∽ ∽ 「私の視点」に投稿された花見 忠さんの記事全文 ∽ ∽ |
前中央労働委員会会長・上智大学名誉教授 花見 忠 労働組合「日本プロ野球選手会」が近鉄とオリックスの合併凍結などを求めてストライキを設定するなど、 プロ野球の世界が球界再編問題でもめている。 労働法の専門家という立場からこの間の関係者の言動を見ていると、法を無視しすぎではないかと思えてくる。 年金保険料の不払い問題で浮上した与野党の政治家による法の軽視、次々と浮上する会社の不祥事で明らかになった 経営者の順法精神の欠如など、今日のわが国では各界指導者の法意識が根本的に問われている。そんな中、プロ野球経営者に よる法軽視は今更問題にするまでもないのかもしれない。 しかし、一部の球団代表が「個人的には選手会を労働組合とは認識していない」と発言し、実行委員会の議長が 「選手会は労働組合としての性格に疑問がある」と発言したことなどは、憲法28条で保障された労働者の団結権を 無視し、労働組合の存在を否認する行為にほかならない。 特に、圧倒的多数でスト権を確立している労働組合を公然と否認して交渉を拒否するということは、労働組合法7条で 禁止された単なる団交拒否以上に、悪質な組合介入、組合否認とみなされるべきである。不当労働行為の救済手続によって、 最終的には禁固、罰金で処罰されるべき法(労働組合法28条)に違反していると思われる。 そもそも、選手会がこれまで経営者側の交渉拒否を不当労働行為として救済申し立てを行ってきた東京都地方労働委員会の 資格審査で、選手会は行政機関たるこの委員会によって適法な労働組合として公認されている。 また、今年3月の都労委での和解交渉でも経営者側が選手会と締結した覚書や協定書で、そのことを前提に経営者側の誠実な 交渉義務が確認されている。 日本プロ野球組織も球団も、法で定められた手続きによりこの資格審査を公の場で争うことなく、協定書で 認められている選手会の組合資格を否認するような発言を行う一方、野球協約上選手代表の参加が定められている 特別委員会も開催しないと決定した。そのことは、組合否認と団体交渉拒否という重大な法違反をしていると考えられる。 今回の騒ぎで、プロ野球関係者が選手会を相手にしない理由として、しばしば口にする点が二つある。 第一は、米国の大リーグのストライキに際しても取りざたされた選手の高収入の点である。だが、これは一部の 選手のことにすぎない。大リーグよりも高収入のサッカー選手がいるヨーロッパを含め、プロスポーツ選手が 労働者としての性格を持つということは、契約における地位の不安定などの観点から、国際的にも定説となっている。 第二は、球団合併などの経営事項は団体交渉事項ではないという理由付けである。だが、球団経営のあり方が 選手の雇用機会や労働条件に大きく影響するところから団体交渉事項であることは疑いない。 そもそも団体交渉の精神の基本は、効率的であると同時に社会的責任をもった経営が企業のために働く人たちとの十分な 意思疎通なしにはありえないという点にある。 プロ野球ファンたる法律家の私は、同じく法律家の根来泰周・コミッショナーの下で、プロ野球界が法の精神にのっとって 運営されることを希望したい。 (朝日新聞 9月10日 朝刊)から [このページのトップに戻る] |