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OtitukeHasamino
こちらは本編および番外編の登場人物、設定などをご紹介するページとなります。
ずんだ設定集(別ページとなります→○)
こんなにいた登場人物一覧↓
| なまえ | プロフィール | 登場章 |
|---|---|---|
| 陳寿犬(ちんじゅけん) | 浅野家に飼われている齢16歳の老犬で元の名は「亮太」。晋の歴史著述家・陳寿の霊を宿す偏屈もの。 この物語のキードッグであり、銀のヘンテコへの攻撃が可能。 |
ずんだの章 牛タンの章 仙台GPの章 |
| 羅貫中犬(らかんちゅうけん) | もとは鈴木さんの家に飼われていた血統書つきのシェットランドシープドックで名を「ポニー」。性別不詳。元代に活躍した大作家「羅貫中」の魂を宿す。 冷静沈着で情に厚い。世界的ベストセラー作家の余裕か、人格も円熟している。 |
ずんだの章 ずんだ&ゆべしの章 |
| 浅野 一子 | 私立千台栄華学院に通う二年生。文系教科はつねにトップクラスの成績をおさめる。 いささかトロイところがあるものの、責任感はつよく、義侠心もある。世界の臍。将来の夢は作家になること。 |
ずんだの章 ゆべしの章 |
| 浅野 史朗 | 近所のK山小学校に通う、のび太的いじめられっ子。しかしあまり本人は苦にしていない様子。 ミーハーで、地味な目立ちたがり。意外に運動神経がよく、ドッヂボール大会の選抜選手。 |
ずんだの章 |
| ○○ | 名称不明。陳寿犬と羅貫中犬の夢に、くりかえし登場する者。 | ずんだの章 ゆべしの章? |
| 樽宮 亮(たるみやりょう) | 公立仙台零高校に通う少年。遺産相続をめぐる争いから、叔父夫婦の家に匿われている。亮の名は偽名。本名は不明。 | 牛タンの章 仙台GPの章 |
| 樽宮家の叔父 | 亮の叔父さん。趣味はパワーストーン集め。腕のよい料理人だが、要領がわるい。 | 牛タンの章 仙台GPの章 |
| 樽宮家の叔母 | 亮の叔母さん。シッカリ者で、夫の操縦桿は決して手放さない。彼女ゆえに牛タン専門店「たんたかタン」は経営を続けられている。 | 牛タンの章 仙台GPの章 |
| ジョージ | 公立仙台零高校の英語教師。亮に聖剣アスカロンを託し、直後に銀のヘンテコに襲撃される。ドイツ語読みは「ゲオルク」、ラテン語読みは「ゲオルギウス」。 | 牛タンの章 |
| 関根(せきね) | 亮の同級生で、渾名は「女史」。B組に転入してきたフランス人留学生「メアリ」をライバル視している。亮の叔父とともにパワーストーンの店を開こうと計画中。仙台駅前にあるラーメン店の娘。 | 仙台GPの章 |
| 夏目 学(なつめまなぶ) | 私立千台教育学院の小等部の六年生。父親が借金を残して蒸発し、母子で必死に生活している。しかし父親のことが原因で、千台タケシに苛められており、亮に助けを求める。 | 仙台GPの章 |
| 平塚 八兵衛(ひらつかはちべえ) | 昭和の名刑事と同姓同名の、仙台のはぐれ刑事。少年連続殺害事件を追うが、現在、あまりに熱心すぎて担当から外されている。亮の叔父をマークしていたのだが…。大男だが、知恵は回る。 | 仙台GPの章 ゆべしの章 |
| ムスタファ・華丸(けまる) | 五橋にて相棒のイスメト君とともに、便利屋をして日々を暮らすトルコ人青年。フェミニストで女好きで酒好きで陽気な性格の現実主義者。フランスの美少女メアリにより、奇妙な人捜しを請け負ってから、彼の身辺は慌しくなる。 | 牛タンの章 ほやの章 ゆべしの章 |
| イスメト・イノニュ | ケマルの相棒でなにかと文句を言われる立場にあるが、それでもケマルに心酔している様子。以前に軍隊で一緒だったというが、ケマルはよく覚えていない。なにやら事情のある様子だが? | 牛タンの章 ほやの章 |
