くっきき。
オールドロケッツ・ゴー・ゴー・ゴー!(タイトルに深い意味なし)

後編

『オールドロケッツ・ゴー・ゴー・ゴー(タイトルに意味なし)

孔明「オールドロケッツ? どういう意味だ?」
趙雲「意味はないのだろう。『タイトルに意味なし』と記載してあるくらいだからな。語呂で決めたのではないのか」
孔明「ふうん? 仲達、あいかわらず突飛なやつだな」


ビデオがはじまった。
いかにも手書きでレタリングした、ということがわかる、丸っこい字(アトラ・ハシースの文字である)で、こんな文言が出てきた。

『本日は、司馬仲達の『おともだちビデオ』をご観覧くださいまして、ありがとうございます。
不肖、司馬仲達、おかげさまで、たいへん元気であります。
このビデオは、お世話になったみなさまへのご挨拶の代わりとさせていただきます。みなさんに幸あれ』

画面が切り替わり、どこかの舞台である。
舞台のバックには、おそらくベニヤ板にて、自分でせっせと描いたものと思われる、にぎやかな色彩の、虹と野原の絵が描かれている。
どこかの幼児番組のセットのようなチープさが、逆にほほえましい。
いかにも手作り、といった感があふれている。

しばらくして、舞台の袖より、首にタオル(いつか趙雲が作って贈ったものである)をかけた、グレーの垂れ耳うさぎが登場。
字幕で、仲達が呪詛にかかってうさぎになったことを知らない人のために、こんな文字が出る。

『うさぎですが、司馬仲達です。呪詛でこういう姿になりましたが、命に別状はありません。耳が垂れているのは、仕様です』

舞台のバックを、いまさっきまでけんめいに作っていたことがわかることに、仲達のグレーの毛には、ところどころ、ペンキの塗料がくっついていた。
そういうところも、ますますアットホームな雰囲気を醸し出している。

仲達は、舞台の中央にたつと、カメラに向かって、なにか言い出したのだが、音声の不具合からか、口がぱくぱく動くだけである。


趙雲「そうじのときに、音声端子が外れたかな?」
孔明「いや、ちゃんと接続されているよ。ちょっと切り替える(と、孔明はリモコンで、画面をTV放送に切り替えた。ふつうに音声が出る)。DVDに不具合があるようだな」
趙雲「供給所に持って行ってみるか」

と、趙雲が腰を浮かしかけたところで、音声が急に戻ってきた。


仲達「……というわけで、本日は、みなさんに、司馬真拳のすべてをお見せしよう! 
エクササイズ効果、ダイエット効果、リフレッシュ効果、すべてを兼ね備えたすばらしき司馬真拳の世界をぜひご堪能くだされ!」


孔明「なにが『というわけ』なのかわからないが、これから何が起こるのかだけはわかったな」
趙雲「もともとの仕様か。というより、これを撮影した機材に問題があるのだろう」
孔明「途中で音声が入った、ということは、だれかが撮影中に気がついて、機材を調整した、ということかな。撮影を手伝っているのは、仲達の孫か?」
趙雲「さあて、わからんな。あとで出てくるだろうか」


やがて、毎度おなじみ、仲達の司馬真拳の演武がはじまった。
某北斗神拳のBGMからおおむね拝借したテーマソングに乗って(歌は仲達が吹き替えている)仲達が舞台の中央にて、
「哈っ! 哈っ!」
と短い手足を駆使して、つぎからつぎへと拳の型を披露する。
なかなかよく訓練したのだな、ということは、素人目にもあきらかなのであるが……


孔明「最初から、飛ばしすぎじゃないか? もう息が切れているようだが」


そのとおりで、唄が、サビの
♪おーれとの愛を守るためぇ♪
のところにさしかかると、仲達のからだが、ぐらりと何度か揺らいだ。
すでに疲れ果てているらしく、目もうつろで、焦点がさだまっていない。
手足の動きにも、最初にあったキレがなくなってきた。
やがて、
♪あーいを とりもどせぇー♪
のところまでやってくると、とうとう限界がおとずれたらしく、その身体は、まるで見えない拳によって正面からパンチを食らったかのように、ぐらりと一回転すると、目をまわして、その場に、ぱたっ、と倒れてこんでしまった。


