真ずんだの章 9

※ この話は、「真ずんだの章8」のつづきとなります。

ボンネットに激しく体を叩きつけられたケマルは、痛みに顔をしかめつつも、ゆっくりと起き上がった。
それはほんの一動作にすぎないもので、時間にしても一秒にも満たなかったかもしれない。
思わずうめき声が口から漏れそうになり、歯を食いしばる。
弱ったところを見せてはならない。
そんなことは、英雄の振る舞いではない。
国家の父の振る舞いではない。

そうだ。

幼少の頃より、他者とはちがう人間だという自覚があった。
違和感といってもいいかもしれない。
平凡ということばの意味がわからない。平凡という感覚がわからない。
違和感のなかで、自分らしくあがくと、すぐさま異端児といわれて、孤独のなかに放り込まれた。
同年の人間からは陰気なくせに、居丈高にすぎるときらわれ、年長者からは生意気だとしかられた。
しがない木材商の息子。理解者になってくれるはずの父は早くに死んだ。
だからあまたいるトルコ人が、父親に逆らうことなど夢にも思わないのが伝統であるように、ケマルは、父でもあった母親に逆らわない。

母親のもとで育てられた狼は、狼らしく、いつも孤独であった。
どこへ行っても、自分より劣るものとしか出会えなかったかれは、つねに不平と不満をかかえる、陰気な不機嫌なやつだった。
寡黙で神経質なくせに、口をひらけば挑発的なことばばかり。そのうえ、それが正しいときているのだから、たいがいは不愉快さをおぼえてかれのまえから消えていく。
だれが好んで、自分が目のまえの男より劣っているという事実をつきつけられて、よろこべるであろうか。
そのあたりのことが、ずっと孤独であった男には、やはり理解できなかったのだ。

不気味な、眼光ばかり炯炯と輝く男。
彼はつねに苛立っていた。だれもかれもが愚か者に見えた。
いや、実際に、時代遅れの愚か者だった。
学校ならばまだしも、人の生死がかかっている戦場において、劣っている者は、劣っているがゆえに、多くの兵士をたくさん殺した。たくさん駄目にした。
かれはどの派閥にも属さず、ずっときらわれ者の一匹狼であったから、かれらがどうして駄目なのか、その理由をつぶさに観察することができた。
正論をぶてば、軍から追われるであろうことは理解していたから、かれはもう何も言わずに、憂さを忘れるために浴びるように酒を飲み、女と遊んだ。
かれの不幸は、女のなかにも、果たして、理解者が出てこなかったことだろう。
しかし、癒してくれるだけ、女は男よりずっといい。

かれは言葉を欲していた。まともな議論を交わせる相手をさがしていた。
しかし、かれの言葉は、当時の主流であった、現実性にとぼしい汎トルコ主義とは一線を画するもので(現在のわれわれから見れば、かれの考えは、おどろくほどに常識的なものであるのだが)、一介の職業軍人の発言は、いつでもどこでも、変わり者のたわごととして無視された。

時は1915年。サラエボから口火を切った戦いの火は、世界各地に飛び火して、トルコもまた、混乱のなかに叩き込まれた。
そして、戦局は悪化する。
かれが前線に立つときがやってきた。
棘の道のその先が、急に拓けたようだとかれは思った。
戦場で、かれはわずかな兵士たちとともに、海峡を超えて首都をおびやかそうとする、七万五千人の異国人と戦った。
どんな危機にさらされようと、勇敢に戦った。
ナポレオンのように、みずから陣頭指揮に立ち、だれよりまっ先に敵に立ち向かった。
たった一人で、銃弾の雨のなかを駆けて行ったこともある。

なにかが変わりつつあった。
勇敢な金髪の、灰色の目をもつ青年将校の姿は、兵士たちに強烈に印象づけた。
かれは命令では死ねといったが、あたえる作戦は、勝つためのものであった。
死を恐れ、臆病を恥じる兵士たちは、日を重ねていくうちに、かれに絶対的な信頼を寄せるようになっていく。
孤独だった少年時代、理解者の得られなかった青年時代。
戦場は生きるか死ぬか、実力があるかないかが明暗を分ける。
かれは、ようやく遺憾なく、本来の力を人々の前に示した。
人々は、その類い稀な才能に、圧倒される。
やがて、大勝利。
絶対不利と思われた戦いを、かれは寡兵で勝ち抜いた。
敵の大将が、やがて世界を牽引していく英雄であったことを考えれば、なおのこと、その勝利は鮮烈な印象を与えることだろう。敵の大将の名はウィンストン・チャーチルといった。

