ずんだ×三国志

第一話

高校生・青葉リョウ、ずんだの指環を手に入れる

翌日から、アヤの席は空のままになった。
担任は、高森アヤはしばらく学校を休むことになった、と簡潔にいった。
おどろいたリョウは、LINEでアヤの無事をたしかめる。
返事がないどころか、メッセージが読まれた形跡もない。
アヤの意識は戻ってないのではないか。
しかし、だとしたら、ナルミとアヤの母の交流はつづいているわけだし、青葉家の耳にアヤの容態は聞こえてくるはずであっった。
高森家は沈黙を守っている。
不自然さをおぼえて、リョウは放課後、高森家に寄っていくことにした。

青葉家の入った災害公営住宅から、高森家の一軒家は2ブロックほど先にある。
落ち着いた界隈で、昭和のころから、お屋敷街として知られている地域だ。
ここはどういう仕事をしている人が建てたお屋敷なんだろうと想像させる、立派なお屋敷がそこかしこにある一方で、昭和の香り満載の古い建物があったり、新興住宅地にあるような小洒落た家も点在していて、街を散歩しているだけでたのしい。
平らな土地がひろがっているうえ、地盤も固いことから3月11日の震災では、このあたりに大きな被害はほとんどなかった。
名門中学校もちかくにあり、リョウが帰宅するころになると、その中学校で部活を終えた生徒たちともすれちがう。
数年しか年がちがわないかれらを高校生になってから見ると、ずいぶん幼く見えるところがふしぎなものだ。
街路樹の銀杏並木も、秋になると黄金色に変わってうつくしい。
いまは、みずみずしい緑の葉が、四車線道路を覆うように茂っている。

大通りを経て、細い一方通行の道にはいる。
路地をちょっと中に入って二軒目の南欧風のオレンジの屋根がアヤの家である。
散歩コースからはちょうど屋根しか見えず、その下のガレージなどは見えなかった。
アヤの家の前にひさびさに立ったリョウはおどろいた。
ガレージにあったトヨタのハイブリッド車がない。
その代わりに、ゴルフバックと段ボール箱が無造作に、いくつも積まれておいてあったのである。
高森家がこの近所に引っ越してきてから一年は経っているので、片づけきれていない荷物が放置されている、というわけではないだろう。
アヤの父の大事にしている車が、車庫に入らない、ということは、なにを意味しているだろうか。

アヤが気に入っているといっていた、白い壁にオレンジの屋根の高森家。
その全体を見上げてリョウがおもったのは、雰囲気が暗い、ということだった。
蜘蛛の巣が多いとか、庭木が茂り過ぎているとか、そういうことではない。
カーテンはきれいにととのえられており、庭も剪定が入っていて、玄関も掃き清められて、窓辺のプランターにはきれいな花が植えられている。
だが、全体に重い空気がのしかかっているような暗さを感じるのだ。

リョウは高森家のあまりの変わりように、戸惑った。
その日の天気は快晴。
近所の高層マンションの影が高森家にかかっている、という単純な話でもない。
段ボールとゴルフバックの存在といい、家の雰囲気の暗さといい、高森家によくないことが起こっているのではないだろうか。

不穏な空気に、逃げ出したい気持ちすらこみあげてきたが、なんとかそれを抑え込んで、リョウは呼び鈴を押した。
すぐに応答があって、アヤの母親が玄関先に出てきた。
「あらあ、リョウくん、わざわざ来てくれたの?」
アヤの母親の口調がのんびりしたものだったので、リョウは、自分が抱いた印象はまちがいだったのかな、とおもった。
それに、アヤが自分のことを母親に話していないようだということに、リョウは安心した。
だが、アヤの母親の肩越しに、高森家の内部が見えたとき、あ、これはマズイぞ、とおもった。
高森家の内部は、がらんとしていた。
以前にあった調度品のうち、半分がどこかに消えてしまっている。
家の中から温かみがうせ、閑散とした印象だった。
おそらく、消えてしまったものたちは、外の段ボールに詰め込まれているのだろう。
引っ越してきてたった一年で、高森家はまた引っ越そうとしているのだろうかとリョウは訝ったが、それよりいまは、アヤの容態である。

