Lost Sunshine・3
※ この話は、「Give Birth to Heaven・5」のつづきとなります。
ヨーコにも一子にも、女王エリザベスと聖女ジャンヌが視線をたたかわせていた時間は、ずいぶん長かったように思われた。
エリザベスの時代には、フランスとの確執はだいぶ薄らいでいたものの、それでもイギリスが気をゆるせぬ相手であったことにはちがいない。
エリザベスも、生前には、シェイクスピアの史劇を通さないまでも、ジャンヌ・ダルクという、神がかった少女の名前は聞いていたことだろう。
そしてその名は、百年戦争において敗戦国であるイギリスでは、まだ生々しく、おぞましいものとして語られていた。
ふたなり女王とさえ噂されたほどの女傑であったエリザベスが、男装して戦場に立った少女の話を聞き、どう思ったかは、なぞである。
ただ、エリザベスも、その治世のなかで、兵を励ますために、みずから甲冑をつけてかれらを鼓舞したことがあった。
ジャンヌ・ダルクのように最前線に立つことはなかったが、その大胆な行動に、兵士たちは感激して、じつによく働いたということである。
それから時が流れに流れて、極東の島国において、二人の著名な女傑は顔をあわせたわけだ。
ふたりのあいだに笑顔はなく、目線がやわらいでもなお、ぴりぴりした緊張感が漂いつづけた。
敵意、とまではいかないが、互いが互いに、つよい警戒感を抱いていることはあきらかであった。
実際、エリザベスがあらわれてから、ジャンヌは手にした剣を、さすがに鞘にはしまったが、消さないままであるし、エリザベスのほうもまた、目線は外してはいるものの、油断はせず、視界のはしにジャンヌの動きを認められるように、立ち位置に気を配っているのがわかる。
再会の喜びもなにもないまま、エリザベスは、窓という窓が破れ、本棚が将棋倒しになり、無惨に書籍が落雷をうけて、地に伏した鳥のようになっているなか、ジャンヌ、ヨーコ、そして一子と陳寿犬を見回した。
「アトラ・ハシースが三人、只人がふたり…ヨーコに一子か。前回にくらべれば、悪くない面子じゃな」
エリザベスがつぶやいたのを合図にして、それまで沈黙していた者たちが、いっせいに口をひらいた。
「女王、あんた、いままでどこにいたんだよ!」
「オレ様、初対面なんだけど、挨拶とかしとく?」
「あれ? 世界が元に戻ったのに、どうしてまだホロ・コーストのままなの?」
「貴女は補給型アトラ・ハシースだったはずよね。これからの作戦を考えなくては」
とたん、女王は、つぶらな瞳を見開いて、一同を叱りつけた。
「ええい、一斉に口を開くな! わらわは聖徳太子ではないから、複数の意見を聞き分けるスキルは持っておらぬ! 順番に申せ!」
女王は自分に向けられた声を、うるさく振り払うように大きく手で宙をはらい、それから、ひと息ついて、おのれの金色の巻き毛をととのえつつ、言った。
「よいわ、わらわのほうから答えるぞ。
世界がループしてから、気の毒なわらわは、いろは横丁の、狭苦しく汚らしい小部屋に閉じ込められておったのじゃ。
出ようにも、小癪なことに、不動明王の護符によって結界が張られておってのう、わらわは攻撃型ではないので、呪術を破るのも得意ではない。
仕方なく、助けがくるのを待っておったのじゃ」
「いろは横丁って、もしかして、例の怪談の『いろは横丁のパワーストーンショップ』?」
携帯電話にて、怪談の検証をおこなっているページを参考にしながら一子がたずねると、女王は、片手をその細い腰(くじらの骨のコルセットで矯正しての、この細さである。アトラ・ハシースは容姿を生前のどの年代の姿にもなることができるが、『なったことのない体型』にはなれない。そこを変えるためには『変身』の技術が必要となる)に当て、もういっぽうの手で、ずばりと一子を指名した。
「そのとおり! だあれも助けに来ぬので、仕方ないゆえ、怪談にもうひとつ、わらわのことを加えて、結界を破る者が来るのを待っておったのじゃ!
