うさぎが観察日記Ⅱ・6
ふぁいと!

※このお話は、ずんだGAMEの番外編で、「とらとらとら」「うさぎ」「しろくま事件」「うさぎが観察日記」「うさぎが観察日記2」「うさぎが観察日記3・前編」「うさぎが観察日記・3 後編」「うさぎが観察日記・4」「うさぎが観察日記・5前編」「うさぎが観察日記・5後編」「うさぎが観察日記・6前編」「うさぎが観察日記・7後編」「うさぎが観察日記Ⅱ・1」「うさぎが観察日記Ⅱ・2」「うさぎが観察日記Ⅱ・3うさぎが観察日記Ⅱ・4」「うさぎが観察日記Ⅱ・5」の続きとなります。
「冥き海、死せる空、もろもろの光を失いし世界より、恨む者、憎む者、生きとし生ける者の呪詛を我に集めよ。よるべなき魂、ふるさとを失いし魂、もろもろの怨嗟と憎悪よ、我がもとにつどえ、そして死者の王たる我にしたがえ! 封印されしその力を、いまここに、冥府の王たるわが名をもって解放する!」

わたしは白い毛皮におおわれた両手をひろげ、叫んだ。
ちいさなうさぎであるわたしの全身に、奔流のように力が落としこまれていく感覚がある。
それはこぼれることもなく、わたしに留まり、そして、ちいさなうさぎであるわたしのすがたを、徐々に徐々に、大きな者に変えていく。
全身を覆っていた毛がうすれ、目のまえに、見慣れた青みがかった白い肌色をもつ、五本の指があるのが見えた。
それは霊力によって、星のように白銀にひかっている。わたしの手、わたしの腕だ。
人としての形を取り戻してもなお、霊力の集中は止まらない。
波が押し寄せるように。
いや、わたし自身が、巨大な母胎の中の胎児になったかのように、わたしをとりまく、ありとあらゆるものが、わたしにむかって力を集めてくる。
わたしが口にした呪詛、そのままに。

わたしが叫ぶと同時に、『逆転のドリーム・キャッチャー』は、すさまじい光をはなった。
おそらくは、そのまばゆい聖なる白光は、宇宙からでも見ることができるほどであっただろう。
神代のむかしに王の王と崇められ、おそれられ、すべての戦の祖となった神、敗れ、捕らえられ、八つ裂きにされたうえに、とこしえの闇に封じこめられた、わが原器。
その正統にして、もっとも原器の姿と力をそなえた兵主神・『当山孔真君』の復活である!

いつもの出で立ちで、子龍の家にすっくと立った、身の丈八尺のわたしの姿に、プラチナの甲冑の騎士であるヘルメスは、緩慢な動作で立ち止まり、ゆっくりとわたしをふりかえる。
それは、まるでわたしの存在を迷惑がっているようにも見えた。

表情が甲冑に覆われているためにまったくわからないが、赤い光は左右に動き、目のまえに突如としてあらわれた、巨大な霊力を秘めたわたしの姿をみて、『敵』と認識したのであろう、突如として、耳のあたりにあるアラームから、耳障りな音を立てて、こちらに警戒を発してきた。
さすが最高府の最高傑作とだけ謳われるゴーレムである。
こうして対峙しているだけでも、プラチナの甲冑の騎士の全身からは、アトラ・ハシースに劣らぬほどの霊力を感じ取れることができた。

この『ヘルメスタイプ』は、『ケルビムタイプ』のグロテスクな外観があまりに不評であったために、開発された警吏用のゴーレムだと聞いた。
であるから、やはり、霊力を防護するための呪詛が、その甲冑の全身にほどこされているわけだが、ケルビムタイプとはちがい、黒とグレーの不気味はマーブル模様にはなっておらず、白地に、光に透けて見えるようになっている文様が、防御の呪詛である。
わたし的にグッドデザイン大賞をやりたいところである。
つまり、かれらがアトラ・ハシースやアストラルに対する警吏用であることにはちがいないから、霊的攻撃がつかえない。

