Give Birth to Heaven・14
※ この話は、「Give Birth to Heaven・13」のつづきとなります。
アトラ・ハシース、そしてアストラルであるかれらにしても、やはり哀れな亡者の姿を見ることに慣れはしない。
生まれ変わることもできず、かといってこの世に留まっても、生前の記憶を失い、憎悪だけを残して、ひたすら生きる人間に嫉妬し、永劫ともいえる長い時間を過ごさねばならぬ者たち。
その存在を一言であらわすならば、あわれ。
それに尽きる。
強烈な恨みを残して死ぬ者が、その執念のあまりに地上を彷徨いつづけることはあるが、かれらの場合は、怒りの対象が漠然としすぎていた。
理不尽な死に対しての、だれに、ともぶつけようのない怒りゆえに、ヒヒイロカネの負の力に取り込まれ、その動力源となるために、人としての意識をすべて食われてしまった者たちなのだ。
かれらは自分の生前の名前もおぼえていないし、自分がどのように生きて、そして、死んでいかねばならなかったのかすら、覚えていない。
個々としての姿をかろうじてとどめているだけの、『生者をおのれの仲間に引き入れる』という妄念に取りつかれた、ヒヒイロカネの手先。
それがいまのかれらの本質である。
地霊・谷風の力はどんどん弱まっている。
その力は、そもそもヒヒイロカネとレティクル・クィーンの力によって召還された亡者たち、そして銀の小人たちを跳ね返すだけに留まっている。
つまり、足止めをしているだけ、というのが本当だ。
力が弱くなれば、亡者たちを阻むものはなくなり、かれらは、女王の導きによって、仙台アエラへと向かっていく。
『夢の世界』と『GBHの世界』をつなぐ梯子となっている、仙台アエラへ、だ。
かれらの目的は、その梯子を破壊し、この世界を独立した、自分たちだけの世界にすることである。
汎世界のすべては互いに影響しあって連続しているものだが、もし、この世界が亡者たちに占拠されてしまえば、隣接する世界にその悪影響はすぐさま伝えられ、やがては、その影響は、世界のすべてに行き渡る。
本来ならありえない、亡者と生者の対決が、ありとあらゆる世界で発生してしまうことになるのだ。
死者はその魂とともに、いったん世界の輪から外れて、あらたに生まれ変わる、という、この世界の基盤を支えている循環システムが狂うことになる。
「さて、連中に、余の力が効くかどうかが問題だ」
と、じわじわと迫り来る亡者を前に、曹丕がつぶやいた。
その復元した腕には、メモと鉛筆が握られている。
「効かない、ということがあるのか」
姜維がハリセンを手にたずねると、曹丕は、亡者のほうに目線を投げたまま、つぶやいた。
「余の力は、これまで只人やアトラ・ハシース、アストラルには効力を発揮した。
だが、こやつらはた只人ではなく、アストラルですらない。
こうしたどっちつかずの、『本来ならば存在せぬもの』にたいして、力を試したことはないのだ」
「つまり、目視できいて、存在もはっきり感じ取れているのに、はっきりと、どこのどなたさま、と身元が明らかになっていないと、効力がないってことかよ。お役所仕事くせー」
不満そうに、姜維の手のなかで、ハリセンがぶんぶんと身を震わせる。
そのハリセンをたしなめるように、曹丕がちらりと横目でハリセンに言った。
「制限が加えられた、と言っただろう。余の『書き綴ったことばを一時的に現実に出来る力』は、使い道を誤れば、おそろしい結果をもたらす。
知っているだろうが、わたしは、一度は堕天しかけた身だ。わたしのこの能力が堕天したあとに悪魔どもに利用されてしまったなら、目も当てられないと判断した最高府が、『この世に存在すると定義されるものにのみ力は効力を発揮する』と制限をしたのだ」
