ゆべしの章

※このお話は、「ずんだの章真・プロローグ」「ほやの章1」のつづきとなります。

その日、アコは何度目かのあくびをして、新着メールをひらいてみた。
差出人は『千台ヨーコ』となっており、それこそ今日、10度目のメールであった。

『アコへ
ゎたしがぁ、返事しろっていったらすぐするのっ<`ヘ´>!
バイト前に、ゎたしの荷物家にもってって。よろしくメカドック!』

本来ならば、よろしくされないところであるが、逆らってもいいことはないことは学習していた。
無理に抵抗して、いやな目に合うこともないだろう。
学校の帰り道に千台家はあったので、いささか大回りにはなるものの、バス亭をひとつ前で降りて、ヨーコの鞄を錦町の豪邸に置いてくればよいのである。

ちいさなため息をついて踵をかえすと、アコはふたたび校門をくぐった。
一見するとロココ調の荘厳な青銅の門であるが、装飾は、よく観ると、蓮の花だったり、天女だったりする大門をくぐり、人の流れにさからうようにして、中央玄関にもどる。
すでに学校には生徒がほとんど残っていない。下校時刻の四時が近いからだ。
女子高である『私立千台栄華学院』は、最近できたばかりの学校なのだが、ここ数年で、仙台一女、二女に肩をならべるほどの進学校に急成長していた。
それというのも、高額の奨学金と特別待遇を目玉にして、成績の優秀な東北の子供たちをあつめているからだ。
少子化のために、私立の高校は生徒集めがきびしい。
そのため、千台学院は、家庭の事情で進学をあきらめた少女たちをあつめて、自らの広告塔にしている。
その奨学生のひとりがアコであった。

アコは学院の二年四組の生徒である。
最上アキラ子というのが本名だ。
名前が呼びにくいので、周囲の人間は、アコ、アコ、と呼ぶ。
黒いベレー帽に膝丈の黒のプリーツスカート、純白のブラウスの上には、学校指定の黒いニット、足元は黒のニーソックス、という全身黒づくめの制服に、肩まですとんと落ちる癖のないおかっぱ頭の、いかにも大人しそうな少女である。
利発そうな大きな瞳が特徴で、友だちがいないので笑顔を周囲に見せることもあまりなかったが、笑うと、はっとするほど美しい表情になる少女であった。

ほとんど無人の廊下をあるき、ぴかぴかに磨き上げられた教室に入る。
きれいなのはあたりまえで、アコはだれもいないながらも、得意になって、にっこりと笑って見せた。
友達のいない、部活のしていないアコがこんなに遅くまで学校にいるのは、教室の掃除当番を、ひとりでこなしているからだ。掃除当番がおわったあとは、そのまま図書館へいって、勉強をする。
五時からバイトがはじまるので、家に帰るのはいつも夜更け。
一人暮らしのアコは、家の電気代を節約するためにも、勉強は学校で終わらせることにしていた。
ヨーコはそれを知っているのだが、アコの事情にまったく頓着しないので、いつも無茶なわがままをおしつけてくる。
『私立千台栄華学園』は、ヨーコの母親が理事長をつとめる学校であり、必然的に、ヨーコはそこの女王である。
千台家は、子供をこれでもかというくらいに甘やかす教育方針で、ヨーコは遣りたい放題なのだった。

窓際から二番目の後ろの席、というヨーコの定位置に、ヨーコ自慢の、マシュマロピンクのルイ・ヴィトンのバックがぽつんとあった。
持ち主はどこへ行ったかというと、授業が終わったと同時に、さっさと学校を飛び出して、街中へあそびにいってしまったのだ。
ルイ・ヴィトンを回収し、ふたたび学校を出たころには、すでに陽は西にかたむき、茜色が仙台の街を包んでいた。
ああそうだ、ついでにパウロ書房へ寄って行って、シスターたちが作ったアクセサリーを覗いていこう。新作が入っているかもしれない。

