うさぎが観察日記Ⅱ・7
もなかとくっきーとひみつの部屋
※このお話は、ずんだGAMEの番外編で、「とらとらとら」「うさぎ」「しろくま事件」「うさぎが観察日記」「うさぎが観察日記2」「うさぎが観察日記3・前編」「うさぎが観察日記・3 後編」「うさぎが観察日記・4」「うさぎが観察日記・5前編」「うさぎが観察日記・5後編」「うさぎが観察日記・6前編」「うさぎが観察日記・7後編」「うさぎが観察日記Ⅱ・1」「うさぎが観察日記Ⅱ・2」「うさぎが観察日記Ⅱ・3「うさぎが観察日記Ⅱ・4」「うさぎが観察日記Ⅱ・5」「うさぎが観察日記Ⅱ・6」の続きとなります。
どうやら、『棚卸』は売り場の移動もかねていたらしく、またもわたしは道に迷うこととなったが、仲達のすばらしい観察力と記憶力によって、さほど迷わずに『ドワーフのお子さま向けマンション』売り場へたどりつくことができた。
目当てのものはあった。
最高傑作といわれながらも、買い手がひとりもいないといわれている(それはそうだろうと思う)それは、特別展示において、だれもいないというのに、しずかにライトアップされていた。
そう、『ドワーフのお子さま向けマンション・最新作。ローマのコロッセウム』である。
遠くから、がちゃん、がちゃんと、派手なガラス戸を叩き割る音がちかづいてくる。
どうやらゴーレムたちが追ってきたらしい。
どきどきと、恐怖と不安とで鼓動がはげしくなる。
わたしと仲達は、ちょうど最新作の『ドワーフのお子さま向けマンション』の扉の右と左に、柱のように立っていた。
そうして、いまかいまかと連中を待ち受ける。
ちらりと見れば、仲達も緊張しているらしく、小刻みに震えている。
それはそうであろう。
もはや、われらは無力なうさぎ。
連中につかまったら、煉獄行きは確実なのだから。
ほどなく、ばさり、ばさりと不気味な大きな羽音を立て、同時に、あちこちの供給所の品物をなぎ倒しながら、黒とグレーの不気味なマーブル模様を全身にまとった『ケルビムタイプ』と、白銀の甲冑のあちこちにヒビが入りながらも、『ケルビムタイプ』の背にのって、こちらにまっすぐやってくる『ヘルメスタイプ』の姿が見えた。
かれらは、われらの姿を見ると、無言のまま、こちらに突進してくる。
かれらには口が無いから無言なのは当然であるが、もし声がきけたなら、おそらくおぞましい奇声をはっして、こちらにやってきたのにちがいない。
やつらは、どんどんどんどん、こちらにせまってくる。
まだか、と仲達がちらりとわたしを見る。
まだだ。
わたしはかれらから目をそらさぬまま、ゆっくりと、最新作の『ドワーフのお子さま向けデラックスマンション』の門扉に手をかけた。
そのローマのコロッセウムふうの、おそろしい石造りの扉の取っ手に。
それにあわせるようにして、仲達もまた、わたしとは反対側の取っ手に手をかける。
やつらがやってきた。我らを捕縛すべく、猛然と突進してくる。その差、一メートルほどになったとき、わたしは叫んだ。
「いまだ!」
わたしは渾身のちからをこめて、最新作の『ドワーフのお子さま向けデラックスマンション』のローマのコロッセウムふうの扉を開いた。
仲達もそれにならう。
と、同時に、われらを追ってきた『ケルビムタイプ』のゴーレムと、それに騎乗していた『ヘルメス号』は、まるで掃除機に吸い込まれるようにして、コロッセウムの中に吸い込まれてしまった。
がたんごとん、と異物を急に中にいれたものだから、コロッセウム自体が生きもののように驚いて、左右に揺れる。
逃げるべきか。
われらは身構えたが、こわれかけの洗濯機のようなそれは、しばしがたん、ごとんとはげしく揺れたあと、やがて、それまでのさわぎがうそであったかのように、ぴたりと静かになった。
いまごろ、ケルビムタイプもヘルメス号も、コロッセウムに引き出され、ライオンだの鰐だのと戦っているのだと思う。
あんまり、いのるつもりはないけれど、まあ、がんばってくれたまえ。
そうしてほっと一息をついて、我らは肩から力を抜く。
仲達がわたしにいった。
「よくこれを思い出したな。わたしひとりでは、とてもではないが思い出せなかったであろう」
なに、子龍がこれにうっかり入って怪我をしたのを、しっかりおぼえていただけの話なのだ。
