仙台ゴールデンポークスの章

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このお話は「仙台ゴールデンポークスの章7のつづきです。

手首から先が、なくなってしまったように、まったく感覚がない。
しかし見れば、手は失われてなどいないのであるが、ガスバーナーの青い炎を、さらに何千倍も美しくしたような光、あるいは炎が、手首の先で、大きな焔をあげていた。
あまりの光のまぶしさに、メアリやシグルトらは、光からはじかれるように顔を背けているが、当事者である亮と、陳寿犬は、銀の腕輪から発せられる青白い光を、呆然と見つめていた。
銀の腕輪は、それ自体がまるで蜘蛛に似た生き物のように、亮の手首から、その見えざる手足を伸ばして、手首から先、手の甲、指先を覆って、徐々に別なものに変化していく。
それは一瞬のことであったかもしれなかったが、亮にはその様を、つぶさに見ることが出来た。

感覚が異常に高まっているのがわかる。
かといって、アドレナリンが最高に分泌されているのではない。
五感から霊感に至るまで、すべての、五体に張り巡らされた神経、感覚が、細胞単位で磨かれ、最大の力を引き出すために、呼び起こされている感覚がある。
恐怖はなく、むしろ快感に近い恍惚感を、亮はおぼえた。
多くの修験僧たちが、得ようとしている感覚、数々の奇跡のなかで語られる恍惚感が、いま剣によって、引き起こされているのだ。
すべてが繋がっている。
自分という存在の境界と、世界の境界が曖昧になり、自分を取り巻くもの、美しいもの、醜いもの、尊いもの、取るに足らないもの、すべてが意味のあるものとして、自身の内側に取り込まれた。
この世のもの、形あるもの、ないもの、すべての存在の理由を理解した。
すべての事象の意味を理解した。
ありとあらゆるものが味方である。
なぜなら、世界が自分自身と同一であるからだ。
もはや恐怖はない。
世界を味方につけたものに、怖いものなどあるはずがないのだ。
あまりに象徴的にすぎるかもしれないが、光が見えた。
それは、光としか表現のしようのないものであった。
ほかに言い換えるとしたら、叡智という言葉が、いちばん近かったかもしれない。
その剣の使い手として、数少ない選ばれた者たちの、さまざまな記憶、感情、目撃した光景が、ほんの一瞬で、奔流のように脳裏につぎつぎと浮かび上がってきた。
いわば、剣の履歴である。
ユーザーの能力を最大限に引き上げ、戦いの履歴を伝え、一瞬で、経験豊かな戦士を作り上げる。それが聖剣である。

亮は、アスカロンの意志を見た。
アスカロンに意志を伝えたものの姿を、はっきりと見た。
残酷な世界の成り立ちを見た。
自分が、なぜここにいるのか、自分が、なにを為さねばならないのか。
それが判った時、アスカロンは本来の形を取り戻し、彼女の前に姿を現した。


「聖剣アスカロンだわ!」
メアリは、光から目を庇いながら、うめくと、光に飲まれて呆然としている陳寿犬をちらりと見た。
あの少年を、亮と呼んでいなかったか。
アスカロンの気配が強すぎて、手にしている少年が、いかなる時代の『最高の賢者〈アトラ・ハシース〉』かわからない。
しかし、最高府によって渡航禁止になっているこの世界には、あらたなアトラ・ハシースは入れない。禁止命令が出される前から存在する者からたぐるなら、亮と名のついているものは、ただ一人。
だが、おかしいではないか。
諸葛孔明というのは、死んだ娘の肉体に封じ込められ、昨日は半死半生の状態で、目の前にいた。
あれから復活し、本来の肉体に戻ったとでもいうのか。

「シグルト、お気をつけなさい!」
メアリの甲高い声にするどく反応し、光から弾かれたようにして、目を覆っていたシグルトは、足をふらつかせながらも、獰猛な戦士の顔を取り戻し、瞬時に反応した。
すさまじい熱量をその身に凝縮した、光の刃が襲ってくる。
雷を帯びたそれは、狙いを外さず、シグルトの脳天を打ち砕くべく、真正面からやってきた。