戦場で、かれは得がたいものをたくさん得た。
まず、栄光を得た。つぎに、友を得た。
友が死ぬと、残された子供たちをみずから引き取って育てた。
戦場こそ生きる場所であると自覚した男は、つねに、戦いのなかに身を投じるようになる。
大戦が終結したあとは、国内における旧勢力との戦いに。
腐敗しきった首都での、実のない政治的な取引に見切りをつけたあとは、東に向かい、部下と自分のたった三人で、戦場でのかれを覚えていた復員軍人たちと合流し、革命を起こした。

さながら大きな海流が、自分の一挙手一投足によって巻き起こるかのような興奮と狂騒であった。
孤独な変わり者。有能であるが、反抗的にすぎる一匹狼。
しかしその姿をあらわすや、人々は、諸手をあげて歓迎した。
遊牧の民たるトルコの人々の脳裏に刻まれていた、伝説の灰色の狼を思わせるその異相。狼であるからこそ、何者にも束縛されない、自由な魂をもっている。
もうだいぶ昔から、人々はかれの到来を待っていたのだった。
そして、かれはやってきた。
かれを最初に本気で愛し、認め、崇めたのは、人民であった。
だからこそ、かれは、かれを待っていた人々を愛し、それまでのおのれへの不遇を許した。
許したからこそ、人々は、なおもかれを愛した。
幸福な相思相愛は、かれが死ぬまでつづくことになる。

理想の独裁者、ムスタファ・ケマル。人民によって贈られた姓はアタチュルク。トルコの父。
酒を愛し、女を愛し、なによりもつよく、トルコという国を愛し、人民の愚かさを許し、くだらない民族主義を憎んだ。
独裁者でありながら、独裁者であるおのれを嫌った男。人民に主権を返そうと本気で努力した、史上稀な独裁者。


ああ、そうだ。なぜ余はここにいるかといえば、だ。
声が聞こえた。ありとあらゆる空間を突き抜けて、助けを求める、切ない声だった。
召喚を受けたときに、ろくに任務を聞かないまま、承諾した。
あの声が、あの犬の声が、すべてを語っていたのだ。
犬は不浄の獣なのだとイスラムは教えるが、余にとってはそんな古い教えはどうでもよろしい。
問題は声。世界中にあふれる、「なぜ」と問う声。
あの声を止めるために、かつては戦い、勝利した。
見返りはささやかなものでよかった。感謝されるだけで十分だった。
それが真の英雄だからだ。大きな領土も、名誉も、地位も、価値はない。
アレクサンダー大王や、ナポレオンのような英雄には、あこがれない。
ひろい領土がなにほどのものか。そこに住まう人民を幸せにしてやれなくて、首長とはいえぬ。
そうだ、余は、トルコと言う名の、大きな家を作りたかったのだ。
だから、なにより目指したのは復興だった。
まるで盗賊に好き勝手に荒らされたあとのようであった国土を、ひとつひとつ丁寧に修復し、暗がりに閉じ込められていたような女たちを解放し、人々をイスラムの教えから解放し、すべて陽光のもとに返した。

平凡でよいのだ。
平凡がわからないからこそ、平凡にあこがれた。

肉体は朽ちたが、いま、精神はふたたび力を持って蘇った。
余は英雄である。幸か不幸か。


ケマルは、リムジンの中から、なにやら、がなり続けている男を見た。
眼鏡をかけた、どこか神経質そうで、その内実を知らなければ、内気そうにさえ見える男。
哀れな男よ。後世には、誤って、英雄と呼ばれてしまう小心者。
おまえはその地位によって苦しめられ、そしておまえは同じようにその地位によって人を苦しめる者となる。
哀れなる王よ、本来ならば、おまえのいる場所は、ごくごく平凡なところだった。そして、おまえにとっては、それが一番しあわせになれる場所だった。
おまえを、そのふさわしからぬ地位から、救い上げてやろう。

最上アキラ子の姿をした……あれは当山孔真君、そしてそのとなりのホロゴーストは、気の毒に、実体化できない状態でいるエリザベス処女王か。
そうして、なにやら霊力によって作られた武器を持っているあの男、事情はよくわからぬが、只人のようには見えるが、身のこなしからして、そうではなさそうな。

千台潮ががなっているのは、銀色に光る、レティクルクィーンに、自分を助けろと命令しているためだ。
レティクルクィーンのほうは、そんな潮をまったく無視している。
なんともはや、放置しておけば勝手に共倒れになってくれそうなのだがな。

