アナ・ザ・ストーリー 「復活の絆」

  1


ジリアスの秘宝¢宸ャから4年が経過した。
 事件後、ジリアスの地形は大きく様変わりした。
 それまで、陸海比およそ1対100以下だったものが、大陸が隆起したことで、およそ、2対8にまで海洋部分が減少した。
 さらに、地軸がもどったことによって、気候も温暖になり、落ちついた環境を取り戻した。
 その一方で、生態系に関しては大きな変化がみられなかったために、連邦政府からは、「再開発有効」というランキングに位置づけされた。
 事件後、1年を隔てて、ジリアス開発ラボが再設立されて、ダブリスが復帰した。
 事業をバックアップするライフェス総合大学からも、新しい人員が編成されて、新事業が運営されはじめた。
 それから、3年後の今日、ラボの運営業績も順調な伸びを示し、再び軌道に乗り始めた。
 しかし、最終目標である独立にはまだ程遠く、人口が伸び悩んでいたことと、運営資金ぐりの調達に奔走する日々が続いていた。
 現在のジリアスの人口は、9,783名。
 規定の一万人には満たず、未開地がそこかしこに点在している状況だった。
 ジリアス・ラボは、資金調達の要として、新たな事業を次々と展開していった。
 そのうちの一つ、未開地の開拓は、そこに眠っていると思われる豊富な資源の発見を担ったものである。
 そして、この日も惑星の裏側に位置する“南半球エリア821”において、ラボ所属の実験船が作業を行なっていた。
 “南半球エリア821”は、比較的流れが速いといわれる、レネント海流がある危険海域だ。
 実験船は、高度8メートルという低高度で、ホバリング停止をしながら作業を進めていた。
 作業を行なっているのは、20名ほどのスタッフの青年達だ。
 その中には、トリトン・ウイリアムも含まれていた。




 ※    ※    ※




 作業船の中では、それぞれの担当オペレーター達が整然と仕事をこなしている。
 その様子を見渡して、レノンは満足げに微笑んだ。
 指でトレードマークのメガネをおしつけた彼は、いかにも、学者肌気質の青年だ。
 年齢は23歳。資源プラント部のリーダーの一人で、このプロジェクトの指揮をまかされた青年だ。
「こいつはすごいな。どうだろう。何とか、そちらで採掘計画を立てることはできないか? 後は、君の方の海洋プラントの管轄だ、トリトン。」
「わかりました。ただし、採掘手段に関しては、もう一度、もどってから検討させてください。」
 トリトンがそう答えると、レノンは、トリトンの肩に手を置いた。
「頼むよ。でなければ、君に、オブザーバーとして来てもらった意味がない。」
 トリトンはかすかに頷いた。
 そして、視線をコンピューターの表示画面にもどした。
「これだけあれば、いろんな活用が期待できます。ジリアスも捨てたものじゃありませんね。」
「ただの貧乏惑星じゃ、この星だってもたないさ。」
 レノンは、部下のアインと冗談まじりの会話を交わした。
 トリトンは二人の会話に苦笑しながら、後輩のサラサの手元を見つめた。
 サラサの軽快な指の動きに合わせて、ディスプレイの表示がなめらかに流れていく。
「順調だね。」
「先輩に、みっちり指導していただきましたから。」
 トリトンの声にサラサは明るく答える。
 と、ディスプレイを注視して、のぞき込んだトリトンはこういった。
「次を“クレイムEー9”で処理しよう。そっちの方が処理スピードも速い。サムとイルの分も、こっちに転送してくれないか? 統一した方が、後の分析もやりやすい。」
 専用シートにトリトンがつくと、それぞれのスタッフが、返事を返してトリトンの指示に従った。
 残りの作業を引きついだトリトンは、馴れた手つきでセットアップしたパソコンを操った。
 トリトンの指がマシンガンのように素早く動きはじめると、ディスプレイの表示は、さらに速さを増して、すべるように流れていく。
 他のスタッフ達は、その画面に釘付けになった。
「すげぇ速い!」
