ゆべしの章

おまけ2

※このお話は、「仙台ゴールデンポークスの章3」のつづきとなります。

「79番でお待ちの田中太郎さん、田中太郎さん、田中太郎さん、いらっしゃいましたら、四番窓口まで起こし下さい」
職安につどう人々すべての視線が、一斉に集ってきた。
三回も名前を連呼された、ということもあるが、やはり『田中太郎』という名前に吸引力があった、と見るべきであろう。
一般的な名前、と言っていたわりには、ずいぶんな注目のされようではないか………『ヒラッチ』め。
職安には大勢の無職な人々、あるいは転職希望者が集っており、備え付けの椅子はほぼ満員状態であった。
しかし、順番待ちをする趙雲の隣には、だれも座ることがない。
エリザベスが座っているからだ。
もちろん、意地と気合で無理やりこの世に留まっている状態なので、この白いホロゴーストは、仙台市民の目には映らない。
映らないのであるが、なにか奇妙な威圧感をおぼえるのであろう。座りたそうにしている中年男が、趙雲が呼ばれて立ち去ったので、すぐにほっとしたように椅子に座った。

仙台の職安は、フルキャストスタジアムのある仙台駅東口の出口より徒歩10分のところにある森ビルにある。
東口は、巨大なアーケード街を有し、いまも仙台の顔となっている西口に対し、『駅裏』といわれつづけていた。
それは戦中、西口が空襲に遭い、たいはんの街が焼けてしまったのに対し、東側は難を逃れたからである。
難が逃れたがゆえに、古い建物が残り、道は整備されないままで、平成まで来てしまった。対する西口は、戦後の復興めざましく、今日の繁栄がある。
遅まきながら、東口側にも開発の波が大挙して押し寄せており、いままでふるい木造建築が並んでいた区域に、高層マンションが続々と建ち始め、マンション目当ての商店ができつつある。
仙台に来たのなら、西口と東口を比べてみるのもおもしろいかもしれない。仙台の街の、変貌する空気を感じ取ることが出来るだろうから。

『仙台ゴールデンポークス』の、黄金のブタ人形をパソコンの横に飾った職員は、見たところ、五十すこし前の、白髪まじりの中年男であった。
ぶ厚い眼鏡をかけており、喋り方も早口であるが、職業柄か、丁寧な物腰なので、嫌味ではない。
しかし趙雲は、なぜだか男に、既視感をおぼえた。
顔…ではなく、その醸し出す、妙に馴れ馴れしい空気におぼえがあったのだ。
「田中…太郎さん、はあ、またこりゃ、ずいぶんと、分かりやすいお名前ですな」
と、胸に『小鳥遊宇宙』と書かれたネームプレートをつけた職員は、感心したように、趙雲が提出した求職者カードを見て言った。
ちなみに…

就職希望者名 田中太郎
第一希望職種 単純作業
第二希望職種 運搬業
第三希望職種 清掃業

「いいお名前ですねぇ。シンプルが一番でしょ。初対面の方でも、親しみを持ってくれそうだしね。
ワタシなんか、いっつも『なんて読むんですか?』って聞かれるんですよ。最近の子は、特に漢字が読めないしねー。
あなただと見た目もいいわけだし…ほお、大学卒業のところにマルがついていますが、それなら、単純作業じゃもったいないでしょう。営業はどうです。営業なら、すぐに紹介できますよ」
「営業は、長時間業務に拘束されるからな」
「法人相手のルート営業なら、どうですか。ちなみに、大学はどちらを卒業されたんですか? 東北の大学だと、これまたウケがいいんですけどねぇ。あ、ちなみにワタシは東北大ですが」
趙雲は、『田中太郎』であるがゆえに、妙に親身になっている職員の親切ぶりにうろたえた。
最終学歴の欄に大学と入れたのも、いまは大学を卒業している人間のほうが、一般的だろうと判断してのことだった。見方を誤ったようである。
「オックスフォードにするがよい」
と、エリザベスが隣で言う。
思わず趙雲は、エリザベスに尋ねかえした。
「オックスフォード?」
「へえ、オックスフォード!」
小鳥遊が目を見開き、大きな声をあげたので、ほかの求職者も視線を向けてくる。それぞれの視線は、みなこう語っているようであった。