すべてにおいて、悲劇というものは、そこにふさわしくない人物が、ふさわしくない場所に紛れ込んでしまうところからはじまるものだ。
千台潮という男は、まさにその典型であった。



ループ・0

千台潮は、野望に満ちた男であった。
裕福な家庭に生まれ育ち、親類縁者のほとんどが、『成功者』と世間からは評される人々であった。
とくに正義感がつよかったわけでもなんでもない。
親戚に警察幹部がいた。
だから、出世も早くできるであろうと考えて、警察のキャリアになることを選んだのだった。
いつもいちばん自分に楽そうな道を選ぶ。その嗅覚は、たしかに才能だったかもしれないが、あえていうならば、それが潮の、ずばぬけて人よりすぐれているところであった。ほかは平凡だった。
精神の高みを目指したことのない、惰性で日々を送る、夢見がちの青年。世にごまんとあふれている、そんな若者の一人だったのだ。

警察のキャリアとして、その人生を歩きはじめたときから、目指していたのは、もちろん警視総監の座であった。
しかし、その野望は、入庁して一年も経たないうちに絶たれることになる。
つまらないことだった。
酒の席で、その酒癖のわるさゆえに上役に暴言を吐き、そのまま、警視庁の重要な中心である一派から、外されることになったのだ。
辞職しなくてすんだのは、潮の親戚や、大学の先輩の働きかけによるものであった。
辞職はまぬがれたものの、潮は地方を転々とする生活を余儀なくされる。
そうしたなかで、事業に失敗した弟夫婦が頼ってきた頃から、潮のなかにあった醜い嗜虐性が顕著になっていく。
ふしぎなもので、人の醜い性分は、人間がひとりでいるときよりも、パートナーを得たときのほうが、激しく爆発するものである。
潮は、潮の暴力を甘受することができる妻と、似たような嗜好をもつ弟夫婦と同居することによって、嗜虐性を高めていった。
かれと、かれの妻と、そして弟夫婦とのあいだに生まれた奇妙でおぞましい絆については、これから起こる出来事にはさほど重要ではないので、詳細は省こう。

眉をひそめざるをえない嗜虐性をもっていたとしても、潮は平凡な男であった。
不幸だったのは、平凡であることに気づけないでいるということであったかもしれない。
とりたてて目立った功績をあげたこともなければ、なんらかの志をもって動いたこともない。
あまたいる官僚のひとり。
しかし、自分では、平凡ではないと信じていた。
根拠は、子どもの頃からそうであったから、という脆弱なもの。
まるで愚かではなかったから、なにかがちがうという違和感もあった。
その苛立ちが、ますますかれを酒に走らせた。
暴力で家族に当り散らすことによって、自分が人より優れているという、ゆがんだ自画像を、辛うじて組み立てることができた。

そんなかれの、唯一の人間らしい趣味が、考古学を学ぶことだった。
東北に飛ばされて以降は、素人考古学者の同好会に参加して、積極的に発掘作業にたずさわった。
そんななかで、最上アキラ子の父親とも知り合った。
活動は、じつに健全なものであった。
だが、そうして発掘作業を手伝ったり、あるいは古文書などを集めて読みふけったりしているうちに、とある伝説に興味をひかれた。

東北には、ヒヒイロカネという、錆びることのない、そしてダイアモンド以上の硬度をほこる金属を産出する山があるらしい。

なぜに、そんなオカルトまがいの、出所すらあやしい伝説に興味をおぼえたのかはわからない。
わかっているのは、奇妙なことかもしれないが、どこか正統的な学問の対象からはまったく無視されているその伝説に、自分の境遇を重ねていたのかもしれない。
錆びることのない、ダイアモンド以上の硬度をほこる金属。
たわいもない伝説として莫迦にされ、無視されている金属。
もし、それが本当にあったなら。

酒の席で、そんな伝説があるらしいと口にしたところ、やはり、最上も酒に酔っていたのだろう。思いもかけないことに、うちの本家の管理する山に、ちょうどそんな伝説があったと言った。
そこで話は終わりだった。
最上は、伝説は伝説で、そんなものは、ありはしないと、頭からきめつけているようだった。
とはいえ、潮は、なぜだかその話に興味をおぼえた。

