Give Birth to Heaven・16
※ この話は、「Give Birth to Heaven・15」のつづきとなります。
鈴木剛志は、飼い犬(であるらしい)のしゃべる『ポニー』とともに、よく知っているはずの仙台アエラのエレベーターエントランスへ入った。
記憶を失っている鈴木であるが、断片的に記憶は持っている。
失っているのは自分の生活に関するもろもろの出来事で、仙台市内の、どこになにがあるのか、そこまでの道筋はどうか、そういった情報は覚えているのである。
ホラー映画に登場するような亡者たちを振り切り、光りの塊のような少女のあとを追って、仙台アエラにやってきたわけであるが、その内部は様変わりしていた。
受付嬢もいなければ、各オフィスや専門学校のパンフレットの並んでいるラックもないし、ATMコーナーもなければ、丸善のポスターも、観葉植物もなくなっていた。
あるのは、ただのむき出しのコンクリートの壁と、十基のエレベーターのみ。
振り返ると、自動ドアの前には、石庭を模した喫煙所が以前とかわらずそこにあって、内部だけが様子がちがっていることが見て取れる。
「改修工事にしては半端だな。まるで建築途中でほったらかしにしたようだ」
「ひどいものね、まるで廃墟だわ。落書きがないぶん、綺麗だけど」
鈴木のあとを、てってけと足音も軽く、シェットランドシープドックのポニーがついてくる。
光る少女は、腕にうさぎを抱いたまま、同じように、目の前の光景にうろたえていた。
やはり少女にも、風景だけは同じように見えているらしかった。
ここにいるのは、少女、うさぎ、自分、犬。
となれば、周囲に異常がないか、調べるのは、男である自分の役目ではないか。
鈴木は少女をひとまずエントランスに残し、十基あるエレベーターの、最上階まで上れるエレベーターの、上りボタンを押した。
「あらちょっと、一人でどこへ行くのよ」
と、ポニーが少女のほうを気にしながら、くっついてくる。
「エレベーターがまともに動くかどうか確かめるんだ。とりあえず、途中まで行って帰ってくる。もしエレベーターまでおかしかったら大変だろう」
「あら、そうね。気が利くじゃない。それを向こうに教えられないのが困ったことだけど」
たしかにポニーの言うとおりで、しゃべれない、ということは、ひどく不便であった。
「すぐに戻ってくるさ。おまえはここに残れ」
「そうはいかないわよ。アタシはあんたの犬で、あの子の犬じゃないもの」
言いながら、やがて到着したエレベーターに、鈴木と一緒にポニーも乗り込んできた。
開閉ボタンを押す段になり、亡者たちの群れが追いかけてこないか心配になったが、迷っているうちに、ポニーが二本足で器用に立ち、身を起き上がらせて、ボタンを押してしまった。
たいして不自然な動作もなく、エレベーターが上を目指して動き出す。
「ふつうに動くな」
「そうね」
「さっき、あのマネキンみたいに綺麗な男が、アエラの梯子がどうとか言っていたな」
「言っていたわね」
「梯子があるから、どうだっていうんだ。おまえは知っているんじゃないのか」
鈴木が言うと、ポニーはしばらく黙ってお座りをしていたが、やがて、そのきつねにも似た、とがった顔を向けて、言った。
「あんたが再び下に戻って、あの子と一緒に最上階に目指したなら、いままで見たことのないものがきっと待っていると思うわ」
「どんなものだ。心の準備をするから教えてくれ」
「楽しみに取っておきなさいよ。悪いものじゃないわ。そこで待っている人たちに、あんたはここで生きるための体をもらうの」
「ここで生きるため?」
「そうよ。あんたもうすうすとわかっているんじゃないの? あんたは栄華学院で襲われて、あの子に助けられてこっちへ来た。でもあんたは影としてしか、この世界では存在できてない。
なぜかというと、この世界では、あんたに対応する体が消滅してしまっていたからよ」
消滅という言葉の、どこか人工的な雰囲気に誤魔化されがちだが、しかし意味するところは、とんでもなく不気味なものである。
鈴木は、自分が仙台港に沈んでいたときのことを思い出していた。
暗くて冷たい海から這い上がってきた。
よく生きていたと、いまでも思う。
だが、ほんとうに生きていたのだろうか。
「体を得ることができれば、『鈴木剛志』として、この世界に生きられる。この世界は、そうするために、貴方だけのためだけに創られたものなのよ」
