Give Birth to Heaven・11

※ この話は、「Give Birth to Heaven・10」のつづきとなります。

レティクルクィーンに支配されたシマノが指を鳴らすと、耳をつんざくようなサイレンが、生きた人間のいなくなった10万都市仙台のすみずみにまで響き渡った。
生きた人間の代わりにあるのは、数え切れぬほどの死者たち、そして不気味ではあるが、どこか動きのユーモラスな銀の小人たちである。
死者たちから大波のように発せられるのは、つよい恨み、怒り、そして嫉妬だ。
かれらの大半が、なぜ自分たちの運命が、理不尽な終わり方をしなくてはならなかったのか、なぜ救われなかったのか、わからずにいる。
わからないまま、冷たい断絶である死に追い込まれ、行き場所を失い、長い年月を彷徨いつづけていたのだ。

アコは気づいた。
かれらの恨み、そして嫉妬のほとんどは、この自分に向けられている。
おなじく死ぬはずであった少女。
自分たちの仲間になるはずであった少女。
なのに特別に『救われた』少女に対する、強烈な羨望と、嫉妬。
そういったものが、集中して向けられている。

アコには、レティクルクィーンやくっきーの語る『ヒヒイロカネ』なるものが、いったいどのようなもの(石油や石炭のように、エネルギー源になる、ということは理解できたが)想像できなかったけれど、感覚でわかった。
ふつう、人は死ぬと、この世に彷徨うことなく、つぎの段階へと進んでいく。
あるものは輪廻の輪に組み込まれ、ある者は、このたれ耳うさぎの姿に化している者のように世界を守るための別世界へ行く。
そうした仕組みから弾かれた少数の魂は、孤独のまま、なぜこんなことになったのか、どうしてこんな目に遭わなくてはならなかったのか、その答えを探しながら、地上を彷徨いつづけた。
答えはなく、かれらはいつしか彷徨い続けているうちに、生きていたころの記憶の大半を失い、純然たる恨みと憎しみの感情の塊に変わっていってしまった。
やがて、かれらはひとつの力に引き寄せられる。
その力こそが『ヒヒイロカネ』。
いかなる原理かは不明だが、それには人の負の部分を引き寄せ、集結させ、現実のエネルギーに変換させることができる性質を持っている。

資源問題については、高校生のアコでさえ、深刻化していることくらい知っている。
石油はそのうち枯渇する。
そうなった場合のあたらしい資源を、人間はありとあらゆる知恵を集めて探している最中だ。
そんなとき、新たな、そして『安全』な新エネルギーが発見されたら、それは喜ばしいことであっただろう。
だが人類は、やがてこの『新しいエネルギー』こそが、自分たちが進化していくなかで置き去りにした、さまざまな負の遺産の報復の産物であると思い知ることになるのだ。
この新しいエネルギーをめぐる大きな戦いが何度も起こった。
そのたびに、多くの人が死に、そしてまた、このエネルギーの源になるため『還っていった』。
ようやく人類の科学が、宗教や超心理学といったものも含めて真の進化の段階に進んだそのとき、『ヒヒイロカネ』の正体は暴かれた。
けれど、それはとてもとても遠い未来のことだ。
それまでエネルギーの供給源として権力を握っていた一族は、地球に不和と呪いを撒き散らした裏切り者として、地球から追放される。
それがレティクル。
人類は、おのれの生み出した負の遺産、あるいは排泄物ともいうべきモノたちを、忌むべきものとして自分たちの目の前から、文字通り追放してしまったのだった。
かれらはまるで、古代の神話に語られるように、醜い姿をして生まれた蛭子と同じ運命を辿った。
忌むべきものとして流され、そして見捨てられたかれらの怨念、苦しみ、そしていつまでも解決することのない『なぜ』の問いかけは、その後もえんえんと続いている。