私立千台栄華学院は仏教系なので、鞄の中には写経セット一式や、『お釈迦様のおはなし』というリーフレットが入っている。
ただし好きで入った学校ではなく、奨学金をもらえる学校がそこにしかなかったので、通っているだけであった。
仏教をキライと論じることができるほど、アコはなにも勉強していないが、渋すぎる、ということはまちがいない。
アコは空想好きの少女であったから、仏像を見て物語を想像するよりも、キリスト教に付随するグッズ、たとえばロザリオとか聖書などを手にした登場人物をつくって、それにまつわる物語を想像するほうがたのしかった。
聖書は、新約聖書くらいしか読んだことがなく、キリストの十二人の弟子だって、だれがだれやらチンプンカンプン。
そんな彼女の脳内にあるキリスト教的世界は、ルネサンスの巨人たちが残した絵画の世界である。
アコの想像の登場人物も、色とりどりの優美なドレスを身にまとった、神秘の世界の住人だ。時代考証は、この際、置いておく。
厳密にいってしまえば、彼女の空想する人物たちの名前はカタカナだけれども、国籍がばらばらであった。
ルネサンスの絵画の世界にあそぶ、といっても、アコの中ではギリシャ神話と聖書の世界の区別がとれていなかったので、すべてがごった煮であったが、ファンタジーは、厳密さを突き詰めれば突き詰めるほど、窮屈になる。
鋭敏な性質のアコは、それをよくわかっていたので、だれかに検閲されるわけでもなければ、字にして発表するものでもなし。
あえて気にせず、頭のなかであれこれと想像する。

山岳にかこまれた美しい楽園のような国があり、そこに住まう人々の物語。

大洋を望める町にすむ魔法使いと、不老不死をもとめる王様の話。

古代の忘れられた神さまのかなしい物語、などなど。

なぜ仏教がアコの想像のモチーフにならないか、というと、登場人物の所持品が数珠や線香では辛気臭いし、物語に天使が登場すれば華やかであるが、手や顔がいっぱいある仏様が救済にやってくる図、というのは、なんともそれだけですごすぎて、登場人物がかすんでしまう(天使だってすごいビジュアルのものがいっぱいいるが、アコはそのあたり、よく知らないのである)。

アコは辛く味気ない現実を忘れるために、いつでも頭の中にスイッチを用意していて、一瞬で空想の世界へと入ることができる特技を持っていた。
いまだってそうだ。
まるでシンデレラか小公女のような毎日で、まだ高校生だというのに、お金を気にして暮らさなければならない。
神経質な毎日が表情にも出ているのか、友だちがまったくできないし、そんなふうだから寄ってくるのは、ヨーコのようなわがまま少女ばかりだ。
アコは都合のいい下働き、というわけである。

バスに乗って、錦町の千台家(その外観はファミリーレストランをそのまま自宅に改築したような、大きくて派手なものである)へと、バックを置いてくると、そのまま歩いて、バイト先へと向かう。
千台家のある錦町は、仙台のなかでも、一、二をあらそう高級住宅街で、あきれるほどに豪奢な屋敷がならんでおり、散策するだけでも、目をたのしませることができる町だ。
同時に、仙台空襲をかいくぐって残った古い小さな民家も残っていたり、あるいは、仙台駅を拠点に栄える商店街に押されて廃れてはいるが、どこか懐かしい風情の商店街も、ぽつりとあって、下町散策気分も味わえる。
あきらかに清算を度外視した、趣味の陶芸の店があるかと思えば、昔ながらの小さな自転車屋などもあり、いわゆる超高級住宅地よりは、庶民的である。

アコの勤めているのは仙台駅の駅ビルエスパルの地下にひろがるみやげ物売り場だが、錦町からだと、歩いて十分ほどの距離である。
こういうところに住めたら、どこへ行くのも楽だなぁ、などと、マイホーム購入を考えるサラリーマンのように嘆息しつつ、豪奢なカーテンに閉ざされた屋敷の内側をあれこれ想像し、アコは十分の道のりを、空想の世界にひたって過ごした。