「俺のために創られた? 世界だろう。この世の中ぜんぶ。宇宙をひっくるめて! それがそんな、ケーキみたいにほいほい簡単に作られるものか?」
「でも作ったのよ。自身の力と聖剣の力、すべてを犠牲にしてね。ただ貴方への想いだけで、この世界は成り立っているの。
ただし、あんたが体を得たなら、めでたしめでたし、というわけじゃないわ。これから先が問題なのよ。
体を得る、ということは、『ここにいなくちゃならない』ということなの。あなたがここから消えてしまったなら、ほかの汎世界にいる鈴木剛志も消えるか、あるいは、またなんらかの不幸な出来事に巻き込まれて、消滅せざるを得なくなってしまう。
あなたはこの世界で、人として生を全うしなくてはならない。その覚悟をしなくちゃならないわ。しかも、人として行き終えたあとに、あなたが『下宿先』に戻れるかどうかの保障もなにもないの。
けれど、あなたがこの世界で、なんらかの形で、以前と同じくらいの功績を人類のために果たすことができたなら、元に戻れるかもしれない。これもまた、保障はなにもないわ。
なにもないけれど、かれはそこに賭けたのよ。そうしないかぎり、2003年からはじまる不幸を覆すことはできない、出ることが出来なくなったこの世界から、煉獄に落とすことなく、下宿先に戻す方法はないと思ったからなのね」
「かれ?」
「当山孔真君。あなたはもう出会っているわ」
ポニーにそこまで言われても、やはり鈴木は、おのれの置かれている立場、そして当山孔真君がどんな人物であるかを具体的にイメージすることができなかった。
そういえば、仙台港埠頭で平塚という刑事に助けられたときも、同じ名前を告げられて、探せ、と言われなかったか?
俺がいままで会った人物といったら、刑事の平塚、脳神経外科の医者、それから会ったうちにも入らないすれ違った人々、会社の電話だけで通話した同僚や上司、そしてあの光る少女とうさぎ。
「出会ったというのなら、どこで出会ったんだ」
「そこからは、自力で思い出すのよ」
わけのわからないうちに、またわけもわからず突き放され、鈴木はさすがにムッとした。訳知り顔でありながら、この喋る犬は、肝心なことは教えてくれない。
だが、ポニーは涼しい顔ををして、エレベーターの隙間から流れてくる風を受けて、おのれの長い茶色の毛をそよがせている。
適当に押したエレベーターが、上階で止まった。
扉が開くと、そこには、真っ暗なエレベーターホールがあり、目の前には、対になっているエレベーターの扉があるだけである。
だれもいない。物音もしない。
異常はなにもないようだ。
これならば、あの子を乗せても大丈夫だろう。
そう思いつつ、鈴木はエレベーターのボタンの『下』を押した。
一方、むき出しのコンクリートの冷え冷えとしたエレベーターエントランスで、一人でどうしようかと迷っていたアコであるが、腕に抱えていたくっきーが、目が覚めたのか、もぞもぞと動き出したのに気がついた。
どうやら、仕組みはよくわからないが『充電』がおわったものらしい。
「くっきー、気づいたんだ!」
アコが声をかけると、くっきーはいまだ夢のなかにいるらしく、ううん、と寝ぼけた声を上げならが、アコの腕のなかで、きょろきょろとあたりを見回した。
灰色のもこもことした毛をもつたれ耳うさぎは、しばらく呆然と、その大きな目をむき出しにしてあたりを見回していたが、やがて、ガタガタと小刻みに震えはじめた。
「こ、こ、これは…!」
「どうしたの、くっきー! 具合でも悪いの?」
思わず心配になり、アコは身を屈ませると、くっきーをコンクリートの上に置いた。
地面に降り立ったとたん、くっきーはさらに激しく震えはじめて、無機質なコンクリートの壁と床、そして天上を見回しつづける。
くっきーには、アコには見えないなにかが、見えているのだろうか?
不安になってきたアコであるが、くっきーは言った。
「な、なんだ、この殺風景な光景は!」
仙台アエラだよ、なぜだかこうなっていたの、と答えようとするより先に、くっきーは自分で結論を引き出した。
「も、もしやここはダム? まさかー! リアルでダムに流された?」
「はい?」
ダムがなんだというのか。
そして、ダムは、怯えなくてはならないほど忌まわしい存在なのか。
ダムとは、人々の生活を支える大事な施設ではないのか?
