「銀河鉄道物語〜忘れられた時の惑星〜」… ss 「鍵を握った少年」
(1)
はるか先の未来。
飛躍的な発展をとげた科学技術は、いつしか、宇宙に無限の鉄道網を確保するまでに到った。
人々の憧れと希望と野心を乗せて、宇宙のレールをひた走る夢の鉄道。
銀河を疾走する鉄道の名を、人々は銀河鉄道と呼んだ。
その銀河鉄道の安全を守る治安部隊が、通称SDF(SPACE DEFENSE FORCE)、空間鉄道警備隊である。
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「発見しました。999号です。」
惑星ヒーライズ付近で消息をたった999号。
空間鉄道警備隊の精鋭シリウス小隊は、その異変をいち早く察知した。
そこで、シリウス小隊は、隊員の一人、有紀学を探索に向かわせた。
一面がグリーンの靄に覆われた神秘の惑星ヒーライズ。
しかし、ある理由で銀河鉄道の路線からはずされたヒーライズは、「忘れられた時の惑星」と呼ばれている。
今のヒーライズはゴースト化が進み、野風が吹きすさぶ寂しい荒地となり、不気味な佇まいを呈しているという…。
シャトルで、そんなヒーライズの大気圏内に降り立った有紀学は、荒涼とした大地に横たわる999号を発見した。
学の連絡を受けたバルジ隊長は、学に999号の探査を引き続き命じた。
「乗員乗客の安全が第一だ。すみやかに探査を終えて帰還せよ。」
「了解しました。」
学は連絡を終えた後、暗い表情で、コックピットのモニターに捉えられた999号を見つめた。
先頃、銀河鉄道沿線で謎の幻影が出現し、次々に銀河鉄道が脱線するという怪事件が多発している。
今までに経験したことがない大惨事に見舞われるのではないか。
学は、そんな予感をずっと抱いていた。
999号は銀河鉄道の中で、もっとも高い性能を有する銀河超特急だ。
その999号でさえ、怪事件の前には太刀打ちできず、哀れな残骸となった姿を地表にさらしている。
「これが、あの999だなんて…。」
999号は銀河超特急の花形として、人々の憧れの視線を浴びながら、日夜、勇猛に路線をかけめぐっている。
あの勇壮な面影が、今の999号にはまったく感じられない。
学のシャトルは、999号の近くに着陸した。
愛用のレーザーガンを所持すると、慎重に999号に近づき、ロックされたデッキの扉を開いた。
999号の外観は、旧式の機関車を模したものだ。
しかし、機関車の内部は古式的な外観とは違い、未知のテクノロジーを取り入れた最新システムが採用されている。
その中枢が、自らの意志をもつ人工知能だ。
999号の人工知能は、外部の侵入をけっして許さない。
それがあっさりと開いたことに、学はショックを覚えた。
「人工知能も死んでいる…。いったい何があったんだ…。」
車内の明かりもすべて消えている。
学は、デッキから木製の扉を開いて、客車の中に入っていった。
「誰かいませんか? SDFです。救助にきました。誰か…!」
中に人の気配は感じない。
それでも、人の応答を望みながら、学はゆっくりと奥に進んでいった。
がらんとした客車の一両、一両を細かく見ていくうちに。
中ほどの車両にさしかかると、学はようやく人の呻き声を耳にした。
「誰ですか。怪我はありませんか?」
声がした場所に、慌てて駆け寄った学は、思わず目を見張った。
椅子と椅子の間にはさまれるようにして、マント姿の少年が倒れている。
「君、しっかりして!」
学は少年の体を揺り起こした。
すると、わずかに反応があり、少年は苦痛で顔を歪めた。
「う…ん…。」
意識が朦朧としていて、少年は言葉を話すことができない。
学は息を飲んだ。
少年の額から血が流れ、学の手袋を紅く染め上げた。
「君…。大丈夫か?」