| メアリ・サン−クレール | 公立仙台零高校に転入してきたフランス人留学生で、折り紙つきの美少女。成績もよく学内でも人気者。ただし、かなり遊んでいるらしく、千台ヨーコは遊び仲間。フランスの大貴族の息女で、親の財産を元手に、愛人としてシグルトを囲っており、シグルトの妻「B」の探索をケマルに依頼。 | ほやの章 ずんだの章 |
| シグルト・ウェルズング | 健忘症のドイツ青年。典型的なゲルマン美青年で、メアリの愛人。妻の「B」の名前すら思い出せない不甲斐ない状態。一見ぼんやりしているが、実際のところはそうでもなさそうだ。少年連続殺害事件に関わりがある様子。 | ほやの章 |
| 氷の巨人 | 謎の一つ目巨人。CGではなさそうである。周囲のものをすべて凍らせてしまうアストラル。 | ほやの章 |
| 芋煮屋のおばさん | 仙台アメリカ横丁にある芋煮屋の女主人。ケマルの情報提供者。 | ほやの章 |
| 最上アキラ子(もがみあきらこ) | 私立千台栄華学院二年生。千台ヨーコ、浅野一子の同級生。中学のときに両親を事故で亡くし、以後、両親の唯一の財産であった五橋のマンションを守りながら、奨学生として高校に通っている。千台ヨーコにいじめられているが(?)それでも日々を前向きに生きている少女。 | ゆべしの章 |
| 趙子龍(ちょうしりゅう) | アトラ・ハシース諸葛孔明に、この世界に召喚されたアストラル。孔明とはぐれ、消滅しかかっているところを、三つの願いをかなえるのを条件に、アキラ子に救われる。 | ずんだの章 ゆべしの章 |
| 千台ヨーコ(せんだいようこ) | このところ仙台で急速に力を伸ばしている千台家の娘。本人は、両親がまったく干渉しないのをいいことに、遣りたい放題の日々を過ごしている。アキラ子の同級生で、本人にはアキラ子を苛めている自覚はまったくない。凶悪な天然ぶりを見せ、周囲を悲劇に巻き込むおそるべき少女。 | ゆべしの章 |
| 千台タケシ(せんだいたけし) | ヨーコの従弟にあたる、残酷で冷酷な小学六年生。とても小学生とは思えないほど計算高く、口も達者。生物学に興味が有り、生物の解剖集などを毎日ながめて遊んでいる。夏目学を苛めている少年の中心的存在で、物語のキーパーソンのひとり。 | 仙台GPの章 |
| 諸葛孔明(しょかつこうめい) | 思い込んだらひとつに賭ける、はた迷惑な性質を持つアトラ・ハシース。一途ともいうが。日常生活を共にするにあたり、これほど不適格な人物はいない。 面倒見がよく、ひとたび打ち解けると、一生の付き合いになるくらい親身になる、結構な寂しがりや。 |
ずんだの章 ゆべしの章 |
| シマノ | ヨーコの取り巻きの一人。 | ゆべしの章 |
| 小鳥遊宇宙(たかなしひろし) | 仙台職安における「就職ソムリエ」の異名を取る公務員。口八丁・手八丁で、妙に聞きたがりでマイペース。 | ゆべしの章・おまけ |
| エリザベス一世(いっせい) | 召喚直後に銀のヘンテコに襲撃され、消滅したアトラ・ハシース。それでも根性で世界に留まっている。白い清楚な服を好み、つま先の天辺から頭まで、綺麗に宝石で固めている。姉御肌。 | ゆべしの章 |
| ジャンヌ・ダルク | 世界の消滅の有無をめぐり、当初、孔明と対立したアトラ・ハシース。現在の行方は不明。 | ずんだの章 |
| ジル・ド・レイ | 数百におよぶ少年を手にかけたことにより、呪いをうけて不老不死になっている吸血鬼。 | ずんだの章 ゆべしの章 |
| ブリュンヒルデ | 世界を守るヴァルキューレ。ある事情により、過去を遡ることしかできなくなってしまった。 | ずんだの章 仙台GPの章 |
| 黒髪の美女 | スラヴ系の黒髪の美女で、ジョージの妻。 | 仙台GPの章 ほやの章 |
