七夕フェスタ リクエスト企画 第十六弾 ねここ様からのリクエスト
噂の真相(?)
※このお話は「ずんだGAME」の番外編「貴人たちの情景」のつづきとなります。
パオが建っているかなと想像していた趙雲であるが(注・これは趙雲の誤解と偏見で、羌族は高い尖塔を有する、石造りの家屋の連なる街に住んでいる。一見すると、欧州的な集落である)、馬超の家は、塔からほど近い場所にあり、赤レンガに、フランク・ロイド・ライトのデザインしたような、洒落た鋭角的なラインを持つ、趣味の良い二階家であった。
庭は猫の額ほどしかなく、ありあまる敷地のなかで、なぜかたがいに肩を寄せ合うようにして住宅の密集している地域のなかにあり、あの男が、やはり寂しがり屋なのだということを雄弁に物語っていた。
とはいえ、思うさま馬を駆りたいときは、車庫にあるアルファロメオ スパイダー ヴェローチェでもってかっ飛ばして、郊外の神獣たちにお願いして馬を借り、好きなだけ草原を走るのである。
赤い煉瓦に黒い鉄の柵。車庫に眠る赤いアルファロメオ。
これだけ見ると、ロンドンの街中にある洒落た家のようでもある。
いっとき、なにに憧れたのやら、パンクファッションに身を包んであたりを闊歩し、以前の彼を知る者をして唖然とさせたこともあったが、いまは少々落ち着いて、胸元の大きくあいたタンクトップに革ジャンにブーツ、革ズボン、シルバーアクセサリーをジャラジャラと飾った出で立ちであることが多いようだ。
とはいえ、目立つことには変わりない。
『下宿先』には社会制度がないので、もちろん郵便制度もないのだが、たがいに連絡を取りたい時は、使い魔をやりとりする。
孔明の場合は蜻蛉であるが、その属性に従って、使い魔は変わる。使い魔を使用するのも、霊力が必要となるので、アストラルで使い魔を使用できる者は多くない。
趙雲は、孔明に、あまり霊力の必要としない蜻蛉を特別に作ってもらい、これを緊急時のみ使うようにしている。
馬超も、実は孔明と同じ風属性であった。
アストラルとアトラ・ハシースとで立場はちがうが、馬超は趙雲より霊格が高かったため、いずれは塔に招聘されるのではと期待されていたが、本人にむらっ気がありすぎて、命題を与えられても、途中解雇されることがつづき、いつの間にやら、霊格において趙雲に追い抜かされていた。
これは、孔明が、あきれるほどに不眠不休で命題を受けまくり、そのたびにマメに趙雲を召喚していたからであり、孔明が異常な早さで霊格を上げて行くのと同時に、趙雲の霊格も(小国の将軍としては)異例な早さで上がっていったのだ。
馬超ら、ほかの蜀関係者からすれば、あの二人はなんなのだ、というところもあったようだが、これは別に孔明と趙雲が、名誉欲に動かされたわけではなく、広い世界のあちこちを見て回りたいという、純粋な好奇心の結果なのである。
そんなふたりを横目に、馬超はあくまでマイペースであり、気ままに過ごすことを主眼に置いているようであった。
ほかの時代のアストラルとも、それなりにうまくやっている様子である。
門のところには瀟洒な黒い郵便受けがあるが、そこには、手紙や新聞がはいるわけではなく、使い魔が入る。
趙雲が、そっと覗いてみると、中にいる物と目があった。
思わず失礼、とつぶやくと、喋れるらしく、もぞもぞと中で動き、自ら郵便受けの蓋を開け、趙雲に挨拶をしてきた。
「御機嫌よう、アストラルの旦那」
と、それは、いかつい顔をした、手のひらほどの小さな唐獅子であった。身体に渦のような文様の毛皮を持ち、純白のふさふさの毛を生やしている。