孔明「あっ! これは救急車だ! 手に汗握る、って、こういうことか!」


舞台のうえでうつぶせに倒れこんだまま動かない仲達。
舞台のうえでは、無情にも、唄の二番がはじまろうとしていた。

「立たれよ、仲達どの! 二番がはじまりましたぞ!」

どこかで聞き覚えのある男の声が、仲達にかかる。
しかし仲達は疲労困憊しているらしく、すこしぴくりと身体を震わせて反応するだけで、立ち上がれないようだ。

「いかん、これは中止だ! BGMストップ!」
男・2「仲達どのは、なにがあっても最後までカメラを回せとおっしゃっていただろう!」
「たわけ、このようなことは想定しておらぬ! 
あー、これだから、セットくらいは外注にすべきだと申し上げたのに! 
昨日から飲まず食わずでセットづくりをして、さらに演武などしたら、倒れるのも道理ぞ!」
男・2「言い出したら聞かない人だからねぇ。ちょっと、この間(ま)が勿体ない。仲達どのが回復するまで、俺がつなぐか」
「これはおまえの『おともだちビデオ』ではないぞ!」
男・2「固いことは言わない。お友だちの危機にお友だちがあらわれた、っていう設定でいいじゃないのさ。
アンタはカメラを回し続けててよ。はい、あとはよろしく~」
「おい、こら!」

カメラは倒れたままの仲達を映したまま、しばらく、ガタゴト、と機材を移動させる音がつづく。
やがて、なにやら派手な上下のスウェットスーツ(あちこちに蛍光塗料でメーカーの名前やロゴ、ラインなどが入っているタイプ)をまとった、背のひょろ長い男が、両手を高くあげて、BGMのリズムに乗って、手をぱんぱん叩きながら、
「はいはいはいはいー」
と、芸人のような調子のよさで、舞台のうえにあらわれた。


趙雲「あっ! 張儁乂!」
孔明「字が読みにくい人!」


張儁乂、つまりは張郃。風雅を好む、つねに余裕綽々の武将で、孔明の北伐を、仲達とともにうまく防いだ魏の武将である。
趙雲の顔が、わずかに渋くなったのは、事情がある。
じつは張郃、袁紹のもとにいたときは、公孫瓚に致命打を与えた活躍をみせていた。
これによって公孫瓚は追いつめられ、自害することとなったのである。
張郃は、この功によって、はじめて天下に名を広めた。
さらに時代をくだっては、馬謖の大失敗のさい、これに乗じて、おおいに功績をあげた人物である。
公孫瓚が滅亡したさい、趙雲は、すでにそのもとを去っていたが、張郃に対しての心情がふくざつなのはまちがいなく、馬謖の大失敗においては、もちろん、なおふくざつである。
趙雲にとっては、張郃という人物、人生のターニングポイントにおいて、直接的ではないけれど、重要な役割を担ってあらわれる人物なのである。


張郃は、サッカーにおけるクロアチア代表選手のユニフォームのような派手なスウェットスーツを身に纏い(もともと大変な伊達男であるが、どうやらビデオ撮影の裏方ということで、この男なりに地味でうごきやすい格好をしてきたつもりらしい)、BGMに乗って、かまわず、司馬真拳を披露しはじめた。
となりに、床の上でへばっている仲達がいるのだが、これは無視である。

張郃「ハイハイ、つづけてどんどん行きますよ~。みなさんも、ご一緒に!」
「ご一緒できるか! ちょっと待て!」

ふたたび機材をガタゴトと片付ける音がして、舞台のうえに、もうひとりの男が怒鳴り込んできた。
こちらもスウェットスーツであるが、張郃とくらべれば、良識的というか、ごくごくふつうの、渋い風合いのものである。

男の顔をみて、孔明も趙雲も、またまた凍りついた。


孔明「今度は張文遠!」
趙雲「すごいコンビで撮影していたのだな…」


張文遠、張遼。泣く子も黙る男。いわずとしれた魏の名将。
勇猛なばかりではなく、機転のきく人物で、さらには慈悲の心も持つ立派な人物であった。
文武両道で誠実な人柄を評価され、張郃がアストラルなのに対し、張文遠、アトラ・ハシースである。