| レティクル・クィーン | レティクル星に移住した人類の作り上げた、独自の意思と思考能力をもつ、霊力増幅器。レティクル本星からの指令をうけ、銀のヘンテコを統括する。 | ずんだの章 ゆべしの章 |
| 銀のヘンテコ | 大阪のビリケンさんにそっくりな、可愛げのカケラもない銀の小人。大きな霊力に反応する。意思や自己決定能力はない。工場の大量生産品で、現在、仙台のあちこちでストラップとして配布されている。 本星においての倫理規定により、交通ルールはしっかり守る律義者集団。 |
ずんだの章 牛タンの章 ゆべしの章 |
| ヒラッチ | アストラル専用HPの管理人。「ウルトラスペシャルエレキテルゴージャスマークU」なる怪しげな機械でもって、ありとあらゆる世界の公文書を偽造し、アストラルの活動を(違法に)助ける、フレンドリーなアストラル。上司はレオナルドの旦那。ディカプリオではない。 | ゆべしの章 |
よくわかる? 仙台所在地一覧↓
青葉区
| 場所名 | プロフィール | じっさいのところ |
|---|---|---|
| 浅野家 | 青葉区Kのどこかにある新興住宅地のうちの一軒。駅から歩いて30分。どこへ行くのも便利。 | もしこれが親の財産ではなく、浅野家のお父さんが自力で購入したものだとすると、浅野家のお父さんは、かなりの稼ぎ手ということになる。 |
| 公立K杉山小学校 | 愛宕上杉山通り沿いにある小学校で、すぐそばにNTTドコモ東北ビル、真向かいにNHK仙台という立地条件。商業価値の非常に高い土地にある小学校。 | 左におなじく。しかし管理人は寡聞にして、この小学校にていじめが流行っている等の悪い風聞はきかない。 |
| 仙台駅 | 仙台市の要。おそらく仙台でもっとも人の集まる場所。駅前には巨大バスプールがあり、アコたちが通学に利用する。 | 左記におなじく。駅にはいつも最先端の店が集っている。 |
| エスパル | BF1にはアコのバイト先のゆべし屋があり、三階には、アコいきつけの書店がある。2004年12月時点では、目玉である食堂街は改装中。 | 現在は改装を終え、仙台の地下食堂街は見違えるほどオシャレに綺麗になった。しかし以前と比べると、300円ほど割り増しになっているところがイタイ。美味しい店多し。 |
| 千台家 | 仙台一の高級住宅地にある、某ファミレスにそっくりな構えの大邸宅。駅から歩いて10分。浅野家より資産価値高し。 | たしかに駅より近いが、道が狭い割りに交通量が多い、それに加えて近所にスーパーがない。金持ちは宅配という手があるので不便がないのだろうか? |
| 私立千台栄華学院 | 仏教系の女子高で、千台ヨーコの親が経営をしている。 アールヌーボーな装飾がされているが、でも基本は仏教。 |
仙台は現在、高校を共学化しようという動きが進んでおり、実際に新しい学校で、女子高というところはありません。 |
| パウロ書院 | アコのお気に入りのカトリック教会のパウロ修道院が経営する、信者のためのキリスト教グッズの店。専門書ばかりではなく、手作りのトレーティングカードやアクセサリも安価で手に入る。 | 元町小路のカトリック教会の敷地内の店。たしかに安いが、当然のことながらキリスト教のモチーフが強く表に出ているため、単なるファッションで身につけるのはむずかしい物もあり。 |
| NTTドコモ東北ビル | ずんだの章・真プロローグにおいて、ジルが「戦士の角笛」を吹いた場所。実は浅野家のすぐそばだったりする。 | たいへんな高さを誇る天下のドコモの自社ビル。そばで見上げると、天辺が見えないほどだが、遠くから眺めると、さほど威圧感がないのは、デザインの勝利か。 |
| 青葉山 | 仙台城址。亮と陳寿犬が邂逅した山。仙台の観光スポットのひとつである。市立博物館や県立美術館などの文化施設も充実。 | 市立博物館はオススメ観光スポット。急勾配なので、頂上に上るさいは、陳寿犬や亮のように走って、というのはオススメできない。 |