「三人分だぜ!」
「惜しいな。君のような人材が、こんな田舎星の事業に使われるだけなんて…。」
 レノンが感心しながら口をはさんだ。
 トリトンは作業を続けながら淡々と答えた。
「俺は、今の仕事で満足してます。それに、早く終わらせた方が、パイロットや下で作業している仲間の負担も軽くなるでしょう。」
「確かに。天候がよい日を選んでもこの風だ。楽じゃないな。」
 レノンが言い終わるのと同じタイミングで、トリトンの指がリターンキイに触れた。
 同時に、船内にコンピューター声でアナウンスが流れた。
「作業終了しました。各部署は、すみやかに撤収の準備にとりかかってください。各部署は…。」
「後は、解析だけか。」
 レノンが安堵の声で呟くと、トリトンが口を開いた。
「レノン。俺としてはできる限り、あそこの生態系を壊したくありません。そうならずに、資源を回収できる方法を探ってみます。」
「君らしい意見だ。こちらは君に一任している。いい結果を待っているよ。」
「ありがとうございます。」
「チーフ! 下の連中、回収を終えたそうです。」
 そういって、パイロットのエンが首をめぐらした。
「これ以上、ホバリングさせていたら、失速してしまいますよ!」
「ご苦労。よくがんばってくれた。パイロットの腕を信用していたからな。すぐに離脱しよう。」
 海域には、常に、十メートルの強風が吹き荒れている。
 パイロットだけではなく、機体の性能が優れていたせいもある。
 しかし、それでも二時間近くのホバリング作業は、かなりの困難を極めるものだった。
 苛酷な環境の中、スタッフ達は、それぞれの持ち場の役割をこなしてくれた。
 レノンはしみじみと実感した。
 作業は、大きな事故を伴わず、予定どおりのスケジュールで無事に完了した。
 それとともに、スタッフ達の緊張もほぐれた。
 実験船は一気に高度を上げて、真っ青な空の中に飛び立った。
 このまま衛星軌道に乗り、北半球の反対側に位置するジリアス・ラボに向かう。
 そのフライト時間は、わずか20分足らずだ。
 しかし、大気圏の中で、いきなり実験船の空間表示レーダースクリーンに反応が現れた。
 目を見張ったオペレーター役のラムが、大声をあげた。
「高度一万に船影です。座標軸“ビューアイ224”。」
「メインに切り替えろ。サラサ、通信回路を開いて、船籍コードを…。」
 レノンの指示が飛ぶ。
 その前に、サラサが叫ぶようにいった。
「だめです! 応答がありません!」
「まさか、あの船、海賊ですか?」
 メインの映像に切り替えたサムの声が震える。
 映像では、駆逐艦クラスの小型船舶の姿が捉えられている。
 トリトンはシートから身を乗り出すと、映像に目を凝らした。
「あれは、連合艦隊の搭載艇だ。でも、連合軍のマークがない…。」
「ということは、噂に聞く反乱軍の船か…。」
 レノンの声が震えた。
「だったら、海賊と変わらないじゃないか!」
 イルが顔をひきつらせる。
「ジャミングがかけられていて、ラボと交信ができません!」
 サラサは悲痛な声で報告する。
 その時、トリトンが即座に決断し、指示を出した。
「サラサ、チャンネルE2! 連合艦隊に救援要請! エン、高度200まで低下させろ! 慣性中和機構を超えたっていい。全速で振り切るんだ! エリア952、森林地区を目指せ!」
「逃げるんですか? 全員、それなりの訓練をしてますよ!」
 エンが首をめぐらす。だが、トリトンは断言した。
「相手はプロだ。人命最優先! 15分、持ちこたえれば充分だ!」
「ミサイル確認。左舷、5プラスV!」
 ラムが報告を終えるまでに、エンが先に実験船を転進させたために、弾道は、いずれもはずれた。
「レーザー砲、準備! 同時に、弾幕を張って牽制、防御!」
 トリトンが指示を与えると、一同は、慌ててそれに従った。




 反乱船<ベターユ>は、完全に実験船<チェリス>を見失った。
 大型船では、地表に激突する可能性があるので、高度五百をきって、地表に近づくことはできない。
