ずんだ×三国志

第一話

高校生・青葉リョウ、ずんだの指環を手に入れる

しろい、しろい、まばゆい光。
目をほそめて先を見ようとするも、あまりにまぶしくて何も見えない。
手をかざし、目を守る。
それでもなお、目を開けようとするが、それが無謀な行為であることは、そのすさまじい光の量でしれた。
かといって、ふしぎと目に痛くない光である。
サーチライトにしても、これほどの光を間近で浴びたら、目が痛くなるだろう。
だが、この光は痛くないのだ。
ただただ、まぶしい光を前に、リョウは文君の名を呼んだ。
ところが、彼女ときたら、まったく応答しない。
いや、気配でそばにいることはわかるのだが、彼女に返答する気持ちがないことは、雰囲気で分かった。
視界のすべてがまっ白になる。
何が起こっている? ずんだの指環をはめたせいか?
指に手を伸ばし、指環を抜き取ろうとするが、それは一本の手によってはばまれた。
リョウのせばまった視界にはいってくる、おなじく指環をはめた、文君の手ではなく、だれかの無骨な手。
その手に不意にぐいっと引かれて、リョウはちいさく悲鳴をあげた。
だが、リョウの抗議めいた声にかまわず、手はリョウを引っ張っていく。
その手がこめる力はつよく、やけに汗ばんでいた。

意識がまっしろになったあと、目の前の全てが変容した。
白のつぎは、赤。
炎だ、赤い薄絹をまとう踊り子のように、炎が目の前で踊っている。
すさまじい炎が街を覆っている。
街は山臺の街ではない、見たことのない、ふるい中国ふうの街並みだ。
あまりの炎の勢いに、街は黒いシルエットと化していた。

この光景を見たことがない?

自問自答して、ひっかかりをおぼえた。
「わたし」はこれを見たことがあるのではないか。
屋根をつたい、柱を焼き、人を襲う炎のしたで、逃げ惑うひとびと。
大八車に家財道具や幼子をのせて、けんめいに逃げようとする者、家財を家から出そうとして止められている者、炎に巻かれてもがく者、炎に取り残された者を助けようとする者、ただただひたすら、泣きわめく者。
なんだ? 
いったいなにが起こっているんだ?

さらに大きな悲鳴があがった。
それらを容赦なく薙ぎ払おうとする、騎馬や歩兵たちが、雪崩を打って攻勢を仕かけてきたのだ。
兵士たちは一様に古い鎧をまとっていた。
始皇帝の兵馬俑の兵と似たような装束。
ここは古代中国なのか?
疑問はしかし、すぐにはげしい怒りによって蹴散らされる。
こんなバカなことがあるだろうか、兵士たちが襲っている人々は徒手空拳、なにも武器らしいものを持っていないのだ。

「亮っ、ぐずぐずしないっ、逃げるの、命を守るのよ」
切羽詰まった女の声がした。
ぐっと手をひかれて、炎の光景から逃げて行く。
そうか、さっきから手を引いてくれていたのは、姉さんだったのかと、「わたし」は合点した。
だが、炎は追いかけてくる。
どれだけ走っても、走っても、戦火は、容赦なく襲いかかる。
火の粉がありとあらゆる空間ではじけている。
それが衿のすき間にはいって痛い。
「熱い、姉上、熱いよ!」
叫んでも、姉さんは答えない。
目を凝らすと、赤黒く染まった空間の先に、武装した男たちがいて、必死の形相で姉さんを先導していた。
かれらは幼い男の子、すなわち、「わたし」の弟をかかえている。
弟は泣くこともできず、恐怖で目を見開いている。
火の粉がこんどは頬にかかる。熱い。
だが、それらを払うひまもない、いちどだって足を止めたら、やつらに殺されてしまうからだ。
背後から津波のように襲ってくる兵たちの鬨の声と、襲われている無辜の民の絶望の叫びが混ざって聞こえてくる。

