Give Birth to Heaven・10

※ この話は、「Give Birth to Heaven・9」のつづきとなります。

アコとくっきーがいる場所めがけて、狙いすましたように看板が落ちてくる。
とっさに声がでない。上機嫌で、あれやこれやと、自分の自慢話をするのに夢中になっているくっきーの名前を呼ぼうとするが、声がかすれてしまう。
声を出さなくちゃ。いや、それよりも早く逃げなくちゃ!
けれど、足はすくんでしまって、動かすことができない。
まるでボンドでアスファルトに足をくっつけられたように、動けないのだ。

電光掲示板が、ぱらぱらと雨のようにホコリを降り注ぎながら落下する。
大量のホコリで、ようやく、くっきーも気づいたらしく、
「ほんぐとうぁ!」
と、謎の奇声をあげている。

遅すぎる、駄目だ! 助からない!
アコは、ぎゅっと目をつぶり、最悪の瞬間を待った。
当たったら痛いだろう。痛くて死んでしまうかもしれない。
電光掲示板でつぶされるなんて、嫌だ。
嫌だけど、電光掲示板は落下してきている!

ひどく長い時間に思われた。
だが、いくら待っても、最悪の瞬間は訪れることはなかった。
おそるおそる目を開くと、目の前が真っ白である。
あれ、あたし、気絶したのかな?
そんなことを考えて、じっと目の前の光景を見ていると、その真っ白いものは、それ自体が動いていることがわかった。
さらに首ごと動かして、おそるおそる見上げてみる。
電光掲示板は、アコの頭上、ぎりぎりのところにあった。
無数の電飾がひび割れているのが見える。
ぱらぱらと、ホコリや砂がひび割れている箇所から落ちてきて、アコに降り注いだ。

電光掲示板と、アコの頭上のあいだには、白い手があった。
アコは、自分を危機から救ってくれたのが、白い影だということに気がついた。
白い影が飛び出して、落ちてくる電光掲示板を受け止めてくれたのだ。
「アコ、無事かー!」
くっきーの声が聞こえてくる。
よかった、くっきーも無事であるらしい。
「ありがとう」
と、アコは、かすれた声で言った。

白い影は、そのあいだも微動だにせず、電光掲示板を、まるで風船かなにかを受け止めているかのように、軽々と支えている。
アコには、白い影に、こちらの声が聞こえるかどうかはわからなかったが、白い影は、わかった、というふうにうなずいたように見えた。
そして、巨大な電光掲示板を、両手でらくらくと、まるで町に立てかけてある捨て看板を片付けるように、器用バランスをとりながら、邪魔にならないように道路の脇に立てかけた。
マナーのいい白い影である。

白い影の行動を見守ってから、アコはくっきーや、もう一匹の白い影を振り返った。
二匹とも無事で、アコと同じように、白い影の行動を見守っている。
そしてアコは気づいた。道路に、外れたビスや金具が散乱している。
そうだ、ビルの屋上に、人影を見つけた。次の瞬間に、電光掲示板は、見えざる手によって落とされたのだ。
いったい、あれは誰だったのだろう。何が起こったのだろう。
もしかして、学校で見かけた、あの男の人?

そのとき、視線をおぼえて、アコがふたたび水晶堂ビルの側面の屋上を見上げると、そこに、先ほど見た人影が立っていた。
暮れつつある空の下、ロングコートを身につけた、背の高い男が、こちらを見下ろしている。
逆行になっているため、表情はよくわからなかったが、太陽に透けた髪の輝きから、男が金色の髪をしていることはわかった。
学校で見た人物とはちがう。
あの人物は、黒髪だった。

