ずんだGAME番外編
笹かまドリームス 9 
最終回

※ ずんだGAMEは2004年の12月を延々とくりかえしている『夢の世界』が舞台となっているお話でありますが、この番外編は、さらにその世界のパラレルとなっております。季節は夏です。でもって、登場人物の関係も微妙に繋がっていたり、繋がっていなかったりしていますが、そのあたりは、あまり気にせず、お楽しみくださいませ。このお話が本編に繋がることはありません(^^ゞ
愉快な仲間たちVS不愉快な悪魔たち


音も立てずに、まさに無数の蛇の如く、白い霧が、悪魔と吸血鬼しかいない仙台東照宮の境内のゆっくりと包みこんでいった。
それは奇妙な光景であった。
空は青く澄んで晴れ上がっているというのに、境内にだけは厚く霧がたちこめはじめたのだ。
そのとろりとしたミルクのような濃い霧を、ジルは怪訝そうにしつつ、手ですくってみる。
「ただの霧のようだが」
すると、ちょうど体自身はジルに背中を向けている格好であるが、うしろ頭はジルのほうを向いている格好となっているアモンは、鳥の形をした顔を憎々しげに歪めて言った。
「馬鹿ねぇ、これがただの霧なわけないでしょー? やつらが追いかけてきたのよ、やつらが! 
しかもこの霧! 『歌謡コンサートの大物歌手登場!』っぽい、安っぽい演出に見えるけれどね、あたしたちをこの霧の中に封じ込める結界なのよ。ったくワンパターンよねぇ、当山孔真君!」
もはや、見上げる空さえ真っ白に曇った世界のなかから、答えてくる者はない。
「やーねぇ、だんまり? ちょいと、連中が来るわよ。敵はアトラ・ハシース4、アストラル3の合計七名。あんたの出番でしょ!」

アモンのことばに、膝をついていたために土のついたズボンのよごれを優雅に払いつつ、霧の中でもなお、鮮やかに映える金髪をもつ吸血鬼は、すっくと立ち上がった。
そうして、無言のまま、その片手に、禍々しい血で柄も穂先も染め上げられた槍を取り出す。
魔具『英雄殺しの槍』である。
それにわずかな傷を付けられただけでも、アトラ・ハシース、そしてアストラルの霊性は著しく傷つけられ、そして只人になってしまうという恐ろしいものである。

「アモン、貴公にはこの霧の中でも、相手の姿が見えているのか?」
ジルが尋ねると、胸にいくつも不様に貼られた絆創膏を気にしつつ、全身黒タイツのような格好をしたアモンは、立ち上がって、答えた。
「見えないわよー。ああ、もう真っ白! 気配はしっかりと感じるけれど、なーんにも見えやしない。ちゃんと真正面から来なさいよ、チキショー!
アモンが甲高く叫ぶと、そのくちばしより、丸い輪のようなものが吐き出され、それはどんどんと広がっていくと、霧の中に広がっていった。
とたん、霧の果てのあちこちから、ちいさな悲鳴や、うめき声がきこえてくる。
「ほほほ。爵位もちを舐めんじゃないわよー♪ 只人だったら鼓膜を破られているはずだけれど、みなさんは如何かしらー? 
さーて、だいたいの居場所は、いまの声からつかめたでしょ、ジル! バシバシそいつで連中を突きまくって!」
「ああ」

答えながらも、ジルの頬は、喜びに上気し、薔薇色になっていた。
たしかに霧のなかで聞こえた、ちいさな悲鳴。
それは、聞きまちがいのない、ラ・ピュセルのものであった。
それがまた、悲鳴である、ということが、ジルの常人離れした被虐心をあおったのである。

「ラ・ピュセル、君がいるのか?」
「ええ、ここよ」
はっきりと身近に聞こえる、凛とした声。
そして霧の中に眼を凝らせば、そこには、なつかしも美しい、白百合のような少女騎士の姿があった。
シャルル七世によって送られた白銀の鎧をまとい、その手には聖剣ジョワイユーズ。
まさに、あの百年にわたる不毛な戦のさなかにあらわれた、救国の乙女の姿である。
何よりも、ジルの心を奪った、その中性的な美しさは、鎧装束によってなおいっそう高められている。

