Give Birth to Heaven・13
※ この話は、「Give Birth to Heaven・12」のつづきとなります。
シグルトはうんざり、というふうに、夕映えにきらきらと輝く金色の髪をかきあげて、言った。
「今度はだれなんだい、つぎからつぎへと、なんだろうね。まとめて出てくるわけにはいかないの」
そのぼやきに、やたらと張り切った、いささか甲高い、明るい声が応じた。
「ヒーローはあとから現れる! 覚悟しやがれ、ゲルマン野郎!」
「覚悟するのはいいけどさ、思うに、僕のこと、君たち舐めきってない?
単体で霊格の高い攻撃型アトラ・ハシースに向かうなんて、自殺行為でしょう。まとめてかかってきたら、こっちもすこしはヤバイな、と思うのに、戦略上のミスってやつじゃない、これ?
それともなんなの、もしかして仲がわるいの?」
「うわ、アトラ・ハシース最強にして最悪の物忘れ男に戦略について説教された! マジプライド傷つくんですけど!」
「だって事実だし」
「仕方ないだろうが、今回のユーザー、ムショ帰りでナビが狂っちまっているんだよ!
いやー、仙台って、なんだってこんなにアーケードが長いの? まちがって、藤崎から三越方面をうろうろしていたら誰もいなくて、仕方ないから大内屋のショーウィンドーのブラを眺めて、うっわー、こんなん身に着けてるギャルに迫られたら、どーするよ、俺、とか、もわもわと妄想にふけっているうちに、時間があ!」
言い訳をつづけるアーケードの屋根からの声に、シグルトは怪訝そうに眉を寄せて、たずねた。
「ギャルってことばが今時ねぇ。それに、ユーザー? ムショ帰り?」
「そう、ムショ帰り、だな。仮釈放だが」
と、第二の声がしたかと思うと、シグルトは背後に気配を感じ、すばやく振り返る。
とたん、ちっ、とちいさな舌打ちがして、背後に回った人間は、華麗に空中で後転する。
猫のようにしなやかな身のこなしである。
シグルトは、空を切った斧の感触に、おおいに不快感をあらわにしながら、自分の背後に迫った人物を見た。
見たことのない東洋人である。
いや、正しくは、どこかで見たことがあるが、雰囲気が一致しない東洋人、だ。
小柄で鴉の羽根のようにみごとな黒い髪、対照的に真っ白な肌と、均整のとれた体つき。
目鼻立ちは華やかで、まず間違いなく、人に好印象を与える類の美貌である。
雰囲気こそ、どこか内省的でとっつきにくいというところに、シグルトが記憶している雰囲気といささか差があるが、見た目は、この世界を創って消えたアトラ・ハシース、当山孔真君、諸葛孔明によく似ていた。
身内だろうか。
しかしシグルトには、深くそこを推測している暇はなかった。
なにかがおかしい。
青年はいま、斧の犠牲をまぬがれたものの、両腕を失って悶絶しているアトラ・ハシースと同じように、この世界の季節に合わせて、コートを身にまとっている。
どこにでもあるような黒のコートで、全体を黒で統一しており、アクセントの類を身につけているわけでもなく、きわめて地味だ。
街ですれちがっても、きれいな東洋人がいるな、としか思わなかっただろう。
だが、その手にはハリセンがあって、さきほどからわあわあとしゃべっているのは、そいつだ。
しゃべるハリセンも妙だが、やはり妙なのは青年だ。何者なのかがわからない。
直接攻撃を得意とするアトラ・ハシースのなかでは、随一ともいえる力を持つこの自分の背後を、一瞬でも取ることに成功した。
もし手にしているのがハリセンなどといった打撲系の武器ではなく、針や短剣の類であったら、あぶなかった。
青年の手にあるハリセンからは、つよい霊力が感じ取れる。
見た目はじつにばかばかしいが、古い格式のある霊具にまちがいない。
しかし、かえすがえすも、それを使役している青年は何者なのか。
アトラ・ハシースでも、アストラルでもないように見える。
ハリセンそのものから強烈な霊力を感じ取ることはできるが、青年からは霊力がまるで感じられないのだ。
かといって、人間ともちがう。
人間とて、微量の霊力を発する。その霊力を求めて、悪魔や吸血鬼のたぐいは、人を襲うのだ。
霊力、それはいわば、魂そのものを形成するエネルギーのようなものであるが、それがないとなると、ゴーレムの類なのだろうか。
この世界に女神が入ったことはわかっている。その下僕?