喋れるからには、力のあるアトラ・ハシースの使い魔なのだろう。
「こちらにお住まいのアストラルの旦那なら、さきほど帰っておいでですよ」
「そうか。それは助かる」
「いま、あっしのための餌を貰いに、供給所へお行きになったところでがんす。じきに戻ってまいりましょう。あっしら使い魔にもおやさしい旦那で、評判いいんでがすよ」
と、唐獅子はふさふさの眉をわさわさと動かして、自分のことのように嬉しそうに言った。
馬超はふしぎと、こういうところがある。評判は良いか、悪いかのどちらかと極端で、中間がない。
好かれると、とことんまで好かれる男だが、ひとたび敵を作ると、抜き差しならない状況に陥る。
自分でもそうと判っているから、どんな社会にいても、人の深追いをしないようにしているのだろう。
だが、孤独は嫌なので、街中の、らしくもない狭い場所に居を構えているのだ。
この複雑な相反する心をもつ男は、アストラルとなっても、己の心に縛られているようである。
人間のような複雑な感情を持つ者との交流は好まず、変わりに、使い魔や動物などにこまやかな愛情を注いでいるのだが、身にまとうものは革製品。動物に優しいのか冷たいのか、いまひとつ明確ではないが…
「あ、お帰りになったようで」
と、唐獅子が言うので、見れば、鼻歌もこぼれそうな雰囲気で、美しい石畳の道を、高らかに靴音をさせながら、馬超が供給所の食品をかかえてやってくる。
もしや、この唐獅子の主は、女かもしれぬな、と思いつつ、声をかけようと思った趙雲であるが、先に馬超のほうが気づいた。
「あ」
とひとこと言って、唐突に背を向けると、いきなり走り出す。
その様子を見て、趙雲はピンと来た。
「待て、なぜ逃げる!」
言いながら追いかけると、馬超はちらりとこちらを振り返り、そしてさらに足を加速させた。
馬超は、どこぞのアトラ・ハシースに召喚されて、帰ってきたばかりである。
その直前に、孔明のところで『緊急時の霊力の分け方』を聞いて、あわてて退散した。
おさらいをすると、アトラ・ハシースは宇宙を構成する汎世界を守るために働く霊体のことで、世界を守るヴァルキューレに召喚されて、命題をこなす。
この命題をこなすために、助手が必要になることがあり、これをアストラルという。
アストラルもアトラ・ハシースも霊力を糧に活動するが、世界に満ちている霊力から、直接霊力を補給できるのはアトラ・ハシースのみである。
ゆえに、アトラ・ハシースは、世界から集めた霊力を、召喚させたアストラルに分ける必要がある。
通常であれば、これは石などの霊力を宿しやすい物質でのやり取りになるのだが、緊急時には、霊力の素早い摂取が必要となる。それが『緊急時の霊力の分け方』というわけだ。
孔明が教えてくれなかったため、趙雲にとっては謎だらけのこの『緊急時の霊力の分け方』、馬超は孔明に耳打ちされて、蒼くなったり赤くなったりと信号のように忙しい顔色を見せた後、意味ありげな言葉を残して去っていた。
趙雲は、方法を尋ねたが、孔明は笑うばかりで答えてくれない。趙雲としては気になって仕方ないのである。
好奇心のためではなく、万が一、その『緊急時』になったら、その方法を知っていると知っていないとでは、対応に差が出るであろうという配慮からである。
だから、馬超ならば知っているだろうと思って、追いかけてきたのであるが…
なぜにあんな、ナマハゲかなにかを見つけてしまったかのような顔をして逃げるのか?
だいたい、孔明の部屋から辞去したときも、なにやら意味ありげな台詞を残して去っていった。『緊急時の霊力の分け方』とは、もしやアレか? それともコレか?