「おお」
感動のあまり、ジルはその姿に見とれ、構えていた槍を下げてしまう。
それを見たアモンは、またもキイキイと抗議の声をあげた。
「ちょっとー! トレビヤーンとか思っている場合じゃないわよ! そいつは敵よ、敵! 萌えー、はあとにしろっての! 
って、うざっ! だれよ、撃ってきてるやつ!」
アモンがぐるりと首を360度回転させて、周囲をさぐる。
同時に、その全身に張り巡らせた結界に、いくつもの銃弾が打ち込まれている。
とはいえ、それは結界によってはばまれてしまうのであるが、よくよく見れば、その銃弾は、ただの銃弾ではなく、結界によって弾かれると同時に、とろりと塗料が溶け出している。
アモンは舌打ちした。
「この霧のなかでマーキング! ふんっ、トルコ人でしょ! なあに、銀の弾丸を買うお金もなくなっちゃったってわけ? 
貧乏って嫌ねぇ。あたしの話を聞けば、あんたたち、お金持ちになれるわよー。ナイスな提案、聞いてみない?」
「おまえの話を聞く者はおらぬ」
言いつつ、アモンの正面に現れたのは、鎧装束に身をかためた趙雲であった。
その手には、孔明が用意した、あたらしい槍が握られている。
「また来たわね、ほんっとーにワンパターン! あんたのアトラ・ハシース、脳の年齢がだいぶ落ちてきてない?」
「余計なお世話だ。このあいだチャレンジしたら、ちゃんと年齢相応と出たぞ」
と、霧のどこか向こう側から、孔明の涼やかな声がかえってきた。
「待ちなさいよ、あんた死んでから1772年も経っているじゃないのよ。つまり年相応って、脳死状態ってことじゃないの?」
「脳年齢27歳! ちなみにアコは42歳だった。こっちのほうが問題だ!」
「苦労しているからな」
ぼそりと趙雲が、同情をにじませてつぶやくと、アモンは、またもキイキイ叫んだ。
「あんたたちの脳年齢なんてどうだっていいわよ!」
「自分で話題を振ってきたくせに……」
「おだまり! 爵位もちに刃を向けるということは、それなりの覚悟はできているってことでしょうね? さっきと同じ手は食らわないわよ! 
って、となりのジル! 惚けてないで戦えっての!」

「もちろん戦うとも。しかし、ああ、この感動をなんと言い表したらいいだろうね。君をいつまでも見つめて、この瞼にしっかりと焼き付けておきたいのだ」
そのことばに、ラ・ピュセルは言った。
「携帯に撮影機能はついていないの?」
「おお、そうか、君はなんと賢い。さーて、この霧でどれだけうまく撮れるかわからぬが、さっそく撮影を」
と、ジルはいそいそと片手をズボンのうしろポケットに入れて、携帯を取り出す。
もちろん、片手だけで長槍を動かすのは、いかに吸血鬼であろうとすぐには無理だ。