以前のわたしであるならば、ここでいかに霊力が満タン状態であろうと、あらゆる霊力を防御するという鉄壁の守りをもつかれらには、かなわなかったであろうが、いまはちがう。
なぜならば、『逆転のドリーム・キャッチャー』があるからだ。
この霊具、その場にいる者の中で、最弱のものを十五分だけ最強にしてくれるという、まさに夢のような霊具なのである。
つまり、霊力が呪詛によって尽きてしまい、まったくの役立たずであったはずのわたしを、『逆転ドリーム・キャッチャー』は、なぜだか突如として復活して助けてくれた。
そして、ヘルメス号によって壁に身を打ち付けられ、鼻血を出して倒れていたわたしを最弱と判断し、これに力を与えてくれたのだ。
つまり、この空間において、十五分間、最強なのは、このわたしなのである。

もはや霊力の防御も、ドリーム・キャッチャーによって、無効とされた。
つまりは、ヘルメスは『ヒト型のアイボ』、警吏用の不気味なゴーレムどもの群れにいたっては、いまのわたしには、翼のあるでっかいナマケモノに過ぎぬのだ。

ヘルメスの腕に拘束されている状態の仲達が、わたしの姿に歓喜して、
「がんばれー! 諸葛亮!」
と、声援をおくってきた。
わたしはそれに答えるように、にやりと不敵に笑ってみせる。

カチリ、と音をたてて、子龍の部屋のデジタル式時計がまわる。
時間制限があるのだ。残り、十五分をすでにきっている。
カンダタのときのような失敗はゆるされぬ。
まず、敵は、仲達を拘束している、ヘルメス号である。
つづいて、子龍の玄関のうしろに……あんまりみたくないが、まるで蜂の巣にあつまった蜂のように、うじゃうじゃとあつまっている『ケルビムタイプのゴーレム』、このわんさかいる連中を、一気になぎ倒さねば。
十五分で、こやつらを粉砕し、仲達を助け、そして逃げねばならぬのだ。

そう、逃げる。
これが問題だ。
ゴーレムは、最高府から派遣されているもの。つまりはかれらの代理人である。それらと真っ向から戦うということは、つまり最高府への反逆とみなされ、それはそのまま、堕天を意味することになるかもしれぬ。

しかし、わたしは、ヘルメス号の両腕にかかえられ、わたしの顔を見て、興奮して、自分が鼻血を出しそうなほど、けんめいに、
「行け行け、しょかつりょー! わたしにかまうな!」
と、大音声で叫ぶ仲達を見て、心を決めた。
なぜにこうなったのかは、さっぱりわからぬ。
わからぬけれど、たとえこれが最高府の決定だとしても、連中は罪の無いはずの仲達を、こんなふうに乱暴に連れ去ろうとしているのである。これに正義があるだろうか。
あとは地となれ山となれ!
わたしは、片手をかまえると、わたしの最強の『剣』であり、『杖』を召喚する姿勢を取った。

「冥府の王の名のもとに、わが召喚に答えよ、無から空を生むものよ、空を無に帰す絶対者よ。天を生むものにしてわが希望、わが願いのつるぎ、湧天剣、いでよ!」
わたしが叫ぶと同時に、じつに素直な、七つの突起をもつ湧天剣は、すぐに掌中にあらわれた。そうして、吸い付くように、わたしのてのひらになじんだ。
このなつかしい感触に、わたしも勇気が湧いてくる。
十五分だけの無敵状態。ゴーレムたちに施された、霊力を無効にするための防御も、また無効となる。
考えているヒマは無い。
いくぞ!

わたしはすぐさま、攻撃態勢に入ろうとするヘルメス号めがけ、低い姿勢でとびかかると、その腕にもつ仲達を傷つけないように気をつけながら、斜めに斬りかけた。
さすが、最弱を最強にする霊具・逆転のドリーム・キャッチャー。
もともと、聖剣のなかでも、超のつく一流の力をもつ湧天剣であるが、そのときの切れ味は、それまで使用したなかでも、抜群で、まさに絶好調であった。
白銀の鎧の騎士は、わたしの振り上げた剣が発する風弾によって、はげしく吹き飛ばされ、子龍の家の壁に激しく打ち付けられた。