金髪の男も、こちらを見下ろしている。
「失敗か」
と、のんきに、ことばほどには残念そうではない調子で、男は流暢な日本語でつぶやいた。
そこに悪意や殺意は感じられないが、それが状況にそぐわずに異様な感じを与える。
「だれ?」
アコがたずねても、男は答えない。
「ややや、そなたはシグルト・ウェルズングであるな!」
くっきーは言いながら、だばだばとたれ耳を動かしながら駆けてきて、アコをかばうように、その前に大きく手を広げて、立った。
「堕ちたアトラ・ハシースめが! この娘に害をなすならば、このわたしが相手だ! 来るなら来い!」
啖呵をきるうさぎに対し、金髪の男・シグルトのほうは冷静そのもので、どこか眠そうですらある口調で、言う。
「うさぎ? しかも人語を解するとなると、月兎族かな?」
シグルトは、じっとくっきーを観察し、それからよくわからない、というふうに、首をひねる。
「ちがうな。気配がちがう。名乗れ、おまえはだれだ」
「我が名を知らぬか! 地属性のアトラ・ハシースにて、晋の宣帝とは、わたしのことだ!」
高らかにおのれの名を名乗るくっきーであったが、そのくっきーに対しシグルトの反応は冷めたものであった。
「知らないな。晋? どこの国?」
すると、灰色のたれ耳うさぎは、全身の毛を猫のように逆立てて、全身から怒気を発しつつ、きいきいと叫んだ。
「なんと、無礼者めが、晋といったら曹魏のあとを継いで中華をおさめた、正当な帝国であーる! わたしはその始祖なのだ!

歴史の勉強くらいしておけ! それとも忘れたか、このゲルマンうすらぼんやり!」
「中華」
ふむ、と一人合点しながら、シグルトは、おのれの顎を探る。
「東洋のことは詳しくないんだ。そういう帝国があったのか。へぇー」
「へぇーじゃない! あったのだよ! 知らないなんてナンセンス! 来年の採用試験に出るぞ!」
なんの採用試験だろう、とアコが考えていると、うさぎはさらに言った。
「よいか、耳をかっぽじってよーく聞け、われら当山孔真君の考えに賛同したアトラ・ハシースは、同じアトラ・ハシースでありながら、吸血鬼やレティクルどもに与して、人類の未来を売ったそなたを倒すことで一致した。
これは最高府も認めたことなのだ! 世界のすべてはそなたの敵ぞ、観念して、大人しく煉獄へ行けい!」

アコは、またも意味がわからずぽかんとしていたが、看板を片付けていた白い影のほうは、くっきーのことばに、なにか思い当たることがあったのか、急にそわそわし始めた。
耳が聞こえるのだろうか? 
しかもおどろいたことに、影の形は、学校で助けたときよりも、より人間らしい姿に変わっていた。
さきほどまでは、ぼんやりした人型の影であったのが、いまは輪郭もくっきりしていて、なんとなくであるが、その風貌もわかるようにまで『濃く』なってきているのだ。
目鼻立ちの整った男性である。180センチは越えている身体も整っており、輪郭だけでいうなら、きれいな姿かたちをしている。

「どうしたの?」
アコがシグルトとくっきーに注意しながら尋ねると、白い影は、なにかを言おうとした。
いや、実際になにかを言っているのはまちがいない。
うっすらと口や目の位置も明確になりはじめている白い影の、その口が動いているのがわかったからだ。
けれど、声が届かない。
くっきーは、白い影は幽霊のようなものだ、と言った。
そういえば、幽霊がぺらぺらとしゃべる話をあまり聞いたことがない。
せいぜいしゃべって『恨めしや』か?
くっきーならば、なにか判るかもしれないが、あいにくとたれ耳うさぎは、金髪の『シグルト・ウェルズング』と対決中である。
シグルト・ウェルズング? 
聞いたことがあるような、ないような…どこでだっけ?

アコは、水晶堂ビルの屋上に立つシグルトを見上げた。
アーケード街の端に建つそのビルのうえには、仙台市が推奨している緑化計画に賛同しているものか、屋上のスペースに木が植わっている。
仙台市では、ビルの屋上などの一定の空間を庭に代えて植樹すると、助成金が得られるのである。
シグルトは、そんな木々の前に立ち、こちらを見つめているのだが、斜めから差し込む夕日のために、表情ははっきりと見えない。
と、シグルトの横に、黒い靄のようなものが空中に浮かんでいるのが見えた。
なんだろう。カラス? 
それにしては、形がおかしいような?
アコが目を凝らしていると、当初はカラスほどの大きさであった黒い靄は、染みのように徐々に広がり、さらには次第にひとつの大きな濃い影になり、どんどん具体的に形を成していって、最後には、人の姿に変わった。
アコもよく見知っている姿に、である。
シマノだった。