わたしに関する記憶力は、たいがい自慢できるものだが、子龍に関しては群を抜いているとじまんできるぞ。
それは口にせず、われらは、息をやすめつつ、いった。
「これからどうする」
「どうするもなにも、なぜこうなったのかわからぬ以上、どうしようもないな。どうであろう。一度、塔に戻ってみるというのは」
「戻ってどうする。塔には最高府のシンパもいるし」
「しかし最高府のシンパで無い者もいる。それに、わたしがあてにしているのは、派遣先への連絡をとってくれる受付係のヴァルキューレだ。
ヴァルキューレならば、すくなくともアトラ・ハシースよりは立場は中立であろうから、われらの話も聞いてくれるかも知れぬぞ」
「なるほどな」
納得しかけたわれらであったが、そのとき、どぉん、という音とともに、コロッセウムが大きく跳ねた。
仰天してふりむけば、そこにはまるでダイナマイトで破壊されたかのような有様のコロッセウムがある。
コロッセウム自体が大破したのもあるが、それだけではない。
おそらくは中に詰められていたであろう『ケルビムタイプ』のゴーレムどものあわれな肉片までが、ぱあっと四方に散らばった。
「ぎゃああ!」
おもわず悲鳴をあげるわたし。
仕方なかろう。とんでもなくそれはグロテスクな光景だったのだからな。単体でさえ不気味な『ケルビムタイプ』が、あろうことか肉片になってそこいらに散らばり、翼だけになったり、首だけになったり、ああ、思い出すだけで全身の毛が逆立つわい。
この阿鼻叫喚のありさまのなか、がちゃり、がちゃり、と不気味な甲冑のおとを響かせて、あらわれたのは、もはや白銀ではなくなっている、あちこちに『ケルビムタイプ』あるいはライオンだかワニだかの肉片を体中にくっつけた、『ヘルメス号』であった。
まさに地獄からの騎士。
首なし騎士のデュラハンでさえ、これほど不気味にみえなかったであろう。
顔が、いまだ甲冑で覆われて見えないだけに、『ヘルメス号』の不気味さは、他の比ではない。
「なんという頑丈さ! メイドインジャパン? というか、しつけー!」
と、さけぶ仲達。
そのきもちは、わたしも同じだ。しつこすぎる。
ヘルメス号は、わたしたちにむかって、ゆっくりと、足を進めてくる。
攻撃者たるわたしに対する敵愾心があるわけではなし、捕獲対象に対する仲達に執着があるわけではなし、そこに心が何も感じられないだけに、余計にコワイのだ。
「諸葛亮! もういちど、『逆転のドリーム・キャッチャー』をつかえ!」
と仲達はいった。
わたしは、背中に背負っているかたちとなっている、ドリーム・キャッチャーを両手にとる。
これが起動した理由は、もうわかっている。
というのも、以前に供給所でうさ袋のなかでドリーム・キャッチャーが起動したとき、そして、さきほど、子龍の家でこれが起動したときに共通することは、『血』だ。
供給所で、一瞬だけ光を取り戻したドリーム・キャッチャー。
あのときは、仲達は、鬼子母神に足を食われそうになって、足から血をすこしだけ出していた。
そしてさっきは、わたしは、『ヘルメス号』に壁にたたきつけられ、鼻血をだしていた。
その血が起動スイッチとなって、ドリーム・キャッチャーはその力を発動させたのだ。
わたしは、自転車から放り出されたときの怪我を見、それから、ゆっくりと、余裕とすら受け取れる足取りでちかづいてくる『ヘルメス号』を見る。
ええい、ためらっている場合ではない。
最強の十五分よ、もう一度!
「ばあか! 霊力増幅タイプの霊具ってのは、連続使用すっと、ぶっこわれるってのは基本中の基本じゃねぇか。おまえら、それでもほんとうにアトラ・ハシースか?」
その傲然たる声に、わたしと仲達は振りかえる。
見れば、照明のおとされた薄暗い供給所の店内に、店のエプロンをしたままの鬼子母神が、仁王立ちで立っていた。
「ったく、こうなるんじゃねぇかなとは思っていたけど、本当にこうなるとはな。おい、仲達、孔明、おまえら、こっち来な!」
我らは思わず顔を見合す。
そうして、エプロン姿の赤いリコピン顔の女神にたずねた。
「鬼子母神さま、もしや、われらの正体をご存知なのですか?」
「あたりまえだろ、あたしだって女神の端くれだぜ? つーか、早くしろっての。そいつを片づけるからよ」
しかもことばも通じる!