「たしかに世の中には『ヒヒイロカネ』なる鉱物は実在しておる。だが、われらアトラ・ハシースは、その存在が世の明るみに出ることのないよう、何度も妨害を繰り返した。
だが、地上に負の感情が消えないかぎり……いや、もっと言うならば、大規模な諍いが消えることがないかぎり、『ヒヒイロカネ』も消えることがない。
あれは、人の負の感情を吸収して増え続ける『生き物』であるからだ」
くっきーが自分たちを包囲しつつある死者たち、そしてよた、よた、とおぼつかない足取りで歩いてくる銀の小人たちを気にしながらつぶやく。

水晶堂ビルの屋上に立つ女王は、何をいまさら、というふうに、答えた。
「はるか古来より、その金属の存在は知られていた。『ヒヒイロカネ』を最初にエネルギーとして利用しようとした国は、たしかに栄えたけれど、最悪の滅亡を辿った。
黎明期にあったギリシア文明をも軽く凌駕し、いまだその栄華を謳われている国。人類の理想郷ともいうべきその国は、『ヒヒイロカネ』の使い方を誤り、一夜にしてこの世から消えた。
そのことは、あなた方のあいだでもタブーなのでしょう。伝えられてはいけない『実在の国』。その存在があまりに強烈で巨大であったがために、プラトンの文献を裏付けるように、たまに証拠があらわれる。
けれど、あなた方アトラ・ハシースは、アトランティスの実在が証明されてしまうと、『ヒヒイロカネ』……いえ、『オリハルコン』、あるいは『ヴリル』の存在も知られてしまうので、ことごとく、地上からその痕跡を消そうとした」
「そのとおりだ」
「けれど、人類はそれを知った。あなたがたアトラ・ハシースは、人類の良心に賭けたのよ。そして、賭けに敗れた。
賭けに敗れて荒廃した地球を、ただ眺めていただけのくせして、今度はわたしたちが『還ろう』とすると邪魔をする。それがあなたがたの正義だというの? それが世界の意志? 臭いものには蓋をして、見てみぬふりをすることが? 
答えられないでしょう、地属性のアトラ・ハシース。あなた方が否定しようとしていることは、自分たちの『未来』を否定することなのよ」
「あえて言う。われらが人類の過ちを静観するのは、いまに始まったことではない。われらの行動の基盤は、観察。あくまでわれらが子孫たる、そなたたちを見守ることなのだ。
そうでなければ、この世は死者が生者を支配する世界になってしまうではないか!」
「死者が生者を支配する。宗教はまさにその典型。古い都合のよいシステムに守られてきたあなたたちが、今度は同じシステムを利用して動き出したわたしたちを排除しようとするのは正義なの? 
いま、こうしているあいだにも、世界中で数々の理不尽で悲惨な死が生み出されているというのに、あなた方は全力で、ごくごく少数の、島国のちいさな家族を守っている。それが世界の未来のためだというけれど、それは不公平なことではなくて? 
浅野や千台や、そこにいる最上の娘たちよりも、かれらが存在することで消えることになるわたしたちの数のほうが、圧倒的に多い。それでもあなたがたは、わたしたちを排除するというのね」

