Give Birth to Heaven・18
※ この話は、「Give Birth to Heaven・17」のつづきとなります。
いくわよ。
わかっておるわ。
と、勇ましい会話をして敵に向かう二人……であったが、自動ドアを突き破ってこちらへ向かってくる亡者たちに、その牙と爪でもって対抗せんとしていた羅貫中犬は気づいた。
わかっておるわ、などといいながら、隣にいる灰色のロップイヤーラビットは、ちっとも動こうとしていなかった。
どころか、ガタガタと小刻みに震えて、なにやらぶつぶつとつぶやいているのである。
『いまさら念仏でも唱えてんのかしら』
耳を澄ましてみると、それは聞き覚えのある旋律である。しかも、内容がかなりマニアックではないか。
「♪デーンデーンデンデーンドンドン デーンデーンデーンデーンドン ちゃっちゃらちゃっちゃっちゃー♪」
歌?
しかも、これは!
羅貫中犬は、思わず、うさぎを振り返り、叫んだ。
「ちょおっとお! これから戦おうってときに、なんで、いまどきエヴァの、しかも使徒が襲来したときの音楽なのよッ!」(くどいようですが、このお話の舞台は2003年です)
すると、灰色のロップイヤーラビットは、器用に二本足でしっかり大地に立ちながらも、ぷるぷると震えつつ、怒鳴り返した。
「仕方なかろう! こうして歌でも唄って気を紛らわせないと、とてもではないが立ってもいられないのだよ!
わたしは憑依型アトラ・ハシース! 取り憑けるくらいすごい人間がそばにいて、一体化して動けないと、まるで役立たずなのだ!
見ろ、この手! ぶるぶる震えてカワイソーとか思わん? いまから言っておく。もう、限界いっぱい! ムリ!」
「なんにもしていないうちから、なに言ってんのよッ! アタシなんて創造型なのに、戦おうとしてんのよ!」
しかしぶるぶる震えながら、五本の指をわきわきしつつ、仲達は言った。
「いまさらだが、わたしは直接攻撃が不得手なのだ。なあ、ここで提案。いまから出直して、作戦変更せぬか?」
「ここまで来て見苦しいわね! 亡者たちがエレベーター昇っちゃったら、ここまで来た意味がなくなっちゃうじゃないのよッ!
あー、もう、演義でアンタを悪役にして、正解。ホンット、大正解。いま、心からそう思うわ。生前のアタシ、GJよ!」
「やかましー! そなたとて、かなりテンパっておるではないか。なぜ自分で戦おうとする! 創造型なら創造型らしく、周倉だせ、周倉!」
「あ、そうだったわね。出でよ、マイキャラ周倉! この役立たずのかわりにアタシの役に立ってチョーダイ!」
「言いたい放題だのう…しかし言い返せぬうさぎの身がくやしいことかぎりなし」
などとやっているあいだに、ぼん、と小さな白煙が立ち、山のような体格に、立派な頬髭をたくわえ、漢代の鎧を勇ましくまとった純朴そうな武将があらわれた。
その巨眼と目が合うと、くっきーこと仲達は、腰を低くして、ぺこりとお辞儀をする。
「あ、ドモ。ふーむ、こういう風貌であったのか」
「わかっていると思うけれど、オリキャラよ、これ」
「それっくらいわかっておるわい。頑張れ周倉!」
「あんたもよ!」
羅貫中犬の声が響いたと同時に、アコが上って言ったエレベーター以外の九基のエレベーターかいっせいに一階に下りてきて、その扉が開いた。
そして、その扉から、亡者たちがエレベーターホールに雪崩れ込んできた。
「しまった! 二階よ! 二階のペデストリアンデッキにつながる通路からエレベーターで降りてきたんだわ!」
亡者たちはエレベーターから、そして前方からの両方から、じりじりと仲達と羅貫中犬を追い詰めていく。
周倉も手に持つ矛で戦おうとするのだが、どこから手をつけてよいのかわからず、困惑しているありさまだ。
「ぎゃああ! これってもう、どうにもならない? こうなったら、最後の手段!」
「なによ、そんないい手段あるなら、最後といわずに最初に使いなさいよ!」
「たわけー、かなりの覚悟が必要なのだ! そなたも覚悟せい!