しかしさきほどのハリセンの言葉が気にかかる。
ムショ帰り? 何者だ?
「ヘイヘイ、慣れない頭をつかうと、ショートするよん、おばかさん! いきなり背後を取られたもんで、びっくりしてやがる。おい、相棒、こいつは行けるぜ!」
などとハリセンは挑発してくる。シグルトはきわめて単純であるから、ただちに、この挑発に乗った。
斧を持ち直し、こちらに悠然と微笑みかけてさえいる青年に向かって、突撃する。
ただの突撃ではない。
シグルトは恐ろしく早かった。
まさに獲物に向かう鷹のように。シグルトに狙われたものは、それと気づいた時点で、すでに命を失うだろう。
一瞬だった。
シグルトは目の前にいる青年を胴から真っ二つに割った。
ハリセンの出番はなく、一瞬でカタがついた。
内臓を無残に撒き散らしながら、青年は死んだ。
はずであった。
だが、シグルトはみずからの体の動きを止め、そして、手にした斧をまじまじと見た。
信じられないことに、まるで手ごたえがなかった。外した?
しかし、視界には、あわれに真っ二つにされた青年の姿が、たしかに目に映った。
どうなっている?
うろたえつつ、斬った青年が転がっているはずのクリーム色の大理石の道を見下ろすが、信じがたいことに、やはりそこには何もなく、ただ、近くの居酒屋のクーポンつきのチラシが踏まれてそこに落ちているだけである。
「ヘイヘイ、こっちこっち」
おどけた声につられてシグルトがつい振り返ると、とたんに、ぱあん、と横っ面につよい衝撃をおぼえた。ハリセンの一撃が、頬に炸裂したのだった。
もちろん、鋼鉄のハリセンというわけではない。はたかれても、手でぶたれたのと同じくらいの痛みしかなかったが、シグルトは、体の内部のなにかが強い打撃を受けたことを感じた。
自分の力の源の一部を、ばっさりと切り除かれた感覚がある。
体が失われた感覚とはちがう。
これは、自分の霊力を補給する力が断ち切られた感覚だ。
シグルトは舌打ちした。
このハリセン、対悪魔用に錬成された懲罰系の霊具か。
霊力の補給を根元から断ち、相手を消耗させ、無力化させるための霊具だ。
これはマズイ。
いまいましい『風を呼ぶもの』であるアトラ・ハシースによって、ノートゥングの効力は無効にされている。
そのうえ、本来ならば自力で汲み取ることができる霊力を絶たれてしまった。
動ける時間すら、制限されてしまったということだ。
シグルトは正々堂々とした勝負を好む戦士ではない。
要は勝てばいいと思っている。
逆に言えば、負けそうだったら逃げるのだ。
恥も外聞もなにもない。
ついでにいえば、仲間がどうなろうとしったことではない。
今のシグルトの頭のなかには、灰色のたれ耳うさぎが呼び出した地霊・谷風のくりだす『どす恋☆つっぱり地獄』に四苦八苦している、シマノにしてメアリ、そしてレティクルクィーンのことなど、まったくなかった。
ただひたすら戦いに勝利することのみ。
かれは純然たる戦士なのである。
「ヘイヘイホー! ゲルマンの英雄さんよ、俺の一撃はどうだい、もう効果が表われているみたいだぜ!」
ハリセンのことばに、自分の姿を見下ろすと、たしかにそのとおりだった。
体の芯から力が抜けていくのがわかる。
さらには、手にしていた斧も、徐々に姿を薄め、消えていこうとしている。
霊力が、まるで風船から空気が抜けるようにして、消えていっているのだ。
「いまのあんたじゃ、もうノートゥングを呼び出す力も残っていないはずだぜ。あきらめて、大人しくムショへ行きな!」
「ムショ……煉獄か?」
うめくようにいうシグルトに、ハリセンを手にした東洋人が、やはりなぞめいた微笑をたたえたまま、言った。
「煉獄で済むとは思えないな。なにせ、あんたは自分の女房を裏切り、仲間のアトラ・ハシースをも裏切って、レティクルに味方した」
「連続女性変死事件にも深いかかわりがあると思われます、さいばんちょー!」
ハリセンのおどけた、しかしはっきりと怒りのこめられた声に、東洋人も、そのとおり、とつよくうなずいた。