その瞬間を、背後にいたケマルは見逃さなかった。
「さらば、ジル・ド・レ! 中世の悪夢よ!」
とたん、ぱあん、と音がして、銃弾は、ラ・ピュセルに向けられていた携帯をつらぬき、つづいてジルの眉間を射抜いた。
その衝撃で、ジルは背後に倒れるかたちとなるが、しかし、そのまま背後に崩れることはなく、途中で、まるでバネのように、ふたたび額に穴を開けたまま戻ってきた。
「残念であったな。わたしは不死身だ。たとえ魔を祓う銀の弾丸であろうと、棺を破壊されぬかぎり、わたしが消えることはない」
「ぬぬ、本体ではなかったか」
悔しさをにじませうめくケマルであるが、その横にいる形になっているラ・ピュセルは呆れたように言った。
「うわー、この状況、ちょっとばかり恥かしいかも。あんなに格好つけたセリフをいったのに、壊したのは携帯だけだもんなー」
「黙りたまえ! これが本体ではないと、君らはなぜ見破らないのだ!」
「あんたのほうが見破るべきだろう。アトラ・ハシース!」
「うん? ラ・ピュセル、なんだか、やさぐれていないかい」
壊れた携帯を地面に捨てつつ、ジルが怪訝そうな顔をする。
が、やがて悲しそうな顔になって、ちいさく首を振った。
「そうか、あのがさつなガスコーニュ人の悪影響が出たのだね。なんと嘆かわしいことだろうね、かわいそうに! 
さあ、君をいますぐ、その窮屈きわまりないアトラ・ハシースなどという束縛から解放してあげよう。
そして只人となった君を、わたしは花嫁の抱擁で迎える。
そうして、ふたりして汎世界をまわりつつ、めくるめく吸血ハネムーンと行こうではないか!」
「やっかましい! だれがそんなもんに行くか! というか、いくぜ、変態! 食らえ、ジョワイユーズ発動!」
ラ・ピュセルは剣をぐっと掴むと、ジルに突撃して行った。
ジルのほうは、かつてラ・ピュセルの主騎をつとめ、その剣を教えたこともあるという過去から、油断しきっていたのであるが、ラ・ピュセルの第一撃、さらに繰り出される荒っぽい剣筋に、顔色をかえて、後退をした。
「どうしたのだね、ラ・ピュセル! 剣までこんなに荒れてしまって! まさか、あの傭兵のなりあがり、きみによからぬ狼藉を働いたのでは!」
「するかあ!」
と、いいつつ、まさに白銀の弾丸のごとくジルにむかっていくラ・ピュセルと、そしてそれを槍でもって、戸惑いつつも迎撃するジル。
どちらが優勢なのかは、だれの眼にも明らかであった。

が。

「ちょっと、ジル、冷静になりなさい、そいつは」
とアモンが声をかけようとしたところへ、趙雲はすぐさま隙を逃さず、槍でもってアモンへの攻撃をはじめた。
さらに趙雲の背後より、イスメトが、見事な腕をみせて、援護射撃をくりだし、結界を撃ちつづける。
「ふんっ、さっきの槍より、だいぶ質は落ちるみたいね、結界はぜんぜん壊れないわよーだ♪ 
さーて、やられっぱなしもつまらないわね、いくわよ、反撃! 
『ザ・マネーロンダリング! 本人確認はしっかりと』!」
「なんだそれは!」
趙雲の呆れた声をも弾くように、ぱっと手をかまえたアモンの手から、まさに鉄球のごとき巨大な金貨が、すばらしい勢いで飛び出してきた。
趙雲とイスメトは、あわてて金貨を避けるべく、場から離れる。
「身が軽いのだけは誉めてあげるわー♪ 
さーて、お次は『ザ・多重債務地獄! 街金には気をつけて』!」

アモンが、ふたたび両手から、ぱっと砂金を境内に振りまくと、その粒の一つひとつが、ひとの姿となっていった。
それは、いかにもヤクザふうの男たちである。
数はざっと八十人ほどか。
それが口々に、『金返せ、ゴルァ!』『金返さんかい、ゴルァ!』と叫んでやかましい。
イスメトは手にしているモシン・ナガンを構えると、そのうちのパンチパーマにサングラス、がに股あるき、黒いシャツに派手なカジュアルスーツの男を撃った。
男は簡単に倒れたが、しかし、しばらくすると、消滅せずに、
『痛いやんけ、ゴルァ!』
と言いながら起き上がってきた。

「ほほほほー♪ アモン様特製『街金取立て師団』! 行っておくけど、お金をきちんと回収しないかぎり、こいつらは消えないのよー♪ あんたたちの攻撃力をもってしても、こいつらは倒せないわ〜♪」
「なんとうざったい……いや、なんと馬鹿馬鹿しい攻撃だ……」
呆れてつぶやく趙雲のうしろで、モシン・ナガンを手にしたイスメトもため息をついた。
「しかし倒せないのは確かに、困ったね。いくら渡せば消えるんだ?」
イスメトの問いに、八十人分の取立屋たちは、いっせいに答えた。