孔明「おお、本物だ、本物」
趙雲「は? もしかして、初めて見たのか?」
孔明「うむ、一緒に組んだことがない。生前も、一度も相対して戦っていないからな。
へー、こういう顔をしていたのか。泣く子も黙るというから、どれほど恐ろしい顔をしているのだろうと思っていたが、けっこう普通、というより、温厚そうで、むしろ武将には見えないな」
趙雲「………」


趙雲は、むかし何度か、張遼と一緒に働いたことがあった。
そのときに、孔明に会ったことのない張遼から、その容姿を聞かれたので、持っていた携帯用水晶玉(情報端末のようなものである)に入れていた孔明の姿をみせた。
すると、
張遼「ほう、こういう顔をしていたのか。しつこく五度も戦を仕掛けてきた男だ。よほど粘着質なのだろう、暗い顔をしているのだろうなと思っていたが、けっこう普通。
というより、美女のようで、むしろ丞相、というか、男には見えないな」
と言った。
張遼には悪気はない。
趙雲とは、生前における確執も深くなく、職務をとおして仲良くなり、なかなか話も合ったため、ついつい気も緩んだついでに、口も弛んだのだろう。
だが、そこはそれ。
そのあと喧嘩になったことも含め、孔明には黙っていようと、趙雲は思った。


張遼「おまえ、いますぐ舞台を降りて、自分でカメラを覗いてみろ! 
倒れている仲達どのの真となりで、ドタバタと動き回って、どういう絵面だ、まったく!」
張郃「なーに言ってんのさ。あんた、仲達どのをわかってない。
たとえ自分が倒れても、司馬真拳の演武を途中で止めないでほしいっていうに決まっているだろうさ。聞いてみな」
張遼「聞いてみな、ってな」

ぶちぶち言いつつ、張遼は、へたばっている仲達を起き上がらせて、仰向けにした。

張遼「仲達どの、しっかり! いま救急車を呼びますぞ!」
仲達……舞台のうえで……ライトを浴びながら、死にたい……ガクリ
張遼「仲達どのー!」
張郃「ほら、言ったとおりでしょうが。わたしだってね、司馬真拳をマスターするのに、いったいどれだけかかったことやら。
この人さあ、どこかまだ秘密体質が抜けないんだよね。司馬真拳だなんて、それこそ存在自体、20世紀になるまで知らなかったしさ。
テーマソングもアレだし、ってそれはいいや。それ、ワンツー、ワンツー」
張遼「ワンツーなどと呑気な……言っていいか。わし、ときどきおまえと同じ張姓なのが嫌になるんだけど」

とたん、それまでリズミカルに動き回っていた張郃が、ぴたりと体の動きを止めた。


孔明「あっ、いまのはいかん! 致命的なひと言だ!」
趙雲「どこも、人間関係では、いろいろあるんだな……」


張郃「いま、なんて言ったのかな?」
張遼「同姓なのが、ちょっとね、と言ったのだ。このところ、基本世界で流行しておるゲームの影響か、よく聞かれるのだ。
おなじ魏の張郃さんは兄弟ですかー? とか。おまえみたいなのが弟なら、張飛が弟のほうが、まだいいわい」


趙雲「それもどうかと思うが」
孔明「子龍、それはそれで問題発言だよ……」


舞台のうえで、にらみ合う、ふたりの勇将。
そして、その背景では、止められていないBGMが、むなしくシャウトをくりかえしている。
にらみ合いも、舞台のセットがほのぼのしているだけに、なにやら迫力に欠けている。

張郃「そのセリフ、マジでそのまんまお返しするよ。あんたが兄貴なら、張角が兄貴だっていうほうが、まだマシだね」


孔明「張角って、だれだっけ」
趙雲「おまえが三つのときに死んだ、黄巾党の首領だ」
孔明「そういう名前であったかな? わたしに合わせて教えてくれてありがとう」
趙雲「おまえ181年生まれだろう」
孔明「うん」
趙雲「そういうことだ」
孔明「ふうん? 張遼はあなたと同世代?」
趙雲「向こうのほうがひと世代上だ。169年生まれだからな(注・はさみの設定では趙雲の生年は175年前後)。張郃のほうが近い」
孔明「ふーん」


