ずんだ×三国志

第一話

高校生・青葉リョウ、ずんだの指環を手に入れる

定禅寺通りの占い師で、「みちのく救済ナントカ」というキーワードをもとに、スマホで検索をしてみた。
すぐに答えは出てきた。
公式サイトのたぐいはなかったが、街の掲示板に口コミが掲載されていたからである。
占い師(?)の信者らしい人物が、そこへ到る経路を親切に書き込んでいた。
リョウは迷わず、アヤの家から定禅寺通りを目指した。
歩いても、アヤの家から山臺市の観光名所でもある定禅寺通りは、40分くらいで行けてしまう。

けやきの巨木が立ち並ぶ、緑のドームでおおわれた通り、それが定禅寺通りである。
片道三車線道路の中央には緑道があり、遊歩道としてもつかえるほか、山臺ジャズフェスティバルのステージとしても活躍する。
リョウはここへくると、沿岸部の元の家から遠くはなれて、ほんとうに「山臺」にきたのだとおもう。
聖堂をかたち作っているかのように伸びるけやきの木々は、まちがいなく山臺のイメージを守っている。
定禅寺通りは山臺の顔なのだ。
この通りと、通りを埋め尽くす木々がなくなったら、山臺は山臺ではなくなるだろう。

緑の葉が揺れる音が、車道や雑踏の音とからみあって、心地よいハーモニーとなっている。
適度な人ごみの中に交じりながら、リョウはスマホを片手に色とりどりのビルの看板を探していった。
『これか』
定禅寺通りには、西に向かって左手がトウホク随一の繁華街の国分町、右手が図書館などの文化施設がある地区に分かれる。
左手の通りには飲み屋街への入り口のほか、携帯会社のアンテナショップ、不動産や、ケーキ屋、オフィスビル、結婚式場など、さまざまな店が軒を連ねている。
アヤが足を運んだという占い師は、思わぬことに、国分町の出入り口付近にある、一階にコンビニエンスストアの入っているビルの3階に店をかまえているようだった。

『ずいぶん羽振りがいいんだな』
というのが、リョウの率直な印象だった。
定禅寺通りに面する店舗のテナント料が高いだろうくらいのことは、高校生のリョウにも想像がつく。
コンビニエンスストアの脇にある階段をのぼって、とりあえず3階の様子を見ようとする。
ビルの案内板には、たしかに「みちのく救済…」という文字があった。
ただ、おどろいたことに、それは占い師を示すものではなかった。
「3F 宗教法人 みちのく救済道」
宗教と聞いて、リョウは、自分が嫌な予感をおぼえたのはこれか、と合点した。
リョウの家は仏教であるが、熱心な檀家というわけではなく、両親の墓参りにはいくが、寺の行事にも最低限しか参加しない。
さらに、既存の大宗教への断片的な知識はあるが、それぞれの教義のちがいなどは学校で習った以上のことを知らない。
ちいさいころ、手作りのおやつ目当てに教会へ行ったこともあるし、聖書も読んだが、信心はうまれなかった。
リョウは宗教というものに、なぜかアレルギーがある。
人の心をまどわす魔力をそなえたもの、生活を変えてしまうもの、いや、下手をすれば人生すら変えてしまうもの。
リョウにとって、宗教とはそういう印象だ。
麻薬、とまでは言い切れないが、よからぬもの、というイメージがある。
アヤだって、似たような印象を持っていると勝手に思い込んでいた。

新興宗教の占い師と、アヤの長時間のパソコンの使用、なぞの赤い指環。
なにか関連があるのだろうか。
そういえば、301号室のおばあちゃんの孫も、アヤといっしょで、長時間、パソコンの前に座っているといっていた。
あちらは、なにか、ゲームをしているといっていたな。
たしか三国志のゲームだったはずだ。
これも関連がある?

リョウは、薄暗い階段を見上げた。
人が出入りしている気配はない。
しばし、リョウは立ち尽くした。
ここを上がったら、大変なことになるぞと本能が告げてくる。
だが、リョウはそれを振り払った。
アヤのためだ、多少のリスクは負わなくては。
占いに来た客を装って、アヤのことを聞こう。
自分が原因で、アヤが宗教にはまってしまったというのなら、助ける義務が自分にはあるはずだ。

