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おまけ
※このお話は、「ずんだの章4」のつづきとなります。
さて、本題に入る前に、彼らがどうやって五橋のマンションへ帰宅したか、であるが、これは下手にこそこそするものおかしかろう、という孔明の提案により、趙雲と孔明は、宮町から五橋につづく約四十分の道のりを、実に堂々と歩いて帰った。
妙に毅然とした態度をとる女子高生と、コスプレと呼ぶには見事な装飾のほどこされた鎧をまとった謎の男が、平然と仙台の夜の街を歩く姿はかなり目立ったが、さほどの騒ぎにはならなかった。
人間は、奇妙なものをみかけても、それがそこにあってしかるべき、と納得してしまえば、さほど気にかけないようにできているのだ。
もちろん、趙雲の姿をおもしろがって、携帯カメラに収めようとしていた者が数名いたが、これは孔明が、霊力でもって磁場を狂わせ、携帯の電源を落とさせることで、難なく解決した。
「やれやれ」
と、最上家の玄関をくぐったとき、最上アキラ子の姿をとる孔明は、大きく息を吐いた。
趙雲は、アコのお供ではじめてマンションに入ったとき、彼女が一人暮らしと知って、すぐさまベランダに移動したものだが、中身が孔明だと知れば、もはや遠慮などあるはずがない。
さすがに土足で上がるわけにはいかないので、玄関先ではあるが、趙雲は、鎧を外しはじめた。
アストラルとして存在して、千七百年以上。
ひさしぶりに外界にて纏う肉の、なんとわずらわしく重いことか。
そして、自由にならぬ五感。
アストラルであったときは、五感すら自在に操ることができた。
孤独を楽しみたいときは、完全に聴覚を閉ざすこともできたし、視覚を閉じることも可能であった。いまは、ひたすら受身となって、世界のすべてを、ただ受け止めるしかない。
孔明のほうは、受肉しているとはいえアトラ・ハシースであるから、五感はあるものの、それは自在に操ることは可能だ。なにせ、おのれの五感を、アストラルに共有させることすら可能なのだから。
アトラ・ハシースにはそれぞれ、個性があり、当然、個性に準じた特殊な霊力を持っている。
孔明の場合、それは遠見の力であり、風雷を操ることができるというものだ。
アトラ・ハシースにも、やはりピンキリがあるのだが、孔明は、自然界の一部を自在に操れることから、階級としては、上級に属する。
北斗の使者『当山孔真君』として神格化されているために、ほかのアトラ・ハシースよりも、より強力な霊力を得ているのだ。
とはいえ、それも霊力があれば、の話で、アコをこの世にとどめるために霊力のほとんどが消費されている状況では、普段の半分も実力が発揮できない、というわけだ。
趙雲がもっとも恐れているのは、霊力が発揮できない云々の話ではなく、あのヴァンパイアが嘯いたように、アコの肉体に縛られている孔明が、このままこの世で滅亡する可能性がある、ということだ。
受肉しているがゆえに、物理的な攻撃に弱くなるアトラ・ハシースを補佐するのがアストラルの役目であったのだが、その自分も受肉してしまったのだから、泣きっ面に蜂もいいところである。
最上家は玄関を入るとすぐ左手にトイレ、右手に洗面所と風呂、奥にキッチンとリビング、その隣に廊下を挟んで向かい合うようにして、6畳の和室と、ベランダに面した4.5畳の洋室がある。
洋室のほうがアコの部屋となっており、6畳の和室には、アコの両親のための仏壇があり、押入れには遺品が詰まっている。
アコの両親が死んだとき、アコは、それをいまだ受け容れられず、両親の遺したものを、そのままにしていたのだ。
孔明は、押入れを、がさごそと漁っている。
孔明だとはわかっているが、目に映るのは、華奢な女子高生のうしろ姿だ。
もしアストラルであったなら、視覚を調整し、アコの姿ではなく、孔明の姿として完全に見ることができるのだが…
「あったぞ、ちょうどよいのではないかな」
と、孔明は押入れから、プラスティックの収納ボックスを取り出した。
そこにはシールで『父』と書かれている。
「アコの父親の服だよ。当面はこれで過ごせるだろう。
おや、うまい具合に新品の下着まである。靴下の類いは買うとして、どうだ、サイズが合うかどうか確かめて見るがいい」
「このままだとまずいか」
「まずいに決まっているだろう。少林寺から脱走した坊主と間違えられるぞ。わたしは夕飯の支度をしているので、着替えていろ」
趙雲は、我が耳を疑った。
「夕飯の支度? おまえが?」
「そうだよ。何をおどろく?」
中身が変わったから、というわけではあるまい。
