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「ロストペアーズだと!?」
急降下してきた<リンクスエンジェル>の船影に、兵士達は、呆気にとられた。
絶句したのは、トリトンも同じだった。
しかし、懐かしいケインの声をマイクを通して耳にした時、トリトンは、ふと安堵を覚えて微笑んだ。
「ケイン…。ユーリィ…。ありがとう…。」
そのうち、激しく打ちあがってきた波にさらわれて、二人の兵士が姿を消した。
「クソッ! このままじゃ、船と心中しちまう!」
トリトンと同様に、デッキの手すりに掴まった兵士が、思わず舌打ちした。
<チェリス>は、完全に波にもまれようとしていた。
トリトンも兵士達も膝まで海水に浸かっている。
トリトンは呼吸を整えた。
どうせ、<チェリス>に身を支えていても、いずれ海水に沈んでしまう。
だったら、自分から海に飛び込んだ方がましだ。
水棲能力をなくしても、泳ぎ方まで忘れたわけではない。
意を決して身を投げ出そうとすると、錯乱した兵士がトリトンにレイガンをつきつけた。
「動くなっ!」
「頭がねぇことをやってるな! お前らだって溺れるだけだ!」
トリトンが叫んだ。兵士達は呻いた。
有人ヘリは、<リンクスエンジェル>のミサイルによって破壊された。
ロストペアーズが出現したことで、兵士達の母艦にあたる駆逐艦の生存も怪しくなってきた。
兵士達は、目の前の恐怖に気をとられて、助かる道が残されていないことに、まだ気がつかないらしい。
それでもなお、融通の利かない兵士が、トリトンに向けてレイガンを発砲した。
何とか身を伏せて、トリトンはレイガンの光条を避けた。
が、瞬間、手すりを離してしまい、トリトンは船から放り出された。
「うあっ!」
短い悲鳴を残して、トリトンの姿は波の中に一瞬で消えた。
「何をやっている!」
別の兵士が発砲した兵士の顔を殴りつけた。
と、そこへ。
大きな黒い影が海面から飛び上がってきた。
クァールのムギだ。
先史文明の実験動物として発見されて、そのうちの一頭が、ロストペアーズに飼いならされてペットになっている。
完全生物と呼ばれる生命体で、あらゆる環境に適応できる不死身の肉体を持っている。
知能も高く、人間の言葉も理解する。
また、電波電流を自在に操るという能力も身につけている。
しかも、クァールの戦闘能力は、連合宇宙軍の兵士、百人分に相当するといわれている。
残りの反乱軍兵士は、海中に没するまでもなく、先にこのクァールにやられた。
兵士どもをたやすく血祭りにあげたクァールは、荒れ狂う海の中に身を投げた。
そして、迷うことなく先に波にもまれたトリトンの後を追った。
トリトンが漂う世界は、いつものように蒼く澄みわたっていた。
何百、何千という海の生物達が悠然と群れ、すべての生命が、そこから生まれ育ったといわれている。
生命の源、ー海ー。
しかし、同時にトリトンの生命を脅かす、とてつもなく広大な魔物だ。
トリトンはもがいた。何とかして海上を目指そうとした。
だが、強力な潮の流れが、さらに暗くて深い空間へとひきずりこもうとする。
トリトンは、生まれて初めて“溺れる”という体験をした。
かつての自分は、どうやってこの魔物の中で、自由に泳ぎ、呼吸をしたのだろうか。
それまで意識もしなかったことが、トリトンの頭の中を巡りはじめ、トリトンは恐怖を感じた。
水圧が重い。
それ以上に着ている服が重たく感じられて、トリトンは苦しんだ。
レイガンで貫かれた腕の傷が、やけるような激痛を伴う。
最初に吸い込んだ空気は、痛みで呻いたとたんに吐き出してしまった。
ー死ぬ…。俺が…。普通の人みたいに…。ー
だんだんと薄れていく意識の中で、トリトンはかすかに思いめぐらした。
それは、とても不思議な感じだった。
理想のはずなのに、とても物悲しい思いがこみあげて来る。
全身の感覚もしだいに抜けて、体が凍りつくように鈍くなっていくのを覚えた。
トリトンは、最後の力を振り絞ってうっすらと目を開いた。
その瞳に見えたものは、海上から揺らぐように降りそそいで来る太陽の光だった。