ともかく、趙雲は気になって、眠れることすらできなくなっているのである。
そんな趙雲に、いつもおしゃべりな孔明が、妙に言葉を濁したがるし。
「旦那、あっしの背中にお乗りなさい」
と、さっきの使い魔の唐獅子が追いかけてきた。
唐獅子の大きさは、沖縄の土産物としてポピュラーな、玄関先のシーサーの置物より、なお小さい。とても乗れたものではないのだが、趙雲がすこし足を緩めると、唐獅子は、それを了解の意志と受け取ったのか、むくむくと水でふやけた海草のような按配で大きくなり、やがて乳牛ほどの大きさになった。
趙雲は、すでに、いつも人通りのすくない大通りを駆け抜け、ゴマ粒くらいの大きさにまで遠ざかっている馬超をちらりと見て、唐獅子の背に乗った。
とたん、唐獅子はぽん、と石畳の道を大きく蹴って、飛び上がる。
天馬のごとき跳躍力で、ふと見れば、中央都市の町並みが、一望できる高さにまであがっていた。
「おまえは、馬超の友の使い魔ではないのか」
「そうでがす。でも旦那は、あっしのおやつを抱えたまま、逃げていきなさったので、これは追わずにはおれますまい」
ここでいう、おやつ、とは、供給所で最高府によって配給される、霊力がたっぷり封じ込められた、使い魔用のおやつのことである。
眼下には、ありとあらゆる文明の家屋を、おもちゃ箱をひっくり返したように無造作に並べたような街があり、その間を、完璧に設計された迷宮のような道が走る。
車も馬車もほとんどない、そもそも人口すらすくない街で、走る黒い人影がひとつ。
使い魔のおやつをかかえたまま、後ろを気にしながら走る、馬超であった。
「降下しますよ。しっかり掴まってくんなまし」
唐獅子は、なにやらいろんな喋り方が混ざっているようである。
わかった、と短く答える趙雲に、言い訳のように言った。
「あっしは、これまでたくさんのアストラルの方々と、手前の御方さまの仲立ちをしてまいりまして、そのたんびに、浮気性なもんですから、アストラルの方々と仲良くなってしまうのです。そうして、そのたんびに、その方のしゃべり言葉を覚えてしまうのですよ」
「おまえの主人は?」
「残念ながら申し上げられません。ただ、日の本のさる女性、とだけ申し上げておきやしょう」
「大和撫子の使い魔か」
「大和撫子なんていわれた日には、うちの御方さま、きっと泣いて喜びますぜ。筆さばきがまた冴えまくりましょうなぁ」
「なんとなくだが、わかった」
あっしは口が軽くていけない、と唐獅子は笑いながら言って、つばめのように、ぐんぐんと地表を降下していく。
そうして、地面に激突するぎりぎりまで速度を落さず、さすがの馬超も唐獅子の勢いに足を止めているところで、ぴたりと見えない糸で宙吊りにされているかのように、綺麗に止まると、そのまま、軽やかに地面に降り立つ。
乗っている趙雲のほうは、さすがに重力の負荷に、臓腑が引っくり返りそうな思いをしつつ、馬超の前に立った。
「なぜ逃げる」
顔の蒼い趙雲を見て、天上天下唯我独尊な馬超も、眉をひそめて尋ねてきた。
「おい、吐きそうな顔をしているぞ。大丈夫か」
「これしきは問題ない。それより、久しぶりというのに、いきなり俺の顔を見て逃げるとはどういうことだ?」
「逃げてなどおらぬ。なにせ意外だったものでな。おまえが俺の家にやってくるなど」
と言って、馬超は力なく、ははは、と笑うのであるが、目を合わせようとはしない。
この、怖いもの知らずの男が、及び腰というのも珍しい。
怖がっている? 俺を? 『方法』とやらは、神威将軍とまで呼ばれたこの男が怖じるほどの、すさまじい方法なのか?
ますます想像をたくましくし、うろたえる趙雲であるが、馬超は、その様子をどう見たか、さらにじりじりと後退していく。
これで往来に人があれば、目立つ男ふたりと、愛嬌のある丸い目をきょろりとさせた唐獅子、注目を集めることまちがいないが、中央都市では、いつでも人口がすくない。
ほとんど人通りのない街に、鳩だけがのんびりと、堂々と車道を歩いている。
正攻法では、この男はしゃべるまい。
とすれば、こちらもすでに了解のうえで、ヒントを引き出し、それから正解にたどり着くのがよいだろう。
回りくどいが、仕方ない。
「俺が貴公の家に行ったら、なにかまずいことでもあるのか。以前は、俺があまり来ないので、付き合いがわるいと、ぶうぶう言っていたではないか」
「そんなこともあったが、うむ、いや、来てもらっても構わぬ。俺はアストラルで、おまえのアトラ・ハシースとちがうからな。わかっているのだろう」
この場合、『おまえのアトラ・ハシース』とやらは、孔明のことを指すにちがいない。
わかっている、とは、なにをだ?
