ずんだ×三国志

第一話

高校生・青葉リョウ、ずんだの指環を手に入れる

翌日からアヤは、リョウのことをそこにいない存在であるかのように振る舞った。
はじめは周囲のクラスメイトたちも、ふたりのあいだの亀裂に気づかなかったようだ。
だが、それが何日もつづいてくると、ふたりを心配する声があがってきた。

リョウはめげずにアヤに何度も話をかける。
アヤは完全に黙して語らない。
そっぽを向いて、席を立つ。
ふたりのやりとりは、はた目には痛々しく映ったようである。
リョウの友だちは、アヤを怒らせたなら、はやく謝ったほうがいいといい、アヤの友だちもまた、似たようなことをいった。
なんだって、アヤが悪いかもしれない、ということをみんな想像しないんだろうと苦りつつ、リョウはチャンスを待った。

幼なじみであるから、アヤの性格は熟知している。
ひとたび怒らせると、なかなか怒りがおさまらないのがアヤである。
思い詰めたような目は、ますます険を帯びて暗くなり、への字の口の曲がり方は、さらに深まった。
アヤの機嫌はいたってわるく、まわりの女の子たちも、ハリセンボンを扱っているかのごとき調子で、かなり気を遣って接しているのがリョウにもわかる。
アヤの気性の激しさについては、クラスメイトたちも同じクラスになって日が浅いながら、気づいたようだ。
そのうちに、アヤの機嫌がなおってくるはずだと、みな、しばらくは思っていた。

涌田メイのほうは、アヤとリョウが喧嘩した翌翌日あたりから登校してきた。
平手打ちされたはずの頬は、すぐに冷やしたからか、メイの手形がついているということもなく、きれいなものだった。
涌田メイは、移動教室のさいなどにリョウと顔を合わせると、ふつうに挨拶をしてくる。
感じの良い、かわいい声の持ち主のメイである。
通り過ぎるたび、ふわっと甘いフレグランスの残り香が鼻孔をくすぐる。
わたしたちのあいだに、トラブルなんてなにもありませんでした、という顔をしているので、リョウとしても、アヤのいったことがほんとうなのか、疑う気持ちもちらほら出てくる。
ほんとうに性格の悪い子なら、アヤの行為を、それこそ天下を取ったようにいいつけにくるのではないか。
それなのに、メイは、リョウを前にしても、なにもいってこない。
今回の件に関しては、やはりアヤが一方的に悪いんじゃないか?

そうおもい始めていた、矢先のことである。
全校集会において、アヤがとつぜん、貧血を起こして倒れた。
アヤはリョウの前のほうの列にいた。
その頭がぐらぐら、と不自然に揺れ始めたので、おかしいな、とおもった。
あっ、とおもったとたん、彼女の体は床に崩れていた。
全校集会のなかで、生徒が貧血を起こすのは、たいしてめずらしいことではない。
だが、健康管理においても、真面目に取り組んでいるアヤが倒れる、ということは、めずらしいことであった。
非常事態とリョウが思っているにもかかわらず、教師たちは、「倒れたか―」などと悠長なことをいって、のそのそと歩いてくるばかり。
かれらの動きがにぶいことに焦れたリョウは、倒れたアヤを抱きかかえると、アヤの友だちで保健委員の少女とともに、保健室へと走っていった。

抱え上げたアヤは、びっくりするくらい軽かった。
保健室のベッドに横たえたそのからだは、よく注意してみれば、以前より痩せたようである。
そのうえ、貧血するくらいだから、顔色も悪い。
もともと青白い顔をしていたが、さらにその透明度が、悪い意味で増しているように見えた。

保健室の先生が、大事を取って、タクシーで病院に運ぶという。
アヤは、呼びかけても、意識がもうろうとしているのか、ろくに返事ができない状態だ。
眠れていないのだろうか、アヤの目の周りに青黒いクマができていることにも、リョウははじめて気がついた。
リョウは責任をおぼえた。
音楽室で、アヤに謝罪をせまるにしても、もっと穏当な方法はなかったろうか。
アヤのプライドの高さは知っていたのに、あんなふうに気持ちを逆なですることしかいえなかった。
仮にアヤが、涌田メイにすまないとおもっていたとしても、正論で追い詰められてしまったら、逆に反発するしか、ほかになかったかもしれない。

リョウは、気づいた。
アヤの白い指先に、赤い指環がはまっていたのだ。
鮮血のように赤い指環。
『前はピンクだった、はず?』 
リョウはアヤの手をとって、その指環をながめてみた。
よくできた指環だった。
猫の目のような奇妙なデザインの赤い石がはまっていた。
台座もすべてが赤い。
『アヤが雑貨に興味があるなんて知らなかったな』
一点の曇りもないほど赤い指環である。
それを見ていると、なんだかこころが吸い込まれそうになるほどだ。
じっと、じっと、リョウは指環に見入る。
猫の目のような石を指先で撫でていると、ふしぎと『落ちる』ということばがあたまに浮かんできた。
なんでそう思うのかはわからないが、この指輪に『落ちて』いく。

「青葉くん」
保健室の先生に呼ばれて、リョウは我にかえった。
リョウがアヤの手を取っているのを保健室の先生はちがう意味で受け取ったらしく、にやにやとチェシャ猫のような顔でいった。
「心配でしょうけれど、あなたは自分の教室にもどりなさい。高森さんは、親御さんが迎えにくるそうだから」
「アヤの両親なら」
よく知っている、といおうとするのを、先生はさえぎった。
「あとは先生に任せて、あなたは教室へ行きなさいね。まだ授業があるんでしょう」
そういわれて、仕方なくリョウは保健室をあとにした。
わざと遠回りして、来賓用玄関でしばらく高森夫妻のどちらかを待ってみたが、すぐには来ないようだった。
これまた仕方なく、リョウは自分の教室にもどった。


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Ⓒはさみのなかま 2017/3/8