「むむ、さすがに『女王』というだけあって、弁が立つのう」
グレーのたれ耳うさぎは、むむ、とうめくと、じりじりと迫り来る死者の群れにおびえて、徐々に水晶堂ビルのショーウィンドーに追い詰められつつあるアコに言った。
「アコよ、いまよりわたしはこやつら死者どもの気を逸らす。そなた、そのあいだに、そこな白い影をつれて、五橋へ逃げよ」
高級めがねと、ディスプレイ用の視力検査装置の飾られているショーウィンドーに手をかけつつ、アコはおどろいて、たずねた。
「逃げよって、くっきーはどうするの?」
「わたしか? わたしはアトラ・ハシースであるぞ。これっぽっちの数の死者も銀のヘンテコも、ちーっとも怖くないぞ!」
むん、と胸を張ってからからと笑ううさぎであったが、もこもこのグレーの毛の下の表情は、人であるアコが見てもはっきりわかるほど、こわばっていた。
かれらの会話は屋上にいるシグルトにも聞こえたらしく、バッターボックスに立つ順番を待つ野球選手のように、いつの間にか出現させていた長剣を、バットのようにして素振りをしつつ、言う。
「ゲオルギウスだっけ? ドラゴン退治の名人。あのアトラ・ハシースは、銀の小人にぼこぼこにされて、なんとか下宿先に帰れたのはいいけれど、向こう百年は実体化できないほどだってさ。
攻撃型アトラ・ハシースのなかでも最高クラスでそれだけど、君って何型だっけ? 攻撃型ではないよねぇ」
莫迦にしているわけではない。
シグルトは世間話をするように、たんたんと言う。
が、くっきーにとっては痛い言葉であったらしく、それまでから元気を出して笑っていたのが、いまはすっかり引きつっていた。
「どうせわたしは、役立たずの憑依型だ、ふん!」
「くっきー、いじけないで。それより、なんとかみんなでここから逃げる方法を考えようよ。
五橋に行けば、女神様がいるんでしょう? 女神様っていうくらいなんだから、やっぱり強いんじゃない?」
「強いとも。おそらくあの方ならば、心から『こんな連中屁でもねーや』とか言いそうだが」
アコは女神というと、崇高にして品格の高い存在であると想像していたのであるが、くっきーの言う女神はずいぶんとくだけた性格であるらしい。
くっきーは、死者の群れをちらちらと見つつ、うめくように言った。
「現在地が青葉区中央か。五橋のそなたのマンションまでは、走っても十分はかかるな」
「魔法の靴の効果があるじゃない」
「どれだけ早く走れても、そのあいだに逃げ切れなければ意味がない。交差点を見よ」

言われて、アコは、五橋方面へ向かう交差点を見て、愕然とした。
五橋方面へ向かうその十字路は、仙台駅へつながる道でもあり、青葉山方面に向かってけやき並木がつづき、そして十字路ぞいにダイエーや地方銀行の本店などのビルがならぶ。
歩道はないが、代わりにスクランブルになっている地下道があり、中央には地下噴水と広場がある。
ホームレスの格好の住処と化している場所でもある。
自転車置き場にもつながっているため、地下の往来は夜中でも絶えることはない。

いま、その十字路には、普段ならばずらりと並んでいるバスやタクシー、そして一般車の姿はなく、代わりに銀の小人と死者で埋まっていた。
その数は膨大というほかはなく、集まっている死者たちは、道路にも溢れかえり、五橋の向こうまでもずらりと並んでいるようであった。
いくら魔法の靴の助力があったとしても、これを突破するとなると、容易ではないのは一目瞭然である。

「何万、なんてものじゃないよ、何十万人、って規模じゃないの、これ?」
「東京駅の朝のラッシュよりすさまじいのう。これだけ負の力が集まれば、そりゃあエネルギーにもなるであろうよ」
「感心している場合じゃないよ、くっきー!」
アコに叱咤されて、うむむ、とうめく、うさぎ。
白い影と白い犬(白い犬のほうも、白い影と同じように、いまや姿がくっきりわかるまでに形が出来上がりつつあった)も、死者たちに押されるようにして、アコの周辺に集まってきている。