階段を3階までのぼる。
怪しげなマントラが漏れ聞こえてくるとか、濃いお香の香りが流れてくるとか、ヒーリングミュージックが流れているとか、あるいは、怪しい神体が描かれた絵が貼ってあるとか、そういうイメージを抱いていた。
だが、拍子抜けしたことに、3階の扉は、ごくごく普通のオフィス調のガラスの扉だった。
黒い文字で、「みちのく救済道」とある以外、なんの変哲もない。
ガラスはすりガラスになっていて、中を覗けないようになっている。
ぐっと力をこめて、取っ手を握る。
扉を開けた。
すぐに目の前に飛び込んできたのは、ガラス張りの真正面に見える、ケヤキ並木の上部の部分であった。
黒々とした枝に、鮮やかな緑の葉がしげっていて、それがゆるやかに風に揺れている。
いかにも山臺市自慢の定禅寺通り沿いのビルらしい光景である。
これはたしかに、賃料が高そうだな、と一瞬ちがうことをかんがえかけ、リョウは気を引き締めた。
『ちがう、占い師だ』
だが、3階の部屋には何もなかった。
机も椅子も、間仕切りも観葉植物も、電話もパソコンも、そして怪しげな占い師を示す事物も一切なかった。
あるのは、青いカーペットと、そして。

部屋の隅に、リョウに背を向けるかたちで、まるでケヤキ並木に見とれるようにして立っているむすめがひとり。
腰までのちぢれた髪の毛を伸ばしている。
ばたん、と小さな音をたてて、リョウの開いた扉が閉じる。
その音で、むすめはゆっくり振り返った。
小さな顔のなかに、大きな目と小さな高い鼻、形の良いふっくらした唇がおさまっている。
山臺のような地方都市では、なかなかお目にかかれないような、すばらしい美少女だった。
高森アヤも涌田メイも、それぞれかわいいが、目の前にいる少女のうつくしさは、かの女たちとは段違いだ。
リョウとほとんど変わらないすらりとした背丈で、体つきのバランスも良い。
腰の高さ、手足の長さが、ニホン人ばなれしている。
これがアヤをたぶらかした占い師なのだろうか、だとしたら残念だなと、リョウは素直におもった。
少女の双眸には茶目っ気があり、いかにも人柄が好さそうだったので、だれかをだますようには見えなかったのだ。
いや、アヤがたぶらかされ、だまされた、とはまだ決まった話でもないのだが。

少女は、リョウを見て、わずかに目を見開いた。
それはそうだろう、いきなり制服を着た高校生が何も言わず、部屋に入ってきたのだから。
占い師の関係者か、あるいは客か。
どちらにしろ、こちらを知ってもらったほうがいいなと判断したリョウは、少女にいった。
「受付がなかったものだから、じかにここに来たんですけれど、占い師というのは、あなたのことですか?」
少女はしばし、きょとんとした顔をしていた。
少女の服装はシンプルなもので、とりたてて変わったところはない。
黒いミニスカートから、すっと伸びるかたちのよい足は、薄手の黒いストッキングに包まれていて、足元は特徴のない黒い靴。
指には、例の赤い指環ははまっていなかったが、代わりに、ずんだ色ともいうべき鮮やかな新緑色の指環がはまっていた。

『ことばが通じないのかな?』
英語のほうがいいのだろうか、でもカタコトの英語しかしゃべれないぞとリョウが迷っていると、むすめのほうが口をひらいた。
「ここにはもう、だれもいないわよ。引き払ってしまったから」
流暢なニホン語がむすめの口から流れる。
むすめの声は涼やかで、イントネーションに不審な点もなかった。
中国語には濁音がなく、ニホンにきた中国人は濁音を発音することに苦労する、という話を聞いたことがあったが、むすめはその問題もクリアしているようだ。
「ここには占い師がいたっていう話だけれど?」
「占い師というのは正確じゃないわね。ここには、宗教団体のみちのく救済道の支部があったのよ。引き払ったのは、3日前ね」
アヤが倒れてすぐの話だ、とリョウはおもった。
みちのく救済道は、アヤが貧血を起こしたのを恐れて、支部を撤退させた?
『そんなことあるかな。仮にアヤと教団が連絡をとりあっていて、アヤの事情を知っていたとしても、一人のために、事務所を引き払うなんてするものだろうか』
社会に出ていないリョウでも、そんな小さなことで、ひとつの団体が支部を撤退させることなんてありえないだろうことは判断できる。