『十八万二千三百六十二円じゃ、ゴルァ!』
『三万とんで十四円じゃ、ゴルァ!』
『十三円じゃ、ゴルァ!』(←利息。延滞した場合に日割り計算で利息がつくローンの場合、期日が過ぎたあと、元金だけ払っても延滞金だけが残る場合があります。あと、月賦払いをコンビニ払いにした場合、支払用紙のバーコードが元金しか記録していないため、延滞すると、利息分が残される場合もあります。つまり、このように非常に少額な借金が残るわけです。普通は取立てしませんが、悪質な顧客の場合、警告の意味をかねて、あえて取立てる会社もあるようです。支払う側としては、手数料のほうがかかってしまい、たいへんな損となります。その判断基準は社員判断というところもあり、会社によってちがう、つまり曖昧な様子。規制が厳しくなっても、規制以前の取立てをしている会社もまだまだ存在しています。というより借金はいけません)
「三番目の男なら消せるぞ!」
趙雲のことばに、イスメトは小銭入れを見て唸った。
「生憎、十五円しかない。二円はちゃんとおつりで返ってくるのだろうか」

「情けないわねー。というか泣けてくるわよ、アタシは〜。だから言ったでしょ〜♪ ナイスな提案聞いてみない、って。めくるめく大富豪の道へあなたをご招待してあげるわよん」
「そのあと、魂を『悪魔の胎盤』に封じ込めてしまうのでしょう? そうはさせない!」
「へ?」
アモンが霧の中、凛とひびくその声に顔を上げると、まさに両手でアスカロンをかまえたラ・ピュセルが、自分に飛び掛ってくるのが見えた。
が、背後にある顔は、ちゃんとジルと激しい撃ち合いをしているラ・ピュセルの姿を見ているのである。
「え? は? あれっ?」
頭をぐるぐると、強風に翻弄される風見鶏のようにぐるぐる回すアモンであるが、ラ・ピュセルは構わず叫んだ。
「聖なる剣、正義を守る剣アスカロンよ! この悪魔を大地より消し去りなさい!」
その声に応じて、剣は恒星のようにまぶしく光り、アモンの結界を突破すると、その身を脳天から、ばっさりと真っ二つに切り伏せた。
同時に、『街金取立て屋師団』も消滅をする。

それを見た、ジルと対決していたラ・ピュセルは、ガッツポーズをとって叫んだ。
「すごいぜ、ラ・ピュセル! 大金星じゃねぇか、アモンを退治した!」
とたん、ジルもまた、手を止めて、マモンを切り伏せたラ・ピュセルと、自分の対峙しているラ・ピュセルを見比べつつ、泣きそうな声で問うた。
「なんだと、あちらが本物のラ・ピュセルか? すると君は何者だ! なんとなく分かってはいるが、問わずにはいられない!」
すると、醒めた顔をしてケマルが答えた。
「余の力によって、ラ・ピュセルに変化したラ・イールだ」
「なんと! そんなものに萌えてしまった自分に大ショックだ!」
「はっはーだ! よくぞ騙されてくれたぜ! 消えくされ、吸血鬼! 
王の代理としてエティエンヌ・ド・ヴィニョルが命ずる、それゆけ、王者の剣ジョワイユーズ! 幾多の屍を踏み躙りし吸血鬼を、無明の闇へと消し飛ばせ!」

ラ・イールがジルの胴体を横から真っ二つに切ると、とたん、ばさりと衣類だけが地面に崩れ落ち、晴れつつある霧のなか、ぱたぱたと蝙蝠が飛びあがった。
「あ、畜生、斬る前に、体をすてて逃げやがった!」
「そこまでの恥を受けられるか! 自己嫌悪で言葉も出ぬわ。さらば、野獣ラ・イール。つぎは絶対に騙されないぞ!」
「まだあんのかよ!」
ラ・イールの言葉に応じることはなく、ジルは「はああー」と深いため息を残して、ぱたぱたと羽音を響かせて、どこぞへと消えて行った。

