ずんだ×三国志

第一話

高校生・青葉リョウ、ずんだの指環を手に入れる

「青葉くんは、高森アヤのこと、なんにも知らないでしょう」
と、太い眉の少女はすぐに切り出した。
男子は一年に一度ある、調理実習のとき以外は家庭科室にはいらない。
なので、そこにあるミシンやシンク、棚にかざってある優秀な生徒のつくった刺繍作品や被服、ぬいぐるみなど、どれもがめずらしく見えた。
丹精込めてつくられた作品を見ていると、なるほど、体育会系のアヤと手芸部のメイは水と油だな、とリョウはおもった。
アヤは裁縫のたぐいがまったくといっていいほどできず、家庭科の実習でスカートをつくるときも、ほとんどの部分を、こっそり友達がやってくれた、そんな自分が情けないと、こぼしていたほどだった。
一方の涌田メイは、そんなことはないのだろう。

放課後の家庭科室に、リョウと一年C組の女子以外の生徒はいなかった。
C組女子は、手芸部の活動のないことを知っていてリョウを家庭科室に呼び出したのか、あるいは、手芸部全体がC組女子に協力して、ほかの生徒が家庭科室に出入りできないようにしているのか、それはわからなかった。

それにしても聞き捨てならない。
アヤはリョウの幼なじみで、幼稚園に入る前からのつきあいだ。
アヤの歯がいつすべて生えそろったのかも知っているし、彼女が市内のちいさなピアノのコンクールで優秀賞をとったとき、家族ぐるみでお祝いに牛タンを食べにいったこともある。
リョウにとって、アヤは人生の一部といってもいい存在で、いまさら、ほとんど面識のない少女たちに「知らないでしょう」と指摘されるのは気持ちのいいものではなかった。
さて、この子たちはどんな思惑があって、そんなことを切り出してくるのかなと、リョウはかんがえる。
人がだれかの裏の顔を暴露しようとするときは、たいがい、自分たちを有利にしようとする思惑がはたらく。
とはいえ、C組の女子がリョウに対して優位に立とうと、リョウの生活に変化はない。
メイがC組の女子にたのんで、アヤの悪口を吹き込もうとしている可能性もあるが、はたして、そんなことをしたところで、意味はあるのだろうか。
どうあれ、自分が涌田メイとつきあう可能性はないのだ。

もしかしたら、涌田メイは、自分とアヤがつきあっているのだと勘違いしているのかもしれないな、と、そこまで深く推理してから、リョウはいった。
「知らないことはないとおもうよ」
アヤとて神様ではない、欠点もある。
幼なじみの悪い点くらい、リョウは把握しているのだ、そのうえで、いまも大親友としてつきあっている。
いまさら他人にとやかく言われる筋合いはない。
だんだん、反発めいた感情が胸に沸き起こってくる。
それというのも、家庭科室のワックスのにおいがきつく、頭が痛くなってきたせいもあるが、C組の少女たちの、いかにも「どうせ知らないでしょうから、教えてあげる」といった傲慢な態度が気に入らなかったせいである。

「メイが青葉くんに告白したのは、わたしたちも知っているの。ことわったことは仕方ない、青葉くんとメイの問題だもんね。でも、そのあとよ。メイは、いきなり高森さんに呼び出されたの。メイは素直な子だから、よせばいいのに、高森さんのところへ行ったのよ。そしたら、高森さん、いきなりメイを平手打ちしたの」
「は?」
「平手打ちよ」
呑み込みの悪いリョウにわかりやすく説明するためか、太い眉の少女は、自身も平手打ちのまねをした。
太い眉の少女の背後にいる女生徒たちも、うん、うん、と深くうなずいて、抗議をしめすべく、剣呑な目でリョウを見ている。
「高森さんがいうには、『リョウはだれともつきあっている暇がないの。勉強が忙しいんだから。ほんとうにリョウのことが好きなら、邪魔するんじゃないわよ、あんた、どこまで自己中なの』って。ひどいわよね」
まさか、といいかけたが、ことばは奥歯のあたりで消えてしまった。
アヤならいいかねない。
とはいえ、平手打ちはやりすぎだ。
「青葉くんにフラれたばかりだったメイはすっかりショックを受けちゃって、学校を休んでいるのよ。高森さんて、ほんとうに高飛車。メイの気持ちを踏みにじるようなまねをしてさ。メイ、さっき電話してみたら、泣いていたわよ。どうするつもり?」
「どうもこうも」

