くっきき。 オールドロケッツ・ゴー・ゴー・ゴー!
前編
朝が来たと思ったら、すでに夜だった。
要するに、仕事のつかれがどっと来て、ぼーっとしているあいだに、夜が来てしまったのである。
生前から体の丈夫ではなかった孔明は、アトラ・ハシースになったあとでも、仕事を請け負ったあとは、下宿先にて何日か骨休めをしないと、つぎの仕事で満足な結果をだせない傾向にあった。
身体を癒すためにすることといえば、ひたすらなにも考えず、ぼーっとすることだ。
イギリス出身の、特に富裕層などは、『なにか労働をしていなければ罪悪感がある』などという考えは貧乏人特有のもので、労働をしない者こそ貴族である、などと嘯いている。
が、一方で、退屈するのが怖い、などというつぶやきを漏らす元王侯貴族もいるわけだから、なにがいいのやら、わるいのやら。
明日は、『MR.フランクリンの発明ソサエティ(国籍・年代不問)』に顔を出さなくてはならないなと、自室のソファのうえでぼーっとしながら、壁掛けカレンダーをながめる。
発明ソサエティの定例会のお知らせによれば、MR.フランクリンが、とうとうどんな電撃にも耐えうる避雷針の開発に成功したとのことである。
明日の定例会では、これの第二実験のメンバー選出が話し合われる、ということであった。
第一実験は悲惨だった。
風属性のなかでも雷電の操作が可能なアトラ・ハシースがあつめられたうち、孔明もこれに参加した。
雷電というものは、強力な武器でもあるが、非常に扱いのむずかしいところもある。
古来より人間にとって馴染み深い自然現象だというのに、じつは、そのメカニズムは、いまもって完全解明に至っていない、というところも、その扱いのむずかしさを象徴しているだろう。
MR.フランクリンの避雷針に向けて雷電を放つ、というのが孔明の役目であったのだが、ちょうど孔明が雷電を放ったそのとき、おなじソサエティのメンバーであるエジソンとベル博士が後ろで大喧嘩をはじめ、取っ組み合いをしたまま、孔明に突っ込んできた。
あわてて雷電を引っ込めようとしたのだが、時すでに遅し。
コントロールを逸した雷電は前方に立てられた避雷針に向かうどころか、避雷針の様子を観察しようとしていたMR.フランクリンを直撃。
只人だったら死ぬところであるが、ここはアトラ・ハシース。
MR.フランクリンは全治三ヶ月の大怪我で済んだ。
消滅しなかったのは、不幸中のさいわいである。
ベンジャミン・フランクリンといえば、多才な人物で、避雷針などを発明したばかりではなく、アメリカ合衆国の黎明期に政治家として活躍した人物でもある。
いまもって多くのアメリカ人に慕われているのであるが、やはり慕われるだけあって人格者で、孔明の謝罪を、快く受け入れてくれた。
『やはり明日の定例会には、お見舞いの品を持っていくべきであろうな。日本食が流行しているというようだし、水ようかんセットなどはどうだろう。
納豆セットは……いやがられそうだな。健康にはよいが、匂いが人をえらぶ。定例会へ行くまえに、供給所をのぞいてみるか』
さて、問題はエジソンとベル博士である。
エジソンも、ご存知アメリカ人である。
が、多々背負っていたハンディキャップの反動なのか、どうにも、競争心むき出しの人物で、しばらくはフランクリンの手前もあってか、大人しくしていたのであるが、ここ何年かは、生前の悪いところが顔を出してきて、ソサエティのメンバーとの喧嘩が目立つようになってきた。
ベル博士とは、生前の確執(技術の特許をめぐって、裁判までしたのである)もあって、そもそものはじまりからして、冷戦状態だった。
そりゃ悲しいだろう、というMR.フランクリンのとりなしで、二人とも、しばらくは仲良くしていた。
が、避雷針の第一実験のとき、ふたたび亀裂が入った。
見物人のために用意されていたフルーツ・ポンチの、最後のチェリーを取った、取らない、というくだらない理由から、話はどんどん発展して、むかしのことまで話がおよび、エジソンとベル博士の大喧嘩に発展してしまったのである。
