牛タンの章
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亮が目覚めると、すでに叔父夫婦は食卓を囲んでいた。
一階は店舗、二階が叔父夫婦の居住空間、その上に、屋根裏兼高校生である亮の勉強部屋がある。
官公庁に囲まれたなかに、きのこのようにひっそりと建っている、それが亮の居候する叔父の牛タン専門店『たんたかタン』だ。

厚い雲のたれこめる、いまにも泣きそうな空の、朝であった。
叔父はいつもの河北新報を片手に、仙台放送の特別情報番組を鑑賞し、叔母はTVの音をBGM代わりに、茄子漬と鮭とご飯と味噌汁、といった定番の朝ごはんを並べている。
TVでは、今日、県庁のすぐ前にある匂当台公園にて行われる、宮城県フェスティバルの様子と、仙台ゴールデンポークスの試合日程などを報じていた。

「ポークス、まーた、負けたのか!」
と、がさがさと新聞を広げつつ、すでに調理服に着替えている叔父は、TVに向かって悪態をついた。
現在、仙台ゴールデンポークスは、仙台人の熱い声援を受けつつも、最下位を爆走中である。
「仙台のチームの癖して、ポーク(豚)なんて名乗っているから負けるんだ。仙台っていったら、牛タンだろうが。なんでゴールデンブル(雄牛)じゃないんだ、ったく!」
「アナタがここで吠えても仕方ないでしょう? そもそもオーナーがインターネットで金華山豚のウィンナーを通販で売ったのが、億万長者の始まりだったんだから」
「おまえ、詳しいな」
「新聞に載っているわ」
たしかに、叔母の言うとおり、一面の『ポークス、新規参入への道』という連載記事に、そのままの言葉が並んでいた。
「叔父さんは、雰囲気で新聞読んでいるからね」
亮が言うと、叔父は雄牛の如くうなった。
叔父の手伝いで、店の給仕を一手に引き受けている叔母は、てきぱきと麦ごはんをよそいながら、亮に言う。
「亮ちゃん、雨が降らなくてよかったね、これなら、匂当台公園に人がいっぱい集まるわよ」
「でも屋台の場所、籤引きではしっこになっちゃったからなあ」
亮がぼやくと、新聞はもうやめて、鮭をほぐしにかかっていた叔父が、口を挟む。
「そういうときは、たれをガンガンに塗った牛タンを、炭でぐわーっと焼いて、匂いで客を釣るんだ。うちの牛タン串は最高だから、絶対客は寄ってくる!」
「たしかに、秘伝のタレのおかげで、屋台の売り上げはいいんだよねぇ。なのに、どうして店にはお客が来ないのかな」
亮の疑問に、叔父は即答した。
「そりゃあ、決まっているだろう、ポークスのせいだよ。ったく、宮城球場が東口にあるものだから、観客は東北一の歓楽街の国分町まで来ないで、手近なところに寄っていっちまう。
かくて国分町には、銀杏の木を、夜中にこっそり引っこ抜く、バカ野郎が集まるようになってしまった、と」
「だよねぇ。国分町にすら来ないんだもん。木町通りにまで足を伸ばす人は、もっといないよねぇ」

仙台市は、駅を中心に西と東に分かれる。
西は、古くから巨大商店街で栄えた町が連なり、仙台七夕祭りもここで行われる。
商店街から青葉城に向かう方向に行くと、東北一の歓楽街・国分町がひろがる。
国分町の境目には、銀杏並木でもっとも有名な『定禅寺通り』が走り、クリスマスになると、『光のペーシェント』で盛り上がる。
定禅寺通りを北に向かって渡ると、官公庁がつづく一帯となる。
その間に、地味なたたずまいをみせる『牛タン専門店・たんたかタン』は、仙台の中心部からすこし離れたところに位置しているのだ。