人は怖いもの見たさの欲求には弱いからのう。実際に、怪談につられて、ほいほいとやってきたどこかのおおばか者が、わらわの結界を解いてくれたのじゃ」
ほほほ、と得意そうに笑うエリザベスに、ヨーコは呆れて言った。
「ネットを出来る環境にあったんなら、メールを送ってくれればよかったじゃん」
「そなたのメールアドレスを知らぬ」
「そうだったっけ。じゃあ、いまから交換しとく?」
ヨーコが提案しながら、自分の携帯電話を取り出すと、ジャンヌも、どこから取り出したのやら、白銀の甲冑のまま、携帯電話を取り出し、そしてまた、陳寿犬も、一子の横で、携帯電話の画面をのぞいて、言った。
「なんかシュールだな、オイ。女子高生とホロ・コーストと聖女が、メアド交換とは」
「というか、犬がしゃべっているこの状況も、ずいぶんシュールだけど」
「アドレスの交換など、あとにせぬか! わらわの話を聞くがよい!」
エリザベスが叫ぶのと同時に、彼女が身にまとっている淡い光が、バチバチと火花に転じて、周囲を焦がした。
あわててヨーコらは、エリザベスから離れる。
陳寿犬などは、エリザベスの放電によって、その薄くなっている白い毛が、全身逆立って、洗濯に失敗したぬいぐるみのようになっている。
「ぎゃー、オレ様の毛が、逆立った! エレガードかけて、エレガード!」
「というより、携帯がヤバいんですけど!」
と、これは一子。
ヨーコは、あわてて携帯電話をかばいつつ、エリザベスに抗議した。
「ちょっとは周りのことを考えろっつーの。なんつーか、前より凶暴になってねーか? ってか、くらげっぽい!」
「くらげとは失敬な! というより、そなたに説教を食らうとはな。いくらか成長したか、このバカ娘が!
いかに『基本世界での現実』を見たからといって、後先考えずに、自死の真似をするとは、なんという愚か者なのじゃ!」
「なんで知ってんの」
ヨーコが一子を気にしつつもたずねると、エリザベスは、鼻で笑いながら、おのれの腰まである、長い波打つ金髪を跳ね上げて、得意そうに言った。
「わらわは女王ゆえ、なんでもお見通しなのじゃ」
「根拠あんの、それ」
「ネタをばらすと、わらわは前回のループにおいては、存在を維持するために、そなたに融合していたから、意識も共有しておったのじゃ」
「あー、そういうことか。ってか、いまも消えそうなわけ?」
「心配は無用ぞ。わらわをなんと心得る。おかげさまで絶好調なのじゃ。
ちなみに、わらわが世界がループしたあともホロ・コーストにとどまっておるのは、わざとじゃ。
ヴァルキューレが不在のこの世界においては、霊力を肉体の維持にまわす必要がなくて便利じゃからのう」
「ヴァルキューレはいない……そうなの?」
ジャンヌの問いに、エリザベスは、それまでおどけた面を見せていたが、顔を引締めると、答えた。
「わらわが封じ込められていた結界の力の元をたどるべく、解放されてから、しばらくこの世界を飛び回っておった。だから、ここにたどり着くのに時間がかかってしもうたのじゃ。
時間が2003年の12月3日に戻ったのなら、ヴァルキューレも存在していなければならぬ。あの軽佻浮薄な健忘症のゲルマン騎士が裏切ったあとも、女神は消えていなかったはずじゃ。だが、わらわたちとは合流できなかった。
なら、今度はわらわたちのほうから女神を探し出し、合流したほうがよいと思ったのじゃ」
「でも、いなかったのね」
「左様。レティクルに嗅ぎつけられることを恐れて、気配を隠しているのかと思うたが、どうもそうではないらしい。女神の霊力を辿ることはできなかった。
これはもう、この世界には女神はいない、と見るべきであろう。
逆に、強い霊力を感じ取ったので来てみたら、ヨーコのバカタレがメアリの傀儡に襲われていた、というわけじゃが」
「あれ、もしかしてさ、女神がいないから、五橋とか、真っ白けになってんじゃね?」
ヨーコの指摘に、エリザベスは、小さく首を振った。
「よい点を突いているが、ちがう」