「アコよ」
くっきーは、なにかを決心したらしく、真摯な顔をして顔を上げると、きりっとした表情でアコに言った。
「前にも言ったかもしれぬが、わたしはアトラ・ハシース。かつてこの世に人として生き、そしていまは、わたしの子孫を含め、この世に生きるありとあらゆる生命のために戦う者として、新たに生まれ変わった者なのだ」
「うん」
「わたしは死なぬ。おまえたちの知る意味での『死』は、わたしには存在しない。あるとしたら『消滅』であるが、さすがにこやつらにわたしを『消滅』させる力はなかろう。
であるから、わたしがたとえ、どんなひどい目に遭っているのを見ても、そなたはおどろいたり嘆いたり、そして怒ったり、復讐しようとする必要はまったくないぞ」
「そんな……くっきー、震えているじゃない!」
アコがいうとおり、たれ耳うさぎはめがね屋のショーウィンドーに自分の姿を映しつつ、カタカタと小刻みに震えていた。
「これは武者震いぞ。よいか、いまいった言葉、忘れるな。わたしがやつらの気を逸らす。そなたはそのあいだ、そこな白い影とともに、五橋へダッシュし、女神の保護を求めるがよい」
「求めるがよい、って、女神様がだれだかわからないし!」
「大丈夫だ。女神はすぐにおまえを守る。それに、そこな白い影も、そなたの影響か、徐々に過去を取り戻しつつあるようだ。最上アキラ子、そなたは一人ではない。世界のすべてが、そなたが生きることを望んでいる。
この世界をそなたのためにつくった者もそうだ。そやつの心意気を守るためにも、ここで死んではならぬ。さあ、行け、Give Birth to Heaven」
「え? なに? どういうこと?」

うろたえ、たずねるアコであるが、くっきーはもう答えなかった。
身体の震えをぴたりと止めると、たれ耳を勇壮になびかせて死者たちの群れに敢然と立ち、両手を高らかに挙げると、叫んだ。
「晋の宣帝が命じる、古より民を育み守りし地霊よ、わが声に答えよ!」

しばらくは、なにも変化がなかった。
しんとした空気、そして張り詰めた緊張感だけがある。
やがて、アコは、はっきりと、遠くから不気味な地鳴りが響いてくるのを聞いた。
地鳴りは徐々に徐々に音量を高め、波のように迫り、やがて、大きなうねりとともに、死者たちのいるアスファルトをはげしく揺らしはじめた。
そればかりではない。
多くの死者たちの立つアスファルトが、波間に泳ぐ鯨が海面を騒がせているかのように、隆起をはじめたのである。

ちいさな両手をしっかりと天に掲げているくっきーは、さらに叫んだ。
「眠りから醒めよ、そしてそなたの守るべき善き魂を救え!」
くっきーの声に応じるようにして、隆起はどんどんはげしくなっていく。
アスファルト上の死者や銀の小人たちは、不安定な足元におびえ、うろたえている。
それでも、かれらが声をほとんど発さない。
そういったところが、生者との差であった。

隆起はさらにはげしくなり、やがて、アスファルトのゆれのなかで、特にふたつの隆起が目立つようになっていた。
地下のマグマが噴出し、火山が生まれる瞬間がもし肉眼で見られるとしたら、きっとこれほどの勢いであったにちがいない。

くっきーは、全身を震わせ、叫んだ。
「それゆけ、タニカゼ!、どす恋☆つっぱり地獄!」

どこからともなく、『どすこーい!』という力強い男の声が、レティクル・クィーンの指示で響いたサイレンの音よりも野太く響き、同時に、巨大な、それこそ石油タンクほどの大きさの手が、アスファルトを突き抜けて現れた。
ちなみに谷風とは、仙台のほこる江戸時代の名横綱で、その功績をたたえた銅像が匂当台公園にある。

手はアスファルトを突き破ると、土やアスファルトの破片をそこいらに撒き散らし、もうもうと土煙をあげて、地上にたむろする死者たち、そして銀の小人たちを、地下からつっぱりを浴びせかけて倒していく。
まさにどす恋☆つっぱり地獄。
攻撃をくらった死者たちは、みなバランスを崩して地面に倒れ伏し、あるいはアスファルトの破片に身体を殴打し、あるいは、逃げ惑う仲間同士でもつれて倒れこみ、さらにそのうえを別の者が踏みつけるという惨事になった。