「急に押しかけてすみません、でも、アヤの容態が気になったんで。アヤはどうしていますか?」
それがね、とアヤの母親は急に声をひそめ、それから、つっかけを履いて、玄関の外に出てきた。
どうやら、中にいるアヤに会話を聞かれたくないようだ。
「アヤ、まだ眠っているのよ。ときどき起きて食事したり、パソコンをみたりしているんだけど、だるそうでねえ、学校には、まだ行けそうにないのよねえ」
勉強、遅れちゃうわよねえ、とアヤの母親は、うんざりしたようにいった。
「いま寝ているのよ。会わせられなくてごめんなさいね」
「アヤは風邪なんですか?」
風邪なら、悠長にパソコンを覗いている場合じゃないだろうとリョウはおもったのだが、アヤの母親は、さらに声をひそめて、ささやくようにいった。
「それがね、お医者さんに行っても、わからないっていわれたの。熱もないし、嘔吐や下痢もしないし、咳や鼻水もない。貧血していたから、いろいろ調べても見たのよ? でもどの検査でも異常なしっていわれちゃってねえ。だるそうで、1人で歩くのも大変そうだから、外には出させられないし、困っちゃっているのよ」
リョウはすくない医学の知識を動員して、アヤが自律神経失調症か、あるいはうつのような病気になっているのではと想像した。
とはいえ、数日前まで元気だったのに、急にそんなふうに体力が落ち込むことがあるのだろうか。
『ぼくが原因なのか?』
そうかんがえると、ひやっと肝が冷えるような感じがした。
「ほんとうは、倒れた日は、学校を休ませようとおもっていたんだけどね、あの子、どうしても学校へ行くんだ、っていって。倒れてもいいの、っていったら、いい、っていうじゃない。それじゃあ、って登校させたら、ほんとうに倒れちゃって、体調もずっと悪くなって。パソコンを長時間見ていたせいもあるのかもしれないけれど、お医者さんは、パソコンが生気を吸い込むとかありませんし、だいじょうぶでしょ、っていうのよねえ。パソコンを取り上げると、それでなきゃ、アクセスできないとかいって大暴れするのよ。暴れられるくらいならとおもって、仕方なくパソコンを見せているの。あの子、頑固でしょう、もう、ぜんぜん親のいうことを聞かなくて」
「暴れるんですか、アヤが」
「そうよ。暴力はふるわないけれど、家具を投げたりするの、困った子よねえ」
アヤの母親は心底うんざりしているようで、深くため息をついた。

リョウはおかしいなとおもった。
アヤが最近チェックしているのは、『真実の尋ね人』のブログくらいなものではないか。
SNSやネットサーフィンをする時間があるくらいなら、勉強や読書、運動をがんばる、というタイプだ。
スマートフォンだって、学校内で使用を禁止されていることもあり、かの女は友だちとの連絡以外に使用していないはずである。
小学校のときは、よく親のパソコンでネットの掲示板を見ていたようだが。
『また見るようになっていたのかな』
これまで長いことアヤとつきあってきたリョウだが、最近のかの女がネットについて話題にしたことはなかったと思い返していた。
『長時間、パソコンでなにをしていたんだろう』

そしてもうひとつ、リョウには気になることがあった。
「おばさん、アヤは赤い指環をしていたでしょう。猫の目のような赤い石の入っている指環です。あれ、どうしたんですか」
赤い指環、と聞いて、アヤの母親は眉根をぎゅっと寄せた。
あんまり深く寄せたので、眉間に富士山ができたほどだった。
「ゆび、わ? アヤが?」
「はい。真っ赤な」
「アヤがそんなシャレっ気のあるものを持っているとはおもえないけれど」
「でも、はめているのを見ました」
最初はピンク色だった、ということは、言わないでおいた。
というのも、アヤの母親は、娘の指に指輪があったこと自体、なにがなにやらわからない、といったふうで、下手をすれば、校則を無視して、なにをチャラチャラ、と怒りそうな気配すらあったからである。
「困った子ねえ、どこで買ったのかしら。ああ、そういえば、このあいだ、友達とカラオケに行った帰りに、定禅寺通りの占い師に占いをしてもらったっていっていたわねえ。そこで買ったのかも」
「定禅寺通りの占い師、ですか」
「たしか、『みちのく救済ナントカ』っていうの。名前を聞いたときに、それ、ボランティア団体の名前じゃないの、って聞き返したら、ちがう、っていっていたわねえ」
「みちのく救済ナントカ」
おうむ返しにしてから、リョウは、なぜだか、嫌悪にも似た激しい苛立ちをおぼえている自分に気づいた。
「そういえば、アヤがパソコンを長いこと使うようになったのは、その占い師のところへ行ってからだったわね。てっきり、占いのサイトを見ているのかとおもっていたんだけれど、ちがったのかしら」
そういって、アヤの母親は、のんきに首をひねった。

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Ⓒはさみのなかま 2017/3/8