「亡者は定義外、ってわけ」
「そも、このように強い力をもつ亡者の存在自体が、例外中の例外だ。
たいがいの亡者は、われらにとっては力のない塵に等しい存在。こういう事例はまったく想定していなかった、というわけだよ」
「んまー、御託はいいから、ちょっと使えるかどうか、試してみ?」
ハリセン勝邪にうながされ、曹丕はメモに鉛筆をはしらせ、そして目の前に迫りつつある亡者の様子を見る。
が、亡者たちは、体になんとかまといついている、という程度の、あちこち汚れ、擦り切れた衣服を気にすることもなく、まるで真っ暗闇のなかを手探りで進んでいるかのように、ゆっくり、ゆっくりと両手をさまよわせながら、前へ前へと進んでくる。
「あれっ、なんにも効果がないみたいじゃん? なんて書いたのさ」
ハリセンにたずねられ、曹丕はしれっと答えた。
「前進を停めて、仲間と戦え、と書いたのだが」
「前進をやめる気配もなければ、仲間と戦うどころか、気にする素振りもみせないぜ?」
「ああ、つまり、やはり効果なし、ということだ」
ふたりのやりとりを聞いていた姜維は、ちいさくため息をつくと、ぼやいた。
「つまりだ、こいつらの足止めをする役目は、わたしと勝邪、ふたりだけでしなくてはならない、ということだな」
「うひょー、俺の大活躍のヨカーン! おい、ユーザー、途中で消えんなよ!」
武者震いか、ぶるぶると、その折りたたまれた紙をぴりぴりと奮わせるハリセンに対し、姜維は言った。
「もとより承知だ。しかし」
いいつつ、姜維は、アーケードの向こうに、その一階部分だけを見せている、仙台アエラビルを振り返る。
一直線に空に聳え立つビルの、その天辺は、局地的に黒い雲が立ち込めている。
展望台となっている屋上階は、雲に隠されて見えなくなっていた。
姜維は、生前がそうであったように、恐怖の色をひとつも浮かべず、ほんのすこし眉根をひそめ、声を震わせることもなく、言った。
「わたしの存在がこの世に留まることができるか否かは、女神たちにかかっている。
彼女らは梯子を保たせることを優先させるはずだから、あまり当てにはしないでくれ。もっとも、全力は尽くす」
「うっわー、頼もしいんだか、頼もしくないんだかよくわからないおことば。でもどっちにしろ、戦うしかないわけだよな」
「そのとおり。おまえのほうこそ、大事無いか、勝邪。さきほど、シグルトに真っ二つにされた影響で、亡者と戦えない、ということはなかろうな」
「オレがヤバくなったら、ヤバくなるごとに、文帝に回復してもらうって作戦とるのはどーよ」
勝邪の言葉に応じるように、水を向けられた曹丕は、肩をすくめてみせた。
「それくらいならば、手伝おう。要するに、見ていて、さきほどのわたしの力の効果がなくなりつつあるな、と判断したら『また元に戻る』とすればいいのだな」
「と、いうか、『ずっとそのまま元気いっぱい』とか、そのメモに書いたらどうよ」
「あいにくと、余の力は、あくまで一時的なもの。ただ『ずっと元気』などの文言を書くのはかまわぬが、その場合、力は無効化される」
「なるぺそ。で、もう一個、質問。文帝の力は、回数制限とかないわけ?」
「以前にちがう件で、同じ作戦を取ったことがあり、試してみたが、74回までは同じ行動が可能であった。75回目以降は、試したことがない」
「ふうん、74回だってさ。多いのか少ないのか、いまいちピンと来ないな。どうよ、伯約」
「わたしにもピンと来ない。だが、もうひとつ懸念すべき件がある」
「なにさ」
「見ろ」