「くっきー、すごい! 本当にすごいよ!」
感動するアコであるが、くっきーの様子がおかしい。
両手を挙げたまま、やがて、長いたれ耳を左右に揺らしつつ、ふらり、ふらりとぐらつくと、そのままぱったりと、地面に倒れ伏してしまった。
「くっきー!」
アコが駆け寄っても、うさぎはぴくりとしない。
「くっきー、どうしたの、しっかりして!」
声をかけると、不意に、くっきーの背中あたりから、こんな音が聞こえてきた。

『♪ ぴんぽんぱんぽん ぴんぽんぱんぽん ♪』

昔なつかしの、お知らせガイダンスの音楽である。
『現在、このアトラ・ハシースは活動を停止し、充電中でございます。もうしばらく経ってから、ふたたび声をかけてみてください』
「ええ? 充電中、ってなに? くっきーって、もしかしてロボット? っていうか、この音声ガイダンス、どっから聞こえてきているの?」

くっきーを抱きかかえて移動しようとするアコであるが、不意に視界が暗くなり、はっとして顔を上げた。
水晶堂ビルの屋上にて、剣で素振りをしていたシグルトが、いつのまにか地上に降りてきていたのである。
その手には、剣が握られている。アコは剣どころか包丁の銘柄すら詳しくなかったが、シグルトの剣だけは、すぐにそれがなんであるか瞬時に理解した。
なぜだか直感でわかった。
魔剣ノートゥング。
嫉妬と怒りと恨みの呪われた剣。
使用者の命と心を蝕みつづけ、なおも活動をとめることのない凶悪な兵器。

「丸腰の女の子相手というのは、気が進まないんだけれどね」
と、シグルトは、本当にそう思っているらしく、すこしふてくされたような口調で言う。
「メアリがうるさいから、仕方がないんだ。前の奥さんとはもう駄目だし、いまの俺には彼女しかいないんだよね。
せめてうちも子供がいたら、またちがっていたのかな。ほら、子は春日井のノドにすっきりあめって言うよねぇ。
それって、子供っていると気持ちがすっきりする、っていう意味なんだろうか」
「そっちの家庭の事情なんて知らないよ! それに、春日井じゃなくて、鎹! 金具のこと! 夫婦の絆をつないでくれるから、子は鎹っていうんだよ!」
「あ、そうなの? 物知りだね」

へえ、と相槌を打ちながら、感心はしているようだが、感動はしていないらしく、シグルトは、空いた手で、無造作にぼりぼりと自分の金色の頭をかきながら、言った。
「物知りでも死んでもらうよ。もともと、そうなるべきだったんだし、ガードレールから落ちるより、ノートゥングでばっさり一撃、のほうが楽でしょ」
アコはくっきーを両手で抱えつつ、しゃがんだ姿勢のまま、後ずさりをした。
だが、すぐに背中は冷たいショーウィンドーにぶつかる。
黒いロングコートの金髪男の背後では、いまだに召還された地霊である『谷風』が、どすこい、どすこいと力強い声を上げながら、地下からつっぱりを繰り返していた。
逃げるなら、まさにいまが好機なのだ。
けれど、シグルトがいる限りは……

アコは気づいた。
自分は駄目かもしれない。けれど、白い影。かれらは大丈夫だ。
「白い影さん!」
呼ばれて、聞こえたらしく、おなじくショーウィンドーを背にうろたえていた白い影は、おどろいてこちらをむいた。
すかさずアコは、抱えていたくっきーを白い影に投げる。
白い影は、うまくくっきーを受け止めた。
「あなたたちだけでも逃げて! 五橋へ行って、女神様に会って!」
そうすれば、身体がもらえる。復活することができる。

そう、そうすれば、願っていたことの半分は果たされる。

と、そこまで考えて、アコは自分で自分の考えに首をひねった。
願いって、なあに?