声をかけながら、応急処置を施そうとした。
と、そこに、女性の通信が飛び込んできた。
「有紀くん、どうしたの?」
学は左耳につけていたイヤホンを抑えると、聞こえてきた声に神経を集中させた。
「ルイか。乗客の一人を発見した。少年だ。頭に怪我をしている。」
学が伝えると、相手の女性が指示を伝えた。
「隊長の命令よ。その乗客を収容した後、ヒーライズの探索を続けるわ。」
「それにしても、車掌がどこにもいない…。いったい、どうなってるんだろう…。」
すると、女性の声もわずかにうわずった。
「車掌さんが? 今までの事故で、乗員が消えた例は一度も報告されていないわ…。だけど、今は怪我人を収容することの方が先よ。」
「わかっている。」
学は小さく頷きながら、言葉を続けた。
「今から、ビッグワンにもどる。」
学は通信を切ると、怪我をした少年に話しかけた。
「しっかりするんだ。すぐに手当てをしてあげるから。」
少年の体格は小柄だ。学はそっと少年の体を抱き上げた。
すると、少年の手から握っていた銀河鉄道のパスがヒラリと落ちた。
学はハッと表情を変えた。
落ちたパスにかかれてある名前を読んで、学は何かを思い出した。
「星野鉄郎…。どこかで聞いたことがある名前だ…。この少年が星野鉄郎…?」
学は、どこにでもいそうな少年の顔を、まじまじとのぞきこんだ。
少年の視界に金髪の女性の後姿がぼんやりと見えてきた。
長い髪に優雅な物腰…。
少年はハッと上体を起こすと、弾くような声をあげた。
「メーテル!」
とたんに激痛が体を駆け抜ける。
少年は頭をぐっと押さえつけた。
すると、抑えた部分に、包帯が巻かれてあるのに気がついた。
金髪の女性は艶然と微笑みながら、少年の方に振り返った。
「気がつきましたか? 私はSDF所属の医療セクサロイド・ユキです。」
「セクサロイド…?」
少年は、ぼんやりとした表情で呟いた。
セクサロイドとは、女性型アンドロイドの総称だ。
目の前にいる女性がそんなようには見えず、少年には戸惑いがあるようだった。
ユキは優しい声でいった。
「頭の怪我はたいしたことはありません。他は無傷です。よかったですね、星野鉄郎さん。」
「俺の名前を知ってるの?」
少年は驚いた。
ユキはにっこりと笑顔を見せた。
「はい。パスのお名前を確認させていただきました。」
ユキは少年にパスを手渡した。
少年は焦りながら、ユキからパスをもらいうけた。
「ここはいったい…。」
少年が質問すると、ユキは親切に答えてくれた。
「私達、SDFの専用列車、ビッグワンです。あなたは999号からここに運び込まれたのです。」
「そうだ…。999…! 車掌さんは? メーテルも消えちゃって…。俺、行かなきゃ…。」
少年は叫ぶと、弾かれたようにベッドから飛び降りた。
ユキは思わぬ行動にびっくりしながら、少年を引きとめようとした。
「いけません。まだ休んでいなくては…。」
「そんな暢気なことをいってられないよ。どいてくれ。俺はどうしてもヒーライズに行かなっくっちゃ!」
ユキの手を払いのけると、少年は医務室を飛び出した。
が、廊下の前で、SDFの他のメンバーと少年は鉢合わせになった。
「あっ…。」
少年は慌てて立ち止まった。
SDFのメンバーも目を見張った。
怪我をしたはずの少年が、もう元気に動き回っている。
メンバーの中にいる一番若い隊員が、少年に話しかけた。
「さすがだね。確か、君は、機械化母星を破壊した勇士じゃなかったかな…?」
半分、からかうような口調に、少年はその隊員をきつく睨みつける。
横にいた学が、軽口を叩く隊員をとがめた。
「キリアン、失礼だぞ。そうか。星野鉄郎って名前、聞いたことがあると思っていたけど…。」
学は少年に笑顔を向けた。
少年ははかぶりを振ると、激しい口調で言い返した。