アコが戸惑っていると、くっきーは、たれ耳を跳ねさせて、くるりとアコのほうに振り返った。
「アコっ! 大事なことだ、よーく思い出せ! この建物のなかに入るときに、入り口に『river』の文字がなかったか! その文字こそは、恐るべきダムに流されたる証拠! しっかり思い出すのだ、さあさあ!」
詰め寄るくっきーに戸惑いつつも、アコは生真面目に、ビルに飛び込んだときのことを懸命に思い出していた。
「うーん、どうだったかなあ。すごく焦っていたから思い出せないや。外に出て確かめてみる? ちょうどだれもいないみたいだから、安全だよ?」
そう言って立ち上がり、入り口へ向かおうとするアコに、くっきーは、だばだばと走り寄ってきて、止めた。
「だめだ! ダムダム人の怒りに触れるぞ! ダムにはダムの掟があるのだ。それを守らぬ者には恐るべき報いが!」
「だ、ダムダム人?」
初めて聞いた名前である。ムガール人の仲間であろうか。
といっても、アコはムガール人というものは、本で読んだくらいで、どこの人々を指すものなのか、実は知らなかったりする。
「くっきー、それどこの人?」
たずねるアコに、くっきーは、説明するものもどかしいらしく、首をぶんぶんと振りながら、答えた。
「ダムに住まう、ダムを守る正義の人なのだー! コンクリートの憎いやつ。ダムダム人、嗚呼、ダムダム人よー!」
アコはだんだん怖くなってきた。
ダムダム人が、ではなく、くっきーが、である。
錯乱しているにしても、これはひどい。
もしや、さきほど地霊『谷風』を召還したときに、すべての力を使い果たし、なんらかの障害が出てしまっているのだろうか。
と、そのとき、くっきーの背後で、ことりと、靴音にも似た物音が聞こえた。
くっきーは素早く振り返り、二本足で身構える。
「も、もしやダムダム人があらわれたか! アコ、わたしの背後に隠れるのだ!」
どう見てもくっきーは身長が30センチもなく、アコは156センチ、隠れようがない。
『というよりも、正義の人なら、怖がることはないはずなのになあ』
などとアコが考えているあいだも、くっきーは緊張しているのか、両足で立ちながら、ぶるぶると震えている。
武者ぶるいいだといいのだが。
やがて、物音はカツコツと定期的に響くようになり、しかもどんどん近づいてくる。
「ダムダム人が、いよいよ目の前に!」
緊張しているのか、それとも期待しているのか、いまひとつわからない調子で、ダムダム人を待つくっきー。
しかしそこに現われたのは、なんのことはない、エレベーターから戻ってきた、白い影と、その相棒の犬であった。
とたん、くっきーは緊張が解けたのか、ふにゃふにゃとその場にへたりこむ。
「まーったく、驚かせおって、そなたらか! まぎらわしい真似をするな、こうしてやる、えい!」
と、くっきーはどこから持ってきたのか、小石を手にすると、白い影に、えいっ、とぶつけた。
白い影はというと、痛くはないだろうが、なぜ石をぶつけられるのかわからないらしく、戸惑っている。
「くっきー、石なんて投げないの!」
「ふんだ。ちょっとくらいこうしていいのだ。なにもかも独り占めしおってからに」
言いつつ、反抗的なうさぎは、白い影に向かって、べろべろばあ、と舌を見せた。
そういえば、ここに来るまでに、くっきーは、自分のことはよく気にかけてくれたが、白い影に関しては、ほとんどほったらかしであったということに、アコは気づいた。
「さて」
ひとしきり白い影を挑発し終っあと(白い影はまったく無視していたので、くっきーの一人芝居になったが)、くっきーは、ふう、と一息つくと、アコのほうにまっすぐ向き直った。
「よくぞここまでたどり着けたものよ。アコ、そなたの心の強さには感服するぞ」
「え? え? あたしはなにもしてないよ。どちらかというと、くっきーが全部してくれたよね?」
アコが戸惑って答えると、くっきーは、そうではない、というふうに首を振った。
「こうなることまでがすべて計算済みであったなら、わたしはそなたを真に尊敬するぞ。どちらにしろ、そなたはここにたどり着いた。あとは女神たちに会いに行けばよい。それで、そなたの望みは果たされる」
「う、うん? そうなんだ?」
「そうだとも。しかしアコよ、ここから先は、わたしはついていけぬ。そなたと、そこな白い影、二人で行くのだ」
「ええ? 何を言っているの? どうして」
くっきーから、一緒に行けない、と言われて、とたんにアコは、断崖からいきなり突き落とされたような寂寥感をおぼえた。