「俺は別に、孔明と専属契約を結んではおらぬ。だれに召喚されても動くが」
「そうか、気前の良いことだ。そのわりには、おまえが留守のあいだ、丞相はご機嫌が悪かった」
「おまえ、まだ役職でわれらを呼ぶか」
「これは癖なのだよ、翊軍将軍、気になるというのなら、渾名だと思ってくれてかまわん」
「妙な渾名だ。おまえだけぞ、いまだ同国の仲間を役職で呼ぶのは」
馬超が、いまだ誰のことをも名で呼ばず、丞相だの翊軍将軍だの陛下だのと呼ぶのは、生前は頑なに『客将』でありつづけた馬超の意地と、いくばくかの照れが入り混じっているのだろう。
「ところで話を戻すのだが」
と、趙雲が言うと、馬超は、あからさまに迷惑そうに顔をしかめた。
「俺はなにも答えぬ」
「まだ問うてもおらぬが」
馬超は誇り高く、傅かれることに慣れている男だ。
趙雲のこういう歯に衣着せぬ物言いが、苦手のようで、むっとして彫の深い顔をしかめる。
「では、問え。答えられるかどうかは、問いによる」
「ずばり切り出したほうがよいようだな。俺が聞きたいのは、おまえが召喚される直前に、孔明に聞いた、『緊急時の霊力の分け方』なのだが」
「なぜ俺に尋ねる。知っているだろう」
「知らぬから尋ねているのだ」
「面妖な。おまえ、もしやそうとは知らぬに、『方法』を行っているため、それと気づいていないのではないのか」
「そんなに日常的な行為なのか?」
とすれば、手を握るとか?
いや、そんな単純な方法で霊力を分けられるのであれば、緊急時でなくても、普段から、石に霊力を籠めるなどという面倒な方法はとらずに、そうすればよいのだ。
孔明以外のアトラ・ハシースとも何度か仕事をしたが、いまもって、石での霊力の補給方法のほかは、経験したことがない。
が、馬超のほうはというと、趙雲の言葉に首をひねっている。
馬超が動くたびに、全身にところどころに身につけたアクセサリの数々が、じゃらじゃらと心地よい金属音を立てる。
くまなく飾り立てれば、かえって安っぽくなりそうなものを、統一性があり、なおかつ品がよいのは、馬超の生来持っているセンスによるものであろう。
錦馬超の錦たる所以である。
「日常的…で、あろうかな? あれを日常的に行う者は、欲深なものとて、そうはおらぬと思うが」
「欲深?」
馬超は、鸚鵡返しにする趙雲に、さっと顔を赤らめ、こほん、こほんと咳をする。
「ああ、いかんいかん、口が滑った。だがな、斯様なことを、往来において、日中から尋ねるその態度は、如何なものかと思うぞ」
「昼間から口にできない事柄、ということか?」
どんなものだ、それは。
「そこまで言って、思い当たらぬか」
「いや…すまぬ、さっぱりわからぬ」
「とぼけておるのではないだろうな。俺のところより、丞相や、陛下のところへ行けばよかろう」
「主公は仕事から帰らぬし、孔明が教えないからおまえのところに来ているのだ。あれが、どうしてアトラ・ハシースになれたと思う。あれが語るまいと思っていることを、俺が策でもって引き出せるわけがなかろう」
「ふうむ、で、俺ならば語るに落ちるであろうと」
「落ちるだろう」
「ふざけるな! 俺が、斯様に口が軽い男だとでも? いやがらせか?」
「いやがらせのつもりはないが…そんなにおおっぴらに口にできない方法なのか? おまえは試したことがあるか?」
「あるわけなかろう、恐ろしい! いや、まったくないわけではないが、霊力を分けてもらうという意味で行ったことはない」
なにやら難解なクイズを懸命に解いているような気分だ。
ますます訳がわからなくなった趙雲であるが、馬超は、というと、東洋人離れした大作りの顔を、おおげさに動かして、ため息をつく。
その脇で、唐獅子は、ポストサイズに戻り、馬超の足元に縋りつくようにして言った。
「旦那、お話中に申し訳ありませんが、あっしのおやつをくださいな」
「おお、すまぬ、翊軍将軍が妙なことを言うので、失念しておったわ。これでよかったかな」
と、茶色の、素っ気ない紙袋から、馬超は使い魔用のおやつのひとつ、骨つき肉を取り出し、唐獅子に与えてやる。
すると、唐獅子は大喜びで肉に食いつきながら、趙雲に言った。
「失礼ですが旦那、旦那のおっしゃっているのは、もしや『緊急時の霊力の分け方』のことではありませぬか」
「うむ、そのとおりだ」
おい、と唐獅子を制止する馬超であるが、唐獅子は、ふさふさの玉蜀黍の房のようにうつくしい尻尾を振って、言った。
「この旦那は、すっぽんのように根性がありなさる。いま、孟起さまがお答えにならなければ、また日を改めて現われましょうぞ。それでもよいというのであれば、あっしも口をはさみやしません。