舞台のうえで、はげしく火花を散らしあう、ふたりの男。
張郃から目線をはずさず、すっくと立ち上がった張遼の足元には、ところどころにペンキのついた、雑巾のような風体になっているうさぎ。

張遼「言いおったな」
張郃「言ったがなにさ」
張遼「貴様とは、いつかこの拳で雌雄を決する時がくるだろうと思っていた」
張郃「奇遇だね、わたしもさ」

にらみ合ったまま、それぞれ攻撃の態勢に入る二人。
いつしかBGMも止み、にこにこと笑っている擬人化された太陽や、花畑でみつばちが遊んだり、ロケットが飛んだりしているにぎやかなイラストの描かれたベニヤ板のまえで、二人の男は、じり、と間合いをつめる。


孔明「なるほど、これが『手に汗握る』、の正体か!」
趙雲「『お友だちビデオ』のはずなのに、ぜんぜんお友だちじゃない…どうしてこれが一位なのだ」


歩をじりじり詰めていく張遼であるが、いよいよ攻撃か、というとき、突如、はっとして、身を引いた。

張遼「うわ、危っぶなー。このまま攻撃してたら、煉獄行きだぞ!」
張郃「はあ? なにそんなの気にしてんのさ。ヘイ、カモン!」
張遼「カモンと言われて、はい、それじゃ行きます、お願いしますというわけにはいかん! 
最高府の規定がゆるやかになったとはいえ、アトラ・ハシースがアストラルを攻撃したら、即逮捕だ! 
おまえ、策士だな。すこし狙っていなかったか?」
張郃「べっつにー」
張遼「その顔は狙っておったな。うぬぬ、攻撃できないとはいえ、このまま引き下がるわけにもいかぬ! こうなれば、最後の手段。行くぞ!」
張郃「覚悟が決まったようだね!」
張遼「そうれぃ! くらえ! じゃーんけーん」
張郃「ぽぉぉぉおおおん!!」

張遼=ぐー。
張郃=ちょき。

張遼「あっち向いて、ほわぁぁぁあああいい!」

張遼=右。
張郃=左。

張遼「まだまだぁ! あいこで、しょぁあああいい!!」

張遼=上。
張郃=右。

張遼「おのれ、やるな!」
張郃「ふふっ、負けられないからね!」


孔明「子どもにおなじみ『あっち向いてホイ』が、まるで『あっち向いてWHY?』に聞こえる! 
これは同じ国でともに戦った仲間同士が、いまは敵と味方に分かれなければならない不条理となげきを、すべて『WHY』の三文字に押し込めたのか!」
趙雲「急に解説をはじめた……」


あっち向いてホイ、は、その後、4回ほどくりかえされたが、張郃はみごとに張遼の裏をかき、まったく勝負がつかない。


孔明「いま何回目?」
趙雲「つぎで五回目だと思うが」
孔明「これ、ずっとつづくのかな。早送りしないか」
趙雲「うん。いや、待て?」


ほーい、ほーいと雄叫びがつづくなか、倒れていた仲達が、どうやら安静にしていたことで、霊力が回復してきたらしく、むくりと起き上がった。

仲達「ぬー、まだちょっとくらくらするのう。なんだかずいぶん寝ていた気がするが……って、は? 文遠どのと儁乂どのが、なぜだか般若のような形相で『あっち向いてホイ』を! いったいなぜ! 
ご両者―! 止めてくだされ!」
張遼「やめろといわれて、いまさらやめられぬわ!
いくぞ、さらにもう一回! あっち向いて、ほぁあああああい!」
張郃「しつこいじいさんだこと!(張遼・享年五十四歳)

