ジリアス・レポート




12・ハッキング-2


2.5つの疑問点の補足と解明



○ 「ジリアスの秘宝」とはどういうものだったのか?



 「ジリアスの秘宝」の場所は、先に公式発表した。
 <リンクスエンジェル>のユーリィにもおおよその説明をしている。

 「秘宝」は、ディレブ諸島沖の水深三千メートルの海底洞窟の中にあった。

 洞窟の奥にドーム状の空洞があり、そこに建てられてあった異世界の神殿の広間に存在した。
 前にも明かしたとおり、それは柱のような巨大なモニュメントだった。
 オリハルコン特有の赤い光を放ち、常に明滅を繰り返していた。

 それまで、ジリアスに開発の手が伸びず、誰にも発見されることがなかったために、「ジリアスの秘宝」は大事を免れてきた。

 僕は、秘宝と関わる上で一つの鉄則を設けた。
 オリハルコンの暴走を引き起こす原因となる「悪しき精神」をけっして近づけさせない

 そのために、「秘宝」の存在は、誰にも明かさなかった。
 それは、この報告書の記述にあるとおりだ。

 いずれ、公にされることを覚悟したものの、一人の力で三年もの間、内密にできただけでも大きな成果だと思う。


○ 「ジリアスの秘宝」=オリハルコンの特徴とは・・・。


 僕自身の最終目的は、「秘宝」の暴走を食い止める手立てを見つけ出すことだった。
 あらかじめ仕組まれていたことだと思われるが、僕の手元にあったオリハルコンの短剣との因果関係をさまざまな視点から追及していった。
 しかし、それに関して決定的な結論は得られなかった。
 あくまで仮説で説明するしかない。
 僕自身にとっても、オリハルコンはまだまだ未知の産物である。


 報告書でも説明されていたとおり、オリハルコンには三つの特徴がある。

 ・熱で物を溶かす力
 ・ワープ機関よりも複雑な構造を持つ時空間転移の力
 ・環境を正常化させる能力


 三点目の能力について、この報告書では言及を避けているが、環境を正常化させること
  すなわち、生命を生み出す環境が作り出せるのではないかと想像できる。
 『生命の源』という言葉は、その力に起因しているものだとも考えられる。


 また、突然、ジリアスに出現した生き物達は、「秘宝」とともに、異世界の空間、つまりスカラウからもたらされた生物達だという可能性が大きい
 その点について、スカラウの人達がジリアスの生物について「スカラウの生き物達にそっくりだ。」という証言を残してくれているので、さらにその可能性が高まった。
 でも、現実にはスカラウに生息する生物を調査することは不可能なので、断言はまだできない。


 僕は、この二つのポイントを踏まえて「秘宝の暴走停止策」を探っていた。
 でも、それよりも早い時期に「ジリアス事件」が起きてしまった


○ 「オリハルコンとトリトン・ウイリアムの因果関係について」の見解は・・・



 「秘宝」とオリハルコンの因果関係において、決定的な結論は出なかった。
 二つのオリハルコンは、それぞれ反対のエネルギーの要素を秘め、正常な場合は互いに引き合い、保護しあうことでその力の抑制に効果を上げていた。

 そのことも、先にユーリィに打ち明けている。


 だが、そこにオリハルコンを操る人間の精神力が作用して、初めてオリハルコンは本当の力を発揮した。
 海賊側には、その事実を語らなかったために、彼らは僕とオリハルコンの関係ばかりに固執することになった。
 また、この報告書でも、海賊側の見解と、その点はまったく変わらない。


  事件後の事情徴収にダミーを含めて証言したため、公表された内容は偽りである。


 海賊達は、僕の特殊能力に着目し、ヒトゲノムプロジェクト、※マイト―シス※アポトーシスを含んだ※形態形成システム調査、さらに、遺伝子組み替え説を視野に入れた総合的な生体検査を行なった。

 海賊達の真意は、僕自身の中にある特殊能力の発生メカニズムの割り出しと、オリハルコンとの関係を科学的に解明するためだったと思われる。
 しかし、この非人道的な行為に反抗するため、データ―は分析直前に僕自身が奪取しデータ―を消去した。

 僕個人の意志において、わざわざこのデータ―を分析して、自分自身の中にあるものを掘り下げて知ろうとは思わない。



 ただ、表面的な事実として僕自身のDNA総数は、32億塩基。

 ヌクレオチド配列の構成比率は、普通の人のものと比較するとほぼ100%が一致。

 だが、六百万分の一%の構成素材の糖質に基本種類以外の物質が含まれている可能性がある。


 おそらく、その非コード領域を分析していくことで、通常の<ヒトゲノム>とは異なる<ゲノム>が見えてくるはずだ。
 ちなみに、基本種類以外の糖質の正体は不明である。


 同様のデータ―は、一条アキの分析データ―からも見つかったが、彼女と僕が同種類の生命体なのかは判別できない。
 なぜなら、彼女にはオリハルコンを操る能力がないからだ。


 ただし、誤解をまねかないために補足する。


 この分析データ―から、僕自身が「人とは、似て非なるモノ」として考えられるのは心外である。
 DNAの数と構成比率の誤差は、人類としては当たり前の数値であり、同じ人類において見られる誤差の範囲内だからだ。

