新ずんだの章 3
※ この話は、「仙台ゴールデンポークスの章4」のつづきとなります。
アトラ・ハシースは霊力の補充のみで体力が回復するから、本来、十分な睡眠は必要がない。
とはいえ、いま孔明の身体は(正しくは、孔明の封じ込められている最上アキラ子の肉体は)、アトラ・ハシースと只人の双方の力が拮抗する状態にある。
さらに霊力のほとんどを使い果たした状態になっているため、ひとたび落ち着くと、泥のように身体が重くなり、その後、人事不省という言葉がぴったりなほど、深く眠った。
目を覚ましたのは、十分な睡眠を摂れたから、というよりは、布団の類いの一切なかった床に、パワーストーンショップのチラシの余ったのを敷き詰めて寝たために、身体のあちこちが痛みだしたからである。
老婆のように腰や背中を叩きながら起きると、傍らには、寝相もわるく、大の字になって眠っているヨーコの姿があった。
が、趙雲はどこにもいなかった。
起き上がろうとして、自分の寝ていた周囲に、あちこちに配していた蜻蛉たちが戻ってきて、そのまま引っくり返っているのに気づいた。
生き物ではない彼らは、動きを止めると、精巧な硝子細工のように見える。
その使い魔たちは、ちいさな霊石を核にして孔明が作り上げたもので、長いあいだ大切に使ってきたので、愛着がある。
ひっくりかえったそれらを、ひとつひとつ手のひらに乗せ、霊力がどれだけ回復しているのか測る意味も兼ねて、蜻蛉たちの核である石に霊力を籠める。
霊力はいわば蜻蛉たちにとってはガソリンのようなもので、動力の核になっている霊石はエンジンのようなものである。
いつもより、霊力を籠めるのに時間がかかったものの、動き回るのに十分な霊力を得た蜻蛉は、ぱたぱたと透明な羽を動かして、淡い光を放って、宙に浮いた。
「まずは子龍のところへ。どこへ行ったか探してきてくれ」
蜻蛉は孔明の声に応えるように、くるりと頭上を一回りすると、壁を突き抜けて外へと飛び出して行った。
孔明は、ほかの蜻蛉たちにも同じように霊力を籠めてやり、浅野姉弟と羅貫中のもとにも、それぞれ一匹ずつ派遣した。彼らのうち、だれかが危機に陥った際、すぐに駆けつけることができるように。
すべての蜻蛉に霊力を籠めることができた。まだ頭は痛むし、だるいが、昨夜よりははるかに『生きている人間』らしく回復している。
アコの意識は、あれから大人しく眠り続けている。
まどろみのなかで、幸福な夢を見ているといいが、と孔明は思う。
アコの肉体を保持させること、そしてその意識を封じ込めることで、孔明の霊力の大半は費やされている。
昨日、吸血鬼から浅野一子を守るために使った、紫水晶に匹敵する石があれば、アコの意識を石の霊力によって封じ、その分の浮く霊力を、攻守の力に回せるのだが。
ヨーコのしているピンクの腕時計を見ると、時刻はまだ4時過ぎである。
外は陽も昇っておらず、暗い。仙台の中心街も、静けさに包まれている。
ヨーコの遊び場のひとつとなっていた、パワーストーンショップの二階は、がらんどうの空間であった。
古臭いねずみいろの机がひとつと、プッシュフォンが一台あるきりで、どこか架空の会社の仮事務所の空気が漂っている。
電話線は引いてあるが、セットするまでもなく、電話がかかってくると、自動音声が、
『電話にでることができません。しばらく経ってからおかけ直しを…』
と、告げている。千台家の脱税の隠れ蓑のひとつになっている可能性があるが、いまはそのあたりを探る必要はないだろう。
階段を上がって、扉を開くとすぐそこに事務所があり、仙台駅から定禅寺通りに向かってつづく、長大なアーケード街の始まりでもある、クリスロード商店街に面するかたちで窓があり、窓にはなんの装飾もされていなかった。
パーテーションひとつないために、外側から見るよりも広い。縦長の、うなぎの寝床形の建物である。