張遼=下。
張郃=上。

張遼「ちぃいっ! ぬかった、上であったか!」
張郃「あんたの考えることなんざ、とっくにお見通し。百回やっても同じだよ!」
張遼「ならば百回だろうとくりかえしてくれるわ! いくぞ、あいこで、しょおおおおいい!」
仲達「やめてくだされー! いったいなぜ!」
張遼「もとはといえば、あんたが倒れたせいだろうが!」
仲達「ええ? わたしが倒れたから、『あっち向いてホイ』を始めたの? まるっきりつながらないのだけれど!」
張遼「邪魔が入ったが、いくぞ、あいこで、しょぉおおおおおい!」

張遼=左。
張郃=下。

張遼「またかー!」
張郃「何回やっても同じだっていうのに! あんたの傾向はお見通しだよ! 自分で気づかないとは気の毒だな!」
張遼「なにぃ! わしの、いったいどこがいけないというのだー!」


孔明「あ、わかった」
趙雲「俺もわかった」


仲達「わかった」
張遼「ええー! 仲達どの、ずっと気絶していたのに!」
仲達「文遠どのには、癖があるのだ。指をくりかえして、同じ方向にむけることをしない。
だから、たとえば文遠どのが指を上に向けたら、つぎの『あいこでしょ』のとき、上を向けば、文遠どのは、上以外の場所を指す。
つぎにまた『あいこでしょ』となったとき、つづけて、文遠どのが最前に指した方向を向けば、文遠どのは、またほかの方向を指している。
最初の一回さえ勝ってしまえば、あとは決して負けることはないのだ」

とたん、張遼の顔から血の気が引いた。

張遼「な、なんと! そんなことが?」
張郃「しかもあんた、じゃんけんのとき、必ず、最初にぐーを出すでしょ」
張遼「ぐーが好きなのだ」
張郃「さらには、『あっち向いてホイ』のとき、最初にかならず、右を指すでしょ」
張遼「右がお気に入りだし!」
張郃「あんたのその癖の話、すっごく有名なんだけど。もしかして、本人は知らなかったわけ?」
張遼「だれだ! だれが、このわしの秘密を!」
張郃「大殿(曹操)
張遼「うっそー! それって超裏切りじゃん! 倫理的に許される? 
けど、言えない、抗議できない! わしって、やっぱり大殿に弱いもん! 
そうか、だからわしは、ここ百年、いちども『じゃんけん』に勝ったことがなかったのかー!! 
って、ええ? じゃんけんに負けて、何度も大殿に、お気に入りの馬具とか、とっておきのおやつとか、横取りされてたんだけど! わー、ショック! 
しばらく立ち直れないかもしんない。つーか、引きこもる。もう話しかけないで」
張郃「勝った! かな? でもなにやら後味のわるい」
仲達「ぬぬー、わたしが気絶したばかりに喧嘩になってしまうとは。こうなると文遠どのにも申し訳ないのう。
文遠どの、できればご機嫌をなおして、一緒に司馬真拳の演武に参加してほしいのだな。どうであろう」
張遼「話しかけないでってば。セットの一部と思って、華麗にスルーの方向でお願いします」
仲達「だからといって、そうですかとは言えぬよ。のう?」
張遼「ふんだ、知りません。だいたい、司馬仲達どのは、最近は蜀漢の二人とばっかり仲良くして、わしらとはちっとも付き合って下さらなかったではありませんか」
張郃「あー、それはたしかにあるわ。そも、撮影は、あの二人に頼めばよかったんじゃないですか」