「これほど堕落した精神の持ち主が、今日までアトラ・ハシースの地位を維持できていたことが不思議だな」
「まったくだぜ。世の中には、アトラ・ハシースになりたくてもなれない、かわいそうなアストラルもいるっていうのによー、泣けてくるぜ」
「うるさいよ」
そのやりとりで、シグルトは気づいた。
まじまじと、目の前の、黒曜石のような輝きをもつ双眸をした東洋人を見る。
「おまえ、アストラルなのか? アトラ・ハシースではないのか?」
問われると、東洋人は、にやり、と得意そうに笑った。
「そうさ。名乗ったところで知らないと思うが、とりあえずはゲルマン一のドラゴンバスターに敬意を表して名乗ろう。わたしの名は姜伯約」
「諸葛孔明の身内にして、聞いておどろけ、煉獄帰りの札つきよ!」
「勝邪、その紹介はうれしくない」
シグルトは、ぶるりと震えた。
恐怖のためではない。
怒りのためである。
たしかに姜伯約の名を知らなかった。
古代中国で錬成された聖剣・勝邪のことは、名前だけなら知っている程度だ。
つまり、無名に等しいこの組み合わせ。
この無名のふたりに、欧州の地に育った者なら、その名を知らぬ者のないこのゲルマンの英雄が、負けようとしている!
恥辱であった。許されぬことである。
おなじくらい霊格の高い人間に敗れるならばよい。
だが、アストラルなどという、シグルトにとってはアトラ・ハシースのおまけみたいな存在に負けて引き下がることなどできない。
ハリセン・勝邪のいうとおり、すでに愛剣ノートゥングを召還する霊力すら残っていなかった。
だが、シグルトには意地がある。ふだんは『面白いか、面白くないか』だけですべてを決めてしまうちゃらんぽらんな男だが、自分より弱いものに負ける、という、それだけは許せないことであった。
「あっ、このやろ。ぜんぜん反省してねぇ!」
残された霊力のありったけを力にこめはじめたシグルトを見て、ハリセンが叫ぶ。
その声には、あきらかに動揺があった。
霊格の高いアトラ・ハシースが恐れられる理由は、その持久力はもちろんのこと、破壊力のほか、蓄積された戦闘技能にある。
どれだけ不利な状況におかれようと、知恵と経験で、それをひっくり返せてしまうのだ。
もともと備わっている力が破格なだけに、反撃に入ったアトラ・ハシースの爆発力は侮れないものがある。
シグルトは、呼吸をととのえ、おのれの利き腕に、すべての残された霊力を集め、高めた。
武器はもう使えない。だが作られたものばかりが武器ではない。長年、鍛えられた、もっとも身近で有効な武器、それがおのれの拳である。
この拳でもって、このアストラルとふざけたハリセンを叩き潰す。
「やっべぇ、こいつ超本気! どうしよう!」
「どうもこうもあるか。おまえが挑発しすぎたから悪い。短い付き合いだったが世話になったな、勝邪。おまえの出番はこれっきりだ」
姜維のことばに、ハリセンは、その手のなかで、身も世もない、というふうに震えた。
「うっそーん、これから大活躍の予定だったのにー」
緊張感のない会話をする二人(?)。
シグルトはそれでもかまわず、ふたたび地を蹴った。
目の前にいるアストラルは、おそろしく無防備だった。防具を召還する気配もなければ、霊術でもって結界を張る気配もない。
シグルトは雄たけびをあげて、姜維にこぶしを振り上げた。脳天をつぶすために。
姜維の表情は、どれだけシグルトが目の前に迫ろうと、まるで変わる気配がなかった。
平然として、やってくる拳を受け止める。
痛覚を遮断しているにしても、これほどの気迫がおのれに向けられたなら、ふつうはひるむか、あるいは避けようとする。
しかし、姜維は彫像のようにその場からぴくりとも動かない。
残りの霊力のすべてを宿した拳は、思惑どおり、まず姜維の頭部を無残に破壊した。
一瞬で、まるで果実を粉々にうちくだくように、頭蓋骨さえまともに残らないほど、文字通り粉砕した。
だが、シグルトはふたたび異様な感覚におそわれた。
視覚では、たしかに姜維の首から上の部分は、粉砕された。