行くぞ! 炎と大地のスペシャルコーボレーション!」
叫びつつ、仲達は、ばっ、と両手を挙げた。
「ストリートッ! オブ! ファァァァイヤァァァァーーーーーッッッ!!!!」
仲達の気合のこもった叫びとともに、いっせいにエレベーターホールのありとあらゆる場所から炎が噴き上がった。
それと同時に、炎に巻かれた亡者たちも、熱さに苦しみもだえはじめている。
「すごいわ! アンタ、こんな隠し技があるんなら、最初から出しなさいよ! ちょっと熱いけど!」
「そうであろう、これからこの炎は、彼奴らを燃やし尽くすまで、ぼーぼーと燃えつづけるぞ」
「……燃やし尽くすまで?」
「燃やし尽くすまで!」
仲達は大きくうなづいた。
「待ってよ、それじゃあ、アタシたち、どうやってここから出るの、って……」
ふと、隣がなにやらきな臭い。
シェットランドシープドックたる羅貫中犬は、鼻をひくひくさせつつ、隣を見る。
すると、さきほどまでいた周倉が、なんと! めらめらと燃えているではないか!
「ぎゃああああ! アタシの、アタシのオリキャラが燃えてるー!」
「あーあ」
「あーあ、じゃないわよッ! 消しなさいよ、これぇ! あたしのオリキャラなにすんの!
それとももしかしてアレ? 蜀のキャラだから気に食わないとかそういう気持ちなわけ?
どこまで執念深いのよ、アンタ! 次の下宿先の同人誌即売会で、アンタの悪口満載の小説を売ってやるからおぼえてなさいよーッ。言っとくけど、売れんのよ、アタシの本―!」
「仕方なかろうが、ぜんぜん消えないからこその『最後の手段』なのだ! て、いうか、尻尾、燃えてる」
「え」
おのれの尻尾を振り返ると、羅貫中犬の茶色の尻尾もまた、炎が飛び移って、マッチにともった炎のように燃えているのだった。
「ぎゃああああ! ちょっとー! アトラ・ハシースまで燃やす炎ってどんだけー? 消えないって、どういうことよ!」
「だから、いま燃えているだろう。そういうことだ」
「そういうことだ、って、つまり?」
「うむ、『すべてを燃やし尽くす』炎なのだ」
「じゃあ、炎に囲まれているいまの状況って?」
「かなりヤバイ状況。こんがりBBQになること必至」
「はああ? 必至じゃないわよ! あたしはこんなところで消滅しないわよッ!
あー、もう、この世界に来て、いちばん叫んでるわよ、いまー! なんなのよ、アンター!」
「すまぬのう。そういうわけで、必死になって退路を築いて抜けていくしかないのだ。燃えたらゴメン」
「ゴメンじゃないわよ、許さないわよ! アンタね、あたしがこの毛皮にどれだけのメンテナンスつぎ込んでるかわかってんの、ええ? 伊達にさらさらじゃないのよ、マジでー!」
ぎゃんぎゃん叫ぶ羅貫中犬に対し、仲達はというと、ぐっと親指を立て、言った。
「少年よ、神話になれ!」
「アタシは少年じゃないわよッ! ええい、消滅するよりマシだわ、行ってやるー!」
羅貫中犬は叫ぶと、炎と炎の裂け目を探して、そのわずかな隙間へと駆け込んでいった。
一方、エレベーターに乗り込んだアコは、壁に背中をあずけて、灰色のロップイヤーラビットのことを考えていた。
バイオハザードじゃあるまいし、なぜか亡者に追いかけられているこの異常な状況。そして、それを受け入れざるをえない。
なんのために? なぜ?