最初に部屋に入ったときは、ヨーコとその遊び仲間が散らかしていったらしいゴミが散乱し、異臭さえ漂っていた。
仕方なく、三人で手分けをして掃除をすることにしたのだが、特にエリザベスは、
「ええい、余計な手間をとらせおって! 女王たるわらわに掃除をさせるなど!」
と、カンカンに怒っていた。
掃除をすませてしまうと、さて、寝床の確保であったが、あまりになにもないため、疲れた身体を鞭打って、夜22時まで営業している、一区画先のダイエー仙台店へ向かい、毛布を三枚仕入れて、床にチラシを敷き、寝具の代わりにした。
幸いにもヒーターがあったので、これで凍えることなく、12月の夜をしのぎ、食事は同じくダイエーで仕入れた食品を適当に食べ(水だけは出てきたが、レンジもコンロもないために、サンドイッチで我慢した)、そのまま会話もほとんどせず、ヨーコの鍵でもって、階下の店のショーウィンドに飾られていた、純度の高い石を拝借し、急ごしらえの結界をつくると、倒れるようにして眠ったのである。
首を左右に動かすと、ごき、ぱき、と嫌なきしみがする。肩も張っているようだ。
軽い運動をして身体をほぐしつつ、エリザベスを起こさないようにしながら、孔明は、趙雲がどこに行ってしまったのだろうと考えた。
蜻蛉はまだ、趙雲を探しきれていないようだ。いつもなら、よくなついている子犬のように、瞬時に趙雲を見つけることができる蜻蛉なのだが、趙雲がアストラルでなくなってしまったために、見つけにくくなっているのだろう。
だが、利点もある。趙雲は、英雄殺しの槍の呪いを受け、アストラルから只人になったので、つよい霊力を発していない。そのため、銀のヘンテコたちに感知されにくい。
だが、逆に、つよい霊力を感知することができないため、メアリなどのアトラ・ハシースに遭遇してしまった場合、避けようがないのだ。
自覚していないわけではあるまい。危険を押して、五橋へ、生活用品を取りに戻ったのだろうか。
出迎えに行くべきか、それとも留まっているべきか迷っていると、ヨーコの肉体に留まっているエリザベスが起き上がった。ヨーコの髪は、寝癖がついて、漫画の吹き出しのように爆発していた。
「寒いのう。床に寝たので、身体が冷え切ってしまったぞよ。東洋の龍よ、そなたの騎士はどこへ行ったのじゃ」
「わからない。使い魔を飛ばして探させている。迎えに行くべきかどうか、いま考えていたところだ」
「ふむ、仕事はたしか九時半から朝礼であったな。なれば、職場に向かったというわけではない。買出しではないかの。ここはなにもなさすぎる」
「まったくだ。レンジもコンロもない。辛うじてちいさな洗面台があるだけだ」
と、見回した孔明は、濁ってよごれていた鏡がぴかぴかになり、不潔な染みのあった洗面台も、きれいになっているのに気づいた。
この三人のなかで、生活するにあたり、細かい点にすぐ思い至り、行動できるのは一人しかいない。
自分だってあれだけ疲れて、あちこち小さな怪我をしていたのに、朝起きて掃除をしたようだ。
「マメな男じゃのう。執事に向いておる」
「執事というよりは、根っからの軍人なのだ。共同生活するにあたり、清潔さと秩序は大切だからな。いかなるときでも慌てず行動できるよう、身辺を整理整頓する癖が沁みこんでいるのだよ」
「古代人にしては珍しい男じゃな」
「当時も変わり者あつかいされていたよ。生まれてくるのが早すぎたな。しかし助かる。これでコンロがあれば、わたしとて料理のひとつくらい作っておいたものを」
ほう、とエリザベスはヨーコの顔をして首をかしげた。
「そなた、料理なぞできるのか」
「うむ、ゆで卵くらいならば。完熟のみだが」
「…ゆで卵は料理かえ?」
「わたしの唯一のできる料理だ。沸き立つ湯の中に浮かぶ白い卵を見るのは楽しい」