ただ淋しいわけではない。
不安が同時に津波のように押し寄せてくる。
しゃべるうさぎという、超常的な存在が味方についていてくれたからこそ、ここまで来ることができたのだ。
それが、突然に、はっきりした理由もなく、一人になれといわれて、わかりました、と素直にうなずけるわけがない。
それになにより、アコはすっかりくっきーと仲良くなっていた。
別れるのが忍びないのである。
「待ってよ、どうして一緒じゃダメなの?」
「女神たちは、付き添いを好まぬのだよ。自らの手で試練を乗り切った者としか、彼女らは語ろうとはせぬのだ。
わたしが一緒にいったなら、女神たちはきっと臍を曲げてしまうであろうな」
「あ、よかった。ということは、後で会える、ってことだよね? また会えるよね、くっきー?」
「うむ」
くっきーはうなずくと、トコトコとアコの前に歩み寄って、その片手を伸ばしてきた。
ちいさな腕に、人間と同じように五本の指をそなえた手のひらがある。
アコはそれを気味悪いとは思わなかった。自分を助けてくれ、世話をしてくれた恩人の手である。
これまでの感謝をこめて、ぎゅっと両手で包むようにして握った。
だが、そうしているあいだに、アコは不気味な気配を覚えて、ふと、エレベーターエントランスの自動ドアの向こうを見た。
すると、ぎょっとしたことに、振り切ったはずの亡者たちが、ぴったりと窓ガラスに顔をくっつけて、こちらを胡乱な目で見つめているのであった。
アコが思わず悲鳴をあげると、くっきーは、とたんに顔を引き締めて、亡者たちを振り返った。
「来たな! ここは任せるのだ、アコ! そなたは、その白い影とともに行け!」
「行けって言われて、はいって言えないよ! わたしも手伝うよ! なにをすればいいか、言って、くっきー!」
アコが呼びかけると、くっきーは微笑みながらも、首を振った。
「その心遣いだけでうれしいのう。しかしアコよ、残念ながら、いまのそなたでは、わたしの助けにはならぬのだ。むしろ、足手まといとなってしまう」
確かにそのとおりだ。亡者との戦い方など、アコはわからない。生身の人間とさえ、殴り合いの喧嘩をしたことがないのだ。
「そうれはそうだけど」
「安心せい、わたしは無敵のアトラ・ハシース、亡者ごときにやられはせぬわ。ともかく女神に会いにいくのだ。わたしだけではない、そこな犬も、わたしとともに戦ってくれる」
見れば、白い影の犬(だったようである)も、コンクリートを、まるで馬が蹄を鳴らすように、かつかつと前足の爪をたてて、調子を整えている。
と、アコの脳裏に、とてもいい考えが浮かんだ。
「そうだ、女神さまが屋上にいるんでしょう? 女神というからには、きっと優しい人だよね? だったら、女神様に会って、くっきーを助けてくれるように、頼んでみるよ。
それまで頑張って、くっきー! わたし、絶対にくっきーのところに戻ってくるね!」
アコが勢い込んで言うと、くっきーは満足そうにうなずいた。
「おお、それはよいアイデアぞ、頭が良いな、アコよ。わたしは待っているぞ。それまで、決して消滅などせぬからな」
「うん、待っててね! すぐ行って、帰ってくるから!」
決まれば、あとは早い。
アコはエレベーターに向かうと、白い影とともに乗り込んで、最上階へのボタンを押した。
エレベーターの扉が閉まるとき、灰色のたれ耳うさぎが、けんめいに手を振っているのが見えた。
さようならの意味じゃない。激励の意味だ。
くっきーとは、きっとまた会える。
アコは自分に必死にそう言い聞かせた。
「格好いいじゃない」
言われて、くっきーこと仲達は、ポニーこと羅貫中犬のほうを振り向いた。
それまで白くぽっかりと空間に穴が開いていたように見えていたのだが、くっきーが見つめていると、みるみるうちに、白い部分に、にじむようにして色が浮き上がってきた。
やがて、それまで白かったのがウソのように、そこには実在する茶のシェットランドシープドックが立っていた。
「そなたは犬のままでよいのか」
仲達がたずねると、羅貫中犬は、きつねに似た尖った顔を、亡者たちのほうに向けて、うなずいた。
「いいのよ、この格好、なかなか動きやすいの」
「うさぎの身から人に返れぬわたしからすれば、わからぬ心理だのう」
そんな会話を交わしているあいだにも、亡者たちはつぎつぎと押し寄せて、電気の切れた自動ドアの窓ガラスに、ぴたりとくっついて、そのまま破ろうとしている。
数はどんどん増えているようだ。
押されて、耐え変えている窓ガラスが、びりびりと揺れている。
