新ずんだの章 1

※ この話は、「ずんだ&ゆべしの章3」のつづきとなります。

もしも。
自分がアストラルのままであったなら、フラガラッハの攻撃を防ぐことはできないにしても、見極めることくらいはできたはずだ。
アストラルは、五感をコントロールすることが出来る。
だから、アコとヨーコの盾となり、エリザベスの放つ霊力と、フラガラッハのぶつかりあう熱量に身を焼かれたとしても、せめて地上に降りるまでは、もつ自信がある。
後悔してもはじまらないが、いまやすっかり只人。
意識すら無くしているアコと、さきほどの果敢な姿から一転、いまは怯える子猫のように身を震わせているヨーコの二人を庇い、昇降口のガラス戸に触れられるかさえ、怪しい。
フラガラッハは、その一撃で、もう片方の昇降口を丸ごと吹っ飛ばした。
しかし、それはメアリの渾身の一撃ではなかった。
今度向かってくる一撃は、おそらくこの屋上、いや、校舎ごと吹っ飛ばすものになるかもしれない。

メアリの手から、フラガラッハ本体が放たれた。
光の神・ルーの手にした復讐の剣は、ほんらいの聖性を失い、禍禍しい赤黒い気を纏って、趙雲らを襲ってくる。
「ゆけ! ためらうな!」
エリザベスの掛け声に、簡単に言ってくれる、と思いつつ、趙雲はアコの身体を抱え直した。そして両手で顔を伏せ、来るべきときを震えて待つヨーコの手を無理やり引いて、低姿勢に身をかがめ、フラガラッハの一撃を避けようとする。
同時に、エリザベスの半透明の姿が、まさに蜃気楼の中に浮かぶ女神のように、光の輪を幾重にもまとって浮かび上がるのが見えた。持てる霊力すべてを解放しているのだ。
それすら、生身であり、霊的な防御手段をなにも持たない、いまの趙雲にとっては、脅威である。
二人の宿命に縛られた従姉妹同士が、思いもかけない場所で、決着をつけようとしている。ひとりは妄執による憎しみのため、ひとりは己の誇りのため。
どちらが勝とうと、真の決着はつかないだろう。片一方が完全に消滅しないかぎりは、争いは起こりつづけるのだ。
なんと不毛なことか。この世界は本当に呪われている。
フラガラッハの剣先と、エリザベスの霊力が織り成す霊力の盾が衝突した。
あたりの大気が、はげしい力のぶつかり合いに、悲鳴をあげているような、不気味な衝突音がひびく。
呪具の剣先は、盾を貫かんと、ぎりぎりと一点に力をこめて盾を圧迫し、盾は、剣を跳ね返さんとばかりに、さらに厚さを増していく。
そのすさまじい光の波に、視界がふさがれ、何も見えなくなる。
真っ白な世界に、趙雲と、傍らのヨーコは、己の目を庇って立ち尽くす格好となってしまった。
同時に、光の背後より、熱波が押し寄せてくるのがわかる。
ほんの一瞬のことであろうその時が、趙雲にはずいぶん長く感じられた。世界が、時間の流れを遅くしているような錯覚をおぼえる。
だめだ。
消滅。死。そんな言葉が脳裏を過った。
もうじき、この身体は熱波にさらされ、立ち尽くしたまま、皮膚ははがれ、肉は裂け、焼き尽くされて、炭のように転がることだろう。
その最悪の瞬間、なにも為せずに、無残な消滅をしなければならない瞬間を、趙雲は覚悟した。
が。
いつまでたっても、身体を焦がす感覚、脳天を貫くほどの激痛に襲われない。
そして目を開けば、思いもかけない光景が飛び込んできた。
鏡の力によって『本来の姿』を取り戻し、屍同様となったアコが立ち上がり、襲ってくる熱波から、趙雲とヨーコの壁となって立っていた。

