ずんだ×三国志

第一話

高校生・青葉リョウ、ずんだの指環を手に入れる

11

なつかしい佇まいの成都の大通りをあるく。
学都として、そして蜀漢の首都としてさかえた成都。
整然と区画整理されたうつくしい街並みに甍が映える。
街を走る水路のわきに植えられている、風に揺れて音も立てずになびいていく柳の枝を尻目に、孔明はたずねた。
「偉度、気になることがあるのだが」
「なんでございましょう」
「人は、まあよい。おおむね昔通りの姿恰好をしている。街並みも、三国時代以降に戦乱に巻き込まれて変わってしまうまえの、なつかしい見覚えのある街並みだ。だが、ところどころにある市場の店が、なにかちがうぞ」
町の正方形の広場には市が立っていて、たいそうなにぎわいなのであるが、そのなかにいる人々がもとめているものは、青物、花卉、籐の工芸品や漆器、着物、小間物、書物、植木、家畜、なんてものもある。
そこまではよいとして、唐辛子、珈琲、トウモロコシなど、南蛮渡来のものが売っている。
市場の一角は中華風カフェテリアになっていて、買い物疲れした人々が憩ったり、政談論議を楽しんだりしていた。
家電製品こそないが、探せば、おや、とおもうものは、ほかにもまだまだありそうだった。

「便利でよいが、時代考証はどこへいった」
「そのあたりはゆるいようですよ。珈琲どころか、喫茶の習慣も定着していなかったのが、われらの時代のはずですが、そのあたりはまるまる無視されておりますね」
「それに、人種にもいろいろいるようだな」
孔明は、大通りを歩いている人々のなかに、南方からやってきたとおぼしき色とりどりの民族衣装をまとった者がいることに感動した。
かれらの存在は、昔の成都でもよく見かけたが、商店がいいかげんでも、一方で細部まで再現されている世界の精巧さにおどろいたのだ。
「白の民は、この世界に入るにあたり、好きなように肌色と衣装を変えられるようになっているのですよ」
「白人や黒人もいるぞ、アラブ系もいる、偉度」
「震災もおちついて、いろんな人種が山臺にも戻ってきているようですから、白い指環を得られるのも、ニホン人にかぎらないのですよ」
「人種のるつぼというやつだな、唐の時代の長安がこんなふうだったかもしれぬ」

同時に孔明は、蚩尤が漢民族ではなく、苗族の族長だったのでは、という説をおもいだしていた。
蚩尤からしてみれば、漢族ばかりが中華の主ではない、といいたいのだろうか。
孔明は蚩尤がどれほどの王だったのかということに思いを馳せた。
この世に武器をもたらした、兵主神、祟り神。
そういった負の側面ばかりではなく、正の側面も、蚩尤は強いようだ。
すくなくとも、雑多な人種が、雑多にそれぞれ、それなりに平和に暮らしている光景を夢見られるだけの器量がある、ということだ。

「いかんな、好きになってしまう」
「え、隙、ですか。なにが隙になってしまうのでしょう」
「いや、違うよ、偉度。いいんだ、いまのは忘れてくれ。それより、わたしの家はどこだ」
「そろそろ到着いたします。ご自分の家はおぼえてらっしゃいますか」
「そこがあまり鮮明でない。家には妻の月英と子の喬がいるはずだが、ふたりはどうしている?」
「お元気です。ただし、NPCですが」
「そうか」
がっかりしつつ、孔明はふたりの風貌を思い出す。
当時の女性にしては大柄だった妻、月英。
聡明そうなこげ茶色の目をした、ふっくらとした唇の女人である。
けして美女というふうではなかったが、孔明はかの女のさばさばした性格を好んでいた。
孔明自身が細かいところが気になる性格だったので、かの女の良い意味でのおおらかさに、どれだけほっとしたかわからない。
卓越した医学の知識をもち、世情に長け、孔明ともほぼ対等にはなしができる才女であった。
結婚当初はなかなかおたがいのよさがわからず、しっくりしていなかった。
が、年月を経てよさがわかってくると、ふたりはほとんど無二の親友のような仲になった。

一方の喬は、字を伯松。
孔明と月英のあいだにできた実子ではなく、孔明の兄である諸葛墐の次男を養子にもらったものである。
実父の諸葛墐より真面目な、よくできた息子で、細かいところが気になるところは、叔父である孔明によく似ていた。
いまは見聞をひろげるため、蜀の建国に貢献した功臣・霍峻の子の弋とともに、地方を遊歴しているはずである。
風貌は実父の諸葛墐ににて面長で、しかし、やさしいつぶらな瞳をした少年だった。
性格があまりに良すぎるので、世の荒波に揉まれたら、荒んでしまいはしないかと、孔明は心配していたものだった。
だが、喬はかなしいかな、早逝してしまうのである。