「わたし」は、いちどだけ振り返った。
見なければよかった、とすぐに後悔した。
その地獄絵図は、「わたし」の目に映り込み、そして生涯、消えることはなかった。
ひとは、あれほどまでに残虐になれるのだ。
おそろしいことに、かれらのなかには、笑っているものさえいたのだ。
仇討ちだとか、正義だとか、そんな理屈はもうとっくの昔に吹っ飛んで、かれらはたんに、この一方的で嗜虐的な戦いが、おもしろいのだろう。
身の毛もよだつことだが、それがかれらの本心であることにまちがいはない。
そして「わたし」は知っている。
そのかれらとて、ひとたび戦場をはなれれば、この地獄とは無縁の、ふつうのひとびとなのだということを。
紅蓮の炎のなかで、命をついやしていくひとたちと、まったく同じ、ふつうの。

けんめいに姉さんと一緒に走りながら、「わたし」は叫んだ。
人とは。
喉が渇く。熱風が喉の奥にまで入り込んできそうだ。
それでも叫ばずにいられない。
人とは、なんだ!
「わたし」は泣いていたかもしれない、すさまじい熱さのために目が乾いていただけの涙ではない、そう、「わたし」は泣いていた。



北から南へ、街道をぼろぼろになった人々が歩いていく。
弟や姉さんとともに馬車に乗れたのは、「わたし」が特別な身分だったからだ。
瑯琊の名族の出身で、亡き父は県丞だった。
縁故のちからと財産のおかげで、「わたし」はいま、無事でいられている。
いままであたりまえだとおもっていたことが、これほどありがたいことなのだということを生まれて初めておもい知った。
「南へ行きさえすれば、なんとかなるはず、もうしばらくの辛抱だ」
いつもはのんきな兄さんも、いまばかりは疲れた声でいう。
馬車の幌をあげてみれば、この女車を先導するため、馬に乗って、警備の兵と話をしている兄さんがいる。
そうだ、兄さんはみやこの太学から帰ってきて、わたしたちといっしょに南へ逃げているのだ。

徐州は、曹操の『徐州牧の陶謙に殺された父の仇を討つ』という名分によって討たれた。
討たれた、なんて軽い響きだ。
ようするに、曹操という男は、陶謙憎しで徐州の民をかたっぱしから殺してまわったのだ。
ありとあらゆるものが破壊され、食べる物すらなくなってしまった。
「わたし」と、「わたし」たちとおなじ流浪の身の上となったひとびとは、比較的平和で豊かだという南方の江東の地をめざしている。
「わたし」たちの場合は、揚州にいるはずの叔父さんを頼るのだ。
ほかの流浪しているひとびとは、はたしてあてがあって歩いているのだろうか。

馬車のあとを、ぞろぞろと流民たちがついてくる。
かれらはみな、前かがみになって、ただただひたすらあるいている。
だれの顔も無表情で、煤けて、汚れており、もはや逃げることと食べる物のことしかかんがえていない。
黒い頭のつづく群れのなか、だれも冠なんてかぶっている余裕はない。
ゆらっと、黒い頭のひとつが揺れる。
ひとり、またひとりと、力尽きて街道のうえに倒れていく。
倒れ果てたそのからだのそばで、カラスが出番がないかと様子をうかがっている。
夜は夜で、野犬が忍び寄ってきて、その肉を食らうのだ。
だれも、倒れた者に目をかけない。
足を止めてしまったなら、自分がおなじようになることを、無言のまま、みな理解していたからだ。

幌が乱暴に下げられる。
薄暗いなか、見上げると、姉さんがこわいかおをしたまま、無言で首を横に振った。
見てはいけない、ということなのだろう。
「わたし」は素直にしたがって、膝をかかえる。
幌のなかの弟も、ふたりの姉さんも、みんな外を歩く流民のように、表情というものがなかった。
曹操という男は、「わたし」たちから、人間らしさまで奪ってしまったのかもしれない。