「そなたも変わっておるのう」
呆れ顔のエリザベスだが、孔明は得意そうに言う。
「そうだな。わたしの時代に生きたもので、料理ができる男というのは珍しかろう」
「あえてコメントせぬ。それよりも調子はどうじゃ」
おのれの体の具合を確かめるべく、孔明は軽く頭を振って、それから答えた。
「軽い頭痛がするが、耐えられぬほどではない。霊力が回復すれば、じきに治まるだろう。ただ、思うように霊力が集らぬ。街中だからかな」
「閉ざされた世界、ということも関係しているのかもしれぬ。そなたの騎士が戻り次第、作戦会議と行こうではないか。ところで、どれほどに力が戻っているか、試してみぬか」
蜻蛉に霊力を注いだことで、すでにお試し済みなのだが、エリザベスは、孔明の返答を待たず、いきなり制服の白いブラウスの釦を外しはじめた。
孔明は、あわてて顔をそらした。
「女の身体をしているが、中身は男だということを忘れられては困る」
16世紀のイギリスは、女が男に肌を見せるのも問題なかったのだっけ、とうろたえつつ、孔明があれこれ知識を思い返していると、エリザベスがこちらを見よ、と言う。
なんだろうと好奇心に動かされながらも、ちらりと目だけを動かすと、ヨーコの身体のエリザベスもまた、こちらに背を向けているのがわかった。
が、ブラウスを捲し上げて、裸の背中を向けている。
なにを考えている、と言いかけて、孔明は、視線のなかに、不自然なものを見つけ、そして、顔を背中に真っ直ぐに向けた。
ヨーコはサロンで肌を焼いていたようだが、手入れがあまりよくなかったらしく、背中の肌は、見ただけでも荒れていた。
ブラジャーのバンドだけが白く浮き上がり、なにやら扇情的ですらあるが、孔明が気づいたのは、そこではなかった。
背中のところどころに、クレーターのような黒い染みがある。思わず手を伸ばし、そのひとつをさすった。
「これは、火傷の痕か?」
「そうらしい。昨夜、わらわはあのあと、ヨーコが、そなたの仮の宿りたるその娘を、なぜに苛めていたのか、理由を探っていたのじゃ。ヨーコの意識にもぐりこみ、探ったところによれば、原因は父親じゃ」
「父親? たしか県警幹部の」
「趣味は遺跡発掘。最上アキラ子の父親とは、趣味の場で顔見知りであった。『仙台古代史愛好会』を共に立ち上げておる。最上アキラ子の父親は、ずいぶん子煩悩な、よい父親であったようだな。民間企業の中間管理職で、それなりに人望もあり、それは愛好会のなかでも同じであったらしい。ヨーコも会ったことがあるようじゃ」
「それは本人も言っていたな。自分の父親とはまるで違うと」
「うむ。ヨーコの父親は、これは最低な男じゃ。わらわの民であったなら、樽詰めにして広場に晒してやるところじゃ」
「どのように最低だと?」
「酔うと暴力を振るうのじゃ。ほとんど病の域に入っておる。ヨーコの背中のこの火傷は、ヨーコへの折檻の痕じゃ」
「折檻だと?」
「成績が悪いだの、帰宅時間が遅いだの、理由をつけては、ヨーコを呼び出して、タバコの火を押し付ける折檻を繰り返していたらしい。母親とは、ほとんど家庭内離婚。だれも父親を止めないのじゃ。空手をたしなむ大男相手では、ヨーコも大人しく言うことを聞くしかなかったと」
「聞くしかない、ということは、いまも?」
「泥酔すると、決まってそうなるそうな。だからヨーコは夜な夜な遊びまわっておるのじゃ。父親から、最上アキラ子の父親のことは聞いていて、羨ましいと思っていたという。その娘が、両親の事故死により、なんの因果か、自分の母親が理事長をつとめる学校に、奨学生として入学してきた。しかも同じクラスじゃ。羨望が、嫉妬に変わって、本当は仲良くしたいのに、つい苛めてしまった、ということらしいな」
「なんと」