その端正な顔に浮かぶ表情は、すこしも変えることなく、姜維は顎でしゃくって、さきほど、勝邪に吹っ飛ばされたシグルトが突っ込んだ、ゲームセンターの軒先のUFOキャッチャーを示した。
そこには、シグルトが突っ込んできた影響で、UFOキャッチャーのガラスケースが粉々に割れて、中身のぬいぐるみも弾き飛ばされ、無残にも首や手足がもげた状態であちこちに散らばっていた。
だが、肝心のシグルトがいなくなっていた。
「シグルト・ウェルズングがいない! あのやろ、どこへ行った!」
びちびちと、水揚げされたばかりの魚のように、姜維の手のなかで暴れつつ、勝邪が言うと、文帝・曹丕もまた、やはり、さほどおどろく様子を見せずに、言った。
「すさまじく俊敏な男だな。われらの隙を見て、逃げ出したか」
「というか、オレの一撃で仕留められなかったことが屈辱! って、あいつ、また女を見捨てて逃げたのかよ、ほんとうに自分本位でサイテーなやつだな!」
怒りもあらわに悔しげに言う勝邪とは対照的に、姜維は冷静に分析して、言った。
「我らと戦うことは放棄し、おそらく仙台アエラへ向かったのであろう」
姜維のことばに、曹丕がメモから顔を上げて、たずねる。
「なぜ」
「この『GBHの世界』から、『夢の世界』へ逃げるためだ。いま、夢の世界のアトラ・ハシースたちは、こちらへ向かっている。
入れ替わりに『夢の世界』へと逃げ、そこで力を蓄えるつもりではないのか」
「しかし、『夢の世界』は閉鎖される。そうなれば、やつは袋の鼠になる。やつは、確かに優れた戦士ではあるが、思考する、ということに関しては原始人並み。生きることしか考えておらぬ。
おそらく今回も、まったく考えなしで動いているのであろうから、気にしなくてよいのではないか」
「そうかもしれない。だが、やつは我らとちがい、戦いに生き残ることしか考えていない男。ある意味、純然たる戦士そのものといえる。
本能の勘に従って生きてきたのだ。その勘は侮れぬ」
「たしかに。その勘が異常に鋭かったからこそ、こんにちまで、第一級のアトラ・ハシースとして活動できていたのであろう。
だが、それも、いままでの話だ。やつはアトラ・ハシースとしての矜持も誇りも、みずから捨てた。放っておけばよい」
姜維は、しばらくじっと黙って、表情の読めない顔つきで、曹丕を見つめていた。
曹丕のほうはというと、無感情に見える姜維の内面を、その鋭い感受性で嗅ぎ取ったのか、また、困ったように肩をすくめた。
「楽観的に過ぎる、とでも言いたげだな。どうする、気になるのであれば、二手に分かれるか?」
「そいつは作戦上、だめだ、っての! オレと伯約のふたりだけで、この亡者たちを凌げるかー? ちょーっちヤバイって感じー」
「ちょっち、どころではない、かなり、だ」
あくまで恐怖も興奮も見せず、冷徹に姜維が、勝邪のまちがいをただす。
その白い面貌は、あくまで涼しげで、肝が据わっているというだけではなく、この人物の極度に頑なな性格も、そこから想像することができる。
こうと決めたら動かない、意志の強さと頑なさが、生前の姜維を英雄たらしめたわけであるが、一方で、その性格は、かれを悲劇に突き落とした原因ともなった。
本人は、それを自覚しているのか、していないのか。
ともかく、性格を直すつもりはなさそうだ。
姜維よりも、はるかに柔軟であり、そして、波乱には富んでいたが、はるかに幸せな人生を送ることができた曹丕は、切り替えが早い。
「となると、われらができることと言えば、目の前にいる連中と戦うことだけ。シグルト・ウェルズングに関しては、女神たちか、あるいはGBHに託すしかあるまい。というわけで、戦おう」
「つまり、そこへ行くわけね。いいよー、オレは準備万端。伯約はどうよ」