「やったな、ラ・ピュセル!」
イスメトと趙雲が、消滅する『取立て屋師団』のあいだを縫って、ラ・ピュセルに近づこうとすると、背後で剣をたずさえて、霧をコントロールしていた孔明が、するどく制止した。
「いや、近づくな! ラ・ピュセル、離れろ、自爆するつもりだぞ!」
その言葉に素早く反応し、ラ・ピュセルは境内のうえを、大きく跳びすさった。
とたん、真っ二つにされながらも、アモンは高らかに笑った。
「最後まで忌々しいアトラ・ハシースだわねー。せっかく巻き添えにしてやろうと思ったのに! とはいえ、ここで死ぬアモンさまじゃないわよー。
アイル・ビー・バック! バッハハーイ♪」
アモンは笑いつつ、上空に高く飛び上がる。
孔明は、その飛び上がる体めがけて、手にした剣を大きく振りかざすと、叫んだ。
「風師よ、そして雷雲師よ、悪魔マモンに鉄槌を!」
すると、その声に応じるように、それまで雲ひとつなかった仙台の空に、一条の雷が走った。
と、同時に、それは上空に飛び上がったマモンの体を激しく打った。

「ちょっとー! ひどすぎー!」

叫ぶマモンは雷に打たれると、上空で大きくその肉体を四散させる。それはまるで、大きな花火が青空に打ちあがったように見えた。
「肉体が消滅したって死なないわよー! おぼえてらっしゃーい」
と、マモンの負け犬の遠吠えが、東照宮の上空より響いてきた。
大きく四散したマモンの体は、つぎに一陣の風が吹きすさぶと、空からすっかり消えてなくなっていた。

「孔明、マモンはどこへ行ってしまったの?」
ラ・ピュセルの問いに、若干、顔色を悪くした孔明は、剣を消しつつ、答えた。
「とりあえずクール宅急便で北極まで。肉体もカチコチになった状態では、しばらく復活も難しかろう。さて、陳寿、東照宮を元に戻せ」
「おまかせを!」
孔明の命令に応じ、あちこちに戦いの痕跡を残している東照宮を前に、陳寿犬は念をこめて、あたりを元通りに修復させた。
それは木々の成長を映したビデオテープを、早送りして見つめるのと同じくらいの、ふしぎな光景であった。

「よくやった。これで問題はない」
「ははー。ありがたきお言葉!」
犬は孔明に平伏してみせる。
それにうなずくと、孔明は趙雲に言った。
「子龍、わたしは疲れてしまったよ。すこし眠るので、アコと交代する。なぜここにいるのか、うまく誤魔化してくれ」
言い終わるか、終わらないかのうちに、くらりと孔明は崩れおちる。
その姿が地面に倒れる寸前に、趙雲は、アコに戻った少女の体を抱きとめた。
「アコは熟睡しているようだな。いまのうちに、アーケードに戻るといい。せっかくの祭りであったのに、またもわけのわからぬ騒動に巻き込まれて、時間を浪費したと知ったら、アコはガッカリするであろう」
ケマルは言いつつ、高科夫人から最初にもらった旧一万円札を、趙雲に差し出した。
「汚れた金ではない。安心して使ってくれ。それでタクシーでアーケードまで行くのだな」
「よいのか」
趙雲の問いに、ケマルは肩をすくめた。
「隣人同士、助け合うものだろう。それはアコだ。余は、つねに女性の味方なのだよ」
「そうか、この借りは返す」
「その子の中にいるアトラ・ハシースが眠っているあいだに頼む」
そうして、東照宮の階段をアコを抱えて降りようとする趙雲に、ラ・ピュセルが声をかけてきた。
「待って、わたしたちも一緒のほうがいいでしょう。只人には、子龍、あなたの姿は見えないのよ。タクシーはつかまえられないでしょう?」
「ペットも同伴OKのタクシーはつかまるかな」
「そこは大丈夫よ。ラ・イール、あなたも一緒に来てちょうだい。知り合いのタクシーの運転手さんに、匂当台公園までお願いできるか聞いてみて」
「よしきた。さてはて、匂当台公園では、いまごろ骨を前に大騒ぎだろうぜ。真相はわかっちゃいるが、それをどううまく、世間が納得するかたちの話に持って行くかだな」
言いつつ、ラ・ピュセルの姿から、前の平塚八兵衛の姿に戻ったラ・イールは、携帯で知り合いのタクシー運転手を呼び出しつつ、ラ・ピュセル、趙雲、アコ、そして陳寿犬とともに、東照宮の階段を降りて行った。