だが、またもや手ごたえがない。
しかし目の前には、今度はしっかりと、頭部を失った東洋人の無残な体が、大理石のタイルの上に横たわっている。
こいつが下宿先からやってきたアストラルなら、じき、消えるだろう。
そうだ、気にすることはない。
「ひでえ! ついでにエグイ!」
と、悲鳴をあげて、持ち主を失ったハリセンが、ぴょんぴょんとウサギのように自力で飛び跳ねつつ、シグルトから逃げようとする。
シグルトは容赦なく、それを追うと、ふたたび拳を振り上げて、ハリセンを背後から、ちょうどその折りたたまれた部分の真ん中に手を突っ込む形で打ち破った。
「うそっ、ひどっ、サイテー」
体を拳で突き破られ、扇状に真っ二つに裂けたハリセンは、そんなうめき声をあげながら、しばらく釣り上げられたばかりの魚のように、びりびりと痙攣していたが、やがて力尽きて、動かなくなった。
勝った。
シグルトがほっと息を抜いたその瞬間、ふたたび背後に気配がする。
「おいおい、それで全部やっつけたと思っているなら、相当な間抜けだな」
やはり、手ごたえのなさは真実であったか。
「この、まだ生きていたか!」
シグルトは、振り返り、つづけて拳を浴びせようとしたが、ハリセンから受けたダメージは大きく、動きは、先ほどに比べれば、緩慢といってもいいくらいのものだった。
「お返しだ!」
そんなせりふとともに、シグルトはその鼻っ面に強烈なパンチを浴びた。
ぱっと目の前に火花が散り、そして呼応するように、紅い血が空中に飛び散るのが見えた。
仰向けになった姿勢のまま、衝撃をうけて、誰もいないアーケード街の、煌々と明かりの灯っているゲームセンターに突っ込む。
派手にガラスを突き破り、シグルトはそのまま、UFOキャッチャーのぬいぐるみのなかに埋もれて、動かなくなった。
いや、動けなくなった。
もう霊力は残っていなかった。
にぎやかなデジタル音が、オルゴールのように噴出してくる。
ぼんやりと霞んだ視界の向こうで、斧で両腕を奪ったはずの詩人が、こちらを冷徹に見下ろしているのが見えた。
切り取ったはずの両腕は戻っている。
こいつ、癒し手としての力もあったのか?
「文字を書くことができるのは手ばかりではない。足の指もなかなかお役立ちだぞ。つぎは覚えておくのだな。つぎがあったら、だが」
そういう詩人の足は素足で、親指を中心に、真っ赤に染まっていた。
おのれの親指で、おのれの血をインクの代わりにして、文字を綴ったのだった。
『腕が回復する』
と。
莫迦な。
シグルトは、めったに味わうことのない敗北の悔しさに悶絶しつつ、意識をうしなった。
「おい、姜伯約、それとハリセン、無事か?」
詩人が呼びかけると、ごくごくふつうの点呼に応じるように、二人分の声が聞こえてきた。
「こちらは無事だ。もっとも、ダメージを受けようがない」
言いつつ、姜維は立ち上がる。
もちろん、頭部は完全に復元されている。
どころか、その姿には、一滴の血の染みもない。
ハリセンのほうはダメージがそれなりにあったらしく、ぴょんぴょんとうさぎ跳びをしながら、詩人のところへ寄ってきた。
その体には、シグルトに突き破られた、拳のあとがしっかり残っており、まっぷたつに裂けたままだ。
「ちくしょー、痛くはないけど、屈辱的だぜ! 曹魏の文帝、あんたの力で、ちょいと直してくれよ」
「かまわぬが、応急処置だぞ。あくまで余の力は一時的なものだからな」
「つまり、あんたの切り取られた腕も、一時的なものだから、癒し手に治してもらわないとだめ、ということか」
姜維のことばに、魏の文帝、曹丕は、ちいさく肩をそびやかせて、答えた。
「癒し手とは限らぬ。女神でもいい。痛覚が遮断できるというのは便利だな。こういうときに激痛に苦しまなくて済むのだから」
「おえー、痛さを想像しただけで吐き気が! というか、早く修繕しておくれよー。頼むよー」
哀願するハリセンのため、曹丕は胸ポケットにしまっていたメモ帳に、
『勝邪の傷が回復する』
と記入した。