どちらにしろ、もう線が切れてしまった。
どうしたものかと考え込むリョウに、むすめは人なつっこい笑みを浮かべていった。
「あなたはどうしてここに来たの?」
「友達が、ここの占い師のところに来てから、調子を悪くしているんだ。ここの人なら、何か知っているかとおもって」
「お友達はお気の毒ね。でも、その子の調子が悪いっていうのは、わたしにもわかる気がするわ」
「どういうこと」
不審におもったリョウはむすめをまじまじと見る。
邪気のない、明るい太陽のような笑みを見せるむすめである。
年頃は十八くらいだろうか、桃のような肌艶とはこのことをいうのだろう。
加えて、見事に波を打つ、特長のあるウェーブヘア。
人形のようにきれいな子だなと、リョウは感心する一方で、もしかしたら、この子も占い師の仲間なのではと警戒する。
指にはまっている、ずんだ色の指環もあやしい。

「その指環、みちのく救済道の?」
リョウがたずねると、むすめはにっこり笑った。
「まずは、おたがい自己紹介しない? わたしの名前は文君っていうの。どうぞよろしくね」
少女がいいながら、手を差し出してくる。
文君、という名前からして、どうやら中国人らしい。
しかし中国人だからといって、占い師の仲間じゃないとはいい切れない。
リョウは、あまり気が進まないながらも、その手を取った。
その瞬間、むすめのはめているずんだ色の指環が、きらりと光ったような?
「ぼくは青葉リョウ。山臺壱番高校の一年生」
「へえ、リョウくんっていうの」
むすめは、おおげさに目を見開いた。
「リョウくんは、どういう漢字を書くの?」
「諸葛亮のリョウだよ」
「へええ、すごいのね!」
なにか、リョウが手柄を立てたかのように文君はうれしそうに笑った。
変な子だなとリョウは怪しむ。
諸葛亮の亮の字をつかった名前なんて、ニホンではありふれているのに、それがなんだというのだろう。
「文君さん、ぼくの友だちは高森アヤっていうんだけれど、ここに来たことがあるはずなんだ。何か知らないかな」
「文君、でいいわよ。わたしもあなたのことをリョウって呼ぶから」
初対面で、なんだか妙になれなれしいな、それともこれが、あちらの流儀なのかな、と戸惑いつつ、リョウはうなずいた。
「高森アヤさんだけど、どうして具合が悪くなったのかは見当がつくわ」
「ほんとうに?」
「ほんとうよ。原因は、ずばり、これね」
と、文君は左手に握りしめていたとおぼしき、アヤが持っていたのと同じ赤い指環をリョウに差し出して見せた。
「その指環が?」
おもわずつぶやくと、文君は、いままでの邪気のない笑みから一転、にいっと、思惑のありげな笑みを見せた。
「見えるんでしょう、これが」
「見えるよ、もちろんじゃないか」
「これね、ふつうの人には見えないのよ」
唖然とした。
何をいったのだろう?
リョウはぽかんとして、文君を見た。
見えてみるものを、ほかのひとには見えない、といわれて、納得できるものではない。
リョウは文君の目に狂気が宿っていないかをたしかめる。
だが、文君はいたってふつうに見える。
いささか、企みがあるような顔をしてはいるが。

「これね、竜血の指環っていうの。量産品で粗悪品でもあるけれど、ヒヒイロカネがすこし混じっているから、ある程度のちからは発揮できるようになっているわ。これを身につけてPCにつなげたリーダーにかざすと『三国志竜血録』の世界へ行けるのよ」
「『三国志竜血録』って、たしか」
301号室のおばあちゃんのいっていた、孫がハマって問題を起こしているというゲームの名前だ。
「みちのく救済道が配信しているゲームの名前よ」
「どうして宗教団体がゲームなんか」
「いろいろ事情があるのよ、それはおいおい説明するわ。『三国志竜血録』の世界の問題は、それが現実でもあるっていうことかしら。高森アヤさんは、そこにこころを囚われているのね」
「ごめん、何をいっているのか、よくわからない」
「いまはわかなくていいわ。あなたならじきにわかるでしょうから。あなたは選ばれた人ですもの」
リョウはだんだん気味悪くなってきた。
目の前にいるこの美少女も、なんだかんだとうまいことをいって自分を勧誘しようとしているのではないか、というおもいがこみあげてきた。
逃げたくなってきたが、アヤのためをおもうと、足が動かない。