「やれやれ、楽しいお祭りだったじゃないか。これで万事解決だね」
うしろ姿を見送りつついうイスメトに、ケマルは首を振った。
「いいや、最後の仕上げをせねばなるまい。高科夫人に報告をするのだ」
「通じるかな。さっきの掃除機で、吸い上げられてしまったんじゃないの」
「それはわからぬぞ。さて、だれが出るかな」
言いつつ、ケマルは携帯電話にて、高科家へむけて発信をした。


笹かまドリームス エピローグ

だれもいない寂とした日本家屋の縁側で、菅原達也とヨーコ、そしてホロコーストであるエリザベスは、さきほどから沈黙して、じっと電話を待っていた。
室内はきれいに整理整頓されており、いまでは博物館でしかお目にかかれないような品物が、ごくごく自然にそこにあり、もうそこにはだれもいない住人の息遣いを、生々しくいまに伝えていた。

「大きな家ですよね」
と、達也がぽつりとつぶやいた。ヨーコも応じてうなずく。
「だね。あたしン家より、3部屋ほど少ないけど、柱とか天井の木の組み方とか、すっげー凝ってる」
「あれ、ヨーコさん、もしかして、インテリアとか興味あるんですか」
「ちょっとだけねー。たまに家具の街とか行って、ひやかしするよ。ベトナムの家具とか、けっこう好きだったりすんの。北欧の家具もいいんだけどさ、なんか流行に乗っかってるみたいで、好きっていうのって、なんか抵抗あんだよねー」
「へえ、それじゃあ、将来はインテリア関係の仕事とか、いいんじゃないですか」
「なんで急に」
「だって、以前に、あたしってば、将来の夢がなーい、でもフツーのOLとかになりたくねー! とかいってたじゃないですか」
「言ってたっけ」
「そなたは、誰にでも同じ文句を言っておるのか」
と、エリザベスは呆れてヨーコに言うが、ヨーコは、あえて無視をした。
「インテリア関係っつってもさ、あたし、ぶっちゃけ、あんましセンスってないじゃん? あたしの部屋とか見たら、きっと引くよ」
「わかっておるのか。よいことじゃ」
この言葉も、ヨーコはあえて無視をした。
「生まれつきのセンスってのも、たしかに大切かもしれませんけど、これもある程度、勉強すれば磨かれるものだと思いますよ。
ヨーコさん、たぶん、自分のことあんまり知らないんじゃないかなって」
「なにそれ。たっちー、あんた、ここがホームグラウンドだと思って、ずいぶん大胆じゃん」
「そういうわけ……なんですかね。なんか、いつか言おうかな、でも言う機会ないだろうな、って思っていたんですけど、急に言いたくなっちゃいました。
ヨーコさんは流行と、自分の好みや、本当に似合うものが、ぜんぶごっちゃになっているんですよ」
「そっかな。でも、なんでそう思ったわけ?」
「ポートレートを撮ったときに、思ったんですけれど、出来上がった写真と、実際の本人とでぜんぜん違うふうに見えたのって、ヨーコさんだけなんですよね。
他の子って、アーティストやモデル志向の子とか、すごく真面目にファッションの勉強している子とかだと、それなりに自分を掴んでいるんですよ。
でも、ヨーコさんは、もしかしたら、まだ自分がない人なのかなって。
あの写真は、俺の好みのヨーコさんで、実際は、ヨーコさんはヨーコさんで……ええと、上手く言えないですけど、それでも、いろんな子のポートレートを撮ったなかでも、ヨーコさんの写真は、もう一度撮りたいな、って思いました」
「たっちー、もしかして、あたしのこと、好きだとか?」
「ええ?」
ヨーコのあけすけな指摘に、達也はうろたえて顔を真っ赤にした。