冬だというのに露出度の高い格好をしたシマノは、昨日、アコのバイト帰りにあらわれたときと同じ姿をしており、超ミニのデニムのスカートからのぞく、形のよい長い足を見せ付けるようにして前に進んでくる。
なんでシマノが、とおどろきつつも、アコは、シマノはスタイルだけはいいんだよね、とどうでもいいことを考えていた。
スタイルが悪い、というほどではないけれど、ボリュームに欠けるヨーコは、シマノと並ぶことを、比較されるからと嫌がっていたものだ。
で、複数で並ぶときには、アコの隣に並びたがった。
なぜかというと、アコはヨーコよりチビで、そのうえ、地味であったからだ。
そのあたり、ヨーコはちゃっかりしているのである。

そんなことはどうでもいい。
アコは、いったい、どうやって水晶堂ビルの屋上に現れたのかよくわからないが、たしかにそこにいるシマノを呆れて見上げた。
シマノはいつのまに、プリンセス・テンコーばりにイリュージョンが出来るようになったのだろう。
それに、昨日から、ヨーコを見つけられない代わりに、やたらとシマノと会う。
学校でも、なぜだか逃げていくシマノの後姿を見たばかりだ。

シマノは水晶堂の目印でもある、視力検査の看板の横に立つ。
「シマノ、そんなところで、なにやってるの?」
シマノは、水晶堂でバイトしてたっけ? などと考えながらアコがたずねても、シマノは鼻で笑うだけで、答えない。
くっきーはというと、シグルトとシマノの両者から目を離さないまま、背後にいるアコに言った。
「無駄ぞ。あれはそなたのクラスメートのシマノではなくなったものだ」
「でも、シマノだよ?」
「外見はな。だが」
くっきーはそこでことばを切ると、ごくりと生唾を飲んでから答えた。
「まずいのう。『夢の世界』の影響で、浅野家は救われ、千台家もまた、ゲームから降りることとなった。
そして、そなたも、この世界ゆえに『生きる』こととなった。しかし、この大きな変更のために、ひずみが生じたのだ」
「ひずみ、って?」
「2003年の12月。仙台では一人の娘が死ぬ。そこから悲劇が連鎖していくのだ。
だが、ヨーコはそなたを庇い、『基本世界』における、おのれの『過去』、そして未来を否定した。
誰も死なない。そうなるはずであったのに」
と、ここでくっきーは言葉を切り、アコを見て、言った。
「本来の2003年12月、ヨーコは周囲にたきつけられて、まさに昨日、そなたの前に現れるはずであった。だが、いま、『夢の世界』そのものがふたつに分離しており、その出来事自体が起こりえない。いや、そうするためのこの『Give Birth to Heaven』の世界だ。
だが、二人を救うことで、ヨーコをたきつけようとした人間の望みは宙ぶらりんとなった。盲点であったな」
「言っていることがわからないよ、くっきー」
「わからなくてもよい。負の願いを叶えられなかった者の鬱積に付け入った者がいるのだ、とだけ判ってくれい」
「シマノの? シマノの鬱積?」
「そう。この娘は、昨夜の事件の、もう一人の被害者だ。本人はそうとは知らず、だまされてのことであろう。
哀れなものよ。妄執に捕らわれた女が、いま、あの娘の身体を乗っ取っているのだ」
「宿るって? 女王って?」
「つまり、憑依されておるのだよ。メアリ・スチュアートと、レティクルの女王の双方にな」

くっきーのことばが聞こえたのか、シマノは高らかに声をたてて笑った。
その気取った笑い方は、シマノの笑い方ではない。
言われてみれば、見た目はたしかにシマノであるが、仕草や表情は、まるで別人だ。
染めた長い髪を夕暮れの空の下に散らして、シマノはアコとくっきーを見下ろしている。

