人ひとりの人生を決定するファクターは、本当に気が狂うほど多彩である。 遺伝子の構造、生育した環境、人との出会い、宗教や民族、 教育、時代の巡り、そしてなによりも本人の意思。 僕はずっと自分の人生は自分で決めるものだ、と思ってきた。 それは本質的には今でも変わらない。 何人たりとも自分を幸せにすることはできない、自分を幸せにできるのは自分だけだ、と信じている。 それはこのKamiyaOnLineをツッと見て貰っても分かることだと思うし、 これを読んでいるほとんどの人もそう信じているだろうと思う。 ただ、人ひとりの人生を決定するファクターに、ひとつ追加しておいて貰いたいものがある。 これが変われば、人生がちょっとだけ変わるというものである。 それは名前、つまり姓名判断のことである。 確かに、ちょっと考えてみただけでも分かるだろう。 もし、僕の名前が「モトツネ」などという、へんてこな名前でなくて、 「ジュンイチ」とか「ケンタ」とかの洒落た名前だったら、 こげな性格に育つことはなかっただろう。 毎日毎日、「モトツネ」と呼ばれ続けることと、「ケンタ」と呼ばれ続けることでは、 その語感によって、人格形成に差異が生じることも、容易に想像がつく。 しかし、姓名判断というのは、文字画数だけで判断するのだからどーも胡散臭い、簡単すぎる。 そんなものの判断基準で何かが判断できるはずがない、そう思うのが真っ当なバランス感覚であると思う。 だが、もっと賢明なのは一度試してみることだ。 時には自分の殻を破ることだ、ブレイク、マイセルフ! Googleで”姓名判断”を検索してみよう、 無料のサービスがたくさんある。 さて、ちゃかちゃかと色んな名前を調べてみると、姓名判断にも流派というものがあって、 それによって運勢が違っていることが分かるだろう。 ある流派では絶好調で、ある流派では不幸中の不幸であることもある。 診断料も、無料のものから有料のものまで、様々である。 そこで、お奨めするのが、「究極の姓名判断〜桃源紀行〜」の姓名判断である。月額500円と書いてある。 僕がこのサイトの監修者を知ったのは、もう6年も前で、ネットでなくてパソコンのソフトであったが。 びっくしするほど当たる。知り合いの名前をいろいろ入力してみるが、どれもこれも宗教がかったように当たる。 ときに、知り合いにのっぴきならない運勢の持ち主がいる。何をしてもダメな人生だという。それは封印する。 ときに占いはどうにでも解釈できる言葉で書いてあるが、それを差し引いてもやはり当たっている。 姓名判断のメカニズムは、今の僕には想像もつかない。 ただ、色々と試してみると、なんらか作用している感覚はある。 子供の名前を考えるときも非常に参考にさせて頂いた。 月額500円は高い買い物かもしれないが、決して損はさせないことを進言しておく。 ソフトを買ったほうがよいかもしれない。 名前だけで、運命が劇的に変わるなんてことは絶対に期待してはいけない。 ただ、こういった要素は確実にあって、それを全く無視しないほうがよい。 三輪明宏さんも「風水と姓名判断はいい」と言っていた。今のところ風水はあまり当てにしていないが、 姓名判断は結構、僕は信じている。正確に言うと、信じる信じないではなくて、参考にするということだが。 03.11.22
|