しかし、エリザベスは腕を組み、首を振って言う。
「いいや。たっちーの気持ちは、そうじゃな、朝顔の成長記録を写真に撮りたいのと変わらぬ心情と見た。ロマンスは期待せぬようにの。
たっちーは、まだまだ夢を追う少年じゃ。そなたのように蓮っ葉なおっちょこちょいを引き受けられる余裕はない。よい友達でいるがいい。
そのうち、たっちーに余裕ができたら、再度、アタックするのじゃ」
「女王、うっせー! せっかくのなんかいい雰囲気が、モロぶち壊し! あたしじゃなくて、たっちーが」
「嘘をつくな、嘘を。すこしばかり、たっちーに惹かれておったであろう」
「なんだろ、このイギリス人。つーか、マジでロンドン塔に閉じ込めてぇ」
「いまのロンドン塔は、ただの観光スポットじゃ。閉じこめられるものなら、閉じこめてみるがよいぞー」
ほほほ、と笑いつつ、女王は宙をふわふわと浮く。
「たっちー! あんたからも、女王になんか言ってやってよ! 超ムカツク!」
「……女王陛下は、なんて言っているんですか。俺、すごく不安なんですけど」

と、そのとき、家の電話がじりんじりんと音を立てて鳴った。

「電話が来た! たっちー、出て!」
「大丈夫ですか? これ、出るとあの世に引っ張り込まれるとか、ないですよね?」
「ないない。安心せい。この電話は、この地の妄執に、すべてが終わったと報せる合図のようなものじゃ」
「妄執?」
首をかしげつつヨーコが庭を見れば、ぎょっとしたことに、いつの間に立っていたのか、若い男が、悲しそうな顔をして立っていた。
そのこめかみからは、血があふれている。
「これって、もしかして、骨で見つかった、たっちーのばあちゃんの叔父さんってやつ?」
「そうじゃ。この男も、長いあいだ、この地に縛られておった。最後の仕上げぞ。さあ、電話に出るのじゃ」
「たっちー、女王が、大丈夫だから電話に出ろって」
「は、はい。うわあ、古い電話だな……もしもし、すが……じゃない、ええと、高科です」

『ふむ、生きている人間が出たか。余はそこの家の老婦人に頼まれて、高科惣一郎と敬二の諍いを止めるようにと頼まれていた者だ。
すべては解決した。宝は、はじめから老婦人の祖父が、アモンと契約したときに差し出してしまったので、無かったものなのだ。
すべてを今日で終わりにするがいいと伝えてくれたまえ。それでは、失敬』

「あの!」
しかし、電話は切れており、気づけば、それまで整然としていた日本家屋は、すっかり朽ち果てかけた、廃墟の姿に戻っていた。
庭も途中まで草が刈られた状態で、半分以上が、雑草が伸び放題となっている。
そして、庭にいた男の姿は、もうなかった。

「消えちゃった。成仏したってこと? ねえ、たっちー、電話はなんだって?」
「ぜんぶ解決した、宝は、アモンと契約したときに無くなったから、もう終わりだって」
「はあ? なんでそこで宮本亜門が登場してくんの? あんた、チケットぴあからの間違い電話を受けたんじゃない?」
「ええ? こんなすごい内容の間違い電話って、フツー、ありますか?」
「ヨーコのたわけ。アモンはアモンじゃ。道々説明してやるゆえ、戻るぞ」
「なんか釈然としない。ってか、なんだよ、宝ってなかったんだー。超ガッカリ。
あー、もう気が晴れないから、もういっぺん、祭に戻って仕切りなおそうぜ! あんたのカメラマンデビューも半端になっちゃったしね。行こう、たっちー」
「そうですよね、宝のことは終わったんですよね。俺のやることは、自分の夢を叶える道を探すことですよね」
「お、いいノリじゃん。そうそう。そっちのほうが大事だって。
あー、超いい天気! 気持ちいいから、タクシー使わないで、歩いてもどろ!」

言いながら、ヨーコは、いつになく晴れ晴れとした気分で、七夕祭で賑わう仙台の中心街へと戻って行った。

ずんだマップに戻る
MAPへもどる
更新履歴へもどる

※ ご読了ありがとうございました(^o^)丿笹かまドリームス、これにて完結となります!
いささかお名残惜しいですが、またの機会に、かれらの活躍を見てやってくださいませ。そしてリクエストくださった樹高さま、どうもありがとうございましたm(__)m

(C)Hasamino Nakama 2006 09 18