ずんだの章 4

※ この話は、「ゆべしの章 4」のつづきとなります。

銀のヘンテコはみな、体格も同一のため、一列に並んで襲ってくるさまは、まるで銀色の波が押し寄せてくるようであった。
羅貫中犬と女戦士はそれぞれ構えたが、しかし、羅貫中は、隣に並び立つ女戦士の様子がおかしいのに気が付いた。
顔中に脂汗をかき、焦点は定まらず、剣を持つ手もふるえている。
じわじわと押し寄せてくる銀のヘンテコに目線をはずさないまま、女戦士は言った。
「残念ながら、わたしはもうもたないようです。場所を変えましょう」
「どこへ?」
「ついてきて」
短く言うと、突然、女戦士の姿は掻き消えた。
一人にされたと、肝の冷えた羅貫中であるが、そうではない。
一人と一匹が立っていたところは、ちょうど排水溝の上であった。見ると、枯葉の溜まっている排水溝の上に、白いモルモットが、二本足で立ち、鼻をひくひくさせて、羅貫中を誘っている。
ついてこい、というのだ。
もはや、多少のことでは、羅貫中も驚かない。
迫り来る銀のヘンテコをちらりと見つつ、羅貫中はモルモットのあとにつづいて、走り出した。

錦町から仙台駅に向かう道を、二匹は一気に駆け抜ける。
街中での犬の姿はかなり目立つ。
そのために、羅貫中は途中、触ろうとする人間に何度も邪魔されそうになったが、必死にこれを避け、花京院の交差点を抜け、牛タンの人気店の行列をくぐり、歩道橋を上り下りして、やがてさらに仙台メトロポリタンホテルの前をも駆け抜けた。
そこで信号に引っかかり、車の往来がはげしすぎるので渡れないため、やむなく足を止めて振り返ると、銀のヘンテコは追って来ていない。
「あいつら、どうしたのかしら」
「レティクルのルールに従っているのよ。彼らは、道交法を無視することができないの。派遣された世界の法律を厳守するようにプログラムされているのよ。ある意味、とても紳士的といえるけれど」
植え込みの影にたつモルモットが言った…といっても、しゃべったのではなく、念波のようなものをやり取りしている、といったほうが正解だろう。
「アナタはだれなの?」
羅貫中は、舌をべろりと出して、温度調節をしながら尋ねた。犬の身体のよいところは、汗をかかない、というところだ。
「世界の番人…だった者よ。最初のループで会っているはずだけれど、あなたも聖剣の力で記憶をなくしてしまっているのね」
羅貫中は、持ち前の柔軟な思考と冷静さを駆使して、モルモットの単語を、ひとつひとつ吟味した。
「詳しくはわからないけれど、アナタは、アタシがなぜ、犬の姿で転生したのか、その理由をしっているのね」
モルモットは、小さな首を振って、答えた。
「転生じゃないわ。あなたたちを召還したのよ。そして、犬の姿として受肉させたの」
「アナタが?」
モルモットは肯き、それから背後を見た。
「いけない、ゆっくりしていられないわ。わたしにも時間がないの。もうすこし付き合って」
そういうと、信号が青になるや、ふたたびモルモットは走り出した。
その小さな白い姿を追いつつ、羅貫中は、自分たちがホテル群を抜け、五橋の方角に向かっていることに気づいた。
最近、連続少年殺人犯があらわれた場所であり、だからこそ安全だろうと、一子が言っていた場所である。
一子はちゃんと家に帰れただろうか。クラスで一番、足の遅い子なので心配だ。