『あの田中太郎はオックスフォード大卒なのか。それにしては、なぜここで求職活動を?』

一般人の目には、オックスフォード大学卒業のエリートは、魔法の杖(この場合輝かしい履歴書)片手に、大企業をほいほい移動できるように見えているのだ。
目立たないことに主眼を置かねばならぬ立場だというのに、一番目立ってどうする。
思わずとなりのホロゴーストを睨みつけたが、透けた体の向こうにいる、隣の席で別の就職相談をしている女性とばっちり目があって、いきなり泣きそうな顔をされてしまった。最悪である。
「専攻はなんだったんですか?」
女性に泣きそうな顔をされて、うろたえた趙雲は、『専攻』を『戦功』と聞きまちがえた。
「やはり長阪における若君の救出と、それから漢中の…」
「丁半? へぇ、博打の研究。それじゃあ、アミューズメント関係のほうがいいかもしれませんね。パチンコ屋とか。いま、あの業界は景気がいいですよ」
「そのような遊興施設は困る。もっと堅実なところで、なにかないのか」
「丁半の研究していた人に、堅実って言われてもねぇ」
「研究をしていたわけではない。あれは経験と勘と度胸で乗り切ったことだ」
「ほら、やっぱり、性格的にも合ってるんじゃないですか。お客さんの気持ちになって働けますよ。ワタシもたまーにストレス解消で寄りますよ、海物語とか」
「漁業は困る」
「わらわも塩辛いのは嫌いじゃ」
「いや、あんたは黙っていてくれ」
と、エリザベスを叱ったはずが、またも隣の女性と目が合って、本格的に怯えられてしまった。
小鳥遊が、さすがに顔をしかめて趙雲に言う。
「困りますよ、田中さん。ほかの求職者の方につっかかってもらっちゃ。就職が思うようにならないのはみんな同じなんですから、腰をすえて、しっかりやっていきましょう。相談に乗りますから」
「今日にでも就労できる仕事を頼む。この際、職種は問わぬ」
「うーん、日本語がカタイのは、アレですか、留学が長かったから? あっちで、日本の家族の送ってくれた時代劇のビデオばっかり見て、外国人のウケを狙ってた、ってタイプじゃないですか? 実はそれは、ワタシなんですが」
カカカ、と、なにがおもしろいのやら、小鳥遊は肩を揺らせて笑った。

「今日にでも就労できる、ねぇ。あるにはあるけれど、ほら、コレなんかいかがです、商品の品詰め作業。時給八百円」
「時給が低いな」
「中身がクリスマスのお菓子ですから、これはどちらかというと女性向けの臨時パートですね。ここはいいですよー、就労した方からの情報なんですが、三時にお茶とおやつが出るそうです。女性ばっかりですしね」
「それは困る」
「ええー、代わって欲しいくらいだけどなぁ。この時期、女子大生のパートもいるらしいんですよ。仙台の子は、いいですよー。あー、でもそれじゃ、彼女に怒られちゃうか」
彼女、と聞いて咄嗟に思い浮かぶのは(もちろん恋人という意味での『彼女』ではなく)アコの形状をとる孔明であるが、となりのエリザベスはなにを勘違いしたのか、
「まったくじゃ。下品な公僕めが」
と怒っている。あんたが怒るところじゃないだろう、と趙雲はつっこみたかったものの、半透明のエリザベスの向こう側にいる隣の女性が、完全に不審の目を趙雲に向けてくるために、なにも言えなかった。
「逆の方向で捜してくれぬか」
「逆―? 逆、というとこれかなぁ。北仙台のスポーツジムで臨時募集している、冬休みの水泳のインストラクター。
中高年男性のダイエットコースの一部だそうで、ある意味、男だらけの水泳大会っていうところですかね」
「…あんた、ひと言多いな、タカナシヒロシ」
すると小鳥遊宇宙…たかなしひろしは、大げさなほどに目を剥いて、驚いて見せた。
「ええ? よく読めましたねぇ。もしかして、漢字検定一級ですか? ちなみに、うちの子は五級なんですよ。「紅白」っていうんですが」
「運動会のような名前なのじゃ。きっと苛められておるぞえ」
エリザベスが職安のヒロシの娘に同情していると、ヒロシは、またもカカカ、と笑った。
「これは分からないでしょー? 紅と白とで入り混じると、桃色になるでしょ? だから「紅白」と書いて、「モモ」っていうんですよ。
学校じゃ、『運動会』ってあだ名をつけられているみたいですけどねぇ、ウケるでしょう?」