「思った以上に多いようだな。そなたは攻撃型ではあるまい。大丈夫か」
仲達が言うと、羅貫中犬は、馬鹿にしないでよ、とばかりに、つんと顎をそらせて、答えた。
「問題ないわよ。一番いいところを見せてあげるわ」
そう言って、うさぎと犬、この二匹は亡者たちに向き合う。
そのとき、自動ドアの窓ガラスがとうとう圧迫感に耐えかねて割れ、亡者たちが、我先にと押し寄せてきた。
「来たわよ!」
「わかっておるわ!」
戦いがはじまる。
そのころ、夢の世界においてもまた、異変が起こりつつあった。
ネットで噂になっている怪談をもとに、その場所へ向かうことにした白百合とクロウは、まずは、あらたに加えられたとおぼしき、いろは横丁のパワーストーンショップへと向かうことにした。
いろは横丁のパワーストーンショップについては、白百合も記憶にある。
叔父の玄が同級生の関根をアシスタントに、いろは横丁の一角にパワーストーンショップを開いたのだ。
レティクルとの戦いのさいに、いろは横丁は被害に遭ったのだが、そのとき、一緒に逃げる二人のすがたを、白百合は記憶している。
それから先が問題で、かれらがどうなったのかがわからない。
なにせ、木町の『たんたかタン』があった場所が、まるまる寒天のように真っ白になって、消えてしまっているのだから。
叔父も叔母も、関根も、どこへ行ってしまったのか。
パワーストーンショップに行けば、多少はその手がかりがつかめるかもしれない。
そうして、元寺小路のカトリック教会から、一番町にあるいろは横丁へ足を伸ばした二人であるが、白百合は気がついた。
「ねえ、妙に人が少なくないかな」
「サンモール一番町の商店街の人の少なさは、毎回こんなものですわ」
と、見事に艶やかな黒髪を、ポニーテールにまとめたセーラー服のクロウが言う。
「それにしても少ないよ。今日って平日でしょう? この商店街って、まわりにオフィスがあるから、平日のこの時間のほうが人が多いのに、だれもいないよね」
たしかにそのとおりで、すでに時刻は昼を回っているにもかかわらず、人の姿は数えるほどしかなかった。
「どうしてこんなに少ないのかな。何か事件があった、とか」
「怪談のせい、ではないでしょうね。ネットを見て動きをかえる人口なんて、地方都市の仙台じゃ、まだまだ一握り。どこか三越あたりでセールをしていて、顧客がすべてそちらに流れているのかもしれませんわよ」
「ああ、そういうこともあるね」
「でなければ、問題ですわ」
そうして二人は、いろは横丁へとたどり着いた。
昼でも薄暗いいろは横丁は、戦前からつづく老舗も軒をつらねる、昭和の香りの漂う町である。
どこか、終戦直後の市をも思わせる雑多感が魅力でもある。
うなぎの店もあれば、定食屋、飲み屋もあるし、高級珈琲店、ネイティブアメリカンのアクセサリーショップ、骨董店、古着屋、なんでもある。
しかしせまいトタンのアーケードにさえぎられて日光が届くことは少なく、それゆえ、昼間でも薄暗い。
中年客が老舗の味をもとめて足を運ぶところであるが、OLなどの女性客が気軽にひとりで入りづらいのが難点だ。
「おかしいですわね」
噂のパワーストーンショップはすぐに見つかった。白百合が場所を覚えていたこともあったのだが、内部には、やはり誰もおらず、あるのはレジとパソコンだけであった。
奇妙なことには、だれもいないのに、無用心にも鍵がかかっていない。
不審に思って、向かいの花屋に、だれかいなかったかと尋ねたが、午前中に背の高い男が来たほかは、たまに若い子が店を覗きにくるだけで、中には誰も戻ってこない、とのことだった。
「叔父さんたち、やっぱりどこかへ消えちゃったのかな」
不安と心細さで白百合がつぶやくと、クロウは返事をせず、入り口に身を屈ませて、なにかを拾い集めている。
「なにかあったの?」
白百合がたずねると、クロウは、身を屈ませたまま、手のひらでなにかの紙の切れ端を拾い集め、ジグソーパズルのようにそれを繋げているところだった。
一部しか見えないが、不動尊の札のようである。
「この結界を破るとは、只者ではない。アトラ・ハシースかアストラル、どちらかが来たのか」
つぶやくクロウであるが、ふと、ポニーテールを跳ねさせて、いろは横丁の入り口を、すばやく振り返った。
つられて白百合も振り返る。
そこには、金髪巻き毛の男が、悠然たる笑みを浮かべて立っていた。
※ この話は、「Give birth to Heaven・17」につづきます。