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感想文 「神様」 川上 弘美 (著)

神様

川上弘美はスゴイ。なんかあったかい文章が書きたいよねは川上弘美であった。 とても暖かくて、鋭くて、シタタカである。 はじめの一文で、強引にその川上弘美ワールドに引き込んで、そのままそのワールドに浸らせる。 これがまた心地よい。この短編集に収められている「神様」の冒頭を引用してみよう。

『くまにさそわれて散歩に出る。川原に行くのである。歩いて二十分ほどのところに ある川原である。春先に、鴫(シギ)を見るために、行ったことはあったが、暑い季節にこうして 弁当まで持っていくのは初めてである。散歩というよりハイキングといったほうがいいかもしれない。』

こんな具合である。いきなり、くまって。。。熊でなくて、くまって。。。 でも、こんなファンタジーに強引に引きずり込む割りに違和感がなく、とても自然にそこに漂うことができる。 曲者である。さらに、もうひとつ、「花野」の冒頭部分を引用してみよう。

『すすきやかるかやの繁る秋の野原を歩いていると、背中から声をかけられた。
この時期でこの場所ならばたぶんそうだと思っていたが、振り向くと、やはり叔父が立っていた。
五年前に死んだ叔父である。』

こんな具合である。こんな文章がかけたら、さぞかし楽しいだろうなあ、と思う。 川上弘美さんももともと普通の主婦で、子育ての最中に、ふと「書きたい、何か書きたい」と思って 二時間ほどで書き上げた短編が「神様」で、それが文学賞を受賞したということらしい。 川上弘美さん曰く、「書くことって楽しいことであるよなあ」「めんどくさいけど、楽しいものだよなあ、ほんとにまあ」らしくって、その楽しさがこちらに伝わってくるので、読んでても楽しい。

女性の作家さんが書く文章というのは、僕はどうしてもちょっと男性の作家さんの書く文章と違った見方で見てしまう ところがあって、それは何が違うのかと言うと、女性が女性をどう描いているかということである。 女性が女性をどう描いているかということは、つまり、女性が男性をどう描いているかということでもあって、 例えていうならこういうことである。

例えば、篠田節子さんという作家さんがいるのだが、この人の文章に出てくる女性は徹底的に 戦っている。きっと自立した女が篠田さんの女性観なのであろう。常にかっこよく困難に立ち向かって、 一方男性は全然戦わなくって、ちょっとこれはこれでいいのだろうか?と思ってしまうほど戦わない。

例えば、山田詠美さんという作家さんがいるのだが、この人の文章に出てくる女性は、いつも男性との関わり で存在している。男に弱いということではないが、この世に男というものがあって、女性は常にそこに 依って立っている。社会的に自立した女性もそうでない女性も常にその影には男性がある。

そこで、川上弘美さんの文章に出てくる女性はどうかというと、なんだがいつも男性に流されている。 男性にちょっと誘われると、すぐに着いていってしまうし、ちょっと「わたしといたしませんか?」と 誘われると、いたしてしまう。じゃあ、男にだらしがない女性かと言えば、なんかそうではないようである。

そうではないようであるという曖昧(アイマイ)な言い方なのは、「だらしがなくない」と証明できるような 記述が全くないからで、額面どおり読み取ると、とても「だらしがない」女性ばかりが登場するのであるが、 それは他の短編集「溺レる」などによく登場するのであるが、なんかその性とは超越したような、ふわふわとした ところにその女性はいて、「だらしがない」とは言えない感じなのである。

と、まあ男性から見るとちょっと都合のいい女性がたくさん出てくるようであるので、女性の自立とかで 戦っている女性の方からは少し嫌悪感というか、敵愾心(テキガイシン)みたいなのが出てくるのかもしれない。 男性というのは基本的にいやらしい女性が好きであるが、正確には、「性に溺れたいやらしさ」ではなくって、 「性をほいって簡単に跳び越えてしまうような大らかないやらしさ」の女性が好きで、 この川上弘美ワールドに登場する女性はなかなかよい具合である。

こういう男性、女性に対する捕らえ方というのは、男性から見ると「なんかいいなあ」と思うところで、 きっと女性からも悪くないのではないかと思うのだがどうであろうか? あまり”男=敵”という田嶋教授みたいなのも疲れるし、 ”男=ステータス”という、から騒ぎ第一列みたいなのも疲れる。 こんなおおらかでゆったりした女性がたくさんいるというのは、とてもよい世界だと思う。

04.01.02

PS
ちなみに川上弘美さんで一番有名なのは「センセイの鞄」という作品のようです。 僕はまだ読んでいないのですが。文庫化されたら読みますが。


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