するとたちまち、こぶし大の穴を体につくっていた勝邪の体が白銀のあわい光につつまれ、以前とおなじとおり、きれいな(?)ハリセンに回復した。
「おお、すげえ、元通り! んもー、いざとなったらセロテープの出番? とか思っていたわけ。
思うにあんた、その力を有効活用できたら、最強じゃね?」
「ただし文字を綴らねばならないから、そこがロスだ。もし相手が銃などの武器をもつ人間であったり、至近距離でナイフなどの殺傷能力の高いものをふるう人間であったりする場合は問題だ。
メモをしているあいだに攻撃を仕掛けられたら、避けるだけでせいいっぱいで、なにもできなくなってしまう。お終いだ」
「防御型アトラ・ハシースと組めばいいじゃんか。たとえば長期戦になってもさ、効力が切れるたびに書き直しゃいいわけで。
いやー『神は言葉なり、言葉は神なり』だな、オイ、どうよ、伯約」
「どうよ、と言われてもな」
と、姜維は曹丕を見たが、曹丕はそれに気づいているものの、無視をして、よれよれのコートのうちポケットにメモをしまう。
かつて、この二人は主従であった。
会ったことのない主従。
しかし、曹丕のほうは、姜維が表舞台にあらわれるまでは、その名も存在すらも知らなかった。
姜維が費文偉という強烈な抑えを失い、その軍の全権力を掌握、ついで蜀漢の実権を握ったころには、もう曹丕はこの世からいなかった。
実際に対峙していないせいか、敵味方とはいえ、たがいに抱く感情は、そう露骨なものではない。
姜維は曹丕のもつ類稀な文才には尊敬していたし、曹丕は、自分が夢見てもなりえなかった烈士としての姜維に、いささか憧れめいたものを持っていた。
だが、両者のあいだには、諸葛孔明、司馬仲達。この存在が挟まっている。
ゆえに、かれらは口数もすくなに、いまこうして並び立っている。
距離感を測って、たがいに互いの出方をうかがっている、というふうなのだ。
曹丕のことはともかくとして、姜維は、背後の道路にて、いまだに、大きくどすこい、どすこい、とヒヒイロカネに引き寄せられた亡者、そして銀の小人たちを攻撃しつづける、忠実な地霊・谷風を見た。
亡者たち、そして銀の小人たちは、まるでフライパンで炒られた豆のようになって、その攻撃のために、どんどんと姿を減らしている。
だが、さすがの名横綱・谷風の力も、時間がたつにつれ、弱くなっているようだ。
谷風の強烈なつっぱり攻撃から逃れた亡者たちが、ひとり、またひとりと、アーケードへ押し寄せつつある。
「さて、シグルト・ウェルズング、この世界にいるアトラ・ハシースの中で、いちばん厄介なやつは消えたわけだが、まだ問題は残っているな。
あの亡者たちを仙台アエラに近づけるわけにはいかぬ。ここは、なんとしても、われらの手で食い止めねば」
姜維のつぶやきに、曹丕も、物憂げではあるが、顔をあげた。
「それはかまわぬ。だが、姜伯約、ひとつたずねたい」
仙台駅側にあるアエラへと足を向けかけた姜維は、呼び止められて、ぴたりと足を止めた。
「なんであろう」
「おまえは、ほんとうにどこもダメージを受けていないのだな? 余の力を借りたくないと、我慢しているのではないのだな?」
思いかけない曹丕の、仲間をいたわることばに、姜維は、その華やかな顔に、にっ、と親しげな笑みを浮かべると、答えた。
「それはない。ここにいるわたしは、ホログラムのようなものだ。影をどれだけ傷つけようと、本体が無傷ならば、ダメージはまったく受けない」
「ホログラム? つまり実体ではない? 実体ではないものを世界に送り込むなどということができるのか?」
首をひねる曹丕に、体が治ってすっかりご機嫌の勝邪が言った。
「まー、いいんじゃね? 深く考えるよりも先に進もうぜ! 俺たちのやらなくちゃいけないことは、まだまだあるんだからよ!」
たしかにそのとおりである。
曹丕は納得し、かつて敵国の将であった若者とともに、谷風の攻撃を避けて生き残った亡者たちに向き直った。
※ この話は、「Give birth to Heaven・14」につづきます。