Give Birth to Heaven・2

※ この話は、「Give birth to heaven・1」のつづきとなります。

目が覚めると、そこはいつもの自分の部屋の、自分のベッドの中だった。
しばし、記憶がつながらず、ぼんやりとした頭で、カーテンのすき間から入る光がつくる、天井の太い光のラインを見つめる。
ベランダに、スズメが何羽かやってきているようで、鉄の手すりを移動する鳥の足がかなでる、かつん、かつん、という音が聞こえてきていた。

雑貨屋で買った安いビニールの、ポストカード収納ポケットにおさめられた、お気に入りのカード群を見る。
それは、どれも、アコが好きな映画のポスターを縮小したものだ。
名画から、最新作まで、さまざまなものが揃っている。
そのなかでも幻想的なブラッド・ピットの『SEVEN YEARS IN TIBET』のカードに焦点をあてたまま、アコは起き上がると、パジャマから制服に着替えようとした、のであるが、違和感に気づいて、眠気が消える。
手に触れるいつもの布の感触がちがう。
あれ、とベットサイドを見ると、パジャマはそこに畳まれている。
おどろいて自分の姿を見下ろすと、制服のままだった。

まっさきに思ったのは、
『サイアク、皺くちゃだよ!』
ということである。
しかし、上着だけは無事で、椅子にかけてあった。

『おかしいな。あたし、制服のまま、寝ちゃったんだっけ?』
首をひねりながら、アコはベッドから降りると、まずいつもの癖で、携帯電話を確認した。
友達のすくないアコに朝からメールを送ってくれるものは、ほとんどないが、ゆべし屋から、シフトの移動があったときは、朝一番でメールが届くので、毎朝、かならず確認する癖がついているのだ。
しかしゆべし屋からのメールは届いていない。
コルクボードに貼ってあるシフト表によれば、今日は、バイトが休みの日だ。

そして、アコは思った。
『やっぱり、ヨーコからメールが来てないなー。シマノとも連絡とってないみたいだし、どこかあたしたちの知らない友だちのところにいるのかな?』
あたしたち、と思って、自分で自分が表現した括りに、違和感をおぼえて、アコは思わず苦笑した。
つねづね、あの人たちと一緒にされたくないと思っていたのに、いざとなると、自然に仲間のように思ってしまう。
実際にどうわり引いてみても、ヨーコ以外の少女たちが、自分のことを仲間だと思っているとは思えない(昨夜のシマノの態度が、それをよく表わしている)。
とはいえ、二年生になってから、ずっと一緒にいるから、クラスの中で、いちばん知っている少女たちも彼女たちなのだ。
『知っているということと、仲間というのは、ちがうのかな。なんだか変なの』

とりあえず、皺のひどい部分をアイロンにかけてから学校に行こうと、和室にあるアイロン台のところへ行こうとする。
廊下に出たとたん、ふわりと、おいしそうな味噌汁のにおいにつつまれた。
咄嗟に思ったのは、昨日、帰ってから、疲れてしまって、夕食の支度の途中で眠ってしまった可能性である。
コンロの鍋に作りおきしていた味噌汁を、アコが目覚めるまで、コンロはぐつぐつ煮込んでいたのではあるまいか。
が、すぐに打ち消した。
アコの家の台所のコンロは、火事防止のため、一定時間になると、自然に火が消えるようになっている。
それに、作りおきしていた味噌汁は、そう量がなかった。
もしもコンロの火が消えず、ずっと煮込まれていたとしても、もうとっくに蒸発しているころだろう。

かといって、家の鍵を勝手にあけて、朝ご飯を用意してくれる人に、心あたりはない。
ふと、昨日の宅急便をあずかってくれていた、隣の詩人のことが思い浮かぶが、ありえないことだ。
鍵は、自分が持っている一本と、管理人のもつ、セキュリティ会社の印鑑つきの和紙にくるまれて封印されている一本きり。
どうやって開けるのか。