ーごめん、アルディ…。もう、だめかもしれない…。ー
トリトンは、もっとも大切な人の名を思い出しながら、その手を、そっと光の方へとのばした。
何かを求めるように、指先をわずかに動かしてみる。
と、その向こうに黒い影がぼんやりと映る。
トリトンは、そのまま意識をなくしてそっと目を閉じた。
その体はさらに深い世界に落ちつづけていった…。
<リンクスエンジェル>の船内にて…。
ケインとユーリィが、そろってフテくさっていた。
飼い主をさしおいて、クァールのムギが、トリトンの世話をかいがいしく焼いている。
海に投げ出されたトリトンは、ムギによって救出されて、<リンクスエンジェル>に収容された。
しかし、溺れたトリトンは、呼吸と心臓が停止して一刻を争う状況だった。
ケインとユーリィは驚きを隠せなかった。
水棲能力があった頃のトリトンは、水に対して絶対的な抵抗力を秘めていた。
が、力をなくしたとたん、常人と同じように弱さを露呈するようになった。
あの頃のイメージが強烈な印象として残っているだけに、そのギャップはとても大きかった。
しかも、ケインとユーリィがびっくりしたのは、能力の違いだけではない。
成長したトリトンは、その当時と、まったくルックスが変わっている。
体つきもすっかり大人びて、ほっそりと均整がとれた理想的な体格だ。
今のトリトンの身長は171センチほど。
けっして高くないが、トリトンの体格によく合っている。
その一方で、相変わらず艶やかな緑の髪が、ほど良い長さで首筋までスッとのびている。
意識をなくしていても、眠ったような表情はあどけなさも感じるが、したたるような艶っぽさも漂っている。
トリトンは美少年だ。
まるで、触れてしまうのを躊躇わせるような、神秘的な雰囲気に包まれている。
そんなトリトンに応急処置を施さなくてはならない。
まずは、心臓マッサージ、そして、人工呼吸をー。
とたんに、ケインとユーリィの間に火花が散った。
どちらでも構わないのだが、それを許しあったら、お互いのプライドが崩れてしまう。
こうなると、肝心な人命のことなど、二人の頭からすっかり飛んでしまう。
結局、みかねたムギがトリトンをメディカルルームに運んだ。
人工呼吸と心臓マッサージは、専用のマシンがあるのでムギでも扱える。
さらに、“ナンモ”と呼ばれる補助ロボットがトリトンの傷を手当てした。
その処置が適切であったために、トリトンは、奇跡的に命をとりとめた。
今では、トリトンの呼吸も脈拍も血圧も、さらに体温もすべてが正常になり、すっかり落ちついている。
トリトンは、裸体のままベッドに横たわり、ずっと眠り続けている。
ムギは、背中の触手で点滴の交換なども行なった。
ケインとユーリィの出番はなかった。ムギのせいで二人がトリトンに触ることも許されない。
二人ともメディカルルームの外に追い出されて、なりゆきを見守るだけだった。
そのうち、トリトンの意識がもどったという表示ランプが点灯した。
すると、自動的に吸引マスクが、トリトンの口元からはずれた。
トリトンは、二度ほど深く息をしてから、小さな呻き声をあげた。
「ミャア、ミャア!」
ムギは、しきりに鳴き声をあげる。
トリトンはかすかに反応して身をよじった。
それから、うっすらと目を開いた。
トリトンはゆっくりと頭をもたげて、傍らに寄り添う黒い生き物を見つめた。
その表情はうつろだが、フッと柔らかく微笑んだ。
「…ムギ…。」
トリトンがかすかな声で呟くと、ムギは“よかった”といいたげに、ゴロゴロと喉を鳴らして応じた。
ムギの方へ、トリトンは力を振り絞って腕をのばした。
ムギの黒い毛に触ると、かすれた声でいった。
「…ムギ…ごめん…。お前の言葉…もう、わからないんだ…。」
「ミャア…。」
ムギは、悲しそうに鳴くと耳を垂れた。
クァールは、人の言葉を理解できても、自分から喋ることができない。
しかし、人の中でただ一人、トリトンだけは、特殊能力のために、自由に会話を楽しむことができた。
ムギはトリトンになついた。
強く気持ちが伝わる大切な存在として。