が、孟起さまは、うちの御方さまとお約束なさっておいでのはず。この旦那は、御方さまのところにまで、押しかけてきそうな御仁だ。本当は、いますぐにでも孟起さまをお連れしなくちゃならないのですが、それでは困ったことになるので、こうして待っているのですぜ」
「そうだな、せっかく俺をモデルに書いてくれるというのに、邪魔者が現われては、集中力が削がれてしまおう」
「その通りでさ。うちの御方さまの新作は、中央都市の皆様方の注目の的。孟起様がそのモデルに選ばれたということは、これはたいへんな名誉なんでがすよ」
「わかっておる。だが、確かにおまえの言うとおり、この男は、なかなか粘着質でな、振り切るにしても、俺の口から『方法』を言うのも憚れる。おまえ、知っているのか」
「知っておりますとも。しかし、なぜに孟起さまが、そう恥ずかしがるのか判りませぬが」
「教えてくれ」
と、趙雲が身を乗り出すのを、馬超は、ああ、恥ずかしい、といいながら、顔を背ける。
「『緊急時』に陥った場合、アトラ・ハシースは、霊力を石に還元している暇はなくなります。そこで取る方法は、ずばり『献血』でがす」
「…………血?」
「ええ、アトラ・ハシースは万一に備えて、いつも注射器を携帯しているほどなんでがすよ」
「本当か?」
馬超に確認すると、馬超はと言うと、なぜかわからないが照れて、
「うーん、まあ、そうだ」
と、この男にしては、めずらしく歯切れ悪くに答えた。
呆れて趙雲は言った。
「紛らわしい反応をするな! 献血なんぞで、なにゆえ、そうも照れる?」
馬超が、それは、その、などと、口を濁しているため、唐獅子が代わりに答えた。
「そりゃあ、己の血を、人に与えるということで、照れておられるのでしょう。方々の中にも、父母から与えられたこの血潮に、他人の物が混ざり合うのはおぞましい、血は不浄なり、とか、我らは、羊を屠るにしても、大地に一滴もこぼさぬというのに、いかな緊急時とはいえ、血を分け与えるのは如何なものか、などとおっしゃる方も多いそうで。
しかも病みつきになる者もいるとか。血を抜いたあとの、ちょっとふらっとする感覚がたまらないそうでがんすよ」
唐獅子が淡々と語るのを聞いて、趙雲は、力が抜けるほどに安心した。
「ここまで引っ張っておきながら、なんだ、献血か。力の抜けることだ」
「まあ、そういうことで納得しておれ。翊軍将軍、おまえ、なにを想像していたのだ?」
その問いにこそ、趙雲は顔を赤らめる。
とても他人に言えたことではないからだ。
ともかく、たかが献血ならば問題ない。めでたし、めでたしだ。
「まったく、おまえたちときたら、平時は忘れているくせに、俺のところに来るときは、たいがい面倒しか持ち込まない。仲間の甲斐のないやつらだ」
それは、態度も言葉も、素っ気ないのが常の馬超にしては、めずらしくありのままの反応に思えた。
こいつ、そんなふうに思っていたのか。どうも馬超とは、互いに嫌いというわけでもないのに、不思議と行き違いが多い。
そう思いながら、趙雲は謝罪する。
「すまいないな、迷惑をかけた。今度は、なんでもないときに普通に寄らせてもらう」
馬超は、直言を吐いたことで、気まずく思っているのか、ああ、と短く返事をした。
そんな馬超に、心からすまなかったと思いつつ、趙雲は唐獅子にも礼を述べ、場を立ち去った。
それにしても孔明のやつ、なんだって献血ごときで、こうも答えをはぐらかそうとしたのだろう…
中央都市の、まさに中央に鎮座まします『塔』は、今日はカンボジアの仏塔風になっており、いまにも遠くから、独特の弦楽器の調べが聞こえてきそうな雰囲気である。
風に乗って、淡黄色の花びらがふってきて、手に取ると、それは椰子の花びらのひとつであった。
塔の管理人である、水晶製ゴーレムのイーさんによれば、階上にすむアトラ・ハシースたちが集って、優雅に天上に花を散らしつつ、歌会をしているということであった。
孔明の部屋に行くと、だれもいない。
なんだ、留守か? 留守の場合ならば、イーさんがここへ案内してくれることはないのだが。
勝手知ったる人の家ではあるが、留守のあいだにモノを動かすのも気が進まない。
帰ろうか、と玄関へ寄ったところへ、ぱっと扉が開き、珍しくも、昔懐かしの衣裳に身を包んだ孔明が、上機嫌であらわれた。
酒の臭いとともに、趣味の良い香の薫りがただよってくる。