「敵がどれだけ増えようが、かまわないわ。最高府にどれだけのことができるというの。
千台家がゲームのプレイヤーとしての参加権を失ったことで、のちのちの歴史が変わると思う? 不足したものは補えばいいだけの話ではないの。
最上一樹はあいかわらず存在しているのだし、ヒヒイロカネにしてもそう。最悪の場合、最上一樹がプレイヤーから降りることがあっても、ヒヒイロカネがあるかぎり、こちらの勝利に変わりはないのよ」
すると、地上のうさぎは、むむ、とうなりつつ、答えた。
「哀れなり、亡霊のまま世に執着していた女王よ。この世界ならば、そなたの思い通りになるかと思ったか?」
「思ったわ。いえ、思っているわ。『夢の世界』から生まれた、この未成熟な世界には、まだ可能性がある」
「可能性は、たしかにあるとも。しかし、それはそなたのものではなく、あくまでこの世に生きる只人のものだ。そなたが横から奪ってよいものではない。その娘から離れよ!」

くっきーが決め付けると、シマノの体に宿っている女王メアリ(もしくはレティクルクィーン)は、また鼻で笑い飛ばした。
「人は、おたがいの可能性を奪い合って成功を求めるものでしょう。それは、成功者であるあなたが一番知っていることのはず。他人には美徳を押し付けるのね」
「むむ、たしかに」
ついつい頷くくっきーに、アコは言った。
「くっきー、納得してどうするの! 駄目なことは駄目って言わなくちゃ!」
アコに叱咤されて、女王に言い負かされそうになっていたうさぎは、はっとなって反論をはじめた。
「まったくもって、いまアコが言ったとおり! 駄目なものは駄目! なんで駄目かというと、えーと」
「人の体を乗っ取って、悪いことをしようとしているんでしょう? それが駄目!」
「そう、それだ! ナイス、アコ!」
「頼りないなあ」
「ええい、これから持ち直す! メアリ・スチュアート! 長く亡霊としてさまよっていたそなたの境遇には同情するが、しかしそれは、そなたの妄執が強すぎたからそうなったものだ! 
さらには、この世界を支配しようとする、その野望、そこがくっきー、解せん!」

すると、シマノの様子がおかしい。
急にぶるぶると震え始めると、やがて何度も頷くような仕草をはじめた。
電光掲示板の電気系統のなにかに触れて、感電したのではと心配したアコであるが、やがてシマノは、身体の動きを止めると、ため息をつき、それから、さきほどの皮肉げな表情を引っ込めて、おどろくほど静かな、大人びた表情に変わった。
アコはその様子に、ぞくりと背筋を震わせた。
事情の一端も正確に掴めていないアコであったが、シマノのなかで、想像もしがたいほどの異常が起こっているのだと、その様子でわかったからだ。
くっきーは、昨夜の事件のもう一人の被害者だ、と言った。
エスパルの前でアコと別れたあと、シマノが『吸血鬼』に襲われたってこと? 
でも、ほかの女の人は死んでしまったけれど、シマノは生きている。

不吉な予感に襲われ、アコは心臓がはげしく鼓動し、痛むほどになってきた。
くっきーがいま言ったことって、とても重要なことじゃない? 
わたしはいま生きているけど、本当は死ぬはずだった。
ヨーコがきっかけだった。
でもヨーコが『過去』を変えたから、わたしはいま、ここにいる。
シマノがその身代わりになった、ってこと?
世界が二つに分かれた、ってなに? 
本当なら死んでいたわたしが、ここにいる。
わたしは生きているの? 死んでいるの?

混乱するアコの頭上から、先ほどの、取り澄ました声とは対照的に、物静かで、しかし威圧的な声が降ってきた。
「なぜ解せないというの。『夢の世界』の忠実なコピーを補強し、あらたに世界をつなげようとするのが、あなたがたの意思なのでしょうけれど、それとて一種のわがまま。
あなたたちが救おうとしているものが救われると、『わたしたち』は消えなくてはならなくなる」
「む、レティクルクィーンか。メアリは、そなたらを一度は裏切ったはず。また手を組むとはのう。よほど追い詰められていると見た。
レティクルの女王よ、そなた、もしや、原型をとどめて置けなくなるほどに、力が弱くなっているのではないか」
くっきーが呼びかけると、シマノのからだが白い蛍光色に輝き始めた。
シマノの身体に重なるようにして、白いホログラムのような姿が浮かび上がる。
「どうしてわたしが人間に憑依しなければならなくなったのか、教えてあげるわ。
わたしの体は、千台ヨーコの体のコピーなのよ。いえ、正確にはクローンね。とはいっても、オリジナルには程遠い。
住めなくなった地球を脱出し、レティクルに移住した人類は、レティクルの環境に自分の身体を合わせるため、改造を加える必要があった。
あなた方からすれば、わたしたちの『原型』は、もはや人間とは似ても似つかぬものになっている。
だからといって、アトラ・ハシース、わたしたちも、あなた方の末裔であることに代わりはないのに、わたしたちを否定するの」
「むむ」
「もはや、なりふりなど構っていられない。アトラ・ハシースたちの介入によって、千台家とレティクルのつながりが、ほとんど断たれてしまった。
手を組めるものと、できるだけ組む必要があったのよ。それがたとえ信用できない相手でもね」