「孔明」
叔父さんはもったいぶった口調でひとこと言うと、叔母さんや、姉さんたちの反応を待った。
しばしの間の抜けた沈黙のあと、叔母さんがうれしそうに顔をほころばせ、姉さんたちがほほ笑んだ。
孔明という名前には、どうやら人を明るくする響きが備わっているようだ。
「わたし」も、すぐにその名前を気に入った。
と、同時にほっとした。
いいあざなをつけてもらえてよかった、この名前と生涯つきあっていくのだ。
「亮という名前と対になっている、いいあざなであろう」
みなの反応が良いことに気をよくして、叔父さんが髭をしごきながら、わらう。
そのことばに、かたわらにいた叔母さんが、うれしそうに、からだをゆすりながら「わたし」を抱き寄せてくれた。
「いいあざなですねえ、この子にぴったり。世の中をぐるりと見回しても、これほどまばゆい男の子はそうおりませんもの。あなたも、ここ数日、ずっと悩んでいらした甲斐がありましたわね」
叔父さんは、うんうん、と大きくうなずいて、目を細めた。
「はなはだ明るい、という意味で孔明。戦雲に暗くおおわれたこの世の中の、光となれるようにとの思いで名づけたのだ」
素晴らしい思いつき。
「わたし」の前途は、この澄明な響きをもつ名前のおかげで、急に明るく開けたようにかんじられた。
「孔明、ひとびとに仰ぎ見られるような、立派な人になるのだぞ」
「そうね、漢朝のために、しっかり働けるような、そんな人になりなさい」
はい、と「わたし」は大きく返事をした。
その返事がいいといって、叔母さんはまた、「わたし」を抱きしめた。
叔母さんのからだからは、やさしく甘い香りがした。



燃え尽きる炎のような太陽が、ゆっくり沈んでいく。
どす黒い血だまりのなか、叔父さんが死んでいく。
叔父さんが「わたし」の名を呼ぶ。
「わたし」は血まみれの叔父さんの手をにぎる。
叔父さんは、もう目すらまともに見えないのだろう、さぐるようには必死に手を伸ばし、さいごのちからをこめて、「わたし」の手をにぎる。
「血を絶やすな、おまえは、われらの希望だ」
血潮が叔父さんの口から吐き出される。
集まってきた人々が、もうだめだ、と絶望の声をあげる。
「わたし」はそれを否定して、首をふりつづける。

こんなことがあっていいはずがない、やっと、樊城にたどり着いた。
もう、命の危険などなかったはずなのに。
大事なひとの命が絶えていくその瞬間に、どうしたらよいのかわからず、泣きすがることしかできない。
「わたし」は圧倒的に無力だった。

「忠勤にはげめ、それがわれら一族の生きざまだ」
叔父さんの顔から、みるみる血の気が失せてく。
叔父さんは、さいごにしぼりだす。
「生きろ、聖漢のために、生きろ」
その聖なる漢朝が、いったい、「わたし」たちのために何をしてくれたのだ。
一度だって、「わたし」たちを守ってくれなかったもののために、どうして。
どうして。

そのことばを呑み込み、「わたし」は叔父さんを安心させるためにうなずいた。
叔父さんは、さいごのさいごに、安堵したように笑って、息絶えた。
魂は、暴徒によって命をうばわれた叔母さんのところへ、逝ったのだ。

劉表の後押しを受けて太守になったはずの叔父さんは、曹操を後ろ盾とする「漢朝」が命じた新任太守に城を追い出された。
追い出されるまえには一年ほど籠城したが、抵抗はむなしかった。
あげくの、逃亡。
疲れ果てた「わたし」たちに容赦なく暴徒は襲ってきた。
「わたし」たちに賞金がかかっていたからである。
叔父は「わたし」たちを守ってくれたが、叔母は逃げ遅れて、暴徒の手にかかってしまった。
命からがらに荊州に逃げてきた「わたし」たちだったが、叔父は暗殺者の凶刃に倒れた。

もう、「わたし」に後ろ盾はない。
ひとりで、この凄絶な世の中を歩いて行かねばならないのだ。
恐ろしさと悲しさで、「わたし」は声をあげて、泣いた。



柴の門をくぐって、かれらがやってくる。
「わたし」はかれらのおとないを予感していた。
上にも横にも大きい男ふたりをしたがえた、耳の大きな男が「わたし」に礼をとる。
孔明先生。
耳の大きな男が呼びかける。
男の生命力にあふれた、力強いまなざしを見たとき、「わたし」は同時に、そこに希望を見出した。
長く胸にあたため、しかし、けして心の外にはださなかった想い。
漢朝は、「わたし」たちのために、なにもしてくれなかった。
なら、その漢朝に代わる、あたらしい「漢」を立てればよい。

まずは後継者争いで疲弊している荊州を足がかかりに、柔弱な君主をいただく益州をとる。
そして、荊州と益州という天賦の土地を背後に、かつて高祖がしたように、中原を狙うのだ。
曹操の統べる、中原の地を。