真正面から。
シグルトは、思わず皮肉な笑みを浮かべる。
ずいぶんと舐められたものではないか。北欧一の勇者、並ぶもののない戦士たるこの自分に向かって、堂々と真正面から向かってくる。
それが聖剣として、一度もその名誉を堕することなく、栄光のなかに名を輝かせてきた剣の、矜持だというのか。
ならば、こちらは魔剣の主として、その心意気に答えてやろうではないか。
その出自からして呪われた身にふさわしく、欲望と黄昏に彩られた履歴をもつ剣、獰猛で、原始的な世界の息吹を凝縮した、アスカロンとは対極的なところに位置する剣。
おなじくドラゴン・バスターとして存在しながらも、ただひたすら、敵を打ち砕くため、憎悪と呪いの力の籠めて打たれた、負の剣である。
光と闇とがぶつかり合う。
シグルトは、天空から押し付けられたような、圧倒的な力に舌打ちしながらも、アスカロンの真正面からの攻撃を受け止めた。
たとえ魔法の剣であっても、なまじっかな剣では、アスカロンの圧倒的な力の前に、あっさりとへし折られていたにちがいない。
力勝負となれば、ノートゥングの強度は、アスカロンを凌ぐ。
一度はオーディンによって折られた剣であるが、ふたたび悲嘆と呪詛の力で補強され、復活した剣だ。
それに、シグルトもまた、信じていた。
戦士としての自分が、負けることなどないのだ、と。
組み合った剣の向こうにある、『敵』の顔がよく見えた。
少女とも少年ともつかぬ、無性の顔をしている。
無性。これが曲者だ。
要するに、野蛮で原始的な世界とは対極的なところにある、文明的なもの、社会を維持するために、去勢されてしまった、支配するに都合のいい戦士が、これだというわけだ。
シグルトは、敵に向けて挑戦的に鼻を鳴らしてみせると、押し付けられた刃を、渾身の力で持って打ち払い、すかさず、ノートゥングの力を解放した。
黒い霧を帯びていた剣の、そのまとわりついていた闇が一気に膨れ上がり、螺旋を描きながら、ひとつの鋭い切っ先となって、敵に襲い掛かる。
ドリルのように敵の身を抉るその一撃は、しかし目標に当たることはなかった。
本来の目標を失った一撃は、そのまま周囲の床を激しく抉り取り、コンクリートの壁を砕き、ビル全体を大きく揺るがせた。

その瞬間、周囲の者たちは圧倒され、弾かれ、部屋の中にあったカーテンは、一瞬にして、百年の時を経たようにぼろぼろになり、ビリヤード台も、おもちゃのようにあっさりとなぎ倒され、有り得ない形で吹き飛ばされ、木の葉のように、部屋の片隅に積み上げられた。
その場にあった椅子、ビリヤードのキュー、カラオケ、あるいはビデオなどの家電製品が、螺旋を描いて宙を舞い踊る。

その中で、陳寿犬もまた、渦に巻き込まれてぐるぐると力なく回っていた。いや、回らされていた。
洗濯機のなかの洗濯物の気持ちである。
この勢いのなか、ぶつかったなら、ただではすまないであろう家電製品や、カーテンの切れ端、あるいはなぜこんなところに、というような、ペンだのハンカチだのの小物が舞っているのを、吐き気をおさえつつ見ていた。
不意に、風の勢いがぐるりと逸れ、目の前に壁が迫ってくる。
このままコンクリートの壁に打ち付けられてしまったなら、内臓破裂はまちがいない。
それでも為す術もなく、悲鳴をあげて迫る壁を凝視するしかない陳寿犬であったが、壁に激突する寸前に、ぱっと着ていた服を掴まれて、壁にぶつかることを免れた。
「大丈夫?」
「ふ、服って大事ですな」
抱えられたままの状態で見れば、亮が、片手に銀の美しい剣を手に、どこか楽しそうな様子で、巻き起こる風をものともせず、平然と立っていた。

亮の気持ちにしてみれば、楽しいのは当たり前なのである。
戦うことが、ではない。
剣の力によって、いま彼女は、無敵といって差しつかえない状態にある。
剣から引き継いだ叡智によって、気鬱もすっかりなくなった。澄み切った心のなかに、あるのは為すべきことだけ。

「平本君の紐、その牙で千切ってあげて。できる?」
亮の言うとおり見れば、おそらく陳寿犬同様、亮が、あの渦の中で椅子ごと助けあげたものらしい平本が、部屋の片隅で、縛られた状態のまま、倒れていた。
「やってみます。えと、あの」
「どうしたの?」
亮は陳寿犬を見下ろす。
亮の内面が研ぎ澄まされたおかげで、その表情を覆っていた靄はなくなり、本来の明るい顔が戻ってきた。