 <チェリス>がエリア952の森林地帯を目指したのは、剥き出しの断層が何箇所も走っているので、身を潜ませるのに好都合だからだ。
 バイロットのエンは、トリトンの指示どおりに、押さえ込むGを考慮せず、船を高速で操った。
 反乱船は、規定を破って、ジリアス領域内に無断侵入してきた。
 おそらく、この船をマークして、正規の連合側か、あるいは、惑星国家所属の軍船が、ジリアス領域近海を航行しているはずだ。
 だが、連合宇宙軍側に専用回線で要請を出しても、実際に救援がくるまで時間がかかる。
 トリトンは、それまでの一時的な対処として、反乱船をやりすごすつもりだった。
 しかし、反乱船<ベターユ>には余裕があった。
 <チェリス>を一時的に見失っても、たぶん、この近くにいるだろうと予測した。
 ミサイルの弾幕など子ども騙しだ。
 でたらめに砲撃するだけで、小型船は、必ずはじきだされてくる。
 そこで、反乱船の船長アノスは、ジリアスの地表に向けてブラスター砲撃を部下に命じた。
 船長の命令に従った船員達は、容赦なく、ブラスターをジリアスに撃ちこんだ。
 地表に向けて、プラスターを直接砲撃する行為は、固く禁止されている。
 ブラスターの威力は小型核に相当する。
 一発のブラスターで、都市が確実に消滅するからだ。
 そんなブラスターの高エネルギーは、あっという間に海水を蒸発させた。
 巨大な爆発と閃光を伴い、大気と海を汚染した。
 ブラスターは、二発撃ちこまれた。
 <ベターユ>のオペレーターは、二発目の攻撃で、爆風にあおられて、失速しそうな<チェリス>をレーダーに捉えた。
 続いて、変形ヘリ三十機が、実験船に向けて放たれた。
 変形ヘリは、人工知能を有した一機が、無線で他のヘリに指示を出し、目標を編隊で攻撃するという、反乱軍独自の戦闘戦術だ。
 小回りしやすいヘリは、設備が不充分な相手を翻弄することができる。
 <チェリス>はまさに格好の獲物だ。
 戦闘ヘリは、火器も充実していて破壊力もある。
 <チェリス>は次々に被弾した。
 そこかしこから、白煙をあげて、ついに、動力部の一部が破損した。
 出力ダウンした<チェリス>は、一気に失速していく。
 それを確認した<ベターユ>は、有人ポットを<チェリス>に向けて射出した。




 <チェリス>は、激しい衝撃とともに海上に墜落した。
 もとからフロートが装着されている<チェリス>は、すぐに、沈むことはない。
 しかし、激突したショックで機体が破損した。
 そこから海水が流入して、<チェリス>の船体は、右舷側に大きく傾いた。
 <ベターユ>からだと、<チェリス>の乗員の安否まで把握できない。
 そんな状況をまったく意に介さず、<ベターユ>から射出された有人ポットは、<チェリス>の左舷の装甲を貫いてドッキングした。
 エアロックが解除されて、十数人の反乱軍兵士が、<チェリス>に乗り込んできた。
 彼らは、手に武器を持ち、完全武装している。
 そして、ひたすら通路を足早に駆け抜けて、ブリッジを目指した。
 途中、不時着のショックで意識を朦朧とさせたラボのスタッフを発見すると、無造作にマシンガンをぶっ放して、次々に射殺した。
 あちこちで、悲鳴が響き、鮮血が飛び散った。
 倒れた若者達の死体を無造作に乗り越えて、兵士達は先へと進む。
 ブリッジへは、二、三分でたどり着いてしまう。
 しかし、ブリッジと通路を繋ぐ扉は頑丈なシャッターで閉じられていた。
 そこで、兵士達は持ち込んだ多量の爆弾をセットして、通路ごと防御シャッターを爆破した。
 爆破は成功した。その瞬間、中から複数の男女の悲鳴が聞こえた。
 兵士達は、その声で生存者を確認すると、まだ白煙が立ちこめ、視界がきかないブリッジに向けてマシンガンを乱射した。
 さらに、残りの兵士が今度はレーザー剣に持ち替えて、マシンガン連射後にブリッジに飛び込んだ。
 彼らは、物陰に隠れていた若者達を斬り倒していく。