単純だと思っていたヨーコの、どこかちぐはぐな、つかみ所のなさの原因が、抱えていた恐怖や悲しみであったと聞けば、やはり、憐憫の情が沸く。
「だが、なぜアコを男たちに渡すような真似を」
「この点は同情できぬ。この愚か者め、唆されて、シンナーを吸っていたようじゃ。それで、わけもわからずに男たちに同意したという。放蕩生活の理由は同情できるが、振る舞いはあまりに愚かぞ。
この娘には、これまで真剣に向き合って、叱ってくれる大人が存在しなかったのじゃ。不必要な恐怖にさらされて成長した娘ゆえ、母親も遠慮して好き放題にさせていた。親戚もヨーコには、無関心。とはいえ、十七といえば、十分に大人じゃ。この娘には、誰かがいまのうちに、世の中というものを教えておかねばならぬ」
わずかに振り向いた、エリザベスの意気込みに、孔明はいささかたじろぎつつ、尋ねた。
「その役目を、貴女が?」
「これも何かの縁であろう。どれだけの期間になるのかわからぬが、肉体をわらわと共有するのであるし、わらわの快適さを向上させるためにも、必要な措置なのじゃ。よいか、わらわのためであるぞ。なんじゃ、その顔は」
孔明は、エリザベスの気高いがゆえに不器用な物言いに、思わず笑っていた。
「他意はない。やはり、世界にその令名を轟かせた女傑は、思うところが違うなと」
よき指導者に共通するもの。それは善意から発する前向きさである。
ひたすら明るいところを目指して歩きつづけるがゆえに、彼らの生きた時代は光明を放ち、後世に大きな影響と与え、憧憬を引き寄せるのだ。
「ふん、なにやら裏にありそうな物言いぞ。そういうのは好かぬ。東洋の龍よ、わらわには、直言を吐くことを許す」
同じくよき指導者に共通するもの。それは、繊細さ。
内向的で繊細な感覚の持ち主でなければ、精神の深淵に至り、思考することは不可能だ。彼らはおのれの弱さと向き合い、考え、悩んだからこそ、成長を遂げた。よき指導者の時代には、文化が成熟することは、これと密接に結びついている。
「失礼いたしました、陛下。そのあまりのお優しき真情に、亮めは感動いたした次第です」
「なんじゃ、いきなり丁寧になりおって。そなたは感動すると笑うのか」
「あまりに微笑ましかったので、つい」
「ちょっとばかり年上で、高位のアトラ・ハシースと思うて、わらわを舐めておるのではないか」
「舐めている、などと、あまりよきお言葉ではございませぬ。女王の情けは、その娘にとって、おおいなる救いとなるでしょう。皮肉でもなんでもなく、感動いたしました」
「なればよいが。で、話は元に戻すが、そなた、癒し手は使えるか」
冗談をひっこめて、孔明は素に戻り、返答した。
「癒し手は、あまり得意ではないな」
癒し手とは、そのままずばり、傷や病を癒す力のことで、アトラ・ハシースのたいがいは、これを習得している。
とはいえ、構造が単純な植物や、昆虫などはまだしも、哺乳類をはじめとする人間などの高等生物を癒すのは難しい。
簡単な傷ならともかく、重症の人間を癒す、などという力を発揮できるのは、アトラ・ハシースのなかでも、高位に属する者たちだけだ。
『完全なる者』ですら、癒し手となると、並みのアトラ・ハシース程度の力しか発揮できないと言う。
中には死者を蘇生することができる者すらいるらしいが、孔明はいまだお目にかかったことがない。
「わらわは、癒し手は、からきし駄目なのじゃ。だがのう、この娘の性根が歪んでおるのは、父親のつけた、この傷に原因がある。この傷さえなくなれば、この娘も、己を痛めつけるような真似をしなくてよくなるであろうし、そうなれば心に余裕も生まれ、真の反省に辿りつけようぞ」
「なるほど、サロンで肌を焼いているのは、この傷を隠すためか」
「愚かなことよ。なにゆえわざわざ大金を消費して、肌を似合わぬ褐色に焼かねばならぬ。やはり女の肌は、白が一番じゃ」