そうではない。

趙雲は、すぐに、その姿はいまだアコだけれども、主導権をふたたび握った孔明が、最後の霊力を振り絞り、エリザベス同様に、霊力の盾を作って、二人を庇っているのだと悟った。
立ち尽くす二人に、孔明が振り返る。
「いまぞ、ゆけ!」
趙雲は、背筋を凍らせた。
自殺行為である。孔明は、自身の消滅、そしてアコを犠牲にすることで、ヨーコと趙雲を守ることを選択したのだ。鏡の力によって、本来ならば、アコはその場で朽ち果てるところであった。
それを『生きている』ぎりぎりの状態に保たせていたのは、孔明の霊力が残っていたからである。
アトラ・ハシースは無尽蔵に霊力を供給できると言っても、その間口は狭い。
消費すれば補填されるものの、一気に大量の霊力を貯蔵することはできない。大量に霊力を消費してしまえば、一時的に、霊力が枯れてしまうこともある。
いまの孔明が、まさにその寸前なのだ。
霊力が枯れたら、盾は消滅し、まともに熱波をくらい、アコの肉体は本当に『死ぬ』。そして、孔明は、『下宿先』へと強制返還だ。最高府によって、渡航禁止命令が出ている世界に戻ることもできず、アトラ・ハシースを残しての帰還となり、当然、煉獄行きである。
いや、こいつは、そこまで自己犠牲を払うつもりはない。
俺が独りで残ったとしても、なんとか世界を正常化させ、渡航禁止命令を解除できるだろうと踏んでいるのだ。
あいかわらず、どうしようもない楽天主義だ。そして、どうしようもないほど絶対的な信頼をむけてくる。
三人で行けば死ぬ。だがアコを犠牲に霊力を放てば、二人は助かる。
理屈ではそうだ。だが、俺は、最上アキラ子に、必ず助けてやると言ったではないか。
「なにをしている! 早くゆけ!」
ほかに選択肢はない。ここで俺が死ねば、あいつの煉獄行きは確実。
苦い気持ちがこみ上げてくる。獣のように叫びだしたいほどであったが、趙雲はこらえて、ヨーコの手首をぐっと掴む。
しかし、ヨーコは動かない。
竦んでしまったのかと思いきや、すっかりメークが汗と涙で崩れて、マーブル状になっている顔をして、言うのであった。
「駄目だよ、アコを置いていけない!」
「そのアコが、身を犠牲にして、俺たちを守ろうとしているのだ! 早く来い!」
「うそつけっ! こいつ、アコじゃないよ! わかるもん!」
趙雲は、この期に及んで、と苛立ちを隠せない。
ヨーコは、霊具『卑弥呼の鏡』を手にしているので、その恩寵で、同じように勘が鋭くなっているのだ。
当て身でも食らわせるべきか? こいつこそが、最上アキラ子の死因ではないか。たしかにアコを庇おうとしたし、行動も起こした。
だが、趙雲には、なにを今更、という気持ちが拭えないのである。
「このまま、あんたと行ったら、アコはどうなるわけ? 死ぬんでしょ? あたし、二度も友達を殺せないよ!」
「ではなぜ、最初のループにで、最上アキラ子を男どもに差し出すような真似をした! 知らなかったではすまされぬぞ、おまえは男たちと賭けを」
「やめよ」
孔明の、遮る声がして、趙雲は我に返る。
「もうじきこの盾は消える。その前に、早くここから逃げるのだ! 逃げて、浅野一子が逃げ込んだ、裏山の教会…聖域へ行け!」
「しかし!」
「命令ぞ! 早くゆけ!」
命令、の一言を聞き、趙雲は沈黙する。
こいつがそんな言葉を持ち出すときは、事態が、この楽天主義者の底抜けな知恵をもってしても、事態を打破する方法がない、ということなのだ。
「俺は」
アコの華奢な背中と、見慣れた友の背中が重なって見える。
アコの顔をした孔明は、その変わらぬ力強い眼差しで、笑顔さえ見せて言った。
「話のつづきは、いずれしよう!」
その『いずれ』とやらは、いつくるのか。
鞭打たれる思いで足を動かし、駄々をこねるヨーコを引きずるようにして、昇降口へと急いだ。