「わたしがはめている、このみどり色の指環ね、わたしと天仙界の人たちとで開発したあたらしい指環なの。だから、まだ名前がないんだけれど、リョウくん、なにかいいネーミング、ない?」
テンセンカイ?
「ずんだ色の指環としか言いようがないけど」
「ずんだの指環。ああ、それでいいわね。ずんだって、枝豆をすりつぶしてお団子にかけたりするやつでしょう、あれ、わたしも好き。そうね、トウホクっぽいし。ずんだの指環と呼びましょう。これ、とってもレアなのよ。みちのく救済道が配っている、竜血の指環より、ずっと力が強いんだから」
「リュウケツの、指環?」
「そう竜の血って書いて、竜血の指環ね。ずんだの指環のほうは、純然なヒヒイロカネでつくられているのよ。これも本来は赤いんだけれど、区別をつけるために、ずんだ色にしてみたわ」

リョウの頭は真っ白になった。
竜の血だの、ヒヒイロカネだの、どの単語もすんなり頭に入ってこない。
たしかヒヒイロカネというのは、幻の金属の名前だったはず。
リョウは、小学校のころにアヤから貸してもらったことのある「よいこのオカルト図鑑!」の内容を思い出していた。
そこに、ヒヒイロカネ、ということばがあったような…

「かれらにしては、喉から手が出るほどほしいものでしょうね。これのために、2000年近くさすらってきたんだもの」
言いつつ、文君は自身の指からずんだの指環を抜き取り、リョウに掲げて見せた。
「これは入り口であり、出口でもあるの。これを身につければ、高森アヤさんのいる『三国志竜血録』に入れるはずよ。だいじょうぶ、これは媒介が不要な仕様になっているのよ。スマホやパソコンや付属品のリーダーはいらないの」
「ごめん、何をいっているのか、さっぱりわからない」
「わからないでしょうね。だから、実践あるのみだとおもうわ。お友達を助けたいんでしょう、だったら、この指輪をはめてみることね。百聞は一見に如かずっていうじゃない。わたしがつべこべいうより、手っ取り早いとおもうわ」
「はめるって」
文君は、ずいっと身を乗り出して、リョウに指環をはめるよう迫ってくる。
「悪いこといわないから、はめたほうがいいわよ。でなくちゃ、何も始まらないわ」

ぼくは白昼夢を見ているのではないか、なんだってこんな空っぽのオフィスの中で、中国の美少女に指環をはめろと迫られているんだろう。
そんなことを考えながらも、リョウの手はずんだの指環を受け取っていた。
「これをはめたら、結婚契約完了、とかいう話じゃないよね?」
「面白いことをいうのね。そんなわけないから、ともかくはめてみなさいな。って、ちょっと待った。高森アヤさんのいるステージにアクセスできるよう調整しておくわね」
いうと、文君はとつぜんスマートフォンを取り出して、なにやらアプリの操作をはじめた。
リョウにも見えるように画面を斜めにずらす。
画面にはずらりと人の名前と住所などの個人情報がならんでいた。
「これは?」
「みちのく救済道のマル秘リスト。リョウくんにはとくべつに見せるわね」
ありがたくない気がする、とおもいつつ、リョウは文君が何をしようとしているのか待った。
ほどなく、文君は、あった、とちいさいこえを挙げて、手をとめた。

つぎの瞬間、リョウは目をうたがった。
何の変哲もない人名リストに、高森アヤの名前がある。
それだけではない、文君は指先で糸を引っかけているようなふしぎな指の動かし方をした。
とたん、画面上の高森アヤの名前がふわふわっと空中に浮きあがったのである。
リョウは信じられず、何度もまばたきをした。
だが、まちがいない、活字が宙に浮いている。
それらは、文君の指に誘われるようにして、ずんだの指環の石の上に移動した。
「これをずんだの指環にセットして、っと」
鼻歌まじりに文君はそれらの奇跡をやってのけると、ずんだ色の石に高森アヤの活字はすうっと溶け込んでいった。
「なに、いまの? VR?」
「いいえ、かんたんな仙術よ。わたしもいまは羽衣をまとっていないから、力はほとんど使えないけれど、これくらいならなんとかなるの」
「は、ごろも?」
「ま、いいじゃない、細かいことは。それより、おぜん立てはすべてそろえたわ。あとはあなた次第よ。さあ、はめてみて」
文君のことばには有無を言わせぬものがあった。
リョウは気の弱いほうではなかったのだが、そのときは、指環をはめる以外の最良な選択をおもいつけなかった。
アヤの名前の封じ込められた、ずんだの指環を指にはめる。
文君の細い指におさまっていたものだから、途中でつっかえるかなとおもったが、そんなことはなく、指環はみごとにリョウの人差し指にフィットした。
とたん、まばゆい光が、リョウの脳裏ではじけた。

つぎへすすむ

まえへもどる

もくじへもどる

TOPページへもどる

Ⓒはさみのなかま 2017/3/12