夏の終わり

うさぎ編

黄色の向日葵のむこうがわには、真っ青な空。
あまりに青すぎて、メランコリックになるような青だ。
あの青空に吸い込まれたら、いったいどこに落ちていくのだろう。

そんなことを考えながら、子龍が干したふかふかの布団のうえで、夏の終わりを惜しむわたし。
たっぷりと空に盛ったアイスクリームのような入道雲と、夏を惜しむかのように鳴きつづける蝉の声と、蚊取り線香(これは自分で焚いた)のにおい。
なに、うさぎは、暑さには弱いはず、とな? 
安心したまえ、わがアストラルたる趙子龍は、意外に器用なところをみせて、保冷剤を利用した、われら用のアイスノンを作ってくれたのだ。ああ、涼し暑い。
これで麦茶があれば最高だ。
しかし、干したてのふかふかの布団というものは、どうしてこうも眠気を誘うものなのだろう。
日に日に、確実にその照射を弱めている太陽を頭上に、わたしは、子龍が庭に干した、ふかふかの布団に埋もれている。
ちょうど、脚立と物干しをうまくつかって干されたそれは、わたしのための屋外ベッドがとくべつに用意されたようなものだ。
もちろん、見つかったら、怒られるだろうけれど、ちょっとだけ、気持ちよすぎるこの感覚に酔っていたいのだよ。
いいではないか、呪詛でうさぎになってしまって、かわいそうなわたしなのだから。
しかし、なにやら眠くなってきたのだよ。
ねむねむ………おやすみ。

と、視界が、なにやら陰ってきた。
おや、せっかくの夏の空であったのにと、ぼんやりと目を開くと、そこにはありえない光景があった。
仲達が、何を考えているのやら、いつの間にか屋根の縁に立ち、ギリギリのところで、かつて大流行したタイタニックのポーズのように、両手をひろげて立っているのである。
時代遅れもいいところだぞ。
というか、なんでタイタニック? 
当然ながら、ロップイヤーラビットたる仲達を背後で支えるレオナルド・ディカプリオはおらず、仲達は、なにを考えたか、そのままプールの飛び込み台から降りるようにして、両足でとーんと屋根を蹴った!

ぎゃー!

そのとき、わたしの脳裏に過ったのは、『増える中高年の自殺。主原因はうつ?』という、いつかの新聞の見出しであった。
仲達ー。死ぬなー! せめて、死ぬ前に、いのちの電話に相談だ! 気持ちが変わるかもしれないぞ!
などとあわててわたしは、身を起こす。
なんとか受け止めようと手を差し伸べるつもりが、ええい、この羽毛100%、ふかふかすぎて、思うままに動けぬ! 

ぼすり。

ふかふか布団は、なにやら、80年代J-POPの歌詞のごとく、本気で青空にダイブした仲達を、トランポリン代わりになって、うまい具合に受け止めてくれた。
どこか打ったのではと仲達をみると、団子虫のように引っくり返っている。
生きている…よな?
「仲達、仲達、しっかりせい!」
わたしがゆさゆさと揺すると、仲達は、うめき声のかわりにため息をついて、むっくりと起き上がった。
そして、青空を見上げ、それから自分を受け止めた羽毛布団を見下ろし、それからはああ、とため息をつく。
「飛べぬか」
わたしはそのまま、ごつりと仲達の頭に拳骨を落とした。
心臓が止まる思いをさせておいて、当の本人は、なにを考えているのやら、
『飛べぬか』である。
飛べるわけなかろうが! われらはいまは、霊力を失ったうさぎの身なのだからして!
しかし、仲達は、わたしに殴られても、いつもであれば、暴力反対だの、横暴だの、傲慢だの、わあわあわめきたてるくせに、妙に静かに、わたしのとなり、ふかふか布団のうえで、ぼんやりと青空を見上げる。
「シナモ○ールは飛べるのにのう…」
わたしは仲達の頭に二撃目をお見舞いした。
「たわけ! シナ○ロールはロップイヤーではないぞ!」
とたん、仲達は、長い睫毛をぱっちりとひらいて、それこそ飛び上がらんばかりにおどろいた。
「なにぃ! なんというまぎらわしさ! うさぎではないと申すのか! では、あれはなんだ?」
「犬」
「莫迦な! あんな耳の長い犬、ありか? ダックスフンド? 白いダックスフンドなんかいたか?」
「聞いておどろけ、シ○モロールは、お父さんが太陽、お母さんが空、兄弟が雲という、ある意味最強の、おどろくべき家庭環境を持っているのだ。だから空を飛べる。
あるとき、地上にいる自分そっくりな子犬たちにあこがれ、空を飛んでいるうちにシナモンロールのおいしそうなにおいにつられて、いつのまにやら地上に降りてきたという、ベタな経歴あり」
「父・太陽、母・空って、それ、犬ちゃうやん!」
おどろきのあまり関西弁になる仲達。
「それじゃあ、空を飛べて当たりまえですよ! というか、それを犬と言い張るのもどうかと! でも、スヌーピーも飛べますよ! というか、ええい、あれほど訓練をしたというのに、なぜこの耳はプロペラのように回らぬか!」
悔しいのか、仲達は、自分の長い耳に司馬真拳をお見舞いする。
自分が痛いだけだからやめておけ。
案の定、仲達は、痛かったらしく、耳をさすって、
「いたいの、いたいの、飛んでいけ!」
と呪文を唱えている。
とりあえず、痛みだけは空へ飛んでいったことだろう。