孔明「やだよ」
趙雲「俺はかまわんが」


張郃に指摘され、首にタオルをかけたままの仲達は、すこし傷ついたようである。
しょんぼりとうなだれて、言った。

仲達「それを言われるとつらいのう……やはり、わたしには、『お友だちビデオ』の作成は、無理であったのかな」
張郃「無理っていうか、作り直せばいい話でしょう」
仲達「見てくれる者がいるかどうかもわからない物なのにか。
ご両者とも、ご存知であろう。わたしは主家を裏切り、権力を簒奪した男ぞ。
三国志演義の影響で、世間の評判も、わーるい、わるい」
張郃「率直に言えば、まあ、たしかに」
張遼「うーん、否定できませぬな」
仲達「評判が悪いために、たとえば召喚先でも、わたしの名を知っている者は、たいがい態度が冷たいのだよ。
もっとも、最後は打ち解けられることもあるが、ほとんどが、どこかぎこちなさを残したままでな。
最近になって、呪詛をかけられて、うさぎになって以降は、諸葛亮と和解したこともあって、みなの見る目が変わってきたように思えてきた。
だから調子に乗って、『お友だちビデオ』も作ろうと思い立ったのであるが、しかし、やはり不安だったのだよ。
もしかしたら、やっぱりだれも見てくれないのではないか、とかな。
で、思ったのだ。もしだれも見てくれないものでも、すくなくとも、見てほしい者がいて、思いついたのが、わたしにいつもよくしてくれる、ご両者だったのだ。
ご両者は、アトラ・ハシースとしてこの世界にやってきたわたしに、生前と変わらぬ、いや、生前以上に分けへだてなく接してくださったからのう。
だから、ご両者には、作ったものを見てもらうより、一緒に参加してもらって、そのう、あのう」

仲達はすこしもじもじしていたが、やがて意を決すると、顔をあげて、二人に言った。

仲達「これを期に、友だちになってもらえたらな、と。
それでもしビデオが、だーれも見てくれないものになったとしても、あとで、『そういえば、ビデオを作ったことがあったね』と笑って話せるようになったらいいな、と思ったのだ」
張郃「……」
張遼「……」
仲達「でも喧嘩の種になってしまったのう。なにもかもが、わたしのわがまま。不愉快にさせてしまったことを、お詫び申し上げなければならぬ」
張郃「いや、お詫びなど。だいたい、だれも見ない、なんてことはないでしょう。すくなくとも司馬一族は見……」(ここで張遼が張郃の頭を殴って、言葉をさえぎった)
張遼「ご一族のほか、大殿はもちろん、若殿も、そうだ、蜀の例の二人も見るでしょう」
仲達「そうかのう。あの二人は、けっこうドライだぞ」


孔明
「見ているよ」
趙雲「そのとおり」


張遼「それに心外ですぞ、仲達どの」
仲達「え」
張遼「わしは、すでに仲達どのとは、過去の恩讐を越えて、友であるとばかり思っておりました」
張郃「それは、わたしも同じく」
仲達「ま、まことでござるか、ご両者―!」
張遼「まこともまこと。だれも見てくれないのでは、などと、そのように、悲しいことをおっしゃいますな。
喧嘩をしたのは、仲達どののせいではなく、われらの普段からの行き違いの結果でございます。むしろ仲達どのの、せっかくのお心を無駄にしてしまって、申し訳なく思うところでございます」
張郃「まー、これもコミュニケーション不全? 仲達どのに責任はナイ。
それに、だれも見ないビデオなどということはないでしょう。二日もかけて、こんなに一生懸命、セットだって作ったし、唄もあたらしく吹き替えたのですから」

と、張郃は、仲達が手書きしてつくった、太陽とみつばちとロケットの絵が描かれているベニヤ板を、ノックするように、コンコンと叩いた。

張遼「たしかに、われらは一度人生をまっとうしたあとでも、やはり、生前と似たようなあやまちをくり返してしまう業を背負っておりますが、しかし、それを克服するチャンスもまた、無限に持っているのです。
世間の評判が冷たいことが、いったい、なんだというのでしょう。仲達どのの、みなに感謝の心を届けたいという、そのお心があれば、きっと、心ある者には、気持ちが伝わります」
張郃「それでもあれやこれや言うやつはいるけどねー、そういう奴は、友だちのわたしがボコッておきますので」
仲達「ご、ご両者~!」

仲達のつぶらな瞳から、ぶわっと涙があふれだす。

張遼「涙はいけませんぞ、仲達どの!」
仲達「うう、ありがとう。これは水ということにしておいてくれい!」
張郃「きれいにまとまったところで、それじゃあ、最初から仕切りなおしといきますか!」
仲達「ありがとう、ありがとう」