| 仙台国際センター | メアリがケマルに人探しを依頼した、外国人のためのコミュニティースペース。青葉山へ向かう途中の広瀬川側にある。 | 大きいセンターで、いろいろ催し物も行われている。 |
| 国分町 | ケマルが人捜し中に、シグルトを見かけて入り込んだ町。 | 仙台の一大繁華街。ともかく広いため、さまざまな店がある。なかには物語りに登場するような、怪しげな一角も…。 |
| 牛タン専門店たんたかタン | 樽宮家が経営する、美味しいのに、場所がわるいため、いまいち流行らない牛タン店。官公庁そばの木町通りにある。 | 木町通りは官公庁周辺の人間を目当てにした飲み屋が多く、国分町よりは安心して飲めるだろう。ただし交通機関から遠いため、帰りはタクシーを覚悟すること。(たんたかタンは実在せず) |
| 千台パワーストーンショップ | 趙雲が購入をやめた、千台家が経営するパワーストーンショップ。駅から青葉山に向かってアーケードは伸びているが、駅からもっとも近いクリスロード商店街にあり。 | さくら野デパートのちょうど真後ろに位置する形となり、ゲーセンやパチンコ屋の真向かい。(実在せず) |
| インターネットカフェ | 千台パワーストーンショップの側にある、ゲームセンターそばの店。個室の充実装備が売り。 | クリスロード商店街の癒しスポット。UFJ銀行のそば。(実在せず) |
| 仙台アメリカ横町 | 仙台駅から青葉山に向かって左手にある小さな一角だが、地元民の人気は高い。芋煮屋あり。 | 新しいホテル群に囲まれ、見つけるのがなかなかむずかしい。2Fにはアニメイトがある。 |
| 最上家&ケマルの家 | 地下鉄五橋駅から歩いて五分の位置にある、古びたマンション。 | モデルのマンションあり。築年数は不明だが、古いことは確か。河北新報本社の目と鼻の先にある。ここも日常雑貨の買い物が不便な立地。 |
| 仙台東照宮 | ジルと孔明が対戦した場所。浅野家より歩いて10分の、昔ながらの門前町の中心。 | ご祭神は当然、徳川家康公。大きさはさほどではないが、古くから信仰をあつめており、行事があるごとに多くの人を集める。 |
| 関根の家 | 関根の両親の経営するラーメン屋。ちょうど駅から真隣にあるビルの1階にある。 | モデルのラーメン店あり。ここの「バナナ餃子」は人気商品。おいしいと評判。 |
| 仙台中央警察署 | 平塚八兵衛の職場。牛タンの章において、銀のヘンテコに追われる亮が駆け込んだ先でもある。 | 現在、建て替えのため閉鎖中。外壁は補修されていたが、中は冷暖房のない、あきれるほど古い建物でした。おまわりさんが快適に過ごせるよう、超近代化されることを希望します…(なぜ内部に詳しいか? ひみつです) |
宮城野区
| 場所名 | プロフィール | じっさいのところ |
|---|---|---|
| 宮城フルキャストスタジアム | 仙台ゴールデンポークス本拠地。メアリの「銀のヘンテコグッズ」の販売店もここにある。 | 試合のある日は東口に人力車のようなかわいいタクシーが出動します。 |
| 仙台職業安定所 | 小鳥遊宇宙の勤務先であり、趙雲が就職を決めた場所。 | 駅から歩いて10分の森ビルの中にある職業安定所。やたらと静かで妙に緊張する場所でもあります。 |
若林区
| 場所名 | プロフィール | じっさいのところ |
|---|---|---|
| 株式会社仙台GPP(ゴールデンポークスプリント) | 仙台ゴールデンポークスのオーナー企業である、伊達ハムグループ出資100%企業。六丁の目の工業団地の一角にある。 | ともかく建物の大きさや数に比して、人影のすくない工業団地。実際に人が少ないのかもしれないが、この町の活気のなさが、どこか仙台の景気の悪さの象徴に思えて仕方がない。バスかマイカーでないと通勤は不可能。 |