尋ねても、どこにも答えはない。
答えらしきものは提示されても、アコにはなにがなにやら、さっぱりわからなかった。
アコとは対角の場所に、白い影が立っている。
外見は不気味なことこのうえないが、助けてもらったので、これは味方だ。喋れたなら、また印象もちがったことだろう。
そうはわかっていても、アコは思わずつぶやいた。
「くっきー、無事かな」
エレベーターに乗り込むに当たり、白い影の犬も一階に残った。
うさぎと犬。このたった二匹の組み合わせで、あれだけの数に立ち向かえるものだろうか。
操作ボタンが目に入る。
エレベーターは、こうしているあいだにも、どんどん上階を目指しているのだが、これを途中で止めて、一階に戻ることは十分可能だ。
くっきーのために戻ろうか?
しかし、そうなった場合、くっきーを、どう助ける。わからない。
すべて気休めなのだ。
『早く上に行けばいいんだ。そうしたら、だれか助けてくれるかもしれない』
屋上に女神がいるという。
果たして、それがどんな女神なのかは、アコにもわからなかったが、いまくっきーに出来る最大のことが、女神の助けを求める、ということであった。
白い影もまた、心細そうに見えるのは、けっして気のせいではあるまい。
ともかく最上階へ。
アコは早くエレベーターが到着することを祈った。
が、不意に、ジェットコースターのもっとも危険で高い場所に連れてこられたときに感じる、居心地のわるい浮遊感がアコを襲った。
がくり、とエレベーターが揺れる。
ぞっとアコの身体を悪寒が貫いた。
最初に考えたことは、エレベーターが落ちるのでは、ということであった。
思わず、壁に手をつけて身構えるが、エレベーターはぴたりと止まったあと、動かなくなっただけで、落ちる気配はない。
「故障かな?」
思わず口にするが、このタイミングでそれはなかろうと、すぐに頭が働いた。
『だれか』が、上に『行かせない』ために『止めた』のだ。
問題は、それがだれか、である。
あの亡者たちがくっきーたちを突破したため、エレベーターを下へ戻そうとしているのではあるまいか。
もしそうならば、エレベーターが止まっているいまのうちに外に出るなどして、階段で移動すべきではないか。
アコがどうするべきか迷っていると、エレベーターの操作ボタンが滅茶苦茶に点滅をはじめた。
動かないエレベーターのなか、ボタンだけが活発に動いているのも不気味ではある。
アコが身じろぎもせずにボタンを凝視していると、やがて、それまで沈黙していたエレベーターの分厚い扉が、何事もなかったように開いた。
まだ最上階には届いていないはずである。
いったいどこへ来たのか。
戸惑うアコの前に、エレベーター越しに、一人の男が立っていた。
見たことのない男である。
細面で神経質そうな風貌をしており、目に浮かぶ傲岸そうな表情が、ますます男をとっつき悪そうに見せている。
それでも美形の部類に入るだろう。男であるが、白い百合の花弁を思わせるなめらかな肌をしている。年齢は三十代前半か。
そして、男は片手でなにかをもてあそんでいた。最初、アコは、それがおはじきのように見えていた。
おはじきを片手で、フライパンで豆を炒っているように、上下に飛ばして遊んでいるのである。
もしかしたら、ただの癖なのかもしれないが、アコにはそれが、ひどく不吉で嫌な感じに思われた。
この男は、味方ではない。
「こんにちは」
と、なぜ挨拶をしないのか、と付け加えたそうな、押し付けがましい口調で、男は言った。
アコは答えなかった。男のすべてに対して、嫌悪をもよおしていたのである。
虫が好かないという言葉があるが、いま、アコが男に感じている感情が、まさにそれであった。
「返事、してくれないんだ」
口を開いたら負け、挑発に負けたらだめ、という感情がわきあがっているのは、なぜだろう。
理由はわからなかったけれど、アコは、内側から聞こえてくる声に従うことにした。