ライバル同士、なかなか仲良くなる、というのは難しいようである。
MR.フランクリンは、この二人を見て、みずからは黒焦げになりながらも、
「君たち! 当山孔真君を見習いたまえ! 自分の国を滅ぼした相手の晋の宣帝とも和解して、いまは仲良くやっているんだぞ!」
と叱った。
そういえば、仲達は最近見ないな、と孔明は思う。
どこかに召喚されているのだろうか。
今日もだれもおとずれぬまま、日が暮れていく。
茜色に溶けていく空のうえを、まっ黒なカラスが飛んでいく。
カラスの家には七つの子がいるとはほんとうか。
たしかめようと、太陽の眷属であるカラスに聞いたところ、
「基本七つ」
という謎めいた回答が帰ってきた。
神託のつもりか。どういう意味だろう。どうもカラスたちは直答を避ける傾向があるが、どうしてなのだろう。
そんなにむずかしいことを尋ねていないはずなのに。
考えていたら、また眠くなってきた。
あー、一日ムダに過ごした気がするのは、やっぱり貧乏性ゆえか。
もう今日はいさぎよく、このまま眠ってしまおうかな。
朝までぐっすり眠れる自信があるぞ。ねむねむ、おやすみ。
と、うとうとしかけたところへ、ぽーん、と呼び鈴が鳴った。
一瞬、無視してしまおうかとも思ったが、それもなんなので、インターフォンのところまで、ゆっくりと歩いていく。
インターフォンのモニターには、アトラ・ハシースが住む塔の管理人である、ゴーレムのイーさんがいて、孔明に言った。
『当山孔真君、オトモダチノあすとらるガ、オミエニナッテイマス。オ通シシテ、ヨロシイデスカ?』
「そうだ、今度の定例会の議題のひとつに、イーさんの体内に内蔵されている、音声チップを改良すべきだというのもあったな。
試作品は出来上がったようだから、もうすこし、なめらかに喋れるようになるかもしれないぞ」
『ソレハ、アリガタイデス』
しかし、その開発チームの中心は、エジソンがなるか、ベル博士がなるかで揉めているとも聞いている。
大喧嘩の原因は、こういうところにもあるのだ。
死んでからもなお、争いを止められないのだから、人間の業は深い。
「通してくれ。子龍だろう」
そのとおりで、ほどなく、入り口には趙雲の姿があらわれた。
「なんだ、寝ていたのか」
と、孔明の顔を見るなり、趙雲は言った。
それほどぼんやりした、生気のない顔をしていたわけである。
「疲れているようだな。なにか口にできるものを作るか?」
ぼーっとしている孔明に、さすがに気の毒になったのか、それとも見ていられなくなったのか、趙雲は声をかけてきて、台所に立とうとする。
孔明はもともと食欲のつよいほうではないし、アトラ・ハシースの体力は、自然回復するので、なにも食べる物を準備していなかった。
「ところで、今日はどうしたのだ」
趙雲は、なにも用がなくても顔を出す男である。
だが、孔明が、なにかあったのかなと思った理由は、趙雲が、めずらしく、すっきりしない表情をして現われたからだ。
微妙な表情の変化で、相手が何を考えているかわかるのは、長年の友情の積み重ねの結果である。
「ふむ」
目をぱっちりと開けて、孔明は趙雲をまじまじと見た。
「なんだ」
「友だち百人挙げてみよ、といわれたら、まず、あなたの名前を出すだろうな」
趙雲は、唐突になんだ、と言いながらも、まんざらではない様子で、すこし笑いながら、言った。
「なんだ、おまえも流行に乗っているのだな」
「流行?」
思いもかけないことばに、鸚鵡返しにすると、趙雲は、抱えていた無地の紙袋のなかから、一枚のDVDを取り出した。
カラフルなパッケージのそこには、なにやら見覚えのある垂れ耳うさぎの写真がある……それが派手なボクサーパンツをはいて、カメラ目線でファイティングポーズをとっているのだった。
タイトルは『オールドロケッツ・ゴー・ゴー・ゴー!(タイトルに深い意味なし)』。
「なんだ、これ」
手にとって、裏を見ると、にぎやかなレイアウトと写真があって、あおり文句はこうあった。
『男子、刮目して、シナリオなしのガチンコ人生のぶつかりあうさまを見よ! あ、女子も見て!