 こうして、目的どおり一人の少年を確実に追いつめていった。
 ブリッジ爆破の白煙が薄れてくると、指揮官らしき男が、沈静したブリッジの中に入ってきた。
 周囲には、情け容赦なく斬り殺された若者達の死体が転がっている。
 その中には、サラサも含まれていた。
 もう、二度と目覚めようとしないサラサの亡骸のそばで肩を落とし、ひざまずいて動こうとしない少年を、兵士達は、レーザー剣をつきつけたまま包囲していた。
 兵士の一人が、司令官に敬礼すると、事務的な口調で報告した。
「トリトン・ウイリアムです。捕獲しました。」
 別の兵士が、背を向けたままの緑の髪の少年を指し示した。
「抵抗は?」
「ありません。降伏したようです。」
「危惧した以上に大人しいものです。弱虫のガキどもと同じです。怖気づいたんでしょう。」
 さらに、もう一人の兵士が笑った。
「まあいい…。無傷でこちらに転がりこんでくれたら、万事うまくいく。連れて行け…!」
「まったく…。美人のネェちゃんならやりがいもあるが、相手が、こんなヤサくれた野郎じゃ、おもしろくもなんともねぇ!」
「そういうな。このお方は、とてつもない力を秘めていらっしゃる。丁重にお迎えしねぇと、バチが当たっちまうぜ…!」
 兵士の冗談めいた口調にそう応じると、司令官は、トリトンの背後に近づいた。
 そして、抑揚のない声で口を開いた。
「ドクター・ウイリアム・ジュニア。あなたに、ぜひ、ご協力していただきたいことがある。我々にご同行を願いますよ…。」
 トリトンは、ややうなだれた頭をゆっくりと起こした。そして、搾り出すような声で呟いた。
「…たった…それだけの動機か…?」
 何かを感じた司令官の目がスッと細くなる。
 と、今度は怒りに満ちたトリトンの声がはっきりと響いた。
「それだけの動機で、仲間を全員、皆殺しにしたのか!」
 瞬間、ひざまずいた低い体勢のまま、トリトンは身をよじった。
 その右手には、腰のフックから取り出したレーザー剣が握られている。
 トリトンは、一連の動作でレーザー剣を横に薙いだ。
 とたんに、司令官の両足に鮮血がほとばしる。
 痛みはなかった。
 ただ、瞬時に両足の感覚がなくなった。 
 司令官はそう感じた。
 その後から恐怖がこみあげてきた。
 ひきつったような悲鳴をあげた。
 司令官は仰向けに倒れた。
 と、その横に、トリトンが素早い動きで移動する。
 そのままレーザー剣の切っ先を、司令官の心臓めがけて、容赦なく突き立てた。
 司令官は絶命した。
 トリトンの足元に血溜まりが広がっていく。
 残りの兵士は呆然とした。
 兵士達は、隙もなくトリトンを包囲していた。
 それなのに、誰もトリトンを阻止できなかったのだ。
 ハッと気づいた時には、司令官の血まみれの両足だけが残り、司令官は、無残に惨殺されていた。 
 そんな状態だった。
 突き立てたレーザー剣を、死体から抜き取ったトリトンは、緑の髪をゆらめかせながら、ゆっくりと首をめぐらせた。
 前に長く垂れた髪の間から、生気をなくした鋭い眼光が、兵士達を捉える。
「お前ら、全員、生きて返さない…!」
 くぐもった声で、トリトンは、兵士達にそう告げた。
「ガキが…!」
 兵士の一人が顔をひきつらせる。
 マシンガンを持った兵士が、トリトンに銃口を向けた。
 両者が激突した。
 兵士達は、怒りの感情を剥き出しにしているが、内には、優越感を秘めていた。
 たった一人で、しかも、レーザー剣一つで、プロ中のプロ集団に挑む気だ。
 いくら、レーザー剣の扱いがうまい相手でも、仕留められないはずがない。
 だが、兵士達のそんなプライドは、最初からズタズタに崩壊した。
 銃と剣。
 圧倒的に剣の方が劣るように思える。
 しかし、狭い空間だと銃はやたらと発砲できない。へたな攻撃は同士討ちを招く。
 しかも、近接戦になれば剣のほうが有利だ。
 トリトンは獣のように兵士達に喰らいつく。
 その最初の目標が、マシンガンを手にした連中だ。