アコは、もしかしたら諸葛氏の血を引く娘だったのではないか、というくらい、面差しが孔明とよく似ていた。
いまさらその事実に気づき、趙雲はうろたえる。
目の前に、まちがいなく少女の姿になった友がいる。
違和感があればよいものを、違和感がないだけに、どう扱えばよいのかわからない。
「朝のうちに、すこし用意していたのだ。味はよいはずだぞ。この娘、なかなか熱心に母親の手伝いをしていたようだから」
そうだ、アコの記憶を、孔明は共有しているのだった、と趙雲は納得した。
孔明は、ぱたぱたとスリッパの音をさせて、台所へ消えていく。
アコの父親の服を吟味し、なるべく大き目ものを選びつつ、趙雲は、果たして孔明は、前回のループにおける記憶を、どこまでとどめているのだろうか、と思った。
アトラ・ハシースを仙台に四散させてしまった聖剣アスカロンは、アトラ・ハシースの護りとして呼び出されたアストラルまでには、その力を振るうことはできなかったらしい。
趙雲が前回のループで呼び出された時点で、レティクルたちの攻撃は熾烈をきわめており、アトラ・ハシースは単独で行動することを余儀なくされていた。
だから、趙雲は、ヴァルキューレによって呼び出されたアトラ・ハシースの正確な情報や、彼らがそれぞれ呼び出したであろう、アストラルの名前を知らない。
ややこしいことに、ヴァルキューレは、前回において、アトラ・ハシースを一度に召還しなかった。
最初に呼び出されたアトラ・ハシースは、聖ジャンヌ・ダルク、聖ゲオルギウス、そして消滅してしまったというイギリス女と、ドイツの騎士…ヴァルキューレはこの二人の名前を教えてくれなかった。
消滅したイギリス女の補填として、二度目のアトラ・ハシースの召還が行われた。
そして呼び出されたのが陳寿、羅貫中、諸葛孔明だ。
諸葛孔明はジャンヌの守りとして配置され、他の二人はヴァルキューレによってどこかへ連れて行かれたようだ、とは、孔明の談である。
それでもまだ足りないと、ヴァルキューレは、三度目の召還をした。
それがムスタファ・ケマル・アタチュルクであるが、この、アトラ・ハシースとしては、もっとも年若い男が、役に立つのかさえ、趙雲はわからない。
結局、前回のループでは、顔を合わさずじまいであった。
ヴァルキューレは慎重に動きすぎたのだ。
それぞれのアトラ・ハシースを護るため、彼らが互いにどこにいるのか、わからないように配置をした。
そのために、ヴァルキューレが呪いを受けて世界から消えてしまうと、アトラ・ハシースたちは、行動指針を失い、大混乱に陥ってしまった。
孔明は、わりとよくやったほうだとは思うが、卑劣な罠のために…いまいましいことに、罠の餌として使われたのは、ほかならぬ自分なのだが…世界の消滅を考えるようになり、世界の始まりである12月4日に戻ってしまった。
それからあとのことはわからない。
気がつくと、ジャンヌはいなくなっており、時間だけが遡った、ということだけがわかった。
この世界は、きっと守らねばならない、と言っていた。
あの誰より気丈で、健気な娘はどうしただろう。
見事なまでに明るい金色の髪を持ち、晴れやかな空の色を溶かしたような瞳を持つ、白百合のような少女であった。
彼女の精神の気高さ、純粋さは、いままで触れた魂のなかでも、もっとも高貴で清らかなものであり、趙雲は、だれに命じられなくても、彼女のためならば、どんな死地にも赴いたであろう。
事実、趙雲は瀕死の重傷を負っていたが、ジャンヌと共に時間を遡って孔明を止めることができていたら、事態はもうすこし変わっていたかもしれない。
しかしあの心優しい娘は、趙雲が消滅することを恐れて、黙って一人で行ってしまったのだ。
必死で時間を追ったものの、すべては終わっており、ループは始まっていた。
ふと気づくと、先ほどまで、皿の音や水音の耐えなかった台所が、妙に静かである。
アコの父親の服を適当に引っ張り出して、身にまとうと、趙雲は台所へ向かった。
すると、孔明は冷蔵庫の扉を開けはなったまま、ちいさな薔薇の模様の入ったタッパー付きの小鉢を、むずかしい顔をして、じいっ、とながめているのであった。
「おい、もしかして知らないかもしれないが、冷蔵庫は、扉を開けっぱなしにしていると、電気の消費量がすごいことになるのだぞ」
「知っているとも」
おそらく知らなかったのだろう。
孔明は気まずそうに、あわててバタリと扉を閉めると、あらわれた趙雲をはじめてまともに見て、言った。
「気が抜けるくらいに似合うな。これならば、まさかあなたがアストラルだとは誰も思うまいよ」
「それはよかった。ところで、何をしている?」