「んじゃ、なんで? ってか、女王も世界が一部真っ白になっているのを知ってんだ?」
「女神を探すついでに、世界をくるりと回ってきた。五橋もそうだが、木町も世界から消えておる」
「木町? 最上白百合が隠れていた牛タン屋のことか」
陳寿犬が渋い顔をして言うと、女王もうなずいた。
「最上アキラ子のいた五橋、そして最上白百合がいた木町。このふたつがごっそりなくなっておる。
そして、広瀬川から橋を渡って向こう岸は、レティクルたちが降下してきて、総攻撃の準備をしておるようじゃ」
「は? 総攻撃?」
思わずヨーコが声をあげると、陳寿犬もまた、身をぶるりと震わせた。
「マジか。これしかアトラ・ハシースが合流できていないのに。今、この状況で戦えといわれても、正直、オレ様は自信ないぞ」
「そうね、ラ・イールを召喚して、『彼』も無理に元に戻したとしても、むずかしいでしょうね。
陛下、お聞きしたいのだけれど、いいかしら」
ジャンヌがまえに進み出ると、エリザベスは厳めしい表情になって、うなずいた。
「言うてみよ」
「空間が消えてしまっているのは、だれの仕業なの? この歪みが出ているのは、仙台だけ?」
「むずかしい問いであるな。わらわは世界を見てきた。いま、ラ・ピュセルと、そこな陳承祚のつくりあげた『夢の世界』は、もはや仙台市だけしか存在しておらぬ」
「はい?」
と、これは、女王のことばを受けて、全員の口から発せられたことばである。
「みな、よーく聞くがよい。基本世界を中心として、平行世界が幾重にもつらなって、影響しあいながら、宇宙というものは存在しておる。
わらわたちのいる、この『夢の世界』は、そうした連鎖から外れたところで生まれた世界であったのだが、世界そのものが非常によくできていたために、ほかの平行世界ばかりか、基本世界とも共鳴してしまい、全体を変革する原因となってしまった。
それゆえ、基本世界を変えられては困るレティクルどもが、未来から、この『夢の世界』に攻撃を仕掛けてきた。そこまではよいな?」
「復習はバッチリ。んで?」
陳寿犬が先をうながすと、エリザベスは、こくりと小さくうなずいて、つづけた。
「この騒動を受け、最高府は、『夢の世界』の渡航禁止命令を出した。それゆえ、この『夢の世界』には、あらたに入ってこられるアトラ・ハシース、アストラルはおらぬ。
が、逆は有り得るのじゃ。どうやらそこに目をつけた戦略家がおってのう」
「戦略家」
「軍師ともいう」
「軍師」
エリザベスは自身の腰に当てていないほうの手で、ぴっ、と天井を指さすと、言った。
「われらのいまいる世界のちょうど真上に、もうひとつの『あたらしい夢の世界』が出来上がっておる。この『夢の世界』の完全なコピーなのじゃ。
そして、その世界に、外界から、つぎつぎとアトラ・ハシースや女神たちが集って、世界の再構築と補強を手伝っておるようじゃ」
「その世界は、最高府の渡航禁止命令が出ていないのね?」
真剣そのものの顔をして、ジャンヌが確認すると、エリザベスは、まるで自分が、あたらしい世界を作った責任者であるかのように、誇らしげにうなずいた。
「そのとおり。こちらからは見上げることしかできぬが、まー、派手にやっておるようじゃぞ。まばゆい、まばゆい」
「待って、それじゃあ、そのあたらしい『夢の世界』に、最上アキラ子たちがいるの?」
ジャンヌがさらにたずねると、女王は深くうなずいた。
「というより、この『夢の世界』が一子ら家族を守るためのクロだけの世界であるのと同じく、『あたらしい夢の世界』は最上アキラ子を生かすためだけの世界として作られたのであろう」
「そうか、時間がただ巻き戻るだけでは、最上アキラ子は救えないからなのね」
「なんで? あたしがアコを花火に誘わなくちゃいいだけの話じゃないの?」
ヨーコが泣きそうな顔をしてたずねると、陳寿犬のほうがトコトコと寄ってきて、答えた。