そうして、陳寿犬は理解した。
容姿はたしかに違うけれど、この気配は、あのK杉山小学校で自分を助けてくれた、金髪の少女そのものではないか。
諸葛孔明ではない。落胆はあったもが、それ以上に、ふたたびあの少女に会えた喜びのほうが、勝っていた。
「助けていただいて、ありがとうございまする」
二度も、と加えようとしたが、亮は、晴れやかな笑みを向けきた。
「当たり前じゃない。友達なのだから」
「と、ともだち!」
「ちがうの? そうでしょう? さて、話はあとでゆっくりしましょう。その前に、やらなくちゃいけないことがあるから」
亮は軽やかに言うと、首を戻して、澄明な瞳を、部屋の一点に向けた。
ともに視線を動かせば、そこにはメアリを助け起こしているシグルトの姿があった。
「あの男が、平塚八兵衛が追っている、少年連続殺人魔でございましょうか?」
「彼が全員を殺したわけではないけれど、果てしなくそれに近いものはあるかもね。神霊ヴァルキューレを妻にもつ大英雄の身でありながら、怨霊の誘惑に負け、『堕ちた』。
堕天したアトラ・ハシースを討つのは、わたしの役目ではないけれど、彼らがこの世界をこれ以上傷つけるのなら、もう許さない」
「へ? へ?」
亮がなにを口にしているのか、さっぱり判らない陳寿犬は、しきりに首を傾げるが、そんな様子を、亮は面白そうに笑って、ふたたびシグルトのほうを見る。
亮の様子は、厳しい戦いに赴く戦士というよりは、すこし難しい仕事が控えているが、自分の力を試すことができて嬉しくもある、といった、ごくふつうの、勤勉で善良な人間の雰囲気であった。気負いや悲壮感はまるでない。
シグルトを見ながら、亮は言った。
「思い出したのだけれど、わたし、あなたの探しているひとを知っているわ」
「亮殿、マジで!」
「これが終わったら、一緒に探しに行きましょうね。きっと、彼もわたしを探してくれていると思うわ」
「本当でございますか!」
「本当よ。よかったわね、きっと今度は、あなたを傷つけたりしないわ」
わけがわからず亮を見上げた陳寿犬であるが、瓦礫の巻起こす粉塵のなかに浮かび上がる、少年の姿をした亮の向こう側に、まるで透けるようにして、K杉山小学校で出会った、金髪の、このうえなく美しい白い甲冑を纏った、少女の姿がはっきりと見えた。

「さっきのは、挨拶だったの」
少女は、余裕ともとれる優しげな笑みを、にっこりとシグルトに向けると、不意に、顔を厳しくして、叫んだ。
「聖剣アスカロン! シグルト・ウェルズングをこの世界から追放して!」
とたん、剣は少女の声に素早く反応すると、ふたたび、太陽もかくやといわんばかりの凄まじい閃光を放ち、シグルト・ウェルズングめがけて、何条もの雷を放った。
あまりの光のつよさに、部屋が真っ白になり、何も見えなくなったほどであった。
そして、命令を受けた光は、やがて龍の姿をとり、次から次へと光の線となって、まっすぐと、狙いをたがえることなうシグルトたちへ向かっていく。
シグルトは、とっさにノートゥングを構えて、その魔法で持って、黒い霧の防護壁を作り上げた。
そして光を防ごうとするが、光は、意に介さず、ノートゥングが作り上げた防護壁に、ためらうことなくぶつかっていく。
絶え間なくつづく光の龍の来襲に、さしものシグルトも、ただ受身に回るしかない。
シグルトは、防護壁で攻撃を受け止める際の衝撃に耐えるべく、足を踏ん張るものの、足にしているカーペットごと、ぐいぐいと力を押されて後退していく。
「シグルト!」
ビル全体が激しく揺れ、砂塵が巻き起こるなか、メアリの悲痛な、甲高い声が響いた。
もしもメアリの霊力が完全な状態であったなら、レティクルよりせしめた霊具フラガラッハで、援護することも可能であったかもしれないが、いまのメアリはあまりに無力すぎた。

剣をちょうど自身の中心に添える形で、襲い来る光の龍を防ぎながら、徐々に徐々に後退をしていくシグルトの姿を横目に、陳寿犬は、床に転がり、意識を失っている平本の身に巻かれた紐を、懸命に噛み切っていた。
対する亮の姿は、聖剣アスカロンの力によるものか、大きな光輪に幾重にも守られているように見える。
黒い靄をまとう魔剣ノートゥングは、同じドラゴン・バスターとしての宿命を背負ったアスカロンに、完全に圧倒されていた。
紐を噛み切り終わり、平本の服の襟をぐいぐいと引っ張って、安全な場所に逃がそうとすると、平本が気が付いたらしく、ふたたび呻き始めた。
陳寿犬は、血と涙で濡れた頬を舐めてやりながら、懸命に、意識を保たせようとする。
耳を斬られてから、どれだけの血が流れて言ったのだろう。
さいわい、もう血が止まっているようだから、致命傷ではないだろうが、さきほどの衝撃によって、部屋はめちゃくちゃになり、切り取られた耳片もどこかへ行ってしまった。
優秀な日本の外科技術をもってしても、耳を同じようにくっつけるのはむずかしいだろう。
人は、異形のものに冷たい。
とくに日本人はその傾向がつよい。
この愚かな少年の未来は暗い。
彼自身がよほど強く生れ変わらなければ。
そうなると、陳寿犬は、この少年が哀れに思えてきた。