| コンビニ | 孔明が昼休みに趙雲と落ち合った場所。 | モデルの店あり。ただし、実際の店はチェーン店ではなく、個人経営のちいさな店。ここの女性店主はたいへん感じがよい。さらに加えるならば、工場ばかりの土地なので、学生がいたらかなり目立つことはまちがいない。 |
アトラ・ハシースおよびアストラル、『ゲスト』の一覧↓(ネタバレ省く)
| 名前 | 生没年 | プロフィール |
|---|---|---|
| ジャンヌ・ダルク | 1412-1431 | フランスの百年戦争のさなかに、ロレーヌ地方のドンレミ村の裕福な農家の娘として、1月6日、生まれる。 神の声を聞いたことから、混迷をきわめていたフランスを救うべく、村を出る。 当時、子供をフランス王位につけ、傀儡政権を目論む一派と、王太子であるシャルルを擁護する一派とで、国は混乱をつづけていた。 ジャンヌは正統かつ、子供とちがって王としての能力のある大人のシャルルを王位につけるべく、軍を率いて、イギリスに包囲されていたオルレアンを解放。 その後、快進撃を続け、ついにはランスにおいて、シャルルの戴冠式を成功させた。 しかしそのあと、さらにフランスを解放するべきだというジャンヌと、厭戦的になっていたシャルルは意見を対立させ、ジャンヌは孤独のまま、解放軍を進める。 しかしコンピエーニュにおいて対立するブルゴーニュ派に捕虜とされ、その後イギリスに売り払われてしまう。宗教裁判にかけられたのち、文盲であったジャンヌはイギリスの罠により、一度は罪を認める文書に署名をさせられてしまう。 が、その後、文書の内容を知ったジャンヌは激しく後悔する。自分が誤まった行動をしたことや、男装をしないとを認める内容だとは知らされていなかった。 その後の牢内での彼女の扱いも残酷なものであった。男装をやめたとたん、囚人たちから暴行を受けそうになったジャンヌは、それが命取りになると知りながらも、身を守るためにふたたび男装をしなければならなかったのである。その後、ジャンヌはサインの撤回を求め、魔女として5月30日に火刑に処せられる。19歳であった。 その後、彼女の母親が、娘の非業の死を聞き、復権裁判を起こし、これに勝訴。五百年の時間をおいて、1920年、ようやくバチカンはジャンヌを列聖に加えたが、これは政治的色彩の濃い配慮であった。 実は、封建社会が安定していた間、ジャンヌは忘れられた存在であった。しかしフランス革命後、ふたたび『市民から立ち上がった乙女』は脚光を浴びるようになる。 やがてナポレオン・ボナパルトによって、ジャンヌは救国の英雄であると公的に賞賛を受けるようになる。天才的武人ナポレオンが、突撃戦法のジャンヌを(政治的思惑があったとはいえ)評価したのはおもしろい。 ちなみにトランプのスペードのクィーン『暗き運命を背負う女神』は、ジャンヌ・ダルクがモチーフである。 |
| ジル・ド・レイ | 1404-1440 | ジャンヌとジル、という語感のよさから、必ずジャンヌと共に語られる、本物の連続殺人鬼である。 フランスのブルターニュ地方ナントの大貴族の息子として生まれ、さらに財産家の貴族の娘と結婚し、フランス一の大金持ちとなる。その財力は王を凌ぐほどであった(そのため、ジルが大量殺人犯だというのは、実はその財産の没収を狙った陰謀ではないかという説すらある)。 シャルルの命を受け、フランス軍を率いて戦うジャンヌと出会い、協力して、シャルルの即位後は「元帥」の称号を与えられる。これは最高栄誉であった。 しかしジャンヌがイギリスに捕縛されたと聞くや(当時は当然のことながらニュースの伝達が遅いのです)救援に向かうが、間に合わなかった。 それが原因かどうかは不明であるが、その後、イタリア人錬金術師らと組んで黒魔術に耽り、領地内の少年たちを何百人(犠牲者数は正確なところが不明。焼いて灰にしてしまった少年も多かったため)も暴行し拷問にかけ、殺害した。典型的な快楽殺人者である。 大貴族であることから、逮捕後の待遇もきわめてよく、火刑も免れるところであったが、あえて本人自らが火刑を申し出て、ジャンヌと同じく処刑された。 そのとき、わが子を惨殺された親たちは、殺人鬼であるジルのために泣きながら薪を火刑台にあつめ、賛美歌で死を送ったという。10月26日、享年36歳。 |