言い放つクィーンであったが、一人の人間に三つの魂が宿っているという状況は、いろいろ複雑なこともあるようで、シマノのからだの半分は、まるで壊れた人形のように、ぴくり、ぴくりと肩をそびやかしたり、腕を振り上げたりと、不自然な動きをしている。
どうやら、レティクルクィーンの声にメアリが動きで不満をあらわしているようだ。
そんなシマノを見据えながら、くっきーがたずねる。

「『夢の世界』で動きがあったのだな?」
「いずれ知るでしょうけれど、そのとおり。わたしたちは、たしかに劣勢に立たされている。けれど、おかしいではないの。なぜわたしたちを責めるの? 
すべてを救うことはできないというのなら、どちらかを切り捨てるしかない。
アトラ・ハシースと女神たちは、わたしたちを見捨てることを決めた。ならば、わたしたちは死に物狂いで戦うほかない。
基本世界から始まる、わたしたちにつながる未来は消えつつあるわ。でも、まだまだ消えるわけにはいかない。
多勢のまえに、いつも屈してきたわたしたちの気持ちなど、おまえたちには、わかるはずがない!」

レティクルクィーンは言うと、片手をさっと振り上げた。
と、同時に、耳をつんざくような、空襲警報を思わせる不気味なサイレンの音が、茜色の空いっぱいに響き渡った。
思わず耳をふさいだアコであるが、ふと気配をおぼえて周囲を見回し、おもわず悲鳴をあげた。
さきほどまで、だれもいなかった街に、人影があふれている。
だが、そこにいるのは、普通の生きた人間ではなかった。
大阪は通天閣に鎮座するビリケンさんそっくりの銀の小人をはじめ、あきらかに死者だと思われる、古い装束を身に纏った人間が、歩道も車道も店舗も関係なく、アコとくっきーを取り囲むようにして立っていたのだった。
銀の小人をはじめ、そこに立つ人々の双眸には力がなく、うつろである。
だが、はっきりと肌に突き刺すような、ぴりぴりした感情だけは伝わってくる。
殺意だ。

「む、総動員、というわけか」
うさぎが低くうめくと、レティクルクィーンは声も高らかに、笑った。
「まだまだ、こんなものではなくてよ。『夢の世界』の者たちが、こちらの世界の存在に気づき始めた。
残念ね、仲間がわたしより先に、こちらの世界のことに気づかなかったのですもの。あなたのお友達の計画では、隔離された『夢の世界』ごとわたしたちを封印し、消してしまうはずだった。そうでしょう」
「あやつの考えなんぞ、わたしは知らぬ」
「ならば、なぜあなたはここにいるの」
「わたしがそうしたいと思ったからだ。人ではないそなたには、わかるまい」
「この大事な局面で、感情で動くとは、帝王らしからぬこと。あなたとて、その姿になってしまったのは、『かれ』のせいではないの」
「たしかにそうだが、恨んではおらぬ。わたしはそなたが手を組んだ女王のように、粘着質ではないのでな! べろべろばあ!」
言いながら、うさぎはビルのうえにいる、メアリ・スチュアートであり、レティクル・クィーンであるシマノに向かって、大胆にべろーん、と舌を出して見せた。
「……早々と消滅してしまいたいようね。どうやら事態がよく飲み込めていないようだから、教えてあげるわ。ここにいるわたしの兵士たちは、みな『廃棄物』から出来ている」