「考えてあげて!」
と、不意に、アスカロンの放った光の龍の攻撃を見つめていた亮が言った。
おのれの勝利をすこしも疑っていない、明るい、自信に満ちた声である。
もともと亮の声は澄んでいたが、アスカロンを手にしてからは、さらに澄明さが増した。
聞いているだけで、落ち着いてくるのは不思議である。
「考える?」
陳寿犬が亮のことばに首をかしげると、亮はそうだ、と頷いた。
「その子のしていたことは、許されることではない。けれど、だからといって、魔物たちの餌食になっていいという話ではない」
「祈るのでなく、考える?」
「そうよ。人間の敵は、いつだって、人の心のなかにある、暗い無知と偏見。光を照らして、自分の本当の姿を見せてあげるの。
そうすれば、人は、自分の力で、自分を救うことができるようになる。その子の声が聞こえるわ。とても後悔しているの」
「声が?」
陳寿犬は、すぐそばにいる平本の顔をのぞきこむが、不明瞭なうめき声は聞こえても、はっきりとした声は聞こえてこない。
「その子を、お父さんとお母さんのところに帰してあげるのよ。記憶は消さないから、彼はきっと、家に帰ったなら、帰れたことに感謝して、いままでのような過ちは二度としなくなるでしょう。
あなたが一番、彼にとって良いだろうということを考えるの。そうすれば、きっと叶うわ」
「オレ様が、この子に、そうであればと望むもの」

言われて、陳寿犬は、平本の耳が奇跡的に移殖に成功し、両親らに怒られながらも、よく生きて帰ってきてくれたと喜ばれ、そして二度と自らを傷つけるような真似をしないと誓い…そして、ごくふつうの生活を送ることになる、と夢想した。
平本には、自分を好きになるための時間が、たっぷりと必要なのだ。
自分を愛していないから、肉体をたやすく傷つける。
自分を愛せないものは、人を愛することはできない。
ゆっくりと、確実に、しかし自分にも人にも優しくできる、ふつうの生活を送ってほしい。

オレ様、さすが文芸家。
よくここまでイメージできるなぁ、と自分で自分の想像力に感心しつつ、ふたたび目を開くと、平本の姿は目の前から消えていた。
あわてて部屋を見回すが、もうその姿はない。
「亮殿、あの子は?」
尋ねると、亮は、嬉しそうにわらって、答えた。
「帰ったわ」
家に? しかしどうやって? 
首をひねる陳寿犬であるが、その耳が、ただならぬ気配をキャッチした。
幾千もの小さな足音が、規則正しく行進しながら、近くに迫ってきている。
この、幼児の足音に近いのは、もしかして…
ぞくり、と悪寒が走り、全身の白い毛が逆立つ。
これってば、銀のヘンテコ?!