孔明は、目も醒めるような鮮やかな色合いの衣を身に纏い、冠には葛の葉を飾って垂らしている。見慣れた目にも、その姿は鮮烈に映り、手放しで美しいと褒め上げたくなるものであった。
ははあ、これは歌会とやらに招かれていたのだな、と趙雲は検討をつけた。
「子龍、どうしたのだ。呼んでいるというから、中座をしてきたのだよ。それにしても、こんな気持ちのよい天気の日に、こんな愉快な宴を開けるとは、しみじみ幸福だと思うね」
「おまえが歌会に出るなんて珍しいな。その格好はどうした?」
ああ、これか、と言いながら、孔明は冷蔵庫から取り出した水を飲みつつ、言う。
「わたしは武骨者で詩作が下手だから、埋め合わせに舞を披露してみせたのさ。そしたら、おもいのほか好評でね。ああ、気が晴れた。このところ、役員同士でぶつかることが多かったけれど、これで帳消しだ」
と、孔明はからからと声を立てて笑う。
孔明が賑やかな場に招かれて、これほど上機嫌でいる、というのも珍しい。
よほど良いことがあったのだな、約束もなしに突然に訪問して悪いことをした、今日はつくづく間が悪い、と趙雲が思っていると、孔明は、怪訝そうに顔を向けてきた。
「どうした、浮かない顔をしているではないか。なにかあったのか?」
「急ぎの用というわけでもない。また出直してくる」
「なんだ、せっかくきたのに、それではつまらないだろう」
孔明は、水のボトルを仕舞うと、帰ろうとする趙雲の腕を取った。
「そうだ、あなたの知っているアトラ・ハシースもいることだし、一緒に宴に出ないか。あなたならば、きっと歓迎されるよ。そうしよう」
「俺はそういう、晴れやかな場には似合わない。歌も舞いも披露できぬからな。無用な恥はかきたくないのだ」
「演武は?」
「それこそ無粋というものだろう。今日はこれで帰る」
「まてまて、本当につまらぬ。そうだ、貰ってきた桃があるのだ。一緒に食べようか」
と、孔明は大きな桃を取り出して、なにも返事をしないうちから、危なっかしい手つきで桃の皮をはがし始めた。
鼻歌でも飛び出しそうな、楽しそうなうしろ姿に、嫌がられると判っている話題をぶつけるのもなんだったので、趙雲が黙っていると、孔明が口を開いた。
「その気まずそうな顔からして、どうやら、馬超に会って、例の方法を聞いたらしいな」
「なぜ知っている」
「馬超が帰ってきたと、馬超を召喚していたアトラ・ハシースが教えてくれたのさ。彼はなかなか人気者だな。今度、小説のモデルになるのだって? いまから物見高い連中が騒いでいるよ」
「ああ、そんなことを言っていたな。方法のことを尋ねたら、おまえたちは、いつも面倒なときにしか現われないと返されてしまった」
「そんなことを言っていたのか。こちらはこちらで、遠慮しているのに。馬超は、いまだに境界線が高くて、それを越えると、ひどく傷つけてしまう感じがして、怖くて触れられぬ」
「それはあるな。本人に言えないところが辛い。こちらとしては、疎外しているつもりはないし、避けてもないつもりだが、向こうはそう思っていた、ということか」
「気を使わせる存在であることは確かだな。ここまできて、いまだに一定の付き合いしかできないというのに、縁も絶えない、というのも不思議だけれど。まあ、無理せずに付き合うべきではないかね。わたしが見たところ、馬超はあなたに歯がゆい思いをしているようだけれど」
「あいつが俺に? そうか?」
「気づかないかな。たぶん馬超は、もうすこしあなたと仲良くなりたいのだよ。馬超からすれば、わたしは障壁だろうね。あなたをいつも独占してばかりいるのだから」
「どうしてそう思う?」
「馬超は、わたしには本音を漏らさないからだよ」
と、孔明は、桃の薄皮をゆっくり向きながら言う。
趙雲はそんな姿を眺めながら、ソファに座って、じっと孔明を待っている。
「あいつの人見知り具合はおまえに似ているな。似たもの同士で、かえって反発する、というところか。ところで」
「なんだ」
「もし、おまえが俺ではなく、あいつを召喚した際に、霊力の補給がままならなくなったとしたら、例の方法を取るか?」
とたん、孔明は手を止めて、柳眉をぎゅっとしかめたまま、振り返った。
「なんだって?」
「いや、だから、霊力の補給についての方法なのだが」
「馬超と? 例の方法を? 冗談じゃない。そんなこと、絶対にするものか!」
趙雲にとっては意外なことに、孔明はさきほどの上機嫌な様子をかなぐり捨てて、勢いよく否定した。
「ばかを聞くな! あなたでなければ、風でもって、その窓から放り出しているところなのに!」
なんだか変だな。たかが献血ではないか?