いってから、どうすりゃいいんだ、ぼくは? とこころのなかでリョウは自問自答した。
メイが、仮にアヤのいうとおりの裏表のある少女だったとしても、平手打ちしてよい理由にはならない。
それより、アヤはなんだって、ぼくの人間関係に踏み込むようなことをしているんだと、リョウは苛立ちにちかいものをおぼえた。
太い眉の少女は、動揺するリョウをさらに責めたてるような目でリョウを見る。
ほかの少女たちもしかり。
なんとか落とし前をつけろ、といわんばかりだ。

「アヤの代わりにあやまるよ。ごめん」
「わたしたちにあやまってもらったって意味ないじゃない。青葉くんから高森さんにいって、メイにあやまってもらって」
「アヤにはいうよ。たしかに、あやまらせなけりゃ、だめだ」
「青葉くんもメイにあやまってくれると、なおいいけど」
「ぼくが原因だからね」
しかたない、とリョウがため息をつくと、太い眉の少女は、身を乗り出してきた。
「青葉くんは高森さんとつきあっているの?」
「そうじゃないよ。アヤとは幼なじみというだけで」
「なら、メイのことはどうしてことわったの?」
「どうしてって、いまは誰ともつきあう気持ちになれないんだ」
「メイはいい子だよ。高森さんとちがって、気前もいいし、やさしいし、ほんとうにかわいいの。同性のわたしたちがいうんだからまちがいない。ためしにでもいいから、つきあってみれば?」
「ためしになんて、試供品じゃあるまいし」
「青葉くん、かたいんだ」
太い眉の少女は小ばかにしたようなことをいう。
「メイと青葉くんとの仲をとりもてられたら、わたしたちもうれしいんだ」
厚い友情だなあと感心していると。
「あの子、気前がいいから、おごりとかあるし」
なんだ、花より団子か、とがっかりした。
しかし太い眉の少女は、ほかの少女からブレザーの袖をひっぱられるまで、自分の失言に気づかなかったようである。
さいしょは、袖をひっぱられて、「なによ」とうるさそうにしていたが、途中でハッとした顔になった。
ばつが悪い。
「ま、いろいろあるのよ」

リョウは、アヤが根拠なしに人の悪口を言う少女ではないことを知っている。
仮に差し引いて見ても、メイが周りの友人にあまり恵まれていないことはハッキリした。
いい子だと、さして友情を感じていないだろう自称・友達に売り込まれても、そうなんだ、と素直にうなずくわけにはいかない。
「ね、つきあっちゃえば?」
ずいっと迫られて、リョウはあわてて答えた。
「いや、ごめん、いまは勉強に集中したいんだよ。仮につきあったとしても、涌田さんのことを大事にできないとおもうんだ」
「つきあってみたら、気分が変わるかもしれないじゃない」
たしかにそうだ、と相槌をうつほどに、リョウはお人よしではなかった。
メイとつきあったとしよう。
そうしてみて、「気分が変わる」とは、つまり、メイにうつつをぬかすようになり、勉学がおろそかになるということと同等だ。
それは勉学第一という志を捨てることになる。
それはいやだった。
リョウは、勉強をいっぱいして成績をあげ、就職試験でも好成績を取り、いい仕事に就いて、ナルミやヒトシの生活をすこしでも楽にしてやりたいのである。
「変わらないとおもうよ、ざんねんだけど。ともかく、教えてくれてありがとう、アヤに注意してくる。じゃあね」
そういって、リョウはあわてて家庭科教室を飛び出した。
扉を閉める直前、少女たちが不満の声をもらすのが聞こえたが、ありとあらゆる単語が耳に入らないよう、リョウは聴覚をシャットアウトした。

つぎへすすむ
まえへもどる
もくじへもどる
TOPページへもどる

Ⓒはさみのなかま 2017/3/5