対する東口は、数年前までは寂しいことこの上ない、だだっ広い道路だけが目立つ町であったが、区画整理が進んだのと、タイミングよく地元企業『伊達天国』が、売りに出された関西を拠点としていた某球団を買収・設立してくれたおかげで、いまや仙台でいちばん注目されている町に変化した。
あたらしいものを求める人々は、とくに商店街がある、というわけではないが、新しい可能性とやらを探しに、東口へ向かってしまうのだ。
仙台駅西口から、歩くと、なんと20分もかかる場所に位置する「たんたかタン」が、東口に客を集めてしまう『仙台ゴールデンポークス』を目の仇にするのが、その理由がおわかりだろう。
昼は、官公庁やNTTドコモから出てくる社会人を目当てに、牛タンランチメニューでそこそこに稼げるが、肝心かなめの、夜がさっぱりなのである。
わけあって、叔父夫婦の家に身を寄せる亮は、今回の宮城県フェスティバルや、ジャズフェスティバル、仙台七夕祭り、正月の初売りなどの特別な祭りのときに、『たんたかタン』の屋台を出して、これ以上、夫婦の負担にならないようにと、そのときに、一気に自分の小遣いを稼いでいるのだ。
さいわい、亮は人さまより容姿に恵まれており、よく通るよい声をしていたので、売り子としては最適な人材であった。
本人も、屋台売りをとおして、人と接することをよろこんでいる。
通っている学校では、常にひとりであったので。

TVでは、『光のペーシェント』の募金活動のさなかに、銀杏の木を根こそぎ盗む、という大胆かつ、悪質な窃盗事件を報道している。
不思議なことに、銀杏は真夜中に、だれにもその光景を目撃されることなく、とつぜん消えているのである。
国分町といえば、仙台の不夜城なわけであるが、その周囲で客待ちをしているタクシーでさえ、犯人の姿、あるいは盗まれる銀杏の木を目撃していないのである。
盗まれた銀杏の木の大きさも半端ではない。四階建てのビルをまるまる盗むようなものだ。
TVでは、いったい、だれが、なんのためにこんなイタズラをするのか、と議論がかわされていた。

それをながめつつ、亮の叔父が言う。
「銀杏をいたずらして引っこ抜いているヤツは、外人じゃねぇか、って噂があるらしいな。銀杏の周辺を、最近やたらと外人がウロウロしているって噂があるんだよ。おまえの学校の英語の先生、大丈夫か」
「ジョージ? それはないんじゃ」
ないかなあ、と続けようとして、亮は言葉に詰まる。

亮の高校の英語教師・ジョージは、なぜだか亮を気に入っているらしく、ことあるごとに怪しげな日本語で話かけてくる。
その内容は、すべてたわいのないものだ。
仙台の歴史についてとか、名物について、人気スポットについて等々…ほんとうにたわいのないものなのであるが、その質問ぶりが、いささか執拗なのである。
休み時間になると、クラスの中でぽつんと外れて、ひとり、本を読んでいる亮のところへ、ジョージはやってくる。
つぎが移動教室でもやってくる。昼休みも放課後も。
それは、まるで親鳥が雛のために、せっせとえさを運んでくる様子にも似ていた。
そうして、ほとんど一方的にジョージが問いかけをし、亮は、読書が一行も先へ進めないことに苛立ちつつ、生返事をする。
毎日が、そのくりかえしなのである。

「そういえば、この間、銀杏の木について聞かれた。どの銀杏の木が、一番枝振りがいいか知っているか、とか」
「仙台には銀杏の木があふれているので、どれが一番なんてわかりません、って答えたか」
「答えたけど、納得してないみたい」
「結婚しているんでしょう、その先生」
叔父は、顔をあげて特に興奮した様子で言う。
「おう、この間の七夕の時のミスコンで、他薦で特別賞もらったくらいの、すごい美人の奥さんがいるんだゾ」
叔母は、叔父のそんな様子を無視して、顔をしかめた。
「へんな気がないなら、何なのかしら。なにか感づいたのじゃない?」
「それはないよ。気をつけているし…ジョージは、僕がいつも一人でいるのが、気になるんじゃないのかな」
と、亮は、それまでの穏やかな様子を捨てて、しょんぼりしたふうに言う。
その様子に、叔母はあわてて言った。
「ごめんね、そういう意味じゃないの。亮ちゃん、思ったのだけれど、あまり一人でいるよりも、すこしお友だちを作ってみたらどう? ほら、最近、転校生が来た、って話をしていたじゃない? 元転校生として、仲良くしやすいんじゃないかしら」
「転校生は隣のクラスです。それに、フランス人の女の子なんだよね。すごい美人で、あっという間にみんなの人気者だから、とても近づけないんだよな。抜群に頭がいいっていう噂だから、こっちのこと、変に感づかれても厄介だし」
「そうね、やっぱり難しいわよね」
まだご飯は残っていたが、気まずい沈黙に耐えられず、亮は席を立った。
 