人型のものを指して『廃棄物』というその感覚に、アコはぞっとしたのだが、レティクルクィーンは淡々とつづける。
「廃棄物。このことばの意味がわかるかしら。アトラ・ハシースを統括する最高府は、長年にわたり、人類の歴史を終焉にみちびく危険分子として、レティクルへ干渉しようとつづけてきた。
でも、その干渉が成功したためしはない。干渉どころか、わたしたちが何者か、そしてどういう社会をつくっているのかさえ、あなたたちは把握していない」
「それがどうした」
「ひとつ、よいことを教えてあげましょう。基本世界において、石油にかわる新たな動力源として普及し、莫大な富のもととなった『ヒヒイロカネ』。けれど、これの販売にかかわった千台家は、やがて『ヒヒイロカネ』について、最上一樹にだまされていたことを知るの」
「だまされていた?」

銀の小人と死者の一団は、音も立てずに、ゆっくり、ゆっくりと、アコとくっきーに近づいてくる。
ありとあらゆる時代の亡霊を、集められるだけ集めてきた、というふうだ。
ほとんど裸同然の姿をしている者もいれば、みすぼらしい衣装を纏った者、落ち武者の姿をしている者、旧日本軍の陸軍兵もいれば、粗末な着物姿の町人、どこにでもいるような、街でよく見かける姿格好の人間まで混ざっている。
かれらはみな、ひどく傷ついて、どこかしら怪我をしていた。
中には、頭を吹き飛ばされたのか、下あごから上が吹っ飛んでいるものさえいた。
正視に耐えない。
けれど、アコは、彼らの姿から目を離せなかった。
恐怖でこわばってしまうこともあったのだが、かれらのあいだから、殺意とともに、強烈な感情があふれてくるのを、鋭く感じ取ったからである。
つよい怒りと、それから恨みだ。
かれらは、なぜ、なぜ、と、ひたすら問いかけてくる。
なにが『なぜ』なのかはわからない。
かれらも疑問が多すぎて、ただ『なぜ』としか問えなくなっているのだろうか。
このままでは包囲されてしまう。

「そう、だまされていたのよ。『ヒヒイロカネ』は、単なる鉱物なんかじゃない。まつろわぬ者たちの怨念の結晶。だまされ、裏切られ、蹂躙されて死んでいった者たちの恨みがすべて籠められている。
かれらは、ずっと待っていたのよ。いま地上に生きる『征服者』の子孫たちを、だまし、裏切り、蹂躙する、そのチャンスが訪れるときを。
動力源としての力を解放する一方で、『ヒヒイロカネ』は、多くの呪いを地に満たして行った。
『ヒヒイロカネ』の急速な普及は、世界のパワーバランスを大きく変貌させ、大きな争いを何度も呼んだ。そのたびに『ヒヒイロカネ』は負の力を撒き散らしていった。のちの未来に、『ヒヒイロカネ』に代わる動力源に取って代わられるまでね。
『ヒヒイロカネ』の使用を禁じることにした人類は、それをよその星に捨てることにした。
その星がレティクル。レティクルとは、巨大なごみ廃棄場なのよ。
『ヒヒイロカネ』で巨万の富を築いていた千台家と最上家が、この廃棄場の管理を任されていた。
管理を任された、といえば聞こえがよいけれど、実際のところは、かれらもまた、母星から隔離され、見捨てられたのよ。
災いをもたらした罪人としてね。
かれらはそれを恨み、そして、兵器を作ることを決めた」
「それが、この人型の、哀れな生き物、というわけか」

くっきーは、周囲に迫りつつある亡者の群れに混じる、銀の小人を見て、うめくようにして言った。
「いま集めている銀の小人は、特別に濃く練成された『ヒヒイロカネ』の兵士。そして死者は、『ヒヒイロカネ』の光に引き寄せられ、自然と集まってくるものよ。
只人には見えないかもしれないけれど、アトラ・ハシースのあなたには見えるでしょう、亡霊たちの姿が」
「ぬぬ」
「この状況下で、攻撃型アトラ・ハシースをよこさないとは、最高府もわたしたちをずいぶんと舐めたものね。
いいわ、あまり長引くゲームは好きじゃないの。こちらの真の力を見せてあげよう」

シマノの体に宿った女王が、ぱちん、と指を鳴らすと、とたんにそれまでのろのろと、体をゆするようにして動いていた銀の小人たちの動きが、活発になった。


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※ この話は、「Give birth to Heaven・11」につづきます。