返事をしないぞ、という意志をこめて、固く口をつぐむ。
「まあいいや。それよりも、あんただれ、って顔をしているね。自己紹介をしておくと、俺の名前は最上一樹」
「最上?」
「そう。君の遠縁ってことになるのかな」
そう言って、男はにやりと笑った。
遠縁だと紹介されても、アコにはすこしも親近感が沸いてこなかった。むしろ、嫌悪感がますますつよくなってくる。
アコは真面目な性分であったから、初対面の人物に対してこれだけ嫌悪感を抱いてしまう自分に罪悪感すらおぼえたが、しかしその感情は抑えようのないものであった。
「それにしてもねえ、すっかりフツーだねぇ。吸血鬼から話を聞いてなかったら、ちょっとひるんだかもしれない」
アコは沈黙をつづけながら、思った。
吸血鬼って、だれのことだろう。遠縁の人だというけど、本当だろうか。
そして、なぜわたしを知っているのだろう。
ひとつだけ、はっきりわかること。この人は、さきほどの亡者たちとはちがって、生きた人間だ。
「あなたは、シマノの仲間?」
アコが尋ねると、今度は最上一樹のほうが口をつぐんだ。
あの手のひらでもてあそんでいるものが何かはわからないが、アレが危険なものだという感じはする。
しばしのにらみ合いのあと、最上一樹は突然に破顔して、言った。
「無視されるのって、嫌なことだと思わない? 自分にされていやなことは、人にもしないようにしようよ」
アコはあきれると同時に、ますますこの最上一樹が嫌いになった。
つまり、アコに思い知らせるために、わざと無視をしてみせたのだ。
一回りほど年が違うだろうに、負けず嫌いというべきか、それとも幼稚というべきか。
「わけわかんない、って顔をしているね。それでいいよ。俺が言いたいのはだ、君は、今回も、なにがなにやらわからずに死ぬってことだ」
「どうして?」
緊張で、喉がひりひりと渇いてきた。
アコには武器もなにもない。
そうだ、ボタン!
アコはエレベーターの閉まるのボタンを押してみたが、エレベーターはびくともしない。どころか、さきほどまでともっていたランプも、階数を報せる電光掲示板も、ぜんぶ消えてしまっている。
「だめ、意味ないし。電気はもうとおってないよ。このヒヒイロカネはね、使い方次第によっては携帯電話みたいに使うこともできるし、リモコンとしても使えるんだよ。つまりさ」
と、最上一樹はパントマイムをするように、手にあるおはじきのようにきらきらした石……ヒヒイロカネを手にしたまま、無線応答をするかのように、言った。
「一階にいるうさぎをぶっつぶしして剥製にしてしまえ!」
「やめてよ!」
「とかね」
アコが怒鳴ったことが、最上一樹としては思惑どおりだったらしく、にんまりと満足そうに笑った。
胸の悪くなる笑みである。男の根性が、底辺まで捻じ曲がっていることが感じ取れた。
「ま、でも、どっちにしろ、君はここでジ・エンド。せっかく世界までつくったのにゴクローサンってところかな。
この世界は君が死んでも……ん? 消滅っての? どっちになっても消えないみたいだから、俺がありがたくもらっとくよ。だから、安心して成仏してよね」
いけない、逃げなければ。
アコは足を動かそうとした。
だが、動けない。
エレベーターのボタンの下で立ち尽くしたまま、まるで足が押さえつけられているように動かない。
どうして? と、下を見て、仰天した。
アコの両足に、透明な何者かの手が伸びている。
それが、がっしりとアコの足首を掴んで離さないのである。
「一人になったのが運の尽きだよ、バイバイ!」
最上一樹は言いざま、手でもてあそんでいた小石のひとつを、アコに投げつけてきた。
だめだ、逃げなければ!
頭は働いたが、がっしりと固定された足は、ぴくりとも動かすことができなかった。
それでも、アコは粘って、細胞の一個までにも命令するかのように、懸命に自分の身体に命じた。
動け、動け、動け!
だが、思うように動かない。
だめだ、石は飛んでくる。
まちがいなく、当たる!