 僕個人の要素では、「トリトン」という人物の※遺伝子が組み込まれているという点で、<形態形成場>の存在があるものとして説明がつくだろう。

 <形態形成場>とは、種の間には時空を超えたつながりがあり、情報交換が行なわれることにより進化していくという当たり前の仮説である。

 はたして、僕自身が「トリトン」という人間よりも進化した人間として生を受けたのかは、概念的な理屈だけで必ずしもその通りではない。


 僕には、人としての感情があり、生活習慣も人としてまったく差異がないものを身につけている。
 そんな僕に、今さら「異質の生命体」という概念の認識などまったく必要がない。


 よけいな混乱を招かぬためと、僕個人のアイデンティティの明確な認識を位置づけるためにも、上記の理由により、この事件に関するデータ―をすべて破棄することを、改めて報告する。



※ゲノム… ひとつの物体が持つすべての遺伝情報。染色体の1セットのこと。
ヒトゲノムの中には、約10万個の遺伝子が存在する。

※マイト―シス… 細胞分裂のこと。

※アポトーシス… 遺伝子の発現によって、自死機構を発動させて起こる細胞死。
ようするに、細胞消去の機能。
具体的には、おたまじゃくしがカエルに。いもむしが蝶になるような変態を行なう過程において不要になった細胞が失われる現象。
このアポトーシス作業による細胞死とマイト―シス作業による細胞分裂が均衡を保つことで、生命の調和が保てる。

※形態形成システム… 受精卵が卵割を繰り返して、組織やその生物に特有な形態を作っていく過程を<形態形成>と呼ぶ。
なお、<形態形成場>という概念は、生物の器官が発達していく過程がDNAプログラミング説では不充分として、自己組織化する場=<形態形成場>の仮定が用いられた。
<形態形成場>は量子物理的な<場>のようなもので、ひとつの<場>に影響すること。つまり、いい返るならトリトンの説明どおりになる。

※遺伝子… 遺伝的性質の決定因子。DNA(デオキシリボ核酸)の一部。
DNAの構造上、糖(デオキシリボ―ズ)とリン酸が交互につながって鎖を作り、それぞれの糖にはアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類の塩基のどれか一つが配置されている。また、AとT、GとCが対を作って結合している。これらの塩基の配列の仕方によって、遺伝情報が表現される。DNAの鎖は、もう一つの鎖と繋がり、二重螺旋の構造となる。
人のDNAは全長2メートルだが、直径10マイクロメートル(=100万分の1m)の核内に収まっている。塩基数は32億。その90%は「非コード領域」といい、使われていない。
DNAはあらゆる細胞の核に存在する遺伝情報を蓄えた高分子である。遺伝子を構成しつつ、DNAを作る鋳にもなる。

・DNAから見た染色体の構造
 1)DNAがヒストン(DNAに結合するたんぱく質)にまきつき、ヌクレオソームになる。
 2)ヌクレオソームが結合してソレノイドになる。
 3)ソレノイドがコイル状にまかれ、スーパーソレノイドになる。
 4)スーパーソレノイドが集積して、染色体になる。

(補足ー用語解説 (八幡書店出版)「エヴァンゲリオン用語辞典」を参照)



○ 「巨人」をめぐっての謎の定義


 海賊達が、なぜ、ジョセフ・ウイリアムの研究テーマに着目して、ジリアス・ラボを襲撃してまで、今回の事件を引き起こしたのか、その動機は曖昧だ。
 一説では、僕の元同僚だったルイズ・クラヴシェラのスパイ行為によって、極秘情報が漏れたともいわれているが、その背景には、海賊達を支援した別の組織の存在があったことを疑わせる。

 海賊集団が壊滅した現在では、その事実を確かめる方法はない。

 だが、そこに連合側の「意図的な陰謀」を感じずにはいられない。


 海賊達が掴んでいた情報の中で、僕のみ、あるいは僕自身も知らなかった「異文明に関する秘密事項」がある。

 それは、「僕と異文明の指導者、トリトン・アトラスとの関係」と、もう一つは、「捕獲されていた謎の巨人」についてである。

 僕と、トリトン・アトラスとの関係については、GR事件の際に、僕が残していった資料を海賊が奪いとったものだと思われる。


 しかし、問題は「巨人」である。

 彼らは、巨人の入手経路について、いっさい僕に明かそうとしなかった。
 でも、「巨人」は海賊達が発見したのではなく、誰かに与えられたか、もしくは譲り渡されたもので、その後に、彼らのみの野望を達成するために、その後の事件を引き起こしたと解釈した方が自然だ。

 この「巨人の正体」は、後に説明するが、結局、海賊達は、中途半端な知識にたよって「ジリアスの秘宝」に手を出したために、最終的に「秘宝の暴走」という最悪の結果を招いたのだ。



○「ジリアスの秘宝」の暴走を引き起こしたものとは・・・


 「ジリアスの秘宝」は、突発的に謎の暴走を引き起こしたと解釈されているが、事実はそうではない。
 (報告書では、僕の精神力が作用したとも仮定しているが、それは誤った見方である。)

 先の説明のとおり、海賊達の悪しき精神にオリハルコンが反応を起こしたのだ。

 今回の「秘宝の暴走」は、明らかな「人災」である。



 手記にもあげたとおり、僕は「秘宝」を停止させた時の記憶を欠落させている。

 (この手記は、僕の了解なしに無断で報告書に転載されたものである。どのようにして、データーが抜き取られたのか、個人的に調査中。)

 一条アキとともに、オリハルコンの光をたよりに神殿の中に向かったところまでは覚えている。

 おそらくその時に、前にも説明したとおり、「秘宝」とオリハルコンの短剣が、何かの原因でお互いを保護しあう力が働いて、暴走を食い止めたのではないだろうか。


 この現象については、どうしても推察の域を出ない。