けれども、力をなくしたトリトンは、もう特別な存在ではなくなった。
ムギにとっても、それはとても心寂しいものだった。
クァールには人のように豊かな感情がある。
言葉は伝わらなくても、気持ちを痛いほどくみ取ることができる。
トリトンは、ムギの首筋を優しく撫でてやった。
「ムギ…。お前が俺のことを助けてくれたんだね…。ありがとう…。」
「ミャア…!」
ムギは愛らしく鳴いて、トリトンの腕に背中の触手を絡ませた。
そうしていると、
「トリトン、気がついた?」
「ご気分は?」
ようやく、メディカルルームにこの船のオーナー、ケインとユーリィが姿を現した。
「ケイン…ユーリィ…?」
トリトンは、呆然と二人の顔を見つめた。
目を合わせたトリトンの表情は、ぼんやりしていた。
だが、弾かれたように半身を起こすと、すがるように二人に訴えた。
「ケイン、ユーリィ! 仲間…! 他のみんなは…!」
トリトンの言葉はそこで途切れた。
右腕に激痛が走る。
傷口をおさえたトリトンは、上体をよじった。
「無理しちゃだめ。今は休まなきゃ…。」
ユーリィをむりやり押しのけたケインが、トリトンに優しく声をかけた。
トリトンの肩にそっと触れて、もう一度、トリトンをベッドに静かに寝かせた。
トリトンは視線を落とした。
フッとケインとユーリィからも顔をそむけると、呻くように呟いた。
「…どうかしてる…。どうして、俺だけが生き残ってるんだ…。なぜ、何も悪くないみんなが、あんなひどい目に…。」
「運が良かったのよ…。」
背中を向けたトリトンに、ユーリィが冷静な口調で答えた。
ケインがユーリィを睨むがユーリィは平然としている。
目を見張ったトリトンは、ちょっとだけ顔を起こした。
「あなただって、命を落としていたかもしれないわ。けど、生き残ったのはあなたの運命よ。犠牲になったあなたの仲間の分も、精一杯、あなたが生きることで価値が生まれるわ…。違う?」
「…………」
ユーリィの言葉を、じっと聞いていたトリトンの肩が、小刻みに小さく震えた。
四年前の惨劇が思い出された。
悲劇が重なって、トリトンの心は打ちひしがれた。
しばらく、何もいえなかったトリトンが、ようやくぽつりと口を開いた。
「…今度は、何が起こってるんだ?…」
背を向けたまま、トリトンの声は震えていた。苦悩が深まった。
「…あいつらは、最初からこの俺を狙っていた…。だけど、あの四年前の事件はとっくに風化した…。オリハルコンは、この世界のどこにもないんだ…。」
「それでも、こだわる奴がまだいるのよ。」
ケインの言葉に、トリトンは息を呑んだ。首をめぐらすと、思わず身を乗り出した。
「それじゃ、また、ジリアス・ラボが…!」
「心配ないわ。」
ケインは、タイミングよく口を開いた。
「前の事件のこともあるから、今度は連合宇宙軍がバッチリと護衛するらしいわよ。ジリアスごとね。」
「…………」
言葉をなくすトリトンにケインが続けた。
「今度は、れっきとした連合宇宙軍の一派だもの。連合軍だって名誉をかけてるから、手を抜かないでしょ。」
「その一派が…、オリハルコンに…目を…つけた…。」
トリトンは、ぽつりぽつりと声を出しながら、ゆっくりと問いかけた。
混乱と戸惑いがトリトンの思考を鈍らせる。
その時、トリトンの前に、いきなり紅いルージュを引いた艶っぽい唇が迫ってきた。
トリトンは、すっかり慌ててサッと身を引く。
ケインはふざけながら甘く囁いた。
「キスしてくれたら…、続きを教えて、あ・げ・る…。」
「あっ…!」
思わず、トリトンが頬を染めて焦りだすと、頭を痛めたユーリィが、ケインの体を押しのけた。
「こんな時にバカやってないで、ケイン!」
「融通がきかない女ね!」
ケインはユーリィを睨みつけると、口元を歪ませた。
「トリトンは、もう“お子さま”じゃないのよ! いい男といい女が一つの部屋にいんのよ! こういうシチュエーションはお約束でしょ!」
「おめでたいのは、あなただけで充分よ!」
ユーリィが呆れながら返すと、ケインは髪を逆立てた。
「やる気! だいたいあんたが邪魔してんでしょ! 早く、ここから出ておいきっ!」
「アニよ!」