そして三人はふたたびビデオを最初から撮影しなおし、そしてラストは三人で、一緒になかよく、ノリノリのBGMに乗って、司馬真拳の演武を披露してみせた。

そして、幕。
ラストにふたたび字幕が登場し、こうあった。

『これまでの友だち、これから友だちになれるかもしれない、最後まで見てくださった方、すべてに感謝いたします。
いつかまた、お会いしましょう。 司馬仲達』

孔明「……」
趙雲「……」
孔明「いいビデオだったな」
趙雲「これは一位だな」
孔明「……」
趙雲「……」

その後、二人は、特になにか、互いに用事がある、というわけではなかったが、なんとなく離れ難くなったので、とりとめのない話をしながら、一日を終えた。



朝になったので、『発明ソサエティ』の定例会に出席するため、孔明は、まずはフランクリンのお見舞い品を買うべく、供給所へ向かった。
結局、なんだかんだと、趙雲も朝まで一緒にいたので、二人で塔の外に出た。
塔の上空には、澄み切った青空が広がっている。

雲ひとつない空の下、なにやらわんわんと、にぎやかな犬の声がする。
なんだろうと思って見れば、雪も降っていないというのに、何頭もの犬に曳かれた犬ぞりが、孔明にむかってやってくる。
犬ぞりのうえには、洒落た髭の男が、しゃんしゃんと鈴の音をさせて、にこやかに孔明に手を振っているのだった。
同じソサエティに参加している、イワン・ペドローヴィチ・パブロフ博士である。

なにも犬ぞりに頼らなくても、下宿先には山ほど交通手段があるのだが、パブロフ博士が犬ぞりにしているのは、わけがある。
パブロフとくれば、有名なのが『パブロフの犬』。
パブロフ博士は、もともとは、動物の唾液の分泌量を調べる実験をしていた。
その犬には、いつも餌を与えるときに、ベルを鳴らしてから与えていた。
ところがあるとき、犬が、ベルを聞いただけで、餌も与えていないのに、唾液をたらしていることを発見。
これにヒントを得たパブロフ博士は、条件反射の研究をあらたにはじめたのである。
そして、この成果により、パブロフ博士はノーベル賞を獲得することになった。

この話があまりに有名になったため、パブロフといえば犬、というわけで、だれかに会うたびに
『あれ、パブロフさんだけですか。犬は?』
と聞かれるのに、パブロフ博士は、すっかりうんざりしてしまった。
そこで、なかば自棄になって、みずからを犬で囲んで、毎日の生活をしているのである。
本人曰く、
「これも実験動物にした犬への、贖罪ということでしょうか……ふふ」
とのことである。

元気一杯の犬たちに牽引されている犬ぞりのうえに座って、パブロフ博士は言った。
「出かけるまえにお会いできてよかった。ソサエティのパソコンのデータに鍵がかかっていて、メールが出せないもので、いまから塔のロビーに『ソサエティの定例会中止のお知らせ』を貼りに行くところだったんですよ」
「なにかあったのか」
孔明がたずねると、パブロフ博士は、うんざり、というふうに首を振った。
「また、例のごとく、あの二人、エジソンとベルですよ。
MR.フランクリンは、あの二人の仲をなんとかしようと、今朝、二人を実験場に先に呼び出して、イーさんの音声チップの開発を共同でするようにしたらどうかと持ちかけたんです。つまり、和解をさせようとしたんですね。
ところがですね、あの二人ときたら、やっぱり喧嘩になりまして」

以下、プロフェッサー・パブロフwith犬による、再現会話である。

「こんの、業突く張りのでしゃばりが! イーさんの音声チップの開発担当は、わ・た・し! が、するのだと、決めたはずだぞ!」
と、ベル博士。
「やかましい。あれはジョークだ! おまえみたいに運ばっかりよくて実力の乏しいやつに任せられるか、ヘンな髭!」
とエジソン。
「あ、髭の悪口を言った! ふざけるな、オカルトかぶれ!」
「やかましい、このインテリぶった嫌味なイングランド人! 育ちが良くって、ヤナ感じ!」
「どんなやっかみだ、それ! わたしだってな、けっこう苦労しているんだぞ!」
「学習障害だ、耳が悪いだ、性格悪いわの、いろいろ障害を抱えているわたしのほうが、きっと不幸! ちょっといいとこゆずれ! 
わたしなんかなぁ、じつは美談が数えるほどしかないんだぞ! おまえ、いっぱい持ってるじゃん!」
「どんな理屈だ、それは! おまえの常日頃からの行ないが悪いから、基本世界での評判が下がりまくっているのだろう! 
マジでもう言い加減にしろっての! おまえしつこい! 発明王に選ばれるだけじゃ、不足?」
「それとこれとは別! 新型電気椅子でこんがり焼くぞ!(電気椅子はエジソンの研究所の所員が発明)出てこい、電気椅子!」
と、エジソンは自身の最新作である電気椅子を取り出して見せた。

