仙台ゴールデンポークスの章

このお話は牛タンの章2のつづきです。

2004年12月5日

みなさま、こんにちは。
ワタクシ、このたび仙台市青葉区にございます、牛タン専門店「たんたかタン」の臨時マスコット犬となりました陳寿と申します。
おかげさまで、今年で齢も十六を超えまして、人でいうならば八十のお爺ちゃん。
ですから、このようにお客を呼ぶために、ビクターの犬みたいにメニュー札を下げて、店の前でじっとしている、なんていうのは、とっても重労働なのでございますよ。

そもそも、ワタクシ、人間でございまして、人であったときはお国に雇われた著述家を生業としておりました。
国の名前は晋と申しますが、これは三国時代のあとに、天下を統一した国でございます。
くわしくは「どうしようもない僕に陳寿の霊が降りてきた・1」でご確認くださいませ。

古代中国人たるワタクシが、なにゆえ、故国をとおくはなれた仙台の地にあらわれたのかは、わかりませぬ。
しかし、ワタクシはこの年になるまで、おのれの身の上も忘れ、ごくごくフツーの核家族に飼われている、ご近所でも評判の名犬として、生涯を過ごしてきたのでございます。

それがあるとき魂が覚醒いたしまして、三国志のイロハを弟どもに教えるべく、浅学ではございますが、皆様に知識を披露することになったのでございます。
さいわい講義は順調で、ワタクシもワタクシの家族たちも、平和な日々がこのままつづくのではないかと夢見ておりました。
まさに、それは、うたかたの如きゆめだったのでございますが…

うむぅ、よくできたロボット犬だと? オレ様がアイボに見えるというのか。う、アイボのほうがかわいい、だと? 噛んじゃうぞ、ゴルァ! 
っと、お客さんだった。がまん、がまん。
ハイ、いらっしゃいませー。

は、申し訳ありませぬ、脱線してしまいました。
こうして看板を首からぶらさげて、『たんたかタン』の臨時マスコット犬となっているのには、事情がございまして、みなさま、聞いて驚かれるな。
ワタクシのおります、この仙台市、いかなる陰謀か、えんえんと2004年の12月をくりかえしているのでございます。
どうやら、その天をも恐れぬ所業をおこなっているのは、『レティクル』という銀色のヘンテコな連中で、そいつらはさまざまな陰謀を張り巡らし、どうやらワタクシを亡き者にしようとしているのでございます。
へ? なんだかサッパリわからない? 
そうでしょうとも。ワタクシもさっぱりわからないのでございますから。

ことのはじまりは、12月4日の夕方、わが家のいじめられっこの弟が、いじめっ子に、小学校に出るという、お化けの写真を撮って来いといわれ、われらに泣きついてきたのがはじまりでございます。
弟のためにお化けの写真を撮りに、ワタクシ・陳寿と、姉、それからムカツク血統書付の羅貫中とで小学校に向かいました。
そうして廊下を歩いておりますと、突如としてすさまじい光明とともに、故国・蜀の丞相で、ワタクシがもっとも尊敬し、崇拝するお方・諸葛孔明さまが現われたのでございます!
よろこびもつかの間、ワタクシを見るなり、諸葛孔明さまは、世界を元に戻すため、とかいう理由でわたくしに襲い掛かってまいりました。
絶体絶命のところへ、あらわれたのが、思わず恐怖を忘れてしまうくらいに凛々しく美しい少女騎士。この金髪美少女は、ワタクシのために孔明さまと戦ってくださいました。
しかし孔明さまのほうが、いささか有利でございました。
少女の危機を見たワタクシは、孔明さまをお止めするべく、その腕に噛み付いたのでございます。
ところが孔明さまの不可思議な力により、そのままワタクシは感電死してしまいました。

それ以降の記憶はまったくございませぬ。
ただ、お二人とも、ワタクシを「ケルベロス」という名で及びになりました。
へ? ケルベロスがなんだかわからない? 
コホン、ケルベロスというのはギリシャ神話に登場する、地獄の番犬のことでございます。
頭が三つある凶悪なワンコロで、地獄から脱出をはかる亡者を追い散らす役目をもっている、律儀な公務員のような犬なのでございます。
もちろん、このワタクシとは似ても似つかぬワンコロ。
ケルベロスなんて、ワタクシ、一切関係ございませぬ。

さて、ふたたび目を覚ましたワタクシは、なぜだか12月4日の自分の家に戻っておりました。そうして不思議なことに、また同じようにいじめられっこの弟のために、小学校へお化けの写真を撮りにいくことになったのでございます。
廊下で孔明さまと少女騎士の戦いをみたことや、自分が感電死したのは夢だったのか知らんと思ったワタクシでございますが、あまりにリアルすぎる夢でございました。
わたくしが小学校の校舎に入るのをいやだといいますと、弟どもはわたくしを校庭の鉄棒に繋いで、自分たちは校舎へ行ってしまいました。