亮に教えなければ、と顔をあげた陳寿犬であるが、ちょうどそのとき、とうとう防護壁を突破されたシグルトが、その身体に光の龍の攻撃を浴びて、体のあちこちを穿たれながら、激しい衝撃に耐えかねて、壁ごと吹き飛ばされるのを見た。
コンクリートの壁が、派手にがらごろと音を立てて、まるで帆がたわむように、外側に向けて身を崩していく。
シグルトは、ビルの壁の崩壊とともに、外に放り出される形となった。
落ちゆくゲルマンの英雄を、メアリがともに宙に飛び退って、残る霊力をすべて使って、空中でその身体を受け止める。
それを見た亮が、追撃すべく、ふたたび剣をかまえたが、瓦礫の山の間から、青白い肌をした、きわめて凶暴な表情をした一つ目巨人が、雄叫びをあげながら襲い掛かってきた。
「まだあなたが残っていたのね! アトラ・ハシースが堕ちたから、召喚されたアストラルも魔の物というわけ!」
野太い腕で振り上げられる拳を、亮は猫のようにしなやかな跳躍でよけて、剣を構える。
ちょうど、亮の入ってきた扉を背にする形となるが…
「亮殿! うしろ!」
陳寿犬が叫ぶと、ほぼ同時に、破壊を免れていたオーク材の重厚な扉の向こうから、銀のヘンテコ軍団が、わらわらと飛び込んできた。
「アスカロンの気配に反応したの!」
銀のヘンテコに気をとられてうめく亮に、重たい足音を響かせて向かってきた一つ目巨人が、ふたたび拳を振り上げてくる。
亮は、一瞬で巨人のほうに向き直り、そして、消えた。
その姿の消し方は唐突で、まるで誰かが遠くから、リモコンでもって、少女のすがたを消去したようであった。
目標を失った巨人の拳は、そのまま、目の前にいる銀の小人たちに振り下ろされる。
どん、と鈍い音がして、拳は小人たちにめがけて振り下ろされ、あとには、幾体もの、ぺしゃんこに踏み潰された銀のヘンテコの姿があった。
潰されたヘンテコは、しゅうしゅうと音を立てながら、その場に消えていく。
異臭をはなちながら溶けゆくそれを見て、一つ目の青い巨人は、悔しそうに大きく声をあげた。

その声があまりに大きかったので、陳寿犬の鼓膜も、びりびりと震えた。
声は、幾重にもたわんで、亮たちのいるフロアだけではなく、仙台市中に響き渡った。
亮は、ちょうど巨人の背中に回る形で移動をしていた。
そして、剣を掲げようとするが、奇妙なことに気づく。
銀のヘンテコの動きが鈍い。
陳寿犬は、すばやく異常に気が付いて、四肢を足踏みさせて、うろたえて、まるでダンスを踊っているように見える。
笑い事ではなく、亮の指先の感覚、足首から先の感覚も、しびれたようになってしまっている。
「凍っている?」
亮は、口にした自分の息の、異様な白さに驚いた。
見れば、瓦礫の山と化した部屋全体が、急速に凍り付いているのだ。
それだけではない。アスカロンとノートゥングのぶつかり合いで破損した壁も、床も、柱も、つぎつぎと凍って、その軋みに耐えられなくなり、悲鳴をあげている。
巨人は、大声で喚きながら、何度も何度もその場で、自分のいる床を殴ったり、あるいは憂さばらしするかのように、銀のヘンテコたちをなぎ倒した。
巨人の引き起こす振動ゆえか、ビル全体を揺さぶる揺れが、激しくなってきている。

陳寿犬は、亮に誉められた自慢の耳でもって、ビルが崩壊直前であることに気づいた。
「亮殿、このビル、倒れるよ!」
「わかっている。このままだとぺしゃんこね! 入り口は一箇所」
と、亮は、銀のヘンテコと巨人たちが戦っている姿を見た。
そこを突破するのはむずかしい。
「シグルトたちと、同じ方法を取りましょう!」
言うと、亮は、陳寿犬に反論する間も与えず、その服ごと、ぐいっと身体を掴むと、崩れた壁から、空中に向けて、羽根があるかのように、高く跳躍した。
「んなー! ムリムリ! 落ちるってー!」
叫ぶ陳寿犬は、ごうごうと耳元で鳴る風の音と、どんどん迫り来るいろは横丁の店舗群の屋根を見て、さすがに今度こそ、もう駄目だと覚悟をした。
屋根が迫ると同時に、落下速度はどんどん増していく。
が、あとわずかで衝突、というときに、ふたたびアスカロンが光り、亮たちを受け止めるように、屋根の上に、気流で編んだ風のクッションを用意した。
おかげで、亮たちは怪我ひとつすることなく、いろは横丁の屋根に降りることができた。

トタンの屋根の下では、横丁にいた人間が、ビルが倒壊する、というので、パニックになりながら、移動していく。
そのなかに、火事場の馬鹿力で、大切に箱をいくつも抱えて逃げる関根と、叔父の姿があった。
ふと、ぼとり、ぼとりと音がして、見れば、崩れたビルの壁から、巨人の攻撃を回避して、亮のもつアスカロンの気配に動かされ、銀の小人たちがつぎからつぎへと飛び降りてくる。
幾人かは、高所から落ちて、そのまま溶けてしまったが、無事なものは、亮たちの姿を見つけると、まるで子供が親に縋っていくように、両手を掲げて、走り寄ってくる。
陳寿犬は、四肢をふんばり、牙を剥き、亮は、彼らをなぎ倒すべく、剣を掲げた。

※このつづきは「仙台ゴールデンポークスの章 9」になります

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