それを見たフランクリンは、思った。
これが武器だと見做されれば、エジソンが煉獄に連れて行かれてしまう。
この場を設けた責任者としては、それだけは止めねばならぬ!

持ち前の責任感の強さを発揮して、フランクリンは、孔明の電撃にさらされた傷もまだいえていない、包帯ぐるぐる巻きの姿ながら、ベル博士をかばうべく、果敢に、そのまえに飛び出した。


「で?」
「で、もなにも、エジソン氏は電気椅子、なんて言っていましたが、その正体は『電磁波・こりはこりごりチェア』。要するに健康器具だったのです」
「どうしてみんな、商品名にダジャレを使いたがるのだろう。しかし、それならば、問題はなかろう」
「エジソン氏としては、電気椅子でどうこうする意志はなく、むしろ電気椅子にベル博士を座らせて、相手の怒りをほぐそうとしたようなのですな」
「ふつうに頭を下げればよいではないか」
「それまでに、さんざん罵ってしまいましたからね。素直になれなかったのでしょう。
しかし思いもかけずフランクリン氏が飛び出してきたので、コントロールを誤った。椅子の角が、こう、ガツンとフランクリン氏の額を直撃しまして」
「厄年じゃないのか、MR.フランクリン」
「泣きっ面に蜂とは、まさにこのことでしょう。いま癒し手のところに運ばれて、治療を受けていますが、定例会はとてもじゃないですが、できないようです」
「エジソンはどうなった」
「最高府に拘束されて事情聴取を受けています。まあ、フランクリン氏のことですから、あとで助命嘆願を出すでしょうし、ベル博士も、あのひとはエジソンのことを抜かせば人格者ですからね、わざと不利な証言をすることもないでしょうから、大事にはなりませんよ」

パブロフ博士は言ったあと、孔明の背中越しに、塔のロビーから出てくるアトラ・ハシースたちを見て、眉をひそめた。
「おや、いけない、ほかにも実験に出かけようとしているメンバーがいるようですね。
それでは失敬、当山孔真君。ほかのメンバーにも知らせてこなくては」

わんわんと、吼え声もたのもしい犬たちと移動するパブロフ博士の背中を見送って、孔明はつぶやいた。
「エジソンめ、死んでもなお戦い続けるとは、不屈の精神と評するべきか、それとも懲りぬやつよと呆れるべきか。
どちらにしろ、巻き込まれる人間は、たまったものではないな」
それを聞いて、趙雲は、苦笑しつつも言った。
「すこし前まで、おまえと仲達の喧嘩を見て、俺もそう思っていたよ」
「む?」
「いまがだめなら、時間をかければいいのだ。おまえたちの場合は、国家と思想をかけての戦いが背景にあったから長引いたが、金絡みの争いだけなら、もっと短くすむだろう。
おまえ、こんど定例会に行ったら、エジソンとベルの二人に、そう教えてやれ」
「聞いてくれるかな」
「聞くだろうさ」
「あなたが言うならそうしてみるか。聞かなかったら、例の仲達のビデオを見せてやろう。
さて、時間が空いてしまったが、今日はどうしようかな」
「たまには動け。そうだ、おまえが興味をおぼえそうな、めずらしい貝殻を採取できる海辺、見つけておいたぞ」
「へえ、ほんとうに? じつは、いま、もしどこかへ出かけるなら、海がいいなと思っていたのだよ」
「ならば、出かけよう。天気もよいし、そうだな、貝殻の面白いのが採れたら、仲達たちにも分けてやろう」
「こういうときに、ほんとうにしみじみ思うのだけれどね、やはり、わたしの一番の友は、あなただな」

そうして孔明と趙雲は、二人して、並んで歩き始めた。

おしまい

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