そして、最上のいう『実家』を調べていくうちに、さらに興味深いことを知った。
最上家は山形にあるのだが、その地方でも有名な旧家であり、神道系の宗教の教祖を代々つとめている家でもあった。
その宗教のご神体はかれらの管理する山で、山に入ることは、近隣の住人でさえも禁じられている。
山には宝があるのだと、むかしから信じられていた。
と、同時に、この宝が世にあらわれると、大きな禍を招くからという理由で、宝は二千年ちかいあいだ、封印されてきたのだという。

荒唐無稽な話にも思われたが、最上家のガードの高さが、妙に潮の勘を刺激した。最上にたずねたところ、本家のことはよくしらないが、たしかに敷居の高い雰囲気のある家であるという、いささか見当ちがいの答えがかえってきた。
どんどん調べていくと、山形の最上家を宗家としている家系というのは、意外にも多く、おなじ姓を名乗ってはいるものの、最上は、本家とはだいぶ遠い親類であることがわかった。
と、同時に、おもしろいこともわかった。
ほとんど一族だけで成り立っている、この小さな宗教法人は、過去に何度か、公安の内偵が入っている。
理由は、犯罪の隠蔽の痕跡がある、という、どうとでもとれる理由であった。
さらにくわしく知ろうとしたが、おかしなことに、内偵の調査結果をまとめたファイルは、廃棄されたかして、行方不明になっていた。

なにかがある。
潮は、最上家の宗家の人間と接触しようと考えた。
だが、最上家は、当主を中心に、がっちりとひとつの輪でまとまっているような家であり、よそ者は簡単に近づけない。
そうして調べまわっているいうちに、潮の前に、最上の姓を名乗る青年があらわれた。
どこでどうして知ったのか、その青年は言った。
あんたが探しているヒヒイロカネは、あの山にある、と。
その青年の名は、最上一樹といった。

山形に、ある山がある。
これは一族が代々守ってきた、特殊な山だ。
なにが特殊かといえば、そこで採れる金属。これはおそらく世界ではじめての発見となる、すばらしいものだ。
とはいえ、これが発見されたのは、ほんとうは初めてではない。はるか昔に、人類はこれを発見していた。
決して錆びない、それでいて、ダイアモンド以上の硬度をほこる、美しい金属。
そればかりではない。この石は生きもののようなものだ。
大地にある、目に見えない『気』を吸い上げて、力に転化させることができる性質をもっているのさ。
古代西洋においてはオリハルコンなどと呼ばれ、わが国では、ヒヒイロカネなどと命名されたこともある。
名称はどうでもいい。問題は、それが現実にある、ということだ。

そうして、一樹は、実際にヒヒイロカネを潮に見せた。

俺は、家にあったこれを持ち出したがために、勘当された。
なぜ持ち出したかって? 
仕方ないだろう。信じないかもしれないが、胡散臭い宗教や、堅苦しい因習だのに縛られる家にあきあきして、仙台でまじめに商売をやっていたのだが、それが駄目になっちまった。
融資してほしいと実家に頭に下げにいったのだが、そういったところはシビアでね、一度でも家を出た人間に貸してやる金はないといわれたよ。
だから、仕方ない。盗むしかないじゃないか。
もともと、あの家は、母系でね、相続人に指定されるのも女なんだ。
理由? わからないね。山の神が女だからだろう。女には女同士でわかりあえるだろうとかいう理由なんじゃないのか。
さて、苦労して盗んだヒヒイロカネなんだが、問題がひとつ出てきちまった。
どいつもこいつも、これがヒヒイロカネだと信用しない。
大学に分析を依頼して、こいつがいままで発見されたことのない鉱物だということはわかっている。
ところが、いつの世でも、最初というのは無視されがちらしい。
ヒヒイロカネなんてオカルトまがいの名前が先行しているために、これで儲かると話をしても、だいたいが及び腰になってしまう。
だが、あんたはちがうだろう。

一樹の言うとおりで、潮は、この鉱物のなかに、無限の可能性を見つけた。
どうじに、莫大な利益、栄光も。

乗り気になった潮であったが、しかし一樹は慎重だった。
この男が、自分の信頼できるパートナー足りうるか、じっくり見極めようとしたのである。
潮は、千載一遇のチャンスを見逃すまいとした。
そうして、一樹と、一樹のために働く最上家と袂を分かつた信者たちを、できうる限りもてなした。
失敗だったのは、このもてなしを、公費でまかなった、という点である。
これを知った若い新聞記者の鈴木という男が、潮のことをかぎまわりはじめた。
ここが分岐点であった。
鈴木は、最上一樹の身元から辿って、運わるく、ヒヒイロカネのことまで知ってしまったのだ。
これを新聞記事にされたら、きっとマスコミは騒ぐだろう。
ヒヒイロカネ。
このオカルトめいた印象のつよい金属に魅せられて、築いたキャリアをフイにした男。
そんな汚名をかぶせられ、公職を追放されるのはたまらない。
それに、ヒヒイロカネのことが世間で認知されてしまったら、おそらく出てくるのは、大企業、いや、国かもしれない。せっかく掴んだチャンスが別なところへ行ってしまう。