能天気な父親だが、これでは、娘もたまったものではなかろうと、趙雲はタカナシ家の子供に同情をした。
そうして、ふと、あることに気づいた。
こいつのこの馴れ馴れしさ、だれかに似ているなと思ったら、ほかでもない。
「あんたの家系図のてっぺんあたりに、『陳叔至』という名前はないか?」
「いつごろまでのてっぺんですか」
「千八百年前」
「いやあ、邪馬台国がどこにあるのかもわからないのに、ご先祖の名前なんて、なおさらわかりませんよ。分かったら、かえっておかしいって。
あなたも面白いなー。それ、オックスフォード流? ちなみにワタシはオレ流」
「おまえの流派はどうでもいい。仕事を紹介してくれないか」
「ああ、そうでした。なんか話が弾んじゃって、いけませんね、ええと、ハイハイ、ワタシの名前をよく読めましたで賞として、ずばりコレ。
『印刷物の配送。年末に向けて、チラシなどの印刷物をお客様にお届けする、簡単なお仕事です。律儀な方、お待ちしております』。
いいじゃないですか、あなた、このカードの自分の性格の長所の欄に『忍耐強い、律儀』ってありますからぴったり。短所は『笑うのが下手』。あなた、こんなところで女心を掴もうとしなくていいって」
「そういうわけでは…」
短所については、エリザベスが勝手に書き入れたものである。

ちなみにアトラ・ハシース、アストラルともに、言語の不自由さからは解放されている。
趙雲とヒラッチ、そして趙雲とエリザベスの会話は、念波によって交わされたものだ。一般人との会話は、最初、アコと趙雲がそうであったように、趙雲は、霊力によって、アコに言葉を伝えていた。
言葉は、人々にもっとも身近な『霊力』のひとつだ。言葉のそれぞれが力を秘めているので、さらに霊力をつかって補強し、アコのわかることばに変換させていたのである。
アトラ・ハシースとアストラル同士の場合は、彼らのあいだにのみ通じる『原初言語』を用い、意志の疎通をしているが、他の言語も、霊力のおかげで、習得する必要もなく、意志の疎通をはかることができる。
エリザベスが求職者カードに勝手な項目を書き入れる、という悪さをすることができたのも、彼女の霊力の高さゆえだ。
受肉した趙雲こと田中太郎と、小鳥遊のような一般人の会話は、ごくごく普通に日本語で行われている。
ちなみにアストラルが受肉すると、霊力による言語の変換は不可能になるが、人間と一緒で、通常に習得した能力は消滅しないため、問題はない。つまりは、趙雲はちゃんと日本語を喋っている。
なかなかに勉強家なので、過去に呼び出されたことのある国の言語、そして今後必要になるであろう国の言語は、自主的に習得しているのだ。
人間がアストラルに昇格するように、アストラルがアトラ・ハシースに昇格することも稀にある。それは、努力を怠らず、さらなる魂の向上に励んだ結果でもある。

閑話休題…

「どこにあるのだ、その職場は?」
「若林区の六丁の目の工業団地に本社があるんで、そこから指定ルートを回って、配達をする、と。日給一万円。まあ、この企業の規模じゃ、高いほうじゃないですか」
「うむ、それにする」
「ところで、もちろんありますよね、免許」
しかしここで趙雲は言葉に詰まる。
運転技術は習得しているが、免許証がない。
またまたヒラッチの世話にならなくてはいけない、ということだ。
明日また来る、といおうとして、見ると、小鳥遊は、すでに会社に電話をしているところであった。

「ええ、オックスフォード大学出身の、超エリートです。留学していたので日本語がちょっとカタイんですが、ちょっと昔のケイン・コスギほどじゃありません。
え? 見た感じ? うーん、三船敏郎と若―い頃の丹波哲郎を足してそこにむりやりタッキーを振りかけた、みたいな感じで。
さっぱりわからないですか、そうですか。ワタシにもよくわからないんですが、ともかく見た目は見てからのお楽しみということで、どうです、雇いたくなってきたでしょう?」

小鳥遊宇宙。またの名を『仙台の就職ソムリエ』。彼からの電話を断れる事業主はいない、という…



趙雲の就職先が決まりました。

さてはて、趙雲の仕事ぶりは? たいがい想像がつくかと思いますが…
このお話はゆべしの章、あるいはほやの章につづきます。

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