孔明の作り上げる風の盾によって、熱波を防ぐ力が作用しているため、光の渦を横に、やけどひとつ負わず、入り口にまでたどり着く。
遮蔽式の硝子戸であったのが幸いした。鋼鉄の扉であったら、熱で歪んで開かなくなっていたかもしれない。硝子はほぼくだけちっており、窓枠を蹴り倒すと、難なく外れた。
振り返りたい誘惑にかられたが、趙雲はそれを斥け、階段を降り、ともかくヨーコと一子の保護に専念することに決めた。
いま感傷的になったところで、事態はなにも変えられない。いまここでためらったら、孔明とアコの犠牲が無駄になる、ということだ。
昇降口をくぐると、ヨーコも大人しくなり、手を引かれるままになっていた。
そして、四階につづく踊り場までたどり着いたときである。

趙雲は、目の前の銀の波に舌打ちした。
目の前に、銀のヘンテコたちが、わさわさと、実りの過ぎた麦畑のようにひしめいていた。その大きなアーモンド形の目は、沈黙のまま、趙雲とヨーコを見つめている。
エリザベスと孔明、さらにメアリが、それぞれ霊力を全開で放出させているのだ。仙台市中に散っていたレティクルの兵士たちが、巨大な霊力の塊に引き寄せられて、集ってきたのである。
武器はない。問題は、霊的存在ではなくなった自分より、霊具を持つヨーコであろう。
レティクルは、霊力に反応し、攻撃を仕掛けてくる。真正ドラゴン・バスターであったゲオルギウスが消滅させられた、というのであれば、レティクルの攻撃力というのは、『英雄殺しの槍』と同じ、霊性を傷つけるものだと見てよいだろう。
メアリがレティクルを裏切り、ヨーコをエリザベスもろとも殺そうとしたことは、レティクルに届いている…メアリは銀のヘンテコを操ることが可能だった。メアリにも、レティクル・クィーンと同様に、霊力増幅の力があったのか、あるいは、レティクル側より、霊力増幅の力をもつ霊具を持たされていたのかもしれない。
さて、こいつらが、メアリ側に反応するか、それともクィーン側に反応するか。
薄暗い廊下の中、非常口の緑色のランプだけが煌々と灯っている。
覗けば、階段は下までびっしりと銀の波がさざめいている。銀の小人たちだ。
これを突破できるかと問われれば、答えは簡単、否である。
「おい」
「なに?」
背後のヨーコに声を掛ければ、不貞腐れているのか、不機嫌な返事がかえってきた。
「メアリからもらった鏡、あれを階下に投げろ」
「なんで? これって、武器でしょ?」
「武器だ。だが、それは本来、生身の我らには扱うことの出来ない武器だ。おまえ、それを持ち続けていれば、やがて精神も肉体も巨大な霊力に耐えられず、蝕まれ、死ぬぞ」
「ええ?」
「霊力を扱うためには、それなりの器が必要なのだ。アトラ・ハシースは肉体を持つが、そもそもの組成が、この世のものとは違う。だから巨大な霊力の塊を自在に操ることも可能。だが、只人が同じ真似をすれば、まず肉体が耐え切れぬ」
「でも、あたし、さっき平気だったよ?」
「その鏡は、諸葛孔明ほどの高位のアトラ・ハシースの動きを封じた強力な霊具。俺がエリザベスから借りた剣とは、力の大きさの桁がちがう。そいつは、その世界に存在する自然の霊力を借りて、はじめて作動する類いの霊具。すなわち、太陽光がなければ意味のないものなのだ。
おまえがそれを使ったときは、太陽は沈みかけていた。太陽光が弱かったから、ダメージがすぐにあらわれないのだ。いまは体感できなくても、いずれなにかしらのかたちで、反動が来る」
「最低! 超使えねー。つーか、それじゃ、アコは?」
「アコは一度死んだ身であったのを、孔明の霊力で補填し生かした。補填というのは、いちど機能を止めた肉体の修復も含まれる。つまり、アコの肉体の一部はすでにアトラ・ハシースと同じものになっていた。だから、霊力を扱える」
「やっぱ、最低じゃん。その孔明ってやつがいなくなっちゃったら、アコ、やっぱり死ぬんだ」
「黙れ。その話はあとだ。ともかく、その鏡にこいつらは反応し、敵か味方を探っているのだ。メアリが霊力増幅器を持っていて、こいつらがそれに反応するなら、じき、攻撃を仕掛けてくる可能性がある。ここまで来て、死ぬわけにはいかぬ!」
「わ、わかった」
ヨーコが懐から鏡を取り出すや、目の前の、じっとこちらの様子を伺っていた銀の小人たちが、いっせいにざわめきたった。
身を屈め、じりじりと詰め寄ってくる。やはり、メアリが霊力増幅器をもっているのだ。
「鏡を!」
「くそっ、あっちけ!」
ヨーコは鏡に罵倒をあびせながら階下へ放り出す。
小人たちの視線も、それに合わせて、落ちていく鏡へと向かっていく。
が、その動きがぴたりと止まった。
趙雲は、ヨーコを引っ張り、そのまま廊下を突っ切って、非常口から地上へ降りるつもりであった。しかし、思わずレティクルたち同様に、動きを止めてしまう。
薄闇のなかに、清らかな光を身に帯びた鏡が、宙で動きを止めてしまったのである。
そして、それは落ちることなく、ふたたびヨーコの元に戻ってきた。
「意味ねー!」
悪態をつくヨーコの声に我にかえり、趙雲はヨーコを引いて非常口まで走り出した。
ヨーコの手にある鏡は、それ自体が脈動しているかのように、点滅を繰り返している。
まさか、発信装置になっているのか?
いまはそれを探っている暇はない。ともかく、地上へ逃げるのだ。
非常口に手をかけたとき、外側から、ぐるりとドアノブが回される感触があった。
思わず手を引く。そして、趙雲は血の気が引いた。まさか、吸血鬼か? 