「たとえおまえが最上アキラ子の死の要因とならなくても、ヒヒイロカネの眠る山の相続権をもつアキラ子は、レティクルにとっては生きていては困る存在なのだ。
おまえではなく、ほかのものが、ちがう形でアキラ子の命を奪っただろう」
「つまり、千台家があるかぎり、というか、レティクルが生まれる原因があり続けるかぎり、アコは死ななくちゃいけない、ってわけ?」
ヨーコが顔をひきつらせると、エリザベスはぴしゃりという。
「かといって、前のように莫迦な真似はするでないぞ。
そなたたちだけでは解決できぬ問題であるからこそ、われらアトラ・ハシースが介入しておるのじゃ」
「最上アキラ子を存在させるためだけに作られた世界、ね。きっと、かならず助ける、とでも約束したから、そんな思い切ったことを考えたのでしょうけれど、大胆ね、彼」
ジャンヌのことばに、エリザベスも呆れたように言った。
「律儀さも、ここまで来れば、病気を通り越して叙勲ものじゃ」
「その『あたらしい夢の世界』は、基本世界の連鎖からは外されていないの?」
「わらわが見た限りでは、外されていないどころか、ものすさまじい勢いでほかの世界に影響を与えまくっておるようじゃ。
どうやら、あやつの意思とはちがうところで、別の意図をもって世界の構築に手を貸している存在がいるようじゃ」
「別な意図、って?」
「なんともいえぬ。とはいえ、わらわたちには、これは僥倖である。そうであろう。
あたらしい夢の世界と、この世界を合流させることができたなら、世界はふたたび完全なものとなる。
『あたらしい夢の世界』は、別個に生まれたものではなく、律儀な中国人が、最上アキラ子のための巨大なシェルターを作ったのだ、と思えばよいであろうな。
さっすが中国人、スケールだけはやたらと大きいことだけは、誉めて遣わそうと思うわけであるが、どうであろうかのう」
エリザベスの同意をうながすことばに、ヨーコたちは、たがいに顔を見合わせた。
ジャンヌが、そんなかれらの代表として口をひらく。
「もともと、この世界が生まれた動機は、クロの家族を救うためよ。それが守られるのであれば、いいことだと思うわ。
でも、レティクルは存在しつづけているのよ。かれらがいるかぎり、『あたらしい夢の世界』がレティクルの攻撃を受けるのは時間の問題でしょう」
「そのとおり。わらわが上空から見たかぎりは、レティクルどもも『あたらしい夢の世界』の存在には気づいているようじゃ。
不思議に思わぬか。これまでであれば、わらわやラ・ピュセルの霊力の気配を察したなら、例の忌々しい銀の小人どもが殺到してくるはずであろう。
なのに、一匹たりともあらわれぬ」
「たしかに」
「レティクル内部において、どちらに攻撃を仕掛けるべきか、意見が割れているものと思われる。
内情を探ることができないのが歯がゆいが、世界が二つになったことで、レティクルどもも混乱しているのだろう」
「ほほう、それじゃあ、いいことづくめだな! レティクルが『あたらしい夢の世界』とやらに攻撃を仕掛けはじめたら、オレ様たちは、そこを狙って、手薄となった青葉山を襲えばいいのではあるまいか?」
片方の耳を興奮してぴくぴくと動かしながら言う陳寿犬に、エリザベスは困惑の表情を浮かべた。
「わらわもそれを考えた。むしろ、そういう状況を作り上げるために、あやつはもうひとつ、世界を作ろうとしたのではと考えたほどじゃ」
「さすが丞相さま! オレ様大感激!」
目をうるませる陳寿犬に、しかしエリザベスは答えた。
「ところがのう、そう簡単にいく話ではないようなのじゃ。いまこの夢の世界をぐるりと眺めてきたのじゃが、仙台駅横のアエルビルを中心に、レティクルたちとはちがう、よからぬ気配が大量に放出されておる。
わらわたちがいる『夢の世界』は、時間を追うごとに、どんどん消えていっておるのじゃ」
「消える?」
「水に溶ける砂糖のようにな。見るがよい」
言いつつ、エリザベスは、手のひらに、親指の爪ほどの大きさのガーネットを取り出した。