仙台駅の地下には、観光都市だけあり、大きなみやげもの売り場が広がっている。
新幹線乗り場からは離れるのだが、仙台を中心としたみやげ物の大半はここで手に入るといってよい。
アコのバイト先は、JR仙石線のりばの入り口にほどちか、和菓子コーナーの一角にスペースを有するゆべし専門店で、観光客相手に、ゆべしの試食をすすめたり、売り子として商品を包んだり、会計をしたりするのが仕事だ。

ちなみに、ゆべしとは、『柚餅子』と書く。
柚子の実の中身を取り出して、なかに小麦粉とゴマ、胡桃、味噌などを入れて長時間蒸したものが本来のもので、古来は武士の携帯食であったという。
現在はさまざまにバリエーションが分かれ、アコの売っているものは、仙台糒を原料に、醤油と味噌と黒砂糖などをまぜて、柚子で味付けしたものである。
ぷにぷにした食感と、さすが携帯食だけあり、腹持ちが良いことと保存がきくことで、観光客にも受けが良い。
和菓子が苦手な人でも、醤油や味噌がだめ、というわけではないかぎり、喜んで食べてもらえるお菓子なのだ。

アコはエスパルの閉店九時まではたらき、それから店の片づけを手伝って、九時半ごろに仙台駅を出る。
アコの自宅は、仙台駅から南に向って広がる、高層ビル群のならぶ町、五橋(いつつばし)一丁目の、古ぼけたマンションの一室だ。
五橋は、河北新報本社や五橋会館、NTT東北本社、JR仙台病院などの巨大ビルがならぶ殺風景な町で、唯一、街道沿いにならぶ銀杏並木が緑を感じさせる。
最近では、宮里藍やダルビッシュの母校として名前を知らしめている東北高校も、この町にある。
観光の目玉はなにもなく、ふつうに暮らすには商店街も遠く、不便なこときわまりないが、家族を事故で亡くしたアコにとって、一丁目の築10余年のふるぼけたマンションは、家族が唯一残してくれた貴重な財産だ。
だから学校から遠かろうと、管理費がかかろうと、治安上いまいち、ということがあろうと、アコはそこから離れない。

ふるぼけた、非常階段の手すりの塗料が剥げているマンションの五階が、アコの家だ。
アルバイトを終えて、いつものようにてくてくと、往来のはげしい広瀬通の横の、広いばかりで人のすくない歩道をアコは歩く。
家に至る道の横には、河北新報の社員のための駐車場がある。
駐車場、といっても、すすき野原を黄色と黒の紐で囲って、番号の書かれた小さな札が等間隔で並んでいるだけの空き地なのであるが、アコがそこを通りがかったとき、おおい、と呼ぶ声が聞こえた。
顔を上げると、五階の玄関のところで、隣に住んでいるトルコ人が手を振っていた。
ムスタファ・華丸(ケマル)、という奇妙な名前の青年で、雄牛のような近寄りがたい風貌をしているけれど、人なつっこい性格だ。
自分でも認めているが、博愛主義の女好きで、かなりマメである。
アコの姿を見ると、どんな遠距離だろうと、こうやって声をかけてくるのである。
「いま帰りかい? 危ないから、いまそっちへ迎えにいってあげるよ」
親切なトルコ人はそう言った。
アコはそれに手を振って答えるのであるが、不意に、がさりと空き地で枯れ草の揺れた音がする。

なんだろう、と首を向けると、そこに、男が立っていた。
立っているだけならば、アコは気にしなかっただろう。
残業を終えた河北新報の社員が、車を取りにやってきたのだろう、とくらいしか思わなかったにちがいない。
アコが思わず足を止めたのは、そこに立っていた男が、ケマルのように白い肌と金色の髪の持ち主であったからだ。
そうして、その男のからだは、濡れていた。
単語を思い浮かべるまえに、本能がアコの身を震わせた。
電灯に浮かび上がるその液体は、血であった。
男は血まみれになっており、その片手には鎌が握られている。

死神。
そんな言葉が浮かんだ。

このつづきは「仙台ゴールデンポークスの章2」となります。

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