われらは仰天しながらも、あわてて供給所の床を走り、鬼子母神の背後にかくれる。
と、それを待っていたかのように、女神は片腕の拳にぐっと力を溜めた。
われらのように、長い呪文を必要とせず、霊力を放出できるのが女神の女神たる凄まじさである。
しかし、相手は、霊力を防御する呪詛を全身にほどこされたゴーレムだ。
そのうえ、鬼子母神の霊力は、ヴァルキューレ……アプラサスのなかでも低い。
どきどきしながら我らが鬼子母神の、従業員用のスリッパをはいた、棒のようにほそい足元でおとなしくしていると、鬼子母神は、拳に霊力をあつめ、それを弾丸のようにして、ぱっと『ヘルメス号』に向けて放った。
とたん、霊力は風船大の光の弾となって、真正面から『ヘルメス号』にぶつかっていく。
はじかれてしまうのではないか?
力をこめて見入るわれらであったが、それは杞憂であった。
というのも、鬼子母神の攻撃を受けた『ヘルメス号』は、じつにあっさりと傷だらけの甲冑の胸板に、霊力の弾丸を受けると、そのままその場に崩れ落ちてしまったのである。
「おお? 霊力防御の呪詛は効力をなくしていたのか?」
言いながら、探究心にさそわれて『ヘルメス号』に近づこうとするわれらに、鬼子母神は、鼻でわらってこたえた。
「あのな、ゴーレムの霊力防御の呪詛ってのは、あくまで、おまえらアトラ・ハシースやアストラルの『霊力』を防ぐためのもんだろ?
おまえらの『霊力』と、あたしたち『アプラサス(ヴァルキューレ)』の『霊力』は、そもそも質が違うんだよ。
そうだな、硝子とプラスティックくらいの差かな。見た目はちがうけれど、素材も強度も全然ちがうっていう、アレと一緒。あたしの霊力は、たしかに低いかもしれねぇけど、言っとくが、こいつみたいに霊力防御の鎧着て、おまえらと戦ったら、絶対に勝つからな」
はじめて知った。世の中、知らないことが多すぎる。
勉強になった……というより、あんまり反抗しなくてよかった。
この女神、なんだか気安い雰囲気があるから、ついつい舐めた態度になってしまっていたけれど、これからあらためよう。すみませんでした。
仲達は、こわごわと、倒れ崩れた『ヘルメス号』にちかづいて、その白く凹んだ兜に、そっと手をかける。
噂だと、『ヘルメス号』の下の顔というのは、ヘルメスの顔を模したものだという。わたしも、ヘルメス神を見たことがない。
さてどんな顔をしているのだろう。
どきどきしながら、兜をとると、そこにあらわれたのは………
「なんと! 錦馬超!」
そこにあったのは、まぎれもない、そして見間違いようも無い、わが蜀漢帝國のほこる将軍のひとりである、馬孟起そのひとであった!
「どういうことですか、これは!」
わたしは鬼子母神に詰め寄る。
わけがわからぬ。
馬超はうさぎの呪詛をかけられて、それをきっかけにチャップリンに召喚されて、慰問ショーに出演。そこで大人気となり、その人気に目をつけた最高府が、特別区域に馬超を派遣したのではなかったか?
そして、そこには、姜維もついていったはずなのである!
鬼子母神は、つめよるわたしを無視し、ヘルメス号として、自分の打ち倒した馬超を冷然と見下ろし、舌打ちをした。
「やっぱな。あのウトナピシュテムの餓鬼、てめぇの尻拭いに必死ってか。こいつが聖剣を持っていたらヤバかったけどな」
いいつつ、鬼子母神は、手を馬超にかざし、それから掌をひっくりかえす。
ほの白く光ったその手の動きにあわせるようにして、壊れた白銀の甲冑をまとった馬超の身体は、ふわりと浮いた。
わたしはついつい、鬼子母神のスリッパに追いすがる。
「お待ちを! 馬孟起は、もしや、消滅をしかけているのではないのですか?」
「安心しな。相当な深手を負わせたから、向こう百年はアストラルとして使い物にならねぇかもしれねぇけど、死ぬことはねぇからよ」
鬼子母神の説明に、わたしはホッとしながらも、同時に、馬超が思った以上に重傷であるということを知って、気を重くした。
われわれアストラルやアトラ・ハシース同士が戦った場合、それは霊力同士の傷つけあいとなる。
肉体自体は再生が可能なのであるが、ただし霊力で攻撃を受けた場合、その再生に時間がかかるときがあるのだ。
だいたいの目安なのだが、だいたい数日から数ヶ月で回復するものをかすり傷、数ヶ月から十年未満をふつうに『怪我』とよび、それ以上のものを『重体』と呼ぶ。
肉体の再構築をする際、最悪の場合は意識もない場合があるので、これは『危篤』と呼ぶ。
まれに、そのまま『消滅』してしまうものもあるからだ。
つまり、馬超の場合は、消滅はまぬがれたけれど、『重体』というわけだ。
なぜこうなったのか、わけがわからぬ。馬超がここにいて、ヘルメス号となっているというのなら、姜維はどうなったのだ?