勝邪にうながされ、姜維は、きっぱりと答えた。
「問われるまでもない。行くぞ」
あらためて、ハリセンを構えなおし、さまざまな時代の装束をまとった亡者たちを見据える姜維。
亡者たちは性別も年齢もまちまちで、その時代もまちまちだ。
貫頭衣の人間もいれば、鎧姿の人間、かろうじて髪型でそれとわかる江戸時代の侍、アイヌ風の風俗の人間もいれば、つい最近の亡者までいる。
そして、その職業もばらばらの様子だ。
タクシーの運転手もいれば、農民もいる、防空頭巾をかぶっている者もいるし、ハイカラな洋装に身を包んだ者もいる一方で、黄金の装飾品に身を固めた古代人、立派な鎧を身にまとった武将なども混ざっている。
「すげー、圧巻。民俗資料館みたいだなー」
「ヒヒイロカネという物質は、おそろしく貪欲だな。死者で、取り込めそうなものは、かたっぱしから取り込んでいったらしい」
「オレの力なら、亡者を昇天させることができるぜ。壊れても直してくれるやつがいるし、ぱあっと派手に行こうぜ!」
「そうだな。かれらを解放するためにも、行くぞ!」
「ホイサッサ!」
勇ましい掛け声とともに、姜維はハリセンを手に、亡者たちの群れへと向かって行った。
その攻撃の方法は、きわめてシンプルである。
なにせ、得物がハリセンだ。横っ面をはたく、頭をはたく、ひたすらそれだけである。
亡者の頭をぱあん、とはたくたびに、心地よい音が、かれらのほかは、だれの姿もないアーケード中にひびきわたった。
頭をはたかれた亡者たちは、はたかれた頭をかかえつつ、その場でふらふらと二、三歩ほど力なく歩いたあと、地面に崩れ落ちるまえに、消えていく。
完全に消滅したのではなく、その魂は、昇天、すなわち、本来の魂のサイクルに取り込まれ、還っていったのだ。
姜維は手馴れたふうに、無駄なくしなやかに動き、亡者たちをつぎつぎと祓っていった。
だが、姜維の活躍と反比例して、これまで亡者たちの足を止めていた、地霊・谷風の力が、みるみる衰亡していった。
仙台中、いや、東北中から押し寄せてくる、無尽蔵の亡者、そしてレティクル・クィーンに召還された銀の小人たちは、きりがない。
姜維が戦いだして、十分もしないうちに、その動きに疲れが見え始めてきた。
「あっれー。どうした、相棒。アストラルってのは、疲れたりしないはずだろー?」
励ます勝邪に、姜維は、乱しがちな呼吸をととのえつつ、答えた。
「わたしがムショ帰りだということを忘れてしまっては困る。どうも、女神たちは梯子を維持するほうに力を集中して、こちらまでは手が回らないようだな」
「マジかよ。っていうか、文帝やーい」
ハリセンが呼びかけると、姜維の繰り広げる攻防戦から、一歩引いたところで、なにをするわけでもなく、ただじっと立っていただけの曹丕が、答えた。
「余に期待はするな。攻撃型ではないからな」
「っていうか、攻撃型でなくても、なんとか力になろうとか、そういうガッツはないわけ?」
「ない」
「うわあ、むしろそこまで断言されると清清しいっつーか。
あ、おまえ、なんか伝わんなさそうだから、あえていっておくけど、いまの、嫌味だぞ!」
「わかっておるわ。しかし余の力は、亡者に及ばぬのと同じく、『規格外』である姜伯約には効果がない。つまりは、努力しても、無理なものは無理。」
「おまえって…」
勝邪が絶句をした、そのときである。
すっかり夕闇が支配した仙台の街に、まさに天上から降り注ぐように、あたたかな、それでいて荘厳なオルガンの調べが流れてきた。
夕刻を知らせるスピーカーの音楽ではない。