そして、手のひらから十センチほどの高さまでそれを浮かばせると、かすかに目を閉じ、それから意識を集中させた。
とたん、ガーネットから光が洪水のような勢いで放出され、乱雑に崩れていた図書室の中は、一瞬にして真っ暗闇のなかにつつまれた。
闇のなかに、向かい合う鏡のようなものが浮かび上がっている。
一方は真新しく青白く輝いており、もう一方は、錆でも浮いているかのようにあちこちに汚れが目立ち、輝きが濁っている。
「これが、世界を、わらわたちのいる次元から離れて、別の次元から見た状況じゃ。
鏡面のように見えるのが世界と思うがよい。説明は不要と思うが、きれいなほうが新しい世界、汚れているところが、わらわたちのいる世界じゃ。
この汚れを為しているのが、レティクル、そしてアエルビルから放出されている何者かじゃ」
汚れのように見える赤茶いろの斑点は、微生物のように蠢いて、じわじわと移動をしている。
斑点同士が結びつきあうと、さらに巨大な斑点となり、ある一定の大きさまでいくと消滅するのだが、同時に、斑点のいた場所そのものも消えてしまうようであった。
「なんだ、こいつら、生きてんの?」
ヨーコは斑点を指でつついてみたのだが、目の前にあるのはただのフォログラムらしく、指先は手ごたえのない空中をひっかいただけであった。
「アエルビルのこれは、レティクル側の新兵器なのかしら?」
興味深そうに、ヨーコのとなりに並んで、じっと世界を見下ろすジャンヌに、エリザベスは言った。
「世界を消して回っているということは、レティクル側と同じ意志を持つ者の手先と見てよいのではなかろうか。
試しに攻撃をかけてみたが、そやつらは、つよい霊力を持っておって、怖じずに反撃してきよった」
言いつつ、女王は空中を指差してみせる。
すると、なにもなかった暗闇に、ぼおっと、等身大の、煙だけで構成されているような、白い人型の影が浮かび上がった。
「こいつが敵なわけ?」
ヨーコは懲りずに、それに触れようとするが、やはり結果は同じで、手ごたえはない。
が、再現された『敵』は、影だけで、顔がまったくなく、感情を読み取ることもできないために、不気味さは銀の小人を上回っている。
ヨーコは思わず、一歩、影から退いた。
「なんかヤダ、こいつ怖いよ。レティクルって、マジ趣味悪くね?」
「ってか、おまえの子孫だろが」
陳寿犬が突っ込むと、それをジャンヌがやんわりと、剣の鞘で脇腹をつついて諌めた。
「作戦が必要じゃ。敵の正体はわからぬが、このままではわらわたちは、反撃することもままならぬまま、世界と心中しなければならなくなる。
世界が消えるまえに、残りのアトラ・ハシースやアストラルと合流し、一気にレティクルを叩く。わらわの見たところでは、猶予は三日も残されておらぬ」
「三日! そんだけなの?」
絶句するヨーコを横に、しかしジャンヌは、怯えを微塵も感じさせぬ、決然とした表情で言った。
「そうしなければ、この世界は守れない。つまり、この世界の住人である、ヨーコや一子たちも消えなくちゃいけなくなるっていうことですものね」
「ゲームに時間制限が加わった、というわけか。
ってか、丞相さまがいないということは、残りのアトラ・ハシースは、アタチュルクと羅貫中だけか?」
「羅貫中はどこにいるかわかっているから、合流しようと思えば、すぐにできるわ。わからないのはアタチュルクのほうよ。かれを探すことに専念しましょう。
今度は封印されていないといいわね。記憶を取り戻してもらう時間が惜しいもの」
「作戦としてはどうするんだよ。ただ探して、そのあと、また考える? ちょっと行き当たりばったりじゃね?」
ヨーコがいうと、女王はものめずらしいものを見た、というふうに、器用に眉を上げた。
「ほう、そなたの口から、戦略を意識したことばが聞けるとは思わなんだ。ついでに言うてみよ、そなたはこれから、どうしたいのじゃ」
「いや、どうしたいっつーか、やることは結局、変わってねーじゃん?