こよなく愛した家族の二人が、NPC、つまりまぼろしだというところが、なにやら悲しいなと、孔明はおもった。
いや、ふたりが竜血の指環のユーザーだったら大変なのだが。

「おや、あれがわたしの家だろうか」
孔明はおのれの記憶を動員して、かつての自分の屋敷を思い出そうとしたが、どうしても目の前にじっさいにある屋敷のほうに目がいって、それはかなわなかった。
こじんまり。
その五文字がぴったりの、質素な屋敷だった。
広さは十分にあり、頑丈そうではあるが、目立った特徴もない屋敷である。
門には番人がおり、孔明と偉度を見ると相好をくずして、なかへ、といざなった。
一歩中に入ると、薬草の香りがぷんとした。
月英があつめている各地の薬草を、庭先で干しているのが、におっているものらしい。
庭では奴婢たちがいそがしく立ち働いていて、孔明をみると、「おかえりなさいませ」とみな、口々に言った。
かれらの風貌はみな、奴婢という身分にしては泥臭さのない立派なものであった。
おそらくNPCなのだろう。

月英は、たしかに存在した。
孔明はしばし立ち尽くし、おのれの妻であった女人に見とれた。
作業がしやすいように、自分で工夫した袖の短い服を身につけて、てきぱき家奴たちに命令を出している。
口も動かすが、自身の手も休んでいないところが月英である。
ふしぎな感慨が胸の底からこみあげてくる。
同時に、もともとゆるい涙腺がこわれて、ぶわっと涙があふれてきた。
それに気づいた偉度が、ふところから手巾を出して渡してくれた。
涙を拭いていると、孔明に気づいた月英が声をかけてきた。
「あら、お帰りなさいませ。どうなさいましたの、目にゴミでも?」
「いや、きみに会えたのがうれしくて」
というと、となりにいた偉度が、肘で孔明のわき腹をつついてきた。
『三国志竜血録』の外からきたということをにおわせるのもNGということなのだろう。
察した孔明は、すぐにいいなおした。
「というのは洒落だ。ゴミだよ、ゴミが目に入ったのだ」
「いけませんわね、目薬の木の煎じたのを持たせましょう。こすってはダメですよ、目を痛めますから」
「ありがとう。ところで喬はどこにいる?」
「あの子なら、このあいだ便りがありましたけれど、しばらく成都には帰れないそうですよ。その手紙は、あなたもわたしと一緒に見たではありませぬか」
「ああ、そうだったかね」
それ以上、会話をつづけるとボロが出そうだったので、孔明は早々に月英の前から退散することにした。

偉度に屋敷の中を案内されながら、おどろきの覚めない孔明はいった。
「びっくりしたな、NPCだって? そのままだよ、あれは月英だ」
偉度は警戒の目を向けてきた。
「いけませんよ、いくら相手が月英さまだろうと、NPCはNPC、つまりはまぼろし。あまり深入りしてはなりません」
わかっているよと答えつつ、なるほど、こんなふうに、だれかに会うたびにこころが上下に乱されてしまうなら、どんな剛の者でも『三国志竜血録』に取り込まれてしまうなと、孔明は納得した。

「そうだ、偉度、子龍はどうしているだろう」
「子龍といいますと、趙将軍のことでございますか」
「そうだ。かれもNPCなのだろうか」
趙将軍とは趙雲、字を子龍。
建安二十四年の時点では翊軍将軍を拝命している男で、孔明より五歳年上の親友である。
孔明が二十七でなつかしい襄陽の庵を出て、北伐という事業をはじめるまで、ずっと志をともにし、懐刀として戦いつづけてくれた男だ。
かれがいなければ、孔明は後世にまで自身の功名をつたえられたかどうか、疑問だとさえおもっている。
家族同様の男だったから、気になったのだ。

偉度もそれを知っているので、気づかわしげな口調になって答えた。
「それが、たしかめられておりませぬ。趙将軍は成都をはなれて、あちこちを視察してらっしゃるようなのです」
「なんと、なんのために。子龍の仕事は主公とそのご家族を守ることであろう」
「理由はわかりませぬ」
「ふむ、子龍が竜血の指環のユーザーということはなかろうな」
「ないとはいい切れませぬ。ですが軍師、仮にそうであったとしても、趙将軍に深入りするのはお避けください。いまは高森アヤを助けることを第一にするのです。あなたはこの『三国志竜血録』にはいったばかり。右も左もわからぬ状況で、あっちこっちに首を突っ込まれる余裕はないはずです」
「たしかにそうだが、気になるな」
「趙将軍の動きについては、わたしも注意しておきますゆえ、いまは、どうか」
「わかった、おまえを信じよう」
いいつつ、孔明は中庭で、まだ立ち働いている月英をみた。
子龍もまた、NPCならさびしいが、かといって竜血の指環のユーザーならば、困ってしまうなとおもいながら。


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Ⓒはさみのなかま 2017/4/9