ケインとユーリィが衝突しかけたのを、トリトンは不安げに見守っていた。
顏をひきつらせながら、トリトンは二人の会話の間に割って入った。
「あ…あの…、今は、真相をきく方が大事だ…。それとも…。調査の権限で、第三者には明かしてもらえない…とか…?」
トリトンが柔らかい声でそう問いかけると、ケインとユーリィの態度は、一変して穏やかになった。
「いいえ、あなたには話しておかなくちゃいけないわ…。」
かぶりを振ったユーリィが微笑むと、ソフトな声で説明しだした。
「あなたの安全を確保するっていう依頼は、銀河連合主席から依頼されたものよ…。連合宇宙軍の強硬派が、テロを計画しているという情報が流れた…。だけど…、その真相を究明しようにも、正規の連合軍には、法的権限による制限があって自由に動けない。だから、民間付属調査機関のWPICに依頼が回ってきた…。特例扱いでね。」
「最初、あなたの居所がわからなかったから、ダブリスさんに連絡をとったの。そのせいで、逆に連中を呼び込む結果になったかもしれない…。うかつだったわ…。」
ケインはふっと長い睫を伏せると、悔しげに呟いた。
「…………」
トリトンも押し黙って視線を落とした。また、辛い気持ちがこみあげてきた。
「トリトン…。」
トリトンの様子を見たユーリィが、心配そうに声をかける。
その声に我に戻ったトリトンは、もう一度、ケインとユーリィに視線を向けた。
二人には穏やかな声で応じた。
「いや…。二人とムギには感謝してるよ…。この後、俺はどうなるの…? 当分、ジリアス・ラボには戻れないんだろ…?」
すると、ユーリィが答えた。
「あなたの身柄は私達が保護したから、反乱軍の連中の手は及ばないわ。だけど、私達は調査を始めたばかりで、これからどうしても行かなくちゃならないところがある。そこへ、あなたも同行してもらうことになるわ。」
「どこへ…?」
トリトンは、不審そうに小首を傾げた。すると、ユーリィは決然と答えた。
「ソル太陽系、第三惑星スカラウ…!」
「スカラウって…まさか…!」
驚いたトリトンは、それっきり絶句した。
オウルト語で「スカラウ」とは、地球という意味だ。
オウルト人は、発展途上の保護区の惑星生命体との接触を固く禁止している。
地球は、その保護区の惑星の一つであり、いかなる理由があろうとも、けっして近づいてはならないというのが、オウルト人種間の常識であった。
それなのに、ケインは平然と口を開く。
「連中は、「ジリアス事件」の知識だけを頼って、銀河中を奔走してるわ。そのために、あなたが狙われた…。その次に、標的にされるのは誰なのか、あなたにはわかるでしょ?」
ケインは、そういってから意味ありげに薄く笑った。
「それとも、四年ぶりにあの“お姫様”に会うのは、不安かしら?」
「えっ…。」
トリトンは言葉をなくした。
むりやり、記憶の彼方に追いやった女性の名が鮮烈にトリトンの脳裏に蘇ってきた。
しかし、四年の月日の流れは大きい。トリトンも、そして「彼女」も、すっかり心は離れている。
そう思ったトリトンは、自嘲気味に口を開く。
「…どうして俺が…。向こうは、俺のことなんか忘れてるよ…。まるで、子どもだった俺のことなんか…。」
「やせ我慢してない?」
「まさか…。ただ、直接スカラウに乗り込む気でいるから、びっくりしたんだよ…。」
トリトンが苦笑すると、ケインは、いたずらっぽい口調で答えた。
「相手が、手段を選ばない連中じゃ、建前なんかいってられないでしょ?」
ケインが微笑むと、トリトンも同意して笑顔で応じる。
その眩しい笑顔にケインは硬直する。
と、そんなケインを、ユーリィがまた押しのけて、トリトンに声をかけた。
「オリハルコンに詳しいのは、あなたの方なんだもの。そのために、あたし達に協力して欲しいの。」
「わかった…。」
トリトンは小さく頷いた。
その様子を満足げに見つめたユーリィは、さらにトリトンに質問した。
「ところで、カーチスっていう男をあなたは知っている?」
「いや…。」
「もとは、銀河連合上層部にいた将軍よ。そして、今回のクーデターの首謀者よ。 銀河連合の上層部にあなたは呼ばれたこともあったでしょ? 当然、知っていると思っていたわ…。」