「うむ、実は、夕飯はハヤシライスなのだが」
孔明の言うとおり、食卓にはハヤシライスとポテトサラダが並んでいる。
おそらく、朝のうちにアコが用意していたものだろう。
思えば、アコは目覚めると、すぐに家事をてきぱきと始めていた。
しかし、その身体のみを所有する孔明は、真剣そのものの顔をして、趙雲に尋ねる。
「子龍、ハヤシライスに、福神漬けは必要だろうか?」
そうだった。
すっかり忘れていたが、この友は、とんでもない仕事バカなのだ。
家庭的なことの一切は、すべて人にやってもらって生涯を過ごした者なのだ。
アコの記憶は共有していても、実際に作業にかかるのは孔明なのだから、もはや家事のいっさいは、こいつに期待してはいけない、ということだ。
いや、期待するどころか、主導権を握らせること自体が、むしろ危険だ。
そうなると、家事はだれがやるのか。
………二者択一ではないか。
「俺か」
「ん? なんだ?」
「いや…福神漬けとハヤシライスを合わせてよいものかどうか、俺にもわからぬが、なにも一緒にしなくても、福神漬けは福神漬けとして、単品で食すればよいのではないかな」
「おお、そうか、やはりあなたは頼りになる。
ところでついでに聞きたいのだが、どうもレンジが壊れたようなのだよ。まるで作動しないのだ」
「…コンセントが外れている」
アコは省エネのために、出かける前に、切れる電源はすべて切っていた。シッカリ者であったのだ。
孔明は、おおそうか、と感心しつつ、コンセントをはめた。
そうして、レンジを作動させようとするのであるが、ボタンを押しあぐねて首をひねる。
「ボタンがたくさんありすぎて、どれを押してよいのかわからぬ…あ、そうか、こういうときのための取り扱い説明書であるな。
うむ、『このたびは当社の商品をお買い上げいただき誠にありがとうございます。このレンジは中身が見えることが特色で…』」
「莫迦丁寧に「はじめに」から読むやつがあるか。冷める」
趙雲は、腕を伸ばして、真剣に取扱説明書に取りくむ孔明の頭上を越して、『あたためボタン』を押して、難なくレンジを作動させた。
レンジが動き出すと同時に、気まずい沈黙が台所を流れる。
「…俺はおまえの視界を共有して、家電製品の使い方を覚えたのだが、どうしておまえはおぼえていないのだ?」
「あー、覚えてはいるのだよ。でも、実際に使ったことがない。いつもだれかにやってもらっていたからな」
「やはりそうか。ところで、いまレンジにかけているものは、俺の目に狂いがなければ、バナナのように見えるのだが」
「そうだ。なにをおかしな顔をしているのだ? バナナは蒸して食べるものではないのか。
たしか、昔に召還されたとき、バナナを主食にしている者たちがいて、彼らは葉でバナナを蒸していた」
いったい、何処の地方に派遣されたのだ、こいつは。
ちん、と音がして、あらわれたバナナは、すっかりデロデロにふやけていた。
アイスクリームに混ぜれば、なんとかなるかもしれない。
強烈に甘い匂いが、台所に充満した。
疲れて帰ってきて、混乱しきった中での、このバナナはあんまりだ。
趙雲は、こんな筈じゃないのに、なぜだろう、と真剣に首をひねる孔明の、いつになく華奢な肩を掴み、言った。
「孔明」
「はい」
「何も言わずに食卓について、大人しく待っていてくれ。なにか、押したくなるようなボタンが目についても、もう押すんじゃないぞ」
「レバーは?」
「レバーもつまみもスイッチも全部だ。それから、食事をしながら今後について話し合おう」
孔明は素直に肯いた。
「そうだな。他のアトラ・ハシースたちの動向も気になるところであるし」
「いいや、その前に、俺に生活の保障をしてくれ。家事の分担をしよう。すべてはそれからだ」
なんとなく、全部自分でやるようになるのだろうな、と予感しつつ、湯だったバナナの匂いが強烈にただよう台所にて、趙雲はもくもくと、ハヤシライスの盛り付けをはじめた。
おまけのおまけ
家事分担は、こんなふうに決まりました。
孔明→こたつの電気を消す。
趙雲→そのほか。
「わたしのこれは……家事か?」
「立派な家事だ。ほかはなにもするな。絶対だ」
と、言いつつ、趙雲は、流しにて、孔明が懸命に『除菌もできるジョイ』で洗った米のあとしまつをしていた。
彼にとっての長い12月のはじまりであった…
本編と繋がりがあるような、ないような…というわけで、番外編としました。
例によって例のごとく、みなさまの、青空のようにひろーい御心におすがり申し上げますです…
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