「それはそれで、いろいろ問題のある発言のような気もするが…深くは問わぬ。やるだけやってみるが、色を薄くする程度しかできないと思うぞ。期待しないでくれ」
「色が薄くなるだけでも違おう」
「ラ・ピュセルがいれば、消すことが可能だと思う。彼女は攻撃型であり、優れた癒し手でもあるからな」
「ラ・ピュセルかえ。わらわの時代には、さんざん淫売女だの魔女だのと言われておったが、どのような娘じゃ」
前回のループで激しく斬りあった記憶が、いまだ生々しいために、乙女の話題になると、心が痛む。孔明はそれを殺して、答えた。
「敵国たるイギリスからすれば、そのような誹謗中傷がまかり通るのだろうな。シェイクスピアも、ラ・ピュセルに関しては、ろくでもない書き方をしているようだし」
「では、やはり清純な娘なのか」
「清純で力強く善良。世のありとあらゆる美徳が、一身に集ったような娘だな」
「それはまた、たいそうな誉め言葉じゃな。……かえ?」
ぽつりと小さくエリザベスが言ったので、孔明は聞き取れず、思わず聞き返した。
「失礼、なんと?」
「なんでもない」
「気になるが」
孔明がさらに言うと、エリザベスは苛立ったように答えた。
「………美人かえ、と聞いたのじゃ!」
「美人だな」
「即答できるほどか。ボッティチェリのビーナスのような美人か」
エリザベスの言っているのは、有名な絵画・ボッティチェリの『ビーナスの誕生』のことらしい。
もちろん、イタリアルネサンスの代表者のひとりたるボッティチェリと、半世紀遅れて、西欧のルネサンスを牽引したエリザベスの間には、接点はないし、イタリアの絵画を、生前において、エリザベスは目にする機会はなかった。
おそらく、アトラ・ハシースとして活動している際に、ルネサンス期の絵画に触れる機会があったのだろう。
「あんな艶麗な美女じゃない。そうだな、ルーブルにあるレオナルド・ダ・ヴィンチの『岩窟の聖母』の天使に似ているかな。あの憂いの含んだ目などは特に」
「ふん、ではやはり、美人じゃな」
と、エリザベスは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
エリザベスが、とある貴族の歓待を受け、その領地にて宴を開いた際、美しい村娘が、湖の女神の扮装をして現れたことがあった。
宴の場は、娘の美しさに盛り上がったが、女王はこれに怒り、途中で席を立ってしまったという。
エリザベスが、実は半陰陽だったのではないか、という説さえ流されたこともあり、エリザベスはエリザベスなりに、世間的な女性らしさの基準と、己の容姿や生き様との差に、悩んでいたのだろう。それは現在進行形でもあるらしい。
しかもライバルであるメアリ・スチュワートが、どんな男をも引き付ける魔性の女であったのだから、余計に比較されたし、本人も、ひそかに気に病んでいたにちがいない。
容姿にはずいぶん恵まれていると、世間には思われているが、賛美される自分の容姿を、男らしくないと思って嫌っている孔明としては、エリザベスの複雑な心情に共感できた。
こういうときは、下手な慰めは不要だ。
黙って傷を癒しながら、孔明は、趙雲がどこへ行ったのか、蜻蛉の送ってくる映像を確認することにした。
エリザベスと話をしているうちに、夜は白々と明け染め、朝焼けの独特の透明な陽射しが、街を淡く照らしつつある。
蜻蛉の映像が、鮮明に脳裏に浮かんでくる。
おや、アーケードを歩いているようだ。
アーケードの天井は、それぞれの通りによって特徴がある。天井に、かもめを抽象化したようなオブジェのぶら下がっている。これは…なんだ、目の前のクリスロード商店街ではないか。
UFJ銀行と、シャッターの閉まっているゲームセンターの前を歩いている。そして、階段を上がって、扉の前に立つ。
うん? 扉?