その音楽は、その場にいただれも知らない旋律ではあったのだが、ただ、耳にしただけで懐かしいような、心が穏やかになるような、そんな包み込むような響きを持っていた。
その響きは、殺伐した光景にまったくそぐわないものであったが、旋律が響き渡るのと同時に、それまで仙台アエラへと向かおうとしていた亡者たちの脚が、ぴたりと止まった。
そして、初雪におどろき見上げる子供のように、降り注ぐ音楽に耳を傾けている。
穏やかな、それでいて温かな旋律に、それまで表情らしい表情のなかった亡者たち、そして銀の小人たちにすら、表情らしいものが生まれていた。
それは子供のような、邪気のない、そして人間らしいものであった。
「なんだ、だれかのケータイが鳴っているわけじゃないよなー? 」
勝邪の声に、曹丕が、空から降ってくる音楽を見上げつつ、言った。
「いや、アーケードの天井からだ。アーケードの天井には、パイプオルガンが設置されている。通常だと、定刻に自動演奏で『荒城の月』などを流しているのだがな」
「なるぺそー。自動演奏? にしても、この音楽って、だれの音楽だー? 聞いたことがないぞ」
ハリセン・勝邪のつぶやきをよそに、まるで天使が見えない衣を手に、ふわりと周囲のとげとげしい空気を包み込んでいるかのような、荘厳ではあるが、優しく、そしてどこかなつかしい響きはつづく。
と、それまで音楽に聞きほれるようにして、足をとめ、天空を見つめていた亡者たちの姿が、次第に薄くなっていく。
ひとり、またひとりと、体の色が次第に褪せていき、体を形作る線も消えていく。
亡者の姿が消えると、そこには、ちょうど大人の手のひらほどの大きさの、七色の光をもつシャボン玉がひとつ、ぷかぷかと宙に浮かんでいた。
シャボン玉は、たゆたう音楽に導かれるように、ふわふわと高く高く舞い上がり、そして、夕暮れの、茜色に鮮やかに染まる空の向こうへと消えていく。
シャボン玉がゆるやかな軌跡を描いて空に向かう、その様子は、まるで疲れ果てた旅人が、ようやく求めていた場所へたどり着き、ほっと安堵して、足を緩めた様子にも似ていた。
ひとつやふたつではない。それが、何十、何百と、七色の光を放って、消えていくさまは、優しいパイプオルガンの響きとあいまって、見るものの心をつよく打つものであった。
「おお、すげー! このパイプオルガンの音楽に、力があるのか?」
勝邪の驚嘆の声を背景に、シャボン玉のひとつを掴もうとした曹丕であるが、その手をすり抜けて、シャボン玉は空へと、稚魚のように向かっていく。
ヒヒイロカネの力に縛られ、動くことのできなかった亡者たちが、ようやく解放されたのだ。
相当な力の持ち主が、このパイプオルガンを奏でているにちがいない。
「なんだか泣ける旋律じゃねぇの。いままでの人生が、まるで走馬灯のように浮かんでくるっつーか」
と、音楽に聞きほれてながら、勝邪は身をびりびりと震わせる。
ハリセンなので、震えると、障子紙が風にはためいているような音がするのだ。
その勝邪に、姜維はというと、冷静に言った。
「走馬灯って、おまえ、昇天しかかっているのではないか」
「ええっ、ちょっと、それヤバス! 俺、透明になってない?」
「いまのところは大丈夫なようだ。しかし、素直な音階で、人懐っこい音というか、耳に入ると思わず動きが止まる旋律だな。
亡者たちを昇天させるために奏でられているものだとしたら、おそらくは味方にちがいないのだが」
だれだ? と誰何しつつ、姜維がアーケードを見上げると、とたんに、水晶堂ビルの屋上にいた、レティクル・クィーン、そしてメアリの、耳障りな甲高い声がひびきわたる。
「付け焼刃ね。たとえ多少の足止めをしたとしても、この数は食い止めることはできない!