| エリザベス一世 | 1558-1603 | ヘンリー八世とアン・ブーリンの娘。庶子であったが、腹違いの姉メアリ女王(メアリ・スチュワートとは別人)の病死により、25歳のときに女王の座に就く。それまでは、死刑囚としてロンドン塔に幽閉されたり、国教会派ともども弾圧を受けたりと、苦労の連続であった。それが一転したのである。 だが、エリザベスはここで有頂天にならず、実に冷静に治世を開始する。 まずエリザベスは、姉のメアリが推し進めていたカトリック偏重主義を改め、父と母の結婚から端を発する宗教紛争を収拾し、イギリスの国力増強に尽力した。 国内が安定すると、シェイクスピアを代表するように華麗な文化が花開いた。 海外においても、イギリス人海賊ドレイクがスペインの無敵艦隊を打ち破り、イギリスは海洋大国に伸し上がる(その後、ドレイクは功績により貴族の称号を与えられた)。 カトリック信者を擁護するスコットランド女王メアリ・スチュワートと対立。メアリを十八年もの間軟禁状態においていた。 そのあいだ、メアリ・スチュワートは幾度となくエリザベスの反対派に担ぎ上げられたが、エリザベスはメアリの処刑をためらった。しかし1587年、メアリが自分に対する暗殺計画の首謀者と判明すると、苦渋の決断ののち、同女王を処刑した。 ウォルシンガムなどの家臣にも恵まれ、エリザベスは在位中、イギリスを世界一の大国にのし上げる基礎を作りあげた。世界史上にも稀な賢女である。 |
| メアリ・スチュワート | 1542-1587 | エリザベスの従妹にあたり、生後一週間で父親のジェームズ五世が死亡。母親が摂政となり、メアリは王位についた。長じてフランスに渡り、フランス王となるフランソワ2世と結婚。しかし子供に恵まれないまま、夫は早世し、メアリは故郷に帰国。スコットランド女王となるものの、スコットランドではカトリックと国教会の対立がはげしく、メアリはとくに攻撃の槍玉に挙げられた。 そんななか、エリザベス一世とも関係のあったダーンリ卿と再婚。このあたりから彼女の運命に暗雲が垂れ込める。ダーンリ卿は美男子であったが、非常に嫉妬深く、浅慮な男であった。聡明で自由奔放なメアリは次第にダーンリ卿から心を離れ、イタリア人秘書を寵愛するようになる。 しかしこれに嫉妬したダーンリ卿は、メアリの目前にてイタリア人秘書を殺害。これでメアリは夫に対し、憎悪の感情を持つようになる。 三ヵ月後、のちにエリザベス一世のあとを継ぐことになる息子ジェームズ1世(ジェームズ6世)を出産。 その後、スコットランドでも名高く優秀な武人であったボズウェル伯爵と恋仲になる(注・この恋愛の発端について、メアリ直筆のものとされる、自分は当初、伯爵に暴行を受けたが、その後、忘れられなくなり愛情に変わったいう内容のスキャンダラスな手紙が有名ですが、最近の研究では、手紙は捏造されたものという見方が強まってきているそうです。メアリの情欲に屈した女王という印象は、これですこし変わるのでしょうか)。 直後にダーンリ卿の屋敷が謎の大爆発および炎上。ダーンリ卿は死亡するも、当然、武人のボズウェルを愛人にもつメアリに疑惑の目が… そんななか、さらに疑惑を強めさせるかのように、メアリは夫の非業の死より3ヵ月後、ボズウェル伯爵と結婚。しかもボズウェル伯爵は妻帯者であったから、まったく落ち度のない妻と離婚しての暴挙であった。 