「あんた達に関わっていられないんだ。俺をすぐにヒーライズにもどしてくれ。メーテルを助けなきゃ。お願いだよ…!」
「申しわけありません。」
メンバーの中で、もっとも威厳を持つ男が口を開いた。
「私は、SDFの隊長バルジです。あなたからは、999号の唯一の生存者として、事情聴取をすることになります。もうしばらく、このビッグワンにとどまっていただきたいのです。」
「そんな…。その間に、メーテルに、もしものことがあったらどうするんだ?」
「メーテルって…。」
ショートカットの愛らしい女性、ルイが目を丸くした。
すると、隣の長髪を後でくくったラテン系の男が口をはさんだ。
「あの機械化母星の王女様じゃなかったかな…。宇宙一、美しい方だそうだ。一度、そんな方にお会いしてみたいものだねぇ。」
「へえ…。じゃあ、あなたは、ひょっとして、その王女様の恋人さんだったりして…。」
ルイが茶目っ気たっぷりな様子で訊ねると、少年は慌てて言い返した。
「ち、違うよ〜。俺はあの人を守る約束で、999に乗せてもらってるんだ。ただの旅のつれだよ…。」
「こりゃ図星のようだ。君は相当、その王女様に熱をあげてるみたいだな…。」
陽気な男は楽しげだ。
ルイもにっこりとした。
「本当。顔が赤いわ〜。かわいい〜♪」
「からかうなよ…!」
少年は投げやりにわめいて、そっぽを向いた。
学は表情を歪めながら、ルイと男をとがめた。
「ルイ。デイビット。非常時だぞ。真面目にやってくれ。」
「学くんは、相変らずお堅いね…。」
デイビットと呼ばれた男は軽く肩をすくめた。
「気を悪くされたら謝ります。」
バルジは軽く頭を下げた。
「我々もすぐに行動したいのです。その作戦会議に、一緒におつきあいくださいませんか?」
「そういうことなら、協力しますけど…。」
少年が渋々了承すると、笑顔を浮かべたバルジは、少年を作戦会議室に案内した。
少年はそれまでの経緯をメンバーに話した。
そして、謎の手紙をメンバーに見せた。
「先に停車したディグエットの酒場で、定年を迎えたという郵便配達のおじいさんから預かりました。でも、俺はこの文字が読めません。いったい何が書かれてあるのかが…。」
少年から受け取った、何も書かれていない白紙の手紙を見つめて、メンバーは顔をしかめた。
「何も書いてないようだけど…。」
若い隊員、キリアンがいった。
「でも、俺には、その手紙の文字が見えたり消えたりするのがわかるんだ。」
少年は訴えた。
「ユキに分析を頼もう。」
学はその手紙をユキに手渡した。
「今度の事件とその手紙、何か関係があるかしら…。」
ルイがいった。
一方で、デイビットが進言した。
「分析の結果はすぐに出ないが、ヒーライズに向かったと思われるメーテルさんは救出しないとな。さあ、いよいよ俺の出番だ…。」
しかし、バルジ隊長は事務的な口調でいった。
「いや、引き続き、学に捜査を続けてもらう。そして、学の協力者として、星野鉄郎くんに同行してもらう。」
デイビットの体がとたんに傾いた。
一方で、いきなり名前を呼ばれた少年、鉄郎は言葉をなくしている。
キリアンが慌てて口をはさんだ。
「待ってください、隊長。彼は乗客ですよ。」
「しかし、彼には我々にはない経験と知識がある。戦士の銃を持つ彼の力が、我々には必要かもしれない。」
「ありがとうございます!」
鉄郎は思わず声を張り上げた。
「有紀学。任務遂行を頼む。そして、乗客の安全を第一に行動してくれ。」
「わかりました。」
学は改めて鉄郎を見返した。
「よろしく、星野鉄郎くん。」
「こちらこそ、学さん。」
学が右手を差し出すと、鉄郎も、しっかりとその期待に応えて、固い握手を交し合った。
(初出日: 2007/02/05 / 改訂: 2007/02/09)