 トリトンは、兵士の一人に突進した。
 あわてた兵士は、トリトンに発砲した。
 が、トリトンに銃弾は当たらない。
 いや、トリトンの方が銃弾を避けている。
 一瞬のうちに、兵士の懐に飛び込んだトリトンは、その兵士の胸を剣で貫いた。
 振り返ると、トリトンは二人目のわき腹を横に薙ぐ。
 三人目の攻撃をかわしながら、隣にいた兵士の肩口から、胸の中心へと剣を食いこませ、その人間の体を手で突飛ばして、剣を引き抜いた。
 勢いを持続させて、かわした兵士の首を身をよじった体勢から斬り飛ばし、五人目の兵士の喉を突き立てて、壁に縫い止めた。
 一気に六人が殺害されたという現実に、他の兵士達は戦慄を覚えた。
「化け物か…。やっぱり…こいつは…。」
「ひるむな! 何があっても、捕まえろ!」
 まだ、無事でいる兵士の一人が、夢中になって仲間達を叱咤した。
 そのわずかな間に、トリトンは、肩で息を吐きながら呼吸を整えた。
 しかし、体勢を整えると、レーザー剣を持った兵士集団に飛びかかる。
 容赦のない攻撃を、さらに続行した。
 新たな一人を横に薙いで両断する。
 二人目の顔に真下から剣を突き上げて、脳天までを貫く。
 その剣を手前に引き寄せると、その男の顔が両断されて血飛沫をあげた。
 レーザー剣対レーザー剣。
 ネックは速さだ。
 同じ「ステッキアクション」を基本にした技なのにも関わらず、トリトンの速さと、それに伴う絶大な威力に圧倒されてしまう。
 戦のプロでもトリトンにはかなわない。
 兵士達は、「ジリアス事件」の報告を思い起こした。
 『戦に未経験』だったはずの十三歳の少年が、すご腕の海賊どもを相手に、オリハルコンの短剣の威力と速さ≠いかして、一蹴させたという証言―
 今のトリトンは、オリハルコンの剣を持たない。
 しかし、レーザー剣から繰り出される剣の力は驚異的だ。
 噂では、トリトンが秘めていた力は消滅したといわれていた。
 だが、その噂は偽りかもしれない。兵士達はそう思い込んだ。
 トリトンは、三人目の兵士の頭上に飛び上がった。
 動揺した兵士は悲鳴をあげたが、間に合わない。
 真上から笠がけの構えで、トリトンは剣をザッと振り下ろす。
 と、兵士の頭部がかち割れて、脳しょうがとぴ散った。
 着地したトリトンは、動きの流れを保ったまま、四人目に襲いかかろうとした。
 が、その時、船体が大きく傾いた。
 沈みはじめていた<チェリス>がバランスを崩した。
 ついに、レネント海流に飲み込まれはじめたのだ。
 <チェリス>が浮いていられる時間はそう長くない。
 「あっ…!」
 衝撃とともに、トリトンは床に足を取られて転びかけた。
 トリトンの動きが鈍った。もとから、体力的にも疲れが出てきた。
 その時、防戦一方だった兵士達は、トリトンに反撃した。
 三人が、レーザー剣をレイガンに切り替えた。
 トリトンは、彼らのレイガンの攻撃にやられた。
 レーザー剣を弾かれて、利き腕を光線で深くえぐられた。
 トリトンは、低く呻き声をあげながら、やられた方の腕を抑えて、ハッチから外に逃走した。
「チッ!」
 しとめそこなった兵士は、悔しげに舌打ちした。
 生き残った兵士は六名いた。
 彼らは、一斉に逃げたトリトンを追った。
 一行が飛び出した後、ブリッジのフロントウインドウが破裂した。
 ついに、ブリッジにも海水が押し寄せて、流入し始めた。
 トリトンは、ハッチから後部デッキに飛び出した。
 そこは、足場がほとんど海に没しかけていて、船体のほんの一角が、海面に突き出た状態だ。
 トリトンは、浮き上がった船体に沿って、慎重にさらに後方に進んだ。
 海はかなり荒れている。
 船体に打ち上げられる激しい波飛沫をかぶって、トリトンは全身びしょ濡れになった。
 波にさらわれないために、トリトンは、手すりを掴んで必死に耐えた。
「だめだ…。力がもどっているのかと思ったけど…。息ができない…。」
 トリトンは絶望した。
 敵をレーザー剣で倒している間、ずっとそれを予感していた。