これに怒ったスコットランド貴族たちは、叛乱を起こし、メアリは捕らえられ退位させられ、ボズウェル伯爵はメアリを見捨て逃亡。その後、無残な死を遂げた。 しかしメアリを擁護する貴族により幽閉されていた城を脱出、従姉のエリザベスに庇護をもとめてイングランドへ。しかしあきらかに厄介者のメアリは、ことあるごとに叛乱の首謀者として担ぎ上げられ、エリザベスの頭痛の種となっていく。 もともとメアリはカトリック信者であるが、エリザベスは政策上、プロテスタント寄りであった。宗教的な対立もあり、メアリはイングランド国内のカトリック勢力の旗頭にされていく。もちろん、エリザベスをやウォルシンガムらがこれを黙ってみているはずはなく、イングランド国内におけるメアリは完全な軟禁状態であった。 メアリはそのなかでも気高く女王として振る舞いつづけたが、ときにヒステリックに自由を訴えたこともあったようである。 1586年、バビントン事件発覚。エリザベス暗殺計画の首謀者として捕らえられ、1587年2月7日、断頭台の露と消える。享年44歳。こう言ってはなんだが、まさにメロドラマを地で行く人生。面白すぎる。 |
| 諸葛孔明 | 181-234 | あえて省きます。 |
| 趙子龍 | ?-229 | 同上。 |
| ブリュンヒルデ | NONE | 北欧神話に登場する、最高神オーディンの最愛の娘。勇敢な戦士の魂を天空のヴァルハラに連れて行く役目をもつ『盾持つ乙女』ヴァルキューレの一人。 |
| ムスタファ・ケマル | 1881-1938 | オスマントルコ領であった現ギリシア共和国のサロニカの材木商を営む退役官吏の子として生まれる。ほどなく父が死亡し、厳しい母のもと養育される。幼少よりずば抜けた頭脳の持ち主であったが、コーラン中心の学校が嫌いで登校拒否。 その後、叔母のもとに預けられ、だれにも言わずにこっそり陸軍学校の試験を受け、なんと最年少でほぼ満点の点数を取り、見事合格。その後、特に数学の才能がずば抜けていたため、恩師より「ケマル(完全)」の姓を受ける。当時のトルコは一般人は苗字を持たなかったため、これは大変に栄誉あることであった。 その後は順調にいき、1905年に陸軍大学校を卒業(在学中、山田寅次郎に日本語を習っている。当時のトルコ青年らしく、いち早く富国強兵を成功させていた日本に非常に興味を持っていた)。 その後、軍人としてキャリアを重ねるが、国内外のあちこちで爆弾発言を繰り返し、どこの派閥にも属さず(敬遠されたのもあるが)一匹狼。それゆえに、一歩引いたところから、当時の愛国者主義の行動を見ることができた。これがのちに幸運を呼び込む。 異端児であったケマルは、第一次世界大戦が起こると、左遷人事でガリポリ半島へ回される。 そこはいまや、チャーチル率いるイギリス海軍により、落ちる寸前の地であった。しかしケマルはガリポリの地形をすぐさま把握し、この地の重要性を把握。 自ら危険な陣頭指揮をとり、怖じる兵士たちに「余が命令は、攻撃せよではない。余は諸君に、死ねと命ずる!」と有名な命令を出す。 これが効果を呼び、トルコ軍は大奮戦。とうとうイギリスを全面撤退させた。これによりチャーチルは政治的に大きな汚点を背負い、長らく干された状態となる。 しかし、この空白期間が、のちにノーベル文学賞をも受賞する文学者・チャーチルを産み、さらには、本土空襲を受けながらも、ナチスドイツを敗北へと追いやった胆力を産んだといえる。 チャーチルはともかく、その後、救国の英雄としてイスタンブールに帰還したケマルであるが、ライバルのエンヴェル・パシャによって、またも左遷。しかし劇的勝利を知る国民たちは、ケマルに人望を寄せていく。 第一次世界大戦において、屈辱的大敗を喫したトルコであるが、その敗北の原因であり、いまなお悲劇の爪あとをのこしつづける「アルメニア人大虐殺」をおこなったエンヴェル・パシャの一党は、責任追及を逃れて国外逃亡。 