ずんだ×三国志

第一話

高校生・青葉リョウ、ずんだの指環を手に入れる

15

ナビの胡偉度は、孔明の屋敷の中庭において、宴の支度をしている奴婢たちの指示をしながら、竹簡とにらめっこをしているところだった。
宴に興されるであろう、あわれな家鴨や鶏たちの鳴き声と、奴婢たちの威勢のいい作業の掛け声とが混ざり合って、にぎやかだ。
偉度の衣も、はじめに見た時の地味なものとはちがって、客人をむかえるための、淡い水色のさわやかな衣装に変わっている。

「偉度っ」
呼びかけると、偉度は手にしていた竹簡から顔をあげて、おどろいたような顔をした。
「ああ、申し訳ありませぬ、集中していたものですから。いつごろまたこの世界にやってこられたのですか、軍師」
偉度は山猫のように大きな目をきょろりと動かしてたずねてくる。
偉度の変わらぬ態度に、急いていた孔明だが、すこし落ち着いた。
「ついさきほどだ。また竜血の指環のユーザーが見つかったのだ。かなり蚩尤にエネルギーを食われている状態のようなのだが、こちらの世界でも具合を悪くしている者はおらぬか」
「それはつまり、あなたさまの近しい人間の中に、具合が悪いものはいないか、ということでございますね」
「そうだ。心当たりはないか」
「さて。朝議ではほとんどの者が顔を出しておりましたし、今宵の宴の招待を断ってきた者のなかにも、病欠という者はいないようですが。趙将軍ももどってこられたようです」
「子龍が? で、指環は?」
「申し訳ありませぬ、確認できませなんだ」
「そうか。仕方ない」
「ああ、宴は今宵開けることになりましたので、よろしくおつきあいくださいませ」
「早いな、偉度。さすが段取りの名人だ」
「褒めてもなにも出ませんよ」
つん、と言いつつ、偉度の頬は桃色に染まっていた。
「そうか、今宵が宴か、ではよいところにきたのだな。宴には、病欠ではないが、欠席するといってきた者がいるのだね」
「はい、何人か。そのなかのひとりが、聞いて驚け、でございますよ、成都にもどってらっしゃるはずの趙将軍、趙子龍さまです。お忙しいので、今回は出席できないと申し出がさきほどございまして」
「子龍は来ぬか」
その名を口にしてから、なんともいえない寂しさをおぼえて、孔明は泣きたい気持ちにすらなった。
だが、偉度の手前、めそめそはしていられない。
それに、と思い直す。
それに、趙雲が竜血の指環の持ち主なら敵ということになるし、NPCだったら、それはそれでむなしいものをおぼえる。
とはいえ、だからこそ、趙雲の屋敷へ行って、その顔を見たいし、指環の所有の有無もたしかめたいというこころもある。
だが、いまは我慢するほかない。

「子龍が忙しいとは、どうしてであろう。そうだ、陳到も今宵の宴には来ないのか」
「はい、趙将軍とともに欠席だそうです」
陳到とは、字を叔至。
趙雲の腕利きの副将である。
「ふむ、『三国志竜血録』でも仲が良いのだな、あのふたりは。うらやましいというか、なんというか」
「口がさない者たちは、趙将軍は、漢中太守を自分がつとめたいので、あちこちに工作して回っているのではないか、などといっておりましたね」
「ばかな。漢中太守は魏延だ」
「それは史実の話でしょう。『三国志竜血録』はあくまで前世に似ているというだけの、『やり直しの利く』世界です。だれかが強い意志をもって史実を変えようとしている世界でもあります。漢中太守の座をねらって、各将も動いているようですよ。それによっては、NPCの主公の気持ちも変わっていくかもしれませぬ」
「これから、それぞれの動きによっては、史実とちがう流れになるかもしれないわけか。しかし、だとしてもおかしいな、子龍は出世のためにがつがつ動くような男ではない。それがどうして、今回は?」
「趙将軍がなにをかんがえていらっしゃるのかは、あくまでうるさい小スズメたちのうわさをもとにして想像しているにすぎませぬ。趙将軍には、ほかに大事なことがあるのでしょう。しかし解せませぬな、なにをおいても軍師にかかわることは最優先にされてきたお方が」

かれが、生前に、自身の栄達について語ったことがないことを孔明は思い出していた。
我欲というものがほとんどない、自分が人のためになれるのがだれよりうれしい、そういう男だった。
照れ屋で、押し殺した表情をいつもしていたが、そのこころのなかは、だれより誠実であたたかかった。

「偉度、子龍がアヤかメイ、ということはないだろうな」
そこまでいって、孔明はふたりの顔と、趙雲の精悍な顔をあたまのなかで並べてみる。
生真面目で、いつも思い詰めたような目をしているアヤ、不平不満があると口をとがらせる癖のあるアヤ。
ふわふわのやわらかそうな髪をした、甘い顔立ちのメイ、子犬のようなつぶらな瞳をしている。

「どちらも子龍に共通せぬな」
「趙将軍がNPCであることを祈りましょう。そうでなければ、われわれは、また厄介な問題を抱えてしまうことになります」
「そうだ、もしかれに会ったら、わたしはかれを救わずにはおられない」
「でしょうとも、あなたの性格からすれば、そうです。だから、とりあえずここは、趙将軍のことは置いておきましょう。目の前のことをひとつひとつ片づけていくのが先決です」
「おそらく、今宵の出席者のなかにアヤがいるはずだ。そして、涌田メイも」
「涌田メイ、とは?」