「しかし緊急時だぞ。どういう思想かはしらぬが、おまえも、他人のものが己の中に入るということに抵抗を覚えているクチか?」
だから教えようとしなかったのか。
趙雲の言葉に、なぜだか今度は孔明が、蒼くなったり赤くなったりしているところであった。
そして、きょとんとしている趙雲を、剣呑な表情で凝視しながら、言った。
「問う」
「なんだ」
「貴公はまこと趙子龍か。ニセモノではあるまいな」
「ニセモノかどうかなど、おまえならば、すぐに見破ることができよう」
「そうだよな…子龍、このあいだ、ただの草刈で召喚された、という話、あれ、本当か?」
「本当だとも。そこで嘘をついてなんになる」
「いや…いままでの価値観を覆すような、衝撃的な出来事でもあったのかと。子龍、もし方法を試したいというのであれば、ローマびとの所へゆけ。歓迎されると思う」
「ローマびと? なぜ?」
「なぜと問うか。知っている癖に…でもローマびとに歓迎されているあなたを想像するのも、悲しいものがある。ああ、どうしよう、想像が止まらぬぞ」
いったいなにを想像しているのやら。
孔明は、大げさにため息なんぞをつきながら、のろのろと、桃の皮をむく作業を再開した。
おかしいな。献血だろう。
ローマびとの献血率はそんなに高いのか?
「でも子龍、たとえあなたがローマびとのところに入り浸るようになっても、わたしはあなたの友であり続けよう。そうなることが運命ならば、仕方ない。甘んじて受けるさ。ただ、のめりこみすぎて、『堕天』しないようにな。結構多いらしいから」
献血=人助けという図式が、頭のなかにしっかり出来上がっている趙雲には、ますますわけのわからない言葉である。
「なあ、もしおまえが俺を召喚した際に、やはり霊力の補給が石などでは間に合わなくなったら、例の方法を取るわけだろう。当然」
「『当然』とはなんだ!」
と、孔明は吼えた後、ぴたりと止まって、なにやら考えはじめた。
「いや、でもどうかな。緊急時だろう? うむ、考えさせてほしい」
馬超とだったら、例の方法を取るか、と尋ねたときよりは、すこし態度が違うところは喜ぶべきことか?