JR東日本病院を抜け、五橋公園のあたりにやってくると、モルモットは唐突に足を止めた。
「ここでいいわ。いまは、ここが仙台で一番安全な場所よ」
「? 公園があるだけじゃないの」
ビルとビルのあいだに挟まれた公園の脇には、休憩中のタクシーが何台か止まっており、公園内は鬱蒼とした木々が生え、整備はされているものの、人の姿はすくない。
すでに日も暮れて、歩道には帰宅途中のサラリーマンやOLの姿が増えてきた。動物好きがいて、羅貫中の姿を見るなり、「かわいー」と声をかけてきたり、舌を打って、呼び寄せようとしたりする。
しかし愛想を振りまいている場合ではない。
どれも無視して、羅貫中は、公園の街灯に白い姿を浮かばせるモルモットを見た。
疲れているせいか、それとも光線の加減か、モルモットの姿が、さきほどより薄いように見える。
「公園が問題なんじゃないわ。この一帯が問題なの。五橋には、二人のアトラ・ハシースがいるのよ。それも互いに気づかないままね。そのうちの一人、『完全なる者』がこのあたりを無意識のうちに守護しているので、レティクルたちは、彼の居住する地域の半径五百メートル以内には侵入できないの」
「アトラ・ハシース(最高の賢者)? それってたしか、バビロニアの古い言葉で、ノアを指す言葉じゃなかったかしら?」
「ノアからはじまった智者の系譜に連なる人々を指すのよ。人類の歴史に貢献した英雄が、人々の崇拝を受けて、霊格が上がった状態を指すの。あなたもその一人よ」
「アタシが?」
「時間がないわ。ゆっくり説明をしていられないけれど、聞いて頂戴。アトラ・ハシースとしてあなたを召還したのは、浅野家を護るためよ。犬の姿に受肉させたのは、犬が安産の神だから。浅野家は、この世界の母体なの。浅野家から生み出されるイメージが、この世界を織り上げている。浅野家が消滅すれば、この世界は消え、リンクしている汎世界に悪影響が出るでしょう」
「アタシの家が?」

羅貫中は自分の家とその家族を思い出してみた。
文系で愛想はないが心根はやさしい一子、いじめられっ子の志朗、やさしい片付け上手なお母さん、仕事はできるけれど家では間抜けなお父さん…どう考えても、そんなたいそうな運命を背負っているようにはみえない、ごくごく普通の家だ。