廊下の真正面に位置する玄関のまえに積まれた、古新聞の束を見て、アコは徐々に、昨日の記憶を取り戻していた。
バイト帰りを待ち伏せしていたシマノ、そして五橋のビルのすき間で、倒れていた女性と、すぐそばに立っていた青年、パトカーのランプと、名前もはっきりおぼえていないけれど、強面の刑事たち。

女性が心不全かもしれないという話を聞いたあとでも、自分とはっきり目があった青年が、またふたたび自分のまえにあらわれるような気がして、こわかった。
いま思うに、怖いくらいにきれいな顔をした青年だった。
顔の造作は、あまり完璧に整っているよりも、一部崩れているほうが、親しみがわくものだと聞いたことがある。
青年の顔は、左右対称にきれいに整っていて、どこも非の打ち所がなかった。
まるで仮面のような顔だった。
笑っていたけれど、感情をそのまま素直に受け取れないところがある。
壁。
そんな単語が思い浮かび、なにかちがうかな、と思ったアコだが、しばし考え、自分の最初の印象が、当たっているかもしれない、と考え直した。
何者かはわからない。
もしかしたら、死んだ女性は心不全ではなくて、殺人事件かもしれず、そしてあの青年が犯人かもしれない。
言葉もろくに交わしておらず、目があっただけ、しかも暗闇の中でだ。
思い込みかもしれないが、なにか笑顔ではあったけれど、かえって他者をすべて拒んでいるような、そんな排他的な空気を感じた。
近づくなと言われているような。

そうして、青年のことを思い出し、つぎに、アコは、古新聞の束の横にある、開けっ放しの宅急便の箱に目をおとした。
なにが入っていたのだっけ?

廊下の途中で足を止め、わずかに開いている台所の扉のすき間から、中を覗く。
なにかが、ガサガサと動いている音がするのだ。
虫が入ってきたのか、と一瞬思ったが、すき間から見える、その奇妙なモノに、アコはまたまた気絶しかけた。

ビニールの割烹着と帽子をかぶった、灰色のうさぎが、幸福の小人よろしく、せっせと台所で、朝ご飯の支度をしているのだ。
ビニールの帽子には、きちんと穴が開いていて、そこから垂れた耳を出せるようになっている。
しかもうさぎは五本指であり、指にもビニールの手袋がはめられている。
おそらくは、自分の毛が、料理に入り込まないようにするためだろう。
炊飯器からは、うまそうなにおいとともに蒸気があがり、コンロでは二つの鍋が温められている。
そしてグリルにも火がついており、うまそうな魚の焼けるにおいが、米と味噌汁のにおいとともに、廊下にも流れてきた。

そしてうさぎはというと、
「ほっ」
という掛け声とともに、器用に床からテーブルの上にジャンプして、大根おろしをせっせと作っている。
そうして、機嫌よく、歌を口ずさんでいるのだ。
「♪ブラーザー サン~ シスター ム~ン♪」

アコはおもわず後ろにしりぞいた。
夢じゃなかった。しゃべるうさぎ。
いや、うさぎは五本指ではないし、そもそもあんなふうに料理をつくるほどの知恵はない(チンパンジーにも、さすがに無理だろう)。
では、台所にいるのは、なんだ?
うさぎ型エイリアン? 
うさぎ型座敷童? 
うさぎ型未確認生物?

ともかく得たいの知れないうさぎの形をした何者かが、人の家の台所に入り込み、なぜだか朝食をつくっている。
さて、取るべき道はどれか?
○ 保健所に通報する(うさぎだから)
○ 警察に通報する(不法侵入だから)
○ 管理人さんにとりあえず相談する

アコは、自分が携帯電話を持って。部屋を出てこなかったことを後悔した。
廊下をここまで歩いてきたときは、まるで意識しなかったのに、今度は足音を殺して、自分の部屋に戻ろうとした。
が。
みしり、と廊下の、古くなっていた板がきしむ。
普段であれば、板の軋みなども、まるで意識しないでいるというのに、今日にかぎって、音は派手に鳴ったように思える。
そして、さらにはまずいことに、うさぎの耳にもそれは届いたらしく、大根おろしを、じょりじょりとおろし器でつくっていたうさぎが、
「む?」
と独り言をつぶやいて、テーブルから床に、とん、と降りてきた音が聞こえた。