まあ、これだけ長い付き合いで、いまさら血がどうこうと問題にすることも意味がなかろう。
「俺には、なぜそうもったいぶるのか、よくわからぬ。たかが献血ではないか」
「…………献血?」
孔明は、笑い出したくなるほど、気の抜けた顔をして、趙雲をまじまじと見る。
「馬超がそう言ったのか?」
「馬超、というか、馬超が最近、仲良くしているらしいアトラ・ハシースの使い魔から聞いたのだが……ちがうのか?」
趙雲が質問に質問で切り返すと、孔明は、しばらく考え込んでいたが、なにやら思い当たったらしく、笑っているような、ひきつった顔を見せた。
「そうだとも。いやいや、そのとおり、献血だ」
「なんだか変だな。献血だよな?」
趙雲が、ソファから起き上がり、桃をむく孔明に近づことすると、孔明は、それを手で押し留めた。
「そう迫ってくるな。怖いじゃないか。献血だよ、献血。うん、献血なのだ。わたしが馬超と申し合わせたわけではない。証拠に、使い魔も、そうだと言ったのだろう。だから、献血だ」
早口になっているところが、なんとも怪しい。
孔明は、はるか昔にした、趙雲には嘘をつかない、という約束を、いまだに覚えているのである。
ふと、孔明がぼそりとつぶやいたのが聞こえた。
「そうか、献血と言うのは穏当な手段だな。そうすればよいのか。学習した」
「いま聞こえたぞ。おまえ、はじめて献血だと知ったのか?」
「うん? 空耳ではないか?」
「嘘をつくな、嘘を! おい、本当はなんなのだ?」
趙雲が迫ると、孔明は五月蠅そうに言った。
「ああ、もう、どうして『緊急時の霊力の分け方』に、そうも拘っているのだ? わたしたちがそんな状態に陥ることはないから、関係ない。それでよかろう」
「もしそうなったとしたら? 方法を知っていると知っていないとでは、作戦の立て方も変わってこよう」
「そうかもしれないが、いいではないか、献血で。献血で行こう。ほーら、桃がむけた。これを食べて、すっかり忘れるように!」
そうはいくか、と言いかけた趙雲の口に、孔明は桃の切ったものをむりやり押し入れた。
そうして、そのままの姿勢で、言う。
「子龍、あなたとは、たぶん誰よりも付き合いが長い。助けられているし、感謝している。わたしはね、このままの関係を保っていたのだ。わかるか?」
やわらかな桃の実を頬張りつつ、趙雲は、判る、と頷いた。
「よろしい。ならば、このことは、もう二度と口にしないように。ほかのアトラ・ハシースがどんな方法を取ろうと、わたしたちが緊急時に霊力を補給するその方法は、献血だ!」
「考えてみれば、献血なんぞ、悠長な方法を取っていられない場合もあるな。そういうときはどうするのだろう?」
「考えるなと言っているだろう! 子龍、すまないが、わたしは歌会に戻らせてもらうよ。あちらの人たちも、待たせているわけだしね」
「ああ、引き止めたな。すまない…しかし釈然とせぬ」
「無理にでも納得するように! 第一、わたしたちが緊急事態に陥ることなぞ、ない」
「言い切れるか?」
「言い切れるとも。というわけで、さようなら。ここに居たければ居てもよいが」
「なんだ、もう歌会には誘ってくれぬのか」
「事態が変わった。あなたのことだから、歌会に連れて行ったら、ほかのアトラ・ハシースに方法を聞こうとするだろう」
ばれたか、と趙雲は小さくつぶやいた。
やはり、互いに伊達に付き合いが長いわけではない。
孔明は、忘れるように、と念を押して、優雅に衣擦れの音をさせて、自邸から出て行った。
主のない部屋に留まっていても、用などなにもない。
趙雲は、仕方なく孔明の家から去ったが、忘れろといっても忘れることはむずかしく、やはり、あれやこれやと考えては、悶々とするのを繰り返すのであった。
いまもって、趙雲は、方法についての明瞭な解答を得られていない。
おしまい
※あとがき※
いよいよ深まる「方法」の謎(ウソ)。ここから先は、本当に みなさまの想像力にお任せいたしまーす。真相? ええ、献血ですよ、献血。アトラ・ハシースはいつも注射器持参です(……)。
なぜに馬超の車がアルファロメオか? 単に、こういうカッコイイデザインの車に馬超なら乗ってそうだなと。アルファロメオのスパイダーにするか、ジュリエッタのほうにするか、ちと迷いましたが、ジュリエッタはなんというか家庭的なイメージがあるのでスパイダーで。
なに言ってるのだ、はさみの、と思われた方、検索して現物をご確認ください。素晴らしいデザインの車だと思います。
アストラル、アトラ・ハシースともに能力がまちまちなので、風に乗って移動するもの、使い魔で移動するもの、いろいろおりまして、馬超は車をどこからか購入して乗っている様子。
設定を細かくつめていくと、きりがないので、このあたりで。リクエスト頂いた内容と弱冠ずれましたが、ねここ様、どうもありがとうございました&ご読了多謝です!