偉度の質問に、孔明はかいつまんで、アヤとのいざこざや、その原因、そして、メイのやったことなどを話して聞かせた。
偉度はメイがアヤの不名誉な噂を流して、それをさらに友人のせいにしようとしたことを聞くと、
「ずいぶんいやな女に見込まれてしまいましたね、軍師。あなたは、そういう娘はお嫌いではありませぬか」
「たしかに得意とはいわぬ。だが、涌田メイもわたしの近しい人間のひとりだった可能性は高い。かの女が現世でそうであったように、前世でも、わたしの権威をはばかってよい顔ばかりしていた可能性もある」
「二面性のある人物、ということですか。そういう性質の持ち主の顔をいくつか思い出せますが」
「わたしはむしろ、そういう顔を持っている者のほうが多く思い出せるよ。ともかく涌田メイもアヤも、相当にエネルギーを奪われている。この世界でも具合を悪くしているとおもったのだが」
偉度は首をかしげた。
「あいにくと、いまのところ、はっきりとだれの具合が悪いということはわかりませぬな。しかし、宴を開けばわかることでしょう。趙将軍以外の、あなたの顔見知りのほとんどが出席されますよ」
「法孝直あたりも呼んだのではないだろうね」

法孝直とは、姓名を法正という。
長年、成都で劉備の寵愛をえて、孔明と政争をくりひろげた相手である。
きわめて高い能力を持ち、とくに陰謀策謀に長けていた。
長安にほどちかい扶風の出身で、若いころは相当な苦労をしたようだが、苦労は人格を磨かず、むしろ捻じ曲げてしまった。
性格は偏狭で、なおかつ偏屈。
小さな恨みにも大きな報いでかえすという、困った男でもあった。
孔明とは出会ったときから反りがあわず、なにかと対立しつづけて、けっきょく、さいごまで芯からわかり合えずに死に別れた男である。

「ご安心を、法孝直さまは、とても軍師に近しい方とはおもえませぬので、お呼びしておりませぬ」
「そうか、では、かれの取り巻きたちも、いないな」
「はい、軍師がまたお会いになりたいとおもわれるであろう方々ばかり、お呼びしております」
「法孝直にも会ってみたいがな」
「本音ですか」
「本音だとも。いや、でもかれがアヤやメイということはなかろうから、今夜でなくてもよい。それより、今夜はだれとだれが来るのだい」
「それは、このとおりでございます」

孔明は偉度が手にしていた竹簡を受け取った。
そこには、おもわずその綴られた文字をなぞりたくなるほど、懐かしく慕わしい人々の名前が並んでいた。
董和、劉巴、陳震、李厳、来敏、王連、麋竺、簡雍、孫乾、伊籍、若いところでは費禕に董允、そして蒋琬と馬謖、武官では黄忠と厳顔、魏延。
「まことにこの『三国志竜血録』には、みなが揃っているのだなあ」
「軍師、あらためて言わせていただきますが、これらのメンバーのなかに、竜血の指環のユーザーが紛れている可能性は捨てきれないのですよ。宴でどのようなことが起こるかはわかりませぬが、なるべく個々の問題には踏み込まないよう、かれらとは適度な距離をお取りください。さもなくば、この世界に愛着が生まれてしまう。あなたのことだから、世話をしなくてはならない者が目の前にあれば、放っておかないでしょう。たとえ竜血の指環のユーザーから敵視されたとしてもね」
「わたしはそこまでお人よしではないぞ」
しかし偉度は大きくかぶりを振った。
「いいえ、軍師はそういうお方です。宴では、置物のように大人しくしてらっしゃい。客たちをもてなし、指環の所持の有無をたしかめるのは、わたくしと仲間たちがおこないますゆえ」
いって、偉度は親指をぱちんと叩く。
すると、いままで気づかなかったが、四人ほどの偉度と同じような背格好の若者が庭にかしこまっていた。
かれらはそれぞれ身なりもばらばらで、市井の民の恰好をしている者もあれば、仕女の恰好をしている者、兵士の恰好をしている者、料理人のような格好をしている者などであった。
だが、かれらの顔を見て、孔明はおもわずうなった。
装束がちがう、というだけで、かれらは顔かたち、雰囲気までみな同じだったのである。

「四つ子か?」
「いいえ、偉度がずんだの指環の力で生成した細作たちです。かなり役に立ちますゆえ、どうぞかれらも偉度と同様にお好きなようにお使いください」
「ううむ、それではさっそく命令をさせてもらおうか、おまえたち、宴の中で竜血の指環を持っているものを探し出し、所有者が見つかったら、わたしか偉度に教えておくれ」
四人の細作は、一律に、かしこまりました、と返事をして、すぐさま宴の支度があるといって立ち去って行った。

「ずんだの指環とは、ほんとうにいろんな力を秘めているのだな、細作を生成できるとは」
「あなたのずんだの指環でもできるはずですが。基本的に、偉度の指環と軍師の指環はおなじもの。おなじ力を共有しているはずです。そのうち、使っていればいろいろ慣れるだろうと、文君が」
「かの女も、わりあい、アバウトだな。ほんとうに何者なのだ?」
「われらに、とくにあなたにゆかりのある人ですよ」
「あれほどの佳人に会っていたら、忘れないとおもうのだが。それにめずらしい髪の毛をしているし」
「そのうち、何者かわかりますよ。ほら、それより、今宵の宴で使用する漆器をどれにするか選んでやってください、あなたにも宴までは働いていただきますよ」
偉度に言われて、孔明は素直に宴の支度に精を出した。
アヤとメイがやってくるかもしれない、いや、それ以上に、なつかしい面々と再会できるかもしれないと、胸をはずませながら。


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Ⓒはさみのなかま 2017/5/7