その瞬間、強固にかかえられていた仲達が、ヘルメスの腕からこぼれて、床に倒れた。
そうして、立ち上がると、ふらふらと、頭を左右に振る。
「大丈夫か?」
ことばが通じるか不安であったが、意外にも、仲達は、はっきりと答えた。
「うむ、大事ないぞ。あいかわらず、そなたの聖剣はすさまじい力だな。これならば勝てるぞ! ほれ!」
ほれ、と言われて振り返れば、ぞっとすることに、子龍の玄関に、ヘルメスが倒されたことを見た『ケルビム型ゴーレム』たちが、我先にと、中に入ってこようとうごめいているのだ。
ウウ、またも押し寄せる生理的嫌悪感。あいつら、なんだってあんなに不気味なのだ。

そうしてちらりと、まるで壁に埋もれたようになってしまっているヘルメスのほうであるが、意外にも、ところどころ砕けたプラチナの鎧の下に見えるのは、ごくごくふつうの、鎖帷子をまとった男のからだである。
ケルビムタイプのナマケモノのような不気味な怪物ではない。
甲冑には、破損がなかったので、その仮面の下の顔が顔はわからないのが残念だ。
まさかヘルメス自身ということはないだろうな。
確かめたい気もするが、時間がないのだ。

一方で、仲達の行動は早かった。
仲達は絨毯を駆け抜けると、ケルビムタイプのゴーレムが子龍の玄関から大挙しようとするのを、扉を閉めようとすることで、制御しようとする。
しかしわたしはそれを手ぶりでとめて、あらわれる、真正面から見るのもおぞましい、マーブル模様となっている呪詛につつまれた、毛むくじゃらのゴーレムが、口が無いために奇声もあげることなく、襲ってきたものを一匹、袈裟懸けにした。

とうぜん、わたしは、そいつの肉から裂けて噴出すものが、わたしたちも人工の使い魔をつくりだすときにお世話になる、スライムエキスとおなじ、ゼリー状のものだと思っていた。

ところが、である。

わたしがケルビムの身体を斜めに切り裂いたとたん、吹き出したのは、われらとおなじく、鮮血であった。
「これは?」
どういうことだと、おもわず、ロップイヤーラビットたる仲達と顔をあわせる。
人工の生きものであるからこそのゴーレムなのだ。
その素材は、われらと一緒であるわけがないし、あってはいけない。
なのに、吹き出たその血は、われらとおなじ赤いものなのである。
まさか。

不気味でおぞましい予感にとらわれつつ、二匹目が玄関を突破してやってくる。
わたしはすかさず剣を取り、そいつを地に叩き伏せる。
まるで剣の達人のようにわたしは振る舞っているが、これはアトラ・ハシースとして、わたしの剣技の能力があがったためではない。
すべては、聖剣の力なのである。
聖剣にたくわえられた、使用者の戦闘経験と、その技の数々が、わたしの身体をあやつっている、といったほうが正しいだろう。
そういった意味では、中華帝国においても、最古ともよべる戦神の持っていた剣だ。たとえドリーム・キャッチャーの力がなくても、もしかしたら、勝てていたかもしれない。

そうしてわたしは、白を基調にした子龍の家のなかを、つぎつぎと鮮血に染め上げながらも、つづいて入ってくるゴーレムの翼を切り、さらにやってくるゴーレムの腹をつく。
そう、入り口がちいさいがために、大勢いるゴーレムが、大挙して中に入ってこられないのだ。
ゴーレムも知恵を使って、入り口を中心に、壁を壊そうとするのであるが、わたしの攻撃のほうが、断然早い。
なにせ、最弱が最強になっているのだ。
世界最強とうたわわれるヘラクレスさえ、こうも俊敏な攻撃を繰り出せまい。

ざくり、ざばりとゴーレムを倒すわたしであるが、そのうち、子龍の庭にあつまっていた、あれほど大量にいたゴーレムたちのほとんどが、わたしによって切り伏せられてしまった。
それを見て、興奮を通り越し、なにやら恐ろしいものを見るような目すら向けてきて、仲達が言う。
「これが真の聖剣の力というものなのだな。それを御するそなたの霊力も、すさまじいものがあるな、諸葛亮」
「素直にありがとうと言いたいところであるが、素直になれぬな、これは」
と、わたしたちは、いまや現代アートの意味不明の絵のように、ところどころに赤黒い模様がついてしまった子龍の白い部屋をみまわした。