「そっちの白いのは、べつにどうしろとも言われてないんだよね」
と、気の無いふうに、シグルトは言った。
アコは、なぜこの北欧人に命を狙われなければならないのか、理由がさっぱりわからなかった。
わからなかったけれど、昨日からの一連の吸血事件、そしていまの死者の数々の原因のひとつが、かれだということはわかった。
「わたしの血も吸うの?」
魔剣ノートゥングを手にしたシグルトを睨みつけ、アコは尋ねた。最後まで、決して無様に死なないと、アコは心に決めた。
もともと一人ぼっちだった。いまも一人で死んでいく。
だからといって、惨めに命乞いをして死んだりなんてしない。絶対にしない。

「血、かあ。僕は吸わない。マズイし。それに誤解しているよ。血、っていうのは、あくまで概念であって、血液そのもののことじゃない。
僕たちが必要とするのは、あくまで霊力だ。ふつうのアトラ・ハシースは霊力を世界そのものからくみ上げるけれど、メアリはレティクルにつくられたアトラ・ハシースだから、世界から霊力をくみ上げることができなかった。
だから、吸血鬼に穴を開けてもらって、この世界に来て、まずはとりあえず動くために、てきとうに女の子を選んで、霊力を集めたのさ」
「とりあえず? てきとうに?」
「そ。誰でもよかったんだよ。とりあえずは動けるようにさえなれば。それくらい、メアリはぼろぼろだったからねぇ。僕としても、ミイラの相手はしたくないよ。彼女には秘密だけど」

もちろん、アコには、シグルトの言っている意味の半分もわかっていない。
だが、判ることは、かれらは理由もなく、ただそこにいた、というだけで人を選び、そしてその命を奪ったということだ。
恐怖よりも、はげしい怒りがこみ上げてきた。
この人がたとえ天使だったとしても(事実、不気味に黒い空気を纏った剣さえ持っていなければ、想像上の天使のようにシグルトは美しく壮健に見えた)絶対に許せない。
けれど、悔しいことに、この天使の皮をかぶった悪魔に、対抗できる力が、自分には無いのだ。

「シマノも? シマノの血も吸ったの? シマノは死んじゃったの?」
震える声で尋ねると、ルネサンスの巨匠が描く天使のように美しい顔をした青年は、奇妙なものを見る目でアコを見た。
「おかしいねぇ。たしか、君って、メアリが憑いている女の子にいじめられていたんじゃなかったっけ? まあいいけど。
あの子は死んではいないよ。最初はほかの子みたいに霊力を吸う予定だったんだけど、君と千台家の関係者だとわかったから、よりしろにすることにしたんだ。
メアリの身体はぼろぼろだったからね、器が必要だったんだ。ほんとうは巫女クラスがいいんだけど、この際、贅沢は言っていられない。
千台ヨーコを狙って、あちらの世界に戻ってもみたけれど、あいにくともうラ・ピュセルが手を回していて、なにもできなかったし。
で、ちょうどいいっていうんで、同じく消滅しかけているレティクル・クィーンと身体をシェアして住んでいるってわけ」
「ヨーコ? いまヨーコって言った? ヨーコは生きているの?」
「生きているよ? だって、君が分けたんだろ、世界を」

きょとんとして、シグルトはアコを見下ろす。
アコとしては、なにがなにやらわからない。
だが、ヨーコが生きていた、無事だった、ということに、なによりほっとした。
いじめっ子で、わがままでしょうがない子だったけれど、奇妙なものだ、いまは友達だと、だれに臆することなく、はっきり言える。
彼女もまた、そう思っていると、誰に教えられたわけでもないが、アコは確信していた。
だからこそ、いままでヨーコのために、この異常事態の起こっている町を動き回れたのである。

「さて、おしゃべりはおしまいだ。ゲームは終わりにしよう。きみはここでゲームオーバー。この世界は、僕たちがもらっておくから、あとは安心して下宿先でのんびりしていてね」
そういいながら、シグルトは、魔剣ノートゥングをアコの心臓めがけて突き刺した。

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※ この話は、「Give birth to Heaven・12」につづきます。