絶体絶命。
いや、待て、落ち着こう。
朝ごはんを作っている=食は命のエネルギー=命を奪うつもりはない=敵じゃないかも
という図式は成り立たないだろうか。
いままで観たSF映画やホラー映画のどこにも、うさぎ型のクリエイターは存在しなかったし、人間を襲ってくるアナコンダだの蛇だのサメだのミミズだの、そのほか諸々は、いまから襲う人のために、朝ご飯を作ったりしていなかった。
うさぎに声帯はないはずだから、いったいどうやってしゃべっているのか、ほんとうに謎だが、ともかく、相手に敵意がないのであれば、話し合ってみるべきではないか。

と、理性の声は告げてくるのであるが、アコの心臓は、さきほどから跳ね馬のように暴れ、眩暈もすれば吐き気もする。
そしてフルマラソンをこなしたあとのように、大量の汗が、全身のあちこちから流れてくるのだった。
ドラえもんと初対面をしたときののび太は、どうやって相手の存在を納得したのだったっけ?

「おお、最上アキラ子、目が覚めたか」
と、がさがさと、身にまとっているビニールの割烹着のこすれあう音をさせながら、扉のすきまから、うさぎ型のなにかが顔をだしてきた。
身体はちいさく、アコのふくらはぎの真ん中あたりまでしか背丈がない。
目はつぶらで、長いまつ毛が特徴的だ。
あんまりまつ毛が長いので、もしかして、女の子かな、ともアコは思うのだが、声を聞く限りでは、オスのようである。
それも、中年以降の男の声だ。
うさぎの平均寿命って、どれくらいなのだろう。

うさぎは、割烹着のポッケのなかに入っていた、ちいさなタオルハンカチで手を拭きながら、とことことアコの足元まで近づいてくる。
「昨日は、おどろかせてすまなかったのう。まさか気絶するほどおどろくとは、思っていなかったものでな。
わたしの悪いところなのだが、頭に血がのぼると、他人のことが考えられなくなってしまうというか、よくいえば一途なのだが、悪くいえば自分勝手、これは直さねばならぬと、つねづね思っておる。つまり、反省しているのだよ。
身体は痛くないか? どこか打っておらぬだろうな?」
うさぎが心配そうに自分を見上げてくる。
真面目なアコは、自分の身体に異変がないことをたしかめてから、答えた。
「うん、大丈夫」
すると、うさぎは、ほっとしたように、にこっ、と笑った。
「それはよい。そなたが気絶してしまってから、わたしの使い魔たちに命じてそなたの寝所に運ばせたのであるが、みなオスであったから、さすがに着替えまではさせられなんだ。
服が皺になってしまったようだから、あとでアイロンをかけるとよろしい。
いっぺん、着替えてくるとよいぞ。まだ登校まで時間はあろう。
まずは顔を洗ってくるのだ。それから、朝食を食べるがよい」
と、そこまで言って、うさぎは、またうれしそうに、ふふふ、と声をたてて笑った。
「今日の朝食は、腕によりをかけたぞい。日本の朝食に欠かせぬお味噌汁、鮭、味つきのり、煮物と漬物だ。
食後のドリンクはなににする? 紅茶か? 珈琲か?」
「こ、珈琲かな」
「インスタントしかないが、それでよいかのう」
良いも悪いも、アコがインスタントコーヒーしか、家に置いていないのである。
「よし、いろいろ用意しておくからな。食事は居間に運ぶぞ。
そなたとは、いろいろ話をしなければならぬし、昨日の事件のことも気になるであろう。今朝からマスコミが大騒ぎしておる」

目のまえのうさぎのことばかりに気を取られていたアコであるが、ほかならぬ、そのうさぎのことばにより、昨夜の事件のことを思い出した。
「あのう、マスコミが大騒ぎって? やっぱり、あの女の人、殺人だったの?」
うさぎは、しばし沈黙すると、アコに、玄関のほうを指差した。
アコのマンションは古いマンションで、扉に直接、新聞受けがくっついている。アコが指示されたとおり、新聞を開いてみると、そこにはこうあった。