傷ついたアストラルやアトラ・ハシースは、回復院という、これまた最高府の経営している病院施設へ運ばれるのが通常だ。
そこにはアトラ・ハシースの中でも貴重な癒し手タイプが常勤していて、回復をしてくれるのである。
わたしはてっきり、鬼子母神もそこへ馬超を連れて行くのであろうと思っていたが、そうではなかった。
鬼子母神は、薄暗い、われらのほかにはだれもいない供給所の廊下を、ぷかりと風船のように馬超の身体を浮かばせたまま、地下につづく、動いていないエスカレーターを降りていこうとする。
供給所の地下は、年中無休のドワーフの流通センターとなっているはずである。
供給所の地下に、回復院につづく、ひみつの抜け穴でもあるのだろうか。
いぶかしみ、足を止めるわれらに、鬼子母神はふりかえって言った。
「とっととついてきな。おまえらに会わせたいお方がいるんだよ」
わたしと仲達は、思わず顔を見合わせた。そうして、鬼子母神のいうとおり、そのあとをついていく。
「鬼子母神さま、最初から、われらのことがわかっていたのですか」
わたしが問うと、鬼子母神は、馬超の身体が天井にぶつからないように気をつけながら、答えた。
「まあな。最初はあたしも気づかなかったけれどよ、おまえがあたしをパンチしたときに、ほんとうに微量だけど、アトラ・ハシースと同質の霊力が感じられたんだよな。
それでもしやと思って調べたら、趙子龍がいつも組んでいるアトラ・ハシースの諸葛孔明が行方不明になっていて、でもって、趙子龍と孔明の同僚ともいうべきやつが、呪詛の失敗によってなぜだかうさぎになっている。こりゃあ、なにか関連があるなって、莫迦でもわかるだろ」
その説明に、さすがにわたしも抗議の声をあげた。
「ひどい! それならば、なにゆえ、わたくしを元に戻してくださらなかったのですか!」
鬼子母神は、ちらりとわたしを振り返ると、あんまり気が無いふうに、こたえた。
「だって、仕方ねぇだろ。姐さんに報告したら、どうも今度の呪詛の事故については、ウトナピシュテムが絡んでるっぽいから、これはちょいと様子を見たほうがいいって話になってよ。
うさぎになったのがおまえだし、ちょいと観察させてもらったけどよ、なんだかあんまり困ってねぇみたいだし、まあ、いいか、ってなことになったわけだよ。
ちなみに言っておくけど、うさぎが『イナバウアー』したら、耳の先が氷について、下手すりゃ凍傷になるってくらい、考えて行動しな」
どうやら、わたしが、このあいだの冬、凍った水溜りの上でフィギュアスケートをして遊んでいたのを、この女神は見ていたらしい。
優勝した(このお話は2003年のお話です。孔明は冬季ユニバーシアード大会のことを言っています)荒川静香の真似をしたのであるが、イナバウアーには成功したものの、耳が氷にすべり、しもやけを起こしそうになり、子龍にめちゃくちゃ怒られたのだ。
「そ、それではわたしは!」
隣でうろたえる仲達に、鬼子母神は無情に言った。
「おまえのことはなー、なんつーか、正直、想定外だったんだよなー。まさかうさぎが増えるとはさ。
でもまあ、趙子龍もよく面倒みてやっているみたいだし、一羽が二羽になっただけだから、ま、いっか、ってことになって」
「ま、いっかって、そんなアバウトな! だいたい、あなたの言う『姐さん』とは?」
仲達がたずねると、とたん、それまでどこか気安い雰囲気をかもしだしていた鬼子母神の雰囲気が一変した。
「いいか、おまえら、いまから言っておくが、あたしがこれからおまえらを連れて行くところは、『下宿先』どころか、この世界全体のシステムにかかわるところだからな。余計なことは一切、考えるな。
でもって、一切の質問、一切の反抗を禁止する。おまえらは、『姐さん』がたの質問にこたえ、『姐さん』がたの指示の一切に従うんだ。いいな?