怒られるだろうな、ということではなく、わたしたちがぼう然としているのは、ゴーレムの血が赤かった、つまり、ゴーレムは人工物では『ない』のではないか、という疑問によるためである。
ちらりと室内にあるデジタル時計を見れば、逆転のドリーム・キャッチャーの有効期限まで、のこり五分を切っている。
見れば、切り伏せたはずのゴーレムの中にも、まだ動けるものがいくつか残っているようだ。
これとまともに戦っていたら、途中で、またうさぎに戻ってしまう可能性がある。

「仲達、子龍は自転車に乗っていったのだろうか」
わたしがたずねると、勘のよい仲達は、てってけと走っていって玄関の外をながめ、それから長い耳をぶんぶんと振って答えた。
「いいや、置いてあるな。歩いて塔までいったらしい。われらも塔へむかうのか?」
「塔には向かわぬ。供給所へ行くぞ」

しばし、わたしは、かつてのわたしの姿と、うさぎとなった仲達とで、視線をかわしあった。同時に去来する思いは同じである。
しかし、わたしには、迷いがあった。たしかに最強状態の十五分間。とはいえ、霊力は無尽蔵ではない。これだけの敵を一気に片づけたあとの霊力の残量はたかがしれている。
だが…

「わたしのことを気遣っているのなら、無用であるぞ、諸葛亮」
と、力強く、グレーのロップイヤーラビット・仲達は、きっぱりと言った。
「わたしを元に戻すことは、この場合賭けとして危険すぎる。貴殿の霊力の残量がなくなってしまう可能性もあるし、わたしが元に戻れたとしても、そも、わたしは貴殿とちがって攻撃型ではない。おなじように、連中と戦うことはできぬ。それよりも、残りの五分間を有効に使うべきだと思う」

わたしは仲達の気遣いに感謝した。
仲達を元に戻すことこそ、じつは最優先ではないかと考えていたのだが、この状況、そうもいっていられない。
それを察して、仲達自らが、それを否定してくれたのだ。
おかげで、ぞんぶんに戦いに集中できる。

「すまぬな、仲達。この借りは、かならずかえすぞ」
「気にするな。互いに非常事態であるからな。さあ、ゆっくりしているヒマは無いぞ。わたしは荷台にのる。すぐに出発しよう!」
そうして、わたしはゴーレムの真っ赤な血を全身に浴びた状態で、仲達を荷台に入れると、自分もまた剣を手に、子龍のごつい自転車に乗り込み、平和そのものの世界であったはずの下宿先を、一路、供給所へと向かったのであった。

もちろん、『逆転のドリーム・キャッチャー』、床にくしゃくしゃになっていたピンクのリボンと、仲達が懸命に呪詛と戦いながら書いた手紙をひろうことも忘れずに。
手紙には、ミミズののたくったような字で、こうあった。
『たったひとりのおともだちの諸葛亮さん江』
これをみて、奮起しない者がいたとしたら、ほんもののばか者であろう。



わたしは仲達を荷台にいれ、ごつい自転車を、ひたすら一路、供給所へとむかった。
背後より、ばさばさと羽音が近づいてくるのがわかる。
倒したはずのゴーレムのうち、攻撃能力を失わなかった物が追いかけてきているにちがいない。

向かう先は、なぜ供給所なのか?
たしかに『塔』へゆけば、主公もいるわけだし、子龍もいるはずだし、そのほかの仲間たちも大勢いる。もしかしたら、理由も聞くこともなく(アトラ・ハシースとはそういうものだ)共に戦ってくれる者すらいるかもしれない。

だが、同時に、『塔』には最高府のシンパが多いのだ。
人のよさげな、親しみのあるゴーレムの管理人『イーさん』とて、最高府の人間。
通常であれば、われらは仲良くしているが、こうして、すでにあきらかに最高府に敵対する行為をなしてしまった以上、『塔』に向かうということは、敵陣に向かうのにひとしい状態なのだ。

だからといって、なぜ供給所か?
供給所とて、最高府の管理下にある。
しかし、わたしにはある公算があるのだ。
伸るか反るか。賭けてみるしかない。

わたしはペダルを懸命に漕ぎながら、この雲ひとつない青空のした、まるで人通りのない、静かな下宿先の町並みを走り抜けた。
みな、どこかへ派遣されているのだろう。
立ちならぶ、各民族の特長のあらわれた(最近は、合理的視点から、圧倒的に西洋風の家が多いが)、ごみひとつ落ちていないうつくしい町なみを、荷台に仲達をのせて、子龍の自転車にて疾駆するわたし。
荷台では、疾走する風をうけて、仲達の、おさげ髪のようなふたつの耳が、風に流れているのが見えた。

