った。
鉄郎がいった。
「その男は、ケビン・イオスの息子、ベルモンドだ。イオスの時期社長候補だよ。」
「さえない男。タイプじゃないわ。」
ケインは、投げるようにプリントを鉄郎に戻した。
あっと叫んで受け取りながら、鉄郎が口を開いた。
「ただし、今回の船上パーティーの企画者はこの男だ。ちまたじゃ、やり手の実業家として、実力を買われていて評価も高い。」
「でも、一方じゃ、やりたい放題の悪行に着手してるといわれてる腹黒い野郎だ。地元じゃ、散々ないわれようらしいが…。」
ジョウは肩をすくめた。
その時、アキが何かを感じたようにビクンと身を震わせた。
「待って…。その人、ここに来るかもしれない…。」
一同が驚いてアキに注目した。
「具体的にもっと教えて。どういうこと?」
ケインが突っ込むと、アキは戸惑いながら口を開く。
「あの…。ヘリの気配がする…。あたし達に襲いかかってきたやつ…。」
「数でいきゃ、五、六機ってところかな…?」
トリトンまでポツリと呟きだす。
一同が、顔をしかめながら見合わせた瞬間。
激しい衝撃が船体を揺り動かした。
全員が、その反動で床に投げ出された。
「な、何よ!」
レイコがわめくと、ユーリィが叫んだ。
「ヘリに襲われてるの! こういうことは、もっと早くいって!!」
「お前ら、先に後のランチへ行け!」
ロバートが首をめぐらすと、一同に命じた。
「ランチって逃げる気?」
ケインが睨みつける。
「この船を爆破させる。」
「なんだと?」 ジョーが呆れた。
と、そこに船首の操舵室から、別の船員が飛び込んできた。
「ロバート、民間人達を避難させろ。レーダーにも引っかからなかったヘリの襲撃を受けている。」
「今、やろうとしてるところだ!」
「無理ね。あんた達の戦力じゃ歯がたたないわ。」
ケインが早口でいった。
ロバートと船員は呆気にとられた。
ケインとユーリィは、いつの間にか、持ち込んだリュックのような大荷物を荷ほどいている。
その中には、小型バズーカのキッドやライフル銃、各種レイガンにヒートガンといった武器類が詰まっていた。
それをケインとユーリィが、地球人の若者達に順々に手渡している。
「お前ら戦争屋か?」
ロバートが叫ぶと、ユーリィがニコリと笑った。
「これが、あたしらが使う“探偵七つ道具”よ。はい、あなたもこれ使って。」
ユーリィがレイガンを投げた。
爆発の揺れに耐えながら、受け取ったロバートは口元を歪めた。
「オモチャじゃねえか。エアガンの方がまだましだ。」
ロバートは銃の重みのなさを気にした。
同じく、裕子も口をとがらせる。
「ちゃちくさいわね。」
「予備しかないのよ。我慢して。」
何度か激しく船体が揺れ続けて、全員が身を低くして耐えていた。
しかし、いきなりアキが慌てたように身を起こした。
「“JOJO”、あの子、まだこの船の近くにいる。逃がしてあげないと…。」
「ちょっと! 何を考えてんの!」
ケインの叫びを無視して、アキが立ち上がった。
「アキ、よせ!」
仲間達の制止を振り切って、アキは外に飛び出していく。
そのアキを追うように、トリトンも身を起こした。
「俺が行く。海からも敵が来る。そいつらを何とかしなきゃ。」
「勝手なことしないの。武器は持ってるの?」
ユーリィが注意すると、トリトンは大きく頷いた。
「レーザー剣を持った!」
その言葉を残して、トリトンも飛び出していった。
一方で、鉄郎もタイミングを計って、外に出ようとしていた。
鉄郎が持ったのは、レイガンのエネルギーチューブのみだ。鉛の弾に相当するが、銃は持っていない。
「鉄郎、あんたまでどこ行く気?」
ケインが、うんざりした口調で問いかけると、鉄郎は明るく応じた。
「ちょっと忘れ物。部屋まで取りに行く。」
入り口に向かったが、目前にヘリの機銃の弾着が走って、慌てて後退した。
「鉄郎、危ないから出るな。」
ロバートがわめいたが、鉄郎は聞こうとしない。
「そうはいくか。頼む、援護してくれ。どうせ、外に行かなきゃならないんだぜ。」
「確かに。」
ジョウが動いた。その後に、島村ジョーも続いた。
「何をとりにいく気だ?」
島村ジョーの質問に、鉄郎は軽くいった。
「シリアルナンバー2。」
「ええっ?」
そのとたん、ケイとユリが悲鳴に近い声をあげた。
鉄郎は、外に飛び出した。
ライフル銃を持ったジョウと、レイガンを手にした島村ジョーが、連携をとりながら銃で応戦している。
「いくぜ!今だ!」
ジョウが、部屋の中の人間に声をかけた。
どうやら、敵の攻撃の隙が生まれたらしい。
それは直感だ。
残りの女性達が、その声を合図に次々に飛び出した。
「あれが、ほんとに民間人か?」
船員が、ぼやけた声でロバートに問いかけた。
ロバートは肩をすくめた。
「民間人の振りをしてるだけかもな。」
と、また別の船員が走りこんでくる。
「ロバート、自爆装置をセットした。ただし、それまでこの船が持つかはわからん。」
「他の連中は?」
「前のランチに避難しはじめている。」
「オーケー。俺達は後ろだ。あいつらの後を追うぞ。」
ロバートと二人の船員は、急いで、後部のランチを目指した。