「あなたの役目は、世界樹ユグドラシルと同じで、浅野家から生み出される世界を、さらに具現化して世界を構築させること。あなたが浅野家にいるだけで、世界は保たれる。ラグナロクは訪れない。本当は、もう一匹、いたのだけれど、彼はいま、別のアトラ・ハシースの守護に回っているわ」
「もう一匹…?」
羅貫中の脳裏に、子供部屋にある、だれのものかわからないリードが思い浮かんだ。
その持ち主のことなのか。
だとすると、モルモットの話は、つじつまが合う。
「この世界は、ある想念によって生み出された、現実に非常に近い存在感を持つ夢の世界なの。虐げられ、無念のうちにこの世から去らねばならない魂をなぐさめるために、無垢な魂が全身全霊をこめて織り上げた世界だわ。
しかし、その想いがあまりに強すぎて、夢が夢ではなくなってしまった。汎世界とは独立した夢でなければいけないこの世界が、徐々に現実世界に影響を与え始めたのよ。
その影響で、一番打撃を受ける人間たちがいるの。それが千台家よ」
「その名前なら知っているわ。うちの志朗をいじめる男の子の家じゃない。たしか宮城県警の幹部が父親で、あんまりいい噂もない家よね。でもって、お姉さんの同級生のヨーコも、その家の子よ」
モルモットは大きく頷いた。
「志朗をいじめる少年と、ヨーコ。この二人が、レティクルたちにとってのアダムとイブになる。
レティクルはいま、独裁体制の敷かれた超警察国家になっているわ。その頂点が、千台家の人間なの。彼らは21世紀の初頭から、急速に力をつけ始め、やがて中央に進出し、財閥を形成して、世界経済をも動かす大物を輩出する家になっていくの。
そしてその頂点が、レティクル、というわけ。レティクルは、星がまるごと、千台財閥の植民地といっても過言ではないわね。
ただし、この夢の世界がこのまま存続し、現実世界に影響を及ぼし続けると、彼らの未来が変わる可能性があった。千台家にとって、21世紀のこの時期が、もっとも重要なのよ。だから、彼らは未来から、この世界を消滅させるために攻撃をしかけてきたの。それが、さっき、わたしたちが対峙した連中よ」
「みらい?」
「そう。彼らは21世紀の人間とちがって、もっと進化しているから、霊的世界の正確な動向も知っているし、かつては神と呼ばれていた者に対抗する手段も知っているの。だから歴史さえも変えようとする奇跡の力に反抗して、時空を超えて、この世界に軍を派遣してきたのよ」
あまりに話が大きくなってしまったため、羅貫中は目をぱちくりとさせるしかない。
宇宙といわれてもすぐに浮かぶのは、NASAの存在やアポロやスペースシャトルの飛行であり、宇宙飛行士ガガーリンや毛利衛の存在である。
それでも羅貫中は、知識と想像力を駆使して、モルモットの話をまとめた。
「要するに、レティクルというのは、宇宙に進出していった、未来人のことなのね?」
「そうよ。そして彼らをまとめている人間が、千台家の子孫なの」
「見えてきたわ。ベタなSFじゃないの。つまり、未来のリーダーの先祖が、この世界があるがために、ちがう運命を辿る可能性がある。すると、当然、未来のリーダーの存在が生まれるかどうかも怪しい。そこで、変化の元凶である、この世界を消そうとしているのね」
「話が早くて助かるわ。そういうことなの。わたしは世界の番人として、すべての世界を守る義務がある。それがたとえ、夢の世界だったとしても、存在している以上は、護らねばならない。そこで、『戦士の角笛』を吹いて、世界を護りうるアトラ・ハシースを召還したわ。
ところが、最初に召還した四人のうち、ひとりはすぐにレティクルたちの攻撃を受けて、消滅してしまい、もう一人は、あろうことか敵に組み込まれてしまったの」
モルモットは、悔しそうに鼻をうごめかせた。
よほど怒りがあるのだろう。ちいさな足で、地面を蹴ってさえ見せる。
「わたしは、彼らに対抗するべく、さらにアトラ・ハシースを三人、召還した。それがあなたたちなの。うち、二人を犬として受肉させ、浅野家の配置し、もう一人を、ラ・ピュセルの軍師として派遣した」
「ラ・ピュセルって…ジャンヌ・ダルクのこと?」
「そう。彼女こそ、世界の導き手であり、癒し手。そもそも、ここは、虐げられた者を救うために作られた世界なので、彼女といちばん相性がいいのよ。だけれど、レティクルたちも狡猾だった。アトラ・ハシースが増強されたのを知って、彼らをバラバラにするように罠を仕掛けてきたのよ。
わたしが最後に召還したアトラ・ハシースがあまりに存在感がありすぎて、レティクルたちの危機感を煽ってしまったのが原因だったわ。レティクルたちは、総攻撃を仕掛けてきた。蛇のように狡猾にね。
彼らは、アトラ・ハシースに対抗するべく、自分たちもアトラ・ハシースを召還し、力を与えて、わたしの召還したアトラ・ハシースと戦わせたのよ。いいえ、召還なんてものじゃない。彼らは、怨霊に力を与えて、アトラ・ハシースに仕立てあげたのだわ。
わたしもまた、罠にかけられて、アトラ・ハシースたちと接触することができなくなってしまった。情報不足のまま戦うことになったアトラ・ハシースたちは恐慌に陥り、あろうことか、互いに戦いをはじめてしまったの。まさにレティクルたちの思惑通りにね。
だけれど、ラ・ピュセルは冷静だった。彼女は、レティクルの罠にはまって、12月4日に戻って浅野家を消滅させようとしたアトラ・ハシースを制止し、世界のラグナロクを回避するため、彼女は自らの肉体の消滅時に発生する、膨大な霊力の放出を、世界を巻きもどすことに使ったのよ。
そして、彼女の従者に『戦士の角笛』を吹かせ、ふたたび世界を構築させた。12月4日に戻したの。
けれど、角笛を吹いたのが、ヴァンパイアだったことから、聖剣アスカロンの力が強烈に働いてしまい、わたしのアトラ・ハシースたちは、受肉した状態でこの町に四散してしまった。いまの彼らは、たとえ町で偶然すれ違ったとしても、相手が自分と同じアトラ・ハシースだとはわからない。あなたがそうであったようにね」
「聖剣によって記憶が…アタシも記憶がないってことよね?」
「そう。でも、もう戦いは始まっている。最初のループより、もっと不利な状況でね」
そういうモルモットの姿が、まるで古いビデオテープの映像のように、不意にブレた。
「呪いがはじまったわ…わたしは、一定時間しかこの世界に留まることができない。そのうえ、過去にしか遡れなくなってしまった…」
「ちょっと、説明不足で行かないでちょうだい! アタシはどうすればいいの?」
「浅野家を守るのよ。そして、残りのアトラ・ハシースを捜して頂戴。彼らの名前を言うわ。
残っているのは、たったの五人。
聖ジャンヌ・ダルク。
当山孔真君…諸葛孔明。
陳寿。
あなた。
そして、ムスタファ・ケマル・アタチュルク」
「すごいメンバーじゃないの。って、なんだか陳寿だけが、妙に浮いているようだけれど。あの人、英雄だったかしら」
「気をつけて…レティクルによって受肉した、偽のアトラ・ハシースのメアリ・スチュワートが、目下のあなたの敵となるでしょう。『完全なる者』を探しなさい…メアリのアストラルに気をつけて…」
徐々に、モルモットの姿がかすれていく。どうすることもできず、羅貫中は、地面をがりがりと苛立ちまぎれにひっかくしかない。
「待って。でもみんな記憶がないのでしょう? どうすればいいの?」
「わからない…それは、あなた方の問題…」
「無責任よ! そうだ、あなた、名前をまだ名乗っていないじゃない! 最後に名前くらい教えて!」
モルモットの姿は、もはや霞のようになっていた。声もか細く、風にまぎれるようにして、最後の言葉が聞こえてきた。