でなくちゃ、あたしは、あんたたちを消滅させなくちゃいけなくなる」
「消滅!」
「これは冗談でもなんでもないんだ。言っておくが、あたしだって女神だから、あんたたちをひどいめにあわせたく無いんだよ。たのむから、言うことを聞いてくれ。いいな」
女神のことばには切迫したものがあり、わたしたちは、うなずくことしかできなかった。
供給所の地下は、アリの巣のような複雑な機構になっており、そこで、ドワーフたちが、昼夜かんけいなく、物品の流通を進めている。
そのことは、知識として知っていたが、実際に目にしてみると壮観である。
アッシャーのだまし絵のように、複雑にくまれたベルトコンベアーがひっきりなしに稼動し、そのうえを、さまざまな物品がながれていく。
まるで複雑な芸術作品の数々が、無造作にならべられ、それぞれ動いているような光景だ。
もともと職人好き、工場大好きなわたしには、ぞくぞくする風景であった。
この最新式の機械にかこまれたなかで、管理用メモを片手にドワーフたちが、わたしたちに目もくれず、品物の運搬を見守っている。
その様子からして、女神たちが地下を通ることは稀ではなく、うさぎはともかくとして、なにかあやしいもの…この場合、ぼろぼろの白銀の甲冑をまとった馬超…をともなって移動するような光景は、見慣れてしまっているのだろう。
鬼子母神は、わたしたちがこれから行く場所が、『下宿先』どころか、世界全体のシステムにかかわることだと言い切った。
わたしも仲達も、無言のまま、女神のあとにつづいていく。
いつもならば、目を輝かせて見学する流通センターであるが、いまはそんな気持ちにもなれない。
わたしの頭のなかには、子龍はあのありさまを見て、心配するだろうな、ということがある。
ああ、ほんとうに、文字がかけぬということは不便なことだ。
かけたなら、あの切羽詰った状況でも、心配するなと、ひとこと書置きができたのに。
空調が利きすぎているためか、地下はなにやら底冷えがして、ぞくりと寒さがおしよせてくる。
そこで、わたしは、あのさわぎの中でもしっかりもってきた、仲達お手製のチョッキを身につけたのであるが、ふと見れば、わたしの斜めうしろであるいている仲達が、にまっ、とうれしそうに笑った。
なにやら気恥ずかしくなり、わたしは無言で目をそらした。
だって、寒いんだもん。照れてなんぞおらぬぞ。うむ。
やがて、女神は流通センターの、さらに奥にある、あまり使われていないようなエスカレーターを降りていった。
このエスカレーターは、さきほどまでのエスカレーターとはまったくちがって、ともかく長い。やたらと長い。
なにせ一番下がどこなのか、周囲の照明がぼやけてすくないこともあって、見えないほどなのである。
高所恐怖症は乗れないエスカレーターであろう。たとえ手すりがあっても、なんだかおそろしい。
風が奥のほうから、ごうごうと唸っているように聞こえる。
その風の音も、なにやら人のうめき声か、獣の咆哮のようにきこえてきて不気味だ。
知らず、わたしと仲達は、おなじエスカレーターの段で、ぴったりと寄り添って立っていた。
長い長い時間、ぶーんと動くエスカレーターの音だけを耳にして、ひたすら地下に進んでいたと思う。
やがて、この果てない暗闇のそこがみえたとき、どれほどホッとしたか知れない。
わたしたちは鬼子母神とともに降り立つと、さらに奥に進んだ。
なにやら遺跡の見学にでもきてしまったような雰囲気だ。
超近代的であった流通センターとは対称的に、わたしたちが降り立った場所は、両側が石造りでできており、等間隔で、さまざまな人種・時代の等身大の像がえがかれていた。
なんとなく見たことがあるようなかおもあれば、まったく知らないかおもある。
かおばかりではなく、まったくしらない民族もいる。
石に刻まれたかれらに共通するのは、だれもが聖剣らしきものを身に帯びていること。
そして、いまは、その手に燭台をもって、われらの行く手を照らしてくれている、ということだ。
「なにやら不気味だのう」
と不安そうに仲達がつぶやいたが、わたしもまったく同感であった。
ただの遺跡、あるいは施設に向かっているのではない。
鬼子母神がいったとおり、われらの行く手は、なにか行ってはならぬ場所のような気がしてならぬ。
その証拠に、さきほどから全身の毛が逆立ってばかりだ。
それは仲達も一緒で、垂れ耳をうまく襟巻きのようにして、寒気をしのいでいる。
やがて、われらが到着したのは、おどろくほど天井の低い、それでいてひろい部屋の中央に、なにやら人魚やマーマンたちがたのしそうに泳いでいるプールのある、奇妙な部屋であった。