「俺は、上層の人には一度も会ったことはないんだ…。」
トリトンが沈んだ声でそういうと、ケインが得意げにいった。
「首席のご意志よ。一時でも、あなたは“銀河系の平和の象徴”として人類の上に立った。守らなきゃいけない大切な存在なのよ…。」
「あんなのは、だだの“お飾り”だ…。今から思えば、最悪の汚点だよ…。」
トリトンは、沈んだ声でそう答えた。しかし、ユーリィは大きくかぶりを振った。
「それは、あなたが一方的に思い込んでるだけね。銀河連合は、その時から変わろうとしているの。いずれ、あなたの存在が大きかったことが、はっきりと判るわ。」
「………」
トリトンが呆然としていると、ケインが用意していた書類とIDカードを差し出した。
「スカラウに向かうわよ! その前に、公文書偽造にならないように、これにサインしてね♪」
トリトンは、その段取りのよさに呆れた。
もとから二人は、トリトンをどうしても連れて行く気だったのだ。
それには、観念して応じるしかないと思う。しかし、トリトンの第一希望は別にある。
「サインするよ。それから、何か着る物があれば欲しいんだけど…。」
トリトンはわずかに顔を赤らめると、テレながらいった。
「…これでも、緊張してんだよ…。こんな格好で、ケインとユーリィの前にいるの…。」
すると、やっぱりケインが調子にのって口を開いた。
「あら、そのままだって、充分あなたは魅力的よ…。なんなら、このまま“お出かけ”しちゃいましょうか?」
トリトンは、一瞬、目を丸くした。
でも、すぐにふっと表情を和らげると魅力的な笑みを浮かべた。
「光栄だね…。」
トリトンは、ケインの言葉に同意して柔らかい声でいった。
「どうせなら、最高の“お出かけ”を楽しまなきゃ…。残念だけど、今は俺の方がベストじゃない…。中途半端な“お出かけ”じゃ、申しわけないでしょ…。」
「いってくれるわね…。」
ケインは精一杯の皮肉を返した。
一方でユーリィが目を見張っている。
トリトンが、“お誘い”に余裕で応じてくるとは思わなかったのだ。
トリトンは、いたずらっぽい口調で答える。
「でなきゃ、俺のプライドが許さないんだ…。」
「楽しみにしてるわ。これ、素敵に成長したあなたへの“ごほうび”よ。」
ケインは、トリトンに標準サイズのスペースジャケットを渡した。
「あなたには、ホワイトが似合うと思うんだけど、あいにくシルバーグレーしかないわ。」
「充分だよ…。」
トリトンは、にこやかに微笑んだ。
それから、少し表情をひきしめると二人にいった。
「スカラウヘ向かう日程は?」
「標準時間で45時間てところかしら…。ソル太陽系内に侵入したら、一気に減速しちゃうから…。」
答えたのは、操縦担当のユーリィだ。
「ゆっくり休みなさい…。傷が癒るまで…。」
「発進の準備、手伝えると思うけど…。」
トリトンが身を起こそうとした。
しかし、表情が苦しげに歪んだ。会話も楽ではない。
トリトンは、無理をしてケインとユーリィに話かけている。
それをよくわかっているケインが、やんわりと制した。
「あなたはお客様よ。そんな気を使わなくてもいいわ…。」
「行こう、ケイン。」
ユーリィがケインに声をかけた。
ケインは頷いて、メディカルルームを出ようとした。それに、ムギが続く。
脱力したトリトンはベッドに身を横たえた。
それでも、首をめぐらすと二人にもう一度、声をかけた。
「ケイン…。ユーリィ…。」
その穏やかな声に引かれるように、ケインとユーリィの足が止まった。
二人が振り返ると、トリトンの優しい笑顔があった。
「…ありがとう…。」
トリトンは、そっと囁いた。魅力的な笑みとともにー。
思わずケインとユーリィは呆然とした。トリトンの笑顔に魅せられた。
わずかに照れた二人は、やがてゆっくりと微笑みを返した。
三人の気持ちがまた一つに通じ合った。
四年の歳月を超えてー。
The end
ー To The Next Story “The Aura of Rainbow Colors” ー
ー2002.10.12. 最終執筆終了ー