それから、仲達は、深ーいため息をついて、ひざを抱えて空を見た。
「もしや空を飛べるかもしれぬと思うたが、あきらめたほうがよいか」
「………本気で空を飛べるかもと考えていたのか」
「この、青すぎる空がいかんのだ」

空のせいにするな。
オツムのせいにしたまえ、ということばも、たしかに青すぎる空の前では沈黙する。
あの青空に落ちてみたいと、思うよな、やはり。
いや、飛びたいと落ちたいは、差があるか。

「自由に空を飛びたいのう。貴様は風属性であるから、そのあたりの気分は味わえるのであろうな」
「まあな。いまは無理だが」
仲達の属性は地なのである。
すべてのアトラ・ハシースが風に乗れるわけではなく、地の属性のアトラ・ハシースおよびアストラルは、霊具の力を借りなければ、風に乗ることはできない。
「風のマントといって、身につけると、だれでも風に乗れるマントがあるそうだぞ」
「マントか。なんとなく野暮ったいのう。だいたいアンパンマンみたいではないか。知っておるか、やつは、愛と勇気だけがともだちなのだぞ。わたしはちがう」
「たしかに、おまえの友は運と策謀だけだな」
とたん、仲達めは、わたしの頭の後ろの毛を、ぶちっとむしった。
「痛い! なにをするか! ハゲになったらどうしてくれる!」
「やかましい! ハゲになったついでに出家してしまえ、この意地悪うさぎめが! だから雑種なのだ!」
「雑種は関係なかろうが! 貴様は、♪なんのために 生まれて なにをして 生きるのか こたえられない なんて そんなのは いやだ!♪ と、駄々をこねておれ!」
「深いよなー、アンパンマンのマーチ」
「アンパンマンはなー、時が過ぎようが、光る星が消えようが、それでもほほえんで進むと言い切っているのだぞ。貴様もそれを見習うとよい!」
「人はアンパンマンのように強くは生きれぬわ! だからこそのヒーロー……」
なのだ、と言いかけたらしいが、仲達は、なにやら思うところがあったらしい。
口を閉ざして、しょんぼりとする。
「そうか、だからわたしは、空を飛べぬのか」
「あのな、妙に哲学的なところと、身体機能の限界をごっちゃにして悩んでおらぬか。うさぎは空を飛べぬ。それでよいではないか。
こうしてだな、ふかふか布団のうえで空を眺めているといい。空を飛んだからといって、それで世の中が変わるわけではない。自身が変わらぬかぎり、空を飛べるようになろうが、地面に潜れるようになろうが、なにも変わらぬ。
そうさな、きっかけにはなるかもしれぬが、それとて『変わることができるかもしれない』という可能性を超えないであろう」
「そういうものか。おまえは、あの空を飛びたいと思わぬのか」
「思うさ。空を高く飛んで、入道雲をあやつって、夏の太陽を追いかけていたいものだ。しかし、それはできぬ。
だが、想像することは可能だぞ。想像して、夢をふくらませる、この楽しみは、もしかしたら、ほんとうに空を飛ぶことよりも、ずっと楽しいかもしれぬ。目を閉じて、想像してみるといい」

そういって、わたしがふたたび、布団のうえに横になると、仲達もそれにならって、わたしのとなりに横になり、目を閉じた。
「こうして目を閉じたほうが、蝉の声がはっきり聞こえるものだのう」
「太陽と青空と雲と……世の中は、本当にうつくしい」
「貴様がそう思っているのならば、きっとうつくしいのだろうな」
「実際にうつくしいから言っている。ああ、あの空に飛び込めたら、どんな気持ちがするだろうな」
「空に落ちる、か」

そんな会話をかわしながら、われらはいつしか、ふかふか布団のうえで、すやすやと眠りこんでしまった。


その夜、われらは布団を毛だらけにした罰として、食事抜きになったうえ、くるくるローラーとガムテープで、必死にわれらの毛を布団から取る子龍の、なんとも物悲しい姿を見ることになる。
なにか、ここに『もののあはれ』を感じてしまったよ。
秋が近いのかね。ねぇ、子龍や。
というか、あやまるから、ごはんおくれ。

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(C)Hasamino Nakama 2006 08 30