「ちょっと待て!」
孔明の制止する声よりはやく、趙雲が扉を開いてしまい、裸の背中を晒しているエリザベスの姿に仰天して、あわてて扉を閉めた。
「間の悪い…」
「なんじゃ。下着もすべて脱ぎ捨てているわけでもあるまいし、そう驚くこともなかろう」
エリザベスのあっけらかんとした答えに、孔明はため息をつき、言った。
「貴女の国ではどうかしらぬが、われらは、同性にでさえ、肌を晒すことを厭うのだよ」
「そなたの国には、窮屈なのか合理的なのか、よくわからぬ文化風土があるのう」
「あえて沈黙するよ。わたしの限界はここまでだ。だいぶ薄くなったと思う。あとで、鏡で確かめてくれ」
「礼を言う。さて、そなたの騎士を入れるがよい」
判りました陛下、と答えて、孔明は扉の前で、じっと時間を潰している趙雲に声をかけた。
孔明が顔を見せるなり、趙雲は言う。
「蚤取りでもしていたのか」
「そうではないよ。事情はあとで女王から聞いてくれ。それより、いつから起きていた? ちゃんと眠ったのであろうな」
「十時から三時まで、五時間も眠れば十分だろう」
「眠れなかったのか?」
中身が孔明とはいえ、外貌は最上アキラ子、くわえてエリザベス兼ヨーコの二人と、仕切りも何もない空間で眠らねばならなかったのだ。
趙雲のことだから、緊張したのではと孔明は思ったのである。
孔明がなにを考えたのか、すぐに想像がついたらしい趙雲は、すこし笑みを浮かべて言った。
「たしかにおまえの鼾は五月蠅かったが、よく眠れたよ」
「鼾! わたしが?」
「相当に疲れていたのだろうさ。鼻をつまんだら止んだから、あとは静かなものだった」
趙雲は、いかなるときでも、孔明より先に眠ることはしない。そして、孔明より遅く起きることもない。
二人でいれば、たいがい最初に目を覚まして見る顔は、趙雲だ。
と、孔明は、ふと違和感をおぼえて、尋ねる。
「鼻をつまんだ?」
「もしかして、気づいていたか」
「いいや、全然。そうか」
趙雲が、己の行為のめずらしさに気づいていないようだったので、孔明は黙っていることにした。
趙雲は、どうやら、この身体が少女のもの、つまりは異性であるということを忘れているらしい。いい傾向か、それとも悪い傾向か。判断がつきかねたので、孔明はそれ以上考えることを止めた。
そして、趙雲が手にしているビニール袋を見下ろす。
「食糧か?」
「とりあえず、なけなしの金で買えるものは買って来た。調子はどうだ」
「うむ、軽い頭痛はするが、治まってきたよ。アコも眠ったままだし、霊力も癒し手が使える程度には回復している。攻撃を受けた場合は、ちと心許ないが」
「それならばよい。まずは朝食を摂ろう。それから作戦会議だな」
趙雲と女王は、意外に相性がよさそうだな、と思いつつ、孔明は趙雲とともに部屋に戻った。
※ この話は、「新ずんだの章4」につづきます。