『関連か? 仙台で一晩に女性五人が変死!』

「五人も?」
アコは思わず声をあげつつも、一面トップに上げられた記事、それから、三面記事に大きく特集されている記事をざっと読んだ。
そこには、こんな見出しが躍っている。

『外傷なし。所持品もそのまま。首をひねる捜査陣』
『心不全? 中毒の可能性も?』
『青葉区中心に、ほぼ同時刻に発生。複数犯か』
『全員10代から30代の女性。被害者の関連を捜査』

アコがとっさに思ったのは、この被害者のなかに、まさかヨーコがいるのじゃないか、ということであった。
なぜだかわからないが、そう思ったのだ。
被害者の名前は住所まで記載されていたが、ほっとしたことに、ヨーコの名前はなかった。
未成年者はひとり犠牲になっていたが、アパレル関係に勤務していた派遣社員で、残業の帰りだったようである。
印刷に間に合わせるため、急いで編集した記事らしく、内容はうすく、見出し以上の情報は書かれていない。
書かれていないといえば、アコが見た青年のことも記事にはなっていなかった。

『警察の人が黙っているのかな。中毒かも、って書いてあるし、もしかして、殺人じゃなくて、事故なのかもしれないからかな。
でも中毒って、なんだろ。ミステリーだと、服用時間が指定されている薬を、みんな同じ薬を飲んでいた、とかいうことになるんだろうけれど』

映画好きのアコが、そんなことをいろいろと考えていると、背後より、うさぎの声がかかった。
「とりあえずは、顔を洗うがよい。食事をしながら話そうぞ。恐れることはない。
犯人は、もうわかっておる。そのために、わたしはここにいるのだからな」



アコはいそいで顔を洗い、そしてうさぎの元に戻ってきた。
アイロンをかけてくれるという、うさぎの厚意に答えるべく、制服を脱いで、とりあえず、脱ぎ着の楽な、学校の小豆色のジャージに着替える。
うさぎの仕事は手早く、台所から居間まで、小さなからだで、どうやって運んだのか、食事のすべてがそろっている。
ごはんも見事にふっくらと炊き上がっており、鮭の焼き加減もちょうどよい。
驚いたのは味噌汁の味で、三つ葉と豆腐を具にした味噌汁の味付けは、アコ好みの薄味で、だしがよく利いていた。

うさぎはというと、ビニールの割烹着のまま、アコの斜め向かいに座って(椅子にではなく、テーブルの上に、だったが)自分専用のサラダを、もしゃもしゃと食べていたのだが、アコが鮭、米、味噌汁、煮物(鶏肉と大根とにんじんの煮物)をすべて一口ずつ食べたのを見ると、
「ど? ど?」
と、感想を聞いてきた。
自信があるらしく、にこにこと笑っている(表情がはっきりわかるところからして、やはりうさぎではないのかもしれない)。

やはり、悪いものではないらしい。
使い魔がどうとか言っていたけれど、もし悪魔とかだったら、なにもわざわざ聖フランチェスコの映画『ブラザー・サン・シスター・ムーン』の主題歌を歌いながら大根おろしをつくるような、悪趣味なことはしないだろう。
あ、でも、ファウストのメフィストフェレスって、親切だったよね。
わからなくなってきた。