あたしとしては、アコが元気なら、この世界じゃないところでも、全然OKだし。
それよか、こっち側がだめになったら、レティクルの連中、アコのいる世界を潰そうと動くわけだろ?
だったら、そっちを助けるためには、戦わなくちゃだめじゃん?
アエルから、よくわかんねー白い影がぞろぞろ出てきてて、世界を消して回ってるんならさ、まずはそっちから叩くべきだと思うわけさ。どうよ」
「青葉山の状況はどうだったの?」
ジャンヌにうながされて、エリザベスは、ぱちりと指を鳴らすと、図書室に再現されている風景を変えさせた。
それまで、漆黒の闇に浮かんでいた風景が、一変して、濃い霧の世界に変わる。
「なにこれ、摩周湖?」
思わず一子がつぶやいたほどに、その霧の濃さは異常であった。
一子やヨーコたちが見慣れた川にかかる大きな橋の向こう側は、ほとんど輪郭だけしか見えていない。
「川に沿って飛んでみたが、ちょっとでも低空飛行をすると、怪しげなサイレンが鳴って、銀の小人が襲ってくる。
感じ取れただけでも、その数は半端ではない。で、ここでみなに、ちょっとうれしいお知らせがあるのじゃ」
「なにさ」
エリザベスは得意そうに、もうひとつ、ぱちりと指を鳴らす。
とたん、霧のなかに、トラッドのスーツに身を固めた、小太りの中年女があらわれた。
どこにでもいそうな、品のよさそうな婦人、といったところであるが、一点だけ強烈に世間から外れているところがあり、それは、型式の古い銃を手にしている、ということであった。
その奇妙な取り合わせに、一子や陳寿犬、ジャンヌもことばを失ったが、ヨーコだけは反応がちがった。
「は? おふくろじゃん! なにやってんの? いつから猟友会に入ったわけ?」
「ええ! ヨーコのお母さん!」
この母にしてこの子あり。そんなことばを思い出しているのが、傍目にもありありとわかる目線を、一子と陳寿犬がヨーコに投げる。
「千台ナミ、つまりはヨーコの母であるが、いまはちがう。アタチュルクのアストラルであるイスメト・イノニュなのじゃ。
サイレンであらわれる小人どもを、片っ端から撃ち払っておる。わらわは、こやつとの接触に成功したのじゃ。誉めれ、誉めれ」
「誉められねー! ってか、うちって、どうなってんの?」
混乱するヨーコをよそに、エリザベスは、えへんと得意げに胸を張り、つづける。
「イスメトは、青葉山のレティクルの見張りを引き受けてくれたゆえ、わらわたちは、まずはアエルビルの『何者か』を叩くべきだと思う。
そして、もうひとつよい報せがあるのじゃ。イスメトが言うに、昨日、最上白百合に会ったそうなのじゃ!」
「よかった、無事なのね」
安堵してジャンヌがつぶやく。
「保護者も一緒のようであるから、こちらはまず心配あるまい。
第一回目のループにおいては死なせてしまった者たちが生存しており、なおかつ、ヨーコとその母は、今回は味方についておる!」
「は? これって、憑依しているようなもんでしょ? おふくろが自分から味方についたわけじゃなさそうじゃない?
うっわー、だから家に帰ってこないんだよ。これじゃあ、親父もどうなってるか、わかったもんじゃねーな」
「細かいことは気にするな! わらわはいま、厳しい状況にあることにはちがいないが、確実に前進しておる! 怖じずに進むべし!
さっそく、アエル攻撃の作戦を立てるぞえ!」
「お、おー?」
威勢良くいうエリザベスに対して、いまひとつ威勢のあがらぬ返事が、三人と一匹のあいだからかえってきた。
※ この話は、「Give Birth to Heaven・6」につづきます。