手に汗握る友情バトルの行く末に、最後は、ただ、涙、涙! まさに『おともだちビデオ』の最高峰の名に恥じぬ出来栄え!』
「……ほんとうに、なんなのだ、これは」
孔明が首をひねっていると、趙雲は、孔明の部屋のTVの動作を確認しながら、答えた。
「ああ、すると、やはりおまえは、本当に知らなかったのだな。それはいま流行している『おともだちビデオ』というやつだ」
「おともだちビデオ? なんとも漠然とした名前だな」
「俺たちアストラルやアトラ・ハシースは、召喚された先で、はじめて一緒に動く仲間と顔をあわせるだろう。
で、そのあと、仕事が終わってしまえば、下宿先での休養時期がいっしょにならないかぎりは、なかなか再会がむずかしい」
「そうだな。言われてみれば」
「で、だれが始めたのかは知らぬが、この『おともだちビデオ』が流行しだした。
供給所の一角にコーナーができたのだが、そこにいけば、かつて組んだことのあるアトラ・ハシースやアストラルたちの、いまの様子が動画でわかる、というわけだ」
「なるほど、趣旨はわかった。けれど、消息が知りたいのなら、使い魔なり、ふつうにメールなりを送ればよかろう。動画だって送れるではないか」
言いながら、ソファの上で胡坐をくむ孔明に、趙雲は、首だけ振り返って、答えた。
「たしかにそうだが、メールや手紙を送るにしても、だいぶ連絡する期間が空いてしまった相手へ送る場合、まず『おともだちビデオ』を観て、その消息をある程度、掴んだうえで送ったほうが、相手も、送る側も、話がはやいだろう。
それに、このビデオが流行しているのは、もうひとつ、よい面があるのだ。
仕事をする仲間を選抜するのは女神たちだから、俺たちは、いつ、どこで、だれと組むかわからない。
で、万が一のときに備えて、気になる相手がどんな人物なのかを、あらかじめ知るためにも、有効だというのだ」
「ふうん? あなたは、流行のことを、前から知っていたのか」
「いや、供給所に、とつぜんコーナーが出来ていたので、店員のドワーフからくわしく聞いたのだ」
「で、仲達のDVDを見つけた、というわけか。『おともだちビデオ』とやらは、理に適ってはいるようだが、なにやら、品定めをされているようで、気に入らぬな」
「ビデオの作成と持込は強制じゃない。供給所専用HPにカタログがあって、まずそこで、おもしろそうなビデオをチェックする。
そのあと供給所へ行くと、専用カウンターがあって、あらかじめネットで申し込んでいたビデオのコピーを渡してくれる、という仕組みだ。
ビデオにだれが出ているか、というよりも、近頃では、映像そのものに力を入れたものが増えていて、それがまた人気を呼んでいるらしい」
「ふうん? 蜀では、だれか出しているのか?」
孔明のことばに、DVDをセットしようとしていた趙雲は、DVDやTV周辺のホコリの量に眉をしかめつつ、答えた。
「基本的に、うちは照れ屋が多いからな。主公が準備していると噂で聞いたが、完成したとは聞いていない」
「わたしは出さないよ。カメラに向かって何をするというのだ。人気があるというけれど、仲達はそれに乗った、というわけか。あいつ、けっこうミーハーだな」
「それが、『おともだちビデオ』のなかでは、いま一番人気らしいぞ。
ちなみに二位は『太陽王の華麗なるバレエの世界へようこそ』、三位は『クレオパトラさんの素敵にメイクアップ』、四位は『善女スジャータの仏陀もよろこぶ、健康お粥レシピ』らしい」
「四位が気になるな…」
「なんだ、やはりなにか作るか。それと、おまえ、あんまり掃除をしていないだろう。簡単に掃除するから、しばらくそこで大人しくしていろ」
いっしょに手伝え、といわないところが、やはり趙雲だ。
家事に関してのもろもろの才能が、孔明からは致命的に欠落していると、わかっているのである。
ソファの上でぼーっとしながら、孔明は、きびきび、てきぱきと動く趙雲のムダのない動きを見学していた。
この様子をビデオに撮っておくだけでも、見ごたえがあるような。
小一時間後、孔明の部屋のあちこちは、なにやら生れ変わったようにきれいになり、家具や小物にしても、色が鮮やかになったようである。
『いままでわたしの部屋は、ほこりでくすんでいたのか…』
尖端がまっ黒になったマツイ棒をかたづけた趙雲は、今度は料理に取り掛かったのだが、これまた仕事が早く、30分後にはうまそうなコンソメスープが孔明のまえにあらわれた。
「趙子龍のカンペキ家事百科」
「は?」
「いや、出すなら、そういうタイトルがいいかなと」
「俺だってビデオなんぞ出さんぞ」
「もったいない。あなたは知り合いも多いし、見たがる人も多いだろうに」
「あのな、上位に食い込んでいる作品のほとんどは、生前、芸能関係にたずさわったアトラ・ハシースたちが監修しているものばかりだと聞くぞ。
みんな目が肥えているからな、素人がつくった作品が受けるのはむずかしいのだ」
「さっき知ったばかりにしては、くわしいではないか。仲達もだれかに監修してもらったのか。小川さんかな?」
「それがわからん。さっそく観てみるか」
趙雲は、DVDを取り出すと、さっそく再生しようとする。
あたたかいコンソメスープに舌鼓を打ちながら、孔明は、DVDを見ることとなった。