アコは素直に答える。
「うん、美味しいよ」
すると、うさぎは、ますます笑顔になって、顔をくしゃくしゃにしながら、照れた。
「ほほほ、そうかそうか、いやはや、われら『下宿先』では、いま料理を作ることが流行っておってのう、先駆となったのが趙子龍でな。
あやつが、われらのために作った『うさぎレシピ』が、菜食主義者のアトラ・ハシースやアストラルたちに重宝されて、それに負けじと、ほかのいままで料理をしなかった者たちまで、料理を作り始めたのだよ。
わたしも趙子龍より、こまごまと習っていたのだ。この帽子と割烹着は、そのときに作ってもらったのだ。
いやはや、まさに人間万事塞翁が馬、まさかこのようなところで役に立つとは、人生わからぬな」
「趙子龍?」
「うむ、趙子龍」
と、うさぎは、なぜだか身を乗り出して、箸を空中で止めたままのアコの顔をのぞきこむのであるが、アコのほうはたじろいで、言った。
「ごめん、聞いたことがない」
とたん、それまで顔をほがらかにしていたうさぎは、大きく顔をしかめた。
「ええー、ありえぬぞい。趙子龍だぞ、趙子龍!」
「ええと、それって有名な人なの? 中国の人だよね? 
ごめんね、あたし、東洋の歴史とか、あと東洋の映画とか、くわしくないんだ」
「……む、そうか」

なにか言いたそうであったうさぎであるが、アコが言うと、急におとなしくなって、自分がもといた場所に戻った。
そして、あらためてきちんと座りなおすと、アコのほうに向きなおって、言う。
「さて、そなたの様子はわかってきた。ならば、あらためて名乗ろう。わたしの真名を、いまあきらかにすることはできぬ。通り名でおぼえてくれ。
我が名は『くっきー』。うさぎの姿をしておるが、うさぎにあらず。地属性命令型アトラ・ハシースだ」
「あと? あとら?」
アイボの仲間か、と思ったアコであるが、うさぎは真摯な表情のまま、つづける。
「アトラ・ハシース。聞き覚えのない名称であろうが、古の言葉で『最高の賢者』を意味する。そなたたちには、天使、といったほうがわかりよいかもしれぬ。
われらは、かつて、世界の英雄として地にあり、肉体が滅びたあとは、召命され、アトラ・ハシースの称号を与えられたのだ。
われらの目的は、人類の正しき繁栄を守ること。その任務は、左様、自衛隊のようなものだな。アンダスタン?」
「なんで急に英語……というか、くっきー、っていうの?」
「うむ、くっきーと呼べ。わたしもそう呼ばれるのは、慣れておる」
「慣れておる、って、なんだかそう言いながら、慣れていない感じがするのは、なぜかな」
「気のせい。まだ適応しきってないからぞ。
ほれ、鮭はあたたかいうちに食せ。食べながらの応答をゆるす」

くっきーにうながされる形で、アコは食事を再開した。
「ほら、やっぱり慣れていないんじゃない。真名って、本当の名前ってことでしょ? どうして、本当の名前は言っちゃいけないの? 
よくあるファンタジーものの、『本当の名前を言うと、相手に支配されちゃう』とか、そういう理由から?」
思いついたことを口にしたアコであったが、意外にも図星であったらしく、うさぎは器用に、片方の耳だけを挙げて、言った。
「ほう、その法則をしっておるか、博識なのだな。
東西を問わず、古より、名は神聖なものとして区分けされてきた。
いまでは廃れてしまったが、過去においては、人は互いを名で呼ぶことはせず、通り名で呼び合った。
名には本人の本質がそこに籠められており、それを知るということは、その本人を支配するということであったからな。
とはいえ、われらの時代にあっても、呪術的な意味あいは、ずいぶん薄まっていたが」
「あたしは、くっきーを支配したりしないよ」
「わかっておる。そなたを信頼しないから教えないのではない。
じつは、ちょっとした問題が起こっておって、さるお方に、条件が揃うまでは、わたしの真名をだれにも教えてはいけない、ということになっておるのだ」
「でも、むかしの英雄なんでしょう。もしかして、あたしでも知っている人かな」
しかしくっきーは、ビニールの帽子からのぞく、両の耳を揺らして、首を振った。
「さきほどの言葉から想像するに、そなたは知るまい。わたしのことを探ることは、いまのそなたには、意味のないことであろう」
と、そこまで言って、くっきーは、首をかしげて、アコにたずねてきた。

