ずんだ×三国志

第一話

高校生・青葉リョウ、ずんだの指環を手に入れる

12

孔明は屋敷の奥の部屋にとおされた。
腹の底まですっとするような、心地の良い香のかおりがあたりにたちこめている。
柱にも床にも建具にも、そのかおりがしみこんでいるうえ、掃除も行き届いており、どこもかしこも居心地がよさそうであった。
なつかしい我が家。
座ってあたりを見回すと、効果ではないが使い勝手の良い家具に囲まれる。
華美なものはなにひとつないが、それぞれが丁寧に磨きこまれていた。
孔明は念のため、屋敷ではたらくひとびとと、ひとりひとり面接することにした。
かれらは、生前とおなじ顔ぶれもあり、孔明の涙腺を刺激させた。
が、なかには、まったく見知らぬ顔もまぎれこんでいた。
偉度いわく、
「どうしても『諸葛孔明のそばで働きたい』と願った白の民が紛れ込んでいるのです」
ということだった。
慕われることに慣れているとはいえ、いまは一介の高校生、青葉リョウでもある孔明は、その敬意にこそばゆさを感じてしまう。
指環の所持の有無もたしかめたが、まったく持っていないか、あるいは白い指環の持ち主であるかのふたつだった。
高森アヤは、この屋敷の中にはいないようである。

「宴をひらくぞ」
「宴、でございますか」
「そうだ。宴をひらいて、わたしに近しい者たちすべてを招く。そのうえで、手に竜血の指環がはまっていないかをたしかめるのだ」
「朝議においても、みなさまとお会いできますが」
「朝議は場がかしこまりすぎているので、指に気をまわしておられぬ。支度はできるか」
「『三国志竜血録』の成都は、物資がむかしよりはるかに豊かですし、屋敷に人もたくさんおりますから、問題はございません」
「ならば、宴を今宵ひらく」
「それはムリでございます」
と、偉度はきっぱり言った。
「お忘れになっては困ります。メッセージを送れば、みながそれを一斉に読んでくれる時代ではありませぬ。宴をひらくなら、各家にそれぞれ使者を送り、出欠を確かめるという手間がございます。その使者とて、数が限られておりますし、すぐにその家の主から返事をもらえるともかぎりませぬ」
「つまり、宴を開きたいなら、数日は必要だと」
「そうなりますな。ついでに申し上げますが、セーブの仕方についてお教えします。ずんだの指環の場合、ここでよしとおもったところで、好きなように世界から抜けることができます。竜血の指環の場合は別です。かれらは世界から抜けたくなった場合は、セーブポイントへ行くのです。セーブポイントは成都の各所にございまして、並木の中の、葉を落とさない銀杏の木がそれです。竜血の指環もまた、いわばこの世界のパスポート代わりなのです」
「なるほど」

「軍師、今日はもう帰られたらいかがです。宴は早くても明日でないと開けませぬ。軍師がいない間は、わたくしが月英さまといっしょに采配して準備をととのえておきますゆえ」
偉度の意外なことばに、孔明は目を見開いた。
「帰れと? せっかくここまできて」
抗議の意をさらに示そうとすると、偉度は首を横に振った。
「文君から説明はなかったのですか、この世界にとどまるだけでも、ある程度のダメージが発生するようになっているのです。ここは蚩尤の餌場なのですから」
「なにもしていなくとも、じわじわとエネルギーを採られている?」
「そうです。ですから、体力に自信がつくまでは、あまりこの世界に長居しないほうがよろしいでしょう」
「いまは、なんとも感じぬが」
「現世に戻ったときにわかります。恐れながら申し上げますが、軍師は高校一年生にしては体力がやや乏しい。もうすこし鍛えられたほうがよろしいでしょうな」
「プロテインでも飲むか」
「お好きな方法をおえらびください。それより、いったんこの世界から抜けるにはどうしたらよいか、おわかりですか」
「セーブポイントとやらに行くのか」
「ずんだの指環は優れておりますので、単に目をつむって、現世に戻る、とつよく念じるだけでだいじょうぶでございます」
「便利なものだ。しかし偉度、わたしが抜けた後、『諸葛孔明』という存在はいなくなってしまわないか」
「それはご安心ください。軍師本人が抜けると、同時に軍師そっくりのNPCが入れ替わって、そのお勤めを果たします」
「パーマンのコピーロボットのようなものだな」
「そうおもっていただくと理解が早いかと。それと、さきほども申し上げましたが、偉度は現世ではご一緒できませぬ。そこはご了承くださいませ」
「うむ、おまえがいないというのは、ずいぶん心細いな。通信する手立てもないのか」
「いまのところございませぬ。現世にもどったら、この『三国志竜血録』のことは他言無用ですぞ。たいがいの人間には理解ができない話です。軍師の精神状態がおかしくなったと疑われるのもめんどうでしょう」
「たしかにな。言動には気をつける。ありがとう、偉度」
「なんですか」
「いや、心配してくれてありがとう、ということだ。では、いったん世界から抜けよう。後は任せたぞ」
孔明は、最後に、顔を赤らめている偉度の顔を目に焼きつけてから、まぶたを閉じた。



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Ⓒはさみのなかま 2017/4/16