ケマルはスルタンにエンヴェルの後任を願い出るが、以前にスルタンの姫との縁談を蹴っていたケマルは、スルタンの不興を買っており、またもや左遷。しかしケマルはこの左遷先・サムスンにおいて、彼の名を慕って集ってきた復員軍人らとともに、トルコ革命を開始する。1919年5月19日のことである。 イギリスの言いなりとなっているスルタンへの国民の失望は深く、ケマルによる祖国解放運動への期待は日に日に高まる。 順調に見えたものの、黙ってみているスルタンではない。ケマルらに国会開催を提案。ケマルはイスタンブールに駐屯をつづける連合国側の思惑を危険視し、これを無視するが、一部の議員たちはイスタンブールへと向かってしまう。 しかしそれはやはり罠。到着した議員たちをイギリスとスルタンたちは逮捕し、マルタ島の収容所送りにしてしまう。だが、これにより、ケマルはスルタンと決別をあきらかにする。 めげないケマルに、スルタンはいよいよ伝家の宝刀「破門」を持ち出し、ケマルを超高額の賞金首に。 逆風が吹きまくるなか、神風が吹いた。イギリス主導によって締結された「セーヴル講和条約」の内容が公表されたのである。 その内容たるや、南側の港はすべて植民地、トルコはアンカラより十二平方キロメートルのみの自治が認められるというひどいもので、誇り高いトルコ人はこれに怒り狂い、スルタンは一気に声望を失った。 追い風をうけたケマルは、連合国軍への戦いを開始する。この戦いの援助をしたのがソ連のスターリンであった。さらに状況不利と見たフランスが、ケマルに講和を申し出る。 ソ連軍とともにアルメニア人およびクルド人の独立組織を制圧したケマルは、後顧の憂いをなくし、勢いにのってイタリアも撃破。アンカラからイスタンブールおよびイギリス・ギリシャ軍をめざして進撃。 イノニュにおいて、ギリシャ国王率いる軍と、片腕であるイスメトは二度にわたる会戦を行い、善戦ののち、ギリシャを追い返した(この功績により、イスメトにはイノニュの姓が与えられた)。 だが、圧倒的に武器が足りない。その状況を救ったのが、ほかならぬ日本であった。探検家大谷光瑞の弟子・上村は、かねてよりトルコの革命軍に興味を持っていた。そしてケマルと会談し、その人物が並ではないことを知ると、帰国し、大谷とともに当時の首相・原敬に要請し、アンカラへ武器を運んだ。 ケマルは終生、日本びいきで、ベッドの横には常に明治天皇の写真があったが、このことが決して無関係ではあるまい。 やがて1921年サカリヤの戦いがはじまる。まさにトルコ革命における赤壁ともいえる戦い。 師団長クラスに多数の死者がでるほどの悲惨な激闘となったが、天はケマルに味方した。サカリヤにおいてギリシャ国王軍を打破したケマルは、一気にイズミールにまで向かい、その後、ギリシャを撤退させることに成功した。 その後、国民会議にて帝政を廃止。スルタンを国外追放し、1923年、満場一致でトルコ共和国初代大統領となった。 その後も強烈なリーダーシップを発揮し、トルコの改革に尽力する。世がナチスドイツに代表されるような民族主義に走るなか、ケマルはそれを一顧だにせず、独裁者にありがちな暴走をすることもなしに、国民に愛されたまま亡くなった。善き独裁者、それがムスタファ・ケマルであった。 ちなみにいまでもトルコ人は彼が大好きで、対イスラムという意味もあるのでしょうが、ケマルの批判をしたり、悪口を公的に述べたりすると処罰される「アタチュルク法」というものがあります。 これほどの功績を残している人物でありながら、いまひとつ情報が足りないのは、この法律の存在があるから…というのは考えすぎでしょうか。 とはいえ、彼のエピソードはひとつひとつがどれも面白いものばかりなので、機会があったら、またご紹介させていただきたいと思います。(はさみの) |