「ところでな、アコ」
「なんでしょう」
「食後のデザートはどうする。グレープフルーツでも切ってくるか?」
「う、ううん、もうおなかいっぱい。ありがとう、英雄のわりに、マメだね、くっきー」
「そりゃあもう。わたしは、ずば抜けたカリスマ性というものに恵まれなかったからのう、凡人でも努力すれば身につけられる、『気配り』という能力に、特化して磨きをかけたのよ。
広く浅くの人づき合いなら、わたしにまかせるがよい」
目をきらりと光らせて、胸を張るくっきー。
しかしアコとしては、それを誉めてよいのかどうか、いまひとつ判断がつかない。


そうして、食事をしながら、アコは、アトラ・ハシースとはどういったものか、アストラルとはどういうものか、かれらの住む『下宿先』のこと、両者を束ねる位置にいる女神のこと、基本世界と汎世界の仕組みなどを聞いた。

食事もあらかた終わり、コーヒーを飲む段になり、くっきーは、それまでつけていなかった、TVのスイッチを入れた。
時刻はちょうど七時になっており、朝のニュースの特報が流れている。
TV画面には、今朝の報道項目が、見出しになって並んでいるのだが、政府関連、外交関連、経済関連のニュースよりも先に、『仙台連続女性怪死事件』が大きく紹介されていた。
TVでは、フリップに青葉区の概略図が載っていて、犠牲者がどこで発見されたのかを説明している。
また、ボードで、被害者の共通点をさぐる表をつくっていたのだが、仙台在住の女性である、ということ以外に、五人の女性に共通点はなにもなかった。
報道合戦はすでに過熱しているらしく、中毒死かもしれない、ということを受けて、五人の女性に共通した病気がなかったことから、ネットで入手できる海外のダイエット食品が原因か、などという専門家の意見も報道されていた。
また、駅周辺の小中学校は、この事件をうけて、臨時休校になった、という報道もされていた。
新種の病気であった場合の措置だろう。

犠牲者・1 門倉亜美 17歳 仙台市太白区在住 アパレル関係の派遣社員 地下鉄仙台駅に向かう途中のガードレールの下の影にて発見される

犠牲者・2 角田絵梨華 23歳 仙台市泉区在住 アルバイト 勤務先のカラオケ店に向かう途中の路地にて発見される

犠牲者・3 田村奈那子 27歳 仙台市青葉区在住 通信会社社員 五橋よりJR仙台駅に向かう途中の路地にて発見される

犠牲者・4 松任谷みずき 31歳 仙台市青葉区在住 レストランオーナー 自営のレストランの裏手のゴミ置き場で発見される

犠牲者・5 紀藤愛 36歳 仙台市宮城野区在住 主婦 友人とホテルのレストランで食事をしたあと消息不明、街路樹の植え込みのなかに倒れているのを発見される

「うーん、ぜんぜん共通点ないね。あたしが見つけた人は、田村奈那子さん、って言うのか…」
自分が両親を亡くしたときのことを思い出し、この女性たちの家族は、いまどんな思いでいるのかと想像して、アコは悲しくなってきた。
田村さんという人の告別式だけでも行ったほうがいいのかな…
「通り魔にしても、場所がみんな離れているんだね。仙台駅から近かったり、遠かったり…
やっぱりなにかの中毒なのか、でなくちゃ、新種の病気? それとも、犯人がたくさんいるのかな」

どう思う、と聞きかけて、アコは思い出した。
さっき、くっきーは、とても気になることを口にしていた。
「いくら共通点を探しても無理ぞ。『やつら』に基準などなにもない。
生きていればよいのだ。若くて、生命力に溢れていれば、だれでも犠牲者になる。
目についたものを襲った。ただ、それだけのこと」
「それだけ、って、ひどくない? って、『やつら』って? 
くっきー、犯人知っているの?」
灰色のうさぎは、睨むように、挑むように、TV画面を見つめながら、言った。
「力を得るため、アトラ・ハシースの少ないこの『Give birth to heaven』の世界にあらわれたか。
しかし、こうも傍若無人に振る舞うとは。やつらめ、許せぬ!」

アコは気がついた。
うさぎは、とても怒りに燃えていた。

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※ この話は、「Give Birth to Heaven・3」につづきます。