と、ペダルを漕ぎながら、わたしは、自分の身体の異常に気がついた。
力がどんどんと入らなくなってきている。
なんというべきであろうか。
内側から空気が抜けていくような気分。
そして、さらに掃除機で持って、自分のなかにある活力を、どんどん吸い取られているような気分だ。
いかん。『
逆転のドリーム・キャッチャー』の効力が失せてきたのだ!

失速をはじめた自転車に気づいたのか、荷台にしっかりつかまっていた仲達が振りかえってきた。
「どうした、諸葛亮…………おお?」
わたし自身ではわからぬが、それはとんでもなく珍妙な姿であったにちがいない。
すなわち、わたしの姿は徐々に縮み、ふたたびダッチ種とドワーフホトトのかけあわせの雑種のうさぎに変じていくのだから。
それでも、懸命に両手で取っ手を掴もうとしたのであるが、なにせ人のための自転車。取っ手と取っ手の感覚がひろすぎる。
つるりと手がすべり、わたしは全身をぞくりとさせる浮遊感をあじわった。
と、いうより、自転車も停まらぬ。
しかし、わたしは自転車からふわりと浮き上がる。
ぎゃあ! 
自分で漕いでいた自転車から振り落とされようとしているぞ、うさぎのわたし!

荷台では、完全にわたしのほうに振りかえった仲達が、けんめいに声を枯らして叫んでいる。
「がんばれ、諸葛亮! 落ちてはならぬぞ、つかまれ!」
と、荷台から身を乗り出して、いまや漕ぎ手の無人となった自転車の向こうから手を伸ばしてくれるのであるが、すっかりうさぎに戻っているわたしには、その手は遠すぎる。
それでも宙を泳ぐようなかたちで、けんめいに手を伸ばすわたしに、仲達もまた、片手を荷台のヘリに置いたまま、手を伸ばしてくる。
「がんばれ、諸葛亮! ファイトだ、ファイト! がんばれー、あとすこしー!」

そうして無人の自転車は、奮闘するわれらとは無縁の動きをはじめ、まっすぐ疾走しながらも、街路樹である楡の木に向かって突進していく。
このままでは激突は必死。
わたしはけんめいに仲達の手を取った。
あとすこし、指と指の先が、一瞬だけ触れる。
「がんばれ、あとすこし、諸葛亮、ファイトー!
いっぱーつ!

たうりんいっせんみりぐらむはいごう、りぽびたんでぃー。

がちゃーん、と派手な音がして、自転車は真正面から楡の木にぶつかって、横倒しになった。
が、わたしたちはしっかり手を結び合っていたので、おかげで吹き飛ばされても、運良くおなじように、町の植え込みの上に倒れることが出来た。
つまり、植え込みがクッションの代わりになってくれたのである。

遠方の青空を見れば、わたしが傷つけた『ケルビムタイプ』のゴーレムたちが、ばっさばっさと不気味な翼の音をひびかせながら、数匹がこちらに向かってきているのが見えた。
というより、その背には、子龍の家の壁にめりこませたはずの『ヘルメス号』までまたがっている。
むむ、なんという頑丈さ、というか、しつこさ。

「怪我はないか?」
「無事であるぞ。供給所まで、平気だな?」
「うむ、一気に走ろう。時速40キロのわれらうさぎの脚力をみせてやれ!」
そんな会話をしながら、わたしと仲達は、ことばどおり、一気に供給所めがけて走り出した。

『下宿先』というのは、いつでも人が閑散としていて、静かな町だ。
人がいないために、ゴミが落ちていることもなければ、街路が汚されていることもない。
正直なところ、下手なテーマパークをはるかに上まわるうつくしさといえよう。
人がつねに住んでいるにもかかわらず、だ。
住人のほとんどが召喚され、仕事にむかっているために、都市の人口はいつもすくない。
しかし、このどこか不自然さのある静けさは、住民が不在であることだけが理由ではない気がする。
我らはいつでも、最高府の管理下にあり、見張られている。
いま、われらを追ってくる警吏用ゴーレムたちなどは、まさにその象徴なのだ。