雨が降りそうだな。
と、亮は屋台から空を見あげつつ思った。
 いまにも泣き出しそうな空の下、それでも無料配布中の宮城の新米コーナーが人気をあつめ、仙台出身のアーティストのライブなどもあり、宮城フェスの客足は順調だ。
 「たんたかタン」の牛タンは、味道楽のあいだでは評価が高く、こうして屋台を出すと、常連客が、わざわざ遠方からやってくるほどの人気である。
加えて、場所が端になっても、うまい具合に隣りの屋台がおむすび屋であった。
以前にも一緒に屋台を並べたことのある店であったので、亮は、おむすび屋とタックを組んで、ランチメニューと称して、おむすびと牛串を売りさばいた。

午後になると客の流れも落ち着いてきたので、コシヒカリアイスの店へ行き、名物のコシヒカリソフトを買って、小休憩をとっていると、聞きなれた声がかかった。
「亮サン、お勤めゴクローサンだね」
この微妙な日本語はまちがいない、噂の英語教師、ジョージである。
学校でもつきまとい、休日では働き先にまでやってくる。
派遣の営業だって、これほどマメに現場に足を運ばない。
どんな思惑があるのか知らないが、その行動力には、亮は舌を巻かざるを得ない。

ジョージは、この季節にはまだ早い、すこし厚手のロングコートにセーターという出で立ちであった。
彫りの深い顔に、にぎやかな模様の入ったスカーフがよく映えている。
足が長いので、ロングブーツも様になる。
きれいに借り上げた金髪に、淡い色の無精ひげが特徴の教師だ。
悪人ではないのだが、馴れ馴れしいので、亮の警戒心を煽っている。
 
亮は学校でも、なるべく目立たないように、友達をつくらないように努めているのだが、それには事情がある。
亮はもともと、東北でも一、ニを争う資産家の一族である。
本家の跡取りとして、なに不自由なく育ってきたのだが、父母が事故死をしたのをきっかけに、熾烈な財産争いに巻き込まれ、命の危険すら覚えるようになったため、叔父夫婦のもとで身を隠しているのである。
叔母が、大丈夫かと心配したのは、身の上の事情があったからだ。
 
「今日は、とってもブルーな天気デス」
そうですね、と亮は相槌を打ちつつ、消していたバーナーに火を灯し、おやつ代わりに食べようと取っておいた、冷めた牛タン串をふたたび炭にかけた。
 ガスのにおいと、炭の出す匂いが周囲にたちこめる。
ジョージは牛タンが大好きなのだ。
亮は、ジョージが目を輝かすこと期待したのだが、そうではなかった。
ジョージは、彫りの深い顔をしかめて、亮から目をそらささない

「聞いてくだサイ。銀杏の木についてデス。亮サン、銀杏の木で一番立派なものはどれですか?」
「ですから、以前にもお答えしましたが、仙台には銀杏がいっぱいあって、どれが一番立派なんてわかりません。区役所に聞いてみたらどうですか?」
と、亮は、目と鼻の先にある、赤茶色の区役所を指さした。
「お役人、関係ないデス。とても大切なことなのですヨ。銀杏の木を探しなさい。五本あるハズです。うち、二本は奴らにけされてしまいました。あと三本をどうしても守らなければデス」
「先生、銀杏の木の事件の犯人を、知っているんですか?」
ジョージはこくりと肯いた。
しかし、その額には、いっぱいに脂汗が浮かんでいる。
「亮さん、あなたには、特にキツイ暗示がかけられてイル。これはあなたに同情した『彼』が、あなたのために、この優しい世界を用意したようなモノだからデス。幸せですか、亮サン」
安っぽい宗教の問いかけのような言葉に、亮はおもわずたじろいだ。
「なんですか、いきなり」
「あなたの望みは半分叶えられている。ですが、夢は夢でしかありまセン。
銀杏に擬態をしている、世界樹ユグドラシルは残り三本。これを守らなければ、ラグナロクがはじまってしまう。
あなたは再びケルベロスを殺め、世界の終焉を招く役割を担うこととなるでショウ。それでは、『暗き運命を背負う女神』の努力がムダになってしまいマス」
「あの、もしかしてこれ、抜き打ちテストか何かですか? 言っていることの意味が、さっぱりわからないのですが」

だがジョージは答えず、脂汗をさらににじませて、体をぐらりと傾かせる。
そうして亮は、ジョージが左手を、ずっと脇腹に当てていることに気がついた。
その左手からは、じわりと赤いものがにじんでいる……血だ。