背後からは、四肢を懸命に動かしながら、わたわたと銀の小人たちが追いかけてくる。
袋小路だ。
ばん、と乱暴に扉が開かれ、同時に、趙雲とヨーコを通り過ぎ、何者かの黒い影が飛び込んできた。
それは、銀のヘンテコに向かうや、雄叫びをあげながら、手にした槍で、つぎからつぎへと、銀のヘンテコを薙ぎ払った。
見たことのない後姿。だが、その身に纏う甲冑は、まちがいなく、同時代の人間のものである。
思わぬ味方に趙雲が唖然としていると、開かれた扉の隙間から、弾んだ声が聞こえた。
「間に合ったようね!」
とっさに振り返るが、そこにはだれもいない。
戸惑いつつ周囲を見回していると、奮闘する武将の姿に満足げな、柔らかな声がつづいた。
「あなたを召喚したアトラ・ハシースの気配を、わずかだけれど感じるわ。味方ね?」
「だれだ? ヴァルキューレの召喚したアトラ・ハシースか?」
「そうよ。アタシの名は羅貫中。下を見て頂戴、下よ」
言われるまま、下を見れば、ふさふさの毛をしたシェットランドシープドックが息も荒く、そこに立っていた。
「うはー、かわいいー!」
と、ヨーコが、非常時にもかかわらず、能天気に黄色い声をあげるが、羅貫中犬は、興奮した眼差しを趙雲に向けてくる。
「見たところ、アタシと同じく中華の出身の方ね? アストラルなの? お名前は?」
犬に、お名前は、と尋ねられるのも奇妙なものだ、と思いつつ、趙雲は答えた。
「俺の名は趙子龍。基本世界の生前では、蜀の将であった」
とたん、羅貫中は黒目を輝かせ、優雅な尾っぽを全開させた。
「趙子龍、アナタが! こういうビジュアルだったのね、初めて見たわ! なにせ陳寿の記述ったら、具体性がなんにもないですもの。二重顎だなんて書いて悪かったわ。ちっとも太ってないのね。
ほら、昔は恰幅いいほうが美形って言われたじゃない? ちょっと流行に乗ったのだけれど、陳寿がちゃんと書いていてくれたら、そんなふうに書かなかったわよ。ホントよ!」
「いや、それはよい。それよりも、おまえは、ヴァルキューレに呼ばれた一人だったな。あそこで戦っている男は、おまえの召喚したアストラルか?」
「アストラルというか、まあそうね。あなたは、千台ヨーコさん?」
「そうだよ」
「一子は裏山の教会に逃がしたわ。あなたも早く行きなさい!」
「いや、それは駄目だ。こいつは、捨てても戻ってくる性質をもつ霊具を、レティクルに持たされている。一人にすれば、たちまち銀の小人の攻撃を受けるだろう」
「面倒ね。待って。最上アキラ子って子は?」
「浅野一子から聞いたのか? あいつは、いま一人で、おれたちを逃がすために、屋上に留まっている」
「最上アキラ子も、アタシと同じく、この世の肉体に封じ込められたアトラ・ハシースね。名前は?」
「諸葛孔明だ」
「孔明なの! そうよね、あなたを呼び出すくらいだもの。んまー、ガゼンやる気が違ってくるわ! なにせ、どんな方なのか知りたくて、お家を訪問しようとしても、イーさん(貴人たちの情景ご参照)たら、どちらにお住まいか、個人情報は教えられません、と来たもんよ! フロアで張っていても、いつも仕事に出かけていて、ちっとも姿を見せないし。
ほかのアトラ・ハシースから、諸葛孔明っていうのは、あんたのオリキャラか、なんて聞かれたことがあったくらいなのよ! 陳寿がそれを聞いて噛み付いてきてねぇ。だから、あのひと、駄犬として来臨したのだと思うのだけれど」
一気にまくしたてると、羅貫中犬は、唖然とするヨーコと趙雲を抜け、銀のヘンテコを一気に蹴散らし、階下へ追いたてている武将に呼びかけた。
「さあ、そのまま、屋上へ向かうわよ! 味方を助けるの。行きなさい!」
武将は、ふたたび獣じみた雄叫びをあげると、すばらしい勢いで階段を駆け上っていく。
羅貫中犬は、得意そうに高らかに笑いながら、趙雲を振り返った。
「あなた様にも武器を用意いたしますわ。お受け取りを!」
戸惑う趙雲の目の前に、蛍のようなちいさな光がふわふわと漂ってきた。
触れようとすると、それはぶわっと成長し、一本の剣へと変化する。
所狭しと見事な装飾がほどこされた、見覚えのない剣である。
柄の部分に『青ス』とあった。
「俺も同じ銘柄のものを持っていたが、こんな派手なものではなかったぞ」
「羅貫中オリジナル、ということで」
ほほほ、と笑いつつ、羅貫中は興奮しているのか、軽やかに廊下を行き、謎の武将のあとにつづいて屋上へと駆け登って行った。