こちらの数が尽きることはない。そちらがどれだけ足掻いても、結局はわたしたちが勝つだけのこと」
「男に捨てられてもなお、この場に留まっているとは、なかなか責任感のつよい女だ。王冠を戴いた女だけある」
妙な感心をする曹丕に対し、さらにヒステリックな、メアリの笑い声が落ちてきた。
「かれは、もともとは、わたしの小間使い。わたしの体を回復するために利用していただけの男よ。
あたらしい体を手に入れた以上は、かれはもう必要ないわ!」
「負け惜しみに聞こえなくもないなー。というか、何百年経っても、なかなか人を見る目って養われないもんだな、オイ。
というか、学習しないっつーか。どう思うよ、伯約」
「ノーコメントだ」
シマノの体を乗っ取ったレティクル・クィーン、そしてメアリは、負けることなど、すこしも考えていない。
勝利を確信している者の、敗者を哀れむ目つきで、三人を見下ろしている。
「うっはー。オレってどっちかっつーとMかもしんないけど、ああいう目で見られると、さすがにムカっとくるわ」
「仕方あるまい。たしかに我らは圧倒的不利」
「ただの不利じゃなく、圧倒的なわけね。どーすんの」
「数は減るどころか、さらに増えているようだな」
曹丕の言うとおり、仙台アエラに向かって押し寄せる亡者たちの数、そして、銀の小人たちの数は、ますます増えているようである。
南へ向かって抜ける四車線道路には、パレードのように何十万という数の亡者たち、そして銀の小人たちがひしめきあい、騒ぐでもなく、あわてるでもなく、ひたひたとこちらへ向かってきている。
その粛々としたさまが、異様で、不気味である。
「オイオイ、いくらオレでも、この数をさばくって、けっこうキッツイぞー。というか、文帝、オレの回復って、してくれてんだよな?」
「しているとも。これまでのカウント数は十二回」
「マジかよ。たったの十分程度で、もうそんなに行っちゃってるワケ? おい、ユーザー、作戦変更。オレたちもアエラへ行って、みんなと合流して戦ったほうがいいとか思わん?」
「要するに一気に本丸までが無防備となる、ということだぞ」
「だってさ、仕方ないじゃんよ。もともとが攻撃型の少ない布陣で無理あるのにさ、レティクルどもは超本気で向かってきてるし」
「超本気、か。たしかに。やつらは、本格的にこの世界に移住するつもりだな」
眉根をひそめてつぶやく姜維に、勝邪の回復をメモに書き付けていた曹丕が、怪訝そうに顔をあげた。
「GBHの世界に移住する? レティクル本星を捨ててか? やつらを動かしている本星の人間は、未来の人間だろう。『過去の世界』に移住することに意味があるのか?」
「理由は多いぞ。こやつらは、レティクルの、いわば先兵だ。かれらを派遣しているレティクル本星の人間は、地球から追放されたという負い目から、強烈に地球へ帰りたいと願い続けている。だが、かれらの時代の地球には帰れないでいる」
「なぜ。未来の地球は鎖国でもしているのか」
「いいや。レティクルたちの望みは、ただ地球に戻ることではなく、地球の『奪還』だ。だが、地球の人間も莫迦ではない。レティクルたちが軍を率いて戻ってきても、迎撃できるだけの戦闘システムを要している。
レティクルは、地球から追放され、なにもないレティクル星で一からやり直さねばならなかった。その分、地球とくらべると文明の進化も遅れている。まず負けるだろう」
姜維の説明で、なんとなく状況がつかめたのか、曹丕はことばを続けようとする姜維を、手振りで止めた。
「待て。みなまで言うな、わかったぞ。未来人たるレティクルにしてみれば、21世紀初頭の地球の戦闘システムなど、我らから見た原始人の石器と同じくらいチャチなもの。それに、この時代に留まる理由は、かれらの先祖がいるからだ」
「そのとおり。われらが訂正しようとしている歴史を、訂正させないようにできるうえに、侵略も容易い。だからこそ、この世界を狙っている」
「んんー? でも待てよ、最高府が『夢の世界』と『GBHの世界』を汎世界から切り離したら、侵略する意味なくね?」
勝邪の質問に、姜維は答える。
「よく考えろ。それでは、われらの行動そのものが無効化してしまう。『夢の世界』そして『GBHの世界』が汎世界のひとつであるからこそ、レティクルの存在する未来を変えることができるのだ。
もしこの二つを切り離してしまったなら、結局は元通り、ということになる」
「そっかー。けっこう手詰まりって感じだな。最高府は助けてくんないみたいだし、どうするよ」
「結局は、戦うしかないのさ。十分に休んだろう。さて、ふたたび戦闘開始だ」
「マジぽん。オレってここで死んだりしないよね?」
ぶつくさといいながらも、姜維の動きに合わせる勝邪。
曹丕はというと、勝邪がシグルトから受けたダメージによって、ふたたび身が裂けるようなことになったら、すぐに回復させることができるようにと、メモをとる体勢をとる。
すると、それまで優雅に流れつづけていたパイプオルガンの音が、ぴたりと止んだ。
※ この話は、「Give birth to Heaven・15」につづきます。