アコはぎゅっと目をきつく瞑り、観念した。
だめだ。
だが、いつまでたっても衝撃は訪れなかった。
そおっと目を開けてみれば、エレベーターに同乗していた白い影が、アコの前に立ちはだかって、石の直撃から、自らの身体を盾にして、守っていたのである。
だが、盾にした白い影の身体は、ちょうど心臓のあたりで石を受けており、石はまるで隕石が地表をえぐるように、白い影の表面をえぐり飛ばしていた。
「白い影さん!」
アコが叫ぶと、同時に、ふっと足が軽くなった。
見れば、白い影は、アコの前に立ちふさがると同時に、全体重をかけて、アコの足を捕まえていた腕を踏みつけていたのだった。
片側の足だけが、完全に自由になっている。
アコは、自由になった足で、まだしつこく片方の手に絡み付いている腕を、思い切り踏みつけた。
すると腕は、衝撃におどろいて、さっと引っ込んだ。
アコはふたたびエレベーターの閉まるボタンを連打した。
電気が入っていないとわかっていても、連打をつづけた。
そうしているあいだにも、アコの身代わりとなった白い影の身体が、どんどん後退して、身体の厚さも薄くなっているようだ。
白い影がどのような物質で構成されているのかはわからないが、よくないことだけはわかる。
せめて痛覚がなければいいと、アコは祈るようにして思った。
「思わぬ伏兵か。でも、まだつぎがあるんだな」
言いながら、最上一樹がふたたび石をなげてくる。
白い影は、おのれの身に食い込んでくる石の勢いに耐えながら、アコの前で踏ん張り、そして、両手を広げてアコを守る素振りを見せた。
そのあいだもアコは、ひたすらボタンを連打した。
「動け、動いて、動いてよ!」
まるでエレベーターに心があって、叫べば願いが届くかのように、アコは叫びながら、ひたすらボタンを連打した。
石がふたたび投げつけられる。
と、そのときである。
がくん、とエレベーターの全体が揺れた。
と、同時に、それまでまったく動くことをやめていたエレベーターが、扉を開いたまま、するすると上階に向けて、ふたたび上りはじめたのである。
「やった!」
アコが思わずガッツポーズをとる一方で、石を投げようとしていた最上一樹は、
「ちくしょう、なんでだよ!」
と、悔しそうに叫ぶ。
よかった、と思ったのもつかの間、最上一樹の姿が完全に見えなくなったあと、エレベーターが、ふたたびぐらりと大きくかしいだまま、停止してしまった。
「なに?」
四角い箱の中、何事かとせまい空間を見回してみるが、もちろん、答えは見つからない。
それに戸惑ってばかりもいられない。
アコの足元には、さきほどのヒヒイロカネの直撃を受けて仰向けに倒れている白い陰がいるのだ。
落ちなければいいや、と腹を括って、アコはしゃがみこむと、白い影が無事かどうかを確かめた。
「大丈夫? 怪我したの?」
答えはなく、白い影は、石でえぐれたおのれの身体を、くるしそうに押さえている。
石はちょうど白い影の心臓の部分を貫いて、そこだけがきれいに丸く穴が開いていた。
「どういう原理になっているんだろう、これ。血は出てないみたいに見えるけれど、出ているのかな」
白い影が苦しそうにしているので、アコはぽっかりと開いた小指のつめ大の穴のうえに、自らの手をかざした。
むかし、手当てという言葉が、もじどおり、怪我に手をかざして治るようにと祈ったことから出来た言葉だと、どこかの本で読んだことを思い出したためである。
指先が震えている。
治るといい。治ってほしい。
真剣に祈っていると、意外なことに、それまで苦しそうにのたうちまわっていた白い影の動きが、ぴたりと収まり、そして、穏やかにおとなしくなった。
「あ、よかった。なんだかわからないけれど、無事みたいだね」
ほっとするアコであるが、気づいた。
エレベーターの天井には、点検用の天窓がある。
普段は閉じられている窓だが、緊急時にはドアは開かれ、そこから外に出られるようになっている。
そのドアのわずかな隙間から、黒い筋のようなものが、何本も侵入してきているのであった。
※ この話は、「Give birth to Heaven・19」につづきます。