エリザベスが霊力を織り上げて作った盾と、メアリのフラガラッハの力は、長いあいだ拮抗していた。
霊力の強さから言えば、メアリの方が上回っていたが、エリザベスが長時間保っていられるのは、その誇りゆえであろう。
霊力は、使用者の意志の力を受けて変化する。
微量でも、強力な武器、あるいは防具となりうるのだ。エリザベスの、メアリに負けまいとする強い意志が、盾に強度を与えているのである。
メアリは、思わぬエリザベスの抵抗のつよさ、そして、趙雲とヨーコを取り逃がしたことで、あきらかに苛立っている。
エリザベスが言ったとおり、短慮、という点は正しいようだ。フラガラッハが、意志強固で冷徹な人間に渡されていたら、エリザベスもこれほど長く保つことはできなかっただろう。

そして、孔明自身も同じであった。
ちらりと入り口の破壊された昇降口を見る。す
こしずつ後退し、趙雲たちの後を追うのだ。まだすこし、霊力が残っている。ゆっくり移動して、気づかれないように。
気をぬいてはならない。一瞬でも風の力を弱めれば、一気に力はこちらに降りかかってくる。
ともかく、時間さえあれば、こちらは無尽蔵の霊力より、補給できるアトラ・ハシースなのだ。わずかな希望があるならば、この娘ともども生き残り、起死回生を計る。

指先の感覚がなくなってきた。
眩暈がし、だらだらと嫌な汗が額から流れ落ちてくる。
アコの肉体を保たせるための霊力すら、使い始めているのだ。いけない、あと、ほんのわずかの距離なのに。あとすこし。あとすこしだけ。
膝から下の感覚が失せた。
あっと思った瞬間に、体が崩れ落ち、膝が屋上の床を打つ。
肉体がもたない。だめだ、力が抜ける。
ふっと目を上げれば、エリザベスとメアリの力がぶつかり合う余波が、一気にこちらに押し寄せてくるのが見えた。
消滅。
孔明は目を閉じず、まっすぐに最後の瞬間を見据えた。
最後に目にするものがなんであれ、真実を見据えてやろうと、そう思ったのだ。