「先生!」
「わたしは深手を負いまシタ」
「救急車を呼びます!」
携帯を取り出そうとする亮の手を、ジョージは掴んで止めた。
「ムダです。今回も、わたしの役割は、あなたに後事を託すことのようデス」
言いつつ、ジョージは、懐から、アラベスク文様にも似た凝った細工の施された、銀の腕輪を取り出した。
「これを、彼女に渡してくだサイ」
「彼女? 奥さんですか?」
ちがう、と答えかけ、ジョージは腹の傷をかかえてうめく。
そうして膝を折ったジョージの介抱をしつつ、だれか助けてくれないかと周囲を見回すが、これほどの人間が集まっているにもかかわらず、亮とジョージの様子に気付いている者はだれもいない。
「彼女に渡すのデス。暗き運命を逆転させるためには、彼女の力が必要なのデス」
ジョージの青い瞳は真剣に亮を見据えている。
亮は、なにがなにやらさっぱりわからないでいたが、とりあえず怪我人を落ち着かせるのが優先だろうと判断し、銀の腕輪を受けた。
ジョージは安堵したように笑みを浮かべたが、ふと、それが強ばり、ふたたび亮の手首をぎゅっと掴む。
「奴らが来まシタ。逃げなサイ、亮サン。奴らは聖なる気配を辿って、どこまでも追いかけてきマス」
「奴ら?」
「世界樹を消滅させた連中…レティクルです」
「レティクル、って、星ですよね?」
それには答えず、ジョージは、起き上がると、ひたひたと忍び寄る気配に、首を向けた。
亮もそちらのほうを見たが、そこには、匂当台公園の広場と、ライブを目当てに集まってきた客の群があるだけである。

いや…

ぶ厚い雲に覆われた空の下、まるで陽炎のようにきらきらと輝く銀色のものがある。
最初は、陽光もないのに、そこに発生した遣り水に思えた。
だが、そうではない。
銀色のそれは、ゆっくりと空中に浮かぶエイのように動き、近づくにつれ、だんだんと形を変化させ、まるで幾人もの人間のようになってきた。

否、なってきた、ではない。
実際に、銀色の小人が、徐々に形をはっきりさせて、こちらに向かってくる。
不気味なことには、銀の小人たちは、大阪のビリケンさんにそっくりであった。

「逃げなサイ、亮サン。仮のユーザーとして、その剣の名前をお教えしましょう。
ただし、他人には教えてはなりまセンよ。剣の名は『アスカロン』。
神よりわたしが賜った、真正のドラゴンバスターです。
剣を召還するときニハ、わたしの名前と剣の名前の両方が揃わないと、召還に成功しまセン」
「先生の名前?」
ジョージは、目と鼻の先にまで近づいてきた銀の小人たちに対峙すると、すっと、その左手を掲げた。
とたん、嵌めていた指輪が、驚くほどの光を放つ。

「召命騎士ゲオルギウスの名の元に、聖なる獣を解放す!
 シエナの竜よ、レティクルどもをなぎ払え!」

すると、指輪から膨大な光が放出されると同時に、それが二つの大きな羽根に変化した。
さらに、むくむくと雲がわきあがるように指輪から形が沸き起こり、なんと、一軒家ほどの大きさはあろう、黄金のドラゴンが姿をあらわした。
その首には、目を瞠るほど、精巧な刺繍の入った宝石つきの帯が、首輪のようにはめられている。
ドラゴンは、ジョージの指から放たれると、銀色の小人たちに向かって攻撃を始めた。

異常なことには、この状況においても、匂当台公園に集う人々は、亮たちを見向きもしない、ということである。
『ほかの人たちには、見えないのか』
亮は、うろたえつつ周囲を見回すが、観客たちは、舞台で行われているパフォーマンスに夢中になっており、この異常な光景に、まったく関心を払わない。有り得ないことだ。
暴れる竜と、その巨体に群がる銀色の何者かの戦いの脇を、農協のテントで配っている風船を手にした親子連れが平和に通り過ぎていった。
ジョージと亮以外には見えない。
そう結論をせざるを得ない。
ドラゴンは、前足で銀の小人たちをなぎ払い、尻尾で背後に回ろうとする小人を打ち倒し、後ろ足で、どすどすと小人たちをぺしゃんこに踏み潰す。
潰され、跳ね飛ばされて、地面に打ち付けられた小人たちがどうなるかというと、銀色の噛み終わったガムのように、地面にべたりと形をなくして貼りつき、じわじわと地面に溶けていくのである。
しかも驚いたことに、銀の小人が溶けた痕は、そこにあった芝生も焼け爛れたように枯れてしまい、地面がむき出しになってしまうのであった。