 しかし、直接、海の波に触れたことで、やっぱり、適応力をなくしたままなのに気がついた。
 死ぬことよりも、自分に襲いかかってこようとする海≠ノ恐怖を感じた。
 かつて、海≠ヘ、恐怖を感じることはあっても、トリトンにとって、心安らぐとても優しい存在だった。
 しかし、力をなくして海≠ゥら遠のいてしまったトリトンに、かつての海≠ヘ、裏切ったように牙を向いてくる。
 なぜか、トリトンにはその事実の方が無性に悲しく感じられた。
 そんなトリトンの頭上に、今度は、増援の有人ヘリと生き残った反乱軍兵士が迫って来る。
 唇を噛みしめながら、トリトンは兵士達に叫んだ。
「お前らの目的は、いったい何だ!?」
 その質問に兵士達は何も答えなかった。兵士の一人がにやけながら、口を開いた。
「仲良しのオサカナさんに助けてもらう気かい?」
 なす術もないトリトンの顔が悔しげに歪んだ。




 <リンクスエンジェル>は、全長八十メートル。細長い紡鐘形の垂直離着型の宇宙船だ。
 大小のフィンが二枚づつ、対になって船尾についており、船体の中央が細くくびれている。
 船体の色は鮮やかなスカーレット。
 銀河連邦に所属しているオウルト人なら、この船をみかけただけで、恐怖に震えあがって誰も近づこうとしない。
 その船の宇宙船の名称は、そのまま、船の持ち主のコードネームに使用されている。
 リンクスエンジェルー。
 付属民間調査機関ワールド・プライベート・アイ・センター(WPIC)から派遣されてきた、犯罪担当エージェントの一組の名称だ。
 WPICとは、政府の直轄民間団体として、運営されている探偵機関である。
 リンクスエンジェルは、犯罪問題を専門に担当するエキスパートだが、このチームが事件に関わると、とんでもない破壊と損害が、後に残されてしまう。
 だから、世間の人々は、誰もこのチームのことをコードネームで呼んだりしない。
 特別なあだ名で呼称される。
 ロストペアーズ…!
 赤いショートカットの髪の美女と長いストレートの黒髪の美女。
 魅惑的な二人なのに、その名は、銀河系に燦然と轟いている。
 そんな彼女達がジリアスにやってきたのは、あの事件以来、四年ぶりのことだ。
 この<リンクスエンジェル>も二代目になる。
 四年前のあの事件で、前の<リンクスエンジェル>は撃墜されてしまったのだ。
 その時の因縁を思い出しながら、コクピットのシートについた二人は、地表のモニターに目を凝らした。
 コバルトに輝く美しい海。
 その一角にぽつりと浮かぶ、沈没寸前の宇宙船の後部デッキに数人の人影が確認できる。
 その画面をさらに拡大させると、対象物が画面いっぱいに映し出した。
 そこには、緑色の髪をした神秘的な少年の姿が捉えられている。
「あれが、トリの坊や?」
 シートから身をのりだした赤毛の美女が、甲高い声をあげた。
 その美女に呆れたように、黒髪の美女が声をかけた。
「最近の映像はないけど、彼はもう十七歳よ。あたし達が知っているトリトンじゃ、もう、なくなっているわ。」
「そんなのわかってるわよ!」
「どうするの? ケイン、このままじゃ、トリトンが…。」
「もち、やるよ! ユーリィ!」
 赤い髪の美女、ケインはかすかに笑った。
「規定レベルクリア! やる気が出てきたわぁ!」
「そうこなくっちゃ…。」
 黒髪の美女、ユーリィは美しい笑みを浮かべて応じた。
「許せないわ、あいつら! あの子の世界をめちゃめちゃにして!」
 ケインは、おもむろに外部マイクを手に取った。
 顔をひきつらせたケインは、兵士達に届くように啖呵を切った。
「そこのゲテモノ集団どもに告げるわ! さっさとその子の前から醜いツラを消しておしまい! それ以上、その美形の子に傷を負わせてごらん! この、あたしらが黙っちゃいないわ!」
 その間に後部シートに横たわっていた、黒い毛を持つクァール、ムギが非常ハッチに向かう。
 <リンクスエンジェル>は、有人ヘリに急接近していった。