だが、潮にとっては幸運なことに、最上一樹にとっても、ここでマスコミに出てこられるのはまずかった。
一樹は、たしかにヒヒイロカネを持っていたが、ヒヒイロカネを産出する山の所有権は持っていなかったのだ。
もしマスコミに自分たちのしていることを書かれてしまったら、本家が一樹の動きに勘付き、自分は消される可能性がある。
一樹に泣きつかれて、潮は、公安が何度も最上家に内偵をしていたのかの理由を知った。
と、同時に、自分の立場が逆転したことに気が付いた。
ここで一樹に恩を売っておけば、あとあとこちらが有利になる。

心を決めたら早かった。
潮は、そこではじめて、ヒヒイロカネの本当の力を目の当たりにすることになる。
めちゃくちゃだった。
それまでの常識をあっさりと覆す、途方もないものだった。
鈴木はまるで、おもちゃの人形のように、抵抗らしい抵抗もできず、ヒヒイロカネの力によって一方的にぶちのめされ、そして死んだ。
背中を中心に打撲傷があったのは、かれが必死に逃げようとしたところを、追って行ったからだ。
鈴木が、家族になにか漏らしているといけないというので、鈴木の家族も、家族心中にみせかけて始末させた。
仙台港から、車ごと、家族もろとも海に放り投げたのである。
乱暴な手段であるが、もともと日常的に苛烈な暴力をふるうことを好んでいた潮だけに、箍が外れるのは、人より早かった。

事件発覚後も、鈴木に借金があったことがわかり、潮が警戒するまでもなく、その事件は、意外にもあっさりと心中として片づけられた。
これでしばらくは静かになるはずであった。

ところが、このことが、更なる面倒を呼ぶことになった。
鈴木の上司であった、浅野という男が、鈴木の死に疑問をもちはじめたのである。
浅野は、歳のわりには老練な男だった。
最初は、潮に、調査をしていることをまったく気づかせなかった。
浅野の存在に気づかなかったがゆえに、潮は、山形にあつまった最上家のうち、一樹のヒヒイロカネ発掘に反対する親族を、バス事故に見せかけて殺害するという暴挙を、黙認してしまった。
マスコミには、うまくうしろから手をまわして、単なる事故扱いにして、騒ぎ立てないようにさせたのであるが、このことが、浅野の疑惑を、疑惑ではなくしてしまった。
同じ確信を持ったのは、マスコミの人間だけではなかった。
浅野に協力する、警察内部の人間があらわれたのだ。
平塚八兵衛という、警察官ならばだれでも知っている昭和の名刑事と同姓同名の、若い男であった。

もともと、最上一樹の行動は、若さゆえか、穴が多かった。
最上家は代々母系であり、ご神体でもある山の所有権は、本家の女に受け継がれるものであった。
一樹には妹がおり、伝統にしたがえば、これが所有権を相続することになる。
潮としては歯がゆいことに、一樹は、この歳の離れた妹の始末をためらった。
そのためであろうか。
一樹の行動の性急さに恐怖を覚えた本家の総領は、跡継ぎである一樹の妹の白百合に所有権を移譲し、そして二十年ちかく前に家を飛び出して、それきりとなっていた、一樹たちには叔父にあたるの玄という男のもとへと逃がした。

さらにまずいことに、全員があつまっているはずの最上家の会合であったが、白百合と同年の少女が、山形に来ていないことがわかった。
白百合がもし死んだ場合は、この少女に所有権が移譲される。
強引にことを進める一樹に恐れをなして、距離を置こうとする親族や信者が出てきていたため、一樹としては、ここはなんとしても『直系の跡取りが自分だけなので、所有権を得た』という状況をつくらねばならなかった。

白百合の行方をさがす一方で、会合にあらわれなかった少女・アキラ子への監視がはじまった。
潮は、この少女の父親を知っているし、いまはおなじ仙台の住人である。
アキラ子への監視は、潮が担当することとなった。
それが、あらたな悲劇の萌芽となる。

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※ この話は、「真ずんだの章10」につづきます。