TOGI+BAO

 千年以上も昔、中国から伝わった民族楽器が時間を超え、ジャンルを超え、国境を越え、ここに新たなカテゴリーの音楽として誕生した。素朴だが超越した技術と感性を持ち合わせた6人の青年。それを率いる凛として揺るがぬ自信に満ちた男。”TOGI+BAO”。東儀秀樹と6人の中国の超エリートアーティストたち。

 包容力のある美しくやさしいメロディー。飲み込まれてしまいそうな高揚感。そして、ひとりひとりの完成されたすばらしい技術。楽しそうに軽がるとどんな曲もこなしてしまう。音楽に対して、ひたむきで柔軟な心をもっていて、その心意気がガツンと伝わってくる。

 ワイルドでダイナミック。だけど繊細。決して荒々しさはない。強くやさしく、艶っぽく語りかける。

 私はこれほど充分に二胡や琵琶、横笛を聞いたのは初めてだ。しかも、これほど激しく、深く、熱気をもって演奏するとは思ってもみなかった。どちらかといえば、静かにやさしく奏でるものと思っていた。しかし、このひとたちの手にかかったらそれで留まるわけもない。情熱的で、官能的で、地を伝わってメラメラと浸透してくる音。すばらしい。

 東儀さんの存在感は圧巻。音楽に対しての厳しさ、完璧以外は存在しないと思わせる演奏。僅か18pの小さな笛「篳篥(ひちりき)」から湧きあがる音の迫力。細かすぎず、粗過ぎない。僅かな不安定さと抑揚を持ちながら主旋律をリードしていく。

 良い音楽とは個の技術と心と、お互いを尊敬し合えるチームと、楽しんで演奏できるムードと、その全てを共有でき共感できる素晴らしい仲間が団結したときに完成するのだとおもう。

 気障な仕種も、てらいのないトークも、熱狂的な拍手、アンコール、スタンディングオーベーションも、難なくやってのけ、会場の熱度は上がるばかり。とびきり一流の貫禄。はあ〜、こういうことなのねっ、とため息。

 東儀さんを表現するのは難しい。洗練されたとか、都会的とか、ファッショナブルなどというどれもがしっくりこない。この感じ何なのだろうか。かっこよさが滲み出ている。無理していない。高貴な精神を持ち合わせたひと。誰も憧れ以上に近づけないようなクールな感じと、裏腹の気さくな一面。

 邦楽の貴公子と言われているが、東儀さんにはこの言葉は合わないと思う。そんな青臭さはない。もっと、もっと完成されたひと。

 昨日は舞台のことばかり書いてしまいましたが、今日はちょっとその周りの光景を書きます。

 私の席は前から11番目の右の通路から4番目でした。席に着いていると後からひとりの女性がチケットを見せながら「私の席はここでいいのですか」ときいてきました。私より少し年上でしょうか。話し方から中国の方のようでした。

 ステージの途中でときどき何人か立って手を叩いたり、身体をゆすったりする場面があったのですが、その時、びっくりしたようにきょろきょろとそのひとたちのことを見始めたのです。

 そして、最後のスタンディングオーベションの時には、「立ってもいいんですか。一緒に立ちましょうよ」とわたしに話し掛けてきました。ふたりで立つと、「わあー、見えたわね。てを振ってくれたわねえ」と楽しそうに言うのです。そして最後に「よかったねえ、よく見えて。いい席で、顔が見えてねえ」と本当に満足の笑み。東儀さんファンだそうです。

 もうひとつ。三人のおばあちゃん(と言わせていただきます)が手を取り合って通路を前の方まで歩いてきて、それより先へ行こうか行くまいかと迷っている風。おばあちゃんの手にはスーパーのビニールに入った包みが。プレゼント持ってきたのかな?なんかほのぼのしちゃういい光景でした。