が、急に視界が黒くふさがれる。
これが消滅の瞬間? 呆気ないものだな。

だが、風の音、ぶつかり合う力と力の衝突する耳を劈くような音は、響き続けている。
しかも、急に体が軽くなり、よく知っている日向の匂いで、我に返った。
「子龍か? なぜ戻ってきた!」
自分を抱き上げる趙雲に、孔明は問うたつもりであったが、どうやら声にすらならなかったらしい。
闇夜のなか、浮かび上がるその顔は、泣きそうなくらいの安堵に包まれていた。孔明は、やれやれと思いつつ、その胸に顔をもたれかける。
結局、こうして二人で死ぬ…片方は完全消滅、片方は煉獄という差があるが…わけか。
感傷的になっていた孔明であるが、間近で、凄まじい雄叫びを聞き、顔を上げる。
すると、視界を塞いだ黒いものは、ほかならぬ、見知らぬ武将のうしろ姿であった。なつかしい、同時代の鎧を纏うその男、残念ながら見たことがない。
ほかのアトラ・ハシースが、渡航禁止命令が出る前に召喚していたアストラルだろうか。
がっしりした体格の武将は、力と力の渦に飛び込むようにして、槍を風車のようにぐるぐると回しながら、ぶつかり合う力を飽和させていく。

めちゃくちゃであった。
エリザベスは全力を出しているのだし、攻撃するメアリも同様。
その二つの力を宥和してしまうのだ。アストラルにしては強すぎる。
エリザベスもメアリも、思わぬ闖入者に仰天しているのが、遠目からでも、わかった。
「そうよ、しっかりおやりなさい! さあ、あとはアタシと、アタシのオリキャラが女王をお助けいたします。アナタ方は、一子のいる教会へお急ぎください!」
と、足音も軽やかに、優雅な栗毛色のシェットランドシープドックが近づいてきた。
そして、声を出すことのできない孔明に、ぺこりと頭を下げる。
「アタシの名は羅貫中犬と申します。初めてお目にかかりますわね、忠武侯さま。アタシが来たからには、もう大丈夫ですわ!」
孔明の代わりに、趙雲が口を開いた。
「しかし、おまえは、たしか生前は作家で、攻撃型でも防御型でもないはず。一人で大丈夫なのか?」
「たしかに、アタシはどちらでもありません。しかし、ある意味、その二つをも凌ぐ力を持っている自負がございます。その証しが、あのオリキャラ! ご覧下さいませ、アトラ・ハシースに対しても、一歩も引けをとらない攻撃力!」
「たしかに素晴らしいが、オリキャラとはなんだ? あの男を、われらは知らぬのだが」
「あの者は、周倉と申します。関羽さまのお側に仕えた武将でございますわ」
「すまぬ、やはり知らぬ」
知っているか、と趙雲が目で尋ねてくるが、孔明はかぶりを振った。
「知らなくて当然ですわ。あの者は、史実に存在しなかった、つまり、アタシのオリキャラなのですもの。しかーし! その人気のあまり、神にさえ祭り上げられたスーパーオリキャラ! なまじっかなアトラ・ハシースより強力な力をもっております!」
「おまえは創造型アトラ・ハシースだったのか」
「そのとおり。固体としては脆弱だけれど、その力の使いどころを誤らなければ、ある意味、攻撃型、防御型よりも強いアトラ・ハシース。さあ、あとでゆっくりお話をいたしましょう。ここはお早く、お逃げ下さいませ! さきほどお渡しした、『青スの剣』がお役に立ちますわ!」
「うむ…すまぬ」
趙雲に抱えられたまま、昇降口を潜り抜ける孔明が、振り返ると、ちょうど羅貫中犬のオリキャラ『周倉』が、いよいよメアリに近づき、フラガラッハを、たたき落とそうとしているのが見えた。

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※ この話は、「新ずんだの章2」につづきます。