ドラゴンの圧倒的な強さに、身の危険も忘れて、ぼう然としていた亮であったが、ジョージの鋭い声に、我に返った。

「亮サン、ドラゴンは、わたしが消滅すれば、ともに消えてしまいマス。
いまのうちに、早くにげなサイ!」

その声に弾かれて、亮は走り出した。
事実、黄金のドラゴンの姿が、徐々に薄くなっていき、ほとんど完璧に食い止められていた小人たちが、一人、また一人と、ドラゴンの隙間をぬって、こちらに向かってきたのである。
 亮がとっさに思いついたのは、仙台中央警察署へ駆け込むことであった。
匂当台公園から、中央警察署までは走れば十分くらいの距離である。
匂当台公園の真向かいにある三越仙台店の交差点を渡り、そこから一気に駆けていくのであるが、ふと振り返ると、小人たちがいない。
よくよく目を凝らすと、律儀なことに、彼らは、信号が赤になったので、ちゃんと信号待ちをして、じっとしているのであった。
『ヘンな奴ら!』
思いつつ、これ幸いとばかりに亮は駆けた。



商工会議所のビルの前を通り、さらにちいさな信号を渡って、右手にあるベージュの建物が仙台中央警察署である。
亮は飛び込むと、受付に向かって叫んだ。
「大変です! うちの学校の先生が、銀色の小人に襲われて…」
が、亮は最後まで続けることができなかった。
受付にはだれもおらず、どころか、事務にもだれもいない。
端っこが擦り切れて、スポンジが覗いている黒いソファには、手錠をかけられたままの酔っ払いが、石油ストーブの前で、ウトウトしていた。
「あの、おまわりさんたちは?」
亮が尋ねると、酔っ払いは眠そうな顔を上げて、答えた。
「なんだか、凶悪事件発生とかいって、みんな出て行っちまったよ。どうしたんだい、お嬢ちゃん」
「僕は女じゃない! 本当に誰もいないの?」
「いないよ。だから俺が代わりに留守番をしているんだよ。急ぎなら、ちょっと待ってみたらどうだい?」
「急ぎだから、待てないんだよ!」
信号のお陰でわずかに稼げた時間も、たくさんあるわけではない。

亮は仕方なく再び警察署を出ると、小人たちがやってくる方向を見た。
すると、彼らはまたもちいさな信号で赤信号に引っかかり、おとなしく青に代わるのを待っていた。
中央警察署が駄目ならば、どこへ逃げたらいいのか。
家は駄目だ。叔父さんたちに迷惑をかけてしまう。
いっそ宮城野区に基地をかまえる自衛隊を頼ろう、とも考えたが、問題が、ひとつあった。
 
やはり、銀の小人たちは、他の人間には見えないらしい、ということである。

では、なぜ亮にあれが見えるのか?
『銀の腕輪…『アスカロン』だっけ? これが原因じゃないのかな?』
ジョージは剣、といったが、どう見ても腕輪である。
なにかの仕掛けで剣になる、とでもいうのか。
てきとうにさわってみたが、なにも起こらない。
『先生の言っていた『彼女』も誰なのかわからないし…そうだ、いま仙台市博物館で、『刀剣展』をやっていたはず。あそこにこっそり置いてこよう!』

仙台市博物館は、青葉城址の麓にある。
街から外れたところにあり、歩くと30分はかかる距離だ。
しかし、街中に腕輪を放置して、ジョージのように影…あれは魂かもしれない、と亮は考えた…を食べられて死んでしまう人がいたら大変だ。
カエサルの物はカエサルへ。
正体不明の骨董品は博物館へ。
あとは学芸員がなんとかしてくれるだろう。たぶん。

手持ちの金が数百円しかなかったので、亮はタクシーをあきらめて、仙台中央警察署から大きく迂回して国分町へ入り、そこから定禅寺通りに戻って、青葉城ゆきのバスに飛び乗った。
車窓から背後をうかがうと、銀の小人たちは、あわてるふうでもなく、ひたひたとバスを小走りで追いかけてくる。
まるで感情らしきものがないくせに、凶暴きわまりない姿は、不気味なこと、この上ない。

亮にできることといえば、ともかく銀の腕輪をどこかに置いてくること、それだけであった。

このつづきは、「ずんだの章 2」につづきます

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