そこへあらわれたのは、今度はなんと故国の鎮東将軍・趙子龍さま。
趙子龍さまもまた、ワタクシが「ケルベロス」だとおっしゃいまして、なんと、この仙台が12月をくりかえしていることと、廊下にあらわれた孔明さまは、未来から戻ってきたこと、そもそもワタクシを襲うきっかけが、『レティクル』なるナゾの集団に唆されたことなどを教えてくださいました。
そうして、ワタクシに、12月4日、孔明さまが聖剣をあずかり、青葉山の仙台市博物館にいることと、レティクルなる連中によって取り込まれようとしている、ということを教えてくださいました。

敬愛する孔明さまの危機! 
ワタクシはすぐさま青葉山へむかったのでございます。
そうして、いままさに、銀のヘンテコに襲われようとしている孔明さまのお姿を発見! 
獅子奮迅のはたらきによって、みごとにこれを撃退! と、思ったのもつかの間、孔明さまと思ったお方は、孔明さまの名である「亮」という名を持っているのにもかかわらず、まったくの別人でございました。
それどころか、性別もちがう。
この亮殿、家庭の事情により男装をしている少女という、ちょっと昔の少女漫画のような境遇のお方だったのです。

それはともかく、孔明さまはどこへ行かれたのか?
青葉山をくまなくまわって見たワタクシですが、とうとう孔明さまを見つけることはできませんでした。
ションボリうなだれるワタクシに、亮殿は、預かったという聖剣(といっても、きれいな銀の腕輪にしか見えないのでございますが)を見せ、ワタクシのほかにも、亮殿を孔明さまと勘違いしたウッカリ者がいることを教えてくださいました。

聖剣には不思議な効用がございまして、これを填めると、未来が見えるようなのです。
そうして、ワタクシたちは、いかなる偶然か、12月19日、仙台駅が爆発炎上する、というおそろしい光景を見てしまうことになりました。

ともかく、孔明さまが見つからないのであれば、あとは深手を負っておられた趙子龍さまをお助けせねばなりませぬ。亮殿とともに小学校に戻って見たものの、すでに趙子龍さまのお姿はなく、あとには血だまりが残るのみ。
そうしてワタクシは亮殿とともに、自分の家に戻ることにしたのですが、なんとびっくり。
わが家はいきなり宙に浮いていたのでございます。
それこそラピュタのように、ぽっかりとシュールに宙にあるのです。
ワタクシが呼べど叫べど声は届かず、ワタクシの家族は、ワタクシをよそに、フツーに生活をしているようでした。

この奇妙キテレツな状態にうろたえつつ、ワタクシは亮殿の、うちにこないか、というお誘いの言葉を受けて、ともに木町通りにある、この『たんたかタン』へやってきたのでございます。
亮殿の叔父上たちは、「食べ物屋に犬はだめ」だの「チワワならよかったのに」だのおっしゃいましたが、そこはそれ、ワタクシ人間ができておりますので、ぐっとこらえて、こうして一宿一飯の恩義に答えているわけでございます。

うむぅ、俺様がじっとしているのをいいことに、人の頭をなですさるの、やめれ。
あっ、いま毛を引っこ抜いた。痛ぁー! フザケルナー、このへっぽこ公務員! 噛む、噛むとき、噛めば、噛め! がう!



「あっ、コラ、お客さんに牙を剥くな! すみません、お客さん!」
すかさず陳寿の頭に亮のゲンコツが炸裂した。
お母さんや姉のゲンコツと一味ちがって重く固い。ごき、と頭蓋骨に鈍い音がひびく。
「犬をこんなところに繋いでおいて、危ないとか思わないの?」
と、陳寿犬の頭をさんざんくしゃくしゃにした挙句、とどめとばかりに大量に毛を引っこ抜いた公務員ふうの男は、意地悪そうな顔をさらにゆがめて、店から出てきた亮に言う。
「それに食べ物屋の店先に犬、っていうのも非常識じゃないの? 保健所に許可は取ってある?」
それは、と口ごもる亮のところへ、すっと影のように背後に立つ人物。
その長身の男が、ぬっと現われた時点で、それまで加虐のよろこびに浸っていた男は、顔をこわばらせた。