「…ブリュンヒルデ…」

そうして、五橋公園には、シェットランドシープドックの羅貫中だけが残された。
「浅野家を守りなさいって…浅野家は上杉なのよ。ここから歩いたって四十分もあるのよ」
誰に言うとはなしにぼやきつつ、羅貫中は公園を出て、そっと歩道から、北のほうを見る。
すると、ブリュンヒルデの言葉どおり、銀の小人はこちらに近づいてこられないらしく、おそらく『完全なる者』のいる半径五百メートルの境界線で、ぴたりと横一列に並んで待機している。
その規律正しい姿に、かえって羅貫中はぞっとした。
そこには、なんら人間らしい感情が伺われない。ひたすら目的を完遂させるためだけに存在する、機械のような兵隊なのだ。
レティクルという遠い星の未来人の思考や、彼らを統率するという千台家の子孫の人柄が、趣味の悪い銀色の小人の存在に、凝縮されているような気がする。

「どちらにしろ、このままじゃ家に帰れないわ」

謎は山ほどある。
ブリュンヒルデ…たしか北欧神話に登場したヴァルキューレの一人だ。
最高神オーディンの最愛の娘でもある。彼女の物語は、むしろワーグナーのオペラのほうで有名だろう。
ニーベルングの指輪、ラインの黄金、神々の黄昏…羅貫中の脳裏に、高名な行進曲『ヴァルキューレの騎行』が浮かんだ。これはフランシス・コッポラの名作映画『地獄の黙示録』で、ヘリコプターがベトナムのジャングルに飛来するシーンで使用されていたものだ。
神の娘であるブリュンヒルデすら、レティクルに対抗しきれない、という。
犬の身になっている自分に、なにができるというのか。

すでにとっぷりと日が暮れて、真っ暗になっている周囲を見回した。
夢の世界ということは、この世界が作り物だということだろうか。
それにしては、あまりにでき過ぎている。
12月の寒風に揺れる木立のざわめきや、公園の隣に建っているマンションに灯る明かりを見あげつつ、羅貫中は、なんともいえない哀愁をおぼえた。
これが夢だというにしても、いま自分が感じている感情は、あまりにリアルに過ぎるだろう。
急に一人でいることが心細くなり、ともかく人がいるところへ行こうと、羅貫中は歩きだした。

ずんだマップに戻る

※ この話は、「ほやの章 2」につづきます。