あたらしい「漢」をたてる。
それは裏切りでも造反でもない、叔父たちが信じてやまなかった漢の、再生なのだ。
顔も見たことのない無力な天子は、いまや曹操の言うなりになっているままだという。
曹操はいずれ漢を簒奪するつもりだ。
その野望は、かならずくじく。
幼いころにみた、悲惨な炎の光景がわすれられないでいる。
路傍に捨て置かれ、みじめに死を迎えて行った人々。
わたしが手を差し伸べられなかった人々。
かれらへの弔いのためにも、だれかが立ち上がらねばならない。

天下の経略を語り終えたとき、耳の大きな男、劉玄徳の目にはうっすらと涙さえ浮かんでいた。
かれもまた、「わたし」のなかに希望を見出したことがわかった。
「わたし」たちは手を取り合い、ともに志のために歩くことを決めた。
もちろん、表立っては、曹操に傀儡としてあやつられている帝をお助けするという名目は捨てない。
あくまでも、真の「漢」の再生は、わたしと、耳の大きな男、劉備とのあいだの密約だ。

劉玄徳の呼びかけにこたえ、「わたし」はかるくうなずき、庵を出て行く。
桃の花が咲き誇る季節だった。
酔ったようなほんのり桃色の花びらが、「わたし」の門出を惜しむように、風に踊る。
おだやかな春の風を吸い込んで、「わたし」は歩き出す。
その後の歩みが過酷なものになると知っていたなら、はたして「わたし」は、なつかしい庵をあとにしただろうか。



それから何度、炎の災禍を見たことだろう。
何度、絶叫を耳にしたことだろう。
勝利に酔う日もあった、敗北に涙する日もあった。
無数のひとびとの死、無数のひとびとの生に立ち会った。
愛すべき顔、憎むべき顔、なつかしい顔、いとわしい顔。
春、夏、秋、冬、すべての季節、それぞれが、「わたし」のまえに流れていく。
果てなき道は死屍で埋もれている。
「わたし」は下を見ずに、それらを踏みしめて歩く。
かつて遺されたことばを信じて。
漢のために、生きろ。
迷いや、惑いはなかった。
ほかに生きざまを選ぶことなど夢にもおもわない。
それが、われら一族の生きざまであったから。



身に吹きすさぶ冷たい風が平原を通り抜ける。
「わたし」はすでに、手を動かす気力もなく、ただ幕舎のしたで横たわる。
旗指物の風にはためく音が聞こえてくる。
それに交じって、男たちのすすり泣き。
かれらを残して逝かねばならいことには、こころが痛んだ。
「わたし」がいなくなってしまったあと、国はどれほどもつだろうか。
わかってはいたが、信頼できる者たちに後事を託すこと以外のことはできなかった。
巨大な敵を前に、「わたし」のやれることは尽きていた。
国内にそそげる余力も、もう残っていなかったのである。

とはいえ、もっと生きたいとおもったかというと、そうではない。
「わたし」のこころは幼子のように安らかで、満足にひたっていた。
じゅうぶんに生きたのだ。
いただいた命を燃焼した。
やれることはすべてやった、もう、できることはない。

指のひとつも動かせないほど弱り切ったからだを横たえながら、ゆるく、ゆるく、息をする。
「わたし」はおのれの志に殉じることができた。
その道の途上でまどうこともなかった。
それはとても、しあわせなことだったろう。
もう十分だ。
十分にやった。
そのときになって、はじめて自分をいたわっていいとおもえた。
「わたし」は目を深く閉じ、さいごの息を吐く。
眠ろう。
やっと、眠れる。



亮よ。
だれかが「わたし」に呼びかけてくる。
なつかしい声だ、「わたし」のからだは震え、自然と涙があふれてくる。
父と叔父だった。
「わたし」をいつくしみ、育ててくれた、偉大なふたり。
このふたりが心の底で支えてくれていなかったなら、「わたし」はおのれの道を歩くことができなかっただろう。
「わたし」は子供にかえって、ふたりのもとへと走り寄る。
父と叔父が「わたし」を抱き留め、そして、口々に言った。
よくぞ生きた、それでこそ、わが子。
そのことばをずっと、求めていた。
「わたし」は生き切ったのだ。

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Ⓒはさみのなかま 2017/3/15