「なんの騒ぎだ?」
男はぶっきらぼうに言う。
スーツ姿に片手には割り箸。どう見ても『たんたかタン』にて牛タン定食1500円を食べていた、というふうである。
「なんだよ、オマエ」
「この店の客で、ただの公務員だ」
と、大真面目に男は答える。
その顔は岩のように静かで、若い癖して威厳すら漂っている。
「この犬がオマエを噛んだのか」
「噛みそうになったんだよ」
「噛まざるをえない行為をしたからだろう」
「なに?」
「俺のいる席からは、この犬がよく見える。おまえはこの犬をさんざんからかった挙句に、頭から毛を引っこ抜いた。犬だって、そんなことをされたら怒るに決まっている」
「こんなところに、犬なんか繋いでいるのが悪いんだろう!」
「いいや、おまえが、この店の前を通りがかったのが悪い」
言いつつ、男はまったく表情を変えないまま、片手にもっていた割り箸を、バキ、と派手な音をたてて折ってみせた。
そうして、一歩、前に進む。
「この犬は、俺が見張っているから安心して職場に帰れ。それとも、もっと話をつけたいというのであれば、ちょっと場所を変えるか」
それはまさに、女子高生が気に食わない女の子を呼びつける文句「ちょっとトイレにきなさいよ」、あるいは男子学生が、ムカツク相手を呼び出すときの文句「ちょいと体育館裏まで顔貸せや」に相当する言葉であった。
公務員ふうの男は、顔を真っ赤にしつつ、
「なんて公務員だ!」
とよくわからぬ捨て台詞を吐いて、立ち去って言った。
亮と陳寿犬は思わず顔を見合わせる。
まったく、なんて公務員なのか。

「ありがとうございました」
と、亮が言うと、照れているわけでもなかろうが、男は、
「気にするな」
とだけ言って、ふたたび店の中に入っていく。
「クロサワ映画に出てきそうな渋さの持ち主だなー」
「というより、渋すぎてほかのお客が寄ってこないよ。あの人、今朝から牛タンを三杯もお代わりしているんだよ」
「渋いというよりは豪快ですな。亮殿、あのひと、いつまで『たんたかタン』にいるつもりなの?」
「それはこっちが聞きたいよ。まったく、うちの店に凶悪犯が出入りしている可能性がある、っていう話、本当なのかな」
と、亮はぼやいてみせる。
ビルの合間から差し込む光は、店の前に植えた白樺にさえぎられている。その下にたたずむ、シェフの格好をしてお決まりの赤いスカーフ、という出で立ちの亮は、こうしてみると、長身もあいまって、とても少女には見えない。
「しかし連続少年殺人犯を追っている刑事とは、存外に暇なのですな」
「たしかにね。昨日も事件があったそうだから、ぴりぴりしているのもわかるけれど、だからといって、うちにあからさまに張り込んでいちゃ、犯人だって怪しんで近づかないよね」


昨日の夕方、亮と陳寿犬は、連れ立って『たんたかタン』に帰ってきた。
すると、赤で統一した、フランスのカフェふうのオシャレな外観の『たんたかタン』の前に、パトカーが停まっていた。
店に入ると、そこにはラグビー選手を思わせる立派な体躯の男が、テーブルを挟んで、叔父と話をしていた。
彼の身分は仙台中央警察署刑事一課の警部。
全国が注目する、凶悪猟奇事件『仙台連続少年殺害事件』を追っている一人だという。
名前を平塚八兵衛。
冗談のような名前であるが、本名である。
もともと警察官の息子として生を受けたが、そのとき、尊敬する大先輩と同姓であることをいいことに、母親が、息子に名刑事たれ、と八兵衛の名を授けたという、浪花節なプロフィールつきで、八兵衛刑事は自分を紹介した。
八兵衛刑事の説明によれば、殺害され遺棄された少年の死体から、「たんたかタン」の箸袋が見つかり、もしかしたら犯人はこの店に出入りしているのかもしれない、という。
張り込みたいので、明日から店に通わせてくれ、と八兵衛刑事は言った。
そこまで言われては協力するほかなく、八兵衛を店に置きつつ、『たんたかタン』は営業をつづけているのである。

なにやら妙な事がつづきすぎるな、と亮は思ったが、まだそれは、はじまりに過ぎなかった…

ちなみに平塚八兵衛を知らない読者のためにご説明。
平塚八兵衛さんは戦後日本で大活躍された、名刑事のお一人。
帝銀事件、下山事件、吉展ちゃん誘拐事件、三億円事件など、歴史的大事件を手がけた方で、現代のサラリーマン化した警察機構では絶滅したとまでいわれている『名職人』の最高峰である。
(くわしくは新潮社文庫『刑事一代』をご参考ください。とくに吉展ちゃん事件の加害者・平原保を自白させるまでの綿密な捜査と、落とすまでのやりとりは壮絶。この劇的な事件は非常に有名なので、ドキュメンタリー番組でもたびたび取り上げられています。落とすだけではなく、その後の墓参りのエピソードも泣けます。いいですよ、名職人!)

※このつづきは「ほやの章」になります

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