ようやくたどりついた供給所であるが、なんたることか。扉が閉まっておる。
どうやら棚卸のために、緊急閉店となったらしい。
文字が読めないので、前回に供給所にやってきたとき、今日が休みだということがわからなかったわれら。
うむ、困った。
しかし、困ってはおられぬ。
すでに最強の十五分はすぎ、『逆転のドリーム・キャッチャー』は、わたしの背中にくくりつけられた状態で、ただのネイティブアメリカンのお守りもどき状態になっておる。

わたしは仲達をうながして、供給所の横手にまわる。
供給所の横には、ヴェルサイユ宮殿を意識したという優雅な庭園があり、顧客のための憩いの場となっているのだが、当然のことながら、供給所自体がしまっているため、いまはだれの姿もない。
見る者がいないなかでも、見事な大輪の花を咲かせている薔薇の棘に注意しつつ、わたしは転がっている適当な小石をひろうと、供給所の入り口にたてかけてあったのぼりにとびついて、びりり、とそれを裂いた。
わたしがしていることを見て、仲達も察しのよいところをみせた。
おなじように小石をひろい、そうしてのぼりにとびつき、その一部をびりりと裂く。
おそらく、そののぼりは、棚卸セールの告知のものであっただろう。
文字が読めないということは、同時に良心の痛みがすくなくなるということでもあるな、と思いつつ、わたしは拾った小石を、裂いた布のなかに入れて、照る照る坊主をつくる要領で、まるめた。
そうして、腕をぐるぐるとまわして、ちょうど飛び上がれば身がとどきそうな窓にめがけて、それを投げる。

『下宿先』では犯罪は、前提としてありえないことになっている。
ゆえに、防犯対策という思想自体がそこにはない。
魔法のガラス窓(つまりは割っても、自然と元に戻ってしまう、やな硝子)でないといいなと思いつつ、わたしがガラス窓にそれを投げると、窓は、がちゃりと無機質な音をたてて割れた。
そうして、すこしだけ様子を見るが、元に戻る様子はない。
ふつうのガラス窓だったようである。
仲達も、とろいながらも、わたしに協力をして、おなじガラス窓に、自分でつくったつぶてを窓ガラスにぶつけて、穴をひろげた。

「ようし、なかに忍び込むぞ。破片に気をつけろ」
言いながら、わたしは破片と、いまだ窓枠についたままのとがった硝子の破片に気をつけつつ、供給所のなかに忍び込んだ。
供給所のなかは薄暗く、我らが入ったのは、ちょうど正面入り口の、季節商品を身にまとったマネキンが飾られている場所であった。
棚卸中ということであるが、そこではたらいているドワーフたちの姿もない。
足音も物音もない。
これだけ巨大な建物がしずまりかえっている、というのも不気味なものだ。

どうやらドワーフたちは、『棚卸』という名のバカンスに入ったようである。
いまは一年のうちで、いちばん自然のうつくしい時季であるから、いかにがめついかれらとて、こんなところに籠もっていられないのだろう。

のぼってくる仲達を助けながら、ふと上空を見れば、ゴーレムどもめ、どんどんこちらに近づいてくる。
連中のことだ。
われらが苦労して開いたこの扉、一撃のもとに蹴破ってやってくるだろう。

供給所の中にはいったわたしに、仲達はたずねてきた。
「これからどうするのだ?」
「仲達よ、おまえは、たとえ売り場が移動になっても、だいたいなにがどこにあるかを把握することができると言ったな」
わたしが問うと、たれ耳の仲達は、こくりとうなずいた。
「よし、それでは、『ドワーフのお子さま向けマンション』売り場、わかるか。そこへ案内してくれ」
わたしがいうと、仲達は、わたいの考えを読んだようである。

にやりと笑うとうなずいて、そうしてわたしたちは、ふたたび供給所のつめたい床の上を疾走しはじめたのであった。

※うさぎのものがたり、今回、孔明が自分の正体について、なにか不思議なことを言っておりますが、これは燭龍であきらかにするお話でありました(^_^;) わけがわからない部分、勘のいい人はわかったかもしれませんが、そういうものなのかしらんと、適当に読み飛ばしていただけたらと思います。m(__)m

うさぎが観察日記 つづく

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